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他社の特許を侵害してるかも?アプリリリース前にやるべき「侵害予防調査(FTO)」完全ガイド

「ソースコードは全て自社のエンジニアがゼロから書きました。他社の模倣は一切ないので、特許侵害なんてありえません」
新しいアプリやSaaSをリリースする直前の経営者様やCTOの方から、このような言葉を頻繁に耳にします。その自信とプライドは素晴らしいものです。しかし、知財を専門とする弁理士の立場から申し上げると、「自社でコードを書いたこと」と「他社の特許を侵害していないこと」は、残念ながら全くの別問題なのです。
もし、苦労してリリースしたサービスが軌道に乗り始めた矢先、見知らぬ企業から**「特許権侵害警告書」**が内容証明郵便で届いたらどうなるでしょうか?
最悪の場合、アプリストアからの削除、サーバーの停止(差止請求)、そして過去の売上に遡った巨額の損害賠償請求……。積み上げてきたビジネスが一瞬で崩壊するリスクが、そこには潜んでいます。
このような悪夢を未然に防ぐために必須となるのが、「侵害予防調査(FTO:Freedom to Operate)」です。
本記事では、IT・スタートアップ企業の経営陣および開発責任者に向けて、なぜ「完全自社開発」でも特許侵害になるのか、FTO調査とは具体的に何をするのか、そしてリスクが見つかった場合の対処法まで、実務の現場から徹底解説します。
1. なぜ「自社開発」でも特許侵害になるのか?
IT業界には、著作権と特許権の混同による「致命的な誤解」が蔓延しています。まずはここを整理しましょう。
「表現」を守る著作権、「アイデア」を守る特許権
プログラムのソースコードは、小説や絵画と同じく「著作物」として保護されます。したがって、「他社のコードをコピペしていない」のであれば、著作権侵害には当たりません。
しかし、特許権(Patent)が保護するのは「技術的なアイデア(発明)」そのものです。
例えば、「スマホ画面を下に引っ張って更新する(Pull-to-Refresh)」という機能。かつてTwitter社(現X社)等が関連する特許を持っていました。
もしあなたが、Twitter社のコードを一行も見ずに、独自のアルゴリズムとプログラム言語でこの機能を実装したとします。著作権的にはセーフですが、特許権的にはアウト(侵害)になる可能性が高いのです。
特許権侵害の判断において、「真似をしたかどうか(依拠性)」は問われません。「結果として、特許の内容と同じ機能・構成を備えているか」だけで判断される、非常に強力な権利だからです。
IT業界特有の「見えない地雷原」
製造業であれば、競合製品を分解(リバースエンジニアリング)すれば特許侵害の可能性ある程度予測できます。しかしIT分野、特にソフトウェアやビジネスモデル特許は、外から見ただけではどのような特許網が敷かれているか分かりにくいのが特徴です。
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UI/UX特許: 画面の遷移方法やボタンの配置に関する特許
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データ処理特許: サーバー側でのデータ加工やAIの学習フローに関する特許
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ビジネスモデル特許: 課金システムやマッチングの仕組みに関する特許
これらは一見「当たり前」に見える機能であっても、実はどこかの企業が強力な特許を押さえているケースが多々あります。これが、ITスタートアップが知らぬ間に地雷を踏んでしまう最大の理由です。
2. 侵害予防調査(FTO)とは何か?
FTO(Freedom to Operate)調査とは、その名の通り「事業を遂行する自由」を確認するための調査です。日本では「侵害予防調査」「クリアランス調査」「パテントクリアランス」とも呼ばれます。
「出願前調査(先行技術調査)」との決定的な違い
よく混同されますが、以下の通り目的が全く異なります。
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出願前調査(先行技術調査):
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目的:自分たちの発明が「特許を取れるか(新しいか)」を知りたい。
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対象:世の中にある全ての文献(論文含む)。
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侵害予防調査(FTO):
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目的:自分たちの製品が「他社に訴えられないか(安全か)」を知りたい。
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対象:「現在有効な(生きている)」他社の特許権。
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特許を取る予定がなくても、サービスを世に出す以上、FTOは「必須の守り」となります。
3. もし調査せずにリリースしたら? 具体的な3つのリスク
コストを惜しんで調査を省略した場合、どのようなリスクが待っているのでしょうか。具体的なシミュレーションをしてみましょう。
リスク①:サービスの強制停止(差止請求)
特許権者が持つ最も強力な権利が「差止請求権」です。「特許侵害しているサービスの使用・提供をやめろ」と命令できます。
ITサービスの場合、これは「アプリストアからの削除申請」や「サーバーの停止」を意味します。
特にAppleやGoogleは、知財侵害の申し立てに対して敏感です。裁判の判決が出る前であっても、警告を受けた段階で一時的にアプリが公開停止になるケースもあります。ユーザーからの信頼失墜、課金機会の損失は計り知れません。
リスク②:巨額の損害賠償とライセンス料
侵害が認定された場合、過去に遡って、その機能を使って得た利益の一部(または全部)を賠償金として支払わなければなりません。
また、サービスを継続するために「ライセンス契約」を結ぼうとしても、足元を見られて法外なランニングロイヤリティ(使用料)を要求される可能性があります。利益率の薄いビジネスモデルの場合、これは致命傷になります。
リスク③:開発の「手戻り」によるデスマーチ
サービス停止を避けるためには、特許に抵触している部分を修正する「設計変更(回避設計)」が必要です。
リリース前の設計段階なら修正は容易ですが、リリース後の修正は地獄です。
稼働中のデータベースへの影響、ユーザーインターフェースの変更、バグチェック……。開発チームは本来の新機能開発をストップし、後ろ向きな修正作業に追われることになります。
4. FTO調査の具体的なプロセスと実施タイミング
では、実際にどのような流れで調査を行うのか、弁理士の実務フローを公開します。
Step 1: 調査対象の特定(スコープ定義)
アプリの全機能を調査すると膨大な費用がかかります。まずは弁理士とエンジニアが打ち合わせを行い、「リスクが高そうな機能」や「自社の独自性が強い機能(=他社も特許を取っていそうな機能)」をピックアップします。
Step 2: 母集団の検索・スクリーニング
特許データベースを使用し、関連するキーワードや特許分類(IPC/FI)を掛け合わせて、数千件〜数万件の特許をリストアップします。そこから、調査員や弁理士が目視で「関係ありそうなもの」を数十件〜百件程度に絞り込みます。
Step 3: クレーム(請求項)との対比
抽出された特許の「特許請求の範囲(クレーム)」と、自社サービスの仕様を詳細に見比べます。
ここでは法律的な解釈(構成要件充足性)が必要になります。
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相手の特許:「AとBとCを備えるシステム」
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自社の製品:「AとBとDを備えるシステム」
この場合、Cが無いので「非侵害」と言えるか?それともDはCと実質同じ(均等)だから「侵害」となるか?といった専門的な判断を行います。
ベストな実施タイミングは「仕様確定時」
FTO調査を行うベストなタイミングは、「要件定義が終わり、基本設計が固まった段階」です。
コーディングに入る前であれば、もし危険な特許が見つかっても、仕様を少し変更するだけで回避できる可能性が高いからです。
5. もし「黒(侵害)」判定が出たらどうする?
調査の結果、「このままでは他社の特許を侵害する可能性が高い」という判定が出ても、絶望する必要はありません。むしろ、リリース前に見つかって良かったと考えるべきです。弁理士は以下のような対策を提案します。
対策A:回避設計(Design Around)
最も一般的かつ確実な方法です。特許の権利範囲(クレーム)を詳細に分析し、「構成要件の一部を外す」あるいは「別の技術的手段に置き換える」ことで、侵害を回避します。
弁理士が「この処理フローを、サーバー側ではなく端末側で行えば特許に抵触しません」といった具体的な技術アドバイスを行います。
対策B:ライセンス交渉・特許買取
相手企業にコンタクトを取り、正式に利用許諾をもらう方法です。ただし、競合企業の場合は断られる可能性もあります。
対策C:無効審判・情報提供
その特許が「本来特許になるべきではなかった(過去に既に同様の技術があった等)」という証拠を見つけ出し、特許庁に対して「特許の無効」を主張する方法です。攻撃は最大の防御なり、というアプローチです。
6. スタートアップやベンチャー企業こそFTOを
「FTO調査は予算のある大企業がやるものでしょう?」
そう思われるかもしれません。しかし、体力のないスタートアップこそ、一発の訴訟で即死しないためにFTOが必要です。
投資家(VC)によるデューデリジェンス対策
シリーズA以降の資金調達では、VCによる法務デューデリジェンスが行われます。
この際、「主要機能についてFTO調査済みであり、適法であることを確認している(あるいは回避設計済みである)」という報告書があれば、投資家の安心感は絶大です。ガバナンスが効いている証明となり、企業価値(バリュエーション)の向上にも寄与します。
「ホワイトスペース」の発見
FTO調査には、守り以外のメリットもあります。他社の特許を調べることで、「どの領域なら特許が取られていないか(=ホワイトスペース)」が見えてきます。
他社が権利を持っていない領域を攻めて、逆に自社で特許を出願してしまえば、一転して市場での優位性を築くチャンスに変わるのです。
まとめ:FTOは「ビジネスの成功確率を上げる投資」
「侵害予防調査」は、決して安い買い物ではありません。数十万円〜の費用がかかることもあります。
しかし、リリース後にトラブルに巻き込まれた際の損害賠償額、サービス停止による損失、そしてブランド毀損のリスクと比べれば、**極めてコストパフォーマンスの良い「保険」**と言えます。
ITビジネスにおける知財リスクは、目に見えません。だからこそ、プロフェッショナルによるレーダー(調査)が必要です。
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「この新機能、他社も似たようなことをやっていないか?」
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「業界大手のあの会社、最近特許を出し始めているらしい」
少しでも不安を感じたら、開発が佳境に入る前に、IT・ソフトウェア分野に強い弁理士にご相談ください。
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この記事のターゲット読者への次のアクション
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無料相談: 「自社のアプリのどの部分にリスクがあるか」の簡易診断を行います。
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見積もり: 機能の数や調査範囲に応じた、FTO調査の概算費用をお出しします。