AI技術の急速な発展に伴い、AI関連の特許出願も増加しています。しかし、AI関連発明の特許性判断については、従来の技術分野とは異なる考慮点が多く、出願戦略の立案には専門的な知識が必要です。本稿では、特許庁が公表している審査ハンドブックの「AI関連技術に関する事例」を参考に、AI関連特許の審査基準と実務上の留意点について解説します。
特許・実用新案審査ハンドブックには、AI関連技術に係る特許出願について、審査基準を適用したときの運用を例示するために25の事例が掲載されています。これらは主に以下の3つの観点から整理されています。
これらの事例は、AI関連技術の様々な側面を網羅しており、AI関連特許の審査における判断基準を理解する上で重要な指針となります。
AI関連技術の発明、特にAIを応用した発明では、教師データに含まれる複数のデータ間の相関関係が特に重要視されています。審査基準では、発明の詳細な説明の記載に基づいて、複数種類のデータ間に相関関係等の一定の関係が存在することが認められること、または技術常識に鑑みて相関関係等の存在を推認できることが必要とされています。
例えば、事例46「糖度推定システム」では、人物の顔画像とその人物が栽培した野菜の糖度との間に相関関係が存在することが技術常識として推認できないため、実施可能要件違反とされています。一方、事例47「事業計画支援装置」では、ウェブ上での広告活動データと売上数との間に相関関係が存在することが技術常識として推認できるため、実施可能要件を満たすと判断されています。
AIによりある機能を持つと推定された物の発明では、AIによる推定結果が実際に製造した物の評価に代わり得るかという点が重要です。例えば、事例51「嫌気性接着剤組成物」では、学習済みモデルの予測値の予測精度が検証されておらず、実際に製造した物の評価データもないため、実施可能要件違反とされています。
請求項の末尾が「学習済みモデル」等の用語である場合、それが「プログラム」を意味するものかどうかが判然としない場合には、カテゴリーが不明確として明確性要件違反となり得ます。事例55では、「異常に対して実施すべき作業内容を出力するための学習済みモデル」について、プログラムとして認められる記載形式と認められない記載形式の違いが示されています。
AI関連技術の進歩性判断においては、以下のような観点が重要となります。
AIの単なる適用が進歩性を有するかどうかは、従来技術に対してAIを適用することの課題や効果が重要な判断材料となります。例えば、事例33「癌レベル算出装置」では、医師が行っていた癌レベルの算出をAIでシステム化することは、当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないとして進歩性が否定されています。
同様に、事例40「レーザ加工装置」の請求項1では、人間が行っていた業務を機械学習された学習済みモデルで代替することは慣用技術であるとして、進歩性が否定されています。
教師データの変更による効果も進歩性判断の重要な要素です。事例34「水力発電量推定システム」では、単にニューラルネットワークを利用する発明(請求項1)は進歩性が否定される一方、入力データとして上流域の気温を加えることで顕著な効果を奏する発明(請求項2)には進歩性が認められています。
教師データに対する前処理の工夫も進歩性の判断に影響します。事例36「認知症レベル推定装置」では、質問者の質問種別と回答者の回答内容を関連付けて教師データとする工夫により、高精度な認知症レベルの推定を実現できるという効果が認められ、進歩性が肯定されています。
令和6年3月に追加された事例では、生成AIの適用に関する進歩性判断も示されています。事例37「カスタマーセンター用回答自動生成装置」では、質問文を大規模言語モデルに入力して回答文を自動生成することは慣用技術であるとして、進歩性が否定されています。
一方で、事例38「大規模言語モデルに入力するためのプロンプト用文章生成方法」の請求項2では、複数の関連文章から参考情報として適した複数のキーワードを抽出し、制限文字数内でプロンプトを生成する工夫に進歩性が認められています。
AI関連技術の発明該当性判断においては、以下のポイントが重要です。
単なるデータやパラメータセットは「情報の単なる提示」として「発明」に該当しないと判断されます。例えば、事例5「教師データ及び教師データ用画像生成方法」では、教師データ自体は「発明」に該当しませんが、教師データを生成する方法は「発明」に該当すると判断されています。
ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に実現されているかどうかが重要な判断基準となります。例えば、事例2-14「宿泊施設の評判を分析するための学習済みモデル」では、コンピュータを特定の演算を行うよう機能させるものとして記載されている場合は「発明」に該当しますが、単にパラメータセットとして構成されているだけでは「発明」に該当しないと判断されています。
AI関連特許の出願実務においては、以下の点に留意することが重要です。
AI関連発明では、入力データと出力データの間に相関関係等が存在することを、発明の詳細な説明に具体的に記載するか、技術常識からそれが推認できることを示す必要があります。相関関係が明らかでない場合は、実験データや理論的説明を充実させることが望ましいでしょう。
AIによる推定結果が実際の評価に代わり得ることを示すために、学習済みモデルの予測精度の検証結果や、実際に製造・評価した具体例を記載することが重要です。特に、化学・材料分野等では、AIの予測だけでなく実際の検証結果の記載が求められることが多いです。
学習済みモデルを請求する場合は、「プログラム」としての性質が明確になるよう記載することが重要です。具体的には、「コンピュータを〜機能させるための学習済みモデル」のような形式で記載し、単なるパラメータセットとの誤解を招かないようにすべきです。
AI適用の単なるシステム化では進歩性が認められにくいため、以下のような工夫を検討すべきです。
発明該当性を確保するためには、ソフトウェアとハードウェア資源が協働して特定の情報処理を実現することを明確に示すべきです。単なるデータ構造やパラメータセットではなく、それらを用いた具体的な情報処理方法や装置として権利化を目指すことが有効です。
AI関連特許の出願においては、通常の特許出願とは異なる考慮点が多数あります。特に、AIの入力データと出力データの相関関係、学習済みモデルの実効性検証、請求項の記載形式等に注意が必要です。また、単なるAI適用には進歩性が認められにくいため、特定の技術的課題を解決するための独自の工夫を明確に説明することが重要です。
当事務所では、AI関連技術の特許出願について豊富な経験と専門知識を有しており、御社のAI技術を最適な形で権利化するためのサポートを提供しています。特許性判断に悩まれる場合や、より強固な特許ポートフォリオの構築をご検討の場合は、お気軽にご相談ください。