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パキスタンの商標制度概要|弁理士が解説|弁理士が解説

作成者: 弁理士 杉浦健文|2026/05/03

1. 商標の定義と保護対象

パキスタンの商標法(2001年商標条例)において、「商標」とは文字や名称、個人名、署名、図形、数字、図案、見出し、ラベル、票券、商品の包装形態、色彩、音などを含む、グラフィック(図形)で表示可能で他人の商品・サービスと識別可能なあらゆる標章を指します。要するに、自社の商品やサービスを他社と区別するためのマークであれば、言葉・ロゴ・図形等の伝統的商標だけでなく、色彩の組み合わせや商品の立体形状、音なども保護対象となり得ます。もっとも、商標登録を受けるためには識別力(自他商品識別能力)があることが必要で、他人が自己の商品・サービスの宣伝に通常用いるような記述的な語や一般的な地理的名称、ありふれた姓などは登録できません。また、公序良俗に反する標章や他人を欺くおそれのある標章も拒絶されます。このように、パキスタンでは識別力のある標章であれば幅広く商標として保護可能であり、商品商標だけでなくサービス商標、団体商標、証明商標、地理的表示等も登録制度の対象に含まれています。

目次

  1. 1. 商標の定義と保護対象
  2. 2. 登録の法的根拠と主管官庁
  3. 3. 商標出願の手続
  4. 4. 審査手続
  5. 5. 異議申立制度
  6. 6. 登録と権利の発生
  7. 7. 登録後の義務(使用義務・更新・取消等)
  8. 8. 権利行使と侵害対策
  9. 9. マドリッド協定議定書と国際出願
  10. 10. その他企業が留意すべき実務上のポイント

2. 登録の法的根拠と主管官庁

パキスタンにおける商標制度の根拠法は2001年商標条例(Trade Marks Ordinance, 2001)およびその施行規則である2004年商標規則(Trade Mark Rules, 2004)です。2001年商標条例は2004年4月に施行され、従前の1940年商標法に代わる包括的な商標法として制定されました。商標行政を所管するのはパキスタン知的財産庁(IPO Pakistan)であり、その下部組織である商標登録局(Trade Marks Registry)が商標の出願・審査・登録を担当します。商標登録局の主たるオフィスはカラチに置かれていますが、ラホールやイスラマバードなど各地に知財庁支部が存在し、近年はオンライン出願にも対応しています。

国際的な条約面では、パキスタンはパリ条約およびWTO(TRIPS協定)の加盟国であり、さらにマドリッド協定議定書(マドリッドプロトコル)にも2021年に加盟しました。このため外国企業はマドリッド制度を利用してパキスタンを指定国として商標保護を受けることも可能です(詳細は後述)。なお、パキスタンの商標保護は原則先願主義ですが、未登録商標であっても使用による一定の権利(周知商標の保護やパッシングオフ防止)も認められています。とはいえ未登録のまま他者と紛争になった場合は、長期間の使用実績や周知性の立証など立証負担が重くなるため、企業にとっては商標を登録しておくメリットが大きいといえます。

3. 商標出願の手続

出願手続の概要: 商標出願はIPOパキスタンの商標登録局に対して行います。2023年現在、オンライン出願システムが導入され、出願者または代理人はウェブ上で電子出願が可能になっています。従来どおり紙面での出願(所定の出願書類を郵送または持参)も受け付けられており、出願人の利便に応じた方法を選択できます。出願時に適用される分類はニース国際分類(第45類まで)であり、商品は第1類~34類、役務(サービス)は第35類~45類に区分されます。パキスタンでは一出願一分類の原則で、マルチクラス出願は認められていません。そのため複数の分類で保護を求める場合、クラスごとに別々の出願を行う必要があります。

必要書類・情報: 出願にあたって提出すべき主な事項・書類は以下のとおりです。

  • 出願人の情報: 出願人の氏名(法人名または個人名)・住所・国籍など基本情報

  • 商標の表示: 出願する商標の具体的な表示(文字商標の場合は文字列、図形商標の場合はJPEG画像ファイル等)

  • 商品・サービスの一覧: 当該商標について使用する商品またはサービスの具体的リスト(ニース分類上の区分と共に記載)

  • 使用状況の申告: 商標の使用状況について、「現にパキスタンで使用中」か「使用予定(意図)」かを申告(※使用中の場合は初回使用年も記載)。パキスタンでは先使用実績がなくとも出願可能ですが、出願時に使用の有無を示す欄があり、使用中であればその事実を申告します。

  • 代理人情報と委任状: 出願手続を現地代理人(弁理士や弁護士)に依頼する場合、代理人の氏名・住所等を記載し、委任状(Form TM-48)を提出します。外国企業・非居住者が出願する場合は現地の商標代理人を通じて手続することが必須です。委任状は申請人の署名のうえ公証が必要ですが、領事認証までは要求されません(任意で認証を付すことも可能)。

  • 優先権書類(該当する場合): パリ条約に基づく優先権を主張して出願する場合、優先権書類の公証謄本を提出します(提出期限は出願日から3か月以内)。

手数料: 商標の出願には所定の官費(公式手数料)がかかります。2019年の改定以降、出願料は1区分あたり3,000パキスタン・ルピーに設定されており(追加区分も各3,000ルピー)、併せて受理後に発行される登録料の納付が必要となります(登録料は現在9,000ルピー)。これら官費に加え、代理人に手続きを依頼する場合は別途プロフェッショナルフィーが発生します。イギリス知財庁の情報によれば、全般的な出願費用(公式費用+弁護士費用等)は1件あたり70,000~100,000ルピー程度になることもあります。出願から登録まで通常約2年ほどを要するため、事業計画に合わせ早めの出願準備が推奨されます。

事前調査の推奨: 他社の商標との抵触を避けるため、出願前には商標登録簿で同一・類似商標の存在を事前調査することが重要です。IPOパキスタンでは、公式に商標調査請求を行うことも可能で、所定のフォーム(フォームTM-55)に商標見本2枚を添付し、クラス毎に1,000ルピーの手数料で類否調査が依頼できます。またIPOのオフィスにおいて15分間だけ商標データベースを閲覧できる有料サービス(300ルピー)も提供されており、非公式に検索することも可能です。このような事前のクリアランス調査を通じて、潜在的な抵触リスクを把握してから出願することが、企業にとって実務上のリスク管理ポイントとなります。

4. 審査手続

方式審査: 出願が受理されると、まず商標登録局により方式審査が行われます。方式審査では、必要事項が正しく記載されているか、所定の書類が揃っているか、手数料の納付漏れがないか等の形式的要件がチェックされます。不備がある場合には補正指示が出され、指示に従って補正すれば審査続行されます。

実体審査: 方式要件を満たすと、次に実体審査(内容審査)に移行します。審査官はその商標が法に定める登録要件を満たすかを判断します。主な審査ポイントは以下のとおりです。

  • 識別力の有無: 商標が記述的すぎたり、一般名称そのものであったりしないか(識別力が無い場合は拒絶理由)。例えば商品の品質・効能・産地などを直接示す語や慣用的な名称のみから成る商標は、「他の事業者も自社商品・サービスの説明に必要とする語」であるため登録できません。ただし、仮に出願時点で識別力が十分でなくとも、使用による識別力の取得(Secondary Meaning)を証明できれば登録が認められる場合があります。

  • 他人の先 quyềnとの冲突: 同一または類似商標が、同一または類似の商品・サービスについて既に登録(または出願)されていないかをチェックします。これは相対的拒絶理由にあたり、審査官は商標データベースを検索して抵触する先願・登録が無いか確認します。仮に抵触する先行商標が見つかった場合、通常その旨の拒絶理由通知が発せられます。

  • 公序良俗・欺瞞性: 商標の構成や意味内容が公序良俗に反するもの(例えば猥褻な語句等)や、商品・サービスの品質や産地について消費者を欺くおそれのあるもの(たとえば産地と無関係な地名を含む商標など)は絶対的拒絶理由として登録が認められません。

審査期間は申請件数や審査官の状況にもよりますが、出願から約数か月~1年以内に最初の審査結果が通知されるのが一般的です(近年は電子化により迅速化が進み、3か月程度で一次審査結果が出るケースもあるとされています)。審査官が拒絶理由を発見した場合、拒絶理由通知(Office Action)が出され、出願人は通知受領後所定期間内(通常2か月+追加延長最大3か月)に意見書や補正を提出して応答する機会が与えられます。応答期間内に適切な反論・補正を行い、審査官がそれを受け入れれば拒絶理由は解消されます。例えば先行商標との抵触を指摘された場合、指定商品を削減したり商標にディスクレーム(権利不請求部分の明示)を付すことで了承されるケースもあります。一方、意見書を提出しても審査官の判断が変わらない場合や、期限内に応答しなかった場合、その出願は拒絶査定となります。拒絶査定となった場合でも、出願人は不服があれば高等裁判所に審決取消の上訴(審決に対する司法審査)を提起することが可能です。

5. 異議申立制度

公告と異議申立: 実体審査をクリアすると、商標は登録適格(acceptance)と判断され、登録前に商標公報への掲載(公告)が行われます。パキスタンでは商標公報(Trademarks Journal)は月刊で電子的に公開されており、審査に合格した商標は官報的な公報に掲載されます。公告の目的は利害関係人に異議申立の機会を与えることにあります。公告日から2か月間(60日間)は異議申立期間となり、第三者はその商標の登録に対する異議を申立てることができます。なお、2か月の異議期間は必要に応じ1か月ずつ2回まで延長でき、最大で公告日から4か月まで異議申立を受け付ける余地があります。

異議申立の手続: 異議申立を希望する者(競合他社など利害関係人)は、所定の異議申立書(Notice of Opposition)を期間内に商標登録局へ提出します。異議申立書には異議の理由(根拠)を具体的に記載する必要があり、主な異議理由には以下のようなものがあります。

  • 相対的理由: 申請商標が申立人の有する先登録商標と同一・類似で、指定商品・役務も同一・類似であるため、登録されると混同を招く(先願権・先使用権の侵害)。

  • 絶対的理由: 商標自体に識別力がない、記述的すぎる、または一般名称である等、商標法の絶対的登録要件を満たさない。

  • 不正の目的・悪意: 商標の出願が模倣やフリーライドなど不正の意図に基づくものである(典型例として申立人の著名商標の盗用出願など)。

  • その他の権利侵害: 商標の使用・登録が他人の著作権や商号権、肖像権、公的紋章・徽章の保護規定等に抵触する。特に周知・著名商標(パリ条約6条の2の保護対象)に類似する出願や、他人の会社名と紛らわしい商標も異議理由となりえます。

異議申立がなされた場合、その写しが商標登録局から出願人に送達されます。出願人はそれを受領後30日以内(正当な理由があれば最大60日まで延長可)に、異議に対する答弁書(カウンターステートメント)を提出しなければなりません。もし期限内に答弁書を提出しなければ、その商標出願は放棄(異議を認めたものとみなされ)されてしまいます。

出願人が答弁書を提出した場合、その副本が今度は異議申立人に送付されます。異議申立人は必要に応じて再抗弁書(rejoinder)を提出することができ、通常は30日以内に追加の主張を書面で行います。その後、商標登録局は双方当事者に対し証拠提出を求めます。証拠は宣誓供述書(アフィダビット)など書面証拠の形で提出され、異議申立人からの証拠→出願人からの反証という順序で行われるのが一般的です。書面審理でなお争点が残る場合、商標局は口頭審理(ヒアリング)の期日を指定し、双方に直接主張・立証の機会を与えます。ヒアリング後、審理官(商標登録官)は双方の主張と証拠に基づいて判断を下し、書面で決定を通知します。異議申立が認められた場合、当該商標の登録は拒絶されます。異議が棄却(申請人側勝訴)となれば、商標は登録手続へと進みます。

異議決定に対する不服申立: 商標登録局(レジストラ)が下した異議申立に関する決定に不服がある場合、敗訴当事者は所定期間内に高等裁判所へ上訴(Appeal)することが可能です。パキスタンでは知的財産庁とは別に**知的財産権専属の裁判所(知財裁判所)**が各州に設置されており、商標登録官の判断に対する審査も高等裁判所の知財部門で扱われます。このように、異議申立制度は登録前に第三者の意見を反映させる重要なプロセスであり、企業は自社の権利を守るため競合他社の公報公告を監視し、必要に応じて異議を申し立てることが実務上求められます。

6. 登録と権利の発生

登録査定と登録料: 公報公告期間が満了し、異議申立が全く無かったか、または異議が最終的に棄却された場合、商標は登録査定となります。登録局から申請人に対し登録料の納付通知(デマンドノート)が発行されますので、申請人はその通知受領後1か月以内に所定の登録料(前述のとおり9,000ルピー)を納付します。登録料の支払いが確認されると、商標は正式に登録簿へ記載され、登録証(Registration Certificate)が発行されます。登録証には商標の図版や登録番号、登録日、登録者名、指定商品・役務などが明記され、これにより登録手続が完了します。

権利発生の時期: パキスタンでは商標権の存続期間は出願日から起算して10年間と定められています。このため、実体的な権利(排他的な使用権)は登録完了後に発生しますが、その効力は遡及的に出願日までさかのぼって及ぶことになります。例えば出願から登録まで2年かかった場合でも、登録が完了すれば出願日から登録日までの間に他人が同一商標を類似商品に使用開始していたとしても、自らの先願に基づき差止めを請求できる可能性があります(ただしその第三者が出願日以前から継続使用していた場合などは別途考慮されます)。いずれにせよ、登録商標の専用権は出願日に遡って生じ、登録商標の所有者(権利者)は指定商品・サービスに関してその商標を独占的に使用する権利を有します。第三者が無断で同一もしくは紛らわしい商標を使用した場合には侵害となり、差止や損害賠償を求めることができます(詳しくは後述の権利行使の項を参照)。

登録による効力: 登録商標の権利者には、以下のような法的効力・利益が付与されます。

  • 登録商標の権利者は、その商標を指定商品・役務について独占的に使用する権利を持ち、権利者の許諾なく当該商標または類似商標を使用する行為を禁止できます。登録は権利の推定を伴うため、裁判所で差止命令を得やすくなります。

  • 商標登録証は権利者の所有権の推定証拠となり、係争時に権利者であることの立証が容易になります。

  • 登録商標は税関での輸入差止め措置等、各種行政的な保護手段を講じる前提ともなります(パキスタン競争委員会や医薬品規制当局による模倣品取締りなどで登録の有無が重視されます)。

  • “Registered™”マーク(®の表示)を商品や広告に付すことが可能になり、ブランドの信頼性を高める効果があります。ただし未登録段階で®マークを表示することは禁止されており(虚偽表示に対する罰則規定あり)、登録前は™や℠といった記号で対応するのが一般的です。

7. 登録後の義務(使用義務・更新・取消等)

権利存続期間と更新: パキスタンの商標登録の有効期間は出願日から10年間です。10年経過するまでに所定の手続を行うことで存続期間の更新が可能であり、更新回数に上限はなく10年ごとに何度でも更新できます。更新手続は満了日の6か月前から受付けており、更新料を納付することでさらに10年間権利を維持できます。うっかり更新を失念した場合でも、満了後6か月間の猶予期間内であれば追加料金を支払って更新する救済措置があります(猶予期間経過後は登録が抹消されます)。更新しなかった登録商標は期間満了とともに失効し、権利は消滅します。このため、企業は自社の重要商標について更新期限を管理し、期限内に確実に更新手続を行うことが肝要です。

使用義務と不使用取消: パキスタンでは、登録後5年間連続して商標を使用していない場合、第三者からの請求によりその商標登録を取消(抹消)される可能性があります。具体的には、登録完了日から5年経過後、正当な理由のない不使用が続いている商標について、利害関係人は商標登録取消の申立てを知財裁判所に行うことができます。不使用取消が認められると、その商標は登録簿から削除され、権利は遡及効なく消滅します。こうした規定は、登録だけして放置されている「死蔵商標」を整理し、市場で実際に使用される商標だけを保護する目的があります。そのため、企業は商標登録を取得した後はできるだけ早期に継続的な使用を開始し、市場でブランドとして定着させることが望ましいでしょう。万一正当な理由なく5年間未使用の場合、取消リスクが生じる点に注意が必要です。

その他の取消事由: 不使用以外にも、登録後に判明した事情により商標登録が無効・取消となる場合があります。例えば、登録時に絶対的・相対的拒絶理由が見逃されていた場合(実は記述的だった、先行商標と抵触していた等)には、利害関係人が無効審判(登録取消訴訟)を提起して登録を無効化することが可能です。また、商標が一般名称化(普通名称化)してしまった場合や、登録後に商標自体が公序良俗に反する使用態様となった場合なども取消事由となり得ます。さらに、権利者自身が商標権を放棄したい場合には、IPOパキスタンに対し登録の任意抹消(登録放棄)の申請を行うことで、登録を抹消することもできます。このように、登録後も継続して商標を適切に使用・管理し、必要に応じ更新や権利放棄の手続を行うことが重要です。

8. 権利行使と侵害対策

侵害の判断: 登録商標と同一もしくは紛らわしい商標が、登録商標の指定商品・役務と同一または類似のものについて権利者の許可なく使用された場合、それは商標権の侵害に該当します。たとえば登録商標と「実質的に同一または紛らわしく類似」した標章を、登録範囲に含まれる商品・サービスについて第三者が使用すれば侵害成立となります。さらに、登録商標が著名商標(well-known mark)である場合には、非類似の商品・サービスについての使用であっても、需要者に出所混同を生じさせたり商標の信用を希薄化させる行為は広義の侵害として差止め得る場合があります。もっとも、未登録商標の場合は法定の商標権侵害には問えず、この場合は「パッシングオフ」(不正競争)として民事救済を求めることになります。未登録でも周知性の高い外国商標などは条例第86条で保護され得ますが、立証負担が重いため、やはり登録しておく方が侵害排除は容易です。

民事的措置: 商標権侵害が発生した場合、権利者は民事訴訟によって救済を求めることができます。パキスタンでは2012年知的財産法に基づき各州に知的財産権裁判所(IP Tribunal)が設置されており、商標侵害訴訟は原則としてこれら専門法廷が管轄します(シンド州〔カラチ〕のみ高等裁判所が第一審管轄)。侵害訴訟ではまず差止命令(インジャンクション)による被侵害行為の停止が主要な救済となり、併せて侵害による損害賠償や不当利得の収益移転(アカウント)などを請求できます。特に明白な侵害の場合、訴訟提起と同時に暫定的な仮処分として差止命令が発令されることもあり、登録証を提示することで迅速な差止救済を得られる可能性が高まります。裁判所(またはIP裁判所)は双方の主張・証拠に基づき判決を下し、侵害が認定されれば差止の恒久命令や損害賠償額の確定判決が下されます。判決に不服がある場合、敗訴当事者は高等裁判所に控訴することができます。

刑事的措置: パキスタンの商標法および刑法には、悪質な商標侵害行為に対する刑事罰も規定されています。例えば、意図的に他人の登録商標を偽造・模倣して商品に付したり販売したりする行為(いわゆる海賊版・ニセ物の製造販売)は刑事犯罪となり、最大で2年の禁錮刑や罰金刑の対象となります。また、他人の商標を無断で商品に貼付するための機械・器具を製造・所持する行為にも最長3年の懲役刑が科され得ます。さらに、未登録の商標について商品や広告に登録商標であると虚偽表示する行為(例:「Registered」や®マークの不正使用)も禁止されており、違反者には罰金等の制裁が課されます。刑事手続は主に悪質な模倣犯や常習的な偽造業者への対処手段として活用されており、権利者が刑事告訴や警察への申立てを行うことで、捜査・差押え・起訴といった強制措置を通じた抑止効果を期待できます。

税関による水際取締り: 模倣品の流通を防ぐため、パキスタンでは税関(税関当局)による知的財産侵害物品の水際取り締まり制度が整備されています。商標権者は税関に対し書面で申請を行い、自社商標を無断使用した輸入品を輸入禁止品として扱うよう求めることができます。申請が受理され権利情報が税関当局のデータベースに登録されると、税関は輸入検査の際に当該商標の偽造品と思われる貨物を発見次第、差し止め・押収してくれます。2017年には税関規則に知的財産保護の章が追加され、税関とIPOパキスタン(商標データベース)および知的財産権執行総局(Directorate General of IPR Enforcement)が連携して侵害物品を発見・没収する仕組みが強化されました。これにより、企業は商標登録をテコに国境での模倣品流入を阻止することも可能となっています。

以上のように、パキスタンでは**民事・刑事・行政(税関)**の各手段を駆使して商標権を執行し、侵害に対抗することができます。企業は被害状況に応じて適切な対応策を選択し、必要に応じ現地の専門弁護士や当局と連携して自社ブランドを守ることが重要です。

9. マドリッド協定議定書と国際出願

パキスタンは2021年5月24日付でマドリッド協定の議定書(Madrid Protocol)に加盟し、同議定書の加盟国(当時108か国)となりました。これにより、パキスタン国内のブランド所有者はマドリッド国際登録制度を利用して、単一の国際出願で他の100以上の加盟国・地域へ商標保護を同時に求めることが可能となりました。同様に、外国企業がパキスタンで商標権を取得したい場合も、マドリッド経由でパキスタンを指定国に含めることができます。たとえば日本企業であれば、自国の基本出願(または登録)を基にマドリッド出願を行い、その指定国に「パキスタン」を加えることで、現地代理人を通さず比較的簡便にパキスタンでの商標保護を追求できます。

もっとも、マドリッド制度を利用する場合でもパキスタン固有の要件や留意点があります。具体的には、パキスタン政府は加盟時に「同国をマドリッド指定する際には商標の使用意思の宣言が必要」との宣言を行っています。これは、国際出願の指定国にパキスタンを含める場合、出願人が「当該商標をパキスタン国内で使用する意図がある」ことを明示する必要があるというものです。また、国際登録原簿(WIPOの国際登録データベース)にライセンス(使用許諾)の記録をしても、パキスタン国内ではその記録自体に法的効力を認めない旨の留意事項も宣言されています。したがって、ライセンス契約によって第三者に商標使用を許諾する場合は、別途パキスタン国内での使用権者登録等の手続を検討する必要があります。

国際出願指定に対するパキスタン商標庁の審査期間は最大18か月であり、審査官が拒絶の理由を見つけた場合には暫定的拒絶通報が国際事務局(WIPO)経由で通知されます。出願人(指定の受験者)はその通知受領後、2か月以内にパキスタン商標庁に意見書や補正を提出して応答する必要があります(状況によって期間延長申請も可能)。無事に拒絶理由が解消されれば、国際登録はパキスタン国内でも保護が認められ、WIPOからその旨の追録通知が発行されます。以上のように、パキスタンは現在マドリッドプロトコル加盟国ですので、日本企業にとっては直接出願(現地代理人を通じたIPO Pakistanへの出願)に加え、マドリッド経由でのルートも活用できる状況です。それぞれ費用や手続の特徴が異なるため、自社の商標戦略に応じて適切な出願方法を選択するとよいでしょう。

10. その他企業が留意すべき実務上のポイント

最後に、パキスタンで商標保護を図る企業にとっての実務上の留意点をいくつかまとめます。

  • 現地代理人の活用: 外国企業がパキスタンに商標出願する場合、現地の登録商標代理人(弁理士・弁護士)の関与が必須です。英語での手続や現地特有の書式対応、また登録後の管理に至るまで、経験豊富な現地代理人に依頼することでスムーズな出願・権利維持が可能となります。信頼できるIP専門事務所を選定し、委任状(Form TM-48)の発行や各種コミュニケーションを円滑に行いましょう。

  • 外国語商標への対応: 出願商標がウルドゥー語や英語以外の外国語(例えば日本語や中国語など)の文字で表記されている場合、その翻訳および音訳(発音のローマ字転写)を添付することが求められます。パキスタンでは公用語の英語またはウルドゥー語で審査・登録が行われるため、現地で理解できない言語の商標については意味内容や読み方を明らかにする必要があるのです。また、現地市場で商標を使用する際には、必要に応じてウルドゥー語表記版の商標も保護を検討してください。消費者が親しみやすいよう外国ブランド名をウルドゥー文字に翻字して用いるケースもあるため、重要なブランドは英字表記と併せてウルドゥー表記も商標登録しておくと、第三者による翻字商標の横取りを防ぐことができます。

  • 商標の適切な表示: 商品や広告に商標を表示する際は、登録前後で適切な表示を心掛けましょう。登録出願中の商標については™(トレードマーク)もしくは℠(サービスマーク)記号を付して使用し、正式に登録が完了した後に®(登録商標)マークを使用するのが通例です。前述のとおり、未登録商標に®マークを付すことは法律で禁じられており、違反すると罰則の対象となります。他方、登録後は®マークを付すことで登録事実を周知でき、侵害抑止に一定の効果があります。ただし、表示しなかったからといって直ちに権利行使できなくなるわけではありませんが、模倣者に「登録とは知らなかった」と言い逃れされないためにも、登録後は製品やウェブサイト等に適切に登録表示することが望ましいでしょう。

  • 権利維持と利用証拠の蓄積: 上述のように、パキスタンでは5年の不使用で取消される可能性があります。そのため、商標登録を取得したらできるだけ早く現地での使用を開始し、使用実績の証拠(現地で販売した商品の写真や広告資料、取引書類など)を継続的に蓄積・保管しておくことが重要です。万一、第三者から不使用取消を請求された場合には、こうした使用証拠を提出して権利維持を図ることになります。また、事業上の理由でしばらく使用できない場合でも、使用意思を持ち続け市場展開の計画を立てていることを示す資料等があれば、正当な理由として考慮され得るでしょう。

  • 権利の譲渡・ライセンス: 企業の組織再編やブランド売却に伴い商標権を譲渡する場合、商標登録名義の移転登録(名義変更手続)を速やかに行う必要があります。IPOパキスタンに必要書類を提出し登録簿上の権利者を変更することで、法的にも第三者対抗要件が備わります。同様に、商標を他社にライセンスする場合、パキスタンでは国際登録簿へのライセンス記録は効力がないため、必要であれば国内で使用権者の登録(Registered User制度等)が可能か専門家に相談してください。適切な権利管理を行うことで、将来の紛争や権利失効リスクを低減できます。

  • 競合他社の動向監視: 自社商標を守るためには、競合他社が類似の商標を出願・使用していないかモニタリングすることも重要です。IPOパキスタンの商標ジャーナルを定期的にチェックし、類似商標の公告があれば異議申立を検討してください。また市場で紛らわしいブランドが出回っていないか情報収集し、必要なら警告状送付や差止訴訟などの対策を迅速に講じましょう。パキスタンは巨大市場ではありませんが、模倣品やブランドの乗っ取りは起こり得るため、現地代理人と連携して権利の周辺監視を行うことが望ましいです。

以上、パキスタンの商標制度について、定義から出願・審査、登録、権利維持、侵害対策、国際出願、実務上の注意点に至るまで総合的に解説しました。パキスタンはイギリス法系の影響を受けた商標制度を有しつつ、近年はマドリッドプロトコル加盟や電子出願導入などグローバル水準への対応も進めています。日本企業にとっても比較的手続が理解しやすい制度ですが、細かな運用は現地特有の部分もあるため、必ず最新の公式情報や信頼できる現地専門家のアドバイスを参照し、的確な商標戦略を立てるようにしてください。

AUTHOR / 執筆者

杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)

知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士

特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。