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【弁理士解説】広告効果測定ツールの特許を読む|イルグルム特許7627002とAPI連携の権利化・公開前登録

作成者: 弁理士 杉浦健文|2026/07/30

「マーケティング施策の実施条件を示す実施条件情報を取得する」——これは、ある日本の特許の請求項1の冒頭です。マーケターの業務そのものを表す言葉が、特許請求の範囲に正面から書かれています。

特許第7627002号、権利者は広告効果測定ツール「アドエビス」で知られる株式会社イルグルムです。本記事では、この特許を特許庁の公報(J-PlatPat)で確認し、請求項の原文を引用して構成要件に分解します。さらに、出願から10日で審査請求し、公開公報が出る前に登録まで到達したという異例の経過も追います。効果測定・分析ツールを開発している企業には、権利化の設計図として読んでいただける内容です。

💡 シリーズ記事:本記事はマーケティング×特許シリーズの個別解説編です。分野全体の登録例はマーケティングは特許になる?登録特許15件の検証をご覧ください。

目次

  1. 結論|この特許から読み取れる3つのこと
  2. 書誌事項|出願10日後に審査請求
  3. 解決しようとした課題
  4. 請求項1の原文と構成要件の分説
  5. 核心|「API連携」という構造を権利にした
  6. 従属項の設計|統合・可視化・予測へ広げる
  7. 公開前登録(B1)という選択|競合には見えない
  8. 権利範囲の勘所|どこを外せば非充足か
  9. 実務への示唆|分析ツールを権利化する4つのヒント
  10. よくある質問(FAQ)

結論|この特許から読み取れる3つのこと

● 「マーケティング施策」が請求項に入っている:業務の言葉のまま権利化されており、技術用語に翻訳する必要はないことを示しています。
● 守っているのは「ツール間の連携構造」:自社ツールの機能ではなく、施策条件と外部ツールがAPIで計測した成果を、評価指標で紐づけて蓄積するという関係の作り方が構成要件です。
● 出願10日で審査請求、公開前に登録:2024年3月4日出願 → 3月14日に審査請求 → 2025年1月28日登録。公報種別はB1(公開公報の発行前に登録)で、競合が公開公報を監視していても察知できない形になっています。

書誌事項|出願10日後に審査請求

特許番号特許第7627002号(公報種別 B1
発明の名称情報処理装置、情報処理方法、及び情報処理プログラム
特許権者株式会社イルグルム
発明者岩田 進/吉本 啓顕/加藤 千佳/石原 裕己/笹井 俊宏/藤川 鴻太郎/柳本 順子(7名)
出願番号/出願日特願2024-32579 / 2024年3月4日
審査請求日2024年3月14日(出願から10日後)
登録日/発行日2025年1月28日 / 2025年2月5日(出願から約11か月)
請求項数/全頁数12項 / 44頁
国際特許分類G06Q 30/02(広告・マーケティング)
代理人/審査官弁理士法人白坂 / 審査官 佐藤 敬介

まず注目すべきは審査請求の速さです。日本では出願から3年以内に審査請求すればよいのですが、この案件は10日後に請求しています。「とりあえず出願して様子を見る」ではなく、最初から早期の権利化を狙った設計であることが読み取れます。

発明者が7名という点も特徴的です。個人の思いつきではなく、プロダクトチーム全体で設計した仕組みを出願したものと考えられます。

解決しようとした課題

特許第7627002号 【要約】(原文引用)

【課題】マーケティング施策の効率的な実施に対する支援を可能とする情報処理装置、情報処理方法、及び情報処理プログラムを提供する。
【解決手段】情報処理装置は、過去に行ったマーケティング施策の実施条件を示す実施条件情報を取得する実施条件情報取得部と、マーケティング施策の実施により得た成果を計測する外部ツールとAPIを介して連携し、外部ツールが計測した成果を成果情報として取得する成果情報取得部と、成果情報を表す数値の評価指標を受け付ける評価指標受付部と、成果情報を、評価指標と対応つけるとともに、実施条件情報と対応付けてマーケティング施策の実績情報として記憶する記憶制御部と、を備える。

明細書は「インターネットを利用したマーケティング施策が増えている」という背景から始まります。課題は施策の実施と成果が別々に管理され、次の施策に活かせていないという、現場の誰もが心当たりのある状況です。

この課題設定が、そのまま請求項の構造につながっています。「施策の条件」と「その成果」をどう結びつけて残すか——それがこの発明の主題です。

請求項1の原文と構成要件の分説

特許第7627002号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用)

過去に行ったマーケティング施策の実施条件を示す実施条件情報を取得する実施条件情報取得部と、前記マーケティング施策の実施により得た成果を計測する外部ツールとAPIを介して連携し、前記外部ツールが計測した前記成果を成果情報として取得する成果情報取得部と、前記成果情報を表す数値の評価指標を受け付ける評価指標受付部と、前記成果情報を、前記評価指標と対応つけるとともに、前記実施条件情報と対応付けて前記マーケティング施策の実績情報として記憶する記憶制御部と、を備えることを特徴とする情報処理装置。

4つの「部」に分解できます。

要件 構成 意味
A実施条件情報取得部過去に行ったマーケティング施策の実施条件を取得する
B成果情報取得部成果を計測する外部ツールとAPIを介して連携し、その計測結果を取得する
C評価指標受付部成果情報を表す数値の評価指標を受け付ける(=人が指標を指定する)
D記憶制御部成果情報を、評価指標実施条件情報の両方に対応付けて実績情報として記憶する

実務Tips(構成要件の読み方):特許権の効力はA〜Dのすべてを満たす実施にのみ及ぶのが原則です(オールエレメントルール)。逆に、1つでも欠けていれば原則として侵害にはなりません。他社特許を検討するときは「似ているか」ではなく「全部そろっているか」で見てください。

核心|「API連携」という構造を権利にした

この請求項でもっとも重要なのは要件Bです。成果を計測するのは自社ツールではなく「外部ツール」とされており、そことAPIを介して連携することが構成要件になっています。

これは実務的に大きな意味を持ちます。マーケティングの現場では、広告の配信は広告プラットフォーム、サイト内の行動は解析ツール、受注はCRM——と成果データが複数のツールに散らばっているのが普通です。この特許は、「自社で全部測る」のではなく「散らばった成果を外から集めて、施策条件と紐づける」という位置取りを選び、その構造を権利にしています。

弁理士の視点:SaaSの特許を検討する際、多くの企業は「自社プロダクトの中の処理」を出願対象と考えます。しかしこの特許が示すように、他システムとの接続の仕方そのものが発明になり得ます。API連携、データの受け渡し、他ツールとの役割分担——これらは「単なる連携でしょう」と見過ごされがちですが、連携の目的と紐づけ方に工夫があれば請求項に書けます。

もう一つ見逃せないのが要件Cです。評価指標は「受け付ける」——つまり自動判定ではなく、ユーザーが指定する設計です。何を成果とみなすかは事業によって違うため、そこを固定しないという判断が構成要件に反映されています。

従属項の設計|統合・可視化・予測へ広げる

全12項の従属項を追うと、請求項1の骨格から3つの方向に展開されているのが分かります。

方向①:複数ツールの統合(請求項2・3)

請求項3では、成果を複数の外部ツールで計測する場合に、それぞれとAPI連携して取得した複数の成果情報を統合して評価指標と対応付ける構成を押さえています。請求項2は、成果情報が複数ある場合にそれぞれ別の評価指標を割り当てる構成です。「ツールが増えても対応できる」ことを権利範囲に取り込んでいます。

方向②:可視化(請求項5)

請求項5はユニークです。成果の経時変化グラフを生成し、その期間に発生した出来事のメモ書きを受け付けて、グラフ上の該当時期に表示し、さらに施策の実施期間に対応する位置に施策名を表示する——という構成です。

「数値が動いた理由を後から思い出せない」という現場の困りごとに対する解決策で、UIの挙動が構成要件になっている例といえます。

方向③:予測(請求項6・8・9・10)

ここが最も戦略的です。請求項6では、蓄積した複数の実績情報から導出した予測モデルを取得し、まだ実施していない施策の条件を入力して成果を予測する構成が加わります。

請求項 追加される限定
6実績情報から導出した予測モデルで、未実施施策の成果を予測
8その予測モデルは機械学習による学習モデル
9あるいは重回帰分析により導出された方程式モデル
10同じ枠組みを「改善施策」にも適用(改善条件→改善成果の予測)

請求項8と9の並べ方が実務的です。機械学習モデルと重回帰分析の方程式モデルを、別々の従属項として用意しています。「AIを使っていないから請求項8には当たらない」と言われても、請求項9で捕捉できる設計です。

実務Tips(実装の選択肢を並べる):同じ目的を達する手段が複数あるなら、それぞれを別の従属項として書いておくのが有効です。競合が「うちは機械学習ではなく統計処理だ」と主張しても、もう一方の請求項で対応できます。逆に他社特許を検討する際は、従属項まで読んで「別の実装も押さえられていないか」を確認してください。

公開前登録(B1)という選択|競合には見えない

この特許の公報種別は「B1」です。実務的にはこれが最も重要な特徴かもしれません。

種別 意味
B1公開公報が発行される前に登録された特許(審査が18か月より速く進んだ場合に生じる)
B2公開公報の発行後に登録された特許(通常のパターン)

日本では、特許出願は原則として出願から1年6か月後に公開されます。ところがこの案件は出願10日後に審査請求し、約11か月で登録まで到達しました。公開のタイミングより登録が先に来たため、公開公報を経ずに登録公報が発行されたのです。

競合他社の立場から見ると、これは次を意味します。

公開公報の監視だけでは、この権利は捕捉できません。出願の存在を知る手段がないまま、ある日突然、登録済みの権利として現れます。当事務所がマーケティング関連の登録特許15件を検証した際、4件がこのB1でした。競合ウォッチは登録公報まで含めて設計する必要があります。

なお、同じ構図は米国でも起きています。Notionは米国で公開前登録を多用しており、その戦略をNotionの特許戦略の分析記事で扱っています。SaaS領域では日米ともに「速く、静かに取る」動きが進んでいると見るべきでしょう。

弁理士の視点:ただし、公開前登録はいいこと尽くしではありません。日本の補償金請求権(出願公開後の実施に対する請求)は公開を前提とするため、公開されないまま登録に至ると、その基礎を持たないことになります。「速さと静けさ」を取るか「公開による牽制と補償金の基礎」を取るかは、事業判断です。

権利範囲の勘所|どこを外せば非充足か

効果測定・分析ツールを提供している企業が「自社が触れていないか」を検討するなら、着目点は次の3つです。

限定 実務上の意味
外部ツールとAPI連携して成果を取得すること自社ツール内で計測している場合、この要件から外れる可能性があります。CSVインポートなどAPI以外の方法で取り込む実装も同様に検討の余地があります
評価指標を「受け付ける」こと評価指標をシステムが自動決定している実装は、「受け付ける」構成と一致しない可能性があります
実施条件と成果を紐づけて「実績情報」として記憶すること成果だけを記録し、施策の実施条件と対応付けていない実装は、この要件を満たさない可能性があります

注意:上記はあくまで請求項1の文言に基づく一般的な検討です。実際の侵害判断では、明細書の記載による用語の解釈、出願経過における主張(包袋禁反言)、均等論の適用可否、そして従属項を含む全12項との関係まで含めて総合的に判断されます。本記事の記載をもって非侵害の判断をすることはできません。個別の判断は弁理士にご相談ください。

実務への示唆|分析ツールを権利化する4つのヒント

① 「業務の言葉」で書いてよい

請求項1に「マーケティング施策」が入っています。技術用語に置き換える必要はなく、業務の言葉で書き、その処理を具体化するのが実務的です。同じ現象は楽天の特許(ROI・CVRが請求項に明記)やビジネスインテリジェンス社の特許(受注確度)にも見られます。

② 「連携の仕方」も発明になる

自社プロダクトの内側だけが出願対象ではありません。他ツールとのAPI連携、データの紐づけ方、役割分担——ここに工夫があれば請求項に書けます。自社機能の棚卸しはSaaSプロダクトの機能マップが参考になります。

③ 実装の選択肢を従属項に並べる

請求項8(機械学習)と請求項9(重回帰分析)のように、同じ目的の別実装をそれぞれ従属項にする。これは権利範囲の抜け穴を塞ぐと同時に、審査で先行技術を引かれたときの取り込み材料にもなります。

④ 速さは設計できる

出願10日後の審査請求は偶然ではありません。出願の段階から「いつまでに権利化したいか」を決めておくと、審査請求のタイミングや早期審査の利用を含めて設計できます(→出願の流れ完全ガイド)。

よくある質問(FAQ)

Q. 自社の効果測定ツールもAPI連携で成果を取得しています。この特許に触れますか?

A. API連携をしているだけでは触れません。請求項1の要件A〜Dをすべて満たす場合に限って問題になります。特に「評価指標を受け付ける(ユーザーが指定する)」「実施条件情報と対応付けて実績情報として記憶する」という要件がそろっているかが分かれ目です。1つでも欠ければ原則として非充足です。実装との対比は弁理士にご相談ください。

Q. 「B1」の特許とは何ですか?普通の特許と効力が違うのですか?

A. 登録後の権利としての効力は同じです。違うのは登録前の扱いで、B1は公開公報が発行される前に登録に至ったものを指します。審査が出願公開(1年6か月)より速く進んだ場合に生じます。第三者からは事前に察知しにくく、また出願人側は公開を前提とする補償金請求権の基礎を持たないという差があります。

Q. 出願から10日で審査請求するメリットは何ですか?

A. 審査の順番待ちが早く始まるため、権利化までの期間を短縮できます。プロダクトの陳腐化が速い分野では、権利が早く成立すること自体に価値があります。また本件のように公開より先に登録されれば、出願内容が競合に知られないまま権利を得られます。一方で審査請求料を早期に負担することになり、事業の見通しが変わっても取り消せない点は考慮が必要です。

Q. ダッシュボードのUIも特許になるのですか?

A. なり得ます。本件の請求項5は、成果の経時変化グラフに出来事のメモ書きと施策名を該当時期に表示する構成を含んでいます。UIの挙動が課題解決に寄与していれば、構成要件として書けます。なお画面の見た目そのものは意匠登録の対象にもなり、特許と意匠を組み合わせる設計も有効です。

Q. 競合が公開前登録を使っていたら、どう対策すればよいですか?

A. 公開公報の監視だけでは捕捉できないため、登録公報も定期的に確認する設計にしてください。具体的には、競合企業名を出願人・特許権者として登録公報を検索する運用を加えます。あわせて自社の重要機能については、先に出願して日付を確保しておくことが有効な備えになります。

まとめ

特許第7627002号が押さえているのは、「施策の条件」と「外部ツールがAPIで測った成果」を、ユーザーが指定した評価指標で紐づけて実績として蓄積するという構造です。自社ツールの内側の機能ではなく、ツール間の関係の作り方が権利になっている点が最大の特徴です。

そして経過を見れば、出願10日後に審査請求し、公開される前に登録まで走り抜けている——マーケティングツールの権利化が、速度と静けさの両方を狙う段階に入っていることを示す一件です。効果測定・分析の領域でプロダクトを持つ企業は、攻め(自社の連携構造の権利化)と守り(登録公報のウォッチ)の両方を見直すタイミングかもしれません。

知的財産事務所エボリクスへのご相談

エボリクス(evorix.jp)では、効果測定・分析ツール・MA分野の特許出願、API連携やデータ紐づけを含む請求項の設計、競合特許のクリアランス調査を承っております。「早期に権利化したい」「登録公報のウォッチ体制を作りたい」といったご相談にも対応いたします。まずはお問い合わせフォームより、ご相談の流れとあわせてお気軽にどうぞ。

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本記事の注意事項:本記事は2026年7月時点の公開特許情報(特許庁J-PlatPat)に基づく一般的な解説です。引用した請求項・要約は公報の記載に基づきますが、権利範囲は最終的に公報の正本と出願経過により定まります。本記事の分説・解説は理解を助けるための整理であり、権利範囲を画定するものではありません。特許と特定のサービス・製品との対応付けは、公報に製品名の記載がないため推測を含みます。侵害の成否、特許の有効性について本記事は何ら断定するものではなく、個別事案の結論を保証するものでもありません。事業判断にあたっては専門家の個別検討をご利用ください。

出典

AUTHOR / 執筆者

杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)

知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士

特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。