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資金調達に有利?ITスタートアップが早期に特許出願する3つのメリット

作成者: 弁理士 杉浦健文|2025/11/27

「開発費や人件費で手一杯。特許にお金をかける余裕なんてない」

「もっとサービスが大きくなってから考えればいいのでは?」

日々、多くのITスタートアップの経営者様とお話ししますが、創業期にはこのような本音をよく耳にします。確かに、特許出願にかかる費用は決して安くはありません。

しかし、IT・ソフトウェア分野に強い弁理士としての視点でお伝えすると、「資金がない時期だからこそ、特許を出願すべき」というのが真実です。

なぜなら、ITスタートアップにとって特許は単なる「守り」の権利ではなく、企業の評価額(バリュエーション)を高め、資金調達やM&Aを有利に進めるための強力な「投資商品」だからです。

今回は、ビジネスを加速させたいITスタートアップ経営者が知っておくべき、早期特許出願の3つのメリットを解説します。

 

メリット1:企業の「バリュエーション(評価額)」が向上する

 

投資家(VCやエンジェル)がスタートアップに出資する際、最も重視するのは「将来性」と「競合優位性」です。特許は、これを客観的に証明する最強のツールとなります。

 

特許はバランスシートに載らない「無形資産」

 

ITサービス、特にSaaSやアプリビジネスの場合、工場や在庫といった目に見える資産がほとんどありません。そのため、投資家に対して「この技術には価値がある」と説明しても、客観的な証明が難しいのが現実です。

しかし、特許権を取得(あるいは出願中)であれば、それは国が認めた「排他的独占権」という明確な資産になります。

「他社が簡単に真似できない技術的障壁(MOAT:経済的な堀)を持っている」という証明になり、企業のバリュエーション(評価額)向上に直結します。

 

デューデリジェンス(資産査定)での信頼獲得

 

VCによるデューデリジェンス(投資前の企業調査)では、法務リスクが厳しくチェックされます。

「自社サービスの技術が、他社の特許を侵害していないか?」という点は必ず見られますが、自社で特許を出願していれば、技術の独自性を主張しやすくなります。

また、知財に対する意識が高いことは**「ガバナンスが効いたしっかりした経営体制である」**という信頼感にも繋がり、投資判断のスピードアップに寄与します。

 

メリット2:大手企業による「模倣」と「乗っ取り」を防ぐ

 

IT業界は、技術の移り変わりが早く、リバースエンジニアリング(解析)も容易なため、素晴らしいアイデアもすぐに模倣されるリスクがあります。

 

IT業界は「パクられやすい」

 

「ソースコードは著作権で守られるから大丈夫」と考えるエンジニアの方もいますが、これは危険な誤解です。著作権は「コードの表現(書き方)」を守るものであり、「アイデアや機能そのもの」は守れません。

つまり、全く別のコードで同じ機能を実装された場合、著作権では対抗できないのです。

資金力のある大手企業が、あなたのサービスを見て「これは売れる」と判断し、類似サービスを大規模に展開してきたらどうなるでしょうか?

ここで特許権を持っていれば、大手の参入を法的に阻止したり、ライセンス料を請求したりすることが可能になります。

 

クロスライセンスによる交渉カード

 

万が一、あなたが他社(特に大手)から「特許侵害だ」と訴えられた場合でも、自社で強力な特許を持っていれば状況が変わります。

「こちらの特許を使わせる代わりに、そちらの特許も使わせてほしい(お互いに訴えない)」というクロスライセンス契約を持ちかけることで、和解への道が開けるからです。特許は「攻めの剣」にもなれば「守りの盾」にもなります。

 

メリット3:将来のM&AやIPO(EXIT戦略)に不可欠

 

スタートアップの出口戦略(EXIT)であるM&AやIPOにおいても、特許は決定的な役割を果たします。

 

M&A(バイアウト)時の価格吊り上げ要因

 

GoogleやAppleなどの巨大テック企業がスタートアップを買収する際、その目的の多くは「人材(Acqui-hire)」と「特許ポートフォリオ」です。

独自の技術特許を保有している企業は、買収側にとっても魅力的であり、買収価格(譲渡額)が高くなる傾向にあります。逆に、素晴らしい技術があっても特許でおさえられていなければ、「会社を買わなくても、技術だけ模倣すればいい」と判断されかねません。

 

上場審査における知財コンプライアンス

 

将来的にIPO(株式上場)を目指す場合、上場審査の中で「知的財産権の管理体制」や「他社権利の侵害リスク」が厳格に問われます。

上場直前になって慌てて対応しようとしても手遅れになるケースが多いため、早期から弁理士と連携し、知財網を構築しておくことがスムーズな上場への近道です。

 

【注意点】ITスタートアップがやりがちな「新規性の喪失」

 

最後に、一つだけ非常に重要な注意点をお伝えします。

それは、「サービスを世に出した後では、特許が取れない」という大原則(新規性の喪失)です。

  • ベータ版アプリをストアに公開した

  • ピッチコンテストで技術の詳細をプレゼンした

  • プレスリリースで仕組みを図解してしまった

  • 個人の技術ブログやSNSに書いてしまった

これらを「特許出願前」に行ってしまうと、その技術は「公知(みんなが知っている)」となり、原則として特許を受けることができなくなります。

(※「新規性喪失の例外」という救済措置もありますが、要件が厳しく、海外展開でも不利になるため頼りすぎるのは危険です)

 

まとめ:特許はコストではなく「経営戦略」

 

ITスタートアップにとって、特許出願は単なる法的手続きではありません。

資金調達を成功させ、大手の参入を防ぎ、将来のEXIT価値を高めるための最もコストパフォーマンスの良い「経営投資」です。

「まだ早いかな?」と思っているそのアイデアが、将来の会社の命運を分けるかもしれません。

  • 自社のビジネスモデルは特許になるのか?

  • どの技術を優先して守るべきか?

  • 費用対効果はどうなるか?

リリースしてしまってからでは手遅れになることもあります。まずはIT分野の知財戦略に精通した弁理士にご相談ください。