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スプラトゥーンの基幹特許「特許第5980266号」を請求項から読み解く【弁理士解説】

『スプラトゥーン』の遊びの核心である「インクで地面を塗り合い、塗った面積で勝敗を競う」というナワバリバトル。この体験の根幹を押さえているのが、任天堂株式会社の特許第5980266号です。前回の総論記事では複数のスプラトゥーン特許を俯瞰しましたが、本記事はこの1件の基幹特許に絞り、請求項1の原文を引用しながら、構成要件を一つずつ分解して読み解きます

「ゲームの面白さは、どのように特許のクレームへと翻訳されるのか」——この問いに具体的な条文で答える記事です。ソフトウェア・ゲーム関連発明のクレームドラフティングに携わる実務者の方はもちろん、知財に関心のあるビジネス層の方にも、実際の権利がどう組み立てられているのかを体感していただけます。

1. 特許第5980266号とは──書誌情報の確認

まず、対象特許の基本情報を一次資料(Google Patents原文)で確認しておきます。

発明の名称情報処理システム、情報処理プログラム、情報処理装置、及び情報処理方法
権利者(出願人)任天堂株式会社(Nintendo Co., Ltd.)
出願日/優先日2014年5月14日
公開番号特開2015-216971号(JP2015216971A)
登録日2016年8月31日
登録番号特許第5980266号(JP5980266B2)

出願日は2014年5月14日。『スプラトゥーン』初代の発売は2015年5月ですから、製品発表・発売のおよそ1年前に基幹発明の出願を完了させていることが読み取れます。自社の公表による新規性喪失を避けるうえで、出願タイミングの設計が効いている一例といえます。

2. 請求項1の原文(引用)

それでは、権利範囲を画定する請求項1を原文のまま引用します。読点で区切られた長い一文ですが、後述するように、これは複数の構成要件が入れ子状に積み上げられた構造になっています。

特許第5980266号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用)

「ユーザの操作入力を受け付ける操作入力受付手段と、前記操作入力受付手段にて受け付けた前記操作入力に基づいて情報処理を行う情報処理手段とを備え、前記情報処理手段は、前記操作入力に基づいて仮想空間内の自キャラクタを制御することで、前記自キャラクタの対応色を前記仮想空間に描画するゲーム進行手段と、前記自キャラクタの対応色とは異なる敵キャラクタの対応色の前記仮想空間への描画状態と前記自キャラクタの対応色の前記仮想空間への描画状態とに基づいて、対戦判定をする対戦判定手段と、を備え、前記ゲーム進行手段は、前記自キャラクタが前記自キャラクタの対応色に描画された領域にいるときに、前記自キャラクタが前記自キャラクタの対応色に描画されていない領域にいるときとは異なる、前記自キャラクタの表示制御及び/又は第1の移動制御を行うことを特徴とする情報処理システム。」

なお、この特許は「情報処理システム」の請求項1のほか、独立請求項として請求項25(情報処理プログラム)・請求項26(情報処理装置)・請求項27(情報処理方法)を備えています。同じ技術思想を、物・プログラム・装置・方法という複数のカテゴリーで押さえる構成です(この意味は第6章で述べます)。

3. 構成要件の分説──5つの要素に分解する

クレームを解釈・対比する実務では、長い一文を「構成要件」に分節(分説)します。請求項1は、おおむね次のA〜Eに分解できます。

構成要件 請求項1の対応部分(要旨)
A(入力)ユーザの操作入力を受け付ける操作入力受付手段を備える。
B(処理)受け付けた操作入力に基づいて情報処理を行う情報処理手段を備える。
C(描画)情報処理手段は、操作入力に基づき仮想空間内の自キャラクタを制御し、自キャラクタの対応色を仮想空間に描画するゲーム進行手段を備える。
D(判定)自キャラクタの対応色とは異なる敵キャラクタの対応色の描画状態と、自キャラクタの対応色の描画状態とに基づいて、対戦判定をする対戦判定手段を備える。
E(挙動差)ゲーム進行手段は、自キャラクタが自色に描画された領域にいるときと、いないときとで、表示制御及び/又は第1の移動制御を異ならせる

末尾は「〜を特徴とする情報処理システム」で締められます。つまり、A〜Eのすべてを備えるものが権利範囲に含まれ、いずれか一つでも欠ければ(原則として)文言上の充足はしない、という関係です。

実務Tips(分説の粒度):分説はA〜Eのように機能ブロックで切る方法のほか、対比の目的に応じてさらに細かく分けることもあります。侵害・無効の主戦場となりやすいのは、独自性が集約された構成要件——本件でいえば「描画状態に基づく対戦判定(D)」と「自色領域か否かで挙動を変える(E)」——です。どこが発明の要(かなめ)かを見極めることが、対比作業の出発点になります。

4. 各構成要件はゲームのどの体験に対応するか

抽象的な条文を、実際のプレイ体験に引き付けて対応させると、発明の狙いが見えてきます。

C(描画)=「インクを塗る」:プレイヤーの操作で自キャラクタが動き、自分のチームの色(対応色)を地面=仮想空間に塗り広げる。この「塗り」を、条文は「対応色を仮想空間に描画する」と表現しています。

D(判定)=「ナワバリバトルの勝敗」:自分の色と敵の色が、それぞれどれだけ仮想空間に描画されているか(描画状態)を比べて勝敗を決める。塗った面積の比較で勝敗が決まるナワバリバトルの核心が、「描画状態に基づく対戦判定」として定義されています。

E(挙動差)=「自分のインクの上での高速移動・潜伏」:自分の色で塗られた場所にいるときと、そうでないときとで、キャラクターの表示や移動の制御を変える。自インクの上ではイカになって速く泳げる・潜れる、という“手触り”が、「自色領域か否かによる表示制御/移動制御の切替」として技術的に規定されています。

注目したいのは、単に「塗って面積を競う(C+D)」だけでなく、「塗った場所が移動・行動の土台になる(E)」という相互作用まで一つの請求項に取り込んでいる点です。塗りが勝敗条件であると同時に移動リソースにもなる——このゲーム性の二重性が、そのままクレームの構造に反映されています。

5. なぜこの書き方なのか──発明該当性と上位概念化

請求項1を読むと、「インク」「イカ」「ブキ」「ナワバリ」といった、私たちが知っているスプラトゥーンの固有名詞が一つも登場しないことに気づきます。これは偶然ではなく、ゲーム特許のクレームドラフティングの定石です。理由は大きく二つあります。

(1) 発明該当性をクリアするため

特許法2条1項は、発明を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義します。「インクを塗り合って陣地を競う」というゲームのルール(遊び方)そのものは人為的な取決めであり、それ単体では発明に該当しません。そこで、ルールをそのまま書くのではなく、「操作入力受付手段」「情報処理手段」「描画」「対戦判定」といった、ソフトウェアがハードウェア資源と協働して行う具体的な情報処理として記載しています。これにより、審査基準(附属書B「コンピュータソフトウエア関連発明」)が求める「ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」という要件を満たす方向に構成されているわけです。

(2) 権利範囲を広く・回避されにくくするため

「インク」を「対応色」、「塗る」を「描画」、「勝敗」を「対戦判定」と、より上位の抽象概念で記載することで、見た目が異なるフォロワー製品にも文言が及びやすくなります。仮に「インク」と限定していれば、「塗料ではなく“光”で塗る」ような改変で容易に回避され得ますが、「対応色の描画」であれば表現の違いに左右されにくくなります。もっとも、上位概念化は先行技術との距離(新規性・進歩性)とのトレードオフでもあり、広く書けば書くほど無効理由を抱えるリスクも高まります。この均衡の取り方こそドラフティングの腕の見せどころです。

実務Tips(調査への含意):クレームに固有名詞が入らないということは、「スプラトゥーン」「インク」といったキーワードでは特許番号にたどり着けないということでもあります。FTOや先行技術調査では、出願人名(任天堂株式会社)、抽象概念キーワード(描画/対応色/対戦判定/操作入力/仮想空間)、IPC/FI分類(A63F13系=ビデオゲーム)を組み合わせる必要があります。

6. 4カテゴリー・分割戦略・海外ファミリー

本特許は「情報処理システム(請求項1)」に加え、プログラム(請求項25)・装置(請求項26)・方法(請求項27)を独立請求項として備えます。これは、実装形態や事業主体が異なる相手——プログラムを配布する者、装置を販売する者、方法を実施するサービス運営者——を、いずれのカテゴリーでも捕捉できるようにするための面的な布陣です。発明の名称自体が「情報処理システム、情報処理プログラム、情報処理装置、及び情報処理方法」と4カテゴリーを列記しているのも、この設計を反映しています。

さらに、この基幹出願と同一の発明の名称を持つ関連特許(特許第6283072号・第6543361号・第6561155号など)が複数存在します。公開情報からは、これらは共通のベース出願に連なる分割出願とみられ、移動と描画を別入力とする限定(6283072)、自色領域での挙動制御に焦点化した限定(6543361)、通信対戦での塗り同期(6561155)など、それぞれ観点を変えて権利網を層状に形成していると読み取れます。米国にも同一発明ファミリーの対応特許(US9943758B2、優先日2014年5月14日)が存在し、中核メカニクスをグローバルに権利化する姿勢がうかがえます。

注意(分割系列の確定):親子・分割の関係や、どの請求項が最も広いかは、包袋(出願経過)や各公報の記載を確認して初めて確定できます。本記事の「分割とみられる」という記述は公開情報からの読み取りであり、厳密な系譜の特定には一次資料での確認が必要です。

7. 実務者向けの学び──分説から回避設計まで

この一件から、ソフトウェア・ゲーム関連発明の実務に活かせる観点を整理します。

「及び/又は」と「第1の」という限定の読み方

構成要件Eの「表示制御及び/又は第1の移動制御」という表現は、「表示制御だけ」「移動制御だけ」「両方」のいずれでも充足し得る選択的記載です。片方に限定しないことで、実装のバリエーションを広く取り込む狙いが読み取れます。また「第1の移動制御」とわざわざ番号を振っているのは、明細書・従属請求項で「第2の移動制御」等を用意し、階層的に権利を展開するための布石とみられます。クレーム中の何気ない語尾や序数にも、設計意図が宿ります。

回避設計の考え方(一般論)

文言侵害の回避は、原則としていずれかの構成要件を充足させないことで検討します。例えば「描画状態“ではなく”別の指標で勝敗を決める(Dを外す)」「自色領域か否かで挙動を変えない(Eを外す)」といった設計変更が理論上は候補になります。ただし、実際には次の2点に注意が必要です。

均等論:構成要件を形式的に外しても、本質的部分を共通にし、置換可能かつ置換容易な改変にとどまる場合には、均等侵害が問題となり得ます。「別の指標」が実質的に描画状態と同視できるなら、回避になっていない可能性があります。

ファミリー全体の射程:本件1件を回避できても、分割系列や別カテゴリー(プログラム・装置・方法)の請求項、関連特許(6283072・6543361・6561155等)に抵触し得ます。単一番号ではなく系列全体をマッピングして自由度を評価する必要があります。

自社の発明発掘への示唆

「塗った場所が移動リソースにもなる」というゲーム性の妙を、演出で終わらせず「自色領域か否かによる制御の切替」という条件分岐の情報処理として捉え直したからこそ、権利化に至っています。自社サービスの「面白さ」「使い勝手」を支える工夫も、入力→情報処理→表示・判定という技術的処理として言語化できれば、ソフトウェア関連発明として権利化を検討しうると考えられます。開発現場では“当たり前”になっている挙動の中に、発明が埋もれていることは少なくありません。

8. まとめ+ご相談について

特許第5980266号の請求項1は、「操作入力(A)→情報処理(B)→対応色の描画(C)→描画状態に基づく対戦判定(D)→自色領域か否かによる挙動制御(E)」という一連の情報処理として、スプラトゥーンの“塗り”の体験を過不足なく言語化しています。固有名詞を排した上位概念での記載、4カテゴリーでの権利化、分割・海外ファミリーによる面的展開——ゲームメカニクスを守る実務の要点が、この1件に凝縮されています。

知財事務所エボリクスへのご相談

知財事務所エボリクス(evorix.jp)では、ソフトウェア・ゲーム関連発明の出願、クレーム設計、FTO(侵害予防)調査などのご相談を承っております。自社サービスの「面白さ」や「使い勝手」を、どのように技術発明として捉えて権利化を検討できるか、まずはお問い合わせフォームよりお気軽にご相談ください。

※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別事案の結論や特許の有効性・侵害の成否を保証するものではありません。引用した請求項および書誌情報は執筆時点の公開情報(特許公報・Google Patents)に基づきます。実際の権利範囲の解釈は、明細書全体および出願経過を踏まえてご判断ください。