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ベトナム特許制度の完全ガイド|2022年改正IP法・実用新案併願・PCT移行を弁理士が徹底解説

作成者: 弁理士 杉浦健文|2026/05/13

ベトナムは ASEAN 最大級の経済成長国の一つであり、製造拠点・市場の両面で日本企業の関心が高まっています。2022年改正IP法(2023年1月1日施行)により制度の国際標準化が大きく進み、外国出願人にとってより使いやすくなりました。

本記事では、ベトナム特許制度の全体像を日本企業向けに弁理士が実務目線で総合解説します。法体系、2022年改正のポイント、発明特許と実用新案の比較、特許適格性、出願フロー、PCT移行、侵害対応、費用感まで網羅しています。

📌 ベトナム特許の3つの基本理解

  1. 単一IP法による統合規律 + 2022年大改正による近代化
  2. 発明特許20年・実用新案10年の二段階制度(両者とも実体審査あり)
  3. ベトナム語訳の品質が権利の生命線(オーソリティはベトナム語版)

目次

  1. ベトナム知的財産法の体系と所管庁
  2. 2022年改正IP法の特許関連ポイント
  3. 発明特許と実用新案の比較
  4. 特許適格性(Patentable Subject Matter)
  5. 出願手続きと審査フロー
  6. PCT国内移行とパリ条約優先権
  7. 権利行使と侵害対応
  8. 無効審判・異議申立・第三者意見
  9. 強制実施権(Compulsory License)
  10. 費用の目安
  11. 日本企業向け実務Tips
  12. 無料相談・お問い合わせ

1. ベトナム知的財産法の体系と所管庁

ベトナムの知的財産法は、Law No. 50/2005/QH11(2006年7月1日施行)を原法とし、3度の改正を重ねた単一統合型の法典です。商標・著作権を含むすべての知財権をこの一本の法律が規律します。

法令区分 名称・番号 施行 主な意義
原法 Law No. 50/2005/QH11 2006/07/01 IP法制定・WTO加盟準備
第1次改正 Law No. 36/2009/QH12 2009年 TRIPS整合化
第2次改正 Law No. 42/2019/QH14 2019年 CPTPP対応・薬事データ保護
第3次改正(最新) Law No. 07/2022/QH15 2023/01/01 EVFTA/RCEP対応、特許大改正
施行令 Decree 65/2023/ND-CP 2023年 特許・商標等の手続細則
通達 Circular 23/2023/TT-BKHCN 2023年 審査ガイドライン・様式

所管庁はIntellectual Property Office of Vietnam(IPVN/IP Vietnam)、ベトナム語名 Cục Sở hữu trí tuệ科学技術省(MOST)傘下の特許・実用新案・意匠・商標の登録機関です。略称は旧称NOIPから現在のIPVN/IP Vietnamに変更されています。著作権は別組織(COV、文化スポーツ観光省所管)が所管します。

2. 2022年改正IP法の特許関連ポイント

2022年改正は、EVFTA・RCEP等のFTA整合と国費研究成果活用、手続効率化を目的とした大規模改正で、日本の出願人にとっても無視できない変更を含みます。

⭐ 1. 新規性喪失の例外

猶予期間が 6ヶ月 → 12ヶ月 に拡大。対象も発明者・出願権者・無権限第三者の不当開示まで明確化(Art. 60.3, 60.4)。日本特許法30条と同水準に。

⭐ 2. 異議申立制度の新設

公開後 9ヶ月以内 の正式な異議申立制度を新設(Art. 112a)。公開後の競合特許モニタリング体制が必要。

⭐ 3. 補正の制限明確化

当初明細書の開示を超える補正(new matter)を明示禁止(Art. 115)。日本・EPOに近い運用に。

⭐ 4. 国費研究成果の出願権

実施機関(研究機関等)に出願権が帰属することを明確化(Art. 86, 86a)。

⭐ 5. 強制実施権の拡充

公衆衛生危機・パンデミック対応・医薬品輸出(TRIPS第31条bis)など事由を拡充(Art. 145, 146)。

⭐ 6. 遺伝資源・伝統的知識

バイオ発明の出所開示義務を導入(Art. 86a)。

💡 日本クライアントへの実務的影響 ①グレースピリオドが日本特許法30条と同じ12ヶ月になった、②補正制限が日本実務(17条の2第3項)に近づいたため明細書翻訳・補正戦略の見直しが必要、③公開後9ヶ月の正式異議申立により公開後の競合特許モニタリング体制の構築が要請される。

3. 発明特許と実用新案の比較

ベトナムは発明特許(Bằng độc quyền sáng chế)と実用新案(Bằng độc quyền giải pháp hữu ích)の二段階制度を採用しており、両者ともに実体審査を経る点が日本の実用新案(無審査)とは大きく異なります。

比較項目 発明特許 実用新案
根拠条文 IP法 第58条第1項 IP法 第58条第2項
保護対象 物・方法の技術的解決手段 同左(実務上は「物」のみとの解釈が有力)
新規性 絶対新規性(世界公知) 同基準
進歩性 必要(当業者にとって自明でない) 不要。「一般的知識ではないこと」のみ
存続期間 出願日から20年 出願日から10年
実体審査 あり あり(進歩性のみ除外)
実体審査請求期限 42ヶ月以内 36ヶ月以内
標準審査期間(公式) 18ヶ月 12ヶ月
実際の審査期間 3〜5年 2〜3年
変更出願 実体審査着手前まで実用新案へ変更可 発明特許へ変更可

💡 日系企業の実務戦略 中核技術や20年保護が必要な発明・海外でも特許化する大型案件は発明特許。進歩性に疑問のある改良発明や製品ライフサイクルが短い分野は実用新案。一般的には「まず発明特許で出願 → 進歩性で拒絶された場合に実用新案へ変更」という保険的アプローチが推奨されます。

4. 特許適格性(Patentable Subject Matter)

特許対象となる発明は、新規性・進歩性・産業上利用可能性の3要件を満たす必要があります(IP法第58条)。一方、第59条は不特許事由を列挙しています。

⚠️ 不特許事由(Art. 59)

  • 発見、科学理論、数学的方法
  • 精神活動の規則・方法、ゲーム、ビジネス方法コンピュータプログラム(純粋なソフトウェア)
  • 情報の提示(データ構造に技術的意義あれば可の可能性)
  • 美的創作物(意匠で保護を検討)
  • 人体・動物の診断・治療・外科的方法(物質・医療機器は可)
  • 植物品種・動物品種、本質的に生物学的な育種方法
  • 公序良俗・公衆衛生・国防に反する発明

ソフトウェア・CII発明

「コンピュータプログラムそれ自体」は不特許ですが、技術的効果(technical effect)を奏する実装はEPO型のアプローチで認められる傾向にあります。明細書に技術的課題と技術的解決手段を明示することが重要です。

医薬発明

新規化合物、医薬組成物、製造方法、第一医薬用途は概ね特許可能です。第二医薬用途(second medical use)はスイス型クレーム("Use of compound X for the manufacture of a medicament for treating Y")が実務上認められる方向にありますが、運用に揺れがあり最新事例の確認が推奨されます。投与方法・投与レジメンに特徴がある発明は治療方法に該当し不特許です。

バイオ関連発明

単離された微生物・遺伝子・抗体は機能・有用性が明示されていれば特許可能、微生物学的方法・組換え方法も可能ですが、植物・動物品種と本質的に生物学的な育種方法は不可です。2022年改正で遺伝資源・伝統的知識の出所開示義務(Art. 86a)が導入されたため、関連発明の出願時には注意が必要です。

5. 出願手続きと審査フロー

必要書類と言語要件

出願書類は願書・明細書・特許請求の範囲・要約・図面で、言語はベトナム語が原則です。実務上は英文で先に出願し、出願日から2ヶ月以内にベトナム語訳を提出することで出願日を確保するのが一般的です。

書類 必要性 提出期限
願書・明細書・クレーム・要約 必須 出願時(ベトナム語訳は2ヶ月以内、延長可)
図面 必要時 出願時
優先権証明書(DAS可) 優先権主張時 出願日から3ヶ月以内
委任状(POA) 代理人選任時 1ヶ月以内・公証・認証不要
譲渡証 発明者と出願人が異なる場合 同上

✅ 委任状の公証・認証不要はベトナム実務の大きな利点。中国・インドネシア等が公証要求する中で手続が簡便で、一般委任状(general POA)を1通取得して現地代理人に預けておけば以降の案件に流用可能です。

出願ルートとタイムライン

1

出願(Day 0)

願書+明細書(ベトナム語または英語)を IPVN へ提出

2

方式審査(約1ヶ月)

書類の形式・要件チェック

3

出願公開(19ヶ月目)

優先日/出願日から19ヶ月目に公開(早期公開も可)

4

実体審査請求(発明42ヶ月/実用新案36ヶ月以内)

期限を逃すと出願失効。必須手続

5

実体審査(公式18ヶ月/実際3〜5年)

新規性・進歩性・産業上利用可能性を審査

6

OA応答(3ヶ月+3ヶ月延長可)

拒絶理由通知への応答・補正

7

登録査定 → 登録料納付 → 特許証発行 → 年金納付(毎年)

登録後は毎年の年金納付で権利維持

6. PCT国内移行とパリ条約優先権

🌐 PCT国内移行

期限:優先日から31ヶ月(32ヶ月の延長制度なし・要注意)
戦略時間が必要な場合の主流ルート

🇫🇷 パリ条約優先権

期限:第一国出願日から12ヶ月
優先権書類は3ヶ月以内(DAS可)。早期権利化向け

📌 ベトナムはDAS参加国であり、JPOで出願時にDASアクセスコードを取得すれば紙の優先権証明書の提出は不要。PCTルートが主流で、ベトナム単独・早期権利化を狙う場合のみパリルートを選択する戦略が一般的です。

7. 権利行使と侵害対応

ベトナムでは民事訴訟・行政手続・刑事手続の3ルートが並立しますが、特許侵害は刑事罰の対象外(刑法第225条は著作権、第226条は商標・地理的表示のみ)である点が、商標との大きな違いです。

比較項目 民事訴訟 行政手続(主流) 刑事手続
根拠 IP法198条、民訴法 IP法211条、Decree 99/2013 刑法225,226条
管轄 人民裁判所知財専門部 MOST検査局、市場管理局、経済警察、税関 警察、検察、裁判所
特許への適用 ◯ 損害賠償が得られる唯一の手段 ◯ 最も多用される × 適用なし
救済 差止、損害賠償、廃棄、謝罪 罰金、没収、廃棄、是正命令
期間 1〜3年(控訴含めると長期化) 数ヶ月〜1年
行政罰金上限 個人2.5億VND(約150万円)/法人5億VND(約300万円)

💡 ベトナム実務では行政ルートが主流 迅速・低コスト・行政庁の調査権限を活用できる点が評価。申立に先立ち、VIPRI(ベトナム知財研究所)の専門家鑑定意見書を取得することが事実上必須(取得期間2〜3ヶ月)で、行政・民事いずれの侵害判断でも実質的な決め手になります。

損害賠償(IP法第205条)は、①実損害+逸失利益、②侵害者利益、③ロイヤルティ相当額の順で算定し、いずれも困難な場合は裁判所裁量で最大5億VND(約300万円)の法定損害賠償が認められます。全体として賠償水準は概して低水準です。

8. 無効審判・異議申立・第三者意見

2022年改正で正式な異議申立制度が新設され、第三者関与の手段が3層構造になりました。

比較項目 第三者意見 異議申立(新設) 無効審判
根拠条文 Art. 112 Art. 112a(2022年新設) Art. 96
時期 公開後〜付与決定まで 公開後9ヶ月以内 付与後、原則期間中いつでも
法的地位 情報提供 準当事者対立構造 当事者対立構造
不服申立 不可 行政訴訟可

無効審判の申立期限は原則として付与日から5年以内ですが、特許性欠如(Art. 96(1)(b))を理由とする場合や信義に反する取得の場合は期限の制限なしで申立可能です。

9. 強制実施権(Compulsory License)

IP法第145条は以下を強制実施権の発動事由として規定しています:

  • 不実施(特許付与から4年経過、または許諾要求から3年経過しても国内で正当理由なく実施されていない場合)
  • 公益目的(国防・国家安全・公衆衛生・栄養)
  • 反競争的行為への対応
  • 医薬品輸出(Doha宣言・TRIPS第31条bis、2022年改正で拡充)
  • 従属特許の利用

ロイヤルティは当事者合意が原則で、不調時はMOSTが市場ライセンス料水準・経済的価値・付与理由を考慮して決定(Art. 146)。強制実施権は非排他的・事業一体譲渡のみ・原則国内市場供給に限定。なお、ベトナムにおいて実際に強制実施権が発動・付与された公開事例は確認されていません。制度としては「予備的な交渉カード」「政策上の選択肢」として位置付けられているのが実情です。

10. 費用の目安

公費(IPVN)は比較的安価で、出願から登録までの公費総額は数万円規模に留まりますが、実費の大半は現地代理人費用と翻訳費用となります。

区分 項目 金額目安
公費 出願料/独立クレーム 15万VND(約900円)
実体審査請求料(発明特許)/独立クレーム 72万VND(約4,300円)
実体審査請求料(実用新案)/独立クレーム 48万VND(約2,900円)
公開料 12万VND(約720円)
登録料/独立クレーム 12万VND(約720円)
年金(17-20年目)/独立クレーム 420万VND(約25,000円)
代理人費用 直接出願(10クレーム規模) USD 800〜1,500(約12〜23万円)
PCT国内移行 USD 700〜1,200(約11〜19万円)
OA応答(標準〜複雑) USD 600〜1,500(約9〜23万円)
年金管理/年 USD 50〜150(約8千〜2.3万円)
翻訳費用 機械・電気分野(英→ベトナム語) USD 0.08〜0.12/単語
化学・バイオ・医薬 USD 0.12〜0.20/単語
標準明細書(1万単語)の翻訳合計 USD 1,000〜2,000(約15〜30万円)

⚠️ 年金は毎年支払い 日本のような複数年一括ではなく毎年支払い。遅延納付は6ヶ月以内に限り遅延月×10%の割増で可能です。費用は年度により改定されるため、最終見積りは現地代理人に確認することを推奨します。

11. 日本企業向け実務Tips

⚠️ 翻訳精度の決定的重要性

ベトナム語版が正式版(オーソリティ)であり、原語版は参考に過ぎません。クレーム解釈・侵害判断はベトナム語訳に基づき行われ、翻訳ミスは権利範囲の縮小・無効リスクに直結します。さらに、翻訳の誤りに起因する不正確な記載は補正で訂正できない場合がある(new matter 禁止)ため、最初の翻訳精度が極めて重要です。バックトランスレーションによる検証、技術用語集の事前準備、信頼できる現地代理人+翻訳者の二重チェックは投資価値の高い実務です。

✅ 進歩性判断とOA応答

ベトナムの進歩性判断はEPOの問題解決アプローチに近く、米国より厳しめ、日本とほぼ同水準です。IPVN審査官はJPO・EPO・USPTO・KIPO・SIPO等の先行審査結果(ISR、IPER、各国サーチレポート)を積極的に参照する傾向があり、これがPPHやASPECが実効的に機能する理由でもあります。JPO-IPVN間PPH試験プログラムは2016年から継続中で、日本で特許査定を取得済みの案件はベトナムでも早期審査の対象になり得ます(年間枠あり)。

⏱ 審査遅延への備え

公式期間(実体審査18ヶ月)と実際の期間(3〜5年)のギャップは依然大きく、化学・医薬では5年超のケースもあります。実体審査請求は出願時または早期に行うこと、PPH/ASPECの積極活用商業化スケジュールに余裕を持った計画が必須です。2022年改正後の電子化・審査官増員で徐々に改善傾向にあります。

🎯 戦略上の留意点

  1. PCT移行が標準ルート(31ヶ月の猶予)。パリルートはベトナム単独・早期権利化が必要な場合に限定
  2. 実用新案を防御的併願ツールとして活用 — 進歩性に疑問がある案件は変更出願(Art. 115)の活用を念頭に
  3. 委任状は公証不要・一般委任状で流用可能 — 複数案件出願企業は1通を現地代理人に預けておく運用が効率的
  4. 公開後9ヶ月の異議申立期間と無効審判の期限なし運用を踏まえ、付与後も継続的に競合特許のモニタリング体制を維持
  5. JPO-IPVN PPH の積極活用 — 日本で査定取得済み案件のベトナム早期権利化に有効

結びに:日越特許実務の3つの基本理解

ベトナム特許制度は、①単一IP法による統合規律と2022年大改正による近代化②発明特許20年・実用新案10年の二段階制度(両者とも実体審査あり)③ベトナム語訳の品質が権利の生命線、という3点を押さえれば、日本の特許実務の延長として概ね理解可能な制度です。

他方で、特許侵害が刑事罰の対象外であること、行政手続が侵害対応の主流であること、実体審査が3〜5年要することVIPRI鑑定意見書が事実上必須であることといったベトナム独自の運用は、戦略立案上極めて重要です。

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