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この記事のポイント:EUTM(欧州連合商標)は、1件の出願でEU加盟27か国すべてで商標保護を受けられる制度です。日本の特許庁(JPO)とは審査方式が大きく異なり、EUIPOは相対的拒絶理由(類似商標の存在)を審査しないという特徴があります。
EUTM(European Union Trade Mark:欧州連合商標)は、欧州連合知的財産庁(EUIPO)に1件の出願を行うことで、EU加盟27か国すべてで有効な商標権を取得できる制度です。
27か国
1件の出願で保護
EUR 850
1区分の出願費用
10年
保護期間(更新可)
各国個別に出願する場合と比較して、手続きの一元化とコスト削減が大きなメリットです。ただし、一国でも拒絶理由があればEU全体で登録が拒絶される「一体性の原則」があるため、出願戦略の検討が重要です。
出願準備・調査
EUIPOのeSearch plusやTMviewデータベースで既存商標を事前調査します。指定商品・役務は「調和データベース(HDB)」の事前承認済み用語を使用すると、Fast Track(迅速処理)の対象となります。
出願
EUIPOにオンライン(推奨)または書面で出願します。出願から1か月以内に手数料を納付する必要があります。
方式審査・絶対的拒絶理由の審査
EUIPOは絶対的拒絶理由(識別力の欠如、記述的商標、公序良俗違反など)のみ審査します。問題があれば通知が発行され、2か月以内に応答します。
公告・異議申立て期間
審査通過後、EU商標公報に公告されます。公告日から3か月間の異議申立て期間があります。
登録
異議が出されなければ(または異議が退けられれば)、商標が正式に登録されます。順調な場合、出願から登録まで約4〜6か月です。
Fast Track(迅速処理):HDB(調和データベース)の事前承認済み用語のみを使用して出願する場合、追加費用なしでFast Track処理が適用され、審査が大幅に迅速化されます。
最重要ポイント:EUIPOは絶対的拒絶理由のみを審査し、相対的拒絶理由(類似する先行商標との抵触)は審査しません。これは日本の特許庁(JPO)との最大の違いです。
EUIPOが審査する絶対的拒絶理由(EUTMR第7条)には以下が含まれます。
| 拒絶理由 | 内容 |
|---|---|
| 識別力の欠如 | 自他商品識別力がない商標 |
| 記述的商標 | 商品・サービスの品質・特徴を直接表す語 |
| 普通名称 | 慣用的に使用されている一般名称 |
| 公序良俗違反 | 公序良俗に反する標章 |
| 欺瞞的商標 | 商品の品質・産地等について需要者を欺く商標 |
類似する先行商標が存在するかどうかは、EUIPOが検索レポートを作成して出願人に通知しますが、これはあくまで情報提供であり、類似商標の存在を理由とした拒絶は行いません。先行権利者が自らの権利を守りたい場合は、異議申立てを行う必要があります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 異議申立て期間 | 公告日から3か月(延長不可) |
| 申立て費用 | EUR 320 |
| 冷却期間 | 異議申立て後2か月(最大24か月まで延長可能) |
| 使用証明の要求 | 先行商標の登録から5年以上経過の場合、出願人が要求可能 |
| 不服申立て | 審判部(Board of Appeal)へ上訴可能(EUR 720) |
日本との重要な違い:EUTMの異議申立ては登録前(公告後3か月以内)に行われます。日本では登録後に異議申立てを行う制度です。EUでは異議で阻止できなければ、そのまま登録されます。
| 手続 | オンライン | 書面 |
|---|---|---|
| 出願(1区分) | EUR 850 | EUR 1,000 |
| 2区分目 | EUR 50 | EUR 50 |
| 3区分目以降(各) | EUR 150 | EUR 150 |
| 団体商標・証明商標(1区分) | EUR 1,500 | EUR 1,800 |
| 更新(1区分) | EUR 850 | EUR 1,000 |
| 異議申立て | EUR 320 | EUR 320 |
コストメリット:EU加盟27か国で個別に出願する場合と比較すると、EUTMは圧倒的にコスト効率が高くなります。例えば3区分の出願でもEUR 1,050(約17万円)で27か国をカバーできます。
EUIPOでは以下の10種類の商標を登録できます。
文字商標:標準フォントの文字・数字のみ
図形商標:ロゴ・図案・文字と図の組合せ
立体商標:三次元の形状(容器・包装等)
位置商標:商品上の特定位置に付される標識
パターン商標:規則的に繰り返される要素の集合
色彩商標:単色または色の組合せ(輪郭なし)
音商標:音声ファイル(MP3、最大2MB)
動き商標:要素の動き・位置変化(MP4)
マルチメディア商標:映像と音の組合せ(MP4)
ホログラム商標:ホログラム特性を持つ要素
注意:日本語・中国語・韓国語の文字は、EUIPOでは文字商標ではなく図形商標として分類されます。日本企業が漢字やカタカナの商標をEUで登録する場合は、この点に留意が必要です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 保護期間 | 出願日から10年間 |
| 更新 | 10年ごとに無期限で更新可能 |
| 更新申請期間 | 満了6か月前〜満了日まで |
| 猶予期間 | 満了後6か月以内(25%の割増料金、最大EUR 1,500) |
日本との違い:EUTMの保護期間は出願日から起算されますが、日本の商標権は登録日から起算されます。また、EUは更新時に使用証明を求めません(アメリカは更新時にも使用宣誓書が必要)。
EUTMは登録後5年以内にEU域内で「真正な使用(genuine use)」を開始する必要があります。5年間継続して不使用の場合、第三者が取消請求(revocation)を行うことができます。
取消の条件
登録後5年間継続して不使用であること。取消請求費用はEUR 630。立証責任は商標権者側にあり、使用を証明する必要があります。
使用の範囲
EU加盟国のうち1か国以上での使用で足りる場合がありますが、商品・サービスの性質や市場規模に応じて「EU域内での真正な使用」と認められる必要があります。
シニオリティ(Seniority)は、EUTM独自の制度で、EU加盟国の国内商標登録の先行日をEUTMに引き継ぐことができます(EUTMR第39条・第40条)。
シニオリティの要件
シニオリティを主張すると、国内登録を放棄しても、その国においてはEUTMが国内登録と同等の権利を有するとみなされます。ただし、国内登録が無効・取消となった場合はシニオリティも失われるため、EUTM登録後も少なくとも5年間は国内登録を維持することが推奨されます。
EUはマドリッド議定書に加盟しており、EUIPOは「本国官庁」としても「指定官庁」としても機能します。
EUTMを基礎として国際出願
既存のEUTMを基礎として、WIPOへの国際出願(マドプロ出願)が可能。EUIPO取扱手数料はEUR 300。
マドプロでEUを指定
国際出願でEUを指定国として選択可能。直接EUTM出願と同様の審査・異議申立てプロセスが適用されます。
EU指定が拒絶された場合は、個別のEU加盟国への出願(コンバージョン)に切り替えることも可能です。
| 比較項目 | EUTM(EUIPO) | 日本(JPO) |
|---|---|---|
| 保護範囲 | EU27か国 | 日本のみ |
| 審査範囲 | 絶対的拒絶理由のみ | 絶対的+相対的拒絶理由 |
| 異議申立て | 登録前(公告後3か月) | 登録後(2か月) |
| 保護期間の起算 | 出願日から10年 | 登録日から10年 |
| 不使用取消 | 5年不使用 | 3年不使用 |
| 日本語商標 | 図形商標として扱う | 文字商標として扱う |
| 証明商標 | 2017年から利用可能 | 地域団体商標が類似制度 |
EUIPOの最新動向
意匠制度改革(2025年5月〜):共同体意匠が「欧州連合意匠(EUD)」に改称。デジタル専用出願の導入、動き・アニメーション・デジタル製品への保護対象拡大が実施されています。
地理的表示の新制度(2025年12月〜):EUIPOが手工芸品・工業製品の地理的表示をEU全域で保護する権限を取得。加盟国は2026年12月までに既存の国内GIを登録する必要があります。
SME基金(2025年継続):EU域内の中小企業向けに、商標・意匠の出願費用の補助(バウチャー制度)が引き続き提供されています。