マレーシア商標実務の根拠法はTrademarks Act 2019(Act 815)であり、詳細運用はTrade Marks Regulations 2019(P.U.(A) 373)とMyIPO(マレーシア知的財産公社)の手引・プラクティス・フォーム&フィーにより具体化されます。
出願実務で押さえるべき3つのポイント
標準処理期間について、MyIPOのClient Charter(無欠缺・無異議を前提)は通常出願:8か月でNotice of Registration、Expedited Examination:4か月2週でNotice of Registrationを掲げますが、実務では拒絶対応・異議・補正・延期により延伸する前提で工程管理が必要です。
権利行使は民事(差止・損害・利益返還等)に加え、刑事(偽造等:最大RM100万罰金・5年拘禁)や国境措置(税関差止+MyIPO/税関連携)を制度的に備えます。さらに不使用取消(概ね登録から3年不使用を要件とする取消)を見据え、使用証拠の平時収集・ライセンス記録が「攻め(侵害訴訟)/守り(取消防御)」双方に直結します。
主要根拠法はTrademarks Act 2019(Act 815)で、審査・異議・登録後手続・侵害救済・国境措置・商標代理人制度まで包括します。具体的なフォーム、期限、手数料、送達証明、証拠提出ステップ等の詳細はTrade Marks Regulations 2019(P.U.(A) 373)に落ちます。
直近5年程度の運用面の重要アップデートとして、2022年の規則・別表改正(P.U.(A) 66/67)、2025年の出願料減免(P.U.(A) 315)+登録官Practice Direction、およびMyIPOのTrademark Examination Manual(2026年公開)が実務上の参照点になります。
主管庁はMyIPO(法令上は「Corporation」=Intellectual Property Corporation of Malaysia Act 2002(Act 617)に基づく公社)であり、Trademarks Act 2019は「Court」をHigh Courtと定義し、拒絶・異議等の一定の登録官決定に対する不服申立て(Appeal)経路を明示しています。
登録可能性の入口は「図示可能(graphical representation)かつ識別力(distinguishing)」であり、識別力欠如・記述的・慣用的標章等は原則拒絶されます(ただし使用による識別力獲得で救済され得る)。
MyIPOのフォーム体系(TMA2)上も、通常の語・図形に加え、音・香り・ホログラム・位置・動き(sequence of motion)・色等を「Other types of trademark」として区別しており、非伝統的商標の出願類型が明示されています。
マレーシア国内に居住・営業しない当事者は、手続上、登録商標代理人(registered trademark agent)を選任・授権し、address for serviceとして登録官記録に登載する運用が制度上要求されます(「代理人を置けるか」ではなく「置かないと進めない」類型がある点が重要)。
注意:登録商標代理人の登録要件(市民/居住、破産歴、研修・試験、弁護士資格等のルート)も規則上明文化されているため、代理人選定時は「登録要件充足=MyIPO登録代理人であること」を先に確認してください。
マレーシアはNice分類(45類)を前提に、Specificationは権利範囲そのものとして扱われます。分類誤りは、将来の権利維持・有効性に影響し得るため、明確性(clear indication)と分類可能性が最優先となります。
MyIPOはPre-approved list(Madrid Goods & Services 12th Edition 2023由来/113,471語彙)を提供し、当該用語を採用すれば「分類目的で受理される」ことが明示され、審査短縮・官費低減に直結します。
落とし穴:1類全部のような「広すぎるSpecification」については、登録官が使用(または使用予定)で正当化されない限り拒絶し得る枠組みが示されており、「広ければ強い」は通用しません。
パリ条約型の優先権主張では、少なくとも「最初の出願日・国・出願番号・対象商品役務」を国内出願書面で特定する必要があります。優先期間が「6か月」であることは、国際博覧会における暫定保護規定でも確認できます(暫定保護があっても優先期間は延長されない旨)。
共同出願(共同権利者)については、登録後の法的効果として、共同権利者の一方が単独でライセンス付与や持分譲渡・担保設定をできない等の制約が明文化されているため、共同出願は「登録後の運用設計(契約)」まで一体で考えるべきです。
MyIPOはIP ONLINEを「検索・出願のワンストップ」として提供しており、オンライン出願が実務の基本線です。更新(Renewal)等もオンラインでの手続フロー(ユーザー登録、デジタル証明書、システム上のメニュー操作)が案内されています。紙(マニュアル)提出は、電子出願停止時等の例外を想定し、ページ課金(RM2/頁)が官費表に明記されます。
下表はMyIPOの公式「Forms and Fees」から、実務で頻出の手続を抜粋した官費(Professional feeは別)です。
| 局面 | フォーム | 官費(RM) | 実務コメント |
|---|---|---|---|
| 予備的助言・検索 | TMA1 | 250/類 | 先行調査+登録可能性の当局見立てを早期に得たい場合に有用 |
| 出願(Pre-approved list採用) | TMA2A | 950/類 | 費用・スピード最適。Specification設計が鍵 |
| 出願(Pre-approved不採用) | TMA2B | 1,100/類 | 独自文言が必要な場合。審査で分類照合が増える傾向 |
| シリーズ商標(2件目以降) | TMA2C | 50/件(最大6) | 「出願の束ね方」最適化で費用圧縮余地 |
| 迅速審査(Expedited) | TMA4 | 1,000/類 | 使える案件が限定 |
| 異議申立て | TMD1 | 950/類 | 多区分異議は類ごとに課金 |
| カウンターステートメント | TMD6 | 350/類 | 期限徒過は致命的(みなし取下げ) |
| 更新 | TME1 | 1,000/類 | 更新に使用証明は要求されない設計 |
| 期限後更新 | TME2 | 1,200/類 | 「期限後6か月」枠が明示 |
| 回復 | TME3 | 1,500/類 | 「期限後6か月」枠が明示 |
| 代理人授権(任命・終了) | TMR7 | 20 | 外国依頼者では必須級 |
2025年時限措置:Trademarks (Reduction of Fee) Regulations 2025(P.U.(A) 315/2025)により、一定要件(例:年商RM500,000未満等)を満たす出願人の出願官費がRM300減免(例:RM950→RM650)される時限措置が2025年9/1–12/31の4か月間導入されました。
MyIPOのClient Charterは「無欠缺・無異議」を前提として、通常出願8か月/迅速4か月2週でNotice of Registration発行を掲げます。実務では、ここに(1)拒絶対応(補正・意見・聴聞)(2)公告後の異議(最長で追加2か月+証拠ラウンド)(3)延期(deferment)等が上乗せされます。
| フェーズ | 目安(制度上の核) | 備考 |
|---|---|---|
| 方式+実体審査 | 通常8か月/迅速4か月2週 | いずれも「無欠缺・無異議」の条件付き |
| 公告 | 受理後にIP Official Journalへ公告 | 公告日が異議期間の起算点 |
| 異議期間 | 2か月(延長は最大+2か月) | 延長運用は厳格(無制限延長ではない) |
| 登録・証明書 | 異議なし/異議決着後に登録 | 証明書発行は請求制(官費表に別建て) |
識別力のない標章、記述的標章、慣用標章などは原則拒絶される一方、出願日前の使用による識別力獲得(acquired distinctiveness)があれば救済され得ます。
形状商標については、以下の3つは排除されるため、機能性・意匠性に踏み込んだ立証設計が必要です:
さらに、需要者誤認惹起、法令違反、公序良俗違反、卑わい・攻撃的標章、国家安全保障に不利益な事項、他人の氏名・国旗等を含むもの等も拒絶対象であり、同意書提出(氏名等)などの事前準備が実務遂行を左右します。
先行登録/先行国際登録(保護国際登録を含む)との同一・類似、混同のおそれが基本であり、混同判断が中心ロジックとなります。
周知商標(well-known trademark)は、未登録でも一定範囲で相対拒絶(同一・類似+同一役務等)に影響し、登録済周知商標については非類似商品役務にも拡張が及び得ます(接触関係・混同・利益侵害の要件を伴う)。また、未登録標章(passing off)や著作権・意匠権等の「先行権利」に基づく排除も制度上明示され、相対拒絶は「登録商標同士の話」に閉じません。
先行権利者の同意により登録を許容し得る規定がありつつ、登録官は公衆利益・混同可能性を考慮するため、同意書を出せば自動的に通る制度ではありません(=同意書+併存条件の設計が必要)。誠実同時使用や特別事情により登録を認め得る枠もあるため、実務上は「使用実績・市場共存・取引実態」を足場に、限定(地域・チャネル・Specification縮減)とセットで救済を狙います。
出願が受理(acceptance)されると、登録官は当該出願をIntellectual Property Official Journalに公告します。公告内容にはディスクレーマーや条件等も含まれ得るため、公告前の補正・限定交渉は「後戻りコスト」を左右します。
異議申立ては、公告日から2か月以内に行い、延長は「期限後さらに2か月超」は許容されません(延長余地はあるが上限がある)。
即死級の落とし穴:(1)相手方送達、(2)14日以内の送達宣誓(Affidavit of Service)で、どちらも不備があると「異議がなかったもの」または「異議取下げ」等の致命的効果が生じ得ます。
| 手続 | 期限(基本) | 重要アクション |
|---|---|---|
| 異議申立て(Notice of Opposition) | 公告日から2か月 | 相手方送達+14日以内にAffidavit of Service提出 |
| カウンターステートメント | 通知受領日から2か月 | 同時送達+14日以内のAffidavit |
| 異議側証拠(Statutory Declaration) | カウンター受領日から2か月 | 不提出で異議みなし取下げ |
| 出願側証拠 | 異議側証拠受領日から2か月 | 不提出で出願みなし取下げ |
| 異議側反論証拠(任意) | 出願側証拠受領日から2か月 | replyに限定など射程管理が必要 |
| 書面弁論 | Registrar通知から2か月 | 期限延長は最長6か月枠で申請 |
登録官が拒絶する場合、暫定拒絶(provisional refusal)通知を出し、出願人は書面応答、聴聞申立て、補正、宣誓書による立証等で応答でき、期限延長は最大6か月枠で申請可能です。
実務上有益な制度:暫定拒絶を受けた場合、2か月以内に取下げれば出願官費の還付を受け得るという制度設計があり、勝ち筋が薄い案件の損切り手段になります。
異議や関連訴訟が進行している場合等に、登録官が一定期間(最大6か月等)手続を延期し得る枠があるため、当事者間交渉・訴訟戦略とレジストリ手続を同期させる手段として検討できます。
更新官費はRM1,000/類で、期限後更新・回復(restoration)には別建て官費が設定され、MyIPOは「期限後6か月」枠を明示しています。更新で使用証明提出を要求する制度ではない一方、後述の不使用取消(revocation)制度があるため、更新=安泰ではない(=使用証拠管理が別軸で必要)です。
商標は動産(personal/moveable property)として、譲渡・一部譲渡・担保譲渡・チャージ(charge)の対象となり得ます。
記録(recordation)の重要性:取引が登録官に記録されない場合、善意の第三者に対抗できないだけでなく、譲受人が記録申請前の侵害について損害賠償・利益返還を請求できない等の不利益が規定されています(ライセンス取引は例外規律)。
ライセンスは書面・署名が成立要件であり、登録簿に記録されると(規定された内容について)対抗・推定通知の効果が働きます。また、ライセンシーが自己名義で侵害訴訟を提起し得る設計も置かれているため、実務では「契約条項(訴権・協力義務)+記録」のセットで作り込みます。
不使用を理由とする取消(revocation)は、登録後3年の不使用が主要要件として明文化され、正当理由の抗弁等を含め立証設計が必要となります。
無効(invalidation)・登録簿訂正(rectification)・法院命令に基づく取消等は、官費表上も「Court Order」前提の申請類型として整理されているため、実務上は「MyIPO手続」ではなく「High Court手続」との接続が重要になります。周知商標権者については、周知性・混同等の要件充足により、High Courtに無効宣言を求め得る構造が明示されています。
商標を「registered」等と虚偽表示する行為は犯罪とされ、登録国外の登録を指す場合はそれを立証しない限り「登録表示」該当とみなされ得るため、日英併記やパッケージ運用で事故が起きやすい点に注意が必要です。
Trademarks Act 2019は、侵害訴訟でHigh Courtが差止・損害・利益返還等を命じ得る枠組みを置き、偽造商標が関わる場合には、証拠保全的な差押え等の命令や、追加損害的な救済が予定されます。また、侵害品の表示抹消・破棄、引渡し、廃棄/没収等の処分命令も制度上手当てされており、差止だけでなく市場から物理的に排除する「実効性」を狙えます。
登録商標の偽造(counterfeiting)は最大RM100万罰金・5年拘禁等の重い制裁が置かれ、偽造表示品の輸入・販売・所持等も別罪として構成されます。さらに、無登録者が「登録商標代理人」として業務を行うことも犯罪類型とされ、代理人コンプライアンス(登録性の確認)は依頼者保護上も重要です。
権利者(登録権者または一定のライセンシー)は、侵害品が輸入される見込みを特定して登録官に申請でき、承認は原則60日有効で、登録官は差押えに伴う費用・濫用防止・輸入者保護等の観点からセキュリティ供託を要求します。
差押え後、権利者は一定期間内に侵害訴訟提起が必要で、怠れば解除・補償リスクが生じ得ます。加えて、税関等による職権的な留置(Ex-officio)や、少量・非商業品(de minimis)の適用除外も規定され、越境EC対策では制度設計の理解が不可欠となります。
捜査・取締りの枠組みとしてTrade Descriptions Act 2011に基づくController等の用語が組み込まれ、Assistant Controllerに捜査権限(刑事手続法上の権限を含む)が付与されています。
MyIPOは、マドリッド制度により「1言語・1手続・1手数料体系」で多数国に出願できる旨を案内しており、MyIPOがOffice of Originとして関与するスキームを前提にしています。
マレーシア指定については、規則上、暫定拒絶・異議のタイミング管理に18か月の枠組みが見える(designation/subsequent designationから18か月経過+異議期間満了等を条件に「最終保護」へ進むロジック)。
非類似商品役務への拡張や先行権利抵触の評価は国内出願と同等に問題になるため、「指定商品役務の設計」「先行調査」「同意・併存条件」を国内実務と同程度に作り込む必要があります。
| 事件 | 要点(判旨の骨格) | 実務的示唆 |
|---|---|---|
| Ortus Expert White Sdn Bhd v Nor Yanni Adom & Anor(Federal Court, 2022) | 侵害判断における混同(likelihood of confusion)の評価では、商標を全体として観察し、ディスクレーマー等の扱いも含め「需要者の認識」を基軸に判断枠組みを整理 | ①ディスクレーマー付き登録でも「紛争では見ない」は危険。②出願段階のdisclaimer/限定は、後の侵害・無効の攻防にも影響。③混同立証は「需要者層・取引実情」まで落とす |
| Malaysia Airlines / Firefly商標をめぐるアプリ上表示(High Court, 2024) | プラットフォーム(アプリ)上で第三者商標が表示される態様でも、Trademarks Act 2019の「use」要件(侵害成立要素)との関係が争点 | ①EC/アプリ事業者は「掲載は第三者責任」と割り切れない。②権利者側は、表示が「course of trade」かの立証(収益構造・UI・取引導線)が鍵。③契約(出店規約)・Notice & takedown設計も紛争予防に直結 |
| McDonald v McCurry(Federal Court, 2009) | 連邦裁判所が、McCurryの「Mc」使用がMcDonaldのトレードネーム/装飾(get-up)を詐称するpassing offに当たらないとし、控訴裁判所判断を支持 | ①著名ブランドでも「独占領域」は自動的に認められない。②混同は、名称類似だけでなく外観・役務内容・顧客層等の総合評価。③周知主張は、証拠(市場浸透・広告・売上)と結び付けて構造化する必要 |
| チェック項目 | 要否 | 実務メモ(落とし穴) |
|---|---|---|
| 出願人名義・住所(法人番号等) | 必須 | 海外出願人はaddress for service設定が前提になり得る |
| 代理人授権(TMR7等) | 典型的に必須(海外案件) | 任命・終了もフォーム化。費用は小さくても欠缺は致命的 |
| 商標見本(図示可能な表現) | 必須 | 出願時に「明確な性質表示」「図示」「色の限定」等が要求される |
| 指定商品・役務(類・Specification) | 必須 | Pre-approved list採用で官費減+審査短縮。広すぎる指定は拒絶リスク |
| 優先権情報(該当する場合) | 任意(戦略) | 出願日・国・番号・対象商品役務を特定。展示会暫定保護でも優先期間は6か月 |
| 先行調査(PSA/検索) | 任意(推奨) | 争点は「先行登録」だけでなくpassing off等にも及ぶ |
| 迅速審査の適否 | 任意 | 対象外の類型(例:collective/certification、特定の非伝統的商標)あり |
| 使用開始予定・使用態様 | 推奨(将来防衛) | 更新で使用証明は不要でも、不使用取消(3年)防衛のため証拠化を準備 |
マレーシア商標実務では、Pre-approved listを活用した指定商品役務設計と形式要件(送達宣誓・法定宣誓)の徹底管理が、費用・スピード・勝敗を分けます。国境措置や刑事救済まで含めた重層的な権利行使手段、3年不使用取消を見据えた使用証拠管理、そしてマドリッド制度の18か月枠組みまで、日本企業が「攻め」と「守り」の両面で押さえておくべき論点は多岐にわたります。
EVORIX国際特許事務所は、マレーシアを含む東南アジア各国の商標出願・権利行使を幅広くサポートしています。Pre-approved listを活用した出願設計から、異議・拒絶対応、侵害対応まで、現地代理人と連携した実務経験豊富な弁理士がご対応します。
※本記事は2026年4月時点のTrademarks Act 2019、Trade Marks Regulations 2019、MyIPOの公開資料に基づき一般的な情報提供を目的として作成されています。個別案件の具体的判断には、現地代理人を含む専門家へのご相談を推奨します。