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マレーシアの意匠制度概要

作成者: 弁理士 杉浦健文|2025/08/05

1. 登録要件

マレーシアで意匠登録を受けるためには、まず意匠が工業的意匠の定義に適合すること、すなわち「工業的生産過程によって物品(製品)に施される形状・模様・パターンの特徴」である必要があります。意匠法上「物品」とは製造品や手工芸品(その一部であっても、その部分が単独で製造・販売されるものを含む)を意味します。さらに新規性が要求され、世界中どこにおいても新しい意匠でなければなりません。2013年の法改正で新規性基準は従来の「国内新規性」から「世界的な新規性」に変更されました。したがって、出願前に国内外で公開・公知になった意匠は原則として登録できません。また意匠が公序良俗に反しないことも登録要件です。

創作非容易性(創作的ステップ)や個性等の要件はマレーシアでは課されていません。新規でありさえすれば、明らかにありふれたデザインであっても登録が可能です。もっとも、機能のみから生ずる形状構造の原理、他の物品と組み合わせるために決まった形状(いわゆる「 must-fit」部分)などは意匠の保護対象から除外されています。例えば、製品内部に隠れて通常見えない形状や、製品の機能上不可欠な形状は意匠と認められません。また集積回路の回路配置も別途の法律で保護されるため意匠法の保護対象外です。

2. 出願手続

出願手続の流れとしては、願書に必要事項を記載し図面・写真を添付して出願し、方式審査(形式要件のチェック)と新規性の調査が行われます。マレーシアでは意匠出願に実体審査(新規性以外の審査)はなく、方式要件のみの審査で登録されるのが原則です。ただし審査官が実質的な問題点(例えば明らかな先行意匠の存在など)を指摘することもあり、その場合は通知から3か月以内に意見書や補正で対応する機会が与えられます。問題がなければ出願から約9~12か月で登録証発行に至ります。

優先権主張:マレーシアはパリ条約加盟国のため、日本を含む他国の意匠出願から6か月以内に優先権を主張して出願できます。優先権を主張する場合、出願後3か月以内を目安に優先権証明書(認証写し)を提出する必要があります。

必要書類:出願時には願書に出願人情報、創作者(デザイナー)情報、意匠の名称、ロカルノ分類を記載し、意匠を表した図面または写真を添付します。また所定の印紙代・手数料を納付し、委任状(Power of Attorney)を提出します。委任状は出願時提出が必要で、出願人による署名のみで足り、公証人認証などは要求されません(書式は特許庁所定のフォームがあります)。さらに、創作者から出願人への権利承継を証明する書面(譲渡証明書や職務発明の場合は雇用証明)および**新規性に関する説明書(ステートメント)**を提出する必要があります。後者の「新規性説明書」は、本意匠の新規な特徴部分を言語で説明するもので、新規性喪失の例外適用を受ける場合(後述)にはその事実を明記し、宣誓供述書(Statutory Declaration)で裏付ける必要があります。

一出願 multiple意匠:マレーシアでは一件の出願で複数の意匠を含めることが可能です。ただしその場合、すべての意匠が同一のロカルノ分類クラスに属するか、あるいは同一の組物(セット商品)でなければなりません。例えば、食器のセットや家具のシリーズのように一組として使用・販売される物品は組物として一出願できます。一出願に含める意匠数の上限はなく、それぞれに別個の意匠番号が付与され個別に審査されます。手数料の減免はなく、追加の意匠ごとに所定の料金がかかります(*減免制度については後述)。なお、出願人は全意匠で同一である必要がありますが、創作者(デザイナー)や優先権の有無は意匠ごとに異なっていても構いません。

公開・公告:マレーシアでは意匠公報への公開は登録時に行われます。出願後、方式審査を経て問題なく登録査定となった段階で、官報(IP Journal)に登録意匠として公告・公開されます。出願から登録までの間に出願内容が公開されることはなく、秘密意匠制度(公開の延期制度)は存在しません。この点、日本のように出願から一定期間で出願公開されたり、意匠法条約に基づく公開猶予制度(秘密意匠)を利用することは現行法ではできません。ただし近年の改正案では最大30~36か月間の公開猶予(出願の秘密保持)を導入することが検討されています。

3. 保護対象

マレーシア意匠法で保護される意匠(Industrial Design)とは、製品の「形状・模様・パターンの特徴」であって視覚を通じて美的印象を与えるものを指します。それが工業的手段によって物品に適用されていることが必要で、純粋に芸術作品ではなく工業製品や手工芸品に付加されたデザインが対象です。意匠にカラー(色彩)の概念は含まれておらず、色彩自体は保護対象とみなされません。そのため図面や写真を提出する際は白黒で作成するのが望ましく、カラーで提出した場合でも色は権利範囲に影響を及ぼさないとされています。

保護されない対象:前述のとおり、物品の機能を確保するためだけの形状や構造上の原理、他の物品に接続・組立するために不可欠な形状などは意匠とは認められません。また、建築物や景観そのもの、動植物の形状、文字等も工業意匠には該当しません(これらは美術著作物や商標など別の枠組みで検討されます)。さらに極めて微細で肉眼では鑑賞できないデザインも、実際に視覚で認識できるものでなければ意匠とは言えないでしょう。ただし、製品が小さい場合でも図面上で明確に表現できていれば登録は可能です。

部分意匠:マレーシアでは部分意匠制度は明文規定されていません。意匠登録の客体は基本的に製品全体であり、製品の一部のみを切り出して意匠とすることはできないのが原則です。例えば製品の一部の形状だけを保護したい場合でも、法律上はその部分が「物品」すなわち独立して製造・販売される部品である場合に限り、その部品自体を一つの物品とみなして出願する必要があります。この制約のため、いわゆる部分意匠のように製品の一部分のみを意匠権で直接保護することは難しく、必要に応じて権利範囲内で破線等を用いて強調する運用がなされています(後述の図面要件参照)。近年の改正協議では、**「複合製品の部品」**といった概念も盛り込んで国際的な部分意匠保護に近づける提案がなされています。

セット商品:一方、組物(セット)の意匠は保護可能です。組物とは「同種または共通の性格を有し、通常一緒に販売または使用される複数の物品」を指し、例えばカトラリーセットや茶器セットなどが該当します。組物の各構成品が統一したデザインコンセプトであれば、一出願でまとめて登録を受けることができます(この場合も上記の一出願多意匠制度により対応します)。

GUI・画面デザイン:マレーシア意匠法の定義上、デザインは物品に形状・模様等として「適用」されている必要があります。このため画面上のアイコンやGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)のような無体物のデザインは、本来は意匠の定義に合致しないとの解釈もあります。実際「何が物品に適用されたGUIなのか、どのような工業的手段で適用されるのか」が不明確なため法律上サポートがないという指摘があります。しかし近年、マレーシア知的財産公社(MyIPO)はアイコンやGUIの意匠登録を実務上認めており、実際に出願・登録が行われています。例えばディスプレイ画面の表示デザインについても、「完成品(電子機器)の一部」に施された模様として出願することで受理されているケースがあります。ただしこのようなGUI意匠の有効性については、実際の執行時に争われる可能性が指摘されています。なお、今後の法改正では**「物理的でないデザイン」**(非物体的デザイン、例えば投影像やAR/VRのデザインなど)も定義に含める提案がなされており、国際的な保護動向に合わせた拡張が検討されています。

4. 新規性喪失の例外

グレースピリオド(新規性喪失の例外期間)はマレーシアでは出願日前6か月と定められています。ただし、その適用を受けるには理由が限定されています。意匠法上、以下の場合には出願日前6ヶ月以内の公表であっても新規性を喪失しないものと扱われます:

  • 公式または公認の展示会で展示発表された意匠である場合。例えば政府が承認した国際博覧会等で公開したデザインは、このカテゴリーに入ります。

  • 出願人(またはその承継人)以外の第三者による不法行為によって漏洩・公表された意匠である場合。これは、出願人の許可なく第三者が勝手にデザインを公開したり流出させたケースです。

上記いずれかに該当すれば、その公開から6ヶ月以内に出願する限り新規性要件を満たすとみなされます。しかし出願人自身が任意に行った発表(例えばカタログやウェブサイトでの公開など)は、この例外の対象にならない点に注意が必要です。日本などではデザイナー自身の公開にも一定期間の新規性喪失例外が認められますが、マレーシアでは上記の限定的な場合のみです。このため、デザインの公表時期には細心の注意を払い、万一上記の状況で公開してしまった場合には必ず出願時にその事実を届け出る必要があります。具体的には、公開の経緯を記載した宣誓供述書(Statutory Declaration)を添えて、展示会出品であればその証明書などの証拠書類を提出することが求められます。

なお2013年改正以前はマレーシア意匠法にはグレースピリオドが明確でなく、「第三者による無断公開」のみに限定されるとの解釈もありました。改正により公式展示会の場合が明文化されましたが、それでも適用範囲は狭いため、出願前の事前公開は極力避けることが望ましいでしょう。

5. 減免制度

意匠の出願・維持に関する料金減免制度について、マレーシアには日本のような中小企業等を対象とした年次料金の減額や免除制度は特に設けられていません。全ての出願人が同一の手数料を支払う必要があります。また、一出願に複数意匠を含める場合でも追加の意匠ごとの割引は無く、意匠ごとに所定の追加料金が発生します。公式手数料は2012年に改定され全体的に引き上げられましたが、その後特段の減免措置は発表されていません。

ただし、マレーシア知的財産公社(MyIPO)のオンラインサービスを利用した手続では、紙提出に比べ事務手数料が安くなる場合があります。例えば2023年に特許・意匠のオンライン手続が刷新され、オンライン可能な手続を紙で行う場合にはページ数に応じた追加料金が課されるようになりました。したがって実務上は電子出願を利用することで若干のコスト削減につながる可能性があります。また、ASEAN諸国共通の中小企業支援策として意匠出願助成が行われるケースもありますが、これは一時的な施策であり恒久的な法制度としての減免ではありません。

なお意匠登録後、更新期限内に更新料を支払わなかった場合は6か月以内であれば追納が可能ですが、延滞追加料金が課されます。この延滞料も減免の対象にはならないため、期限管理にも注意が必要です。

6. 委任状の要否と様式

委任状(Power of Attorney)の提出はマレーシアで意匠出願を行う際に必須とされています。出願人が現地代理人を通じて手続きを行う場合、出願書類と同時に署名済みの委任状原本を提出する必要があります。様式については特許庁(MyIPO)の定めるフォーマット(Form IDなど)があり、通常は代理人が用意します。委任状には出願人(法人の場合は会社名と肩書き)を明示し、代理人に出願・手続を委任する旨を記載します。**署名(サイン)**は出願人本人または権限を持つ代表者が行います。

マレーシアの委任状は公証や領事認証は不要で、署名のみで有効です。署名後、現地代理人に原本を送付するか、最近では電子フォームでの提出も可能になりつつあります。2023年のオンライン手続拡充により、電子的に委任状フォームを提出する仕組みも整備されました。

また、意匠権利の承継書類についても触れておくと、出願人が創作者本人でない場合(企業などが権利者となる場合)には、権利の譲渡証明や職務発明であることの証明を求められます。これらは厳密には委任状とは別種の書類ですが、同時に提出を要する実務上重要な書面です。例えば従業員がデザインした場合は、雇用契約上意匠の権利が会社に帰属する旨の声明書を出すことで対応します(通常は公証不要)。

委任状は各案件ごとに提出するのが原則で、マレーシアには包括委任状の制度はありません。一度提出した委任状はその出願・登録に関する手続全般(登録料納付や更新、名称変更届など)に有効です。ただし、新たな出願ごとに改めて委任状が必要となるため、複数案件を依頼する場合は案件数分の署名が必要です。

7. 図面要件

意匠出願には図面(もしくは写真)の提出が必須です。図面は原則として完成品の外観を六面図で示すことが求められます。すなわち「斜視図、正面図、背面図、平面図(上面図)、底面図、右側面図および左側面図」を用意するのが推奨されます。図面(または写真)のサイズは審査官が閲覧しやすいよう制限があり、縦12.5cm×横9.0cm以内に収める必要があります。提出部数は1組ですが、電子出願の場合はデジタルデータでアップロードします。

写真提出も可能ですが、実務上は**線画(線描図)**が望ましいとされています。これは、モノクロ写真だと細部が不鮮明になる場合があるためです。カラー図面・写真については提出自体は拒否されませんが、色彩は権利範囲に影響しないため意味を持ちません。そのためカラーでデザインの特徴を表す場合でも、出願時には白黒に変換した画像を用いることが一般的です。

図面中の表示方法については、他国同様に破線(点線)やシェーディングの利用が認められています。破線部分は意匠登録を受けようとするデザインの新規部分を強調するために使用されます。ただし、部分意匠制度が無い関係上、破線で描かれた部分は「新規でない部分(既存部分)」を示すものとして扱われ、権利範囲から除外される解釈になります。審査段階では、破線や網掛けの用法が不適切だと指摘されることもあるため、本当に保護したい部分のみを実線で描き、その他を破線にするなど明確な図面作成が求められます。

寸法線や文字は原則として図面中に記載できません。デザインに関係のない数字や符号も不許可です。必要な説明は願書や説明書に記載し、図面そのものには描写以外の情報を入れないのがルールです。複雑な模様の場合は拡大図を追加提出することも可能ですが、その場合も先のサイズ枠内に収めます。

以上の図面要件を満たし、かつ図面から意匠の要旨が明確に把握できることが重要です。マレーシアでは意匠の権利範囲は基本的に図面に表れた形状等によって決定されます。したがって図面不備は致命的となる可能性があり、実務上も出願前に現地代理人による図面チェックを受けることが推奨されています。

8. 保護期間

マレーシア意匠権の存続期間は最長25年です。初期登録期間は出願日から5年間で、そこから5年ごとに更新手続きを行うことで5年×4回まで延長可能となっています。具体的には出願日(優先権主張がある場合は優先日と同視)を起点として第1~5年目が第一次保護期間、その終了前に更新登録料を納付すれば第6~10年目、同様に最大第20~25年目まで延長できます。25年目の満了をもって権利は消滅し、それ以上の延長や存続期間延長措置はありません。

2013年の法改正前は15年(5年+更新2回)で打ち止めでしたが、改正により25年まで延長可能となりました。この延長は、EUや英国など他国の意匠保護期間(最大25年)に歩調を合わせたものです。なお更新手続は5年ごとの権利期間満了日までに更新料を納付して行います。6か月の猶予期間内であれば追納(サーチャージ付加)による更新も可能ですが、それを過ぎると権利は消滅します。

存続期間の起算日は出願日であり、登録までに時間がかかった場合でも期間がずれることはありません。例えば2025年1月1日に出願し、同年12月1日に登録査定が降りた場合でも、最初の5年期間は2025年1月1日~2029年12月31日となります。優先権を主張した場合は現行法では優先日を出願日とみなして期間計算される取扱いですが、今後の改正で優先日に関係なく国内出願日から計算するよう変更する案が出ています。

9. 侵害訴訟(差止、損害賠償など)

権利内容:登録意匠には独占権が認められ、第三者が登録意匠またはそれに実質的に似た意匠を無断で製品に実施(製造・販売・輸出入など)することは禁止されます。意匠権者は、他人が自分の意匠権を侵害している場合、または侵害しそうな行為を行っている場合に、民事訴訟を提起できます。訴訟は高等裁判所(知的財産専門部)で行われ、被疑侵害者による製造販売の差止めや損害賠償を請求することになります。

立証と効果:裁判において意匠権者が侵害を立証できれば、裁判所は差止命令(侵害行為の停止命令)を発し、加えて損害賠償または利益の返還(不当利得の吐出)の支払いを命じることができます。損害賠償額は、侵害によって権利者が被った営業上の損害(逸失利益)や、侵害者が得た利益相当額などが基準となります。権利者は裁判所に対し、損害賠償の代わりにアカウント・オブ・プロフィッツ(違反者の利益の算定・返還)を選択して求めることもできます。また、裁判所は必要に応じ、侵害品やその製造設備の廃棄や引渡しを命じることも可能です。

特徴的な規定:マレーシア意匠法には善意の侵害者(innocent infringer)に関する抗弁規定があります。被告が「自らの行為時点で当該デザインが登録されていると知らず、かつ登録の有無を調べるため合理的な手段を尽くしていた」ことを立証した場合、裁判所は損害賠償や利益返還の命令を行わないことができます。ただしその場合でも、将来の侵害を防ぐための差止命令は発令され得ます。この善意抗弁を封じるため、意匠権者は製品やカタログに意匠登録番号を表示したり、大手新聞に登録公告を掲載するなどして周知徹底を図ることが推奨されています(現地紙に公告すれば「知らなかった」は通用しなくなるとの運用があります)。

時効・差止の早期措置:侵害行為に対する民事請求の出訴期限(時効)は、侵害行為が行われた日から5年以内とされています。従って発覚から長期間放置すると請求権が消滅する恐れがあります。また裁判の前段階で、必要に応じて仮処分としての暫定的な差止命令(仮差止・インジャンクション)を申し立てることも可能です。侵害による回復不能な損害が生じうる場合には、訴訟提起と同時に差止の仮命令を ex parte(相手方非通知)で取得することもあります。同時に証拠隠滅を防ぐための**Anton Piller令状(証拠保全のための立入・押収命令)や、被告資産の散逸を防ぐMareva injunction(資産凍結命令)**など英国法由来の救済も利用できます。

無効審判(権利取消):意匠権に対する異議申立制度はありませんが、**無効(登録の取消)**はいつでも求めることができます。利害関係人は高等裁判所に対し登録意匠の無効を主張することができ、審理の結果、意匠が登録要件を欠く(例えば公知意匠だった、定義に該当しない等)と判断されれば登録は遡及的に無効となります。侵害訴訟において被告がカウンタークレーム(反訴)で意匠の無効を主張することも可能です。このように裁判所で有効性を争う仕組みのため、侵害訴訟では有効性と侵害性が併せて審理される点に留意が必要です。

10. 行政摘発の有無

行政による直接的な摘発・取り締まりは、現状マレーシアの意匠権侵害には用意されていません。すなわち、著作権や商標のように刑事罰官公庁による強制差押えの規定は意匠法上存在しません。警察や貿易消費者省(MDTCC)の知的財産執行部門が動くためには、主に商標偽造や著作権海賊版など刑事罰規定のあるケースに限られ、意匠権侵害だけを理由に商品を押収することは困難です。したがって意匠権者は民事訴訟により自力で差止・損害賠償を追求する必要があります。

ただし、一部間接的な手段として貿易記述法(Trade Descriptions Act)を援用する可能性があります。この法律では「虚偽表示」の罪が定められており、例えば他人の登録商標を無断で製品に付す行為は虚偽表示として刑事摘発が可能です。意匠に関しても、消費者を誤認させる意匠表示を行えば何らかの適用が検討されるかもしれませんが、通常は商標や原産地表示の問題であり、意匠そのものには適用が及びません。意匠権侵害品が同時に商標権侵害や品質偽装を伴う場合には、商標権者等と協力して税関差止めや警察への通報を行う実務も考えられます。しかし意匠権のみでは行政機関は動きにくいのが実情です。このため、模倣品対策としては民事上の差止命令を取得した上で、執行官(執行令状)により差押えを実施する流れになります。

近年、マレーシア政府も意匠権の実効性強化に向け検討を進めています。2022年の意匠法改正案では、意匠権侵害に刑事罰を導入する条項が提案されました。これは一定の罰金刑や懲役刑を科すことで抑止力を高めようという試みです。仮に実現すれば、故意の意匠侵害者に対し刑事訴追が可能となり、現在の抜け穴を埋める効果が期待されます。もっとも、2025年現在この改正はまだ実施されておらず、刑事措置なしの状態です。したがって**行政摘発は現状では「無し」**と言えるでしょう。

11. 国際出願との関係(ハーグ制度等)

ハーグ協定への加盟状況:2025年現在、マレーシアは意匠の国際登録制度であるハーグ協定未加盟です。そのためハーグ経由でマレーシアを指定した国際意匠出願を行うことはできず、マレーシアの意匠を国際登録の基礎出願とすることもできません。マレーシアで意匠保護を得るには、日本や他国からパリ条約に基づくパリルート出願を直接マレーシアに行う必要があります。

しかし、マレーシア政府はASEAN知的財産行動計画(2016-2025年)の目標に沿ってハーグ協定加盟を目指しています。2015年頃から加盟準備が進められており、2022年には意匠法・規則の改正案が公開されました。この改正案には、ハーグ協定加盟に対応するための意匠の定義拡張(インテリア・エクステリアデザインや非物体的デザインの保護)、存続期間計算の見直し(優先日ではなく出願日基準への統一)、実体審査の導入オプション公開猶予制度の導入(最大36ヶ月)など国際基準への調和策が含まれています。これらはハーグ出願の受入れや、他国と共通の保護水準を整えるための改正です。

加盟時期は公式には未定ですが、ASEAN域内ではタイ(2023年加盟)やベトナム(2020年加盟)に続き、マレーシアも近い将来加盟する見通しです。加盟後は、ハーグ国際出願でマレーシアを指定できるようになるため、日本企業にとっても出願手続が簡便になるメリットがあります。もっとも、ハーグ加盟後も国内法の細則(例えば部分意匠や審査有無など)が即座に他国と同一になるわけではなく、当面は移行期間があると予想されます。国際出願を利用する際は、現地代理人と連携しつつマレーシア法独自の要件にも適合するよう注意が必要でしょう。

パリ優先権との関係:ハーグ未加盟の現在でも、パリ条約に基づく優先権制度はフルに活用できます。日本で意匠出願後6か月以内であれば、優先権証明書を添えてマレーシアに出願することで、新規性を日本出願時に遡って主張可能です。逆にマレーシア出願を基礎に日本や他国へ出願することもでき、その場合も6か月の優先期間内に各国出願する必要があります。ハーグ加盟後は、国際出願とパリルート出願の選択肢が増えることになりますが、いずれにせよ現行ではパリルートのみである点に留意してください。

最後に、以下に日本とマレーシアの意匠制度の主な相違点を表形式でまとめます。

項目 マレーシア 日本(参考)
審査制度 無審査(方式審査と新規性調査のみで登録可能)。実体審査は原則なし(※近年改正で導入検討)。 有審査(方式審査後、実体審査を経て登録査定)。創作非容易性なども審査対象。
登録要件 新規性(世界基準)必須。創作非容易性不要。公序良俗違反は不可。純粋に機能のみの形状等は除外。 新規性・創作非容易性が必要。公然実施の有無で新規性判断(世界基準)。機能美除外規定あり。
部分意匠 制度なし(部分のみでは不可。ただし部品として独立した物品なら可)。破線で新旧部分を区別する実務運用あり。 制度あり(物品の一部について意匠登録可能)。願書で部分意匠である旨明記し、図面で実線部分を権利範囲とする。
多意匠一出願 可能(同一ロカルノクラス又は組物に属する意匠)。件数無制限だが追加料必要。 原則1出願1意匠(組物は1意匠とみなす)。関連意匠制度あり(類似意匠を別出願で紐付け可能)だが、一出願で複数意匠は不可。
新規性喪失の例外 6ヶ月(限定的:公認展示会出品・第三者の不正公開のみ)。自己の任意公開は対象外。 1年(包括的:出願人等による公開全般が対象)。学会発表や展示会出品も含め幅広く適用。
登録料・減免 5年分一括納付。小規模事業者向け減免なし。更新時も定額。電子手続で若干手数料優遇あり。 登録料(設定登録料)と年ごとの維持年金。中小企業等減免制度あり(一定要件で審査請求料・年金の減額措置)。
存続期間 出願日から5年+5年×4回更新=最大25年。 登録日から20年(一律、延長なし)。※2020年法改正で25年に延長する議論があったが未実現(現行は20年)。
図面要件 6面図(斜視含む)提出推奨。サイズ12.5×9cm以内。色彩は保護されない。写真可だが白黒推奨。 6面図(必要に応じて省略も可)。サイズ規定は特になし(適宜)。カラー図面提出可(色彩も権利範囲に含まれる)。写真は原則不可(CG等で提出)。
異議申立 なし(第三者は無効審判を裁判所に提起)。 登録異議あり(公開後、利害関係人が特許庁に異議申立可)。無効審判制度もあり。
侵害に対する救済 民事訴訟:差止・損害賠償・利益吐出等請求可。善意侵害者への賠償制限あり。刑事罰なし。税関差止制度なし。 民事訴訟:差止・損害賠償等。善意侵害者に関する特則なし(故意過失あれば賠償)。意匠権侵害の刑事罰なし(意匠法に罰則規定なし)。税関差止制度なし(商標・著作権のみ)。
国際出願 ハーグ未加盟(パリ優先権ルートのみ利用可)。2025年頃加盟見込み。 2015年にハーグ加盟済。国際登録出願で日本を指定可。日本からハーグ出願も可能。

参考文献・情報源リスト

  1. Henry Goh社ニュースレター「Industrial Designs in Malaysia」(2019年8月5日公開、2024年11月27日更新)
    マレーシアにおける意匠制度の解説記事。登録要件、保護対象、存続期間、部分意匠の不可、グレースピリオド、図面実務、GUIの取扱い等について最新の運用が記載されています。

  2. 知財実務Q&A(ブログ)「Questions regarding the design law/practice in Malaysia」(2011年12月、Intellectual Property Asia)
    マレーシアの現地代理人による意匠制度Q&A形式の記事。新規性の定義や例外、必要図面の種類・サイズ、委任状や部分意匠の有無、存続期間(※15年当時)など実務情報を網羅しています。

  3. Skrine法律事務所ニュースレター「Know Your Rights: Industrial Designs」(2010年12月)
    マレーシアの大手法律事務所Skrineによる解説。意匠権侵害の判断基準(同一または実質的に類似)、善意の侵害者の抗弁、差止や証拠保全など民事救済手段、および各種知財権の刑事罰の有無(意匠は刑事罰なし)が説明されています。

  4. Lawyerment(法律情報サイト)「What are the available remedies for industrial design infringement?」(2014年5月24日)
    意匠権侵害時の権利者救済に関する法的解説。裁判所が命じ得る救済(差止・損害賠償・利益の算定移転)や、侵害が起きそうな場合の措置、善意侵害者に対する損害賠償制限規定など、工業意匠法1996年の該当条項を要約しています。

  5. Benchmark Litigation「Assessing the Malaysian IP landscape – Industrial designs practice updates」(2023年6月)
    マレーシア知財制度の最新動向に関する記事。2022年の意匠法改正提案について解説しており、ハーグ協定加盟に向けた法改正項目(意匠の定義拡張、実体審査導入、公開猶予、刑事罰創設など)や、意匠出願の審査遅延解消の取組について言及しています。