DX推進の中で、自社の業務システム・社内ツールを内製する企業が増えています。「社内用だから特許は関係ない」と思われがちですが、実はここに2つの見落としがあります。①内製システムの工夫は特許の対象になり得て、権利化すれば競合の追随を防ぎやすくなり、事業の独自性の証明(対外発信・採用・提携)にも使えること。②逆に、社内の開発者が生んだ発明の権利の帰属を整理していないと、権利が会社のものにならないリスクがあることです。本記事では、内製開発と特許の関係を、出願の要件と職務発明制度(特許法35条)・社内手続の両面から解説します。
この記事の要点
目次
特許の要件に「販売していること」は含まれません。社内利用のみのシステムでも、①ソフトウエアとハードウエア資源の協働による特有の情報処理として構成でき(発明該当性)、②新規性・進歩性があれば出願できます。進歩性のハードルは「人間の業務を通常のシステム設計で置き換えただけ」では越えられません(拒絶理由あるある5選参照)。狙い目は、現場の固有課題を解いた部分——例えば、複数拠点のデータ突合の順序の工夫、例外処理の自動判定、現場帳票と基幹データの変換規則——です。生成AIで内製したツールの権利化は生成AI業務効率化ツールの記事で、AI組み込みの考え方はAIサービス特許チェックリストで詳説しています。
一方で、外から見えない内部処理は出願公開(1年6か月)との天秤で、あえて秘匿する判断もあり得ます。この使い分けは特許か秘匿かの記事の判断軸がそのまま使えます。
重要:従業員が職務で発明をしても、その「特許を受ける権利」が自動的に会社のものになるわけではありません。特許法35条3項により権利が発生時から会社に帰属するのは、契約・勤務規則その他の定め(職務発明規程)で「あらかじめ」定めていた場合に限られます。規程がなければ権利は発明者である従業員に帰属し、会社に残るのは無償の通常実施権(35条1項)だけです。
「規程なし」の状態で問題が顕在化するのは、出願しようとした時、開発者が退職する時、そして事業売却・資金調達のデューデリジェンスの時です。内製開発を進める企業がまず整えるべきは、出願より先に職務発明規程だというケースは少なくありません。
職務発明の権利帰属の問題は、平時には表面化しません。顕在化する典型場面を、架空のモデルケースで示します。
製造業X社(従業員80名・規程なし)は、生産管理システムを内製したエンジニアの退職を機に出願を検討。しかし特許を受ける権利は退職した本人に原始帰属しており、出願には本人からの譲渡が必要に。退職後の交渉は難航し、対価の折り合いがつくまで出願が半年止まった──規程があれば発生しなかった時間とコストです。
SaaSスタートアップY社(15名・規程なし)は、シリーズBの知財デューデリジェンスで「保有特許の発明者からの権利承継の根拠」を求められ、過去の出願2件について発明者3名(うち1名は退職済み)から確認書を取り直すことに。調達スケジュールに影響し、投資家の心証にも響いた──権利の来歴は後から作れないという教訓です。
※いずれも架空の事例ですが、権利帰属の未整理が「出願の停滞」「取引・調達時の説明コスト」として現れる構図は、実務で繰り返し見られる典型です。
権利を会社に帰属させる場合、従業員には「相当の金銭その他の経済上の利益」(相当の利益。特許法35条4項)を与える必要があります。金銭に限らず、昇進・報奨・留学機会等も含み得ます。ポイントは中身の金額よりも決め方の手続で、35条5項は、基準の策定時の従業員との協議の状況、策定された基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定時の意見聴取の状況などを考慮して「不合理であってはならない」と定めます。手続の指針として、経済産業大臣の指針(平成28年告示。いわゆる職務発明ガイドライン)が公表されています。実務の型は、①規程のたたき台を作る→②従業員側への説明・意見聴取の機会を設ける→③規程を開示して運用する、の3ステップです。
規程を整備する際に検討すべき主要条項です(内容は事業規模・開発体制により調整します)。
経済産業大臣の指針(平成28年告示)は、この「協議→開示→意見聴取」という手続の適正さを重視しています。雛形の丸写しではなく、自社の開発実態(誰が・どんな体制で発明するか)に合わせて設計し、従業員への説明の記録を残すことが、後日の紛争予防の要です。
| 開発の形態 | 注意点 |
|---|---|
| 外部ベンダーへの開発委託 | 職務発明規程は自社従業員にしか及ばない。ベンダー側の発明の帰属・出願の扱いは開発委託契約の知財条項で決まる。契約書の確認が先決 |
| フリーランス・業務委託個人 | 雇用関係がないため職務発明制度の対象外。個別契約での譲渡合意が必要 |
| 生成AIを使った開発 | 発明者になり得るのは自然人のみ(DABUS事件)。AIの出力を土台に、課題設定・構成の選択・検証を行った従業員を発明者として特定する |
社内で出願の承認を得る際に必要な数字はシンプルです。費用は、特許庁費用が請求項5項・減免なしで登録まで約19万円(中小企業は審査請求料・特許料が1/2〔審査請求料の減免には年間件数の上限あり〕、中小スタートアップ・小規模企業は1/3)+弁理士費用(費用の内訳解説)。期間は、審査請求から権利化まで平均13.0か月(2024年度・標準審査)で、審査請求は出願から3年以内に行えばよいため「まず出願して優先日を確保し、審査に進むかは後で判断」という2段構えの稟議も可能です(出願の流れ完全ガイド)。比較対象として「出願せず秘匿する」場合のリスク(他社特許化・退職者経由の流出)も併記すると、意思決定の質が上がります。
A. 原始帰属(35条3項)は「あらかじめ」の定めが要件のため、規程制定前にされた発明には遡及しないのが原則です。過去分は個別の譲渡契約で承継を整理し、以後の発明は規程でカバーする、という二段構えになります。
A. 金銭に限りません。条文上「相当の金銭その他の経済上の利益」とされており、昇進・昇格、報奨休暇、留学機会などの経済上の利益も含み得ます。重要なのは中身の豪華さより、決め方(協議・開示・意見聴取)の適正さです。
A. 発明が生まれる事業なら、規模にかかわらず整備をおすすめします。数名の会社ほど「エンジニアの退職=権利の空中分解」のインパクトが大きく、また将来の資金調達・M&Aのデューデリジェンスでは会社の規模を問わず権利の来歴を確認されます。簡潔な規程からで構いません。
A. 役員も特許法35条の「従業者等」に含まれます(条文に「法人の役員」が明記されています)。ただし、その発明が「職務発明」に当たるかは業務範囲・職務内容によりますし、規程の適用対象に役員を含めているかは規程の書き方次第です。創業者エンジニアが開発の中心である会社は、対象の定義に役員を含めることを確認してください。
内製システムの知財化・職務発明規程の整備をお考えの企業様へ:システムの概要と開発体制(内製/委託/AI活用の別)をお知らせいただければ、出願候補の切り出しと権利帰属の整理ポイントをご案内します。知財事務所エボリクスのお問い合わせフォームよりご相談ください。
この記事の監修
弁理士 杉浦健文(日本弁理士会 登録第19446号/知的財産事務所EVORIX)。IT・ソフトウェア・AI分野の特許出願を中心に扱い、AI関連発明の特許化をテーマとするセミナー講師の実績があります。条文の記載はe-Gov法令検索で現行法を確認のうえ記載しています。
【免責事項】本記事は2026年7月18日時点の法令(特許法35条ほか)・経済産業大臣指針・特許庁公表資料に基づく一般的な解説であり、法的助言ではありません(2026年7月19日増補)。モデルケースは架空の事例です。条項チェックリストは検討の出発点であり、職務発明規程の整備・契約条項の設計は個別事情により異なります。