顧客データの扱いが厳しくなるなかで、マーケティングツールの開発現場では「個人情報保護は制約」と受け止められがちです。ところが特許の世界を見ると、様子が違います。「個人情報をどう扱わないか」「同意をどう取るか」という設計そのものが、発明として権利化されているのです。
本記事では、MA(マーケティングオートメーション)と顧客データの領域で、プライバシー設計を発明の中身に据えた登録特許3件を、特許庁の公報(J-PlatPat)で請求項まで確認して弁理士が解説します。制約を守りの技術に変えた実例として、実務の参考になるはずです。
💡 シリーズ記事:本記事はマーケティング×特許シリーズの一編です。分野全体の登録例はマーケティングは特許になる?登録特許15件の検証をご覧ください。
目次
| 特許 | 権利者 | プライバシー設計の核 | 登録 |
|---|---|---|---|
| 特許6575233 | 沖電気工業 | 保有する顧客情報の最小化・実行後の削除 | 2019-08-30 |
| 特許7754965 | ロイヤリティマーケティング | 同意の制約情報の登録+対価のポイント化 | 2025-10-06 |
| 特許6916367 | 博報堂DYホールディングス | 購買履歴から健康状態を推定(B1・早期審査) | 2021-07-19 |
| 特許番号 | 特許第6575233号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | プログラム、及びマーケティングオートメーションシステム |
| 特許権者 | 沖電気工業株式会社 |
| 出願/審査請求/登録 | 2015年8月28日 / 2018年5月15日 / 2019年8月30日 |
| 請求項数 | 6項 |
発明の名称に「マーケティングオートメーションシステム」が正面から入っている、数少ない登録例です。請求項1の原文を掲げます。
特許第6575233号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用)
コンピュータに、顧客の状態を入力する入力機能と、前記入力機能により得られた情報から、複数のアクションを含む所定のシナリオに基づいて顧客の育成状況を判断し、当該育成状況を管理する制御機能と、前記制御機能の判断に基づいて顧客に前記アクションを実行する出力機能と、顧客リストを前記シナリオの開始時及び前記アクションの実行ごとに外部サーバより取得する、取得機能と、を実現させるためのプログラムであり、前記顧客リストは、前記外部サーバに含まれる顧客情報よりも少ない種類の顧客情報を含み、前記制御機能は、前記顧客情報を管理し、前記顧客情報は、前記出力機能が前記アクションを実行するために用いられる、プログラム。
シナリオに沿って顧客を育成しアクションを打つ——ここまではMAの一般的な機能です。この請求項が独特なのは、顧客データの持ち方に踏み込んだ2つの限定です。
| 限定 | 意味 |
|---|---|
| 都度取得 | 顧客リストをシナリオ開始時とアクション実行のたびに外部サーバから取得する。MA側に抱え込まない |
| 最小限の項目 | その顧客リストは、外部サーバの顧客情報より少ない種類しか含まない。必要な項目だけを渡す |
さらに従属項が徹底しています。
つまり、①必要な項目だけを、②必要なときだけ取得し、③使い終わったら削除し、④しかも本来の顧客IDとは別のIDで扱う——現在「プライバシー・バイ・デザイン」や「データ最小化」と呼ばれる考え方が、請求項の形で書かれています。出願は2015年です。
弁理士の視点:「個人情報を持たない」ことは、一見すると機能の後退です。しかしこの請求項は、それを技術的課題への解決策として位置づけています。MAツールを外部に置く際の情報漏えいリスクをどう下げるか——その解き方が発明になっているのです。制約への対応そのものが差別化技術になるという、示唆に富む一件です。
| 特許番号 | 特許第7754965号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 情報処理プログラムおよび情報処理装置 |
| 特許権者 | 株式会社ロイヤリティマーケティング(共通ポイント「Ponta」の運営) |
| 出願/審査請求/登録 | 2024年2月21日 / 2024年6月12日 / 2025年10月6日 |
| 請求項数 | 5項 |
特許第7754965号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用)
コンピュータに、所定ユーザの健康関連情報を含むユーザ情報を提供する1または複数の第1アクセス先にアクセスするための情報、および、ボーナスポイントの付与先となる第2アクセス先にアクセスするための情報を、前記所定ユーザに選択させることと、前記所定ユーザが前記健康関連情報の利用に同意するか否かの制約情報を登録させることと、を実行させ、前記ボーナスポイントは、前記選択された1または複数の第1アクセス先にアクセスするための情報に基づいて収集された前記所定ユーザの健康関連情報のうち、前記制約情報に基づいて、前記所定ユーザが利用に同意した健康関連情報の対価として、前記第2アクセス先において使用可能なボーナスポイントとして算出される、情報処理プログラム。
この請求項の核心は、同意の有無を管理する「制約情報」の登録と、同意されたデータの対価としてのポイント算出が、いずれも構成要件になっている点です。
従属項では、健康関連情報の取得元としてサービスシステムが提供する情報/ユーザー端末のOSと連携した情報/ユーザー自身が入力した情報が挙げられ(請求項2)、制約情報には利用を許可する書類や項目の指定が含まれるとされています(請求項3)。同意の粒度まで踏み込んだ設計です。
健康情報は、日本の個人情報保護法上、取扱いに特に配慮を要する情報を含み得ます。その領域で「同意した分だけ対価を払う」というモデルを、仕組みとして権利化した——データ利活用と本人の関与を両立させる設計の一例といえます。
| 特許番号 | 特許第6916367号(公報種別 B1) |
| 発明の名称 | 推定システム及び推定方法 |
| 特許権者 | 株式会社博報堂DYホールディングス |
| 出願/審査請求/登録 | 2020年11月30日 / 同日 / 2021年7月19日(約7.5か月) |
| 早期審査 | あり |
| 請求項数 | 22項 |
特許第6916367号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
複数の第1の対象者の健康状態を記述する健康データセットと、前記複数の第1の対象者の購買履歴を記述する購買データセットとに基づいて、第2の対象者の健康状態を前記第2の対象者の購買履歴から推定するための推定モデルを構築するモデル構築部と、前記第2の対象者の購買履歴を記述する対象データを取得するデータ取得部と、前記第2の対象者の健康状態を、前記対象データに記述される前記第2の対象者の購買履歴と前記推定モデルとに基づいて推定する推定部と、を備え、前記モデル構築部は、購買区分毎に、対応する購買区分に関する推定モデルとして…前記購買データセットに記述される前記複数の第1の対象者の購買履歴のうち、前記対応する購買区分の購買履歴を選択的に用いて構築し…
健康データと購買データの両方を持つ人たちのデータから、購買履歴だけで健康状態を推定するモデルを作る——つまり、健康情報を提供していない人についても、買い物の記録から推定できるようにする仕組みです。
技術的な工夫は「購買区分ごとに別々のモデルを構築する」点にあります。全購買履歴をひとまとめに学習するのではなく、区分ごとに専用モデルを作り、推定時も対象者の購買履歴に対応する区分のモデルを使う。精度を上げるための具体的な設計が請求項に書き込まれています。
なお本件も出願と同日に審査請求+早期審査で、約7.5か月で登録。しかも公開公報の発行前に登録された(B1)案件です。
ここで、Pontaと博報堂DYの2件を並べてみてください。どちらも健康情報を扱っていますが、アプローチが正反対です。
| 観点 | Ponta(特許7754965) | 博報堂DY(特許6916367) |
|---|---|---|
| 健康情報の入手 | 本人が提供元を選び、同意して提供 | 購買履歴から推定(本人の提供は不要) |
| 本人の関与 | 中心的(制約情報の登録が構成要件) | 請求項上は現れない |
| 本人の見返り | ボーナスポイント | 請求項上は規定なし |
これはどちらが良い・悪いという話ではありません。特許は技術的思想を保護する制度であり、その技術を実際に使う際に個人情報保護法などの法令を守る必要があるかどうかは、別の問題です。特許が取れることと、その実施が適法であることは、別の話だという点は押さえておく必要があります。
重要な区別:特許庁の審査は「その発明が新しく進歩性があるか」を判断するもので、実施が個人情報保護法上適法かどうかを審査するものではありません。データを扱う仕組みを実装・提供する際は、特許とは独立に、個人情報保護法の要件(利用目的の特定・通知、要配慮個人情報の取扱い、第三者提供の制限など)を個別に検討する必要があります。この点は弁護士等への確認をおすすめします。
「個人情報を持たない」「同意を取る」というのは、一見するとルールへの対応にすぎず、発明らしく見えません。それでも特許になるのは、次の理由からです。
第一に、「守りながら機能させる」ことに技術的困難があるから。顧客情報を持たなければ、MAは動きません。沖電気の特許は「持たずに、それでもシナリオを回す」ためにデータの取得タイミングと項目を設計しています。制約下で機能を成立させる工夫は、まさに技術的課題の解決です。
第二に、先行技術が薄いから。「データをたくさん集めて精度を上げる」方向の発明は数多くありますが、「データを減らしても成立させる」方向は相対的に手つかずです。競合が向いていない方向には、権利化の余地が残っています。
保有データを減らす、保持期間を短くする、識別子を切り替える、必要な項目だけ渡す——こうした設計をしているなら、それは請求項の材料です。「セキュリティ要件のために仕方なくやっている実装」が、実は発明かもしれません。
Pontaの特許のように、同意の粒度・管理方法・対価との紐づけは構成要件になり得ます。同意管理(コンセント・マネジメント)の仕組みを自社で作っているなら、検討する価値があります。
前述のとおり、特許が取れることは適法性の保証ではありません。権利化は弁理士、個人情報保護法の適合性は弁護士——役割を分けて両方走らせるのが実務的です。両者の窓口の違いは弁理士に相談すべき5つの場面で整理しています。
データの持ち方はサーバ内部の設計であり、外から観測しにくい領域です。特許にすれば公開されるため、あえてノウハウとして秘匿する判断もあり得ます。もっとも今回の3社は公開の代償を払って権利を選んでいます。切り分けの基準は特許かノウハウ秘匿かで解説しています。
Q. 個人情報保護のための実装も特許になるのですか?
A. なり得ます。沖電気工業の特許6575233は、MAが保有する顧客情報を最小限に絞り、アクション実行ごとに削除する構成を請求項に書き込んで登録されています。「制約に対応するための工夫」が技術的課題の解決として評価された例です。データの保持期間、項目の絞り込み、識別子の分離などを実装しているなら、権利化の候補になります。
Q. 特許が取れれば、そのデータの使い方は適法ということですか?
A. いいえ。特許庁の審査は発明の新規性・進歩性を判断するもので、実施が個人情報保護法上適法かどうかを審査するものではありません。特許を取得していても、実際にデータを扱う際には利用目的の特定・通知、要配慮個人情報の取扱い、第三者提供の制限などの要件を別途満たす必要があります。法令適合性については弁護士等にご確認ください。
Q. 同意管理(コンセント・マネジメント)の仕組みも権利化できますか?
A. 検討の余地があります。ロイヤリティマーケティングの特許7754965は、データ利用に同意するか否かの「制約情報」を登録させ、同意されたデータの対価としてポイントを算出する構成で登録されています。同意の粒度の設計、対価やインセンティブとの紐づけ方に独自性があれば、請求項の材料になり得ます。
Q. MAツールを提供していますが、他社特許のリスクは高いのでしょうか?
A. 一般的なシナリオ配信やスコアリングの機能があるだけで侵害になるものではありません。権利の効力は請求項の構成要件をすべて満たす実施に及ぶためです。ただし、この分野には公開公報を経ずに登録される特許(B1)も存在するため、競合ウォッチは登録公報まで含めて設計することをおすすめします。
Q. 出願から登録まで7.5か月というのは早いのですか?
A. 通常の審査では年単位かかるため、かなり短い部類です。博報堂DYホールディングスの特許6916367は、出願と同日に審査請求を行い、あわせて早期審査を申請した結果と考えられます。早期審査には所定の要件がありますが、要件を満たせば大幅な短縮が可能です。
個人情報保護は、マーケティングツールにとって制約であると同時に、技術競争の場になっています。「持たない」「都度取得する」「使ったら消す」「同意した分だけ使い、対価を払う」——これらはコンプライアンス対応の話に見えて、実際には請求項に書ける技術的工夫です。
一方で、購買履歴から健康状態を推定する特許も登録されています。データ利活用の技術は、対価型と推定型の両方向に進んでいるのが現状です。だからこそ、特許(弁理士)と法令適合性(弁護士)を別トラックで進める体制が、これからのマーケティング開発には必要になります。
知的財産事務所エボリクスへのご相談
エボリクス(evorix.jp)では、MA・CRM・CDP分野の特許出願、データの持ち方や同意設計を含む請求項の設計、競合特許のクリアランス調査を承っております。「セキュリティ要件のための実装が発明になるか」といったご相談も歓迎します。まずはお問い合わせフォームより、ご相談の流れとあわせてお気軽にどうぞ。
本記事の注意事項:本記事は2026年7月時点の公開特許情報(特許庁J-PlatPat)に基づく一般的な解説です。引用した請求項は公報の記載に基づきますが、権利範囲は最終的に公報の正本と出願経過により定まります。本記事の要約・分説は理解を助けるための整理であり、権利範囲を画定するものではありません。個人情報保護法その他の法令適合性については本記事は何ら判断を示すものではなく、実施にあたっては別途専門家の検討が必要です。特許と各社のサービス・製品との対応付けは、公報に製品名の記載がないため推測を含みます。侵害の成否について本記事は何ら断定するものではなく、個別事案の結論を保証するものでもありません。
AUTHOR / 執筆者
杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)
知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士
特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。