当ブログではこれまで、スプラトゥーン特許シリーズ(全5回)とパルワールド特許訴訟の解説を通じて、任天堂のゲーム特許を請求項レベルで読み解いてきました。その全体を貫くキーワードが「分割出願」です。本記事はシリーズの総集編として、ゲーム会社の実例から「分割出願戦略とは何か・なぜ効くのか・自社でどう活かすか」を体系的に整理します。ゲーム業界に限らず、ソフトウェア・メーカー・スタートアップの知財担当者の方に向けた実務記事です。
目次
分割出願(特許法44条)とは、係属中の特許出願の一部を切り出して、新たな出願とする手続きです。戦略を理解するうえで押さえるべきルールは3つです。
| ルール | 内容 |
|---|---|
| ① 遡及効 | 適法な分割出願は原出願の時にしたものとみなされ、新規性・進歩性の判断基準日も原出願日に遡ります。分割の分割(再分割)でも、最初の原出願日まで遡ります。 |
| ② 開示範囲の制約 | 分割で立てられる請求項は、原出願の当初明細書等に開示された範囲内に限られます(新規事項の追加は不可)。後から自由に発明を「足す」ことはできません。 |
| ③ 時期の制約 | 分割ができるのは、補正可能な期間、特許査定謄本送達後30日以内、最初の拒絶査定謄本送達後3か月以内などの法定のタイミングに限られます。出願を係属させ続けることが、分割の機会を保つ前提になります。 |
この3つを組み合わせると、分割出願の本質が見えてきます。すなわち、「出願日という強い基準日を維持したまま、後から観点を変えた請求項を立てられる仕組み」です。ただしその自由度は、①いつまで出願系列を係属させているか、②原出願の明細書にどれだけ厚く開示を書き込んであるか、で決まります。
『スプラトゥーン』のナワバリバトルを守る特許群は、2014年5月14日の一つの原出願から、親・子・孫の三代にわたって枝分かれしています(各特許の書誌はGoogle Patents原文で確認済み。詳細は各回の記事をご参照ください)。
特願2014-100714(原出願日 2014-05-14)
= 特許第5980266号(親・基幹)
└─ 分割(2016-07-25) 特願2016-145245
= 特許第6283072号(子)
├─ 再分割(2018-01-25)= 特許第6543361号(孫・兄)
└─ 再分割(2018-01-25)= 特許第6561155号(孫・弟)
注目すべきは、4件が単なるバリエーションではなく、一つのゲーム体験を異なる「層」で輪切りにしていることです。
| 特許 | 層 | クレームの軸足 |
|---|---|---|
| 5980266(親) | ゲームルール層 | 塗り+描画状態に基づく対戦判定+自色領域での挙動差 |
| 6283072(子) | 操作系の層 | 移動と描画の「別入力」+攻撃+塗り面積による勝敗判定 |
| 6543361(孫) | 挙動制御の層 | 自色領域か否かでの挙動差のみ(対戦判定を要件から除外) |
| 6561155(孫) | 通信の層 | 描画イベントデータの生成・送受信・再現(オンライン同期) |
ここから読み取れる設計手法は二つあります。第一に、「足し算」と「引き算」の使い分けです。子の6283072は「別入力」「攻撃」という限定を足して操作系の設計思想まで踏み込み、孫の6543361は逆に「対戦判定」を引いて、対戦の有無を問わない広い射程を確保しています。第二に、同日分割による層の同時展開です。2018年1月25日に、挙動制御(6543361)と通信同期(6561155)という別々の層を同日に切り出しています。
実務Tips(頑健性):広いクレーム(要件が少ない)は先行技術に近づき無効リスクを抱えやすく、狭いクレーム(要件が多い)は回避されやすい——このトレードオフに対し、分割で広狭・観点の異なる請求項を複数並走させることは、一部が無効になっても他が生き残る「権利の分散投資」として機能します。
スプラトゥーンの分割が「将来に備えた権利網の形成」だとすれば、パルワールド特許訴訟で観察されたのは「後発製品の登場後に、分割で対応する」という、より機動的な使い方です。公開情報から確認できるタイムラインは次のとおりです。
2021/12/22 対象3特許の原出願(『Pokémon LEGENDS アルセウス』発売の約1か月前)
2024/1/19 『パルワールド』早期アクセス発売
2024/2〜7 分割出願3件を提出、早期審査を活用
2024/5〜8 3件が登録(最後の特許第7545191号は提訴の約3週間前)
2024/9/18 東京地方裁判所に提訴(係属中)
つまり、訴訟で行使された特許は対象製品の発売時点では存在せず、発売後に分割出願と早期審査の組み合わせで権利化されたものです。遡及効により新規性・進歩性は2021年の原出願日基準で判断されるため、制度上適法に可能な戦略です(なお、対象製品を念頭にクレームを起草したか否かは第三者の分析であり、当事者が認めた事実ではありません。また侵害の成否・特許の有効性は係属中であり未確定です)。
同時に、この事件は分割戦略の限界も見せています。第一に、遡及した出願日「基準」で判断される以上、原出願日前の先行技術には依然として弱いこと(被告側はARK等を先行技術として無効を主張し、関連分割出願には特許庁から進歩性欠如の拒絶理由通知が出ています。いずれも最終判断ではありません)。第二に、相手方の仕様変更(設計回避)により、将来に向けた差止の実益が縮小し得ること。第三に、新規事項追加の禁止により、原出願の明細書に書かれていない構成はクレーム化できないことです。
二つの事例から、権利者側の実務は次のチェックリストに集約できます。ゲームに限らず、ソフトウェア・IoT・メーカーの製品全般に応用可能です。
□ 出願時:明細書を「将来の分割の弾倉」として厚く書く
クレームに使う予定のない実施形態・変形例・別観点(操作系/挙動/通信/UI)も開示しておく。数年後の分割の自由度は、この時点で決まります。
□ 重要製品の出願系列は「係属」を絶やさない
登録で満足して系列を閉じると、以後の分割機会は失われます。中核発明については、分割出願を1件は係属させ続ける「パイプライン維持」を検討する。
□ 続編・アップデートごとに新規出願+分割で層を重ねる
新機能は公表前に出願(スプラトゥーン3の新アクションは発表の3日前に出願されています)。既存系列からは観点を変えた分割で補強する。
□ 「足し算」と「引き算」を意識してクレームセットを設計する
実装を狙い撃つ限定版と、中核要素だけの広い版を併走させる。カテゴリー(システム/プログラム/装置/方法)も揃える。
□ 費用対効果の線引きを決めておく
分割1件ごとに出願・審査・維持の費用が発生します。全製品で網羅するのではなく、「事業の柱となる製品」「模倣リスクの高い機能」に絞る判断基準をあらかじめ持つ。
裏を返せば、これらの戦略は参入する側・後発側にとってのリスクです。パルワールド訴訟の最大の教訓は、「リリース時点で登録特許を調査してクリアでも、安心できない」ことでした。競合の係属中の出願系列が残っている限り、自社製品の仕様に合わせた分割クレームが後から立ち上がる可能性があるためです。
FTO(侵害予防)調査の要点:①登録特許だけでなく公開段階の出願・係属中の分割ファミリーまで調査対象に含める、②主要競合の出願系列はリリース後も定期的にウォッチする、③クレームは固有名詞で書かれないため、抽象概念キーワード・特許分類・出願人名の組み合わせで検索する、④リスクが顕在化した場合に備え、設計回避の選択肢と無効資料(先行ゲーム・動画等の非特許文献を含む)を事前に検討しておく。
分割出願は、「一つの発明を多面的に権利化する」(スプラトゥーン型)ことも、「後発製品の登場に機動的に対応する」(パルワールド訴訟で観察された型)こともできる、攻守両用の制度です。その力の源泉は遡及効にあり、その限界は原出願の開示範囲と先行技術にあります。だからこそ、最初の明細書の作り込みと、出願系列を係属させ続ける管理が、数年後の紛争対応力を左右します。
シリーズ各回では、ここで要約した内容を請求項の原文引用付きで詳しく解説しています。あわせてご参照ください:総論/第5980266号(基幹)/第6283072号(足し算の分割)/第6543361号(引き算の分割)/第6561155号(通信層)/パルワールド特許訴訟
知財事務所エボリクスへのご相談
知財事務所エボリクス(evorix.jp)では、分割出願を見据えた明細書・クレーム設計、出願系列の管理方針、競合ファミリーの監視を含むFTO(侵害予防)調査のご相談を承っております。自社製品の中核機能をどの観点で権利化していくか、まずはお問い合わせフォームよりお気軽にご相談ください。
※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別事案の結論を保証するものではありません。記載の特許情報・訴訟情報は執筆時点(2026年7月)の公開情報に基づきます。係属中の訴訟については、侵害の成否・特許の有効性・訴訟の帰趨を何ら断定・予想するものではありません。