スペインで意匠登録を受けるには、そのデザインが新規性(Nuevo)および独自性(carácter singular)を有することが必要です。具体的には、新規性とは出願日前(優先権主張があれば優先日前)までに同一の意匠が公衆に公開されていないことを意味します(細部のわずかな差異のみのデザインは同一とみなされます)。また独自性(個性)とは、当該意匠が「情報に通じたユーザー(informed user)」に与える全体的印象が、出願日前までに公開された他の意匠の印象と異なることを指します。デザインの登録は絶対的新規性を基準として判断され、世界中で公開されていないことが要求されます。
スペイン意匠法(SDA: Ley 20/2003)では、これら新規性・独自性を満たさない意匠や、公序良俗に反する意匠は登録できないと定めています。さらに、純粋に機能を果たすためだけの形状(機能にのみ左右されるデザイン)や国家の旗など公式のシンボルを含むデザインも意匠登録の対象から除外されています。したがって、製品の美感に関わらない純粋に機能的な部分や、公的標章そのものは保護を受けられません。
無審査登録主義: スペインの意匠登録制度は基本的に無審査登録(方式審査のみ)を採用しています。スペイン特許商標庁(SPTO)は出願時に新規性・独自性について実体審査を行わず、方式要件に適合していれば直ちに登録・公告します。新規性・独自性の要件は、登録後に異議申立や無効審判の場面で問題となり得ます。他人が登録意匠と類似・同一の先行デザインを発見した場合、後述のとおり登録後2か月以内に異議を申し立てて登録を取り消すことができます(無効理由には新規性・独自性欠如も含まれる)。このように、スペインでは出願段階では形式要件の審査のみで迅速に登録が可能ですが、登録後一定期間は第三者による異議申立てにより登録が覆される可能性があります。
言語・方式: スペインでの意匠出願はスペイン語で行う必要があります。他の言語での出願は認められず、必要に応じてスペイン語訳を提出します。出願方法は、スペイン特許商標庁(OEPM)または地域の窓口への直接提出、郵送による提出、そして電子出願が利用可能です。特に電子出願が推奨されており、オンライン手続を利用すると手数料が15%減額されます。例えば公式の意匠出願料は約80ユーロですが、電子出願なら約68ユーロに割引されます。出願時には、出願人情報、デザインの図面または写真(後述)、**指定商品(ロカルノ分類による)**の記載、出願料の支払い証明などが必要です。出願料の支払いが確認され、最低限の必要書類が揃えば、その日が出願日(受付日)となります。
複数意匠一括出願: スペインでは1件の出願で最大50件までの意匠をまとめて出願することが可能です(日本とは異なり関連意匠制度ではなく同一出願に複数意匠を含められます)。ただし、同一出願内の複数意匠は全て同一のロカルノ分類(製品カテゴリ)に属していなければなりません。例外的に2次元の模様・意匠(装飾用デザイン)の場合はこの制限が緩和されることがあります。一括出願の場合、請求する意匠点数に応じて追加手数料が加算されますが、件数が多いほど1件あたりの料金は低減する設定になっています(例えば電子出願では1件目~10件目64.96ユーロ/件、11~20件目56.85ユーロ/件…のように段階的に割引)。なお、出願後に分割出願を行うことも可能で、その際は別途分割手数料が必要です。
優先権主張・提出期限: パリ条約に基づく優先権を主張する場合、最初の出願日から6か月以内にスペイン出願を行う必要があります(この期限延長は不可)。優先権証明書(Priority Document)は出願から3か月以内に提出し、スペイン語訳も必要となります。
審査・登録手続: 前述のとおり実体審査は行われず、方式審査で要件を満たせば平均3日~数か月で登録が完了します。登録決定後、意匠公報(BOPI)に登録情報が公告され、電子登録証が発行されます。公告日から2か月間は異議申立期間となり、第三者が新規性・独自性欠如や先願権利衝突などを理由に登録取消しを求めることができます。異議がなければ登録は確定し、初回の保護期間が開始します(保護期間は後述)。
出願公開の猶予(秘密デザイン): 出願人は、意匠の詳細をすぐに公開したくない場合、意匠公報への掲載を最長30か月遅らせるよう申請することができます。この公開延長制度(Deferment)は製品発表のタイミングに合わせて権利内容を秘匿できるメリットがあります。延長期間中でも出願日は維持され、正式公開前でも仮の権利保護(後述の補償請求権)が認められます。日本の「秘密意匠(最大登録後3年非公開)」制度に相当する仕組みです。
スペインの意匠制度で保護されるのは、製品の外観デザインです。法律上、「製品(工業製品または手工業品)の全体または一部の外観であって、線、輪郭、色彩、形状、質感または材料そのもの、もしくはその装飾によって生じるもの」と定義されています。したがって、工業製品や手工芸品の見た目(デザイン)であれば、家具、自動車、衣服、電子機器、包装、グラフィックシンボル、タイポグラフィ(書体)に至るまで幅広く保護対象になり得ます。またデザインは二次元・三次元のいずれも登録可能です。例えばパターン模様やロゴ等の平面的デザインも立体物同様に意匠登録できます。
もっとも、前述したように機能上不可欠な形状(その形でなければ機能しない部品のデザイン)は保護されません。例えば、ある部品の形状が純粋に他部品との結合のためだけに決まっている場合(いわゆる「嵌合(はめあい)部品」の形状)は意匠ではなく特許等で保護すべき領域です。同様に、公序良俗に反するデザイン(例えば公序良俗に反する文字や図形をあしらったもの)や、公的な紋章・旗・徽章などは登録が拒絶されます。これらは日本の意匠法における登録拒絶事由とも概ね共通しています。
スペイン意匠は出願時に特定の製品名や分類(ロカルノ分類)を指定しますが、登録後の権利範囲は製品の種類に限定されません。すなわち、登録意匠と同一または類似のデザインをいかなる製品分野で使用しても権利侵害となり得ます。例えば、椅子の意匠として登録を受けたデザインが他の家具や雑貨に施されても、登録意匠権者は差止めを請求できます。この点、日本の意匠権が登録物品ごとの範囲であるのとは異なり、スペイン(およびEU)の意匠権は意匠そのものに対する権利であり製品カテゴリーを超えて効力が及ぶ点に注意が必要です。
スペインには意匠の新規性喪失に関するグレースピリオド(新規性喪失の例外期間)が設けられています。意匠の創作者自身(または権利承継人)による公開、あるいは不正な第三者による無断公開によってデザインが公表された場合でも、その最初の公開日から12か月以内であれば、その公開は新規性を損なわないものとみなされます。したがって、創作者が誤ってデザインを公開してしまった場合でも、1年以内にスペインで出願すれば有効に登録を受けられます(※日本も2018年法改正以降は同様にグレースピリオドは公開後1年以内です)。
特に公式の国際博覧会(万国博覧会)などでデザインを展示公開した場合については、「展示会優先権」と呼ばれる特別な優遇制度もあります。これはパリ条約に基づくもので、公式展示会出品から6か月以内に出願すれば、その展示公開による新規性喪失が猶予されるだけでなく、展示会開幕日を基準に優先権を主張できる制度です。スペインもこの制度を採用しており、該当する展示会で公開したデザインについては6か月以内の出願で新規性を失わない扱いとなります。ただし一般公開の場合は上述のとおり12か月の猶予が適用されます。
グレースピリオドの適用を受けるには、出願時にその旨を申告し所定の書類(例えば公開事実を証明する書面)を提出する必要があります(日本の新規性喪失例外と同様の手続)。期間内であっても適用手続きを怠ると公開は新規性喪失となるため注意が必要です。
電子出願割引: 前述のとおりスペインでは電子手続に対して15%の手数料割引が適用されます。この割引は出願時だけでなく、意匠登録後の更新手続(5年ごとの延長登録)についても同様です。例えば電子的に更新申請を行えば更新料も15%安くなります。電子出願の推進策として、このような手数料減免が制度化されています。
複数意匠出願の手数料調整: また、一出願に複数の意匠を含める場合、件数に応じて割安な追加料金が設定されています(上述)。このため複数デザインをまとめて権利化するほど、個々の出願より費用面で有利になります。ただし異なる分類のデザインは別出願にせざるを得ないため、無理にまとめることはできません。
年金・更新料の減免: スペインの意匠権は登録後5年ごとの更新制であり(年次の維持年金は不要)、基本的に法定の更新料を支払う必要があります。一般的な減免措置(例えば小規模企業や大学向けの料金優遇)は、スペイン国内法としては特に設けられていないようです。しかし近年、EUIPO(欧州連合知的財産庁)と欧州委員会の協働による中小企業向け支援制度(SME Fund)を通じ、スペインを含むEU各国の商標・意匠出願料の一部を補助するプログラムが実施された例があります。これは期間限定の施策であり恒久的な減免制度ではありませんが、タイミングによってはスペイン国内意匠の出願費用等について50%のキャッシュバックを受けられるケースもありました。制度の有無は年度ごとに変わりうるため、最新情報をOEPMやEUIPOの発表で確認すると良いでしょう。
現地代理人と委任状: スペインでは、欧州連合域外に居住する出願人は必ずスペインの弁理士など現地代理人を通じて手続を行う必要があります。日本企業が直接OEPMに出願することはできず、スペイン弁理士への依頼が必須です。この際、委任状(Power of Attorney)の提出が求められます。委任状は公証等の認証不要(notarizationや領事認証は不要)な簡易なもので構いません。通常は出願と同時に代理人署名の委任状を提出しますが、提出漏れがあってもOEPMからの指令通知後1か月以内であれば追加提出が認められます(この場合、追加提出のための若干の追加手数料が発生します)。
委任状には出願人(委任者)と代理人(受任者)の氏名・住所が記載され、出願人または代理人が署名します。複数案件に共通の包括委任状を提出することも可能です。期限内に適切な委任状を提出しない場合、手続が却下される恐れがあるため注意が必要です。
なお、出願人がEU域内に居住している場合は必ずしも現地代理人を立てる必要はありませんが、その場合でもスペイン国内での連絡先住所を指定するか、OEPMからの通知を電子メールで受領する旨の明示が求められます。実務上、日本企業は信頼できる現地代理人に依頼するのが通常です。
提出形式: スペイン意匠出願には、保護を求めるデザインの図面または写真を提出します。手書き図面に限らず、高品質な写真による提出も可能で、モノクロ・カラーいずれでも認められます。日本のような実線・破線の厳密な区別や特定の図面様式の強制はなく、製品の特徴が明確に表現されていれば形式は柔軟です。ただし提出画像はスペイン特許商標庁の定めるフォーマット要件(例えば添付図面の寸法は最大26.2cm x 17cm以内、画像解像度など)に従う必要があります。
図面の種類と視図数: 出願1件につき各意匠ごとに最大7視図まで提出可能です。通常は斜視図1点および六面図(正面、背面、上面、下面、左側面、右側面)の合計7点でデザインの全貌を示すことが推奨されています。立体物でない平面的な意匠の場合などは必ずしも7図面不要ですが、少なくとも見る者にデザインの形状や模様が明確に理解できるよう十分な図面を用意します。画像は背景が無地で対象がはっきり判別でき、かつ全ての提出図面が同一のデザイン(同一の製品)を示すものでなければなりません。仮に図面間で細部が食い違っていると方式要件不備とみなされ補正を求められます。
部分意匠・ディスクレーマー: スペインには日本の「部分意匠」に相当する制度は明示的にはありませんが、デザインの一部のみを権利化したい場合、破線やぼかし等を用いて保護しない部分を描写することが許容されています。スペイン実用新案規則の付属書では、保護を求めない箇所を破線や色調を変えて示すことが認められており、実務上もしばしば使われます。例えば製品全体の形状のうち新規な部分だけ実線で描き、既存部分を破線で描くことで、新規部分だけを意匠としてクレームすることが可能です。このような視覚的ディスクレーマーによって部分的な権利範囲を明示でき、デザインの要諦にフォーカスした保護が図れます。なおスペインでは図面中に説明的な番号や寸法、文字等を記載することは推奨されず、純粋にデザインの形状のみを示すのが原則です(必要な説明は願書の「説明(説明書)」欄にテキストで記載できます)。
カラーの扱い: 提出図面がカラーの場合、その色彩も含めた外観全体が登録意匠の範囲となります。他方、モノクロ図面で登録した場合、権利範囲は色彩に限定されず形状に対して与えられるため、より広い解釈が可能になることがあります。どちらを選ぶかは戦略次第ですが、スペインでは実際の製品写真に近い形でカラーで提出する例も多く見られます。日本と違い、彩色の有無で権利範囲を議論する考え方は明確ではありませんが、敢えて色を特徴としない場合モノクロ提出も一法です。
スペインの意匠権の存続期間は、日本と同様最大25年ですが、その区切りや起算日は日本と異なります。初期の保護期間は5年間で、これは出願日(意匠の願書を提出した日)から起算されます。登録後5年の満了までに所定の更新手続きを行うことで、さらに5年延長されます。以後、5年ごとに更新が可能であり、最大で25年(5年×5期間)まで保護を維持できます。例えば2025年1月10日出願の意匠は、登録されれば2030年1月10日までが第1期間、以降2035年、2040年、2045年、2050年まで更新可能です(最終的に出願から25年後に満了)。
更新手続は各期間の満了前6か月から受付が可能で、期日を過ぎた場合でも猶予期間6か月以内であれば追加料金(前半3か月25%増額、後半3か月50%増額)を納付することで延長登録が可能です。更新料は意匠ごとに定められており、出願時と同様に電子手続なら15%割引が適用されます。なお、日本の意匠権は登録日から20年の存続期間(年毎の年金納付)ですが、スペインの場合出願日基準で25年とやや長い反面、維持の節目は5年単位となっています。
ちなみに、スペインでは意匠出願から登録公告までの間にも仮の保護が与えられます。具体的には、出願から公開までの期間に第三者が無断でその意匠を使用した場合、登録意匠権者は公開後にその期間の損害賠償(使用料相当額)の請求が可能です。これは暫定的保護と呼ばれるもので、日本の出願公開後の補償金請求制度と類似した考え方です。実際の権利行使(差止め等)は登録公告後でないとできませんが、公開前に遡る損害もある程度カバーされます。
権利内容: スペインの登録意匠には、権利者に専用的な実施権と第三者による無断実施を禁止する権利が付与されています。具体的に権利者は、意匠を無断で製造・販売・輸出入・販売目的の貯蔵などに使用する第三者に対し、その差止めを請求できます。この保護範囲は、登録意匠と同一または情報に通じたユーザーに異ならない印象を与える類似意匠の使用にも及びます。したがって、模倣品がデザイン上わずかな違いしか持たない場合でも侵害とみなされます。
管轄裁判所: スペインでは意匠権侵害の訴訟は、商事裁判所(Juzgados de lo Mercantil)が管轄します。特に知的財産案件を扱う専門部が指定されており、主要都市(マドリード、バルセロナ、バレンシア、ラ・コルーニャ、ラスパルマス(カナリア諸島)、グラナダ、ビルバオなど)に管轄裁判所があります。訴状提出時に被告の所在地等に応じてこれらの中から適切な裁判所が定まります。また、訴訟にEUの共同体意匠(後述)が関係する場合はアリカンテに設置されたEU意匠裁判所(Community Design Court)が専属管轄権を持つ点にも留意が必要です。もっとも、日本企業がスペイン国内意匠権を行使する典型的ケースでは、前記商事裁判所での提訴が一般的です。
救済措置: 権利者が提起できる民事訴訟上の救済には以下のようなものがあります。
差止請求(差止命令): 被告による侵害行為の停止・禁止を求める。仮処分としての暫定的な差止(仮差止命令)も訴訟前または訴訟係属中に申立て可能です。
損害賠償請求: 侵害によって被った損害の賠償(金銭賠償)を求める。スペイン法では侵害者が得た利益相当額やライセンス料相当額など複数の算定基準がありえます。
侵害品の廃棄・回収: 違法なデザインを施した製品やその製造用の型などの廃棄、又は権利者への引渡しを求めることができます。
判決の公示: 侵害の事実を周知させるため、新聞等への判決内容の公表を被告費用負担で命じる請求も可能です。
所有権の移転(譲渡請求): 悪意の侵害者が意匠そのものを登録していた場合などに、その権利を権利者に移転する救済も認められることがあります。
これら救済は日本の意匠侵害訴訟で認められる措置と概ね共通しています。ただしスペインでは、権利侵害に基づく民事請求権は5年で時効消滅する点に注意が必要です(日本の民法上の一般的時効期間と同様ですが、権利行使の遅延にはリスクが伴います)。
刑事罰による対応: スペインでは、悪質な意匠権侵害に対して刑事罰も科し得ます。スペイン刑法は、登録意匠権(など産業財産権)を侵害する目的で無断で製造・販売等を行った者に対し、6か月以上2年以下の懲役刑または12月〜24月分の罰金刑を科す規定を置いています。これは意図的な模倣品ビジネスへの抑止を目的とした規定です。ただし刑事で立件するには故意の立証などハードルが高く、実際には悪質な商業的規模の模倣品取締り(とりわけ商標権侵害を伴うケース)で用いられることが多いです。日本でも意匠権侵害は10年以下の懲役等の刑事罰規定がありますが、民事救済が主である点は共通と言えます。
スペイン国内で意匠権を侵害する模倣品に対しては、税関(関税当局)による水際差止めという行政的な取締手段を利用できます。これはEUレベルで調和された制度で、EU規則608/2013に基づき加盟国税関が知的財産権侵害物品の輸出入を差し止める仕組みです。具体的な手続の概要は次のとおりです。
税関への申立て: 権利者は税関当局に対し、自社の意匠権を侵害すると疑われる物品について差止め申請(Border enforcement application)を行います。この申請はスペイン国内申請とEU全域適用申請のいずれかを選択でき、一度認められると最長1年間税関が監視を継続します。更新も可能です。
税関による審査・認可: 税関当局は申請から概ね30営業日以内にその可否を判断します。認可決定には監視期間(最大1年)が明記され、期間中は対象意匠に関する輸入貨物等をチェックします。
侵害品の発見・留置: 税関は監視期間中、対象意匠を無断使用した疑いのある輸入品等を発見した場合、その貨物の通関を保留または留置します。
通知と確認: 税関は当該貨物の輸入業者(所有者)および意匠権者に貨物留置を通知します。権利者は通知後10日以内に留置品を確認し、自身の意匠権を侵害しているか判断します。
侵害品の廃棄: 権利者が貨物を調査し侵害品であると確認、かつ貨物の所有者(輸入者)が異議を唱えない場合、税関はその侵害品を廃棄します。廃棄には所有者の同意が必要ですが、期限までに異議がなければ黙示の同意とみなされます。
訴訟への移行: 一方、貨物所有者が廃棄に異議を申し立てた場合、税関は保留措置を解除できないため、権利者は法的措置を取る必要があります。通常は侵害品の差押え維持を求めて刑事告訴を行うか、または民事訴訟で本格的な差止・損害賠償請求を提起することになります。権利者が所定期間内に訴訟を提起しないと税関は貨物を釈放します。
以上の税関差止手続は、スペイン単独というよりEU共通の制度であり、日本の税関差止制度(知的財産権侵害物品の輸入差止め)とも類似しています。スペインに輸出される模倣品を水際で阻止したい場合、権利者はこの制度を活用して輸入港での差止めを仕掛けることができます。特にデザイン分野では著名ブランドの模倣品(家具、ファッション等)対策として重要な位置づけです。なお、税関での摘発とは別に、スペイン国内市場での行政当局による取り締まり(例えば警察や消費者当局による店頭在庫の差押え等)は、主に商標権侵害品に対して行われるのが通常で、意匠権侵害のみを理由に行政摘発が行われるケースは限定的と考えられます。
スペインの意匠保護は、国内制度に加えて地域・国際制度とも深く関係しています。
ハーグ協定(国際意匠登録): スペインは工業意匠の国際登録に関するハーグ協定の加盟国です。そのため、WIPOを通じた国際意匠出願(ハーグ国際登録)によってスペインを指定し、スペイン国内で効力を有する意匠権を取得することが可能です。例えば日本の企業がハーグ経由でスペインをデザイン指定国に含めれば、OEPMを経由せず直接スペインでの保護を得られます。またスペイン企業が自国意匠を海外展開する場合にも、自国を出願基礎としてハーグ出願を行い、各国を指定することで多国間の意匠権取得ができます。スペインは2004年に1999年ジュネーブ改正協定を批准しており、日本も2015年加盟済みのため、日本-スペイン間でハーグ制度を利用した意匠の相互取得が可能な状況です。
ハーグ協定経由でスペインが指定された場合、OEPMが受ける扱いは国内出願とほぼ同様で、方式審査のみ行われます。スペインは新規性について実体審査を行う官庁ではないため、新規性や独自性に関して拒絶通報することは通常なく、方式要件で問題がなければ国際登録からスペインで効力発生します。何らかの拒絶理由があればハーグ経由で通知されますが、その多くは図面不備や公序良俗違反等の形式的事項です。国際登録でスペインにおける意匠権を得た後は、更新や権利行使も国内登録と同様に扱われます。
共同体意匠制度: スペインは欧州連合(EU)の加盟国であるため、EUレベルの意匠制度である登録共同体意匠(Registered Community Design, RCD)および無登録共同体意匠が国内に適用されます。登録共同体意匠はEU知的財産庁(EUIPO)に出願して取得する地域統一意匠権で、EU全27か国を一括保護する強力な権利です。スペイン国内でデザイン保護を図る場合、自国での登録意匠に加えて、競合他社の活動範囲がEU全域に及ぶなら共同体意匠の取得が有効です。スペイン国内法(意匠法付則)でも、国内意匠制度とEU共同体意匠制度が併存し得ることが明記されており、権利者は国内意匠と共同体意匠の両方を保持することもできます。
無登録意匠: スペイン独自の無登録意匠制度はありませんが、EU域内で公表されたデザインには無登録共同体意匠権が発生します。無登録共同体意匠は公表から3年間、EU全域で権利が認められるもので、スペイン国内でもその効力が及びます。もっとも無登録権は完全なコピー品に対してのみ差止め可能という限定的なものです。スペイン法上も無登録意匠に関する規定は直接には置かれていませんが、EU法の一部として無登録共同体意匠が認められることになります。実務上、スペイン市場で自社デザインのコピー品を発見した場合、もし未登録でも公表後3年以内であれば無登録共同体意匠に基づく救済(差止め等)を図ることが可能です。
以上より、スペインで意匠を保護するには、(1) スペイン国内意匠への出願, (2) EU共同体意匠の活用, (3) ハーグ国際出願による指定, そして**(4) 無登録共同体意匠(公開)**という複数の選択肢が存在します。日本企業にとっては、保護対象市場や事業展開に応じて、スペイン単独の登録とEU全域の登録を使い分ける戦略が求められます。例えばまず共同体意匠で欧州全体を確保し、その後特定国(スペインなど)で重点施策を取る場合には国内意匠も検討する、といった形です。国際出願制度の登場により、手続面の選択肢も広がっているため、各制度の特徴を踏まえて最適なルートを選ぶことが重要です。
読者の理解を助けるため、以下にスペインと日本の意匠制度を主要項目ごとに比較した表を示します。日本の制度に慣れた知財担当者にとって、相違点に注目することでスペイン制度の特徴が一層明確になるでしょう。
項目 | スペインの意匠制度 | 日本の意匠制度(参考) |
---|---|---|
登録要件 (Novelty & Individuality) | 新規性・独自性を要件とするが、方式審査のみで登録(新規性等は登録後の異議・無効理由)。機能のみの形状、公序良俗違反は登録不可。 | 新規性・創作非容易性(実質的な独自性)を要件とし、実体審査あり(審査で新規性・非容易性をチェック)。純粋に機能的な形状や公序良俗違反は同様に不可。 |
出願言語・方式 | スペイン語で出願(他言語不可)。紙面提出・郵送・電子出願が可能。1出願で最大50意匠まで包含可(同一分類内)。電子出願は手数料15%割引。 | 日本語で出願(外国語出願は要翻訳提出)。オンライン出願可能(紙出願は手数料加算あり)。原則1出願1意匠(関連意匠制度はあるが同一出願には含められない)。電子出願は手数料減免(一部)あり。 |
必要書類 | 願書(出願人情報・製品名)、図面または写真、出願料支払証、(代理人関与時は委任状)等。優先権主張時は証明書3か月以内提出。公開延長(秘匿)希望時はその申請。 | 願書(出願人・意匠の名称等)、図面(または写真)一式、創作者情報、手数料(印紙)等。優先権書類は原則不要(パリ優先の場合、「パリ条約に基づく~」の記載のみで足り、要求された場合のみ提出)。秘密意匠希望時はその旨記載。 |
審査と登録 | 方式審査のみで迅速登録(数日~数ヶ月)。登録と同時に公告、以降2か月の異議期間。異議なければ確定。新規性・独自性は審査されないが異議・無効で審理。 | 実体審査あり(新規性・非容易性について審査官が審査)。通常出願から登録まで6か月~1年程度。登録査定後、登録料納付を経て設定登録・公告。異議申立制度は無く、異議相当は審査段階で担保(登録後は無効審判のみ)。 |
保護対象 (What is protected?) | 製品の外観デザイン(製品の全体または一部の美感的外観)。線・形状・色彩・質感等によるデザイン。2D/3Dとも可。機能のみの形状、公式紋章等は対象外。権利範囲は製品分野を超える(登録物品に限定されない)。 | **物品の形状・模様・色彩(または結合)**に係るデザイン(画面デザイン含む)。2D/3D可。建築物・画像も近年保護対象化。機能美のみの形状、国旗などは同様に不可。権利範囲は登録物品に限定(同一・類似物品での実施のみ侵害となる)。 |
新規性喪失の例外 (Grace period) | 12か月(創作者等による公開から1年以内の出願であれば新規性維持)。公式展示会出品は6か月以内の出願で例外適用。出願時に適用申請が必要。 | 12か月(法改正により6か月→1年に延長)。学会発表・展示会・Web公開等いずれも公開後1年以内なら新規性例外適用可。出願時に所定書類提出が必要。 |
手数料・減免 | 出願料約80€(電子出願で約68€に割引)。複数意匠は追加料金要(件数多いほど1件当たり割安)。登録料は不要(出願料のみ)。更新料は5年毎、電子更新で15%割引。特定の公的減免措置は無し(SME向け補助金制度は時限的にあり)。 | 出願料16,000円(電子出願は1,200円減額)、登録料1~3年分として25,500円(初回登録時納付)。以後年金4年目7,600円/年~(年次ごと増額)。特許庁長官承認を受けた中小企業等には減免制度あり(審査請求料・年金の1/2免除など)。 |
委任状 (Power of Attorney) | EU域外出願人は代理人必須。委任状提出必要(認証不要)。出願時提出が望ましいが、通知後1ヶ月以内まで提出猶予可。代理人はスペイン居住の工業所有権代理人(弁理士等)。 | 日本国外在住者は代理人(弁理士)必須。委任状は原則不要(代理人は届出に基づき代理権を有する)。特許庁から要求された場合のみ提出。日本企業は通常自社知財部から直接出願可(代理任意)。 |
図面要件 | 図面 or 写真で提出可。カラー可。各意匠につき最大7視図(斜視図+六面図)提出。画像サイズ等フォーマット指定あり。破線等での非請求部分表示可。製品の特徴を明確に示す高精細な画像が必要。説明文字等は図中記載不可。 | **図面(または写真)**提出。モノクロ図面が主流(最近は写真も許容)。六面図+必要に応じ断面図等提出(定められた図面種別に沿うのが望ましい)。サイズ規定(A4等)あり。破線での部分意匠表現可(部分意匠制度)。図面中の符号可能(説明的番号等記載可)。 |
保護期間 | 5年×最長25年(出願日基点)。初回5年は自動付与、以降5年毎に更新登録料納付で延長、25年で満了。年次ベースの年金は不要(5年単位で支払い)。更新猶予期間は満了後6か月(追加料金あり)。 | 20年(登録日基点)。設定登録時に最初の3年分納付、4年目以降毎年年金納付し20年目まで維持可能。年金未納で権利消滅。存続期間延長は不可(25年制度無し)。※意匠権存続期間は2020年法改正で変更なし。 |
侵害訴訟の管轄 (Jurisdiction) | **商事裁判所(各主要都市の商事部)**が一審管轄。マドリード・バルセロナ等に専門部設置。共同体意匠絡みはアリカンテのEU意匠裁判所管轄。上訴は州高等裁判所経て最高裁。 | **地方裁判所(東京・大阪等の知財集中部)**が一審管轄。知的財産高等裁判所が控訴審、最高裁。地域ごと専門部は未整備(一部地域除き東京大阪に集中管轄)。 |
救済措置 (Remedies) | 差止命令、損害賠償、侵害品廃棄、判決公示等。仮処分(差止)可。民事請求権の時効5年。悪質侵害に刑事罰あり(6月~2年懲役等)。 | 差止、損害賠償、不当利得返還、**信用回復措置(謝罪広告)**等。仮処分可。民事請求権の時効3年(損害賠償は被害知った時から3年等)。刑事罰あり(10年以下懲役等)※適用例は少数。 |
税関差止 (Border Enforcement) | EU規則に基づく税関差止制度あり。権利者申請により侵害物品の輸入差止め可能。留置品は同意なく破棄可、異議時は訴訟へ。スペイン独自の追加規則あり(2006年財務省令)。 | 税関差止制度あり(関税定率法に基づく輸入差止め)。意匠権も対象。権利者の輸入差止申立てにより税関が認定次第、侵害物品を没収・廃棄可能(異議時は裁判)。EUの制度と基本類似。 |
国際・地域制度との関係 | ハーグ協定加盟(国際登録でスペイン指定可)。EU共同体意匠が国内で有効。無登録共同体意匠あり(3年保護)。国内制度とEU制度は併存し得る。 | ハーグ協定加盟(日本を基礎に国際登録可)。地域統一意匠制度は無し(各国ごと取得必要、EU共同体意匠は非加盟国なので対象外)。無登録意匠制度も無し(デザインは登録か著作権保護)。 |
(※上記日本制度の内容は2025年時点の意匠法に基づく)
ICLG, Designs Laws and Regulations 2025 – Spain, Chapter 2.1-2.2: 要件(新規性・独自性)と公序良俗, Published Nov 11, 2024.
スペイン行政当局ウェブサイト「Protección de Diseños Industriales」Requisitos項:新規性・独自性の定義および除外事由(最終更新 21-04-2025).
ICLG, Designs – Spain, 出願手続に関する説明:方式審査のみで登録され、登録後2か月の異議期間があること.
IP Coster, Industrial Design in Spain – Filing requirements, 言語はスペイン語のみ、委任状提出要件(情報提供: VILCHES Y ASOCIADOS, 更新日 03.03.2025).
スペイン産業財産庁 (OEPM) 「Cómo registrarlo」:出願方法(電子出願15%割引)、手数料は約80ユーロ(年次改定あり).
WTR, Protecting and enforcing design rights: Spain, 出願図面要件(最大7図、画像品質、破線等ディスクレーマー可); スペイン政府サイト 図面要件(7視図まで提出可).
スペイン政府サイト「Duración de la protección」:意匠権の保護期間は出願日から5年、5年毎更新で最大25年.
WTR, Protecting and enforcing design rights: Spain, 民事救済措置(差止・賠償・廃棄等)、5年の時効期間と管轄裁判所(商事裁判所).
ICLG, Designs – Spain, Border Control Measures: 税関差止めのEU規則根拠、申請から措置までの概要.
スペイン政府サイト「Dónde tiene validez」:共同体意匠およびハーグ国際意匠への言及; ICLG付録: 無登録意匠は国内規定なく共同体意匠制度が適用.