「この見込み客は受注できそうか」「サイトに来たあの匿名訪問者は、どこの会社の人か」——BtoBマーケティングの中核をなすこの2つの問いに、日本の登録特許が存在します。しかも、そのうち1件は米国のABMベンダーが日本で取得したものです。
本記事では、リードスコアリングとABM(アカウント・ベースド・マーケティング)の領域で登録された特許3件を、特許庁の公報(J-PlatPat)およびGoogle Patentsで請求項まで確認して弁理士が解説します。SFA/MAツールを開発・提供している企業にとっては、権利化のヒントと同時にFTO(他社権利との抵触)の論点にもなる内容です。
💡 シリーズ記事:本記事はマーケティング×特許シリーズの一編です。分野全体の登録例はマーケティングは特許になる?登録特許15件の検証をご覧ください。
目次
| 特許 | 権利者 | 何を数値化するか | 登録 |
|---|---|---|---|
| 特許6882793 | ビジネスインテリジェンス | 名刺情報から営業相性・受注確度・優先度 | 2021-05-11 |
| 特許6975472 | ビジネスインテリジェンス | 名刺連動SNSでの閲覧箇所に応じた評価 | 2021-11-10 |
| JP7105356 | 6センス インサイツ(米国) | 匿名IPと企業アカウントの紐づけ信頼値 | 2022-07-22 |
| 特許番号 | 特許第6882793号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 名刺関連情報提供方法、企業価値判定方法、評価指標算出方法、名刺価値判定方法、名刺関連情報提供装置、企業価値判定装置、名刺価値判定装置及びコンピュータプログラム |
| 特許権者 | 株式会社ビジネスインテリジェンス |
| 出願/審査請求/登録 | 2019年8月14日 / 同日 / 2021年5月11日 |
| 早期審査 | あり |
| 請求項数 | 24項 |
特許第6882793号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用)
名刺に記載された名刺情報を取得し、企業及び個人の少なくとも一方に関連する関連情報が記録されたデータベースに基づいて、取得した名刺情報に含まれる企業及び担当者の少なくとも一方に関連し、企業評価のための情報を含む企業関連情報を含む関連情報を抽出し、抽出した関連情報を出力し、取得した名刺情報に含まれる企業に属する社員の人材価値及び前記企業の企業価値の少なくとも一方を判定し、判定結果に基づいて、取得した名刺情報に含まれる企業及び担当者の少なくとも一方に対する評価指標を算出する名刺関連情報提供方法。
請求項1では「評価指標」と抽象的に書かれていますが、その中身は従属項で具体化されます。
特許第6882793号 請求項3(原文引用)
前記評価指標は、営業相性、受注確度及び営業行動の優先度の少なくとも一つを含む請求項1又は請求項2に記載の名刺関連情報提供方法。
「営業相性」「受注確度」「営業行動の優先度」——営業現場の言葉が、そのまま特許請求の範囲に入っています。これは前回扱った楽天の特許(請求項にROI・CVRが明記)と同じ現象で、ビジネスの用語で権利化できることを示しています。
仕組みの流れは次のとおりです。①名刺情報を取得 → ②外部データベースから企業・担当者の関連情報を抽出 → ③社員の人材価値・企業の企業価値を判定 → ④その判定結果から評価指標を算出。単に名刺をデータ化するのではなく、外部情報と突合して価値判定を行うところが構成要件になっています。請求項2ではアンケート情報を評価に加える構成も押さえています。
実務Tips(抽象と具体を階層で書く):請求項1は「評価指標」と広く書き、請求項3で「営業相性・受注確度・優先度」と具体化する——この階層構造は定石です。広い請求項1で権利範囲を確保し、審査で先行技術を引かれたら具体的な従属項を取り込むという備えになります。全24項という構成からも、その意図がうかがえます。
| 特許番号 | 特許第6975472号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | SNSシステム、コンピュータプログラム、SNSを用いたマーケティングオートメーション方法及び表示方法 |
| 特許権者 | 株式会社ビジネスインテリジェンス |
| 出願/審査請求/登録 | 2019年12月4日 / 同日 / 2021年11月10日 |
| 早期審査 | あり |
| 請求項数 | 22項 |
特許第6975472号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用)
名刺情報が登録されたサーバを備えるSNSシステムであって、ユーザの端末装置からコンテンツを前記サーバにアップロードすることにより、前記ユーザの名刺情報と対応付けて前記コンテンツを登録する登録部と、前記登録部が登録したコンテンツを他のユーザが閲覧した場合に、閲覧に基づく前記他のユーザの評価指標を算出するための算出条件を、前記コンテンツを登録したユーザの操作に基づいて設定する設定部とを備え、前記設定部は、コンテンツの閲覧箇所に応じて評価指標の算出条件を設定するSNSシステム。
この請求項の決め手は末尾の「コンテンツの閲覧箇所に応じて評価指標の算出条件を設定する」という限定です。
「資料を見た」という事実だけでなく、その資料のどの部分を見たかによって、見込み度の計算式を変える——たとえば料金ページを見た人と会社概要だけ見た人を区別するという発想です。従属項では閲覧回数・閲覧頻度に応じた算出条件(請求項4)、名刺交換した年月日の範囲を含む閲覧許可の範囲設定(請求項2)も押さえています。
名刺(誰か)× SNS(何を共有したか)× 閲覧箇所(どこを読んだか)を掛け合わせて見込み度を出す構造です。同社はこの2件をいずれも出願と同日に審査請求し、早期審査で権利化しています。
調査時の注意:この特許について、一部のデータベースでは出願人名や公報種別が実際と異なって表示される場合があります。当事務所が確認した限り、特許庁のJ-PlatPatでは特許権者「株式会社ビジネスインテリジェンス」、公報種別「B2」です。権利者や書誌を確認する際は、必ず特許庁の公報(一次資料)で照合してください。
| 特許番号 | JP7105356(日本特許) |
| 発明の名称 | エンティティのアカウントへのマッピング |
| 出願人 | 6センス インサイツ,インコーポレイテッド(米国のABMベンダー) |
| 優先日/出願日/登録日 | 2017年12月22日 / 2021年11月5日(分割・継続とみられる)/ 2022年7月22日 |
JP7105356 特許請求の範囲 請求項1(原文引用)
匿名インターネットプロトコル(IP)アドレスを匿名でなくするための方法であって、サーバプラットフォームの少なくとも1つのハードウェアプロセッサを用いて、各々がオンラインアクティビティを表し、IPアドレスおよびイベント情報を備える、複数のソースからの複数のイベントを受信し、前記複数のイベントのサブセットを、各々が、前記複数のイベントのサブセットによって共有された前記IPアドレスをアカウントに関連付け、前記イベントのサブセットに関する複数の統計に関連付けられた複数のマッピングに凝集し、前記複数のマッピングの各々に関して、前記関連付けられた複数の統計に基づいて前記マッピングに関する信頼値を計算し、前記複数のマッピングに関する前記信頼値に基づいて、前記複数のマッピングの最終サブセットを選択し、要求されるIPアドレスを備える1または複数の要求に、前記要求されるIPアドレスに関して前記マッピングの最終サブセットを検索し、前記マッピングの最終サブセット内の前記要求されるIPアドレスに関連付けられたアカウントの指示を返信することによって応答することを備える方法。
請求項の冒頭が「匿名IPアドレスを匿名でなくするための方法」です。BtoBマーケティングで「サイトに来た企業が分かる」と説明される機能の、まさに中核技術です。
技術的な工夫は単純な突合ではない点にあります。整理すると次の流れです。
| 段階 | 処理 |
|---|---|
| ① 収集 | 複数のソースから、IPアドレスとイベント情報を含むイベントを受信 |
| ② 凝集 | 同じIPを共有するイベント群を、統計を伴うマッピングにまとめる |
| ③ 信頼値 | 各マッピングについて、統計に基づいて信頼値を計算 |
| ④ 選別 | 信頼値に基づいて最終サブセットを選択 |
| ⑤ 応答 | 問い合わせに対し、対応するアカウントを返す |
IPと企業の対応は、共有オフィスやモバイル回線などで揺らぎます。そこで「確度」という概念を導入して選別する——この確率的な処理の設計が権利の核です。「IPから企業を引く」というアイデア自体は古くからありますが、信頼値の計算と選別まで書き込んだことで具体的な技術になっています。
ここまでは「取る側」の話でしたが、6senseの特許は逆の視点を要求します。日本のSFA/MAベンダーが「サイト訪問企業の特定」機能を提供している場合、この日本特許との関係を確認しておく必要があるからです。
ただし、慌てる必要はありません。特許権の効力は、請求項に書かれた構成要件をすべて満たす実施にのみ及びます。この請求項は「複数ソースからのイベント」「統計を伴うマッピングへの凝集」「信頼値の計算」「信頼値に基づく最終サブセットの選択」という具体的な処理を要件としています。単にIPアドレスと企業名のリストを突合しているだけの実装は、これらの要件を満たさない可能性が十分にあります。
当事務所がマーケティング関連の登録特許15件を検証した際、海外勢は6sense(米国・ABM)と韓国企業(インフルエンサーマッチング)の2件でした。数としては多くありませんが、BtoBマーケの中核機能に日本の権利が置かれているという事実は、国内ベンダーにとって実務上の論点です。
実務Tips(クリアランス調査の進め方):気になる特許を見つけたら、①請求項を構成要件に分解し、②自社実装を1つずつ対比するのが手順です。結果が「非充足」なら安心材料になり、グレーなら設計変更(回避設計)の検討に移ります。先に機能を落とすのは最後の手段です。なお警告状が届いた場合は、返答の前にご相談ください(→弁理士に相談すべき5つの場面)。
3件を並べると、共通の構造が浮かび上がります。いずれもこれまで営業担当者の勘や経験に委ねられていた判断を、観測可能なデータから数値として出す仕組みです。
| 従来の「勘」 | 数値化の材料 | 特許 |
|---|---|---|
| この会社は有望そうだ | 名刺情報+外部DBの企業関連情報+人材価値・企業価値の判定 | 6882793 |
| あの担当者は本気で見ている | コンテンツの閲覧箇所・回数・頻度 | 6975472 |
| この訪問はあの会社からだろう | 複数ソースのイベント統計から算出した信頼値 | JP7105356 |
そして3件すべてに共通するのが、「何を材料に、どう計算するか」を請求項に書き込んでいる点です。「AIでスコアリングする」という書き方では登録に至りません。材料と計算方法の具体性が、権利化の分かれ目になっています。
「受注確度」「営業相性」「優先度」——これらは実際に請求項に入っています。技術用語に翻訳しなければ特許にならない、というのは誤解です。事業の言葉で書いたうえで、その算出方法を具体的に書き添えるのが実務的です。
「閲覧したか」ではなく「どこを閲覧したか」。この一段の細かさが権利の核になりました。自社のスコアリングが競合より細かい観測をしているなら、その細かさこそが発明です。
6senseの請求項は、確実には決まらない対応関係を信頼値で扱い、閾値で選別する構成です。推定を伴う機能では、不確実性をどう管理するかが技術的工夫になり得ます。
国内2件はいずれも出願と同日に審査請求+早期審査です。BtoBツールは競合の機能追随が速いため、権利化のスピード自体が戦略になります(→スーパー早期審査の活用事例)。
Q. 自社のMAツールにもリードスコアリング機能があります。他社特許に触れますか?
A. スコアリング機能があるだけでは侵害になりません。特許権の効力は請求項の構成要件をすべて満たす実施に及びます。本記事の特許でいえば「名刺情報の取得」「外部DBからの企業関連情報の抽出」「人材価値・企業価値の判定」といった要件が並んでおり、1つでも欠ければ原則として非充足です。実装との対比(クリアランス調査)を弁理士にご依頼ください。
Q. 「サイト訪問企業の特定」機能を提供していますが、6senseの日本特許は問題になりますか?
A. 機能の名前が同じでも、実装が請求項の要件を満たすかは別です。JP7105356は「複数ソースからのイベント受信」「統計を伴うマッピングへの凝集」「信頼値の計算」「信頼値に基づく最終サブセットの選択」という具体的な処理を要件としています。IPと企業名のリストを単純に突合しているだけの実装は、これらを満たさない可能性があります。まずは請求項と自社実装の対比をおすすめします。
Q. 「受注確度」のようなビジネス用語を請求項に書いても特許になるのですか?
A. なります。本記事の特許6882793は請求項3で「営業相性、受注確度及び営業行動の優先度」と明記して登録されています。重要なのは用語の種類ではなく、その指標を何を材料にどう算出するかが具体的に記載されているかどうかです。
Q. 名刺管理サービスは既に大手が多数ありますが、いまから特許は取れますか?
A. 「名刺をデータ化する」という基本機能では困難ですが、本記事の2件のようにそこから何をどう算出するかに独自性があれば余地はあります。「閲覧箇所に応じて算出条件を変える」のような一段細かい観測は、その好例です。自社機能の棚卸しはSaaSプロダクトの機能マップが参考になります。
Q. 特許データベースで調べた情報を、そのまま信用してよいですか?
A. 一次資料での確認をおすすめします。当事務所の調査では、あるデータベースが表示する出願人名・公報種別が特許庁の公報と異なるケースを確認しています。権利者の同一性や書誌事項は、権利の存否や交渉に直結します。重要な判断の前には、必ず特許庁の公報(J-PlatPat)で照合してください。
BtoBマーケティングの中核——受注確度の予測と、匿名訪問者の企業特定——は、すでに日本の登録特許が存在する領域です。共通しているのは、「営業の勘」を観測可能な材料と具体的な計算方法に落とし込み、それを請求項に書き込んでいる点です。
SFA/MAツールを開発する企業にとって、これは攻めと守りの両方の話になります。自社のスコアリングの独自の粒度は権利化の候補であり、同時に競合・海外勢の権利はクリアランスの対象です。どちらも、請求項を通して読むことから始まります。
知的財産事務所エボリクスへのご相談
エボリクス(evorix.jp)では、SFA/MA・BtoBマーケティングツール分野の特許出願と、他社特許のクリアランス調査(FTO)を承っております。「自社のスコアリングは権利化できるか」「この海外特許に触れていないか」といったご相談に対応いたします。まずはお問い合わせフォームより、ご相談の流れとあわせてお気軽にどうぞ。
本記事の注意事項:本記事は2026年7月時点の公開特許情報(特許庁J-PlatPat/Google Patents)に基づく一般的な解説です。引用した請求項は公報の記載に基づきますが、権利範囲は最終的に公報の正本と出願経過により定まります。本記事の要約・分説は理解を助けるための整理であり、権利範囲を画定するものではありません。特許と各社のサービス・製品との対応付けは、公報に製品名の記載がないため推測を含みます。侵害の成否、特許の有効性について本記事は何ら断定するものではなく、個別事案の結論を保証するものでもありません。事業判断(FTO・出願戦略等)にあたっては専門家の個別検討をご利用ください。
AUTHOR / 執筆者
杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)
知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士
特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。