大学の研究成果を特許にしようとするとき、費用の壁は決して低くありません。審査請求料は138,000円+請求項×4,000円——研究室の予算感覚では、ためらう金額です。この負担を正面から半分にするのが、特許庁の「アカデミック・ディスカウント」です。
大学等の研究者・大学等が出願人であれば、審査請求料と特許料(第1〜10年分)が1/2になります。手続は出願審査請求書に1行書くだけで、証明書類は不要。しかも特許庁のQ&Aを読み込むと、この制度には一貫した割り切りがあることが分かります——「誰が発明したか」は問われない。「誰が出願人か」だけが問われる。学生の発明でも、企業から引き継いだ発明でも、出願人が要件を満たせば適用されるのです。
本記事では、アカデミック・ディスカウントの対象者・学生の扱い・公立大学ならではの落とし穴・共同出願の按分計算・外国の大学の扱いまで、特許庁の一次資料に基づいて弁理士が解説します。大学の研究者・URA・TLOのご担当者はもちろん、大学と共同出願する企業の知財担当の方にも関わる内容です。
目次
アカデミック・ディスカウントは、特許庁の減免制度(2019年4月1日以降に審査請求をした案件に適用される新減免制度)のうち、大学等の研究者・大学等を対象とする区分です。軽減されるのは次の2つです。
| 対象の料金 | 通常額 | アカデミック・ディスカウント適用後 |
|---|---|---|
| 出願審査請求料 | 138,000円+請求項×4,000円 | 1/2に軽減(例:請求項10項なら178,000円→89,000円) |
| 特許料(第1〜10年分) | 第1〜3年:毎年4,300円+請求項×300円 ほか年次で段階増 | 1/2に軽減(例:請求項10項の第1〜3年分 7,300円/年→3,650円/年) |
出願から権利維持10年目までの庁費用のうち、最も大きい審査請求料と、じわじわ効いてくる特許料の両方が半額になります。なお、出願料(14,000円)や第11年分以降の特許料は対象外です。審査請求という手続そのものの仕組み(3年の期限・出し忘れの回復など)は出願審査請求の解説記事をご参照ください。
対象者は特許法施行令10条3号に定められており、「イ:大学等の研究者」(個人)と「ロ:大学等」(機関)の2区分があります。
| 区分 | 該当する者 |
|---|---|
| 大学等の研究者 (施行令10条3号イ) | ・大学(学校教育法1条)の学長・副学長・学部長・教授・准教授・助教・講師・助手、その他の職員のうち専ら研究に従事する者(大学と雇用関係のあるポストドクター等を含む) ・高等専門学校の校長・教授・准教授・助教・講師・助手、その他の職員のうち専ら研究に従事する者 ・大学共同利用機関法人の長、職員のうち専ら研究に従事する者 |
| 大学等 (施行令10条3号ロ) | ・大学を設置する者(国立大学法人・公立大学法人・学校法人等) ・高等専門学校を設置する者(国立高等専門学校機構等) ・大学共同利用機関法人 |
注目すべきは、かつて産業技術力強化法に基づく軽減措置に設けられていた職務発明要件が、現行制度では廃止されている点です。以前は「職務発明であること」の整理が必要でしたが、いまは出願人が上の表に該当するかどうかだけを見ればよく、制度の使い勝手は大きく改善されています。
大学の知財でよく問題になるのが学生の扱いです。原則を先に言えば、学生は「大学等の研究者」に該当しません(大学の「職員」として専ら研究に従事する場合は別です)。学生は大学と雇用関係にないのが通常だからです。
では、学生が関わった発明は減免を受けられないのか——ここで効いてくるのが冒頭の原則です。特許庁のQ&Aは、次のケースをいずれも「適用可能」と明言しています。
| ケース | 減免 | 理由 |
|---|---|---|
| 学生と教授の共同発明。学生の持分を譲り受けて教授が単独出願 | ○ | 出願人が「大学等の研究者」だから |
| 学生の発明を大学が承継して出願 | ○ | 出願人が「大学等」だから |
| 民間企業から大学へ移籍した研究者の発明を、企業から大学が承継 | ○ | 出願人が「大学等」だから |
| 学生が自分の名義のまま出願 | × | 出願人(学生)が要件を満たさない |
つまり、発明者の属性は一切問われず、減免申請の時点で出願人が誰かだけで決まります。裏を返せば、学生名義のまま出願してしまうと使えたはずの減免を落とすことになり、権利の帰属整理(譲渡・承継)が費用面にも直結する、ということです。
実務Tips(出願前の帰属整理):学生・ポスドクが関与する発明は、出願前に「誰を出願人にするか」を発明届の段階で決めておくのが定石です。減免の適用可否は減免申請時(審査請求時・特許料納付時)の出願人で判断されるため、名義を後から直すより、最初から要件を満たす出願人で出す方が手戻りがありません。なお、雇用関係のあるポスドクは「その他の職員のうち専ら研究に従事する者」として研究者側に該当し得ます。
特許庁のQ&Aには、公立大学ならではの細かい論点が示されています。県立大学の研究者の職務発明を県が承継した場合、その県立大学の設置者が県であれば減免対象。ところが設置者が公立大学法人である場合は、公立大学法人が承継したときだけ対象で、設置者でない県が承継すると対象外になります。減免を受けるのは「大学を設置する者」であって自治体そのものではない——承継先の選択が費用に響く場面です。
2024年4月1日以降、中小企業向けの審査請求料減免には年間180件の上限が設けられましたが、アカデミック・ディスカウント(大学等・大学等の研究者)はこの件数制限の対象外です。出願件数の多い大規模大学・研究機関でも、件数を気にせず利用できます。
新減免制度には、アカデミックのほかに中小企業1/2・中小スタートアップ企業や小規模企業1/3などの区分があります。大学発ベンチャーに権利を移した場合はアカデミックではなく企業側の区分で判断されることになるため、権利の持たせ方(大学保有か、ベンチャー保有か)によって適用区分と軽減率が変わります。制度全体の一覧は減免・支援制度まとめをご参照ください。
現行制度の手続は簡素です。減免申請書も証明書類も不要で、出願審査請求書(特許料は特許料納付書)に特記事項の欄を設けて、該当する旨を記載するだけです。
出願審査請求書【手数料に関する特記事項】の記載(特許庁の記載例より)
(大学等の研究者の場合)
「特許法施行令第10条第3号イに掲げる者に該当する請求人である。減免申請書の提出を省略する。」
(大学等の場合)
「特許法施行令第10条第3号ロに掲げる者に該当する請求人である。減免申請書の提出を省略する。」
注意:減免申請は審査請求・特許料納付と同時に行う必要があり、納付後に事後的な減免申請はできません。特記事項の記載を忘れて満額納付してしまうと、その分は取り戻せません。要件充足の判断時点も減免申請時です。
産学連携の共同出願では、大学側だけが減免対象というケースが典型です。この場合、減免は大学側の持分にだけ効きます。審査請求書には「減免を受ける者」と「その者の持分の割合」を特記事項に書き、さらに【その他】欄に正規料金に対する納付割合を記載します。
特許庁の記載例の計算はこうです。出願人A(企業・軽減なし)と出願人B(大学・軽減率1/2)の持分が各1/2なら、納付割合は1×1/2+1/2×1/2=3/4。請求項10項の審査請求料178,000円なら133,500円の納付になります。持分割合を証する書面の提出は不要です。
実務Tips(共同出願契約との整合):按分は「持分の割合」で計算されるため、共同出願契約で定める持分と費用分担の取り決めがそのまま庁費用に反映されます。産学連携では不実施補償や持分の設計そのものが論点になりやすいので、あわせて大学との共同研究のチェックポイント解説もご覧ください。
意外に知られていませんが、特許庁のQ&Aは「要件を満たしていれば、外国の出願人も減免制度の適用対象になります」と明言しています。具体的には、学校教育法1条の大学・高等専門学校に相当する外国の学校の研究者(学長・教授・准教授など専ら研究に従事する者)や、そうした学校を設置する者が対象です。海外大学が日本に特許出願する場合も、日本の大学と同じ1行の記載で審査請求料・特許料が半額になります。外国出願人の日本出願手続の全体像は外国企業の日本出願ガイドで解説しています。
出願審査請求料と特許料(第1〜10年分)が1/2に軽減されます。請求項10項の場合、審査請求料178,000円が89,000円になります。出願料や第11年分以降の特許料は対象外です。
学生は原則として「大学等の研究者」に該当しません(大学の職員として専ら研究に従事する場合を除く)。ただし、学生の発明でも、権利を譲り受けた研究者や大学が出願人になれば減免を受けられます。判断されるのは発明者ではなく出願人です。
不要です。出願審査請求書または特許料納付書の特記事項欄に、特許法施行令10条3号イ(研究者)またはロ(大学等)に該当する旨と、減免申請書の提出を省略する旨を記載するだけです。ただし納付と同時に申請する必要があり、事後申請はできません。
使えます。ただし減免が効くのは大学側の持分だけです。企業と大学が持分1/2ずつで大学のみ1/2軽減の場合、納付額は正規料金の3/4になります。
使えます。日本の大学・高等専門学校に相当する外国の学校の研究者や設置者であれば、特許庁のQ&Aで適用対象と明示されています。手続も国内の出願人と同様です。
審査請求料と特許料10年分が半額、手続は1行、証明書不要、件数制限なし、外国の大学も対象——アカデミック・ディスカウントは、大学知財の費用設計で真っ先に確認すべき制度です。そして適用の分かれ目はただ一つ、減免申請の時点で出願人が要件を満たしているか。学生の関与や自治体への承継など、発明の生まれ方が複雑なときほど、出願名義の設計が費用に直結します。
出願前の帰属整理から特記事項の記載、共同出願の按分まで、一度型を作れば毎回の出願で機械的に使える制度です。研究成果の権利化を費用面から支える仕組みとして、ぜひ活用してください。
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知的財産事務所エボリクス(evorix.jp)では、大学・研究機関の特許出願、産学連携の共同出願、減免制度の適用判断のご相談を承っております。まずはお問い合わせフォームよりお気軽にご相談ください。
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免責・注意事項:本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別事案の結論を保証するものではありません。記載の料金・制度は執筆時点(2026年9月)の特許庁公表情報に基づきます。減免の要件・手続は改正されることがありますので、実際の手続にあたっては特許庁の最新情報または弁理士にご確認ください。
AUTHOR / 執筆者
杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)
知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士
特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。