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スプラトゥーンの「イカ移動・潜伏」を守る特許第6543361号を請求項から読み解く【弁理士解説】

自分のインクの上ではイカになってスイスイ泳ぎ、インクに潜って敵の目を欺く——『スプラトゥーン』ならではの“手触り”を生むこの挙動を、独立の発明として押さえているのが特許第6543361号です。本記事はこの1件を、請求項1の原文を引用しながら分説します。読みどころは、この特許が基幹特許5980266の「孫」にあたる分割出願であり、しかも親のクレームから「対戦判定」という要件をあえて引き算している点です。要件を減らすことがなぜ戦略になるのか——分割クレームの妙が詰まった一件です。

1. 特許第6543361号とは──書誌情報と「孫分割」の連鎖

まず、対象特許の基本情報を一次資料(Google Patents原文)で確認します。本件は、基幹特許5980266の分割である6283072を、さらに分割した「孫」にあたる出願です。

発明の名称情報処理システム、情報処理プログラム、情報処理装置、及び情報処理方法
権利者(出願人)任天堂株式会社(Nintendo Co., Ltd.)
分割出願日2018年1月25日
原出願(直接の分割元)特願2016-145245(=特許第6283072号)。さらにその原出願は特願2014-100714(=特許第5980266号、原出願日2014年5月14日)。
登録日2019年7月10日
登録番号特許第6543361号(JP6543361B2)
クレームのカテゴリー請求項1は「情報処理プログラム」(親5980266の請求項1は「情報処理システム」)

分割の連鎖を図式化すると次のとおりです。
特願2014-100714(特許第5980266号)
 └─ 分割 → 特願2016-145245(特許第6283072号)
   └─ 再分割 → 本件(特許第6543361号)
一つの原出願から、親・子・孫と三代にわたって権利が枝分かれしています。

2. 請求項1の原文(引用)

権利範囲を画定する請求項1を、原文のまま引用します。親特許と読み比べられるよう、後の章で対比します。

特許第6543361号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用)

「ユーザの操作入力を受け付ける操作入力受付手段を備えた情報処理システムを、前記操作入力受付手段にて受け付けた前記操作入力に基づいて仮想空間内の自キャラクタに描画動作をさせることで、前記仮想空間の描画領域を前記自キャラクタの対応色で色付けするゲーム進行手段として機能させる情報処理プログラムであって、前記ゲーム進行手段は、前記自キャラクタが前記自キャラクタの対応色に色付けされた領域にいるときに、前記自キャラクタが前記自キャラクタの対応色に色付けされていない領域にいるときとは異なる、前記自キャラクタの表示制御及び/又は第1の移動制御を行う情報処理プログラム。」

3. 構成要件の分説

この請求項は、コンピュータを特定の手段として「機能させる」プログラムクレームの形式です。おおむね次のA〜Cに分解できます。

構成要件 請求項1の対応部分(要旨)
A(入力)ユーザの操作入力を受け付ける操作入力受付手段を備えた情報処理システムを対象とする。
B(描画)操作入力に基づいて自キャラクタに描画動作をさせ、描画領域を自対応色で色付けするゲーム進行手段として機能させる。
C(挙動差=核心)ゲーム進行手段は、自キャラクタが自色に色付けされた領域にいるときと、いないときとで、表示制御及び/又は第1の移動制御を異ならせる

末尾は「〜を行う情報処理プログラム」。要するに、「塗る(B)」+「塗った自色の上か否かで挙動が変わる(C)」という二点に絞り込まれたクレームです。これが、自インクの上でイカになって速く泳ぐ・潜る、という体験の技術的な定義にあたります。

4. 親特許5980266との対比──「対戦判定」を引き算する意味

親特許5980266の請求項1は、「描画(C)+対戦判定(D)+自色領域での挙動差(E)」の三点セットでした。これに対し、孫にあたる6543361は、対戦判定(D)を要件から外し、描画と挙動差の二点に絞っています。並べると違いが際立ちます。

観点 特許第5980266号(親) 特許第6543361号(孫分割)
クレームのカテゴリー情報処理システム情報処理プログラム
描画(塗り)ありあり
対戦判定(勝敗)必須要件要件から除外
自色領域での挙動差ありあり(本件の中心)

実務Tips(要件の引き算=射程の拡大):構成要件は「少ないほど権利範囲は広い」のが原則です。対戦判定(D)を外した6543361は、対戦・勝敗の仕組みを持たないゲーム——たとえば一人用や協力プレイで、自インクの上での挙動変化だけを取り入れた作品——にも文言が及び得ます。親特許ではDの充足が必要でしたが、孫特許ではDが不要。こうして同じ明細書から、あえて要件を絞った“広い”クレームを別途確保するのが、分割を使った射程調整の典型です。

一方で、権利範囲を広く取れば、その分だけ先行技術に近づき、無効理由(新規性・進歩性欠如)を抱えるリスクも相対的に高まります。「広いクレーム(6543361)」と「対戦判定まで含む相対的に狭いクレーム(5980266)」を両方そろえておくことは、一方が無効とされても他方が生き残るという意味で、権利の頑健性にも資すると考えられます。

5. 連鎖する分割と遡及効

本件の(分割)出願日は2018年1月25日ですが、分割出願は原出願の時にしたものとみなされます(特許法44条2項)。しかも、分割の分割(再分割)でも、適法である限り最初の原出願の時点まで遡って出願日が扱われます。したがって6543361も、実体的には2014年5月14日という“強い”基準日を享受できるわけです。2018年に立てた新しい請求項でありながら、新規性・進歩性は2014年時点で判断される——これが連鎖分割の効き目です。

注意(分割の要件):遡及効を得るには、分割が適法であること——とりわけ新たな請求項の内容が、原出願の当初明細書等に開示された範囲内であること(新規事項の追加がないこと)——が前提です。6543361のように後年に絞り込んだクレームを立てられるのは、2014年の原出願の明細書に、対戦判定と切り離した「自色領域での挙動制御」が十分に開示されていたからにほかなりません。出願時の明細書の作り込みが、数年後の権利化の自由度を決めるのです。

6. 実務者向けの学び──引き算のドラフティングと回避設計

「足し算」と「引き算」を使い分ける

分割の実務では、二方向の設計がありえます。6283072のように限定を足して特定の実装(移動と描画の別入力+攻撃)を狙い撃ちする方向と、6543361のように限定を引いて中核要素(自色領域での挙動差)だけを広く押さえる方向です。同じ原出願から、狙いの異なる複数の請求項を配置することで、後発製品の多様な実装に網をかけられます。どの要素を核と見るかの目利きが、この設計の要になります。

カテゴリー選択(プログラムクレーム)

6543361の請求項1は「情報処理プログラム」です。プログラムのカテゴリーで押さえておくと、プログラムの配信・提供(ダウンロード販売等)を実施行為として捉えやすくなります。物(システム・装置)・方法・プログラムを各カテゴリーでそろえるのは、実施主体や流通形態の違いに対応するための定石です。

回避設計の視点

・6543361は要件が少ない分、形式的な回避が難しいクレームです。「自色領域か否かで挙動を変える」処理を持つ以上、対戦要素の有無にかかわらず充足を検討される可能性があります。

・逆に、この処理をまったく持たない設計(塗りはあるが、塗った場所の上下で挙動が変わらない等)にすれば、少なくとも本件請求項の文言充足は避けやすくなります。ただし親特許・別分割・均等論を含めた系列全体での評価が不可欠で、単一番号の回避で安心はできません。

7. まとめ+ご相談について

特許第6543361号は、5980266→6283072と続く分割の連鎖の先で、「塗り(B)+自色領域での挙動差(C)」だけに絞り込んだプログラムクレームを確保した一件です。親特許から対戦判定を引き算することで、対戦の有無を問わず“自インクの上での手触り”を押さえにいく——要件の足し引きで射程を調整する、分割戦略の応用編といえます。親・子・孫のクレームを読み比べると、一つの発明が多面的に権利化されていく過程がよく見えてきます。

知財事務所エボリクスへのご相談

知財事務所エボリクス(evorix.jp)では、ソフトウェア・ゲーム関連発明の出願、分割を活用したクレーム設計、FTO(侵害予防)調査などのご相談を承っております。中核となる発明をどう見極め、どの観点で権利化していくか、まずはお問い合わせフォームよりお気軽にご相談ください。

※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別事案の結論や特許の有効性・侵害の成否を保証するものではありません。引用した請求項および書誌情報は執筆時点の公開情報(特許公報・Google Patents)に基づきます。実際の権利範囲の解釈は、明細書全体および出願経過を踏まえてご判断ください。