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ソフトウェア特許の拒絶理由あるある5選|発明該当性・進歩性・記載要件への実務対応を弁理士が解説

作成者: 弁理士 杉浦健文|2026/07/19

リード:拒絶理由通知は「不合格通知」ではない──ただし、対応を誤ると権利が痩せる

ソフトウェア・システム分野の特許出願では、審査で拒絶理由通知を受けることは珍しくありません。拒絶理由通知は不合格通知ではなく、意見書・補正書で反論・修正する機会が与えられた「審査官との対話の始まり」です。一方で、このフェーズでの対応は権利の広さ、そして権利行使の成否まで左右します。実際、freee対マネーフォワード事件(東京地判平成29年7月27日)では、拒絶対応の補正で追加された構成が後の侵害訴訟で決定的に効きました。本記事では、ソフトウェア特許の拒絶理由の典型5パターンと対応の方向性を、審査基準の原文と実例に基づいて解説します。

この記事の要点

  • 拒絶理由通知は不合格通知ではなく、意見書・補正書で反論できる手続(応答期限は国内居住者で原則60日)
  • ソフトウェア分野の典型は5つ:発明該当性/業務の単なるシステム化/寄せ集め/当然の効果/記載要件
  • 審査を通すための限定補正は権利範囲の上限になる(freee対マネーフォワード事件の教訓)。補正は最小限に設計する

目次

  1. あるある①:「発明に該当しない」(29条1項柱書)
  2. あるある②:「人間の業務を単にシステム化しただけ」(29条2項)
  3. あるある③:「周知技術の寄せ集め・設計事項」(29条2項)
  4. あるある④:「効果が『システム化の当然の効果』にすぎない」
  5. あるある⑤:「発明が明確でない・サポートされていない」(36条)
  6. freee対マネーフォワード事件が教える「補正の重み」
  7. 実践編:拒絶の「典型パターン」と反論骨子のビフォーアフター
  8. 意見書・補正書は何を書く書面か
  9. まとめ──出願時に拒絶理由を先回りする
  10. よくある質問(FAQ)

1. あるある①:「発明に該当しない」(29条1項柱書)

ビジネス色の強い出願で最初に立ちはだかるのが発明該当性です。クレームの発明が全体として人為的取決め・精神活動に向けられていると評価されると、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法2条1項)でないとして拒絶されます。対応の軸は、ソフトウエアとハードウエア資源との協働による「特有の情報処理」を、クレーム文言で示すことです。処理の主体(サーバ・端末・記憶部)と、入力→演算→出力の流れを具体化します。詳しくはビジネスモデル特許の境界線の解説記事をご覧ください。

2. あるある②:「人間の業務を単にシステム化しただけ」(29条2項)

審査ハンドブック附属書Bは、人間が行っている業務のシステム化について、「通常のシステム分析手法及びシステム設計手法を用いた日常的作業で可能な程度のことであれば、当業者の通常の創作能力の発揮に当たる」としています(例として、FAX・電話での注文受付をホームページでの注文受付にする程度の変更が挙げられています)。「今まで紙でやっていた業務をアプリにしました」だけでは、この論理で進歩性が否定されるのが典型です。

反論の軸は「単なるシステム化では済まなかった工夫」を特定することです。紙の業務にはなかった技術的課題(同時アクセスの整合性、リアルタイム更新、権限制御、データ突合の精度)と、それを解決する構成を主張します。AI発明での同型の論点(審査事例33・34:既存業務への単なるAI適用は×、非自明な入力データの選択+顕著な効果は○)はAIサービスの特許出願チェックリストで解説しています。

3. あるある③:「周知技術の寄せ集め・設計事項」(29条2項)

「引用文献1のシステムに、引用文献2の周知の手段を組み合わせれば容易」という論理です。審査基準は、「先行技術の単なる寄せ集め」とは各構成が「互いに機能的又は作用的に関連していない」場合をいうとしています。裏を返せば、構成同士が機能的に絡み合っていること──Aの出力がBの判定条件を変え、Bの結果がCの表示を制御する、といった有機的な結合──を示せれば、単なる寄せ集めではないと反論できます。クレームドラフティングの段階から、構成要素を並列に列挙するのでなく、データの受け渡しで結び付けておくことが予防策になります。

4. あるある④:「効果が『システム化の当然の効果』にすぎない」

附属書Bは、「速く処理できる」「大量のデータを処理できる」「誤りを少なくできる」「均一な結果が得られる」といった効果は「システム化に伴う当然の効果」であり、予測できない効果とはいえない旨を明記しています。明細書の効果欄にこれらだけを書くのは、進歩性の主張材料としてはほぼ機能しません。

効果は「この構成だからこそ生じる固有の効果」に落とし込む必要があります。例えば「速い」なら、なぜ速いのか(探索空間をこの前処理で削減した、通信回数がこの構成で減った)まで、構成と結び付けて書く。可能なら比較データを実施例に入れる。この作り込みは出願時にしかできません。

5. あるある⑤:「発明が明確でない・サポートされていない」(36条)

記載要件の拒絶理由(実施可能要件36条4項1号・サポート要件36条6項1号・明確性36条6項2号)もソフトウェア分野の定番です。機能だけを書いて実現手段が明細書にない(「最適に判定する」→どう判定するのか)、クレームの用語が明細書と対応しない、抽象的な機能表現の外延が不明確──といったパターンです。AI関連では「AIが予測しただけ」の物の実施例問題(審査事例51・52)もこの系譜です。用語の不整合は出願前の機械的なセルフチェックで大部分を潰せます。

6. freee対マネーフォワード事件が教える「補正の重み」

拒絶対応の判断が後々まで効いた実例が、会計SaaS同士の特許訴訟であるfreee対マネーフォワード事件(東京地判平成29年7月27日・平成28年(ワ)第35763号。第一審判決)です。freeeの自動仕訳特許(特許第5503795号)に基づく請求に対し、裁判所は、クレームの「対応テーブル」等の文言と明細書の開示から、権利範囲を優先順位の最も高いキーワード1つで対応表のデータを参照して勘定科目を選択する構成に限定解釈しました(判決の要旨)。そして、被告製品は「いわゆる機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して…勘定科目を推測していることが窺われる」(中略は筆者)として、テーブル参照方式ではない=非侵害と判断しました。

さらに重要なのは均等侵害の判断です。裁判所は、問題の構成要件が拒絶理由通知への対応の補正で追加されたものであることを踏まえ、本質的部分(第1要件)と意識的除外(第5要件)の両面から均等侵害も否定しました。つまり、審査を通すために入れた限定が、そのまま権利の射程の上限になったのです。

実務ポイント:①補正は「審査を通す最小限」に絞り、安易に狭めない。②実装方式(ルールベース)だけでなく、将来の実装(機械学習等)も見据えた抽象度でクレーム階層を設計しておく。③重要案件では、限定補正の前に審査官面接(解説記事)で拒絶理由の真意を確かめる──の3点が、この判決から導ける教訓です。

7. 実践編:拒絶の「典型パターン」と反論骨子のビフォーアフター

審査官の指摘の趣旨(典型パターン)と、それに対する反論・補正の組み立て方を、パターン別に対比します。以下の「指摘の趣旨」は理解のために一般化したイメージであり、実際の通知の文言は事案ごとに異なります。

パターンA:発明該当性(29条1項柱書)

指摘の趣旨(イメージ)反論・補正の骨子
「本願発明は、取引のルールを定めた人為的な取決めそのものであり、自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえない」①処理主体(サーバ・端末・記憶部)をクレームに明記する補正、②入力→演算→出力の流れを具体化し「ソフトウエアとハードウエア資源の協働」を示す、③発明は全体として判断すべきこと(附属書B)を意見書で指摘

パターンB:業務の単なるシステム化(29条2項)

指摘の趣旨(イメージ)反論・補正の骨子
「引用文献1に記載された人手による業務を、周知のコンピュータ技術でシステム化することは、当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない」①紙の業務には存在しなかった技術的課題(同時アクセスの整合性・リアルタイム性・権限制御等)を特定し、②その課題を解決する構成が引用文献にないことを対比表で示し、③必要なら当該構成をクレームに追加する補正

パターンC:引用文献の組合せ(29条2項)

指摘の趣旨(イメージ)反論・補正の骨子
「引用文献1のシステムに引用文献2の手段を適用することは、当業者が容易に想到し得た」①組み合わせの動機付けの不存在(技術分野・課題の相違、阻害要因)を主張、②組み合わせても本願構成に至らない差分を特定、③構成同士の機能的な結合(Aの出力がBの判定を変える等)が「単なる寄せ集め」でないことを説明

パターンD:記載要件(36条)

指摘の趣旨(イメージ)反論・補正の骨子
「『最適な条件を決定する』との記載は、どのように決定するのか明細書の記載からは明らかでなく、発明が明確でない」①明細書中の対応する実施形態(決定のロジック・数式・手順)の記載箇所を指摘、②必要ならその実現手段をクレームに反映する補正。明細書に書いていないことは補正で追加できないため、この指摘は出願時の書き込みが勝負

8. 意見書・補正書は何を書く書面か

応答で提出する書面は役割が異なります。補正書は「クレーム・明細書のどこをどう直すか」を示す書面で、直せる範囲は原則として出願時の明細書に書いてある事項の中に限られます(新規事項の追加は不可)。意見書は「なぜ拒絶理由が解消したのか」を審査官に説明する書面で、①補正後のクレームの構成、②引用文献との対比(構成の差分)、③その差分が生む効果、の3点を軸に組み立てるのが基本形です。

文面で伝わりにくい場合は、応答の前に審査官との面接を使う選択肢があります。特に「引用文献の読み方が審査官と食い違っている」「補正の方向性を先に確かめたい」場面では、書面の往復より面接1回のほうが早く着地することが多いというのが実務感覚です。

9. まとめ──出願時に拒絶理由を先回りする

5つの「あるある」は、いずれも出願時の設計で先回りできるものです。①ハードウエアとの協働を書く、②「単なるシステム化」を超える技術的課題を特定する、③構成同士を機能的に結合する、④固有の効果を構成と紐付けて書く、⑤機能には実現手段を、用語には一貫性を。当所では出願前にこの5点を必ずチェックしています。中間対応の費用感は費用解説記事を、審査全体の流れは出願の流れ完全ガイドをご覧ください。

10. よくある質問(FAQ)

Q1. 拒絶理由通知が来たら、もう特許は取れないのですか?

A. いいえ。拒絶理由通知は反論・修正の機会を与える手続で、応答を経て特許査定に至る出願は多数あります。ソフトウェア分野では通知を受けること自体が標準的な経過です。

Q2. 応答にはいくらかかりますか?

A. 特許庁への費用はかかりません(拒絶査定不服審判は別)。かかるのは意見書・補正書の作成費で、事務所により1回あたり数万円〜十数万円程度の幅があります。指摘の重さ(引用文献の数・補正の要否)で変わるため、通知書を見たうえでの見積もりが確実です。

Q3. 応答しても拒絶査定になったら終わりですか?

A. 終わりではありません。謄本送達から3か月以内に拒絶査定不服審判を請求して審判官の合議体に判断を求める途があり、審判請求と同時の補正も可能です。また、出願が特許庁に係属している間は分割出願により別の角度から権利化を狙う選択肢もあります。

Q4. 「最後の拒絶理由通知」と書いてありました。何が違うのですか?

A. 最初の通知への応答で新たに生じた拒絶理由を通知する場合等に「最後」とされ、補正できる範囲が請求項の削除や限定的減縮などに制限されます。打てる手が狭まるため、最初の通知への応答の設計がいっそう重要になります。

Q5. 他の事務所で出願した案件ですが、応答だけ頼めますか?

A. 可能です。当所でも中間対応からの引受けをお受けしています。出願時の経緯(意見書・補正の履歴)を確認したうえで方針をご提案します。

拒絶理由通知を受け取った方へ:応答期限(国内居住者は原則60日)には延長の余地もありますが、時間との勝負です。通知書のPDFを添えて知財事務所エボリクスのお問い合わせフォームからご相談ください。他所で出願した案件の中間対応からの引受けもお受けしています。

この記事の監修

弁理士 杉浦健文(日本弁理士会 登録第19446号/知的財産事務所EVORIX)。IT・ソフトウェア・AI分野の特許出願を中心に扱い、AI関連発明の特許化をテーマとするセミナー講師の実績があります。本記事の審査基準の引用は特許庁公表の原文を確認のうえ記載しています。

【免責事項】本記事は2026年7月18日時点の審査基準・審査ハンドブック附属書B・公刊の判決情報(freee対マネーフォワード事件は裁判所ウェブサイト掲載の判決文)に基づく一般的な解説であり、法的助言ではありません(2026年7月19日増補)。第7章の「指摘の趣旨」は理解のために一般化したイメージであり、実際の拒絶理由通知の文言・判断は事案ごとに異なります。個別の対応方針は通知の内容・引用文献により異なります。