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任天堂スプラトゥーンのゲーム特許を弁理士が解説|「塗り」を守るクレーム戦略

作成者: 弁理士 杉浦健文|2026/07/08

『スプラトゥーン』の魅力は、なんといってもインクで地面を塗り合う爽快感にあります。しかし、この「塗る」という遊びの核心そのものが、実は複数の特許として権利化・出願されていることは、あまり知られていません。任天堂は、ゲームの「面白さ」や「操作の手触り」といった体験価値を、単なる演出ではなく技術発明として権利化しているのです。

本記事は、ビジネス層の方には「ゲームの面白さがどのように知的財産になるのか」という仕組みを、弁理士・知財実務者の方には「ゲームメカニクスのクレームドラフティングと権利化戦略」の具体例を提供することを目的としています。2024年のパルワールド関連訴訟などをきっかけに、ゲームメカニクスの特許が現実の権利行使手段として注目を集めるいま、スプラトゥーン特許群は格好の教材といえます。以下では、Google Patents原文で請求項を確認できた検証済みの特許のみを根拠に解説します。

目次

  1. 導入──なぜ今「ゲーム×特許」が注目されるのか
  2. ゲーム特許とは何か──発明該当性と権利化の基本構造
  3. 具体的特許の解説(基幹特許から続編アクションまで)
  4. 武器切替・スペシャルは特許化されているか(誠実な留保)
  5. 実務者向けの学び──ドラフティング・権利化・回避設計
  6. まとめ+ご相談について

1. 導入──なぜ今「ゲーム×特許」が注目されるのか

ゲーム産業の市場規模が拡大するにつれ、後発の類似ゲームに対する牽制手段として特許が使われる場面が増えています。「見た目は違うが仕組みが同じ」フォロワー製品に対して、著作権では対応が難しくても、技術的思想を保護する特許なら牽制の材料になり得るためです。

象徴的なのが、2024年に任天堂・ポケモンがポケットペア社(『パルワールド』)に対して提起したとされる特許訴訟です。ここではゲームメカニクスに関する特許が権利行使の手段として用いられており、ゲームの「仕組み」が現実のエンフォースメント(権利行使)に使われ得ることが広く知られるきっかけとなりました。なお、本記事は訴訟の勝敗や個別特許の有効性を断定する趣旨ではなく、あくまで権利行使が現実に行われている事例として言及するにとどめます。

任天堂の特徴は、「面白さ」や「操作感(手触り)」という体験価値を、単なる見た目の演出ではなく技術発明として捉えて権利化している点にあります。本記事で番号・内容を断定するのは、いずれもGoogle Patents原文で請求項を確認した検証済みの特許に限定しています。

2. ゲーム特許とは何か──発明該当性と権利化の基本構造

日本の特許法2条1項は、「発明」を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義しています。ここで重要なのは、ゲームの「ルール」や「遊び方」そのものは、人間が取り決めた約束事(人為的取決め)であって自然法則を利用していないため、それ単体では発明に該当しないという点です。「インクで陣地を塗り合って勝負する」というアイデアだけでは、特許にはなりません。

一方で、そのゲームをコンピュータ・ソフトウェアで実現する場合、ソフトウェアがハードウェア資源(CPU・メモリ・入力デバイス・表示制御など)と協働して具体的な情報処理を実現していれば、「ソフトウェア関連発明」として発明該当性が認められます。特許・実用新案審査基準 附属書B 第1章「コンピュータソフトウェア関連発明」が示す「ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」という要件です。かみ砕けば、抽象的なルールではなく「どの入力を受けて、どんな計算をして、どう表示・判定するか」という処理の流れが具体的に構築されているか、が問われます。

スプラトゥーン特許がいずれも「情報処理システム/情報処理プログラム/情報処理装置/情報処理方法」という4カテゴリー(物・プログラム・装置・方法)で構成されているのは偶然ではありません。これは発明該当性をクリアしつつ、権利範囲を面的に確保するための実務上の定石です。実装形態が異なる侵害者(プログラム提供者・装置販売者・サービス運営者など)を、いずれのカテゴリーでも捕捉できるようにしています。

UIやゲーム進行の制御を特許化する勘所は、「インクで塗る遊び」という抽象論で書かないことです。「操作入力 → 描画領域の着色 → 塗り状態に基づく判定」という技術的処理の流れとして記載してはじめて、発明として成立します。また、クレームにはゲームタイトルや「インク」「ブキ」といった固有名詞を原則入れず、「対応色」「描画領域」「描画イベント」のような上位概念・抽象用語で記載するのがゲーム特許の作法です。実はこの作法こそが、後述するように「固有名詞では番号検索できない」という調査上の難しさを生んでいます。

3. 具体的特許の解説

3-A. 基幹特許 特許第5980266号(ナワバリバトルの基本発明)

対応するゲーム機能:自キャラクタの対応色インクで仮想空間(地面・地形)を塗り、塗り領域の状態に応じてキャラクタの移動制御を変え、塗り面積などで対戦判定を行う「ナワバリバトル」の根幹メカニクスです。

請求項が守ろうとしている技術思想:請求項1は、ユーザの操作入力に基づき自キャラクタを制御する手段、対応色を仮想空間に描画(色付け)する手段、描画された領域の状態(自色領域か否か)に応じて表示制御・移動制御を変える手段、そして敵キャラクタの異なる色との間で描画状態を比較して対戦判定を行う手段を備える情報処理システムとして構成されています。「塗る」という体験の核心を、色付け処理と状態比較という技術的処理として捉えている点が要です。

権利範囲・実務の勘所:後述する6283072・6543361・6561155とタイトルが完全に共通しており、公開情報からはベース出願からの分割系列と読み取れます。その中で5980266は、比較的上位の概念を規定するベース出願と読み取れます(分割系列の親子関係を確定するには出願経過の確認が必要です)。FTO調査では番号単位でなく、ファミリー・分割系列全体を追う必要があることを示す好例です。(出典:特許第5980266号)

3-B. 特許第6283072号(移動と描画の別操作+面積勝敗判定)

対応するゲーム機能:移動と描画(塗り)を別々の操作入力で制御し、塗った面積の比較で勝敗判定する仕組みです。

請求項が守ろうとしている技術思想:請求項1は、自キャラクタを移動させる「第1の操作入力」と、描画動作をさせる「第2の操作入力(第1とは異なる)」を明示的に区別します。その上で、第2入力による対応色の色付け、異なる対応色の敵キャラクタへの攻撃、両色で色付けされた領域に基づく勝敗判定手段を規定しています。

権利範囲・実務の勘所:「移動用入力」と「描画用入力」を別入力として明確に限定することで、操作系の設計思想(片手で移動・片手で塗り、など)まで踏み込んで権利化しています。親特許の5980266より限定が付く分、狙いを絞った請求項になっており、上位概念と限定版を重ねる階層設計が学びどころです。(出典:特許第6283072号)

3-C. 特許第6543361号(自色領域での挙動変化=イカ移動・潜伏)

対応するゲーム機能:自分の色のインク領域にいるか否かで、キャラクタの表示・移動制御が変わる仕組みです。自色領域での高速移動、自色インクへの同化・潜伏による視認性の低下などが該当します。

請求項が守ろうとしている技術思想:請求項1は、自キャラクタが自身の対応色に色付けされた領域にいるときに、色付けされていない領域にいるときとは異なる表示制御および/または移動制御を行う、と規定します。「どこにいるか(自色か否か)で挙動が変わる」という操作感そのものを、条件分岐として技術的に定義しています。

権利範囲・実務の勘所:勝敗判定ではなく、「プレイヤーの手触り・戦術性」を生む挙動制御を独立の発明として切り出している点が特徴です。一見すると演出的な要素を、「領域の色と自色の比較 → 制御の切替」という条件分岐として記載し権利化した好例といえます。(出典:特許第6543361号)

3-D. 特許第6561155号(潜伏・移動速度差+通信対戦の塗り同期)

対応するゲーム機能:潜伏(インクに溶け込んで隠れる)・地形色に応じた移動速度差に加え、通信対戦時に描画情報を送受信し、複数プレイヤー間で塗り状態を同期する仕組みです。

請求項が守ろうとしている技術思想:請求項1(情報処理プログラム)は、移動用の第1操作入力・描画用の第2操作入力に加え、通信手段が「自キャラクタ描画イベントデータ」を生成・送信し、相手側の「敵キャラクタ描画イベントデータ」を受信して、両者に基づき自色・敵色で領域を色付けする、というマルチプレイヤー通信構成を規定します。

権利範囲・実務の勘所:単体プレイの塗りだけでなく、「オンライン対戦での塗り状態の同期・伝送」というネットワーク実装まで権利範囲に取り込んでいる点が実務的な着眼点です。描画そのものではなく「描画イベントの伝送」を捉えることで、実装アーキテクチャのレベルにまで権利範囲を及ぼそうとする意図がうかがえます(回避可能性・有効性には争いがあり得ます)。(出典:特許第6561155号)

3-E. 特開2022-124256(スプラトゥーン3の新アクション「イカロール」)

対応するゲーム機能:スプラトゥーン3の新アクション「イカロール(スクイッドロール)」です。潜伏状態で移動中にジャンプ+方向操作を行うと、素早く方向転換しながら跳ねてインクから飛び出します。

請求項が守ろうとしている技術思想:着色領域内で潜伏状態で移動中、ジャンプ入力・方向入力に応じ、「移動速度が所定速度以上」かつ「移動方向の変化角度が所定角度以上」という条件を満たす場合に、速度を維持したまま素早く方向転換しつつジャンプさせる制御を規定しています。操作性の向上を目的としています。

権利範囲・実務の勘所:新規アクション一つを「速度・角度の閾値条件+制御」として個別クレーム化することで、続編ごとに周辺特許網を継続的に形成する戦略がうかがえます。なお本件は公開(特開)段階=権利未確定であり、最終的な権利範囲は審査経過・登録後クレームで確認すべき点にご注意ください。(出典:特開2022-124256)

実務Tips(出願タイミング):イカロール等の出願日は2021年2月15日で、Nintendo Directでの初公開(2021年2月18日)のわずか3日前です。公表前に出願を完了させ、自らの公表による新規性喪失を回避する。この段取りの精度が、ヒット作の中核機能について新規性喪失を避け、権利化の可能性を高めるうえで重要になります。

3-F. 特開2021-102066(マップ上の標識表示・位置把握UI)※参考収録

対応するゲーム機能:マップ画面で、マップオブジェクトに隠される部分と隠されない部分とで標識(マーカー)の表示態様を変え、高さ方向の位置関係を把握しやすくするUI発明です。塗りや移動そのものではなく「位置把握」機能として参考収録します。

請求項が守ろうとしている技術思想:第1仮想カメラで3次元仮想空間を撮像した第1画像を生成し、マップオブジェクト上に標識オブジェクトを配置、第2仮想カメラで撮像した第2画像において、マップ構造により「隠される部分/隠されない部分」で標識の表示態様を異ならせる、と規定しています。

権利範囲・実務の勘所:一見「見た目の工夫」に過ぎないUI表現を、仮想カメラ・表示態様制御という技術的処理として記載し発明化している点が、UI特許の実務モデルとして参考になります。公開情報上、特願2017-002093(特開2018-110659)の分割出願とされています。本件も公開段階=権利未確定です。(出典:特開2021-102066)

3-G. 海外対応特許 US9943758B2/視点制御 US9132347B2

US9943758B2 は、5980266系と同一発明ファミリーの米国対応特許(優先日2014年5月14日)です。請求項1は、操作入力に基づく自キャラクタ制御と自色塗り、敵色・自色の塗色状態に基づく battle determination(対戦判定)、自キャラクタが位置する領域の色と自色との比較に基づく制御を規定しています。明細書には「ink gun」「shooting strength may be adjusted」の記載もあります。中核メカニクスを日本のみならず米国にも同一ファミリーで展開している、任天堂のグローバル権利化の姿勢が読み取れます。

US9132347B2 は、手持ちデバイスの姿勢(ジャイロ/加速度センサー)で仮想カメラの向き(視点・エイム方向)を制御する技術です。明細書には、第2仮想カメラの姿勢を手持ちデバイスの姿勢に対応させて算出する旨が記載されています。もっとも、これはスプラトゥーン特有というよりWii U世代の非対称協力プレイ技術であり、「ジャイロで視点を動かす」系譜として関連づけられるものです。なお請求項1の完全逐語文は未取得であり、以上は明細書記載および請求項断片に基づく要旨である点を正直に付言します。(出典:US9943758B2/US9132347B2)

実務Tips(有効性の留保):中核メカニクスを各国に同一ファミリーで出願するのは有力な戦略ですが、近年の一部の米国ゲームメカニクス特許には「広すぎる」との批判や一部無効化の報道もあります。取得した特許の有効性・射程には争いがあり得ることを前提に、権利範囲を過大評価しない姿勢が実務上は重要です。

4. 補足:武器切替・スペシャル・チャージは特許化されているか(誠実な留保)

読者の関心を引きやすい「ブキの切り替え」「スペシャルウェポンの発動」「チャージ(溜め撃ち)」そのものを、独立請求項の中心的な限定として明示的にクレームした任天堂特許は、今回の検証範囲では特定できませんでした。上記の基幹特許群の明細書には「インク銃の発射」「発射強度の調整」等の記載はありますが、これら3テーマを名指しで限定する独立請求項は確認できていません。

注意:塗りポイントでスペシャルゲージが溜まる、といった要素はゲーム仕様(攻略Wiki等で説明される事項)であって、特許の請求項そのものではありません。「仕様」と「クレーム」は別物です。この区別を曖昧にすると、存在しない権利を前提に議論してしまうリスクがあります。

この留保自体が、ゲーム特許調査における重要な教訓を示しています。すなわち「固有名詞では検索できない」「仕様と請求項は別物である」という2点です。より確実な特定には、J-PlatPat等で出願人=任天堂株式会社、抽象キーワード(ゲージ/蓄積/切替など)での網羅検索と、基幹特許群の被引用・分割ファミリーの実査が必要になります。

5. 実務者向けの学び──クレームドラフティング・権利化戦略・回避設計

観点 スプラトゥーン特許から読み取れる要旨
ドラフティング 「ルール」の言葉で書くと発明非該当・記載不備のリスク。必ず「操作入力→情報処理→表示/判定」の流れで、対応色・描画領域・描画イベント等の上位概念で記載する。
権利化戦略 中核メカニクスをベース出願で押さえ、続編ごとに新アクション・UI・通信技術で分割・関連出願を重ね、周辺特許網を面的に形成する。
出願タイミング 公表前に出願を完了させ新規性喪失を回避する。開発資料レビュー・実機プレイを通じ、開発者自身が気づいていない発明まで発掘する体制が鍵。
回避設計 独立請求項の限定要素(移動と描画を別入力とする/自色領域か否かで制御を切替える/描画イベントを送受信する等)を分析し、どの限定を外せば充足を避けられるかを検討する。

回避設計で特に注意したいのは、単一番号の回避では足りないという点です。スプラトゥーン特許のようにファミリー・分割系列全体で複数の権利範囲が重層的に張られている場合、ある独立請求項の限定を外せても、上位概念を押さえた親特許や別カテゴリーのクレームに抵触し得ます。系列全体をマッピングした上で自由度を評価する必要があります。

実務Tips(FTO調査):固有名詞ではヒットしません。抽象概念キーワード(移動/描画/判定/操作入力/仮想空間等)、IPC/FI分類(A63F13系:ビデオゲーム)、出願人名寄せ、被引用・分割ファミリーの実査を組み合わせるのが実効的です。

注意(番号・種別の確認):登録公報はJP…B2、公開公報はJP20XX-XXXXXXA(特開)と書式が異なります。公開(特開)段階は権利未確定であり、審査経過・補正後の登録クレームで権利範囲を確認すべきです。二次情報の番号は誤記・失効の可能性があるため、J-PlatPatやGoogle Patents原文で書誌・種別・請求項を一次確認することを推奨します。

6. まとめ+ご相談について

スプラトゥーンの「塗り」「イカ移動・潜伏」「通信対戦での塗り同期」という体験価値は、抽象概念を用いたクレームドラフティングと分割戦略の組み合わせによって、面的に権利化されています。基幹特許(特許第5980266号)で中核を押さえ、別入力による面積勝敗判定(特許第6283072号)、自色領域での挙動変化(特許第6543361号)、通信同期(特許第6561155号)、続編の新アクション(特開2022-124256)へと、権利網が層状に広がっている構図です。

この考え方はゲームに限りません。自社サービスの「面白さ」や「使い勝手」を支える技術的工夫も、記載の仕方次第でソフトウェア関連発明として権利化しうると考えられます。抽象的なアイデアのままではなく、「入力→情報処理→表示・判定」という技術的処理として捉え直すことが、その第一歩になります。

知財事務所エボリクスへのご相談

知財事務所エボリクス(evorix.jp)では、ソフトウェア・ゲーム関連発明の出願、クレーム設計、FTO(侵害予防)調査などのご相談を承っております。自社の「面白さ」や「使い勝手」をどう技術発明として捉え、権利化を検討できるか、まずはお問い合わせフォームよりお気軽にご相談ください。

※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別事案の結論を保証するものではありません。記載の特許情報は執筆時点の公開情報に基づきます。特に公開(特開)段階の案件は権利が未確定であり、実際の権利範囲は審査経過および登録後の請求項によってご確認ください。

スプラトゥーン特許シリーズ(全5回)