フィリピンで特許を出願・権利化・権利行使する実務担当者のために、1997年知的財産法(Republic Act No. 8293/IP Code of the...
シンガポール特許制度の実務ガイド|IPOS・自国審査主義・IP Court・PPH戦略を弁理士が徹底解説

シンガポールで特許を出願・権利化・権利行使する実務担当者のために、1994年特許法(Patents Act 1994, Cap 221)を中核に、IPOS(シンガポール知的財産庁)の運用、政府手数料、PCT国内移行、2017年改革で確立した自国審査主義(Positive Grant System)、ASEAN初のIP裁判所(IP Court)、PPH(Patent Prosecution Highway)ネットワーク、ハブ機能まで、ASEAN最大のIP拠点における特許実務の全体像を体系的に整理します。
この記事のポイント
- シンガポールはASEAN唯一のWIPO国際調査機関(ISA/IPEA)。地域のIPハブ拠点
- 2017年改革で自国審査主義(Positive Grant System)確立、外国特許依拠ルート廃止
- 審査請求は優先日から36か月以内、PCT国内移行は30か月
- 2022年にIP Court設立(最高裁内の専門部)。知財専門裁判官による高速処理
- PPH(Patent Prosecution Highway):日本JPO含む20か国以上の特許庁と連携
- シンガポール居住者は外国出願許可(FFP)が原則必要、ただし日本企業の海外出願は通常該当せず
- 英語による出願、現地代理人不要(外国出願人も自己代理可だが推奨されない)
SINGAPORE PATENT
弁理士による、ASEAN最大のIPハブシンガポールの特許制度・実務完全ガイド。IPOS出願から自国審査主義、IP Court、PPH戦略まで12セクションで体系的に解説します。
目次
1. エグゼクティブサマリー
シンガポール特許実務は、1994年特許法(Patents Act 1994, Cap 221)を中核に、2014年特許規則(Patents Rules 2014)とIPOS審査ガイドライン、さらに判例法(最高裁・IP Court)とIPOS実務マニュアルが重層的に権利範囲・審査・紛争を規律する「コモンロー+成文法ハイブリッド」構造です。
シンガポール特許実務で押さえるべき4つのポイント
- 2017年自国審査主義移行により「外国特許依拠ルート」廃止。すべての特許出願はIPOS自身の実体審査で判定
- 政府手数料はSGD(シンガポールドル)建て。多区分・多請求項対応でコスト計算が必要
- 審査の争点は新規性(§14)×進歩性(§15)×記載要件(§25)。ASEANで最も英国型コモンロー的アプローチ
- 紛争はIP Courtで処理。シンガポール最高裁の専門部として2022年設立、IP事件は知財専門裁判官が担当
2. 制度の基本構造と法源
主要法令と運用レイヤー
シンガポール特許制度の「一次法」はPatents Act 1994 (Cap 221)です。1994年制定後、2004年・2012年・2014年・2017年に主要改正。特に2017年改正で自国審査主義(Positive Grant System)に完全移行し、それまで存在した「外国特許依拠ルート」を廃止しました。手続運用はPatents Rules 2014と、審査官・実務家が参照するIPOS Examination Guidelinesで具体化されます。
IPOS(シンガポール知的財産庁)の役割
特許付与・商標登録・意匠登録・地理的表示等の行政機能は、法務省(Ministry of Law)配下のIPOS(Intellectual Property Office of Singapore)が責任主体として位置付けられます。IPOS Internationalは WIPO の認定する国際調査機関(ISA/IPEA)として PCT 国際調査・国際予備審査も実施し、ASEAN唯一のISAとして地域のIPハブ機能を担っています。
司法フォーラム
| フォーラム | 管轄・特徴 | 根拠 |
|---|---|---|
| IP Court(IP Tribunal) | 2022年設立。最高裁内の知財専門部。特許侵害・取消事件を集中処理 | Supreme Court of Judicature Act |
| IPOS Registrar | 取消・修正・補正等の準司法的判断 | Patents Act §80 |
| Court of Appeal | IP Court判決の上訴審(最終審) | Supreme Court of Judicature Act |
IP Court設立の意義:2022年4月設立により、特許侵害訴訟の処理速度・専門性が大幅向上。判決の予測可能性が高まり、SEP(標準必須特許)訴訟やライフサイエンス事案の管轄として注目されています。
3. 出願方式と必要書類
出願方式の選択
| 項目 | 直接出願 | パリ条約優先(日本基礎) | PCT経由シンガポール移行 |
|---|---|---|---|
| シンガポール出願期限 | いつでも | 日本出願日から12か月以内 | 優先日から30か月以内 |
| 言語要件 | 英語 | 英語 | 英語明細書をそのまま提出可 |
| 仮明細書(Provisional) | 利用可(12か月以内に完全明細書) | 通常完全明細書 | PCT明細書がベース |
| POA要件 | 不要(任意) | 不要 | 不要 |
必須書類
- Patent Form 1(願書):出願人・発明者情報、優先権主張
- 明細書(specification):英語、図面付き、クレーム
- 要約(abstract):150語以内
- 優先権書類:パリ条約優先主張時、出願日から16か月以内
- POA(Patent Form 1A):代理人選任の場合(簡易POA可、認証不要)
- 発明者宣誓書:通常Patent Form 1と一体
4. 標準フローと期間管理
↓
② 方式審査
↓
③ 18か月で出願公開
↓
④ 調査・審査請求(優先日から36か月以内)
↓
⑤ 調査報告書・実体審査・OA応答
↓
⑥ 査定(付与 or 拒絶)
↓
⑦ 特許付与・公告
↓
⑧ 5年目以降の年金
標準的な所要期間:調査・審査請求から最初のWritten Opinion発行まで約12か月、登録まで通常2〜4年。FTI(Fast Track for IT=AcceleratedExamination)等の早期審査制度活用で1年以内に短縮可能。
5. 政府手数料の概算
| 項目 | 手数料(SGD) | 日本円換算(参考) |
|---|---|---|
| 出願料 | SGD 160 | 約18,000円 |
| 調査・審査請求料 | SGD 1,940 | 約215,000円 |
| 審査のみ請求料 | SGD 1,440 | 約160,000円 |
| 請求項加算(20超) | SGD 40/項 | 約4,500円/項 |
| 付与料 | SGD 200 | 約22,000円 |
| 年金(5年目) | SGD 140 | 約16,000円 |
| 年金(10年目) | SGD 270 | 約30,000円 |
| 年金(15年目) | SGD 1,100 | 約120,000円 |
| 年金(20年目) | SGD 1,890 | 約210,000円 |
調査・審査請求が高額:SGD 1,940(約21.5万円)と他国に比べ高めですが、これはIPOSが内部で本格的な調査・審査を行うためのコスト。PPH活用で実質的な審査時間短縮=コスト削減が可能。
6. 特許要件と自国審査主義
特許要件
| 条文 | 要件 | 実務上のポイント |
|---|---|---|
| §14 | 新規性 | 世界公知主義。12か月のグレースピリオドあり(自己公開) |
| §15 | 進歩性 | 英国Windsurfingテストに類似。「Person Skilled in the Art」の判断 |
| §16 | 産業上利用可能性 | 広く認められる |
| §13 | 特許対象除外 | 発見・科学理論・数学的方法・芸術作品・遊戯方法・コンピュータプログラム per se |
| §25 | 記載要件 | 明確性・サポート要件・実施可能性 |
2017年自国審査主義改革
歴史的転換:2017年以前は「外国特許依拠ルート(Foreign Route)」が利用可能で、対応外国特許(米・欧・日等)が付与されていれば、シンガポールでも実体審査なしで付与される簡便なルートがありました。2017年改革で完全廃止され、現在はすべての出願が IPOSの自国審査(Positive Grant System)を通過する必要があります。
7. PPH戦略とASEAN特許審査協力(ASPEC)
Patent Prosecution Highway(PPH)
シンガポールはPPH(特許審査ハイウェイ)のグローバル・ハブ国の一つです。日本特許庁(JPO)含む20か国以上と双方向PPHを締結しており、JPOで特許可能と判断された出願はIPOSで早期審査を受けられます。
PPH活用のメリット
- 審査期間短縮:通常2-4年 → 6-12か月
- コスト削減:OA往復の減少
- 許可率向上:日本での許可クレームをベースに審査
- 申請費用無料(PPH自体は手数料不要)
ASPEC(ASEAN特許審査協力)
ASPEC(ASEAN Patent Examination Co-operation)は、ASEAN 9か国(Brunei・Cambodia・Indonesia・Lao PDR・Malaysia・Philippines・Singapore・Thailand・Vietnam)間で審査結果を共有する枠組み。シンガポールでの許可クレームをベースに他のASEAN国で早期審査を受けられます。ASEAN展開時の戦略的拠点としてシンガポール出願が有効です。
8. 権利行使とIP Court
侵害類型と救済
特許権者が請求できる救済
- 差止命令(仮処分・恒久的差止)
- 損害賠償または侵害者の利益帳簿開示(Account of Profits)の選択請求
- 侵害品の引渡・廃棄命令(§67)
- コスト(弁護士費用)の敗訴者負担(コモンロー由来)
IP Court(2022年設立)の特徴
2022年4月設立のIP Court は、シンガポール最高裁内の専門部として:
- 知財専門裁判官による判断
- 特許侵害・取消・ライセンス紛争を集中処理
- SEP/FRAND訴訟の専門管轄
- Simplified Track(簡易手続)による迅速処理
9. 取消・無効・修正実務
取消申請(Revocation / §80)
利害関係人は付与後いつでもIPOS Registrarに取消申請可能。事由は新規性・進歩性欠如、特許対象外、記載要件違反、Section 16違反等。異議申立制度はなし(取消で代替)。
補正・分割・修正(§38, §83)
付与後の補正は「権利範囲を拡大しない」限り可能(§83)。Patent Re-examination(再審査)制度もあり、登録後の自己訂正手段として活用可能。
10. 維持管理・存続期間延長
シンガポール特許権の存続期間は出願日から20年。年金は5年目以降毎年納付(4年目までは付与料に含まれる)。納付期限を過ぎても6か月のグレースピリオドあり、サーチャージ付きで救済可能。
特許期間調整(PTA)と延長(PTE)
2つの延長制度
- PTA(§36A):IPOS審査遅延が一定閾値を超える場合の調整
- PTE(§36):医薬品・農薬の規制対応による減縮分の延長(最大5年)
11. 日星制度の違いと実務上の注意点
| 項目 | 日本 | シンガポール |
|---|---|---|
| 出願言語 | 日本語 | 英語のみ |
| 仮明細書制度 | なし | あり(Provisional) |
| 審査請求期限 | 3年(出願日から) | 36か月(優先日から) |
| 異議申立制度 | あり(登録後6か月以内) | なし(取消で代替) |
| PCT国内移行 | 30か月 | 30か月(同一) |
| 調査・審査請求料 | ¥168,600+ | SGD 1,940(約21.5万円) |
| 専門裁判所 | 知財高裁 | IP Court(2022年設立) |
| PPH連携 | 出願元として20+国 | 出願先・元として20+国 |
12. 日本企業向け実務チェックリスト
出願前(Pre-filing)
- 英語明細書の品質確保(IPOS審査基準・テクニカルライティング)
- PCT経由なら30か月、パリ条約なら12か月の期限管理
- クレーム数の最適化(20項超は加算SGD 40/項)
- ASEAN展開戦略:シンガポールを起点としたASPEC活用検討
出願中(Prosecution)
- 調査・審査請求は優先日から36か月以内(自動延期不可)
- PPH(JPO-IPOS)活用で日本許可クレームをベースに早期審査
- Written Opinion応答期限:5か月+3か月延長
- 拒絶査定後は IP Court に提訴(30日以内)
出願後(Enforcement / Maintenance)
- 年金は5年目以降毎年(後半年に高額化)
- 侵害発見時は IP Court Simplified Track 検討
- 取消申請は IPOS Registrar に申立、不服はIP Courtへ
- 医薬品・農薬はPTE申請(処分日から6か月以内)を見落とさない
- ライセンス契約は IPOS 登録で対抗要件具備(§43)
まとめ
シンガポール特許制度は、2017年自国審査主義移行・2022年IP Court設立・PPH/ASPECハブ機能等、近年の制度設計でグローバル知財実務の中心地として位置づけが強化されています。日本企業がASEAN展開で特許戦略を成功させるには、シンガポールを地域戦略のハブ拠点として位置づけ、JPO-IPOS PPHでの早期権利化とASPECでのASEAN横展開を組み合わせることが重要です。PCT国際特許出願と特許出願サービスもあわせてご覧ください。
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※本記事は、Patents Act 1994 (Cap 221)、Patents Rules 2014、IPOS公式資料、IP Court判例、JETRO・WIPO公開資料、現地法律事務所解説等を基に、一般的な情報提供を目的として作成されています。個別案件の具体的判断には、現地代理人を含む専門家へのご相談を推奨します。
AUTHOR / 執筆者
杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)
知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士
特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。