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【弁理士解説】香港の商標制度を完全網羅|中国商標では守られない?マドプロは使える?登録手続きと賢い出願戦略

作成者: 弁理士 杉浦健文|2026/01/01

 

はじめに:香港ビジネスにおける「致命的な誤解」

アジアの金融・物流のハブであり、中国本土へのゲートウェイとしても機能する香港。日本企業にとって、海外進出の足掛かりとして、あるいはASEAN地域への統括拠点として、依然として極めて重要な市場です。

しかし、香港への進出を検討している、あるいは既に取引を開始している日本企業の多くが、知財戦略において**ある「致命的な誤解」**を抱えているケースが少なくありません。

  • 「中国本土で商標を取っているから、香港でも守られるだろう」

  • 「マドリッドプロトコル(マドプロ)で中国を指定したから大丈夫だ」

もし、貴社の経営陣や法務担当者がこのように考えているとしたら、貴社のブランドは香港市場において「無権利(無防備)」な状態です。

香港は中国の特別行政区ですが、「一国二制度」の下、知的財産権に関しては完全に独立した法域を持っています。この事実を知らずにビジネスを展開し、現地で模倣品が出回ったり、悪意ある第三者に商標を先取り(冒認出願)されたりするトラブルが後を絶ちません。

本記事では、海外商標の実務に精通した弁理士が、香港独自の商標制度の仕組み、中国本土との決定的な違い、出願の実務フロー、そして日本企業が取るべきコストパフォーマンスの高い出願戦略について詳細に解説します。

1. 香港商標制度の基本原則:「中国」とは全くの別物

まず、香港の商標制度を理解する上で最も重要な大原則を解説します。それは「香港と中国本土は、知財に関しては『外国』同士と同じ関係である」という点です。

1-1. 属地主義と独立した法制度

商標権などの知的財産権には、国ごとに権利が独立して成立するという「属地主義」の原則があります。

香港は、英国統治時代の法体系である「コモン・ロー(判例法)」をベースとした制度を維持しており、大陸法系(成文法)の中国本土とは法体系そのものが異なります。

したがって、以下の図式を必ず頭に入れておく必要があります。

  • 中国商標局(CNIPA)への登録 → 香港では無効

  • 香港知的財産局(IPD)への登録 → 中国本土では無効

つまり、中国本土と香港の両方でビジネスを行う場合は、それぞれ別個に商標出願を行うことが必須となります。

1-2. 先願主義(First-to-File)の採用

日本や中国本土と同様、香港も「先願主義」を採用しています。

香港はコモン・ロー地域であるため、未登録商標であっても長年の使用によって蓄積された信用(Goodwill)がある場合、「詐称通用(Passing off)」という不法行為法理によって保護される余地はあります。

しかし、このPassing offを立証するには、膨大な証拠資料と訴訟コスト、そして長い期間を要します。実務上は、「一刻も早く出願し、登録商標として権利化すること」が、最も低コストで確実なリスクヘッジ手段です。

2. 最大の注意点:香港では「マドプロ」が使えない

日本企業が海外で商標権を取得する際、WIPO(世界知的所有権機関)を通じた「マドリッド協定議定書に基づく国際登録出願(通称:マドプロ)」を利用するのが一般的です。一度の手続きで複数国を指定できるため、管理コストを削減できる非常に便利な制度です。

しかし、ここが香港商標の最大の落とし穴です。

現時点において、香港はマドリッド協定議定書の加盟国(地域)として指定することができません。

「中国はマドプロ加盟国だから、中国を指定すれば香港も含まれるのでは?」

このご質問を頻繁に頂きますが、答えはNOです。マドプロ出願で「中国(CN)」を指定しても、その効力は中国本土に限定され、香港(およびマカオ)には及びません。

香港政府は将来的なマドプロ導入に向けて法改正の準備を進めていますが、実務レベルでの運用開始時期は未定です。

したがって、現時点で香港で権利を取得するためには、香港知的財産局(IPD)へ直接出願(パリルート)を行う方法が唯一かつ確実な手段となります。

3. 香港商標制度の詳細:実務担当者が知っておくべき特徴

香港への直接出願を進めるにあたり、知っておくべき具体的な制度の特徴を整理します。

3-1. 国際分類(ニース分類)の採用

香港は、商品・役務の分類について国際的な「ニース分類」を採用しています(第1類〜第45類)。日本と同じ分類基準ですので、日本の商標登録証をベースに出願範囲を検討することが可能です。

ただし、指定商品の具体的な表記については、香港IPDが推奨する標準表記を用いることが望ましく、曖昧な表現は拒絶理由の対象となりやすいため注意が必要です。

3-2. 言語の取り扱い(繁体字 vs 簡体字)

出願言語は「英語」または「中国語」です。ここで重要なのが漢字の種類です。

  • 香港の主流: 繁体字(Traditional Chinese)/例:「廣」

  • 中国本土の主流: 簡体字(Simplified Chinese)/例:「广」

商標審査において、繁体字と簡体字は類似するものとして扱われる傾向にありますが、現地の消費者へのブランディング観点からは、「繁体字」での登録が極めて重要です。

日本企業が簡体字(中国本土向け)のまま香港で展開すると、現地の消費者に「中国本土のブランドである」という誤った印象を与えたり、ブランドイメージが定着しなかったりするリスクがあります。

基本的には、「アルファベット(英語)」と「繁体字」の2パターンを出願するのが王道の戦略です。

3-3. 香港独自の「シリーズ商標(Series of Trade Marks)」

香港には、日本や中国にはない非常に有利な制度があります。それが「シリーズ商標」です。

これは、「実質的に類似しており、識別力に影響しない軽微な要素(色、フォントなど)のみが異なる複数の商標」を、1つの願書でまとめて出願できる制度です(最大4つまで)。

【活用例】

  • 商標A: 白黒のロゴマーク

  • 商標B: カラーのロゴマーク

  • 商標C: 繁体字のロゴ(※デザインが酷似している場合に限る)

これらを「シリーズ」として認めさせることができれば、1件分の出願費用(+わずかな追加料金)で複数のバリエーションを登録できます。コストを抑えつつ権利範囲を広げられるため、ぜひ活用したいテクニックです。

4. 徹底比較:中国本土 vs 香港 商標制度

複雑になりがちな両者の違いを、実務的な観点から比較表にまとめました。

項目 中国本土 (Mainland China) 香港 (Hong Kong)
管轄官庁 中国国家知識産権局 (CNIPA) 香港知的財産局 (IPD)
法体系 大陸法(先願主義厳格) コモン・ロー(先願主義+使用実績考慮)
マドプロ 加盟(指定可能) 非加盟(直接出願のみ)
商品分類 ニース分類+独自の「類似群コード」 ニース分類(国際標準に近い運用)
使用言語 簡体字 英語 または 繁体字
拒絶対応 同意書の採用は極めて限定的 同意書による克服が容易(Consent is King)
審査期間 約9〜12ヶ月 約6〜9ヶ月
権利期間 10年 10年

この表からも分かる通り、両者は「隣接した全く別の国」として扱う必要があります。

5. 出願から登録までの流れと期間

香港への直接出願は、概ね以下のフローで進行します。順調に進めば、出願から登録まで約6ヶ月〜9ヶ月程度で完了します。

STEP 1:先行商標調査(Clearance Search)

出願前に、同一・類似の商標が既に存在しないか調査します。香港は狭いエリアに多くのビジネスが密集しているため、類似商標が見つかる確率は低くありません。

英語と中国語(広東語読み)の両面から類似を検討する必要があるため、プロによる事前調査は必須です。

STEP 2:出願(Filing)

香港の現地代理人を通じて願書を提出します。

日本出願から6ヶ月以内であれば、パリ条約に基づく「優先権」を主張して出願日を遡及させることが可能です。

STEP 3:方式審査・実体審査

審査官が、商標の識別力の有無や、先行商標との類似性を審査します。

もし拒絶理由が通知された場合、意見書や補正書の提出で反論する機会が与えられます。

【ポイント】同意書(Letter of Consent)の威力

もし「他人の商標に似ている」として拒絶された場合、香港では「同意書(コンセント)」が非常に強力な武器になります。

日本でも2024年4月からコンセント制度が導入されましたが、「混同を生ずるおそれがない」ことまで要件とされるため、ハードルは依然として高いです。一方、香港では「当事者間が良いと言っているなら認める(Consent is King)」という運用が定着しており、同意書さえあればほぼ確実に登録が認められます。

STEP 4:公告(Publication)

審査を通過すると、商標は公報に掲載(公告)されます。

この日から3ヶ月間が、第三者による異議申立期間(Opposition Period)となります。

STEP 5:登録(Registration)

異議申立がなければ、登録証が発行されます。

6. 香港商標における戦略的アドバイス

単に手続きを行うだけでなく、ビジネスを守るための戦略として以下の点をご留意ください。

① 第35類(小売・卸売)の重要性

香港は「ショッピングの街」であり、小売業・流通業が非常に盛んです。

メーカーであっても、直営店やECサイトを展開する場合は、商品の区分だけでなく、第35類(小売等役務)を取得しておくことを強く推奨します。ここを取得し忘れると、同じ名前のセレクトショップ等が現れた際に排除できない可能性があります。

② 不使用取消審判への対策

登録後、正当な理由なく連続して3年以上香港内でその商標を使用していない場合、第三者の請求によって商標登録が取り消されるリスクがあります。

越境ECなどで日本から販売している場合でも、香港への発送実績を示すインボイスや、香港向けに表示されたウェブサイトの証拠などを適切に保管しておくことが重要です。

③ 冒認出願リスクへの早期対応

中国本土ほどではありませんが、香港でも日本の有名ブランドや人気キャラクターの冒認出願(勝手な出願)は発生しています。

「進出が決まってから」ではなく、「進出の可能性がある段階」で、早めに商標を押さえておくことが、結果的に最もコストパフォーマンスの高い防衛策となります。

7. なぜ、香港商標を日本の弁理士に依頼すべきなのか?

香港への出願は、現地の代理人(Agent)を通じて行う必要があります。「自分で直接現地の事務所に頼めないか?」と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、以下の理由から、日本の弁理士(特許事務所)を通じて一元管理されることを強くお勧めします。

  1. 世界的な知財戦略の一貫性

    日本の弁理士は、貴社の日本での権利状況、中国本土での戦略、そして今後のグローバル展開を俯瞰した上で、「香港でどの範囲(指定商品)を取るべきか」を設計します。単なる手続き代行ではなく、ビジネス視点での権利網構築が可能です。

  2. 複雑な拒絶理由への法的対応

    万が一、審査で拒絶された場合、現地の法律や過去の判例に基づいた高度な反論が必要になります。英語や中国語の専門用語が飛び交う中、現地の代理人と直接やり取りを行うのは、企業の知財担当者様にとって大きな負担とリスクになります。

  3. 安心のコミュニケーションと管理

    現地代理人とのやり取りは全て当事務所が行います。日本語での報告、日本円での請求、そして更新期限の管理までワンストップでサポートするため、お客様は本業に専念していただけます。

まとめ:香港進出の成功は「確実な商標確保」から

香港は自由貿易港であり、ビジネスのスピードが非常に速い市場です。

商品がヒットしてから商標登録を考えたのでは、既に手遅れ(他社に取られている、模倣品が出回っている)というケースは珍しくありません。

  • 中国商標とは別に、香港商標が必須であること

  • マドプロではなく、直接出願が必要であること

  • 英語・繁体字の両面から権利範囲を検討すること

  • シリーズ商標などの独自制度を活用すること

この4点を理解し、適切なタイミングで出願を行うことが、貴社の香港ビジネス、ひいてはグローバルビジネスの成功の鍵となります。

当事務所では、香港の信頼できる現地代理人と強固なネットワークを構築しており、出願前の調査から登録、その後の権利行使までワンストップでサポートしております。

「自社のブランド名は香港で登録できるか?」「中国と合わせて費用はいくらかかるか?」など、まずはお気軽にご相談ください。