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スプラトゥーンの「通信対戦の塗り同期」を守る特許第6561155号を請求項から読み解く【弁理士解説】
『スプラトゥーン』のナワバリバトルはオンライン対戦が主戦場です。8人のプレイヤーが塗り広げるインクの状態を、全員の画面でリアルタイムに一致させる——この「塗りの同期」というネットワーク実装を正面から権利化しているのが、特許第6561155号です。本記事はスプラトゥーン特許シリーズの第4回として、この1件を請求項1の原文引用とともに分説します。読みどころは、ピクセル(塗られた結果)ではなく「描画イベントデータ」(塗るという出来事)の送受信をクレーム化している点。ゲームの見た目から一段降りて、通信アーキテクチャの層で発明を捉えた、シリーズ中もっとも“実装寄り”のクレームです。
目次
1. 特許第6561155号とは──書誌情報と「同日出願の兄弟分割」
まず、対象特許の基本情報を一次資料(Google Patents原文)で確認します。
| 発明の名称 | 情報処理システム、情報処理プログラム、情報処理装置、及び情報処理方法 |
| 権利者(出願人) | 任天堂株式会社(Nintendo Co., Ltd.) |
| 分割出願日 | 2018年1月25日 |
| 原出願(直接の分割元) | 特願2016-145245(=特許第6283072号)。さらにその原出願は特願2014-100714(=特許第5980266号、原出願日2014年5月14日)。 |
| 登録日 | 2019年8月14日 |
| 登録番号 | 特許第6561155号(JP6561155B2) |
| クレームのカテゴリー | 請求項1は「情報処理プログラム」 |
注目したいのは出願日です。前回取り上げた特許第6543361号(イカ移動・潜伏)と同じ2018年1月25日に、同じ特願2016-145245から分割されています。つまりこの2件は同日に生まれた兄弟の孫分割で、一方は「自色領域での挙動制御」、他方は本件「通信対戦の塗り同期」と、observing する層を変えて同時に権利網を広げたことが読み取れます。
特願2014-100714(特許第5980266号)
└─ 分割 → 特願2016-145245(特許第6283072号)
├─ 再分割(2018-01-25) → 特許第6543361号(挙動制御)
└─ 再分割(2018-01-25) → 本件 特許第6561155号(通信同期)
2. 請求項1の原文(引用)
権利範囲を画定する請求項1を、原文のまま引用します。シリーズ中もっとも長いクレームですが、後の章で通信の流れに沿って分解します。
特許第6561155号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用)
「自キャラクタを移動させるためのユーザによる第1の操作入力、及び前記自キャラクタに描画動作をさせるためのユーザによる前記第1の操作入力とは異なる第2の操作入力を受け付ける操作入力受付手段を備えた情報処理システムを、前記操作入力受付手段にて受け付けた前記第1の操作入力に基づいて、前記自キャラクタを仮想空間内で移動させるとともに、前記操作入力受付手段にて受け付けた前記第2の操作入力に基づいて仮想空間内の自キャラクタに描画動作をさせることで、前記仮想空間の描画領域を前記自キャラクタの対応色で色付けし、かつ敵キャラクタに対する攻撃を行わせるゲーム進行手段として機能させ、前記情報処理システムはさらに、通信手段を備え、前記ゲーム進行手段は、前記操作入力受付手段にて受け付けた前記第2の操作入力に基づいて、前記仮想空間の描画領域を前記自キャラクタの対応色で色付けするための描画イベントを示す自キャラクタ描画イベントデータを生成し、前記通信手段は、前記自キャラクタ描画イベントデータを相手ユーザの情報処理システムに送信するとともに、相手ユーザの操作入力に基づいて生成された、前記仮想空間の描画領域を前記敵キャラクタの対応色で色付けするための描画イベントを示す敵キャラクタ描画イベントデータを受信し、前記ゲーム進行手段は、前記自キャラクタ描画イベントデータ及び前記敵キャラクタ描画イベントデータに基づいて、前記自キャラクタの対応色及び前記敵キャラクタの対応色で前記仮想空間の描画領域を色付けする情報処理プログラム。」
3. 構成要件の分説──通信の流れで読む
長文ですが、通信対戦の1サイクルに沿って読むと構造は明快です。おおむね次のA〜Eに分解できます。
| 構成要件 | 請求項1の対応部分(要旨) |
|---|---|
| A(別入力の受付) | 移動用の第1の操作入力と、描画用の第1とは異なる第2の操作入力を受け付ける操作入力受付手段を備える。 |
| B(移動+描画+攻撃) | 第1入力で自キャラクタを移動させ、第2入力で描画動作をさせて描画領域を自対応色で色付けし、かつ敵キャラクタへの攻撃を行わせるゲーム進行手段として機能させる。 |
| C(イベント生成) | ゲーム進行手段が、第2入力に基づき、色付けのための描画イベントを示す「自キャラクタ描画イベントデータ」を生成する。 |
| D(送信+受信) | 通信手段が、自キャラクタ描画イベントデータを相手ユーザの情報処理システムに送信し、相手側で生成された「敵キャラクタ描画イベントデータ」を受信する。 |
| E(両データで再現) | ゲーム進行手段が、自・敵両方の描画イベントデータに基づいて、自対応色・敵対応色で仮想空間の描画領域を色付けする。 |
末尾は「〜色付けする情報処理プログラム」。要するに、「自分の塗りをイベントとして相手に送り、相手の塗りをイベントとして受け取り、双方のイベントから各自の画面上で塗り状態を再現する」という、対称的なイベント交換アーキテクチャがそのままクレームになっています。
4. なぜ「描画イベントデータ」なのか──技術的背景
オンラインゲームで「塗り」を同期する方法は、理屈のうえでは複数ありえます。塗られた結果(テクスチャやピクセルの状態)をそのまま送る方法、ステージ全体の状態を定期的に丸ごと配る方法、そして本件のように「どこで・誰が・どんな塗りを発生させたか」というイベントだけを送り、受信側が各自でその結果を再現する方法です。
塗りの結果をそのまま送ると、ステージ全面に及ぶ塗り状態のデータ量は膨大になり、リアルタイム対戦の帯域では現実的ではありません。イベントだけを送って結果は各端末で計算し直す方式なら、通信量は「出来事」の数に比例するだけで済みます。8人が同時にインクをまき散らすゲームを家庭のネット回線で成立させるための、いわば土台となる設計判断であり、請求項1はまさにこの「イベント伝送+各端末での再現」という方式そのものを構成要件C・D・Eとして言語化しています。
実務Tips(“見えない発明”の発掘):プレイヤーの目に映るのは塗られたステージであって、描画イベントデータではありません。この特許が示すのは、画面に現れない通信・データ構造の層にも発明は存在するということです。発明発掘の場面では、「なぜこの体験がネット越しに成立するのか」「同期・遅延・帯域の問題をどう解いたか」をエンジニアに問うことで、UI の裏側に眠る出願候補を拾い上げられます。
5. 親・兄弟クレームとの対比──系列の全体像
シリーズで読んできた4件を並べると、同じ原出願(2014年5月14日)から、それぞれ異なる層を押さえるクレームが切り出されていることがわかります。
| 特許番号 | 位置づけ | クレームの軸足 |
|---|---|---|
| 第5980266号 | 親(基幹) | 描画+描画状態に基づく対戦判定+自色領域での挙動差(ゲームルールの核) |
| 第6283072号 | 子(分割) | 移動と描画の別入力+攻撃+塗り面積による勝敗判定(操作系・対戦系) |
| 第6543361号 | 孫(同日分割・兄) | 自色領域での挙動制御のみに絞り込み(対戦判定を引き算した広いクレーム) |
| 第6561155号(本件) | 孫(同日分割・弟) | 描画イベントデータの生成・送受信・再現(通信アーキテクチャ層) |
興味深いのは、本件では親特許にあった「自色領域での挙動差」も「描画状態に基づく対戦判定」も要件に含まれていない点です。兄弟の6543361が「挙動差」を、子の6283072が「勝敗判定」をそれぞれ担っているため、本件は通信同期の層に専念できる——系列全体で役割分担が成立しています。ゲームルール層・操作系層・挙動制御層・通信層と、一つのゲーム体験を垂直に輪切りにして、各層に権利を配置した構図です。
6. 実務者向けの学び──実装層のクレームと回避設計
実装層クレームの強みと射程
「塗りゲー」の見た目を変えても、オンラインでリアルタイムに塗りを同期しようとすれば、イベント伝送方式は工学的に有力な選択肢です。つまり本件は、見た目のデザイン変更では外れにくく、アーキテクチャ設計の段階で判断を迫るクレームだといえます。ゲームルール層のクレーム(親)と実装層のクレーム(本件)を重ねておくことで、「ルールを変えて回避する」道と「実装を変えて回避する」道の両方に網がかかります。
回避設計の視点(一般論)
・文言上は、「描画イベントデータ」の送受信という構成(C・D)を持たない同期方式——たとえばサーバー側で塗り状態を一元管理し、クライアントには状態のスナップショットのみを配信する構成——であれば、充足を争う余地が生まれます。ただし「イベントを示すデータ」の解釈次第では射程に入り得るため、明細書・出願経過を踏まえた慎重な検討が必要です。
・また、本件は「相手ユーザの情報処理システムに送信」というピア間の授受を規定しています。サーバー経由の中継がこの文言に含まれるかは解釈問題であり、均等論の適用可能性も含め、単純な構成変更で安心はできません。例によって、親・兄弟を含む系列全体での評価が不可欠です。
ドラフティングへの示唆
本件から学べるのは、データ構造に名前を与えてクレームの部品にする技術です。「自キャラクタ描画イベントデータ」「敵キャラクタ描画イベントデータ」という語は、この請求項のために定義された概念であり、生成(C)→送受信(D)→利用(E)という一連の流れを追跡可能にしています。通信・分散処理系の発明では、「何を運ぶか」をデータとして定義し、そのライフサイクルを構成要件に落とすと、明確で立証しやすいクレームになります。侵害立証の場面でも、パケットや API 仕様にこのデータ構造に相当するものが存在するかが、比較的客観的に判定しやすいためです。
7. まとめ+ご相談について
特許第6561155号は、「別入力での移動・描画・攻撃(A・B)→描画イベントデータの生成(C)→相手システムとの送受信(D)→両データによる塗りの再現(E)」という流れで、ナワバリバトルのオンライン同期そのものを権利化した一件です。同日出願の兄弟6543361が“手触り”の層を、本件が“通信”の層を担い、親・子とあわせて一つのゲーム体験が垂直に権利化されている——スプラトゥーン特許群を通じて見てきた分割戦略の、いわば仕上げにあたるピースといえます。
知財事務所エボリクスへのご相談
知財事務所エボリクス(evorix.jp)では、ソフトウェア・ゲーム関連発明の出願、通信・データ構造を含むクレーム設計、FTO(侵害予防)調査などのご相談を承っております。画面に見えない実装の工夫をどう発明として捉え、権利化を検討できるか、まずはお問い合わせフォームよりお気軽にご相談ください。
※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別事案の結論や特許の有効性・侵害の成否を保証するものではありません。引用した請求項および書誌情報は執筆時点の公開情報(特許公報・Google Patents)に基づきます。実際の権利範囲の解釈は、明細書全体および出願経過を踏まえてご判断ください。
スプラトゥーン特許シリーズ(全5回)
- 【総論】任天堂スプラトゥーンのゲーム特許を弁理士が解説──発明該当性とクレーム戦略
- 【第1回】基幹特許 特許第5980266号──ナワバリバトルの基本発明を請求項から読み解く
- 【第2回】分割特許 特許第6283072号──移動と描画の別入力・塗り面積の勝敗判定
- 【第3回】特許第6543361号──「イカ移動・潜伏」を守る、対戦判定を引き算したクレーム
- 【第4回】特許第6561155号──通信対戦の「塗り同期」を守る実装層のクレーム(本記事)