シンガポールで特許を出願・権利化・権利行使する実務担当者のために、1994年特許法(Patents Act 1994, Cap 221)を中核に、IPOS(シンガポール知的財産庁)の運用、政府手数料、PCT国内移行、2017年改革で確立した自国審査主義(Positive Grant System)、ASEAN初のIP裁判所(IP Court)、PPH(Patent Prosecution Highway)ネットワーク、ハブ機能まで、ASEAN最大のIP拠点における特許実務の全体像を体系的に整理します。
この記事のポイント
SINGAPORE PATENT
弁理士による、ASEAN最大のIPハブシンガポールの特許制度・実務完全ガイド。IPOS出願から自国審査主義、IP Court、PPH戦略まで12セクションで体系的に解説します。
シンガポール特許実務は、1994年特許法(Patents Act 1994, Cap 221)を中核に、2014年特許規則(Patents Rules 2014)とIPOS審査ガイドライン、さらに判例法(最高裁・IP Court)とIPOS実務マニュアルが重層的に権利範囲・審査・紛争を規律する「コモンロー+成文法ハイブリッド」構造です。
シンガポール特許実務で押さえるべき4つのポイント
シンガポール特許制度の「一次法」はPatents Act 1994 (Cap 221)です。1994年制定後、2004年・2012年・2014年・2017年に主要改正。特に2017年改正で自国審査主義(Positive Grant System)に完全移行し、それまで存在した「外国特許依拠ルート」を廃止しました。手続運用はPatents Rules 2014と、審査官・実務家が参照するIPOS Examination Guidelinesで具体化されます。
特許付与・商標登録・意匠登録・地理的表示等の行政機能は、法務省(Ministry of Law)配下のIPOS(Intellectual Property Office of Singapore)が責任主体として位置付けられます。IPOS Internationalは WIPO の認定する国際調査機関(ISA/IPEA)として PCT 国際調査・国際予備審査も実施し、ASEAN唯一のISAとして地域のIPハブ機能を担っています。
| フォーラム | 管轄・特徴 | 根拠 |
|---|---|---|
| IP Court(IP Tribunal) | 2022年設立。最高裁内の知財専門部。特許侵害・取消事件を集中処理 | Supreme Court of Judicature Act |
| IPOS Registrar | 取消・修正・補正等の準司法的判断 | Patents Act §80 |
| Court of Appeal | IP Court判決の上訴審(最終審) | Supreme Court of Judicature Act |
IP Court設立の意義:2022年4月設立により、特許侵害訴訟の処理速度・専門性が大幅向上。判決の予測可能性が高まり、SEP(標準必須特許)訴訟やライフサイエンス事案の管轄として注目されています。
| 項目 | 直接出願 | パリ条約優先(日本基礎) | PCT経由シンガポール移行 |
|---|---|---|---|
| シンガポール出願期限 | いつでも | 日本出願日から12か月以内 | 優先日から30か月以内 |
| 言語要件 | 英語 | 英語 | 英語明細書をそのまま提出可 |
| 仮明細書(Provisional) | 利用可(12か月以内に完全明細書) | 通常完全明細書 | PCT明細書がベース |
| POA要件 | 不要(任意) | 不要 | 不要 |
標準的な所要期間:調査・審査請求から最初のWritten Opinion発行まで約12か月、登録まで通常2〜4年。FTI(Fast Track for IT=AcceleratedExamination)等の早期審査制度活用で1年以内に短縮可能。
| 項目 | 手数料(SGD) | 日本円換算(参考) |
|---|---|---|
| 出願料 | SGD 160 | 約18,000円 |
| 調査・審査請求料 | SGD 1,940 | 約215,000円 |
| 審査のみ請求料 | SGD 1,440 | 約160,000円 |
| 請求項加算(20超) | SGD 40/項 | 約4,500円/項 |
| 付与料 | SGD 200 | 約22,000円 |
| 年金(5年目) | SGD 140 | 約16,000円 |
| 年金(10年目) | SGD 270 | 約30,000円 |
| 年金(15年目) | SGD 1,100 | 約120,000円 |
| 年金(20年目) | SGD 1,890 | 約210,000円 |
調査・審査請求が高額:SGD 1,940(約21.5万円)と他国に比べ高めですが、これはIPOSが内部で本格的な調査・審査を行うためのコスト。PPH活用で実質的な審査時間短縮=コスト削減が可能。
| 条文 | 要件 | 実務上のポイント |
|---|---|---|
| §14 | 新規性 | 世界公知主義。12か月のグレースピリオドあり(自己公開) |
| §15 | 進歩性 | 英国Windsurfingテストに類似。「Person Skilled in the Art」の判断 |
| §16 | 産業上利用可能性 | 広く認められる |
| §13 | 特許対象除外 | 発見・科学理論・数学的方法・芸術作品・遊戯方法・コンピュータプログラム per se |
| §25 | 記載要件 | 明確性・サポート要件・実施可能性 |
歴史的転換:2017年以前は「外国特許依拠ルート(Foreign Route)」が利用可能で、対応外国特許(米・欧・日等)が付与されていれば、シンガポールでも実体審査なしで付与される簡便なルートがありました。2017年改革で完全廃止され、現在はすべての出願が IPOSの自国審査(Positive Grant System)を通過する必要があります。
シンガポールはPPH(特許審査ハイウェイ)のグローバル・ハブ国の一つです。日本特許庁(JPO)含む20か国以上と双方向PPHを締結しており、JPOで特許可能と判断された出願はIPOSで早期審査を受けられます。
PPH活用のメリット
ASPEC(ASEAN Patent Examination Co-operation)は、ASEAN 9か国(Brunei・Cambodia・Indonesia・Lao PDR・Malaysia・Philippines・Singapore・Thailand・Vietnam)間で審査結果を共有する枠組み。シンガポールでの許可クレームをベースに他のASEAN国で早期審査を受けられます。ASEAN展開時の戦略的拠点としてシンガポール出願が有効です。
特許権者が請求できる救済
2022年4月設立のIP Court は、シンガポール最高裁内の専門部として:
利害関係人は付与後いつでもIPOS Registrarに取消申請可能。事由は新規性・進歩性欠如、特許対象外、記載要件違反、Section 16違反等。異議申立制度はなし(取消で代替)。
付与後の補正は「権利範囲を拡大しない」限り可能(§83)。Patent Re-examination(再審査)制度もあり、登録後の自己訂正手段として活用可能。
シンガポール特許権の存続期間は出願日から20年。年金は5年目以降毎年納付(4年目までは付与料に含まれる)。納付期限を過ぎても6か月のグレースピリオドあり、サーチャージ付きで救済可能。
2つの延長制度
| 項目 | 日本 | シンガポール |
|---|---|---|
| 出願言語 | 日本語 | 英語のみ |
| 仮明細書制度 | なし | あり(Provisional) |
| 審査請求期限 | 3年(出願日から) | 36か月(優先日から) |
| 異議申立制度 | あり(登録後6か月以内) | なし(取消で代替) |
| PCT国内移行 | 30か月 | 30か月(同一) |
| 調査・審査請求料 | ¥168,600+ | SGD 1,940(約21.5万円) |
| 専門裁判所 | 知財高裁 | IP Court(2022年設立) |
| PPH連携 | 出願元として20+国 | 出願先・元として20+国 |
シンガポール特許制度は、2017年自国審査主義移行・2022年IP Court設立・PPH/ASPECハブ機能等、近年の制度設計でグローバル知財実務の中心地として位置づけが強化されています。日本企業がASEAN展開で特許戦略を成功させるには、シンガポールを地域戦略のハブ拠点として位置づけ、JPO-IPOS PPHでの早期権利化とASPECでのASEAN横展開を組み合わせることが重要です。PCT国際特許出願と特許出願サービスもあわせてご覧ください。
知的財産事務所エボリクスは、シンガポールを含むASEAN主要国への特許出願・権利行使を幅広くサポートしています。PCT直接ルート・パリ条約優先・PPH活用・ASPECによるASEAN横展開戦略まで、現地代理人と連携した実務経験豊富な弁理士がご対応します。
※本記事は、Patents Act 1994 (Cap 221)、Patents Rules 2014、IPOS公式資料、IP Court判例、JETRO・WIPO公開資料、現地法律事務所解説等を基に、一般的な情報提供を目的として作成されています。個別案件の具体的判断には、現地代理人を含む専門家へのご相談を推奨します。
AUTHOR / 執筆者
杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)
知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士
特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。