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日本国内における直近5年間のAR/VR関連特許事例

作成者: 弁理士 杉浦健文|2025/06/20

AR/VR関連特許事例一覧(2020年以降)

過去5年(2020年以降)に日本国内で出願または登録された、様々な分野のAR(拡張現実)・VR(仮想現実)技術に関する特許事例を以下の表にまとめました。企業や大学など出願人の種類も多岐にわたり、医療・製造・教育・ゲームなど幅広い分野でAR/VR技術の開発が進んでいることがわかります。

出願人(企業・大学名等) 公開/登録番号 発明の名称 要約(AR・VRの特徴) 技術的特徴・具体的効果
株式会社シーエスレポーターズ株式会社XR iPLAB 特開2020-149399(公開) 仮想現実空間の提供方法 複数ユーザが参加するVR空間で、各ユーザの音声データに基づきキャラクタのリップシンク(口パク)を自動同期する手法。 サーバがユーザ端末から音声を受信し、音声解析でパラメータを抽出してキャラクタの声と映像を生成。簡易な方法でVRアバターの口の動きを実際の音声に合わせることを可能にし、現実感と没入感を向上。
株式会社野村総合研究所 (NRI) 特開2023-74321(公開) 商品位置把握システム 店舗の陳列棚をスマートフォンのカメラで撮影し、棚板両端のARマーカーを基準に各商品の値札位置を検出。 棚板端の1次元/2次元コード(ARマーカー)から棚情報を取得し、値札に対応する商品情報と陳列位置を記録。一般的なスマホカメラで陳列棚を分割撮影するだけで商品陳列位置を把握可能にし、小売店舗の在庫管理や需要予測精度の向上に寄与。
住友金属鉱山株式会社 特開2024-172349(公開) ニオブ酸リチウム単結晶、…及びARグラス ARグラスの導波路材料に適した高品質なニオブ酸リチウム単結晶を提供。可視光での光吸収を極小化することで、AR表示の明るさ・鮮明さを向上。 単結晶内の白金不純物濃度を1.0ppm以下に抑える成長方法を開発。白金由来の光吸収を低減し、高屈折率かつ低損失の結晶を実現。AR用光学導波路の透明度向上に貢献し、鮮明なホログラム表示が可能。
株式会社ビーブリッジ 特許第6828934号(登録) ナビゲーション装置、…方法 スマホのカメラ映像上に進行方向やルート情報を重ね表示するARナビゲーション技術。GoogleマップのAR表示のように直感的な道案内を提供。 GPSデータに独自の補正技術を組み合わせ、歩道や細い路地を正確に認識することで、夜間や屋内(電波不通環境)でも案内可能なシステムを実現。複雑な交差点でも迷わず目的地に辿り着け、ナビ精度と利便性が向上。
TDK株式会社 特開2024-94883(公開) 網膜投影装置及びニアアイウェアラブル装置 メガネ型のニアアイ(近眼)ウェアラブルARデバイスにおいて、レーザー走査によりユーザ網膜に直接映像を投影する「網膜投影型」HMD。 レンズ内面に分割配置した多数の微小反射体でレーザー光を反射し網膜に像を描画。反射体領域を細分化・最適配置することでレンズ上の専有面積を縮小し、透視型メガネの視界確保と高解像度表示を両立。従来より薄型軽量なARグラス設計が可能。
キヤノン株式会社 特開2021-118415(公開) ヘッドマウントディスプレイの制御装置 他 ヘッドマウントディスプレイ(HMD)装着時に生じる隙間光漏れを抑える技術。屋外など明るい環境でも仮想映像を鮮明に見せ、没入感を損なわない。 HMD本体に着脱可能な遮光部材を備え、周囲光量に応じてユーザの顔とHMD間の隙間を塞ぐ制御を提案。明るい場所では外光をシャットアウトし、暗所では閉塞感を軽減する。環境光を自動調整しVR映像の視認性と没入感を向上。
順天堂大学(共同出願:パルス株式会社) 特許7219895(登録)

医療用VRシステム「うららかVR」 慢性疼痛や入院不安を和らげる医療用VR療法システム。患者がVR映像に没入することで痛みや不安への意識をそらし、薬に頼らない疼痛緩和を目指す。 モバイル一体型VRヘッドセットにより、ベッド上でも楽な姿勢で利用可能。患者ごとにVR使用状況や痛みスコアを記録・医療者がリアルタイムでモニタリング可能。神経障害性疼痛や術前不安の軽減など、新しいデジタル鎮痛手法として期待。
株式会社UNIVRS 特許7441442(登録)

VR酔いを防止する移動技術 VRコンテンツ利用時の「VR酔い」(3D酔い)を大幅に軽減する移動インタフェース。身体の実際の動きに合わせてVR内の視点移動を行わせる独自技術。 ユーザの頭部や手足の動きをVR空間内の移動・視点操作にリンクさせるアルゴリズムを開発。HMDやコントローラのセンサー値から姿勢・移動をリアルタイム反映。激しい映像でも酔いにくくなり、乗り物酔い様の不調を防止。VRゲームや訓練シミュレータの表現自由度向上に寄与。
宮崎大学(川末紀功仁教授チーム) 特許7210862(登録) 「豚の体重が見える眼鏡」 養豚向けのスマートグラス型ARシステムで、豚を眺めるだけで体重を即時推定。重労働だった家畜の体重測定を非接触・高速化するソリューション。 頭部装着式のスマートグラスと3Dカメラで構成。カメラで捉えた豚の体型データをAI解析し、推定体重をグラスのディスプレイに豚の映像と重ね表示。誤差は数%以内と高精度。出荷適齢(115kg)か否かを瞬時判別でき、従来の秤量作業の負担を劇的に削減。

※「公開」は特許公開公報、「特許」は特許登録公報を示します。

注目すべきAR/VR特許事例5選

上記一覧の中から、特に注目度の高い代表的な事例を5つ選び、それぞれの技術的な特徴や効果について詳しく解説します。

1. 慢性疼痛を和らげる医療用VRシステム(順天堂大学・パルス株式会社)

【事例概要】順天堂大学医学部とスタートアップ企業パルス(Ignis社の子会社)は、VR技術を医療に応用した画期的なリハビリ・疼痛緩和システム「うららかVR」を共同開発し、2019年に特許出願しました。このシステムは、入院患者がVR映像に没入することで痛みや不安への意識を逸らし、慢性の神経痛や術前の不安・ストレスを軽減することを目的としています。

【技術特徴】一体型のモバイルVRヘッドセットを採用しており、患者は病室のベッド上で仰向けのまま装着・利用可能です。これによりリラックスした姿勢で治療を受けられるため、高齢者や術後の患者でも負担が少なく利用できます。また医療者向けの管理機能も備わっており、患者ごとのVRセッション時間や痛みスコア(VAS値など)がリアルタイムに記録・共有されます。このデータに基づき医師が効果を評価し治療方針に活かすことができます。

【具体的効果】VR映像の没入体験によって、患者の脳内で痛みや不安に対する集中・執着が和らぐことが期待されています。実際、ゲームによる報酬体験で脳内ドーパミンが分泌されると痛みや恐怖を抑える作用があることが報告されており、「うららかVR」はこうした原理を利用した副作用のないデジタル鎮痛手段として注目されています。鎮痛剤に頼らない慢性疼痛緩和の世界初の事例として、今後の医療VRの発展に寄与することが期待されます。

2. VR酔いを極限まで軽減する移動技術(株式会社UNIVRS)

【事例概要】VRゲーム等で問題となる「VR酔い」(3D酔い)を解決するため、スタートアップのUNIVRS社は身体動作とVR内移動を連動させる独自の移動インタフェース技術を開発し、2019年に特許出願中です。この技術は、VRコンテンツ中で激しい映像表現を使ってもユーザが乗り物酔いのような不快感を感じにくくするもので、同社はこのアイデアで約1億円の資金調達も成功させています。

【技術特徴】通常、VR酔いは視覚情報と三半規管(体のバランス感覚)のズレから生じます。本技術では、VR内の視点移動やキャラクター挙動をユーザの実際の身体動作にできる限り一致させることにより、このズレを低減しています。例えば、コントローラやHMDのモーションセンサーでプレイヤーの頭や手の動きを検知し、その方向に合わせてゲーム内の視界が動くようにします。また歩行や旋回動作も、対応する入力デバイスがない場合でも独自アルゴリズムでプレイヤーの意図する移動を推定し反映します。

【具体的効果】この仕組みにより映像と体感の不一致が緩和され、VR酔いの原因である違和感を大幅に低減できます。従来はVR酔いを防ぐためにゲーム中の移動速度や演出を制限する必要がありましたが、本技術の適用でそうした制約が減り、より自由でダイナミックなVR体験が可能になります。実際にUNIVRS社はこの技術を活かし、有名作品のVRゲーム化(「進撃の巨人VR」など)に取り組んでおり、商業VRコンテンツの幅を広げる基盤技術として期待されています。

3. スマホカメラで道案内するARナビゲーション(株式会社ビーブリッジ)

【事例概要】地図アプリにおける次世代の道案内として注目されるARナビゲーション分野でも、日本企業による特許取得例があります。ビーブリッジ社はスマートフォンの実景カメラ映像に進行方向の矢印や経路を重畳表示するナビゲーション技術を開発し、2021年に特許を取得しました(特許第6828934号)。GoogleマップのARナビ機能(Live View)が話題となりましたが、ビーブリッジ社の技術は独自機能で精度向上を実現しています。

【技術特徴】このARナビでは、スマホのGPSや電子コンパスによる現在位置・方位情報に加え、同社独自の位置補正アルゴリズムが組み込まれています。具体的には地図データとセンサー情報を融合してユーザの「いるべき歩行エリア」を高精度に推定し、表示すべき矢印の方向や位置を補正します。その結果、ビル街でGPSがずれても経路から外れにくく、また地下街や屋内駐車場など一時的にGPSが途切れる環境でも、起動時の位置と方位からオフラインでナビを継続できる点が特徴です。

【具体的効果】画面上に現実の風景と連動したルート案内が表示されるため、「地図を見ても目的地が見つからない」「出口を出てどちらに進むかわからない」といった従来の課題を直感的に解決できます。特にビーブリッジ社の技術では夜間や狭い路地の案内精度も向上しており、実用上の痒い所に手が届く改善となっています。今後はキャラクターによる案内表示や公共交通との連携(MaaS)なども予定されており、歩行者ナビのユーザ体験を大きく革新する特許技術と言えます。

4. 豚の体重を瞬時に“見える化”するARメガネ(宮崎大学)

【事例概要】農業分野でもAR技術の応用が進んでいます。宮崎大学工学部・川末紀功仁教授の研究チームは、豚の体重をカメラで計測してARグラスに表示するシステム「豚の体重が見える眼鏡」を開発し、2021年に国際特許を出願中です。従来、養豚農家は出荷適齢を判断するため数百頭の豚を一頭ずつ体重計に載せて計測しており、重労働かつ豚にストレスを与える作業でした。本技術はその作業を非接触・一瞬で行えるようにするものです。

【技術特徴】システムは深度センサー付き3Dカメラとスマートグラスで構成されます。作業者がARグラスをかけて豚を見ると、カメラが捉えた豚の体型データがリアルタイムにコンピュータへ送信されます。AI(ディープラーニング)による推定アルゴリズムがその体型から枝肉重量(体重)を算出し、結果をグラスのディスプレイに重畳表示します。例えば「〇〇番の豚:推定115kg」のように、豚の姿に重ねて数字が浮かび上がるイメージです。

【具体的効果】計測誤差は数%以内と高精度で、115kgという理想的な出荷体重に達した豚かどうかを一目で判断可能です。その結果、肥育のムダを省き適正な出荷時期を逃さなくなります。また人手作業では困難だった群飼育中の個体管理も容易になります。何より、大型の豚を捕まえて体重計に乗せる重労働が不要になるため、作業者の肉体的負担を大幅に削減できます。将来的には豚舎に固定カメラを設置し自動判定・自動選別する仕組みへの応用も検討されており、畜産IoT/AIの先進的事例として国内外から注目されています。

5. 網膜投影による次世代ARグラス表示技術(TDK株式会社)

【事例概要】電子部品大手のTDKによる網膜投影型ARグラスの特許公開(特開2024-94883)も見逃せません。これは、メガネ型のウェアラブルデバイスにレーザー走査投影装置を組み込み、ユーザの網膜上に直接映像を描画するという先進的なAR表示技術です。近年話題のApple社「Vision Pro」なども含め、透過型ARグラスの表示方式は大きく透過液晶/有機EL型とプロジェクタ型に分かれますが、本特許は後者の超小型プロジェクタを用いた網膜直接投影のアプローチを取っています。

【技術特徴】デバイス内には半導体レーザー光源と微小なMEMSミラー(可動ミラー)を内蔵し、このミラーでレーザー光を高速走査して映像をスキャン描画します。最大の特徴はメガネレンズの内面全体をスクリーンとして利用する点です。レンズの内側表面に極小サイズの反射体を多数敷き詰めた構造となっており、それぞれの単位反射体が担当する画素領域にレーザー光が当たると網膜方向に反射します。単位反射体の配置パターンとレーザー走査制御を工夫することで、肉眼で見てもレンズ上の反射体がほとんど目立たないようにしつつ、網膜上には高解像度の仮想像を形成できるようにしています。

【具体的効果】この技術により、メガネ型デバイスでも広い視野角と鮮明な映像を両立したAR表示が可能になります。従来の透過型HMDは表示部やミラーが視界を一部遮る欠点がありましたが、本方式では反射体が微小なため視界への妨げが最小化されます。また網膜に直接投影するため目の屈折調整に関係なく常にピントの合った像が得られる利点もあります。結果として、現実世界の風景に重畳したAR情報が違和感なくクッキリ見える次世代のスマートグラス実現に寄与します。産業用途からエンタメまで幅広い応用が期待され、ARグラスの表示品質を飛躍的に高める基盤技術と言えるでしょう。

以上のように、直近5年間で出願・登録された日本国内のAR/VR関連特許には、ゲーム、医療、産業、農業まで多彩な分野の技術が含まれています。大手企業のみならずスタートアップや大学研究チームからも先進的なアイデアが特許として公開されており、AR/VR分野が横断的に発展している状況が伺えます。特に近年はスマートグラスやARクラウド、メタバースといったキーワードとともに研究開発が加速しており、それが特許出願にも反映されています。今後も公開特許情報にアンテナを張っておくことで、次世代のAR/VRソリューションの方向性をいち早く読み取ることができるでしょう。

参考文献・情報源: 特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)、各社プレスリリース、特許公報(特開・特許)データ等.