スリランカの商標制度は、知的財産法2003年法第36号(Intellectual Property Act, No. 36 of 2003)によって規定されており、この法律の下で商標の登録・管理・執行が行われています。管轄官庁はスリランカ国家知的所有権庁(National Intellectual Property Office: NIPO)で、特許・意匠・商標等の知的財産権の唯一の登録機関となっています。以下では、スリランカの商標制度について各要素ごとに体系的に解説します。
商標の定義: スリランカ知的財産法における商標(trade mark)は、「一事業者の商品を他の事業者の商品と区別するのに役立つ視覚的標識」と定義されています。したがって音(聴覚標識)や香り(嗅覚標識)などの非可視的な標識は商標として認められません。商標は商品に対して使用される場合を「商標 (trademark)」と呼び、役務に対して使用される場合を「サービスマーク (service mark)」と呼びます。
保護対象となる標章の種類: スリランカで商標権によって保護される対象には、商品商標(goods trademark)、サービスマーク(service mark)のほか、連合商標(associated mark)、証明標章(certification mark)、団体商標(collective mark)があります。商標として登録可能な標識には、文字や記号、図形だけでなく、立体的形状や色彩の組み合わせ、その結合など 視覚的に認識できるあらゆる標識 が含まれます。例えば文字、図形、記号、立体形状、色彩の組合せ等は商標登録が可能な範囲です。一方、商品やサービスの本質的な形状や機能から生じる形態(例えばワインボトルの標準的な形状やマグカップの一般的な円筒形状など)は商標として登録できません。また、産地や品質などを表示する単なる記述的な標章、慣用的な名称、他人の商品と区別できないほど単純な標識(例:一文字だけの記号等)も識別力を欠くため登録不適格とされます。
商号や未登録標識の保護: 商号(商業上の名称)も知的財産法により保護されますが、商標として登録することも推奨されています。また、スリランカでは未登録商標であっても使用している場合には、不正競争防止やパッシングオフ(周知表示の保護)により一定の保護が認められることがあります。もっとも、商標権としての専有的な権利は登録によって初めて付与されるため、やはり商標の登録が強く推奨されています。
提出先(管轄機関): 商標出願はスリランカ国家知的所有権庁 (NIPO) に対して行います。NIPO長官(知的財産局長)が商標の出願受付・審査・登録を管轄します。
出願言語: 出願に使用できる言語は英語、シンハラ語、タミル語のいずれかです(スリランカの公用語)。したがって、日本語などこれら以外の外国語での出願は認められず、必要に応じて翻訳が求められます。
必要書類: 商標出願時には所定の出願書類を提出し、官費を納付する必要があります。主要な必要書類・要件は次のとおりです。
願書(申請書): 所定の様式の出願書に、出願人の氏名・住所および商標の登録を求める旨を記載します。出願人が法人の場合は法人名を、自然人の場合は個人名を記載します(出願資格は個人・法人を問わず認められます)。出願時に代理人(弁理士)を利用する場合、後述の委任状が必要です。
商標見本: 出願商標の図案または見本を5枚提出します(商標が文字商標の場合は文字列を記載、図形商標の場合は図形の描写を添付)。カラー商標の場合はカラーの見本を提出します。スリランカには標準文字制度がなく、商標は提出されたとおりの態様で登録されます。
指定商品・役務のリスト: 商標を使用する商品またはサービスの一覧(区分ごとの明細)を提出します。ニース分類(第45類まで)に基づき区分ごとに記載します。スリランカはニース協定未加盟ながら同協定の分類を採用しており、34類(商品)および11類(役務)の計45類に分類しています。一出願一区分主義のため、複数の類にまたがる場合は類ごとに別途出願する必要があります。
優先権書類(必要な場合): パリ条約に基づく優先権を主張する場合、最初の出願の国・出願日・出願番号を願書に記載し、優先権証明書を出願時または出願後3か月以内に提出します。スリランカはパリ条約加盟国のため、出願日から6か月以内であれば先の外国出願に基づく優先権主張が可能です。
委任状 (Power of Attorney): 出願人が外国居住者の場合、スリランカ在住の弁理士等の代理人を立てる必要があり、代理人への委任状を出願日から3か月以内に提出します。委任状は公証など特別な認証は不要で、署名(押印)のみで足ります。
以上の書類を整えて出願すると、NIPOにより受付・出願日が認定されます。なお、FAXやオンラインによる電子出願は現時点で利用できず、書面提出が原則です。出願時には所定の出願料の支払いも必要であり、出願が受理されると正式な出願番号と出願日が付与されます。
出願費用: 商標出願にかかる官費用は出願区分数などによって定められています(具体的な金額は改定される可能性があるため、最新の料金表を参照する必要があります)。一般的に、1区分あたりの基本出願料と公告料、登録料といった項目に分かれており、例としてIPガイドによれば出願から登録までに約450米ドル程度の費用が必要との情報もあります(ただしこれは2004年時点の一例であり、現在は変更の可能性があります)。更新料については後述します。
識別力と絶対的登録要件: スリランカで商標登録を受けるためには、商標が自他商品の識別力を有することが基本条件です。知的財産法第103条および104条に、商標として「認容(登録)できない標章」が規定されています。主な絶対的拒絶理由(客観的な登録不可事由)は以下のとおりです。
一般的名称・記述的標章の禁止: 商品・サービスの種類、品質、用途、産地、価格、製造時期などを普通に表示するにすぎない標章は登録できません。例えば「SWEET」という商標を砂糖菓子に使用するようなケースでは、砂糖菓子の特性を直接表す記述的な語句であるため登録不許可となります。これは質的誤認を与えるおそれのある標章も含め、消費者を紛らわす恐れがある場合も拒絶されます。
慣用標章・一般名称の禁止: 商品やサービスを示すのに慣用されている語や、取引上普通に使用されている表示(通称、俗称)は登録できません。例えば「Laptop(ラップトップ)」をコンピュータ製品の商標として登録することは、一般名称のため認められません。
識別力のない標章: 極めて簡単かつありふれた標章(例: 一文字だけのアルファベット、ありふれた図形のみ等)は、それ自体では出所識別標識として機能しないため登録できません。ただし、使用による周知性の獲得により識別力を後天的に取得した場合には登録が認められる可能性があります(この点は後述の補足参照)。
機能的形状等: 商品・包装の本質的な形状や機能から生じる形態のみからなる標章は登録できません。例えば、ワインボトルのごく一般的な形状そのものや、コーヒーマグの標準的な円筒と取っ手の形状のみでは、単に商品形状を示すにすぎず識別標識とは言えないため登録不可です。立体形状を商標として主張する場合、その形状が他者の商品と区別しうる独自性を有するかが問われます。
その他公序良俗違反等: 人種差別的な図柄や国家の紋章・国旗、政府機関の名称、国際機関の標章など、公序良俗に反する商標や登録が法律で禁止されている標章も絶対的に登録が拒絶されます(詳細は知的財産法の該当条項に規定)。
相対的登録要件(他人の権利との関係): 他者の権利と衝突する商標も登録できません。知的財産法第104条では、第三者の権利を理由として認容できない標章が規定されています。主な相対的拒絶理由(他の商標との conflict)は以下です。
先登録商標との類似: 他人が既にスリランカで登録済み(または出願中)の商標と同一または紛らわしい類似の商標は、指定商品・役務が同一または類似の範囲では登録できません。商標登録出願時には、職権でこのような先行商標との抵触(相対的拒絶理由)についても審査が行われます。
周知・著名商標との抵触: スリランカ国内で第三者により既に周知となっている未登録商標や商号と同一もしくは紛らわしい類似の商標も登録拒絶の対象となりえます。特に著名商標については、当該著名商標がスリランカで登録されていない場合でも、同一・類似の商品・サービスに対する混同惹起のおそれがある商標は登録が認められません。
先使用商標との抵触(不正目的の出願): 他人がスリランカ国内で先に使用している未登録商標と同一または類似で、それを知りながら出願したような場合(いわゆる「悪意の出願」)も拒絶される可能性があります。法律上、出願人がその先使用を「知っていたか、知らないはずがない場合」には登録不可とされており、不正取得の防止規定が設けられています。
以上のように、自他識別性を有し(distinctiveであり)、記述的・機能的でなく、他人の既得権とコンフリクトしない商標であることが登録の要件です。なお、商標の事前使用は登録の必要条件ではありません。スリランカでは他国と異なり商標の使用実績が登録要件とされておらず、不使用であっても登録自体は可能です。したがって、米国のような「使用主義」ではなく、原則として先に出願した者が権利を取得できる「先願主義」が採用されています。もっとも、登録後に継続して5年間使用していない場合には不使用取消の対象となるため(後述)、取得した商標権は実際に使用して維持することが重要です。
方式審査と実体審査: 商標出願が受理されると、まず方式審査(必要書類の完備、所定事項の記載、手数料納付などの形式要件の確認)が行われ、続いて実体審査に入ります。実体審査では上述の絶対的拒絶理由および相対的拒絶理由に該当しないかが審査官によって審査されます。スリランカの商標審査では、他の登録商標との類否衝突(相対的理由)も審査段階で考慮されます。これは出願公開後の異議申立てのみで他人の権利を考慮する国とは異なり、審査官があらかじめ先行商標との抵触をチェックする制度です。
拒絶と意見書・審尋: 審査の結果、登録要件を満たさない拒絶理由がある場合、NIPO長官は出願人に対し拒絶の通知を行います。その通知には拒絶の理由が書面で示され、出願人は通知日から1か月以内であれば拒絶理由に対する意見書を提出したり、口頭審理(ヒアリング)を要請したりすることができます。出願人の意見に基づいてもなお拒絶を覆すことができず最終拒絶となった場合、コロンボ商事高等裁判所に不服申立て(審決取消訴訟)を提起して審査結果を争うことも可能です。
公告と異議申立て: 審査で拒絶理由が解消され登録適格と判断された商標は、登録に先立ち官報(Gazette)に出願公告されます。官報への掲載後、公告日から3か月間は一般の第三者が異議申立てを行える期間となります。この異議申立期間は3ヶ月で、利害関係人は所定の様式で異議申立通知書を提出し、登録に反対する理由と証拠を示すことができます。
異議申立てがなされた場合: NIPOはその通知を出願人(商標出願者)に送り、出願人は定められた期間内に異議理由に対する反論(答弁書に相当)を提出します。必要に応じてNIPOは**審理(ヒアリング)**を開催し、異議申立人・出願人双方の主張と証拠に基づき判断します。審理の結果、異議が認められた場合は商標登録は拒絶され、出願は却下となります。異議が棄却(異議申立て不成立)となれば、出願商標の登録手続へと進みます。なお、異議の判断に不服がある当事者(異議申立人または出願人)は、最終的に高等裁判所にその決定を争うことも可能です。
異議申立てがなされなかった場合: 公告から3ヶ月以内に何も異議が出されなければ、出願はそのまま登録査定となります。
登録査定と登録料納付: 異議期間経過後、商標が登録して差し支えない状態になったら、NIPOは出願人に対し登録の通知と登録料の請求を行います。出願人が所定の登録料を納付すると、正式に商標が登録され、商標登録証が発行されます。登録完了後、商標は知的財産局の商標登録簿に記録され、以後10年間の商標権が発生します(期間については後述)。
所要期間: スリランカにおける出願から登録までの標準的な期間はおおよそ24~36か月程度とされています。ただし実務上は審査の遅延が発生することもあり、場合によっては3~5年を要することもあると報告されています。近年、審査官の増員やシステムの近代化によって商標審査のバックログ解消が図られており、審査期間は徐々に改善しつつあります。それでも依然として審査処理には時間がかかる傾向があり、早期に権利化したい場合は余裕をもって出願することが推奨されます。なお、審査の迅速化措置(早期審査制度)は現在導入されていません。
異議申立て制度: 上記のとおり、スリランカでは商標出願の官報公告後3ヶ月間、第三者による異議申立てが可能です。異議申立ての理由としては、主にその商標が登録要件を満たさないこと(絶対的拒絶理由に該当する、または他人の先権利と衝突する等)を主張します。異議申立人は利害関係を有する者(既存の商標権者や実際にその商標を使用している者など)である必要があります。異議が提出されると、NIPOが当事者間で審理し、異議の当否を判断します。異議が認められた場合、当該商標は登録が拒絶され、認められなければ登録に進むという形です。
取消・無効制度: 商標登録後に、その商標を取り消したり無効にしたりする制度も整備されています。主なものは以下の二つです。
不使用取消(取消審判): スリランカでは、登録商標が連続して5年間使用されていない場合、第三者はその登録の取消しを求めることができます。この不使用期間は登録日から起算し、何ら正当な理由なく5年間継続して商標を使用していない場合が対象です。不使用取消の請求は、おそらくNIPOに対する**取消申立て手続(審判)**として行われます。取消し請求がなされると、商標権者は自己の商標の使用事実を証明する機会が与えられます。使用の有無の立証責任は商標権者側にあり、使用が証明できない場合には登録が取消されます。不使用取消が認められると、その商標登録は将来に向かって効力を失い、登録簿から抹消されます(権利消滅)。なお、一度取消された商標でも、必要であれば再度出願し直すことは可能です。
無効審判(登録の無効宣言): 登録商標が本来登録すべきでない事情に基づき登録されてしまった場合、無効理由の存在を主張してその登録を無効にすることができます。知的財産法上、第134条に基づき「正当な利害関係人」(利害関係を有する第三者)またはNIPO長官が裁判所に申立てを行い、商標が登録時に第103条または104条の規定(絶対的・相対的拒絶理由)に反していたことを立証すれば、裁判所はその商標登録を初日に遡って無効と宣言できます。無効が確定すると、当該商標登録は初めから存在しなかったものとみなされ、権利は遡及的に消滅します。例えば、記述的すぎて本来登録できない商標が誤って登録された場合や、他人の著名商標と紛らわしい商標が登録されてしまった場合などは、無効審判によって登録を取り消すことができます。無効の申立ては通常裁判所(商事高等裁判所)に対して提起される必要があります。
これら取消・無効制度により、登録後であっても不適切な商標の権利を排除したり、長期間未使用の商標を整理したりすることが可能です。ちなみに、団体商標や証明標章については、それぞれ特有の登録要件があります。団体商標・証明標章がその要件に違反して登録された場合も無効理由となり得ることが法定されています。
存続期間: スリランカの商標権の存続期間(登録の有効期間)は、出願日から起算して10年間です。この10年の期間満了前に更新手続きを行うことで、さらに10年ずつ存続期間を延長することができます。更新回数に上限はなく、10年ごとの更新を繰り返すことで理論上商標権は永久に存続し得ます。
更新手続き: 商標権を更新するには、存続期間満了までに所定の更新申請と更新料の支払いを行う必要があります。具体的には満了日の12か月前から満了日までの間に更新申請することが可能です。スリランカ法では更新に際して特段の審査は行われず、商標および権利者の同一性を確認するだけで更新登録されます。したがって、更新申請時に商標の使用状況を証明する必要はありません(ただし不使用で放置していると上記の不使用取消制度の対象となる可能性はあります)。
更新猶予期間: 万一、満了日までに更新手続を完了できなかった場合でも、6か月間の猶予期間が設けられています。満了後6か月以内であれば、所定の**追加料金(付加料)**を支払うことで遅れて更新申請を行うことが可能です。この猶予期間内に更新できなかった場合、商標権は消滅し、登録簿から抹消されます。
注意点: 更新の際に商標の内容(標章)や指定商品・役務を変更することはできません。変更がある場合は新規に出願し直す必要があります。また、商標権者情報(住所・名称)が変わっている場合は、更新前に名義変更登録等を行っておくことが望ましいでしょう。
スリランカでは商標権侵害に対し、民事上の救済と刑事上の制裁の双方が法律で認められています。さらに、国境措置による税関での差止めも可能で、総合的な権利保護体制が整えられています。
民事上の救済: 商標権者は、自身の登録商標と同一もしくは類似の商標が許可なく使用され、業務上の利益が侵害された場合、民事訴訟によって権利行使ができます。主な民事救済手段は以下のとおりです。
差止命令(禁止命令): 裁判所に対し侵害行為の差止めを求め、差止命令(インジャンクション)を取得できます。これにより被告(侵害者)に対し、侵害となる商標の使用中止を強制することが可能です。必要に応じて暫定的な仮差止めを訴訟中に求めることもできます。
損害賠償請求: 商標の無断使用により経済的損失が生じた場合、侵害者に対し損害賠償を請求できます。損害額の立証が難しい場合には、不当利得返還として侵害者の得た利益相当額を請求することも可能です。
その他の救済: 裁判所は必要に応じて、侵害品や偽造商標が付された物品の廃棄・差し押さえ、侵害行為の通知・謝罪広告の命令など、適切な措置を命じることがあります。また故意の悪質な侵害には懲罰的な損害賠償が加算される場合もあります(裁判所の裁量による)。
刑事罰: 商標権侵害行為(特に意図的な偽ブランド品の製造・販売など)は刑事犯罪ともなり得ます。スリランカ知的財産法では、商標権侵害に対する罰則が定められており、初犯の場合で最長6か月の禁固刑または50万スリランカ・ルピー(約3200米ドル)の罰金が科せられ得ると規定されています。ただし実際には、初犯ではこれより軽い罰金刑で済むケースも多いようです。再犯や悪質なケースではより重い刑罰(長期の懲役刑や高額の罰金)が科される可能性があります。また、偽造商標の付された商品を製造・販売したり、そうした商標を作成・所持する行為自体も犯罪とされており、捜査当局が摘発します。
刑事訴追は、権利者の告訴に基づいて警察の知的財産権担当部署(1870年設立の警察刑事調査課内の知的財産侵害取締ユニットなど)や税関当局が捜査を行い、検察を通じて起訴が提起されます。スリランカでは2000年代以降、警察の中に模倣品対策の専門部署が設置されるなど取締り体制の強化が図られています。刑事手続により侵害品の差押・押収や廃棄も行われ、不正競争の抑止に一定の効果を上げています。
税関差止め(水際措置): スリランカ税関(Customs)には、商標権侵害物品の輸出入を水際で阻止する権限が与えられています。知的財産法および税関条例の規定により、偽造商標品の輸出入は禁止されており、税関は職権で疑わしい貨物を差し押さえることが可能です。商標権者は税関長官に対し、自社商標を無断使用した偽造品の輸入差止めを申請することができ、その申し立てが認められれば税関が該当貨物の通関を留保します。この手続は知的財産法第125A条等に基づくもので、税関への差止め申請には侵害商品の詳細や権利証明を提供する必要があります。差止期間内に権利者が司法手続きをとれば、当該貨物は押収・没収され、廃棄等の措置がとられます。スリランカ税関にはIPR専門の担当部署も設けられており(社会保護部門内の知的財産ユニット)、商標権者と連携して模倣品の摘発に当たっています。
以上のように、スリランカでは**民事・刑事・行政(税関)**の各方面から商標権を執行できる仕組みがあります。ただし、警察や税関が職権で積極的に動くケースは多くなく、権利者が情報提供や申し立てを行うことが実効的な執行の鍵となっています。そのため、自社商標を侵害する物品を発見した場合は速やかに現地代理人や当局に通報し、必要な法的手続きを取ることが重要です。
なお、登録商標を有していない場合でも、前述のとおり他人による著名表示の無断使用には不正競争行為(Passing off)として民事救済を求めることが可能です。しかしながら、立証の負担や保護範囲の確実性の観点からは、やはり商標を正式に登録しておく方が権利行使を行いやすいと言えます。
スリランカは現在(2025年時点)、マドリッド協定議定書(マドリッドプロトコル)未加盟です。そのため、国際商標出願制度(マドリッド制度)を利用してスリランカを指定することはできず、スリランカで商標権を取得するには直接NIPOに国内出願する必要があります。同様に、スリランカの商標権者が海外で権利を取得する場合にも、各国ごとに個別に出願手続きを行う必要があります。
もっとも、スリランカ政府は近年マドリッド議定書への加盟に向けた準備を進めています。2017年頃から加盟方針が表明され、法改正作業が進められてきましたが、2020年に政府として正式にマドリッドプロトコル加盟を承認したものの(国内法の整備が必要なため)実際の発効には至っていません。2025年現在も加盟は未了ですが、将来的にはマドリッド制度に参加し、スリランカを含む一括商標出願が可能になる見通しです。NIPOも加盟に備えて職員研修やシステム整備を進めており、ワークショップ等で国内企業への周知を図っています。
マドリッド加盟後は、スリランカから一つの出願で複数国に商標登録を求めることが可能となり、外国企業にとってもスリランカを指定国として追加しやすくなります。例えば、日本の出願人がマドプロ経由でスリランカを指定することも将来的には可能になるでしょう。その際、NIPOはマドリッド経由の国際出願について、通常18か月以内に保護可否を通知する義務を負うことになります。もっとも国際出願制度は国内審査が迅速・適切に行われることが前提となるため、現在課題となっている審査遅延の改善が加盟への課題と指摘されています。
現状では、スリランカはパリ条約の加盟国であるため、外国で出願した商標について6か月以内にスリランカへ優先権主張出願することで、先の出願日を基準とした権利主張が可能です。例えば日本での出願日を基準にスリランカでも遅滞なく権利化したい場合、日本出願から6か月以内にスリランカに出願することで優先権の利益を得られます。
まとめると、スリランカはマドリッドプロトコル未加盟(2025年現在)であり、国際商標登録制度の利用はできませんが、パリ優先権制度を活用して各国個別出願による権利取得を図る必要があります。将来的なマドリッド加盟により状況が変化する可能性があるため、最新情報に注意が必要です。
国内法令: スリランカにおける商標制度の根拠法は、知的財産法 2003年法第36号 (Intellectual Property Act, No. 36 of 2003) です。この法律はWTOのTRIPS協定への適合を目的として制定されており、商標・サービスマークのほか商号、特許、意匠、地理的表示、不正競争行為、営業秘密など広範な知的財産権について規定しています。同法の施行に伴い、それ以前の旧商標法は統合・改正されました。また、同法に基づく施行規則(Regulations)が2005年、2006年、2007年に官報公布されており、手数料額や手続細則が定められています。
商標に関する主要な条項としては、第XVIII部「標章 (Marks)」に定義・登録要件・手続が規定されています。例えば第101条~第104条が商標の定義や登録不能な標章に関する規定、第121条~第137条が商標登録の効力や期間、更新、取消・無効等に関する規定となっています(日本語仮訳が特許庁HPで公開されています)。加えて、商標権侵害に対する民事救済(差止・損害賠償)や刑事罰の規定、第十III部で税関差止手続なども定められています。
国際条約への加盟状況: スリランカは知的財産分野の主要な国際条約にも加盟しています。WTO加盟国としてTRIPS協定の義務を負うほか、パリ条約(工業所有権の保護に関するパリ条約)およびベルヌ条約(文学的及び美術的著作物の保護に関する条約)の締約国です。また、特許協力条約(PCT)や商標法条約(TLT)にも加盟しています。商標制度に直接関係するニース協定・ウィーン協定には加盟していませんが、前述のとおり実務上はニース分類や図形分類に準拠した運用がなされています。マドリッド協定議定書については未加盟(加盟予定)である旨は既に述べたとおりです。
知的財産庁(NIPO)と関係当局: 商標行政を所管するのはスリランカ国家知的所有権庁 (NIPO) で、コロンボに本部を置く政府機関です。NIPO長官(Director-General of Intellectual Property)が商標の登録査定や審判手続きを統括し、同庁内に商標部門の審査官が配置されています。NIPOは商標・特許・意匠など知財全般を扱うため、商標登録原簿(Trademark Register)の管理や、登録後の名義変更・更新手続、商標審判(異議・取消)の審理も行います。NIPOの公式サイトでは手続案内や申請様式、料金表等が公開されており、出願人向けのガイドラインやチェックリストも提供されています。
司法面では、コロンボ商事高等裁判所が知的財産関連訴訟の一審管轄を有しています。異議申立てや拒絶査定不服の審決取消訴訟、商標権侵害の差止・損害賠償請求訴訟、無効審判の裁判所審決などが同裁判所で扱われます。刑事事件については通常の刑事裁判所(治安判事裁判所など)で審理されますが、捜査段階では前述の警察知財犯罪課や税関知財ユニットが連携して動きます。
まとめ(表形式による主要事項の整理): スリランカの商標制度に関する主要ポイントを以下の表にまとめます。
項目 | 内容 |
---|---|
管轄法令 | 知的財産法 2003年法第36号(TRIPS整合法) |
所管官庁 | スリランカ国家知的所有権庁 (NIPO) |
保護対象 | 商品商標、サービスマーク、団体商標、証明標章、連合商標 |
登録可能な標章 | 文字・図形・記号・立体形状・色彩の組合せ等の視覚的標識 |
登録不可の標章 | 記述的標章、慣用名称、識別力のない標識、機能的形状、公序良俗違反 等 |
出願言語 | 英語、シンハラ語、タミル語(公用語) |
出願区分 | ニース国際分類(第45類)採用、多区分出願不可 |
出願手数料 | 区分数等に応じ所定の官費用(例: 1区分あたり約450USDの事例あり) |
審査方式 | 方式審査+実体審査(絶対的・相対的両拒絶理由審査) |
登録要件の特徴 | 先願主義(使用実績不要)、識別力必要、不登録事由なし |
出願から登録まで | 約2~3年(審査状況により更に長期化の可能性あり) |
異議申立期間 | 官報公告日から3か月以内 |
商標権の存続期間 | 出願日から10年間 |
更新 | 10年ごとに更新可(満了前12か月以内に手続)※満了後6か月の猶予期間あり |
不使用取消制度 | 有り(連続5年間不使用で取消対象) |
その他取消・無効制度 | 有り(登録要件違反の場合の無効宣言 等) |
権利侵害への対処 |
民事: 差止命令・損害賠償請求 刑事: 6か月以下の禁固・罰金刑等 税関: 輸出入差止(職権または申立による) |
以上のように、スリランカの商標制度は基本的に日本や欧米諸国と同様の枠組みを備えており、10年ごとの更新制や不使用取消し、権利侵害に対する民事・刑事措置など国際標準に沿った内容となっています。もっとも、審査期間の長さやオンライン手続未整備などの課題も指摘されており、今後のマドリッド協定議定書加盟や制度改善の動向にも注目が必要です。商標権を適切に取得・維持しつつ、侵害発生時にはこれらの制度を活用して権利を守ることが求められます。スリランカで事業展開を行う際は、以上の制度概要を踏まえて早めの商標戦略を立てることが重要と言えるでしょう。
参考資料: スリランカ知的財産法(日本語仮訳)、NIPO公式サイト、JETRO・特許庁等の各種ガイド資料、および現地法律事務所による解説など。各項目の出典は文中の【†】付き番号で示しています。