自社の社名や、新商品のブランド名を商標登録しようと考えたとき、多くの経営者様や担当者様が最初に直面する「悩み」があります。
それは、「英語(アルファベット)表記と、その読み仮名であるカタカナ表記、どちらで登録すべきか?」という問題です。
「ロゴマークは英語で作ったけれど、電話口ではカタカナで伝えるし……」
「将来的には海外展開もしたいから英語がいいけど、国内のお客様にはカタカナが親切だし……」
「ロゴマーク(図形)と社名を一緒に登録してしまいたい」
両方登録できればベストですが、商標登録には安くはない費用がかかります。創業間もないスタートアップや、予算が限られている中小企業にとって、「念のために2件とも出願する」という決断は、そう簡単ではありません。
そこで、インターネットで検索して見つかるのが、「二段書き(二段併記)」という出願テクニックです。
「これなら1件分の費用で、英語もカタカナも両方守れてお得だ!」
そう思って、安易に二段書きでの出願を進めようとしていませんか?
⚠️ 注意
少し待ってください。その「節約」は、将来あなたのブランドを危険に晒す「高い授業料」になるかもしれません。
今回は、商標の専門家である弁理士の視点から、商標の「二段書き」について、その仕組みからメリット、そしてあまり語られない深刻なデメリットとリスクまでを徹底的に解説します。目先のコストだけで判断して後悔しないために、ぜひ最後までお読みください。
この記事の目次
まず、基本的な定義から整理しましょう。
商標の「二段書き」あるいは「二段併記」とは、2つの異なる文字や図形(構成要素)を上下2段(または左右)に組み合わせて、1つの商標として出願することを指します。
もっとも一般的なパターンは、以下のような組み合わせです。
上段:英語(EXAMPLE)
下段:カタカナ(エグザンプル)
このように、欧文字とその読み仮名である片仮名をセットにするケースが大半ですが、それ以外にも以下のようなパターンが存在します。
特許庁の審査実務上、これらは「結合商標」として扱われます。
出願書類の願書には1つの商標画像を貼り付けて提出するため、形式上はあくまで「1つの商標」です。
本来、商標法には「一商標一出願の原則」というルールがありますが、出願人が「この上下の組み合わせで一つの商標です」と主張して出願すれば、特許庁はそれを一つの商標として受理し、審査を行います。
多くの企業が二段書きを選ぶ最大の理由は、やはりコストパフォーマンスです。これ以外の理由はほぼ無いと言っても過言ではありません。
商標登録には、特許庁に支払う「印紙代(出願料・登録料)」と、弁理士に依頼する場合の「手数料」がかかります。これらは原則として「1商標(1出願・1区分)」ごとに発生します。
具体的な数字でイメージしてみましょう(※費用は一般的な目安です)。
もし、「ABC」というアルファベットと、「エービーシー」というカタカナを別々に登録しようとすれば、当然ながら2件分の費用がかかります。出願から登録までの総額が1件あたり15万円だとすれば、2件で30万円です。
一方、これらを上下に並べて「ABC / エービーシー」という一つの商標として出願すれば、1件分の費用(約15万円)で済むことになります。
商標登録にかかる費用が半額になるというのは、創業期の企業にとっては非常に大きな魅力です。「とりあえず権利を確保しておきたい」「予算は限られているが、無防備な状態は避けたい」という場面で、二段書きが選ばれる背景には、この強力な経済的メリットがあります。
また、登録後の管理コストも半分になります。商標権は10年ごとに更新が必要ですが、その際の更新登録料も1件分で済みますし、住所変更などの手続きが必要になった際の手間も軽減されます。
しかし、「費用が安いから」という理由だけで安易に二段書きを選ぶのは危険です。次に解説するデメリットやリスクを正しく理解し、それらが自社のビジネスにとって許容できる範囲かどうかを慎重に見極める必要があります。
プロの視点から見ると、二段書きには大きく分けて3つの法的リスクがあります。これらを理解せずに「安いから」という理由だけで選択するのは危険です。
商標権の最大の効力は、他人が似ている商標(類似商標)を使っていた場合に「使うな」と言える差止請求権や、損害賠償を請求できる点にあります。
しかし、二段書きで登録した場合、権利の範囲はあくまで「二段書きされた全体」で判断されるのが基本となります。
例えば、「ABC」と「エービーシー」を二段書きで登録していたとします。
もし、悪意ある他社が「ABC」という文字だけ(カタカナなし)を使い始めたり、「エービーシー」というカタカナだけを使い始めたりした場合、どうなるでしょうか?
特許庁や裁判所は、商標の類似判断において「全体観察」と「分離観察」という手法を用います(後述します)。もし、あなたの商標が「ABCとエービーシーは一体不可分である(切り離せない)」と判断された場合、相手が使っている「ABC単独」の商標とは「見た目(外観)が違うため、似ていない(非類似)」と判断されてしまうリスクがあるのです。
別々に登録していれば、「ABC」の権利に基づいて確実に排除できたはずの模倣品が、二段書きにしてしまったがために「グレーゾーン」扱いとなり、排除できなくなる。これはブランド防衛の観点から見れば致命的な弱点となり得ます。
これが最も恐ろしいリスクかもしれません。商標法には「不使用取消審判」という制度があります。
登録された商標が、3年以上継続して使用されていない場合、第三者の請求によって取り消すことができる制度です。
「え? ちゃんと商品にロゴを使っているから大丈夫でしょ?」
そう思われるかもしれませんが、ここでも「二段書き」が仇となることがあります。
ここで問題になるのが、「登録した商標をそのままの形で使っているか」という点です。
例えば、「EXAMPLE / エグザンプル」という二段書きで登録したとします。しかし、実際の商品のパッケージデザインでは、スタイリッシュに見せるために英語の「EXAMPLE」しか表示していなかったとしましょう。
この場合、「登録商標(二段書き全体)を使用していない」と判断されるリスクがあります。
過去の判例(裁判例)や審決では、二段書きで登録されているにもかかわらず、その片方のみを使用している場合、「社会通念上、同一の商標の使用とは認められない」として、商標登録が取り消されてしまった事例が存在します。
もちろん、商標法には「登録商標と社会通念上同一」と認められる範囲であれば使用として認められますが、二段書きの片方のみの使用がこれに該当するかどうかは、ケースバイケースであり、争いになることが多いポイントです。
「せっかく登録したのに、いざという時に『使っていない』と判断されて権利を取り消された」という事態を防ぐためには、実際に使う形で登録しておくのが鉄則です。
商標登録の審査では、既存の他人の商標と似ていないかどうかがチェックされます。
二段書き商標は、構成要素のどちらか一方でも他人の商標と似ていれば、商標全体が拒絶されます。
例えば、上段の「ABC」部分は他とかぶっていない独創的なものでも、下段の「エービーシー」部分が他社の既存商標と似ていた場合、出願自体が拒絶されてしまいます。
別々に出願していれば、「ABC」だけでも登録になったはずなのに、二段書きにしたせいで「道連れ」になって全滅してしまうのです。
この場合、拒絶理由を解消するために「カタカナ部分を削除する補正」を行いたいところですが、商標の要旨を変更するような補正は認められないことが多く、結局は出願し直し(費用の二重払い)になるケースもあります。
これを私たちは「巻き添え拒絶」と呼ぶことがありますが、事前の商標調査をしっかり行わない二段書き出願で非常に多い失敗パターンです。
ここで、少し専門的な「商標の類否判断(審査基準)」について深掘りします。これが、二段書き商標の運命を左右する最も重要なポイントです。
特許庁の審査基準や裁判所の判例では、結合商標(二段書き商標など)について、商標を構成する文字や図形の一部を抜き出して観察する「分離観察(ぶんりかんさつ)」という手法が認められています。
商標の各構成部分が、それぞれ独立して見る人に強い印象を与える場合、それらは「要部(ようぶ)」として分離して観察されます。
例えば、「英語のスペル」と「その一般的な読み仮名」の組み合わせ(例:LION / ライオン)のようなケースです。
この場合、英語からもカタカナからも同じ「ライオン」という称呼(読み方)と観念(意味)が生じるため、比較的スムーズに分離観察が認められやすく、権利範囲もそれぞれの要素に及びやすい傾向にあります。
逆に、以下のようなケースでは、分離観察が否定され、全体で一つと見なされやすい傾向にあります。
このように密接に関連している場合は、全体で一つの商標として認識されます。これが意味するのは、「英語部分だけを真似された時に、権利侵害を問えない可能性が高まる」ということです。
特に最近の知財高裁の判決傾向などを見ると、安易な分離観察を戒め、商標の「まとまり(結合状態)」を重視する傾向も見受けられます。「きっと英語だけでも権利行使できるだろう」と高を括っていると、いざ訴訟になった際に「非類似(似ていない)」と判断され、敗訴するリスクがあるのです。
この「分離観察されるか否か」の判断は非常に専門的かつ流動的であり、素人判断は極めて危険です。
では、結局のところ、自社の商標はどうすれば良いのでしょうか? 弁理士としての推奨基準をまとめました。以下の基準を参考に、戦略を検討してみてください。
Q1. 予算は極端に限られていますか?
(スタートアップ初期などで、1件分の費用しか出せない)
結論:まずは「二段書き」で登録
無防備よりはマシです。資金ができたら分割して取り直しましょう。
Q2. その商標は「主力ブランド」または「社名」ですか?
結論:別々に(2件)出願すべき
核となる権利は最強の状態で保護しましょう。
Q3. 将来ロゴを変えたり、英語・カナを別々の場面で使い分けますか?
(例:海外サイトは英語のみ、国内チラシはカナのみ)
YES
別々に出願
NO
二段書きでもOK
以下のような場合は、コストがかかっても「英語」と「カタカナ」を別々に出願することを強くおすすめします。
以下の場合は、リスクを承知の上で二段書きを選択するのも一つの戦略です。
予算の関係で、二段書きではなく「どちらか一方だけ」を登録する場合、どちらを優先すべきでしょうか?
これは、「お客様があなたのブランドをどう呼ぶか?どう検索するか?」によります。
日本人の消費者は、パッと見て読みやすい「カタカナ」を記憶し、検索する傾向があります。Web検索やSNSでのハッシュタグもカタカナが主流なら、カタカナを優先すべきです。特に食品、日用品、サービス業などはカタカナの重要性が高いです。
ブランドイメージを重視し、ロゴとして英語表記がメインで使われる場合は、英語を優先します。ただし、読み方が難しい造語の場合は、間違った読み方が広まらないように、あるいは「読み方」を独占するために、カタカナも押さえておく重要性が高まります。
商標の二段書きは、コスト削減という大きなメリットがある反面、「権利の強さ」と「使用の制約」という点で見えないコストを支払っているとも言えます。
「とりあえず登録できればいい」と安易に二段書きを選んでしまった結果、模倣品が出回った際に「その使い方は権利侵害とは言えない」と相手の弁護士に反論され、泣き寝入りするケースは後を絶ちません。
また、将来のリブランディングの際に、過去に登録した二段書き商標が足かせとなり、スムーズな移行ができないこともあります。
大切なブランドを守るために、今のあなたの事業フェーズや将来の展開において、「二段書きで耐えられるのか」、それとも「コストをかけてでも別々に取るべきか」。この判断には、高度な法的知識と経験が必要です。
もし、出願方法に迷われているのであれば、自己判断で出願してしまう前に、一度弁理士にご相談ください。
当事務所では、単なる出願手続きの代行だけでなく、
「あなたのビジネスモデルなら、まずは二段書きでコストを抑えつつ、3年後に主要ブランドだけ分割して取り直しましょう」
といった、お客様の事業戦略と予算に合わせた「最もコスパが良く、かつ防御力の高い出願バリエーション」をご提案いたします。
商標は、登録して終わりではありません。10年、20年と続くあなたのビジネスを支える土台です。最初のボタンの掛け違いを防ぐために、ぜひプロの知見をご活用ください。