2026年7月、任天堂株式会社と株式会社ポケモンが共同で出願していた1件の特許出願が、拒絶査定を受けました。出願番号は特願2026-019762、発明の名称は「ゲームプログラム、ゲームシステム、ゲーム装置、およびゲーム処理方法」です。
注目を集めたのは、拒絶の理由に使われた資料でした。審査官が主引用例として挙げたのは、2013年にYouTubeへ投稿された、ポケモンの非公式なファンゲームの実況動画だったのです。出願人側は意見書で「それは著作権を侵害するゲームの動画である」と反論しましたが、審査官は「引用発明における著作権侵害の有無は進歩性判断と無関係である」として、その主張を退けました。
さらに読み進めると、もう一つの構図が見えてきます。審査官が「周知技術」の根拠として挙げた資料のうち2件は、ポケモン自身の公式サイトと、自社ゲーム『ポケットモンスターX・Y』の実況動画でした。自社が13年前に公開した情報が、いま出した出願の前に立ちはだかった形です。
本記事は、特許庁のJ-PlatPatで拒絶理由通知書・意見書・拒絶査定の三つの原文をすべて確認したうえで、この案件で何が争われたのかを整理します。報道の見出しだけでは分からない論点が、いくつも含まれています。
先に、誤解を避けるために:本件で拒絶査定を受けたのは8件からなる分割出願ファミリーのうちの1件です。同じ日に出願された「双子」にあたる特願2026-019760は、2026年8月27日時点で審査中のままです。また、パルワールド訴訟で行使されている特許第7545191号・第7493117号は、いずれも同日時点でJ-PlatPat上「特許 有効」と表示されています。「任天堂の特許が動画によって無効になった」という話ではありません。
目次
まず、J-PlatPatの経過情報で確認できる事実を時系列に並べます。特許の世界では珍しく、この案件は審査官の書類も出願人の書類も、どちらも全文が公開されています。
| 日付 | 手続 |
|---|---|
| 2021年12月22日 | 原出願日(本件の遡及日) |
| 2026年2月10日 | 特願2026-019762を分割出願(特許法44条1項) |
| 2026年2月18日 | 手続補正書(自発)・出願審査請求書・上申書・早期審査に関する事情説明書 |
| 2026年3月4日 | 早期審査に関する通知書 |
| 2026年4月24日発送 (起案日 4月21日) | 拒絶理由通知書(特許法29条2項・進歩性)+非特許文献送付書6通 |
| 2026年6月11日 | 意見書 |
| 2026年7月13日発送 (起案日 7月7日) | 拒絶査定+非特許文献送付書6通 |
出願から拒絶査定まで、5か月3日。早期審査を使った案件とはいえ、かなりの速さです。出願人側は出願の8日後には自発補正と審査請求を済ませており、権利化を急いでいた様子がうかがえます。
実務Tips(日付の読み方):報道では「4月21日付」「7月7日付」と書かれることがありますが、これは書類の起案日です。J-PlatPatの経過記録に並ぶのは発送日で、それぞれ4月24日・7月13日。応答期間の起算は発送日または謄本の送達日を基準に考えます。他社案件を調べて期限を読むときは、どちらの日付を見ているのかを必ず意識してください。
なお、この出願は分割出願です。原出願は特願2024-031879で、そちらは特許第7819228号として登録されています。さらに遡ると、2021年12月22日に出された1件の出願から枝分かれした、8件のファミリーの一員であることが分かります。この系譜は、パルワールド訴訟で行使されている特許と同じものです(詳しくは第8章で扱います)。
議論の対象を正確につかむために、まず請求項1を原文で読みます。以下は2026年2月18日付の手続補正書に記載されたもので、A・B・Cといった分説の記号は、拒絶理由通知書のなかで審査官自身が付けたものです。審査官が発明をどう切り分けたかがそのまま見えるので、実務の教材としても価値があります。
特願2026-019762 請求項1(令和8年2月18日付手続補正書・原文引用/分説記号は審査官による)
A タッチパネルを備えた情報処理装置のコンピュータに実行されるゲームプログラムであって、
B 前記コンピュータに、前記タッチパネルに対するタッチ操作を含む操作入力に基づいて、
B1 仮想空間内のフィールドにおいてプレイヤキャラクタを移動制御させ、
B2 前記プレイヤキャラクタに、前記フィールドに配置されたフィールドキャラクタを捕獲する捕獲アイテムを使用させ、
B3 プレイヤが所有しているキャラクタであって、前記フィールドキャラクタと戦闘を行う戦闘キャラクタを前記フィールドに登場させ、
B4 前記フィールドキャラクタとの前記フィールドにおける戦闘中において、攻撃コマンドおよびアイテムコマンドを少なくとも含む複数のコマンドのコマンド指示画像を表示させ、前記タッチパネルを用いた操作入力によるコマンド選択によって制御を行わせ、
C 戦闘中に前記アイテムコマンドによって前記捕獲アイテムが使用された場合、および非戦闘状態において前記捕獲アイテムが使用された場合、捕獲成功判定を行わせ、当該捕獲成功判定が肯定判定された場合に、前記フィールドキャラクタを捕獲してプレイヤが所有する状態に設定させる、
A ゲームプログラム。
噛み砕くと、次のような内容です。
| 要件 | 求めていること |
|---|---|
| A | タッチパネルのある機器で動くゲームプログラムであること |
| B1〜B3 | フィールドを歩き、アイテムでキャラクタを捕まえ、捕まえたキャラクタを戦わせること |
| B4 | 戦闘中に「攻撃」「アイテム」などのコマンド画像を出し、タッチで選ばせること |
| C | 戦闘中でも、戦闘していないときでも捕獲アイテムを使え、使ったら成功か失敗かを判定すること |
ポケモンのゲームを遊んだことがある方なら、ほとんど説明が要らない内容だと思います。実務的に重要なのは、この請求項が「戦闘中の捕獲」と「非戦闘状態の捕獲」の両方を一つの請求項に書き込んでいる点、そして「タッチパネル」を前提に置いている点です。この2点が、後で相違点として争われます。
拒絶理由通知書と拒絶査定に挙げられた引用文献等は、次の8件です。このうち特許公報はわずか2件で、残る6件はYouTube動画・ゲームメディアの記事・公式サイト・攻略wikiでした。
| 番号 | 資料 | 公開日 | 位置づけ |
|---|---|---|---|
| 1 | ファンメイドゲーム「Pokemon Generations」の実況動画(YouTube) | 2013年6月1日 | 主引用例 |
| 2 | 『ARK: Survival Evolved』とスマホ版『ARK mobile』の違いを紹介する記事(ファミ通App) | 2018年4月4日 | 周知技術 |
| 3 | 『PUBG MOBILE』のサービス開始を伝える記事(ファミ通.com) | 2018年5月16日 | 周知技術 |
| 4 | 『ポケットモンスターX・Y』公式サイト「ポケモンを捕まえて、仲間にしよう!」(Internet Archiveの保存版) | 2013年7月9日 | 周知技術 |
| 5 | 『ポケモンY』のプレイ動画(YouTube) | 2013年10月18日 | 周知技術 |
| 6 | 特開2007-312930 | — | 周知技術 |
| 7 | 特開2013-070869 | — | 周知技術 |
| 8 | 「ものひろいで拾えるもの」(ポケモンX・Y 攻略情報まとめwiki) | 2014年2月17日 | 周知技術 |
黄色で示した引用文献4と5に注目してください。4はポケモン自身の公式サイト、5は自社ゲーム『ポケモンY』のプレイ動画です。審査官はこの2件を根拠に、「戦闘中に相手にボールを投げて捕獲できる」「ボールを投げると成功と失敗が判定される」という仕様は、ポケモンを題材としたゲームにおける周知技術である、と認定しました。
拒絶理由通知書には、公式サイトの文言がそのまま引かれています。「バトルで相手のポケモンが弱ってきたら、チャンス!」「ボールが揺れて……揺れが止まれば捕獲成功!」——プレイヤーに向けて書かれた紹介文が、13年後に自社出願の進歩性を否定する材料として使われた形です。
実務Tips(自社の過去の公開):自社が公開した情報でも、出願前に公になっていれば先行技術として扱われます。公開から1年以内であれば新規性喪失の例外(特許法30条)の適用を検討できますが、本件で引かれた自社資料は2013年のもので、その射程からは完全に外れています。製品の紹介ページ、プロモーション動画、リリース——事業活動として当然に行う情報発信が、後年の出願の前に立ちはだかることは珍しくありません。長寿シリーズを持つ会社ほど、この蓄積は厚くなります。
また、引用文献4がInternet Archive(web.archive.org)の保存版として引用されている点も見逃せません。公式サイトの当時のページは既に差し替えられていますが、アーカイブに残った版が公開日の証拠として機能しています。ウェブ上の情報は「消したから無かったことになる」わけではない、という実例です。
ここが本件の中心です。まず、両者の主張を整理します。
意見書で出願人側は、引用文献1について次のように述べています(【主張】として引用します)。
【出願人の主張】意見書(特願2026-019762)より
「引用文献1は、請求項構成が直接一義的に導けないただの動画であり、かつポケモンのゲームではなくポケモンの著作権を侵害するゲームの動画です。」
さらに意見書は、拒絶理由通知書が「サトシ」「ピカチュウ」「フシギダネ」「モンスターボール」といったキャラクタ名を使って引用発明を認定したことを問題視し、これらは「〜を侵害するキャラクタ」と呼ぶべきものであって、審査官が「わざわざ侵害品を正規品のように誤った認定をしているのは極めて不適切」であり、「正しい認定ができないのであればそもそもキャラクタ名等を記載すべきでない」と主張しました。
これに対する拒絶査定の備考は、条文・審査基準・裁判例の3方向から組み立てられています。
【一次情報】拒絶査定(特願2026-019762)備考より
「しかしながら、特許法において、29条1項3号の『電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明』から他者の著作権を侵害するものを除く規定はありませんし、審査基準において、引用発明における著作権侵害の有無が進歩性判断に影響を及ぼすことは示されていません。また、このような論点について述べた最高裁判決や知財高裁大合議事件判決も存在しません。」
そのうえで審査官は、特許法1条の目的と29条2項の趣旨を考慮しても結論は変わらないとし、「引用発明における著作権侵害の有無は進歩性判断と無関係であり、このことは、特許実務家にとって標準的な考え方であるといえます」と述べています。
条文に立ち返ると、審査官の指摘は素直に読めます。特許法29条1項3号は、出願前に「頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明」であれば新規性を失うと定めており、その情報が適法に公開されたかどうかを問う文言はありません。先行技術の適格性は「公衆が知り得る状態にあったか」で決まり、「その公開が誰かの権利を侵害していたか」は別の話だ、という整理です。
制度の背景として:特許制度は、既に世の中にある技術には独占権を与えない、という考え方で組み立てられています。ある技術が公衆に知られてしまった以上、それを誰かに独占させても社会は新しい技術を得られません。この観点からは、公開の経緯が適法か違法かは、「世の中に知られたかどうか」という事実を左右しません。他方、著作権侵害は著作権法の問題として、差止や損害賠償という別の手段で処理されます。二つの法律が別々の物差しを持っている、と理解するのが実務的です。
この案件は「特許庁が『非常識な誤解』と述べた」という形で報じられ、注目を集めました。ただし原文にあたると、この言葉が置かれた文脈は、見出しから受ける印象とは少し違います。
【一次情報】拒絶査定 備考2より(原文引用)
「拒絶理由通知書を読んだ特許実務家において、『審査官は引用文献等1がポケモンの正規品ゲームの動画であることを認めた』などと考えることはありません。万が一、そのようなことを考える者がいたとしても、それは非常識な誤解というべきものです。拒絶理由通知書が非常識な誤解をされる可能性があることは、進歩性判断に影響を及ぼしません。」
読み取れるのは、この表現が出願人の主張そのものに向けられたものではなく、「拒絶理由通知書を読んで、審査官が引用動画を正規品と認めたと受け取る仮定の第三者」に向けられているということです。審査官の論旨は「そもそも拒絶理由通知書は引用発明が侵害品とも正規品とも言っていないし、言う必要もない」という点にあります。
同じ箇所で審査官は、キャラクタ名を使わずに書くならどうなるかも示しています。「ピカチュウ」は「黄色い小動物の姿をしたオブジェクト」、「モンスターボール」は「上半分が赤色で下半分が白色の球体オブジェクト」と認定すべきだったと考えるが、そのように言い換えても拒絶理由の論理構成は変わらない、と。引用発明の認定において固有名詞は説明の便宜にすぎず、進歩性の判断を動かす要素ではない、という立場が一貫しています。
実務Tips(一次資料を読む価値):本件のように審査書類が公開されている案件では、報道の要約と原文で受ける印象が変わることがあります。J-PlatPatの経過情報からは、拒絶理由通知書・意見書・拒絶査定の全文をその場で読めます。他社の動向を判断材料にするときは、見出しではなく書類にあたることをおすすめします。
著作権の論点と並んで、実務的にはこちらのほうが応用範囲の広い争点です。出願人側は、引用文献1が動画である以上、そこから「ゲームプログラム」の発明を認定することはできないと主張しました。
【出願人の主張】意見書より
「投稿者の発言は、実装仕様の直接的開示ではなく、実際に操作可能か不明であり、『ゲームプログラム』の技術的開示として不十分であると思料致します。」
意見書はさらに、動画の具体的な場面を挙げて反論を組み立てています。4分5秒付近で投稿者がバッグのアイコンを操作しながら「バッグは使えない」と発言していること、14分6秒付近で「モンスターボールを実際には拾うことができない」と述べていることを指摘し、引用発明は「開発途上の試作的実装を示すに留まり、安定的なゲーム仕様として確立されていることが確認できない」と主張しました。動画の中身をかなり丁寧に見たうえでの反論です。
これに対する拒絶査定の応答は、請求項の書きぶりに引き寄せた形になっています。
【一次情報】拒絶査定 備考4より
「請求項1に係る発明は、『プレイヤキャラクタ』、『フィールドキャラクタ』、『捕獲アイテム』及び『戦闘キャラクタ』という多数のオブジェクトの動作制御を主たる構成とする『ゲームプログラム』の発明ですので、このような発明の進歩性を検討するための引用例としては、コンピュータにプログラムを実行させることで、どのオブジェクトがどの動作を行うかが開示されていれば十分です。」
つまり、引用例に求められる開示の程度は、その請求項が何を構成要件にしているかによって決まる、という考え方です。請求項1がアルゴリズムやデータ構造ではなく「どのオブジェクトがどう動くか」を要件にしている以上、それが画面の遷移と投稿者の発言から読み取れれば、対比の材料として足りる。この論理は、ソフトウェア系の出願一般に効いてきます。
実務Tips(クレームの抽象度と引用例の射程は連動する):請求項を抽象度の高い書き方(画面上の振る舞いのレベル)でまとめると権利範囲は広くなりますが、同時に「画面が見えるだけの資料」でも引用例として成立してしまいます。逆に、内部処理の条件やデータの持ち方まで請求項に書き込めば、動画だけでは対比できなくなる代わりに、権利範囲は狭くなります。どちらが有利かは事案によりますが、広く書く選択には、動画やスクリーンショットで潰されやすくなるという裏側があることは意識しておく価値があります。
拒絶理由通知書は、請求項1と引用発明の違いを3点に整理しました。
| 相違点 | 本願 | 引用発明 |
|---|---|---|
| 1 タッチパネル | タッチパネルを前提とし、コマンド指示画像をタッチで選ばせる | キーボードとマウスで操作するPCゲーム |
| 2 戦闘中の捕獲 | 戦闘中にもアイテムコマンドから捕獲アイテムを使える | 戦っている最中には捕獲できない |
| 3 捕獲成功判定 | 使用時に成功・失敗を判定し、成功時のみ捕獲 | 命中すれば必ず捕獲できる |
相違点1については、PCゲームのモバイル版が広く作られてきたこと(ARK、PUBG)と、タッチ操作できるノートPCが普及していることを根拠に、容易であると判断されました。
実務的に興味深いのは、相違点2と3に対する審査官の論理です。「引用発明は戦闘中に捕獲できないが、それは技術的にできないのではなく、単にそう決めてあるだけだ」という筋で否定されています。
【一次情報】拒絶査定 備考6より
「また、引用発明は、戦闘中に捕獲ができないようになっていますが、これは情報科学的な制約によりそうなっているわけではなく、単なる仕様としてそうなっているだけですので、周知技術を適用して戦闘中に捕獲ができる仕様とすることは、当業者にとって容易です。」
同じ論法は、「フィールドのアイテムを拾えない」という点についても繰り返されています。ゲームの仕様は開発者が決めたものであって、技術的な壁ではない。だから、その決めごとを変えることに困難性はない——この整理は、ゲームやアプリの分野で進歩性を主張するときに、正面からぶつかる論点です。
出願人側も、この点は意識していたようです。意見書では「引用発明は、戦闘の結果において他のキャラクタを捕獲するような演出を表示しているようであり、当該演出が技術的な問題によって当該戦闘終了後になってしまっている場合、両方の状態で捕獲するという発想はどこからも出てこない」と述べ、その仕様が技術的な制約に由来する可能性を指摘しています。ただし拒絶査定は、動画の該当箇所(2分6秒〜2分38秒、5分5秒〜5分22秒)における捕獲が非戦闘状態で行われていることは明らかである、として採用しませんでした。
実務Tips(「仕様の違い」で戦うのは難しい):ゲームやアプリの発明で「先行技術ではAができないが、本願はAができる」と主張する場合、なぜ先行技術ではAができなかったのかを、技術的な理由として説明できるかが分かれ目になります。単に「そういう作りだった」で終わるなら、それを変えることは設計変更として片づけられやすい。明細書の段階で、その構成を採ると何が技術的に難しくなり、それをどう解決したのかを書き残しておけると、後の反論の足場になります。
出願人側は、引用発明が「ポケモンIPを侵害する意図が明らか」でありながら本願のような仕様になっていないのは、その仕様の導入が困難だったことを意味する、とも主張しました。これに対して拒絶査定は、進歩性は引用発明の側だけでなく「当業者が通常の創作能力を発揮することにより相違点に係る構成を備えるようにすることができたか」という観点から判断すべきだとしたうえで、ある無効審判の「審決の予告」を引用しています。
【一次情報】拒絶査定に引用された 無効2024-800035号 令和7年8月12日付「審決の予告」より
「ゲーム分野の当業者とは、プログラマー、アーティスト、デザイナー、プロデューサー、テスター、作曲家、サウンドデザイナー、シナリオライター等から構成される開発チームが観念され、本願原出願日前に公となっているゲーム要素について、ジャンルを問わず、あるゲームのゲーム要素を他のゲームのゲーム要素に組み合わせること、他のゲームのメカニクスを採用すること、ゲームテクノロジーの進化に適用することは、当業者による通常の創作能力の発揮といえる。」
これは進歩性のハードルに直結する一般論です。当業者が個人のプログラマーではなく多職種の開発チームとして観念されるなら、その創作能力の幅は当然広くなります。加えて「ジャンルを問わず組み合わせられる」とされれば、他ジャンルのゲームからの引用も組み合わせの根拠になり得ます。
本件でも、捕獲というポケモン的な要素に対して、サバイバルアクションの『ARK』やバトルロイヤルの『PUBG』が周知技術の例として持ち出されました。ジャンルの違いは、それ自体では組み合わせを妨げる理由にならない、という運用が現れています。
補足:ここで引用されているのは確定した審決ではなく「審決の予告」です(無効審判の審理の途中で、審判合議体が結論の見通しを当事者に示す制度)。また、この一般論は当該事件の判断の前提として述べられたものであり、すべてのゲーム関連発明に機械的に当てはまるものではありません。もっとも、審査官がこれを拒絶査定で引用したという事実は、審査実務がこの方向で動いていることを示す材料になります。
ここは正確に押さえておきたい点です。拒絶理由通知書と拒絶査定は、いずれも末尾に次の一文を置いています。
【一次情報】拒絶査定より(<拒絶の理由を発見しない請求項>)
「請求項(4-5、10-11、16-17、22-23)に係る発明については、現時点では、拒絶の理由を発見しない。」
つまり全24請求項のうち8つには、この時点で拒絶理由が示されていません。拒絶査定は出願全体に対して下されるものなので、この出願はいま権利化に至っていない状態ですが、拒絶査定不服審判を請求し、拒絶理由が示されなかった請求項に絞る補正をするといった道筋は残されています。審判請求の期間は、査定の謄本の送達があった日から3か月以内です(在外者は4か月以内)。
そしてもう一つ。この出願は、大きな分割ファミリーの一員にすぎません。J-PlatPatの分割出願情報で確認できる系譜は次のとおりです(登録・存続状況は2026年8月27日時点)。
| 世代 | 出願番号 | 登録番号 | 状態 |
|---|---|---|---|
| 第1世代 | 特願2021-208275 | 特許第7398425号 | 登録済み |
| 第2世代 | 特願2023-204842 | 特許第7505852号 | 登録済み |
| 第2世代 | 特願2024-016448 | 特許第7505854号 | 登録済み |
| 第2世代 | 特願2024-026645 | 特許第7493117号 | 特許 有効 |
| 第2世代 | 特願2024-031879(本件の原出願) | 特許第7819228号 | 特許 有効 |
| 第2世代 | 特願2024-123560 | 特許第7545191号 | 特許 有効 |
| 第3世代 | 特願2026-019760 | — | 審査中 |
| 第3世代 | 特願2026-019762(本件) | — | 拒絶査定 |
見ていただきたいのは、最後の2行です。特願2026-019760と特願2026-019762は、どちらも2026年2月10日に出願され、同じ日に公開されています。いわば双子ですが、一方は拒絶査定を受け、他方は2026年8月27日時点でまだ審査中です。請求項の書きぶりが違えば結果も変わり得る、ということを、同じ日に出た2件が示しています。
また、この系譜の原出願は2021年12月22日に遡ります。これは、任天堂・ポケモン両社がポケットペア社に対して提起した特許権侵害訴訟で行使されている特許(第7545191号など)と同じ日付です。本件で拒絶査定を受けたのは、その訴訟で使われている特許の「兄弟」にあたる、さらに後の分割出願だ、と整理すると分かりやすいと思います。訴訟で行使されている特許そのものが、この拒絶査定によって影響を受けたわけではありません。
注意:本記事は、進行中の審査手続および係属中の訴訟について、結論を予測したり評価を加えたりするものではありません。拒絶査定不服審判が請求されるかどうか、請求された場合にどのような判断が示されるかは、本記事の執筆時点では分かりません。また、権利の存続状況は特許料の納付状況等により変動します。上表の状態は2026年8月27日にJ-PlatPatで確認した時点のものです。
本件で引用された8件のうち、特許公報は2件だけでした。残りはYouTube動画、ゲームメディアの記事、公式サイトのアーカイブ、そして有志が編集した攻略wikiです。特許データベースだけを検索して「先行技術は見つからなかった」と結論づけるのは、この分野では危ういということになります。
出願前の調査では、想定される機能について、動画プラットフォームやコミュニティ、攻略情報サイトまで含めて見ておくのが安全です。特にインディーゲームやMod、ファンメイド作品は、商業的な規模が小さくても公衆が利用可能な状態にあれば先行技術として扱われます。
本件では、周知技術の根拠としてポケモン自身の公式サイトと自社ゲームのプレイ動画が使われました。長く続くシリーズを持っている会社ほど、「自社が過去に公開した情報」の蓄積は厚くなります。
自社公開については新規性喪失の例外(特許法30条)という制度がありますが、これは公開から1年以内という期限があり、しかも所定の手続が必要です。10年以上前の公開には使えません。新機能を発表するタイミングと出願のタイミングの関係は、事業計画の段階で押さえておきたいところです(→発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続とは)。
拒絶査定は2箇所で「情報科学的な制約によりそうなっているわけではなく、単なる仕様としてそうなっているだけ」という言い方をしています。先行技術にない機能を主張するとき、その機能が先行技術で実現されていなかった理由を技術的に説明できるかどうかが、実務上の分かれ目になります。
出願の準備段階で、「この構成にすると処理量・同期・整合性の面でどんな問題が生じ、それをどう解いたのか」を明細書に書き残しておくと、後で反論の足場になります。逆に、遊びとしての面白さや設計思想だけを説明した明細書は、この論点で苦しくなりがちです。
今回のファミリーは、1件の原出願から8件に枝分かれし、そのうち6件が登録に至っています。一方で、第3世代の1件は拒絶査定を受け、もう1件は審査中です。分割を重ねながら権利範囲を探っていけば、どこかで審査官が「ここから先は与えない」という線を引く場面が来ます。その線がどこに引かれたのかが、今回の書類から読み取れる、と考えることもできます。
分割出願そのものの実務については、別記事で整理しています(→ゲーム会社に学ぶ「分割出願」戦略)。他社の権利が自社の企画に及ぶかどうかを事前に調べる手順については、FTO調査(侵害予防調査)の進め方もあわせてご覧ください。
本件の拒絶査定は、そう述べています。特許法29条1項3号は「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明」を先行技術としており、その公開が適法かどうかを問う文言はありません。審査官は、審査基準にも同様の除外は示されておらず、この論点を扱った最高裁判決・知財高裁大合議事件判決も存在しないとしています。ただし、この考え方が裁判所で正面から判断された例はまだない、という点も同時に押さえておく必要があります。
実務では、投稿日の表示や検索日を記録する形で扱われます。本件の引用文献等一覧にも「2013年06月01日」という公開日と「[2026年4月21日検索]」という検索日の両方が記載されています。ウェブページについては、本件の引用文献4のようにInternet Archiveの保存版が使われることもあります。自社で先行技術の証拠を残すときも、URL・公開日・取得日をセットで保存しておくのが基本です。
新規性喪失の例外(特許法30条)は、公開の日から1年以内に出願し、所定の手続をとることが要件です。それより前の公開には適用できません。本件で引用された自社資料は2013年のものなので、この制度の射程外です。新機能の発表と出願の順序は、事前に設計しておく必要があります。
終わりではありません。査定の謄本の送達があった日から3か月以内(在外者は4か月以内)に、拒絶査定不服審判を請求できます。本件では、24ある請求項のうち8つについて「拒絶の理由を発見しない」と明記されており、権利化を目指す道筋は残されています。ただし、実際にどの手続が選ばれるかは出願人の判断であり、本記事は結果を予測するものではありません。
一律にそうとは言えませんが、本件の拒絶査定は「情報科学的な制約ではなく単なる仕様」であれば変更は容易だ、という立場を明確に示しています。反論の余地があるとすれば、その仕様を採らなかったことに技術的な理由があったと示せる場合です。明細書の書き方が効いてくる部分です。
制度上、分割出願だから審査が厳しくなるという規定はありません。ただし実際には、先の出願で登録された範囲の周辺を狙うことになるため、審査官の調査も進んでおり、論点が絞られた状態で審査されます。本件のファミリーでも、初期の6件は登録に至り、第3世代の1件が拒絶査定を受けています。どこまで取れるかを探る過程で線が引かれた、と読むのが自然です。
侵害の有無を調べるのであれば、対象は登録されている特許なので、特許データベースが出発点になります。一方、自社が出願する側に回るときの先行技術調査では、本記事で見たとおり公報以外の資料が広く使われます。「侵害を避ける調査」と「自分が権利を取るための調査」では、見るべき情報源が違うとお考えください。なお本記事は、個別のサービスについて侵害の成否を判断するものではありません。
任天堂株式会社と株式会社ポケモンの分割出願(特願2026-019762)は、2026年7月13日発送の拒絶査定を受けました。主引用例は2013年に投稿されたファンメイドゲームの実況動画で、出願人側の「著作権を侵害するゲームの動画である」という主張に対し、審査官は特許法29条1項3号に違法な公開を除外する規定はなく、著作権侵害の有無は進歩性判断と無関係であると応答しました。
さらに周知技術の根拠として引かれたのは、ポケモン自身の公式サイトと自社ゲームのプレイ動画でした。「戦闘中にボールを投げて捕まえられる」「捕獲は成功することも失敗することもある」——プレイヤー向けに書かれた13年前の紹介文が、いま出した出願の前に立った形です。
同時に、この案件は「任天堂の特許が動画で潰された」という話ではありません。拒絶査定を受けたのは8件のファミリーのうち1件で、24ある請求項のうち8つには拒絶理由が示されておらず、審判という手続も残っています。同じ日に出願された双子の片方は、いまも審査中です。
ゲームやアプリの分野で権利を取ろうとするとき、先行技術は公報の中だけにあるのではありません。動画にも、攻略wikiにも、そして自社が過去に公開したページにもあります。出願を考える段階で、そこまで視野に入れておけるかどうかが、結果を分ける場面は今後も増えていくと思われます。
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本記事の注意事項:本記事は2026年8月時点の公開情報(特許庁J-PlatPatの経過情報・公開書類)に基づく一般的な解説です。引用した請求項および審査書類の記載は原文に基づきますが、一部は紙幅の都合により抜粋であり、権利範囲は最終的に公報の正本と出願経過により定まります。本件は審査手続が進行中であり、拒絶査定不服審判の請求の有無およびその結果について、本記事は何ら予測・断定するものではありません。また、記載した各特許の存続状況は2026年8月27日時点でJ-PlatPatに表示されていたものであり、権利の存続状況は特許料の納付状況等により変動します。本記事は、引用された動画その他のコンテンツについて著作権侵害の成否を判断するものではなく、また特定の製品・サービスについて特許権侵害の成否を断定するものでもありません。本記事の説明は理解を助けるための要約であり、権利範囲を画定するものではありません。個別の事案については、別途専門家の検討が必要です。
AUTHOR / 執筆者
杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)
知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士
特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。