香港の商標制度では、商標を特定の色付きで出願・登録することも、色を特に指定せず出願することも可能です。出願時に色のクレーム(指定)をしなかった場合、商標登録上その色は特徴とは見なされず、審査では色彩は識別性判断に考慮されません。言い換えれば、黒白で登録された商標は特定の色彩に限定されないため、実際の使用においてはどのような色で使用しても原則として構いません。
一方、特定の色を商標の構成要素としてクレームした場合(例:「本商標の構成要素として赤色と黄色を主張する」等)、その色彩が商標の識別上重要な特徴として登録上考慮されます。そのため、登録時に色彩を指定した商標では、登録された色彩と異なる色で使用することは、商標の使用態様の変更として問題となり得ます。ただし香港商標条例(Cap.559)には、登録商標の使用について多少のバリエーションを認める規定があります。具体的には、条例第52条で「登録された形態と比べて識別性を損なわない範囲の相違を含む形態での使用」も「使用」に含まれると明記されています。この規定により、たとえ登録時の色と異なる色で商標を使用していても、それが商標の識別力(特徴的印象)を損なわない変更に留まるなら、法律上「使用」として認められる可能性があります。
香港では、登録商標が3年以上連続して真正に使用されていない場合、第三者から不使用取消(登録の取り消し)を請求されるリスクがあります(商標条例第52条第2項(a))。この「真正な使用」(genuine use)と認められるためには、商標の実際の使用態様が登録商標と本質的に同一である必要があります。ただし上記のとおり、香港法では多少の体裁の変更は許容されており、条例第52条第3項(a)に基づき「登録形態と要部を変えない範囲で異なる形態で使用」されていれば、それも使用実績として認められます。
色の違いに関して言えば、色彩のみが異なる使用は通常、この「識別性を損なわない要素の相違」に該当し得ます。商標の主要な識別要素が図形や文字の形状・配置であり、色彩そのものが商品の出所識別において決定的な意味を持たない場合、登録時と異なる色で使用しても商標の同一性(識別力の中核)は維持されていると判断されるでしょう。したがって、例えば特定の色付きで登録したロゴを黒色(モノクロ)で使用していた場合でも、ロゴの図形や文字の形状が同一である限り、色違いという相違は識別性に本質的変更を加えるものではなく、真正な使用と認められる可能性が高いと考えられます。実際、香港知的財産局(知的財産署)の審査実務でも「黒白で登録された商標はカラーで使用しても構わない」とされており、逆のケース(カラー登録・黒白使用)についても同様に考えられると解されます。重要なのは、その変更(色違い)が商標の識別力に影響を与えていないかという点です。色以外の要素(文字や図形)が主要な特徴であれば、色を変えても識別力は維持されるでしょう。
商標の異議申立てや係争(侵害訴訟等)においても、登録商標と実際の使用態様との色の差異が問題になることがあります。香港知的財産署の公開しているFAQでは、「黒白で登録された先行商標」をその使用においてカラーで用いている場合に後願商標への異議を申し立てられるか質問があり、以下のように回答されています。「先行商標が黒白登録でも、権利者はカラーで使用可能である。異議申立ての成否は先行商標(登録された形態または使用形態)と後願商標との比較によって決まる。もし先行商標の使用実績に基づいて主張するなら、その使用証拠を提出すべきである」。この回答からも、使用時の色違いそのものは先行権主張の妨げにはなりにくいことがわかります。要は、実際に使用された形態を証拠提出すれば、色が異なっていても先行商標の使用実績として考慮されるということです。
香港の裁判例でも色の問題に触れたものがあります。例えば香港終審法院(CFA)のある商標訴訟では、企業が同一商標の黒白版とカラー版をシリーズ商標(一出願で類似の複数態様を登録できる制度)として登録していました。終審法院は「シリーズ登録された商標では、色だけが異なる場合、色彩は識別上非識別的な要素であり商標の同一性に実質的影響を及ぼさない」と判示しています。つまり、黒白版とカラー版がシリーズとして認められるのは、色の違いが商標の識別性を大きく変えないからだという趣旨です。この判例からも、色違いは原則として商標の同一性を損なわない軽微な変更と捉えられていることが窺えます。ただし裁判所は同時に、仮に商標権者が色彩を独自の識別特徴と主張したいなら、安易に黒白・カラーのシリーズ登録を行うべきではないとも示唆しています。色をシリーズで登録すると、「色は識別上重要ではない」と見做されるため、例えば特定色がブランドの肝である場合には注意が必要です。
以上を踏まえ、香港で登録商標の色と異なる態様で使用する際の留意点をまとめます。
色彩の識別力への影響: 商標の主たる識別力が何に由来するかを検討してください。図形や文字の形状自体に強い識別力があり色は装飾的要素に過ぎない場合、色を変えても識別力に影響は少なく、使用実績として認められやすいでしょう。一方、色そのものがブランドイメージの中核を成す場合(例: 有名企業の特定色ロゴ)、その色を変えると識別力に変化を及ぼす可能性があります。このようなケースでは、安全策として当初から複数の色バージョンをシリーズ商標登録しておくことが推奨されます。
使用態様の一貫性と変更の程度: 商標の使用は、できる限り登録された形態に忠実であることが望ましいです。色以外にも、文字のフォントや図形の細部など大きな変更を加えると、「登録商標とは別の商標」と見做されるリスクが高まります。香港法は色違い程度の軽微な変更は許容しますが、例えばロゴの配置換えや追加要素の付加など識別上重要な変更は認められません。色の変更のみであっても、可能なら黒白版とカラー版をシリーズ登録しておくことで、将来的なリスクを減らせます。
証拠の準備: 不使用取消の防御や他社への異議申立てにおいては、実際の使用証拠が極めて重要です。不使用取消審判では、3年間の商業的使用を証明する必要があります。色違いで使用している場合でも、使用事例(写真、広告物、取引記録等)を十分に集め、商標の主要な特徴(例えばロゴの形状)が登録商標と同一であることを示すことが求められます。異議申立てでも、相手から使用証拠の提出を求められた際に備えて、こうした証拠を用意しておくと良いでしょう。
以上より、香港では登録商標の色と異なる色で使用した場合でも、それが商標の識別性を左右しない限り「使用」と認められる可能性が高いと考えられます。条例の規定および実務上の取扱いも、この柔軟な姿勢を裏付けています。ただし、商標の重要な特徴が色彩そのものである場合には注意が必要であり、必要に応じてシリーズ商標による保護や追加出願も検討すべきでしょう。例えば、黒一色で使用する予定がある場合には、初めからモノクロでの登録も取得しておくことが望ましいです(黒白で登録された商標はあらゆる色での使用を網羅できるため)。総じて、色の違いが商標のアイデンティティに与える影響を吟味しつつ、権利維持に万全を期すことが重要です。
参考文献・出典: 香港商標条例(Cap.559)、香港知的財産署「商標条例 Q&A」、香港知的財産署 商標審査作業マニュアル「カラー商標」、香港終審法院判決の解説(Hogan Lovells)、Benny Kong & Tsai法律事務所解説。