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今ではインターネットを通じて海外から商品を購入することも、海外へ商品を販売することも非常に簡単になりました。ECサイト、SNS、越境ECプラットフォームの普及により、事業が国境を越える機会は飛躍的に増加しています。
しかし、こうしたボーダーレスなビジネス環境は、商標法上さまざまな問題を引き起こします。商標権は国ごとに成立する権利であり、インターネットの無国境性とは根本的に相容れない部分があるためです。
本記事では、インターネット上で生じうる商標問題を具体的なケースを交えて解説し、ドメインネーム紛争やSNSアカウントの問題、海外サイトからの商品購入に伴う商標リスクについても掘り下げていきます。
ポイント
商標権には「属地主義」という大原則があり、日本の商標権の効力は日本国内に限られます。海外で事業を展開する場合は、その国でも別途商標権を取得する必要があります。
あなたは日本で鞄を販売する業者Xであり、鞄の範囲で商標Aについて日本で商標権を取得しています。日本での事業が好調であるため海外進出を目指し、米国でも鞄を販売するためにネットショップを立ち上げ、英文ページを完備しました。この場合、商標法上どのような問題が生じるでしょうか。
大前提として、日本の商標権の効力は日本国内に限られます(これを「属地主義」といいます)。そのため、米国で事業を展開するのであれば、米国でも鞄について商標Aについて別途商標権を取得する必要があります。
もし他人がAと同一または類似の商標を米国で商標登録していた場合、Xは米国で他人の商標権を侵害することになってしまいます。
注意
海外で事業を展開する場合は、販売国だけでなく生産国での商標権の取得も忘れずに行いましょう。生産国で他人に商標権を先取りされていた場合、その国での侵害者はあなたになります。たとえ生産国で商品を流通させない場合でも、生産した商品を輸出できなくなるリスクがあります。
ネットショップを通じた海外展開では、以下の国・地域での商標権取得を検討すべきです。
| 対象国・地域 | 取得すべき理由 |
|---|---|
| 販売先の国 | 商品を販売する以上、当該国での商標権がなければ権利行使ができない |
| 生産国(製造委託先) | OEM生産等で商標を付した商品を製造する場合、輸出差止のリスクがある |
| 中継地・物流拠点 | 物流の中継地点でも税関での差止リスクが存在する |
| 模倣品が多い国 | 模倣品の製造拠点となる国でも商標権を確保しておくことが望ましい |
あなたは日本で鞄を販売する業者Xであり、鞄の範囲で商標Aについて日本で商標権を取得しています。ネットを検索していると、他人YがウェブサイトにAを表示していることがわかりました。詳しく調べてみると、どうやら海外のサーバーを使って日本語のページを展開しているようです。
海外のサーバー、すなわち物理的には日本国内での商標の使用ではない場合、XはYに対してウェブサイトの閉鎖を主張できるでしょうか。
ケース1で述べた通り、日本の商標権の効力は日本国外には及びません。ですから普通に考えれば、ウェブサイトのサーバーが海外にある場合のYの行為は、日本国における商標の使用とはいえなさそうです。
ここで参考となるのが、WIPO(世界知的所有権機関)が2001年に採択した「インターネット上の商標及びその他の標識に係る工業所有権の保護に関する共同勧告」*1です。この勧告の2条では次のように規定されています。
「インターネット上の標識の使用は、その使用が加盟国で商業的効果を有する場合に限り、当該加盟国における使用を構成する」
この基準に照らせば、たとえ海外のサーバーを使用している場合であっても、Yが日本語でウェブサイトを展開し、日本からの注文を受け付けている場合には、日本での「商業的効果」が認められる可能性が高いといえます。したがって、Xはウェブサイトの閉鎖を主張できる可能性は十分にあります。
WIPO共同勧告では、「商業的効果」の有無を判断する際に考慮すべき要素として、以下のような点が挙げられています。
あなたは日本で鞄を販売する業者Xであり、鞄の範囲で商標Aについて日本で商標権を取得しています。ネットを検索していると、他人YがウェブサイトにAを表示していることがわかりました。ケース2とは異なり、日本のサーバーを使っているようですが、フランス語のウェブサイトであるようです。この場合、XはYに対してウェブサイトの閉鎖を主張できるでしょうか。
この場合は、原則通り属地主義に従って、Yに対してウェブサイトの閉鎖を主張できる可能性はあると考えます*2。ただし、Yの立場を考えると、フランスで事業をするのであれば、わざわざ日本のサーバーを使用する必然性は低いため、事実上このような場面は稀でしょう。
注目ポイント
この場合にXが注意すべきはフランスでの事業展開です。Yがフランス語でウェブサイトを運営しているならば、フランス向けに事業を行っている可能性が高く、フランスで既にAについて商標権を取得している可能性があります。Xがフランスで商標Aを付した鞄を販売した場合、Yの商標権を侵害してしまうリスクがあります。
インターネット上の商標問題として特に多いのが、ドメインネームに関する紛争です。ドメインネームは全世界で一意であり、先に登録した者が使用権を得るという「早い者勝ち」のルールが基本です。そのため、他人の商標と同一または類似のドメインを先取り的に登録する行為(いわゆる「サイバースクワッティング」)が古くから問題となっています。
ドメインネーム紛争の主な解決手段には以下のものがあります。
| 手段 | 概要 | 対象 |
|---|---|---|
| UDRP(統一ドメイン名紛争処理方針) | WIPOの仲裁調停センター等で行われる国際的な紛争処理手続 | .com、.net等のgTLD |
| JP-DRP | 日本知的財産仲裁センターが行うJPドメイン名に関する紛争処理 | .jp等のJPドメイン |
| 不正競争防止法に基づく訴訟 | 裁判所を通じた差止・損害賠償請求 | 日本国内の紛争全般 |
UDRPの手続きでは、申立人は (1) ドメイン名が申立人の商標と同一または混同を引き起こすほど類似していること、(2) ドメイン名の登録者がそのドメイン名について権利または正当な利益を有していないこと、(3) ドメイン名が悪意で登録され使用されていること、の3点を証明する必要があります。
実務上のアドバイス
商標登録を検討する際には、同時に主要なドメイン(.com、.jp、.co.jp等)の取得も検討しましょう。後から第三者に取得されると、取り戻すために多大な時間とコストがかかります。
近年、SNS上でのブランド保護も大きな課題となっています。X(旧Twitter)、Instagram、Facebook、TikTokなどのSNSプラットフォームでは、他人の商標と同一または類似のアカウント名を使用するケースが後を絶ちません。
多くのSNSプラットフォームは、商標権に基づく申告制度を設けています。商標権者は、プラットフォームの報告フォームを通じて、商標権を侵害するアカウントやコンテンツの削除を求めることができます。ただし、これらの制度はあくまでプラットフォームの利用規約に基づくものであり、法的な強制力には限界があります。
SNS対策のポイント
ブランドを立ち上げる際は、商標出願と同時に主要SNSプラットフォームで公式アカウントを早期に開設することが重要です。また、定期的にSNS上での自社商標の使用状況をモニタリングし、問題があれば速やかに対応しましょう。
個人が海外のECサイトから商品を購入する場合にも、商標法上の問題が生じることがあります。特に注意が必要なのは、日本の商標権者の許諾を得ていない「並行輸入品」や、商標権者とは無関係の第三者が製造した「模倣品」です。
海外で合法的に販売されている真正品を日本に輸入する「並行輸入」については、一定の要件のもとで商標権の侵害にはならないとされています。具体的には、以下の3つの要件を満たす場合です。
一方、海外サイトで販売されている模倣品を日本に輸入する行為は、商標権侵害に該当し得ます。近年、税関での知的財産侵害物品の差止件数は増加傾向にあり、個人使用目的であっても商標権侵害に問われる可能性がある点に注意が必要です。
インターネットの世界では越境が容易であるため、商標上の争いに巻き込まれる機会も増えています。インターネット時代における商標戦略として、以下の点を押さえておきましょう。
| 対策 | 内容 |
|---|---|
| 先行商標の調査 | 海外展開前に進出先の国で同一・類似商標が登録されていないか調査する |
| 各国での商標登録 | 販売国・生産国で商標権を確保する。マドプロ制度の活用も検討 |
| ドメイン・SNSの確保 | 主要ドメインとSNSアカウントを早期に取得する |
| 定期的なモニタリング | ウェブ上での自社商標の無断使用を監視し、迅速に対応する |
| 税関登録 | 模倣品の水際対策として輸入差止申立てを行う |
海外展開をお考えの際は、先行商標が存在しないかの事前の調査と商標登録を計画的に行ってください。
*1 「インターネット上の商標及びその他の標識に係る工業所有権の保護に関する共同勧告」について
https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/wipo/1401-037.html
https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/wipo/document/1401-037/kyoudoukannkoku.pdf
*2 不使用取消審判と侵害事件においては「使用」の解釈が異なる場合があります。例えば、Xが日本で商標権を取得しており、日本のサーバーを使ってフランス語でフランス向けのウェブサイトにAを表示して事業を行っていた場合、このウェブサイトでの商標の使用は、日本での商標の「使用」に該当しない可能性があります。