アラブ首長国連邦 (UAE) の意匠制度について、日本の意匠制度との比較を交えながら、登録要件、出願手続、保護対象、新規性喪失の例外、減免制度、図面要件、保護期間、侵害訴訟、国際出願との関係(ハーグ協定等)の9つの観点から詳細に解説します。日本企業の知財担当者および弁理士を読者に想定し、それぞれの項目でUAEの現行制度の概要と日本制度との主な相違点をまとめました。最後に両国制度の比較表も掲載しています。
UAEの登録要件: UAEで工業意匠として登録を受けるためには、そのデザインが新規であり、かつ産業上または手工業上の製品に係るものである必要があります。新規性は絶対的新規性が採用されており、出願以前に世界のいかなる場所でも公衆に開示されていないことが条件です。2021年施行の新法では、意匠が公序良俗や公衆の健康を害しないことも形式要件として確認されます。さらに、意匠は純粋に機能を確保するだけの形状ではなく、視覚的に decorative(装飾性)であること、すなわち美観を備えたデザインであることが求められます。加えて、同一または類似の意匠について既に他者による出願がないこと(先願がないこと)も実体審査でチェックされます。なおUAE新法では一出願で一意匠が原則ですが、同一の製品グループに属する複数意匠をまとめて出願することも可能になりました。
日本の登録要件: 日本の意匠法において意匠登録を受けるためには、まずその創作が**意匠法上の「意匠」**の定義に該当することが必要です。すなわち「物品(建築物を含み、画像も含む)の形状、模様又は色彩(またはこれらの結合)であって、視覚を通じて美感を起こさせるもの」であることが求められます。その上で、主な登録要件として以下が挙げられます。
工業上の利用可能性: 同一のデザインの製品を量産できること(工業製品・建築物・画像として再現可能であること)。一品ものの美術品などは除外されます。
新規性: 出願前に同一または類似の意匠が公知でないこと。絶対的新規性が要求され、自己の公開した意匠でも未出願で公開済みなら原則登録できません。
創作非容易性(創作の容易性の否定): 新規であっても、既存の意匠から容易に考案できたと認められる意匠(当業者が容易に創作できた意匠)は登録できません。これは意匠における独自の創作性要件です。
先願: 同一または類似の意匠について複数の出願がある場合、最先の出願人のみが登録を受けられます(先願主義)。自ら同日に出願した類似意匠については関連意匠制度で救済可能ですが、他者の先願がある場合は登録不可です。
不登録事由: 公序良俗を害するおそれがある意匠、他人の商品等と混同を生じるおそれがある意匠、製品の機能を確保するために不可欠な形状のみからなる意匠などは登録を受けることができません。特に機能のみを表す形状や表示は意匠の保護対象外です。
以上のように、日本もUAEも絶対的な新規性の要求や公序良俗違反の禁止など基本的要件は共通する部分があります。しかし、日本では創作非容易性(独自性)の要件が明文化されており、保護対象に物品の部分や建築物・画像を含める点で範囲が広いことが特徴です。一方UAEでは、新法下で「innovative(革新的)」であることが要求されるものの、その趣旨は日本の創作非容易性に近い概念と考えられます。またUAEでは同一クラスの製品であれば一出願に複数意匠を含めることが可能ですが、日本は一意匠一出願が原則で、類似するバリエーション意匠は関連意匠制度で別出願として紐付ける必要があります。
UAEの出願手続: UAEにおける意匠出願は、経済省傘下の国際特許登録庁 (International Centre for Patent Registration, ICPR) が管轄しています。出願人はオンライン電子出願システムを通じて出願手続きを行います。外国企業・外国人が出願する場合、UAEに居所を持つ代理人(現地弁理士等)を通じて手続する必要があります(パリ条約に基づく優先権出願も現地代理人を要します)。出願時には、所定の願書様式と必要書類を提出します。主な提出書類には、出願願書、意匠を表す図面または写真(3次元物品なら各視角からの図を2部ずつ)、優先権を主張する場合はその証明書(英文・アラビア語翻訳付、出願後90日以内)、出願人が創作者でない場合は譲渡証明書(創作者から出願人への譲渡証、出願後90日以内)、代理人による委任状(在外UAE領事の認証必要、90日以内)などがあります。新法下では、これら添付書類の認証手続が簡略化され公証のみで足りるようになり、公証書のアラビア語翻訳も原則不要となりました。
出願後、特許庁(ICPR)による方式審査と実体審査が行われます。方式審査では必要書類の欠落や様式不備がないか確認され、不備があれば補正の機会が与えられます。実体審査では前述の登録要件(新規性、公序良俗違反の有無など)がチェックされ、出願が一つの意匠または同一グループの意匠のみを含むかも審査されます。新法では意匠についても実体的な審査が導入されており、同一・類似意匠の先行出願の有無や新規性が審査官によって判断されます(※従来は実体審査が形式的で、新規性審査は緩やかとの指摘もありましたが、現行法では厳格化されています)。審査で可と判断されると受理通知と公告料の支払い指令が出され、出願人は所定の公告料を納付します。その後、意匠公報に出願内容が公告されます。UAE新法では出願公告後の異議申立制度は無くなり、代わりに登録後に第三者が異議を申し立てる「登録後再審査(無効審査)」制度に移行しました。公告から90日経過後、異議が特に提起されなければ意匠が登録され、登録証(Protection Deed)が発行されます。出願から登録までの標準的な期間は約1年程度ですが、手続きの状況によっては最大で2年ほど要する場合もあります。登録時には初年度分も含め**年金(年次維持料)**の支払いが必要で、以後20年の保護期間中、毎年所定の年金を納付し続ける必要があります。年金未納の場合、意匠登録は失効し、一定条件下でのみ回復手続が可能です。
日本の出願手続: 日本では意匠出願は特許庁に対して行います。日本企業は自社で電子出願可能ですが、外国企業・非居住者の場合は日本の弁理士等の代理人を選任して手続する必要があります(意匠法第68条)。出願はオンライン出願が主流で、願書と図面等を電子的に提出します。日本では一意匠一出願が原則であり、一件の出願に含められる意匠は一つだけです(例外として、互いにセットとして使用される複数物品のデザインは「組物の意匠」として一出願で認められる場合があります。また内装デザインも一定要件下で一括出願可能です)。願書には出願人・創作者の氏名/名称住所、意匠の属する物品名(建築物・画像の場合は用途)等を記載し、意匠を表す図面(または写真、模型、見本)を添付します。図面等の作成は意匠法施行規則に定められた形式に従い、意匠の形態を明確に示す必要があります(図面要件の詳細は後述)。パリ優先権を主張する場合は出願から3か月以内に優先権書類を提出します。
特許庁に出願がなされると、まず方式審査で書類不備や記載漏れ等がチェックされ、問題なければ実体審査に進みます。日本は審査主義を採用しており、審査官が先行意匠の調査を行った上で、新規性・創作非容易性・先願の有無・不登録事由該当性などについて審査します。審査の結果、拒絶理由が無ければ登録査定が出され、出願人は所定の登録料(初年度~3年度分の登録料)を納付します。登録料の納付が確認されると意匠権が発生し、意匠公報に登録内容が掲載されます。日本には意匠の異議申立制度は無く、第三者が登録を無効にしたい場合は登録後に無効審判を請求する形になります(意匠法第48条)。出願から登録までに要する期間は順調に進めば約8~12か月程度が一般的です(審査請求制ではないため出願後自動的に審査が行われ、特許に比べ迅速です)。日本独自の制度として、登録後すぐ意匠を公開したくない場合に最大3年間非公開(秘密意匠)とする制度もあります(意匠法第14条)。希望する場合は出願時に秘密意匠の請求を行い、所定の手数料を支払います(追加料金5,100円)。この期間中は意匠公報に掲載されず非公開とでき、権利は発生していますがデザインを秘匿して模倣を牽制できます。3年の秘匿期間が過ぎるか途中で請求を取り下げると意匠公報が発行され公開されます。
出願手続の比較: UAEと日本の出願手続を比較すると、電子出願や方式・実体審査の導入など基本的な流れは類似しています。大きな違いとして、UAEでは複数意匠の一括出願(最大20意匠)が可能なのに対し、日本では原則一意匠ずつの出願となる点が挙げられます。また、日本には秘密意匠制度があり公開時期を遅らせる選択肢がありますが、UAEにはそのような制度はありません(UAEでは登録決定後すみやかに公告・登録されます)。さらに、費用面では後述するようにUAEは年金を毎年支払う必要があります。日本も年次登録料の支払が必要ですが、初回登録時に数年分まとめて納付し、その後は毎年継続して納める仕組みです。手続書類面では、UAEでは委任状や譲渡証の公証が必要(ただし新法で領事認証は不要に簡略化)なのに対し、日本では代理人(弁理士)に委任する場合も特に委任状提出は必須ではなく(口頭での委任で足ります)、手続負担は比較的軽いと言えます。
UAEの保護対象: UAEでは意匠(Industrial Design)の保護対象は、工業製品または手工業製品の外観デザインです。具体的には、製品の形状、パターン、線状または色彩による装飾、またはそれらの結合によって視覚に訴える新規な意匠が該当します。法文上は「製品の見た目(shape, pattern, ornamentation, configuration)」と記載されており、いわゆる物品のデザイン全般が対象です。UAEは意匠の部分について特別な定義規定はありませんが、出願図面上で製品の一部のみを表現すれば部分的なデザインも保護可能と解されます。注意すべき点は、UAE意匠は**「産業上利用できる製品」に限定されるため、建築物そのもののデザインや、製品に表示・記録されていない画像デザイン**(例えば単なるGUI画面デザインそのもの)は意匠の保護対象には含まれないと考えられます。実際、新法でも「工業または手工業製品として使用できるデザイン」が要件とされています。したがって、スマートフォン上のアイコンや画面レイアウトなど単体の画像デザインや、建築物の外観・内装デザインをUAEで保護することは難しく、そうしたものは著作権や商標(トレードドレス)的な保護に頼ることになります。
またUAEでは、公序良俗に反するデザインや国の象徴等の使用、他人の肖像等を含むデザインなどは登録が認められません(不登録事由)。機能のみからなる形状(例えば純粋に機能上必然なパーツ形状)についても、意匠の定義上「装飾的であること」が求められているため保護対象外です。この点、日本の制度と同様に機能美のみの形状は意匠ではないとの考え方に沿っています。
日本の保護対象: 日本の意匠法は2020年の改正で保護対象が大きく拡充されました。現行法で「意匠」として保護されるのは以下の3種類です。
物品のデザイン: 従来からの保護対象で、工業上生産可能な物品(製品)の形状・模様・色彩またはその結合によるデザインです。物品の部分のデザインも含まれます。例えば製品の一部の形状だけを実線で描いて部分意匠として出願することが可能です。
建築物のデザイン: 2020年改正で新たに追加された保護対象で、建造物の外観や内部構造のデザインです。建物全体のフォルムや内装空間の意匠も登録可能になりました。これにより建築分野のデザイン(例:店舗のファサードや住宅の内装インテリア)も意匠権で保護できます。
画像のデザイン: 同じく2020年改正で追加された対象で、物品に表示・記録されていない**画像(グラフィックイメージ)**で一定の要件を満たすものです。具体的には「機器の操作画面または機器の機能の結果として表示される画像」が対象となります。例えばスマホアプリのUI画面や家電の操作パネル表示などです。画像意匠も部分的な構成を意匠としてとらえることができます。
日本では上記のように保護対象が物理的製品だけでなく建築物や電子的画像に広がっている点が特徴です。一方、保護されるためにはそれらが「視覚を通じて美感を起こさせるもの」である必要があります。このため、単に機能的表示(例:ソフトウェアの機能を示す文字情報だけの画面)や、建築物の構造上必須な形状だけで美感を伴わないものは意匠とは認められません。意匠法第5条で、公序良俗に反するデザイン、他人の商品等と混同を生じさせるデザイン、そして「物品の機能を確保するために不可欠な形状のみからなる意匠」「建築物の用途にとって不可欠な形状のみからなる意匠」「画像の用途にとって不可欠な表示のみからなる意匠」は登録できないと規定されています。
保護対象の比較: UAEと日本の保護対象の範囲には大きな違いがあります。UAEは従来型の物品デザインに限定されていますが、日本は建築物や画面デザインまで網羅しており、保護範囲が広いです。例えば、自動車の計器パネルのUIデザインや建築物の意匠は、日本では意匠権取得が可能ですが、UAEでは意匠としては保護できません(別途著作権等で保護され得るのみ)といった違いがあります。また日本は部分意匠制度が明文化されており、製品の一部分だけをクローズアップして権利化できます。UAEには部分意匠の明示規定はありませんが、出願図面次第で実質的に部分のみを権利範囲とすることも可能でしょう。両国とも公序良俗違反や純機能形状の除外といった基本的な制限は共通していますが、保護対象の広がりという点で日本の制度はUAEより柔軟かつ包括的と言えます。
UAEのグレースピリオド: UAEでは、出願前にデザインが公開された場合の新規性喪失の例外規定(グレースピリオド)が新法で設けられました。創作者(デザイナー)本人またはその承諾を得た者による公開、もしくは創作者から直接・間接に取得した情報に基づく第三者の公開については、出願日前12か月以内であれば新規性を喪失しないものと扱われます。例えば、デザイナー自身が製品発表会や展示会で公開してしまった場合でも、その日から12ヶ月以内にUAEに意匠出願すれば、その公開は新規性を害する公知とは見なされません。ただし、このグレースピリオド適用には重要な条件があります。それは「公開から12か月以内にUAEで出願すること」です。仮に公開後まず他国(日本など)で意匠出願をし、その優先権期間内(6か月以内)にUAEへは出願せず12か月を過ぎてしまった場合、たとえパリ優先権を主張して後からUAE出願してもグレースピリオドの適用は受けられません。UAE法は「公開後12ヶ月以内にUAEに出願すること」を要件としているため、公開→外国出願(優先権確保)→その優先権に基づき12ヶ月超えてUAE出願という経路では救済されない点に注意が必要です。また例外の適用外となる公開形態も定められており、「外国または地域知的財産当局やWIPOの産業財産権公報に掲載された公開」は12ヶ月以内であっても新規性喪失の例外の対象にはなりません。つまり、他国の意匠公報や特許公報にデザインが掲載された場合、それはグレースピリオドの範囲外となり、新規性が喪失すると見なされます。以上より、UAEでは自社デザインを公開してしまった場合でも、迅速に(1年以内に)UAE出願すれば救済可能ですが、公開の態様によっては例外適用が認められないケースもあることに留意が必要です。
日本のグレースピリオド: 日本でも意匠について新規性喪失の例外規定(意匠法第4条)が設けられています。2018年6月の法改正により、グレースピリオド期間は従来の6ヶ月から出願前1年に延長されました(2017年12月9日以降に公開された意匠に適用)。適用対象となる公開行為は、「意匠登録を受ける権利を有する者(出願人)の意思に基づく公開またはその者の意思に反してなされた公開」です。例えば、デザイナー本人が自発的にデザインを公表した場合や、社内関係者の漏洩等により意図せず公開された場合が該当します。ただし、日本でも特許庁や外国特許庁の公報に掲載された公開については例外の適用対象外とされています。従って、他人による先願公開や公報掲載は救済されません。
日本でグレースピリオドの適用を受けるには、所定の手続を期限内に行う必要があります。具体的には、出願と同時または遅くとも出願日から30日以内に「新規性喪失の例外の適用を受けたい」旨の書面(例外適用の申出書)を特許庁に提出しなければなりません。さらに、その公開がいつ・どのようになされたかを証明する証明書類(例えば展示会出品証明書や掲載雑誌の現物など)を準備し、出願日から30日以内にその証拠書類および日本語訳を提出する必要があります。これらの手続きを怠ると、公開があった事実が後から判明した場合に意匠登録が拒絶される(あるいは無効になる)恐れがあります。なお、日本でもパリ優先権の有無にかかわらず公開日から1年以内に日本出願すること自体が必要であり、優先期間を超えて公開から1年以上経って出願した場合は救済されない点はUAEと同様です。
グレースピリオドの比較: UAEと日本はいずれも自己の公開から1年間は新規性を維持できる制度を持っていますが、その適用条件や手続に若干の違いがあります。まず期間はいずれも12ヶ月で共通です。適用対象となる公開者も、自身または関係者による公開とする点でほぼ同じです。大きな違いは手続面で、日本では必ず出願時に申請が必要(後からの申し出不可)であり証明書類提出も義務づけられています。一方、UAE法では法律上明示の手続規定はありませんが、実務上は出願書類中に開示日等を申告し、必要に応じ証明を求められる可能性があります。さらに、UAEでは**「UAEに出願すること」自体を12ヶ月以内に行う必要があり、外国出願で優先日を確保しても直接の救済にならない点が、日本のようにパリ優先権と組み合わせて柔軟に対応できるケースに比べ制限的です。共通しているのは、公報掲載など公的な形で周知となった場合は救済されない**ことです。総じて、日本企業が自社デザインを誤って先行公開してしまった場合、自国(日本)でもUAEでも1年以内に出願すれば救われるものの、特にUAEでは公開後速やかに現地出願しないとグレースピリオドを享受できないことに注意が必要です。
UAEの減免制度: UAEでは2021年の工業所有権法改正とその後の省令により、意匠を含む知的財産権の公式手数料体系が変更されました。2024年1月15日から施行された新料金表では、出願人の属性に応じて手数料額が区分されています。具体的には、個人出願人、UAE国内の中小企業、UAEの学術機関などについては、通常の法人出願に比べ公式手数料がおよそ半額に設定されています。例えば意匠の出願料は、個人・中小企業等の場合1,000ディルハム、一般の法人(大企業)では2,000ディルハムとされています。その他、公告料や訂正料などについても同様に二段階の料金が設定されています。このように、UAEは近年中小企業や個人による知財取得を促進するため手数料減免措置を導入しました。ただし、この優遇は基本的にUAE国内に拠点を持つ中小企業等に適用されるものであり、日本企業が直接UAEに出願する場合は通常は減免対象外(一般の法人料金)となる点に注意が必要です。また新法では、特許や意匠の年金についても一定の遅滞復活手数料免除などの救済規定が設けられていますが、意匠に特有の減免制度(例えばデザイン複数一括出願時の割引など)は報告されていません。
日本の減免制度: 日本でも知的財産に関する手数料減免制度が拡充されています。特に2019年4月に導入された新制度では、中小企業、スタートアップ、個人発明家、大学・TLO等を対象に、特許・意匠・商標の審査請求料や登録料について大幅な減額措置が講じられました。この制度により、一定要件(資本金や従業員数、大企業からの独立性など)を満たす中小企業等は、審査請求料や登録料が1/2または2/3に減額されます。例えば、小規模企業であれば審査請求料・最初の10年分の特許年金などが2/3減免される仕組みです(意匠の場合も審査制のため実質的に審査に相当する手数料と登録料が減免対象です)。この減免制度は外国法人・外国人にも適用可能で、要件を満たせば海外の中小企業でも日本出願時に恩恵を受けられるようになっています。手続きも簡素化され、以前は減免資格を証明する書類提出が必要でしたが、現在は出願書類中に該当カテゴリを申請し「証明書類提出を省略する」旨を記載するだけで足ります。なお、日本特有の措置として、各都道府県や中小企業支援策の一環で外国出願費用の助成制度(JETRO等による海外出願補助金)も存在します。これは国内の中小企業が海外に意匠出願する際の費用の一部を公的に補助する制度ですが、本稿の趣旨である手数料「減免」とは異なるため詳細は割愛します。
減免制度の比較: UAEと日本はいずれも中小企業等への支援策として公式手数料の軽減を行っていますが、その内容に違いがあります。UAEは国内の属性(UAE所在か否か)で明確に区分しており、外国企業には基本的に割引がありません。一方、日本の減免制度は企業規模や非営利性といった要件ベースで適用され、海外企業でも中小規模であれば利用可能です。また、日本は減免率が1/2や2/3と大きく、審査料・維持料まで包括しています。対してUAEは中小企業等で約1/2程度の軽減に留まります。さらに、日本は手続の簡易さ(申告のみで減免可)にも配慮されています。両国とも知財取得コストの負担軽減に取り組んでいますが、日本の方が適用範囲が広く減免率も高いと言えるでしょう。日本企業がUAEで意匠出願する際は原則フルの公式費用(例:出願料2,000AED等)を見込む必要がありますが、日本での権利取得については自社が減免対象か確認し制度を活用することでコスト削減が可能です。
UAEの図面要件: UAEで意匠出願をする際には、願書に添付する図面 (drawings) に関していくつか留意点があります。まず、提出する図面(または写真)は、そのデザインを各方向から明確に表現したものでなければなりません。立体物(3Dデザイン)の場合、通常は正面、背面、右側面、左側面、上面、底面の6方向の図(6面図)が求められます。また各図は少なくとも2部ずつ提出することとされています。紙で提出していた時代の名残で二部提出とされていますが、電子出願ではアップロードするファイルセットを2組用意するイメージです。平面的な模様や織物など二次元的な意匠の場合はその図面を2部提出します。図面はできる限り線画で鮮明に描くことが推奨されますが、高精細な写真画像による提出も認められています。ただし写真の場合、背景は無地でコントラストを明確にし、デザインの詳細が判別できるように撮影する必要があります。出願時に提出した図面・写真が公開されたデザインの範囲を超えていないかも審査官に確認されます。例えば、グレースピリオド適用のために公開内容と出願図面内容が一致しているか、といった観点です。また、図面の形式要件は実施規則で定められており、細部の描き方(シェーディングや破線の扱い等)について規定があります。一般には製品全体を余すところなく表す複数視点の図が必要で、日本同様に6面図+斜視図(参考図)などを用意するのが望ましいでしょう。もし一部のみを意匠としてクレームしたい場合は、その部分以外を破線で描く等の表現も可能と考えられますが、UAEの明確なガイドラインは公表されていないため専門代理人の指示に従うことが賢明です。
日本の図面要件: 日本では意匠出願時に願書に添付する図面(または写真、ひな型、見本)は、審査官および第三者がその意匠を具体的に理解できるよう詳細かつ正確に作成する必要があります。伝統的には立体物の意匠では六面図(正面図・背面図・右側面図・左側面図・平面図・底面図)を提出するのが原則でした。しかし近年、図面要件は多少緩和されており、例えば左右対称の物品で片側面図だけでも十分な場合や、全体を示す斜視図と主要な正面図などで足りる場合には必ずしも6図全てを要しないケースもあります。もっとも、不足する方向の形状が不明確だと判断されれば補正命令が来ますので、基本的には6方向図を用意するのが安全です(2020年の意匠審査基準改訂で、対称物品等の場合の図面省略が明文化されました)。日本では図面のほか写真やCG画像でも提出可能です。近年は3DCADで作成したレンダリング図や、撮影写真を図面代用にする出願も増えています。特許庁は「原則として図面で表せ」としていますが、「図面(線画)以外に、コンピュータグラフィックスも受け付ける」旨を明記しています。写真提出の場合も背景は無地が望ましく、陰影が多すぎると詳細が判別しにくいため注意が必要です。
日本の特徴的な図面要件としては、部分意匠や関連意匠に関する表示方法があります。部分意匠を出願する場合、図面中で保護を求める部分を実線で描き、それ以外の部分を破線等で描いて「意匠登録を受けようとする部分」を明確に示さねばなりません。さらに願書の「意匠に係る物品等欄」や「意匠の説明欄」において、破線部分は意匠に係る物品の一部ではあるが登録対象ではない旨を記載します。例えば「実線で示す部分が意匠登録を受けようとする部分であり、破線部分は説明のために描いた参考部分です」といった記載です。このように、図面上の線種と説明欄記載を組み合わせることで部分意匠の範囲を特定します。同様に、透明なガラス容器などの場合は「透明部を網掛け等で図示し、説明欄に透明である旨」を記載するなど、**デザインの特殊な特徴(素材の透明・鏡面や可動ギミック等)**についても図示と文章で補足することが推奨されています。日本では図面の描き方について詳細なガイドラインがあり、特許庁から「意匠登録出願の願書等の書き方ガイド」等も公表されています。
図面要件の比較: UAEと日本の図面要件は、基本的には意匠の形態を全ての角度から明確に示すことを目的としており、求められる図の種別(六面図など)も共通しています。ただ、細かな実務ではいくつか違いがあります。まず、日本では部分意匠を表現するための破線利用や記載要件が厳格に決められていますが、UAEでは部分のみを主張する場合の明確な規定はありません(とはいえ、国際水準では破線で非請求部分を示す方法が一般的なため、UAE出願でも破線活用は受け入れられるでしょう)。また、日本は図面の省略要件(対称物の片側省略など)が整備されていますが、UAEではそのような運用緩和は確認されていません。さらに、日本は画像意匠や内装意匠といった特殊なケースにも対応した図面ガイドラインがあります。例えば画像意匠では画面の変化を示す連続図なども提出可能です。一方UAEでは画像自体が保護対象でないため考慮不要です。総じて、日本の図面作成要件は情報量が多く緻密であるのに対し、UAEは必要最低限の視図を明確に示すことに重点があります。とはいえ、国際出願では統一的な図面作成が求められるため、日本企業がUAEへ意匠出願する際も日本出願と同等レベルの詳しい図面を用意すれば問題なく受理・審査されると考えられます。
UAEの保護期間: UAEにおける意匠権(Industrial Design登録)の存続期間は、出願日から20年と定められています。これは2021年の新法施行に伴い延長されたもので、それ以前は出願日から10年(従来法での保護期間)でした。新法は2021年12月以降に出願された意匠に適用され、過去に10年保護だった権利も更新により最長20年まで延長可能とされています。20年の保護期間を維持するためには、毎年の年金(年次登録料)を途切れなく納付する必要があります。年金は出願の翌年から毎年発生し、金額は経年ごとに定められています。一定期間年金を払い忘れると登録は抹消されますが、法定の猶予期間内であれば追納により回復を請求できます(具体的な猶予期間は実施細則で規定。一般的に6ヶ月の猶予と罰金での回復が想定されます)。なおUAEでは、意匠についても特許と同様に存続期間満了前でも権利者の放棄により権利を終了させることができます。
日本の保護期間: 日本の意匠権の存続期間は近年延長され、出願日から25年となりました。2020年4月1日以降の出願に適用されており、それ以前の出願については従前通り設定登録日から20年(改正前制度。ただし出願日ベースでは約20年+審査期間分)またはさらに古いものは15年といった経過措置があります。改正後は「出願日から25年」で一律となったため、審査や登録に要した期間を含め最大25年間の権利存続が可能です。日本では意匠権も特許権等と同様に年次登録料の支払いが必要です。意匠法では初年度から登録料を毎年納める形ですが、実務上は1~3年目分の登録料を登録査定時にまとめて納付する決まりです。その後、4年目以降は毎年1年分ずつ前払いで納付します(複数年まとめ納付も可)。2022年時点の料金では、1~3年目は各年8,500円、4~20年目は各年16,900円で、(改正により21~25年目も同額程度の年額が設定される見込みです)。年払いを怠ると権利が消滅しますが、半年以内であれば追納(2倍額)により救済可能です(意匠法第43条)。また日本では、出願時に最大5年まで権利の存続期間を短縮しておく「存続期間の短縮登録」を請求できます(意匠法第21条)。これは、製品ライフサイクルが短い意匠について権利期間を短く区切りたい場合等に使われる制度ですが、近年はあまり利用例が多くありません。
保護期間の比較: UAEの意匠権は20年、日本の意匠権は25年と、日本の方が5年長い保護期間を設定しています。日本は意匠制度発足当初15年だったものが20年、さらに最近25年へと延長され、国際的に見ても長期の部類です。一方UAEも2021年までは10年と短かったものが一気に20年へ倍増しており、主要国水準に達しました。維持費用の面では、両国とも毎年の維持料納付が必要な点は共通です。ただし日本は初回に3年分まとめ払い、その後年払いであるのに対し、UAEは初年度から毎年支払う形式です。また、日本は後半期間の年金額がやや高く設定され累進性がありますが、UAEの年金額も経過年に応じて増額される可能性があります(詳細は未公表ですが特許では後年ほど高額なため、意匠も類似の設定と推測されます)。いずれにせよ、権利維持管理が重要であり、年金を失念すると権利が消滅する点は同じです。企業は両国で意匠権を取得した場合、それぞれの年金期限をシステムで管理し、漏れなく納付する必要があります。保護期間の長さに関しては、日本では25年フルに維持するケースもありますが、製品の寿命が短ければ途中で権利放棄することも多いです。UAEでも20年ありますが、こちらもファッションや消費財などでは10年程度で権利放棄される場合も考えられます。法定の最長期間として日本25年・UAE20年という差異を把握しておき、戦略に応じた権利維持期間を検討することが重要です。
UAEにおける侵害訴訟: UAEでは、意匠権は登録をもって発生し、未登録のデザインには権利が認められません。意匠権者(または登録された専用実施権者)は、第三者が無断で登録意匠を製品に使用した場合、民事訴訟を提起して権利侵害を主張することができます。具体的には、意匠権者またはライセンシーは地元の民事裁判所に対し差止めや損害賠償を求める請求を行います。UAEには知的財産専門の裁判所はありませんが、ドバイやアブダビ等の主要首長国の民事裁判所で知財案件を取り扱う部門があります。訴訟提起の際は通常、弁護士(現地弁理士と法廷代理人)が代理します。UAE法では意匠権者は侵害によって被った損害の賠償を請求できるほか、侵害行為の差止め(差止命令)を求めることができます。裁判所が侵害を認めれば、侵害品の差し押さえ・差止めや、蓄積された在庫の廃棄などを命じる判決を下すことが可能です。また裁判所は、侵害に使用された機械や設備の差押・処分を命令したり、判決内容を産業財産権公報や新聞に公示するよう命じたりすることもできます。これらは抑止効果を狙った救済手段です。
UAEでは行政的な差止手段(例えば特許庁による行政摘発や税関による意匠侵害品の差止制度)は整備されていません。したがって、権利者自らが裁判所に訴える以外に侵害を止める手段は基本的にありません。また旧法下では意匠権侵害に刑事罰規定はなく、刑事訴追はできないとされていました。しかし、新法(連邦法第11号/2021)では知的財産権侵害に対する刑事罰が導入されています。同法第69条により、「本法で保護される発明、意匠等の権利を意図的に侵害した者」は10万ディルハム以上100万ディルハム以下の罰金刑、または禁錮刑、もしくはその併科に処せられる可能性が明記されました。つまり、悪質な意匠権侵害は刑事犯罪として扱われ得ることになります。ただし、この規定は発効間もないため実際に適用された事例はまだ十分に報告されていません。知的財産に関する理解や法執行体制が成熟途上のUAEでは、権利者自ら警察に刑事告訴するケースは稀で、現実には民事上の差止・損賠請求が主たる手段となっているのが実情です。とはいえ、法律上刑事手段も可能になったことで、侵害者に対する圧力として「刑事罰リスク」を示唆できる点は権利者に有利といえます。
なお、UAEは連邦制の国家で各首長国が独自の司法管轄を持つため、侵害訴訟を起こす際は侵害行為地や被告の所在地に応じて管轄裁判所を選ぶ必要があります。例えばドバイで侵害品が流通しているならドバイの裁判所に提訴します。また税関での差止制度については、商標権に関して首長国ごとに税関登録を行い偽ブランド品の水際差止めが行われていますが、意匠権については税関登録制度が明確でなく、水際措置は困難とされています。
日本における侵害訴訟: 日本では意匠権侵害に対する法的措置として民事訴訟と刑事手続の両方が利用可能です。民事面では、意匠権者または専用実施権者(独占的ライセンス保持者)は、侵害者に対し地方裁判所に訴訟を提起し、差止請求および損害賠償請求を行います。知的財産高等裁判所(知財高裁)は東京高裁内にありますが、第一審は全国の地方裁判所で行われ、特に東京地方裁判所と大阪地方裁判所には知的財産に精通した専門部が設置されています。これらの裁判所が実質的に知財訴訟の中心で、意匠訴訟も多くは東京・大阪で提起されます。被疑侵害品の製造販売が地方で行われている場合でも、東京・大阪地裁が管轄を持つことがあるため、実務上多くの事件がそれらに集中します。
民事訴訟ではまず差止め(侵害行為停止)が請求の主眼となります。権利者は本案訴訟と並行して仮処分による暫定的な差止めを求めることも可能です。仮処分命令は本案判決前に侵害品の製造販売を一時停止させる強力な手段で、侵害の明白性と緊急の必要が認められれば、訴訟提起から数ヶ月程度で裁判所が発令する場合もあります。最終的な本案訴訟では、侵害が認定されれば恒久的差止(最終差止命令)および損害賠償が命じられます。損害賠償額は意匠法で推定規定(特許法105条等の準用)があり、侵害者の得た利益やライセンス料相当額から算定されます。民事訴訟の一審判決までの所要期間は概ね10~18ヶ月程度です。日本では侵害訴訟中であっても、被告は無効審判を特許庁に請求したり、訴訟内で無効の抗弁(104条の3)を主張することができます。無効審判請求がなされても裁判所は訴訟を自動停止しないため、侵害訴訟と無効審判が並行して進行するのが一般的です。最終的に無効審決が確定すれば遡及的に意匠権は消滅し、差止・賠償請求は認められなくなります。
刑事面では、日本の意匠法にも刑事罰の規定があります。意匠権または専用実施権を侵害した者は10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金(または両方)の処罰対象となります。これは特許権侵害と同等の重い罰則です。もっとも、刑事事件とするには権利者(被害者)が警察・検察に告訴を行う必要があります。意匠権侵害は親告罪であり、権利者の告訴がなければ起訴されません。ただし、社会的に悪質な事案では告訴無しでも起訴できる「非親告罪化」規定もわずかながら設けられています。実務上、意匠権侵害で直ちに逮捕者が出るケースは多くありませんが、悪質な偽造品製造などでは商標と合わせて摘発されることもあります。
救済手段として、民事では差止命令・損害賠償のほか信用回復措置(謝罪広告など)も請求可能です。差止命令は判決確定後に強制執行で履行させることができ、従わない場合は間接強制(金銭賠償の強化)なども用いられます。損害賠償請求権には時効があり、侵害と損害を知ってから3年で請求権が消滅します。さらに不当利得返還請求も可能ですが、こちらは発生から10年で消滅時効です。
侵害訴訟の比較: UAEと日本の意匠権侵害に対する法制度には以下のような違いがあります。
刑事罰の有無: 日本は古くから刑事罰規定があり、悪質な侵害には刑法的手段が取り得ます。UAEも新法で刑事罰が導入されましたが、実効性は未知数で、従来は刑事対応が無かった分だけ実務上は民事救済中心です。日本企業にとって、UAEでデザイン模倣品が出回った場合、まずは民事差止を検討し、必要に応じて新法の刑事規定活用も視野という形になります。
行政的措置: 日本は税関での水際取締り制度が商標ほど盛んではないものの、意匠権も税関への知的財産登録制度の対象です(関税法により意匠権侵害物品の輸入差止請求が可能)。一方UAEでは税関で意匠権に基づく差止を行う制度が確認できません。したがって、日本の方が模倣品の輸入阻止など行政措置が取りやすいといえます。
裁判手続: 日本では知財高裁を頂点とする専門的な裁判体制があり、裁判官・弁理士・弁護士の知財リテラシーも高いです。UAEはまだ知財訴訟の蓄積が少なく、裁判官による理解にばらつきがある可能性があります。そのため、UAEで訴訟を起こす際は現地に詳しい法律事務所を通じ、技術的内容を丁寧に説明することが重要です。
救済の実効性: 日本では判決に基づく差止や損害賠償の履行確保メカニズム(強制執行手続)が整っています。UAEでも法的には差押・廃棄等が命じられますが、実際にどの程度厳格に履行されているかは情報が限られます。文化的背景から示談解決(和解)に至るケースも多いと考えられます。
総じて、日本の方が知財侵害への対応オプションが多様で、刑事・民事の両輪で抑止力を及ぼせる環境にあります。UAEも新法施行により制度上は強化されましたが、現地で権利行使する際は信頼できる代理人の助言を仰ぎつつ、民事訴訟を主軸に据えるのが現実的でしょう。なお、日本企業が自社意匠を守るためには、そもそもUAEでもきちんと権利化しておくことが大前提です。登録なくして権利行使できないUAEでは、意匠を公開してしまった後では手遅れになるため、海外展開前に各国での出願計画を立てることが肝要です。
UAEの国際出願状況: UAEは現時点(2025年7月)で意匠の国際登録制度(ハーグ協定)の締約国ではありません。そのため、ハーグ国際出願を用いてUAEを指定することはできず、UAEで意匠権を取得するには直接UAEに国内出願する必要があります。パリ条約には加盟していますので、日本など他国での意匠出願日から6ヶ月以内であればパリ優先権を主張してUAEに出願することが可能です(優先期間は意匠の場合6ヶ月であり、UAE法でも「優先権主張期間は最初の出願日から6ヶ月」と規定されています)。しかし逆に、UAEで先に出願した意匠について他国に優先権主張して出願する場合も6ヶ月以内に行う必要があります。UAEはGCC(湾岸協力会議)の加盟国ですが、GCC地域で統一的な意匠登録制度はありません(特許についてはGCC特許庁がありますが、意匠は各国管轄)。したがって、日本企業がUAEを含む中東地域で意匠保護を図るには、国ごとに個別出願する必要があります。
国際出願非加盟の不便さを補う動きとして、近年UAEもハーグ協定加盟の検討を進めていると報じられています。しかし2025年現在まだ実現していません。一部の周辺国(サウジアラビア等)は加盟に向けた法改正を行っており、中東からハーグ締約国が増える可能性はあります。UAEが将来ハーグ協定に加盟すれば、日本から国際出願でUAEを指定できるようになり利便性が飛躍的に向上します。それまでは、日本企業にとってUAEでの意匠権取得は現地代理人を通じた直接出願一択となります。
日本の国際出願状況: 日本はハーグ協定(ジュネーブ改正協定)に2015年に加盟済みであり、積極的に国際意匠制度を活用しています。日本に所在する出願人はWIPO国際事務局に対してハーグ出願を行い、複数国に一括で意匠を出願することができます。また外国の出願人が国際登録で日本を指定することも可能です。この場合、日本特許庁は指定国官庁として国内出願と同様の審査を行います。日本は実体審査主義のため、国際出願であっても審査官が新規性や創作容易性の判断を行い、拒絶理由があれば拒絶通報(Refusal)を国際事務局経由で通知します。そのため、国際出願で日本を指定する場合でも、事前に日本の審査基準に適合する図面・クレームになっているか注意が必要です(例えば、一出願一意匠の原則との整合や部分意匠表示など)。日本特許庁から拒絶通報を受けた出願人は、指定代理人を通じて日本特許庁に意見書や補正を提出し、拒絶理由を解消する手続きを踏むことになります。
ハーグ協定により、日本は国際意匠出願のルートが2通りあります。①直接日本出願(特許庁に出願)と②ハーグ経由出願(WIPO経由で日本指定)です。両者の効力に差はなく、得られる意匠権も同一です。ただし、ハーグ経由の場合、維持費用(登録料)の納付は国際事務局に5年毎に支払う形となります。日本の意匠権は5年ごとに更新する制度ではなく年金納付制ですが、国際登録では5年区切りで更新料を払えば最大15年(契約規定上。それ以上は国内法に委ねられる)維持できます。日本の場合は25年まで存続できるため、5年毎の更新支払いを繰り返せば25年に達します。このように、国際出願経由か国内出願経由かで維持料の払い方が異なりますが、最終的な存続期間は同じです。
国際出願に関する比較: 日本が国際意匠制度に加盟しUAEが未加盟であることから、日本企業のグローバル意匠戦略にも影響があります。日本企業はハーグ出願を活用して欧米アジア諸国に同時出願できますが、UAEはそこに含められないため別途UAE向け出願を用意する必要があります。例えば、日本企業が中東市場向け新製品デザインを開発した場合、主要国にはハーグ一括出願しつつ、UAEやサウジなど未加盟国には個別にパリ条約優先で出願するといった対応が求められます。費用や手間の点で多少の負担増になりますが、UAEは中東のハブ市場であり保護の重要性は高いです。
また、日本を指定したハーグ国際登録出願について、日本特許庁は比較的迅速に審査し、多くは出願から3~8ヶ月程度で登録または拒絶通報がなされています(審査順は国内出願と同等です)。日本の拒絶理由を受けた場合、対応には日本の代理人を選任して国内手続を踏む必要があり、この点は最初から国内出願するのと手間は変わらなくなります。したがって、複数国一括管理など国際出願のメリットと、日本固有の審査対応の手間を秤にかけて戦略を立てることが大切です。
UAEについては将来的なハーグ加盟に期待しつつ、現状ではパリルートでの早期出願を徹底するしかありません。特に日本で意匠を出願公開した後にUAE出願する場合、6ヶ月の優先期間を逃すと新規性がなくなるため(グレースピリオド適用もWIPO公報公開は対象外)、海外展開を見据えた出願タイミングのコントロールが必要です。例えば、日本で意匠登録出願する際に秘密意匠制度を活用し最長3年公開を遅らせ、その間にUAEを含む海外出願を済ませるといった戦略も有効でしょう。
以上の各観点について、最後にUAEと日本の意匠制度の比較表をまとめます。
観点 | UAE(アラブ首長国連邦) | 日本 |
---|---|---|
登録要件 | ・新規性:絶対的新規性を要求。出願前に公知でないこと・産業上の利用可能性:工業製品または手工芸品のデザインであること・審美性(装飾性):機能だけでなく視覚的美感を備えること・公序良俗:公序良俗や公衆の衛生を害しないこと・一出願一意匠(例外あり):一出願に一意匠。ただし同一分類内の複数意匠を1件に含めることが可能 | ・新規性:絶対的新規性(世界で未公知)・創作非容易性:既存意匠から容易に考案できないこと・工業上利用可能性:物品・建築物・画像として量産等できること・公序良俗等:公序良俗を害せず、他人商品と混同を生じず、純粋機能形状でないこと・一意匠一出願:一出願一意匠が原則(組物意匠・内装意匠は例外的に一括可) |
出願手続 | ・管轄庁:経済省・特許局(ICPR)へ電子出願・現地代理人:外国企業はUAE代理人経由で出願・提出書類:願書、図面2部×各視図、優先権書類(90日内)、委任状・譲渡証(公証のみ、90日内) 等・審査方式:方式審査+実体審査あり(新規性・公序良俗等を審査)・公告・登録:審査可決後に官報公告、異議制度なし(90日後に登録)・期間:標準1年(長いと約2年)で登録・費用:出願料1000~2000AED、公告料等。登録時に年金初年度納付。以後毎年年金要 | ・管轄庁:日本特許庁 (JPO) に電子出願・代理人:外国企業は弁理士に委任必須・提出書類:願書(出願人/創作者情報、物品名等)+図面(または写真等)、優先権証明(3月内)・審査方式:方式審査+実体審査(新規性・創作性など厳格審査)・登録手続:登録査定後、1~3年分登録料(8,500円×3年)納付で登録。異議制度なし(無効審判のみ)・期間:平均8~12ヶ月で登録・費用:出願料16,000円、登録料8,500円/年(後年16,900円)、年次登録料は毎年または数年まとめ納付 |
保護対象 | ・物品デザイン:工業製品・手工芸品の形状・模様・色彩など外観・部分意匠:規定なし(図面次第で部分の主張可能)・建築物:対象外(産業製品でないため)・画像:対象外(製品に付随しない画像は含まれず)・不登録:公序良俗違反、政府紋章、純機能形状等は不可 | ・物品デザイン:物品の形状・模様・色彩(部分も含む)・建築物:建築物の外観・内部も対象・画像:操作画面等の画像デザインも対象・部分意匠:一部のみ権利化可(破線などで表示)・不登録:公序良俗違反、他人商品と混同、機能美のみの形状等は不可 |
新規性喪失の例外 (グレースピリオド) | ・期間:公開後12ヶ月以内・対象公開:デザイナー本人またはその情報源からの公表のみ・条件:公開後12ヶ月以内にUAEで出願すること(外国出願だけでは不可)・除外:他国特許庁やWIPO公報での公開は適用外・手続:法律上明記なし(実務上は出願時申告推奨) | ・期間:公開後12ヶ月以内(2018年改正で6→12ヶ月に延長)・対象公開:出願人等の意思によるまたは意に反する公開・条件:公開後1年以内に日本出願すること(優先権有無問わず)・除外:特許・意匠公報等公的公開は適用外・手続:出願時に例外適用の申出+30日以内に証明書類提出必須 |
減免制度 (手数料軽減) | ・小規模出願人向け割引:個人・UAE中小企業・UAE大学は公式手数料が概ね半額例:意匠出願料1000AED(通常法人2000AED)・適用範囲:UAE居住の中小企業等限定(外国企業は通常料)・年金:年金も上記区分で差額設定(一律ではなく年毎額) | ・中小企業等減免:2019年開始。中小企業・スタートアップ・大学等は審査請求料・登録料を1/2または2/3に軽減・適用範囲:日本国内外問わず一定規模要件満たす企業等・手続:出願時に減免申請(証明書類不要で申告のみ)・その他:特許庁や自治体による海外出願費用助成制度も有 |
図面要件 | ・提出図:通常6面図(正面・背面・側面等)各2部提出・表現形式:線画または写真。鮮明さが必要・部分表示:規定なし(実線/破線の概念はガイドラインで許容か)・実施規則:図面の形式細則あり(公差線や陰影等)・注意:公開内容を超える図の情報はNG(開示不一致は不可) | ・提出図:原則六面図(必要に応じ一部省略可)・表現形式:線画推奨だがCG画像や写真でも可・部分表示:部分意匠は実線と破線で区別表示・記載事項:図示しきれない特徴や破線部の説明を願書に記載・ガイドライン:特許庁が詳細な図面作成基準を公開 |
保護期間 | ・存続期間:出願日から20年(2021年12月~)(※旧法は10年)・年金:毎年支払い(年ごとに額設定、未納で権利消滅)・延長:期間満了後の延長なし | ・存続期間:出願日から25年(2020年4月~)(※旧制度: 登録日から20年)・年金:毎年支払い(1~3年目一括以降年毎)・延長:期間短縮登録は可(延長制度はなし) |
侵害訴訟 (権利行使) | ・執行機関:民事訴訟(各首長国の民事裁判所)・差止/賠償:権利者が侵害者に差止命令・損害賠償を請求・救済:侵害品の差押・廃棄、損害賠償、設備差押、判決公告命令等・行政:行政的差止措置なし(税関差止は商標のみ)・刑事:新法で導入。故意侵害に罰金10万~100万AEDや禁錮刑(適用例は未確立) | ・執行機関:民事訴訟(東京・大阪地裁等の知財専門部)、および刑事手続・差止/賠償:差止請求権あり(仮処分可)、損害賠償額は売上やライセンス料で算定・救済:差止命令、損害賠償、信用回復措置、侵害物廃棄請求等・行政:税関による輸入差止申立制度あり・刑事:10年以下懲役または1000万円以下罰金の刑事罰(親告罪、権利者が告訴) |
国際出願 (ハーグ協定等) | ・ハーグ加盟:未加盟(2025年現在)・指定不可:国際意匠出願でUAE指定は不可能・優先権:パリ条約6ヶ月適用。外国出願から6ヶ月以内に直接UAE出願必要・リージョナル:GCC意匠制度なし。国別に出願要 | ・ハーグ加盟:加盟済み(2015年~)・指定可能:国際出願で日本指定可。日本から他国へもハーグ利用可能・審査:国際出願指定の場合も特許庁が実体審査し拒絶通報し得る・維持:ハーグ経由権利は5年毎にWIPOへ更新料、国内権利は年金毎年 |
出典: 本レポートは特許庁公表資料、UAE連邦法No.11/2021および同実施規則の内容、英国政府ガイダンス、並びに各国の知財専門事務所による解説等を参照してまとめました。以上の比較から、UAEの意匠制度は近年の法改正で日本に近い水準へと整備が進んでいるものの、国際出願未対応や運用面の熟成度で日本との差異が見られます。日本企業は自社デザインの国外展開に際し、これら制度の違いを踏まえて戦略的に権利取得・活用を行うことが重要です。