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アルゼンチン商標制度の実務ガイド|出願・費用(UMAPI)・異議・無効/取消・中間使用宣誓・税関アラートを弁理士が解説|知的財産事務所エボリクス

作成者: 弁理士 杉浦健文|2026/09/25

アルゼンチンは南米第2位の経済規模を持ち、農産物・鉱物資源・自動車産業に加え、近年はリチウムやシェールガスなどエネルギー・資源分野で日本企業の関心が高まっている国です。2023年末に発足したミレイ政権の規制緩和と経済安定化により、2025年のGDP成長率は4.4%とプラス成長に転じ、JETROの調査でも進出日系企業の6割超が事業拡大を見込んでいます。こうした中で、アルゼンチンでの商標保護の相談が増えています。

アルゼンチンの商標制度は、2018年の法改正で異議・無効・取消の判断を裁判所から国立産業財産庁(INPI)に移し、2025年12月のINPI決議583/2025で先行商標との類否審査を廃止して登録までを大幅に短縮するなど、ここ数年で最も大きく変わった制度の一つです。一方で、マドリッド議定書に加盟していないため直接出願しかできず、1出願1区分、登録5〜6年目の使用宣誓(中間使用宣誓)、毎月改定される手数料単位UMAPIなど、日本企業が見落としやすい独自ルールが多くあります。本記事では、商標法(Ley 22.362)、INPIの2026年の各決議と手数料表、WIPOの統計、2024年の最高裁判決を一次資料として、出願から異議・無効・権利行使まで弁理士が実務目線で整理します。

この記事のポイント

  • 根拠法は商標・名称法(Ley 22.362)。2018年の法律27.444で異議・無効・取消の一次判断がINPIに移り、2025年12月の決議583/2025でINPIは絶対的拒絶理由のみを審査する制度に転換
  • 2026年3月からは、審査→公報掲載(1日)→30日の異議期間→登録の順で進み、異議がなければ短期間で登録。マドプロ非加盟・1出願1区分で、外国企業は現地代理人経由の直接出願のみ
  • 手数料は物価連動のUMAPI単位(2026年9月は1UMAPI=405.69ペソ)。出願100UMAPI、異議100UMAPI、異議の維持500UMAPI、無効・取消666UMAPI
  • 存続期間は登録から10年。登録5年目から6年目の間に中間使用宣誓(DJU)が必要で、未提出なら不使用が推定され更新もできない。不使用取消は5年
  • 権利行使は連邦裁判所で、提訴前の調停が必須。税関のアラート登録(OM 2270)で模倣品を自動的に3日間留置。2024年の最高裁判決は著名商標でも混同・不当な関連付けの立証が必要と判示

目次

  1. アルゼンチン商標制度の全体像と法的枠組み
  2. 2025〜2026年の制度改革:決議583/2025・139/2026・215/2026
  3. 保護対象と拒絶理由:INPIは絶対的理由のみ審査
  4. 出願手続の流れと審査期間
  5. 費用一覧(INPI公式手数料・UMAPI)
  6. 異議申立:公報掲載後30日・3か月の交渉期間・INPIの行政決定
  7. INPIでの無効・取消手続と決議215/2026
  8. 使用義務:中間使用宣誓(DJU)・更新時の使用宣誓・不使用5年
  9. 権利行使:連邦裁判所・調停前置・税関アラート・刑事
  10. 最近の判例:最高裁Veraz事件(2024年12月)
  11. マドプロ非加盟国での出願戦略:中南米との組み合わせ
  12. 日本の商標制度との比較
  13. 日本企業がアルゼンチン出願で押さえるべき実務ポイント
  14. よくある質問(FAQ)
  15. 出典・参考文献

1. アルゼンチン商標制度の全体像と法的枠組み

LEGAL FRAMEWORK

商標・名称法(Ley 22.362、1980年)+法律27.444(2018年、緊急大統領令27/2018を法律化)+政令242/2019+INPI決議183/2018(異議手続)・583/2025(審査範囲)・139/2026(意見書廃止)・75/2026(手数料)・215/2026(無効・取消手続)。管轄はINPI(経済省所属)。先願主義・絶対的理由のみ審査・登録前異議型・1出願1区分・マドプロ非加盟

アルゼンチンの商標は商標・名称法(Ley de Marcas y Designaciones, Ley 22.362)で規律され、所管は国立産業財産庁(Instituto Nacional de la Propiedad Industrial:INPI)の商標局です。商標権は登録によって発生し(4条)、存続期間は登録日から10年で、更新には直近5年間の使用が要件です(5条)。パリ条約・TRIPS・ニース協定の加盟国ですが、マドリッド議定書には加盟していません。南米ではブラジル・チリ・コロンビアが加盟済みで、アルゼンチンは主要国で数少ない非加盟国です。

2018年の法律27.444は、それまで連邦裁判所が扱っていた異議の解決、登録の無効、不使用取消をINPIの行政手続に移し、更新時の使用宣誓に加えて登録5年目の中間使用宣誓を導入しました。INPIはこれを受けて決議183/2018(異議の行政解決手続)と279/2019(無効・取消手続)を定め、2025〜2026年にはさらに大きな改革(2章)を実施しています。

出願動向

WIPOの「世界知的所有権指標2025」によると、アルゼンチンの商標出願は2024年に89,116区分(前年比+17.4%)と大きく伸び、その増加のほぼすべて(17.4ポイントのうち16.5ポイント)を国内出願人が占めました。アルゼンチンは1出願1区分制なので、区分数がほぼ出願件数に相当します。登録簿は国内企業・個人の出願が中心で、経済の回復に伴い2025年以降も増加傾向にあります。

外国出願人の要件

外国企業は、アルゼンチンで登録された産業財産代理人(agente de la propiedad industrial)または弁護士に委任状を交付して手続します。2026年からは委任状の領事認証やアポスティーユが不要になり、署名のみで足ります。手続言語はスペイン語で、指定商品・役務はニース分類第13版(2026年1月1日以降の出願に適用)に従い、1区分あたり20項目までは基本手数料に含まれ、21項目目からは追加手数料がかかります。

2. 2025〜2026年の制度改革:決議583/2025・139/2026・215/2026

INPIは2025年12月から2026年7月にかけて、商標手続をほぼ全面的に作り直しました。日本企業の実務に直結する変更を時系列で整理します。

決議・施行日 内容 日本企業への影響
決議583/2025
2025年12月11日公布(審査範囲は即日、手続の順序は2026年3月1日から)
INPIの職権審査を絶対的拒絶理由と公序に関わる事項に限定し、先行商標との類否、人名・仮名、活動名称などの相対的理由の審査を廃止。方式・登録要件の審査を出願直後に行い、公報掲載(1日)→30日の異議期間→異議がなければ登録という順序に変更登録が速くなる反面、INPIが類似商標を止めなくなった。公報監視と30日以内の異議が権利防衛の唯一の手段に
決議63/2026拒絶理由通知・答弁要求・中間決定などを利用者の電子プラットフォームで通知。最終決定は公報で通知現地代理人の電子窓口の監視体制が必須
決議75/2026
2026年4月1日(手数料)/5月1日(UMAPI)
2023年10月以来の手数料改定。手数料単位UMAPIを導入し、INDECの消費者物価指数に連動して毎月改定見積りは月ごとに変動。ペソ建てで高インフレを反映
決議139/2026
2026年5月6日公布(2026年3月1日以降の出願に適用)
第三者の非公式な「意見書(observaciones)」制度を廃止。異議の維持手数料を15営業日以内に納付しなければ異議は放棄とみなされ、出願はそのまま進む手数料の安い意見書で様子見ができなくなり、正式な異議(100UMAPI+維持500UMAPI)が唯一の手段に
決議215/2026
2026年7月6日公布
無効・取消手続の規則を全面改定。請求人適格を「具体的な正当な利益」に拡大しつつ、請求前に権利者へ書面通知(60暦日以内に立証)することを義務化。電子的な記録開示と権利者への通知を明文化先取り登録への取消・無効請求が使いやすくなる一方、事前通知の手順を踏まないと却下される

3. 保護対象と拒絶理由:INPIは絶対的理由のみ審査

商標法1条は、商品・役務を識別できる標識を広く登録対象とし、文字・図形・ラベルに加えて、立体、色彩の組合せ、位置、音、匂い、触覚、味、動き、マルチメディアの各商標が認められています。団体商標(法律26.355)、証明商標、原産地呼称・地理的表示(法律25.380)も別途保護されます。他人の氏名・仮名・肖像は、本人または4親等までの相続人の同意が必要です。

INPIが職権で審査する事項(2025年12月〜)

  • 識別力の欠如、商品・役務の普通名称・記述的な表示、商品の必然的な形状
  • 公序良俗違反、国・州・外国・国際機関の紋章・旗・名称などの禁止標識
  • 原産地呼称・地理的表示との抵触
  • 同一の商品・役務について既に登録・出願されている同一の商標(公序に関わる事項として維持)

類似商標は審査されない:決議583/2025により、先行商標との類似(混同を生じる標識)、誤認を生じる標識、他人の氏名・仮名、営業上の活動名称との抵触といった相対的理由は、INPIの職権審査から外れました。「先行権利者自身が、新しい出願が自らの利益を害するかを判断すべき」というのがINPIの立場です。同一商標・同一商品の場合のみ職権で拒絶されますが、綴りを一字変えた商標や図形を加えた商標は、異議がなければそのまま登録されます。日本の審査主義とは正反対の運用になったことを前提に、出願前調査と公報監視を組み立てる必要があります。

周知・著名商標

パリ条約6条の2とTRIPS16条に基づき、周知商標は未登録でも保護され、登録された著名商標は非類似の商品・役務にも一定の保護が及びます。ただし2024年12月の最高裁判決(10章)は、著名性が認められても保護は絶対的ではなく、混同または不当な関連付けの立証が必要だと判示しており、著名商標を根拠にする場合も具体的な証拠が求められます。

4. 出願手続の流れと審査期間

PROCEDURE(2026年3月1日以降の出願)

電子出願(1区分) → 方式・登録要件(絶対的理由)の審査 → 商標公報に1日掲載 → 30暦日の異議期間 → 異議がなければ登録・登録証 → 登録から10年(5〜6年目にDJU)

  1. 出願:INPIの電子手続ポータルから、現地代理人が出願します。1出願1区分で、複数区分は区分ごとに別出願・別手数料です。指定商品・役務は20項目まで基本手数料に含まれ、21項目目から1項目4UMAPIが加算されます。図形商標はロゴ、音商標はMP3ファイルを添付します。優先権はパリ条約に基づき日本出願から6か月以内に主張できます。
  2. 審査:出願直後に方式要件と3章の絶対的拒絶理由が審査されます。拒絶理由があれば電子プラットフォームで通知され、期限内に応答・補正します(期限延長は50UMAPI)。
  3. 公報掲載・異議:審査を通過した出願は商標公報(Boletín de Marcas)に1日掲載され、掲載日から30暦日の異議期間が始まります。この期間は延長できません。
  4. 登録:異議がなければ登録され、登録証が発行されます。改革前は異議・拒絶理由がない基本的な出願で4〜6か月、異議や拒絶理由があると12〜14か月が目安でしたが、改革後は審査と公告の順序が入れ替わり、異議がなければさらに短縮される見込みです。
  5. 存続期間・更新:登録日から10年で、更新は満了の6か月前から満了後6か月(猶予期間)まで申請できます。更新には直近5年間の使用宣誓と、登録5〜6年目の中間使用宣誓(8章)の提出が必要です。更新時に商標の表示や指定商品を変更・拡張することはできず、失効した登録は復活できません。

5. 費用一覧(INPI公式手数料・UMAPI)

INPIの手数料は、2026年5月から産業財産手数料単位(UMAPI)で定められ、UMAPIのペソ換算額はINDECの消費者物価指数に連動して毎月改定されます。2026年4月1日の改定時点で1UMAPI=360ペソ(出願100UMAPI=36,000ペソ)、2026年9月は1UMAPI=405.69ペソです。高インフレ下のペソ建てのため、外貨換算では欧州各庁より大幅に安く、現地代理人費用が費用の大半を占めます。

項目 UMAPI ペソ(2026年9月) 備考
出願(1区分・20項目まで)10040,56921項目目から1項目4UMAPI
異議申立10040,569団体商標への異議は200
異議の維持(行政解決手続の開始)500202,845交渉期間後、15営業日以内に納付。未納なら異議放棄
出願人の行政解決手数料(決議183/18 2条の2)5020,285異議への答弁・証拠・最終主張の書面は無料
無効請求/取消請求666270,190異議手続の中で請求する場合は333
更新(1区分)20081,138猶予期間内の更新も200
中間使用宣誓(DJU)4417,850期限徒過は1年ごとに22UMAPIを加算
期限延長の申請5020,285—
行政不服申立7831,644—
代理行為の追認(委任状の追完)3514,199—

マドプロが使えないため、日本からの出願は必ず現地代理人経由の直接出願になります。複数区分を押さえる場合は区分数分の出願・手数料・代理人費用が必要で、近隣国のブラジル(マドプロ加盟)とは費用構造が大きく異なります。複数国出願の費用比較はマドプロの費用とメリットをご覧ください。

補助金の活用:中小企業のアルゼンチンへの商標出願費用は、INPIT外国出願補助金(費用の1/2、商標1出願あたり上限60万円)の対象になります。区分ごとに出願が分かれる国では、現地代理人費用を含めた総額で申請額を計算します。

6. 異議申立:公報掲載後30日・3か月の交渉期間・INPIの行政決定

  • 期間・手数料:商標公報への掲載日から30暦日以内(延長不可)。正当な利益を持つ第三者が、庁費用100UMAPIで申し立てます。理由は先行商標との混同のおそれ、氏名・仮名、営業上の名称との抵触など、INPIが職権審査しなくなった相対的理由が中心です
  • 交渉期間:INPIが異議を出願人に通知すると、3か月の交渉期間が始まり、当事者は共存合意や指定商品の限定による解決を試みます。当事者が共同で代替的紛争解決(調停など)の開始を届け出れば、手続は最長30日停止されます
  • 行政解決手続:交渉期間内に解決しなければ、異議申立人は15営業日以内に維持手数料(500UMAPI)を納付して異議を維持し、理由を補充します。納付しなければ異議は放棄とみなされ、出願はそのまま進みます(決議139/2026)。出願人は15営業日以内に答弁し、40日の証拠提出期間、INPIによる証拠の採否判断、10営業日の最終主張を経て、INPI商標局が決定します。いずれの期限も延長できません
  • 不服申立:INPIの決定に対しては、通知から30営業日以内に連邦民事商事控訴裁判所(Cámara Nacional de Apelaciones en lo Civil y Comercial Federal)へ直接上訴します。行政不服の前置は不要です

30日は短く、公報は1日だけ:公報への掲載は1日で、異議期間は30暦日しかありません。意見書制度が廃止されたため、様子見の手段もなくなりました。アルゼンチンを重要市場とする企業は、現地代理人の商標ウォッチング(公報の自動監視)を契約し、発見から1週間以内に異議の要否を判断する体制が必要です。逆に自社の出願が異議を受けた場合は、3か月の交渉期間で共存合意や指定商品の限定を提示し、費用のかかる行政解決手続に進む前に決着させるのが定石です。

7. INPIでの無効・取消手続と決議215/2026

2018年改正により、登録商標の無効(nulidad)と不使用取消(caducidad)はINPI商標局が行政手続で判断します。決議215/2026(2026年7月6日公布)は手続規則を全面改定し、それ以降に提起された請求に適用されています。庁費用は無効・取消とも666UMAPIで、異議手続の中で先行商標の取消を請求する場合は333UMAPIです。

手続 理由 窓口・備考
無効(法律違反)商標法の規定に反して登録された商標(先行商標との抵触、識別力欠如、虚偽の使用宣誓など。24条a号)INPI。第三者の請求またはINPIの職権
無効(悪意)他人の商標と知りながら出願した場合、商標の売買を目的とする出願(24条b号・c号)連邦裁判所(行政手続の対象外)
取消請求前5年間のアルゼンチン国内での不使用(不可抗力を除く。26条)。2023年6月12日から部分取消が可能INPI。登録から5年以上経過した商標が対象。類似の商品・役務に使用していれば取消されない

決議215/2026の主な内容は次のとおりです。(1)請求人適格を「主観的権利」から「現在の具体的な正当な利益」に広げ、抽象的な利益では認めない。(2)請求の前に、権利者の実際の住所(外国企業なら代理人の住所)へ書面で予告通知し、電子的な記録開示の命令から60暦日以内にその通知を立証しなければ却下される。(3)権利者は15営業日以内に答弁・証拠を提出し、INPIが書面で決定する。(4)決定には30営業日以内に連邦民事商事控訴裁判所へ直接上訴できる。取消の請求では、不使用のほか、中間使用宣誓が未提出であること、周知商標でないこと、関連する同一商標の登録がないことが審理されます。

8. 使用義務:中間使用宣誓(DJU)・更新時の使用宣誓・不使用5年

アルゼンチンの使用義務は、日本企業が最も見落としやすいポイントです。3つの場面で使用が問われます。

  1. 中間使用宣誓(Declaración Jurada de Uso de Medio Término:DJU):登録5年目の経過後から6年目の満了までの間に、それまでの使用状況を宣誓書で届け出ます(26条)。手数料は44UMAPIで、未提出のまま期限を過ぎると不使用が推定され、後から提出する場合は遅れた年数ごとに22UMAPIが加算されます。DJUの提出は更新申請の受理要件でもあるため、放置すると10年目の更新ができません。使用がない場合も、その旨を宣誓して提出しておくことで手続上の不利益を避けられます。
  2. 更新時の使用宣誓:更新申請には、満了前5年間に商標を使用した旨の宣誓が必要です(5条)。使用は同一区分でなくても、関連する商品・役務や商号としての使用で足ります。
  3. 不使用取消:登録後、請求前の5年間に国内で使用がなければ、INPIに取消を請求されます(7章)。使用の立証責任は権利者にあり、日付入りの請求書・カタログ・広告・輸入書類を商品ごとに保存しておく必要があります。

期限管理の実務

日本企業の外国商標管理システムは「更新期限」しか登録していないことが多く、アルゼンチンのDJU期限(登録日+5年〜6年)が抜け落ちがちです。登録証を受け取った時点でDJU期限を管理表に加え、現地代理人にも期限通知を依頼してください。各国の使用義務・更新の違いは各国の使用証明・更新・維持義務の世界比較で整理しています。

9. 権利行使:連邦裁判所・調停前置・税関アラート・刑事

  • 管轄裁判所:商標事件は憲法上の連邦事項で、民事は連邦民事商事裁判所、刑事は連邦刑事裁判所が第一審です。ブエノスアイレスの連邦民事商事控訴裁判所(3つの法廷)が判例形成の中心で、INPIの決定に対する上訴もここに集約されます。上告は最高裁(Corte Suprema de Justicia de la Nación)です
  • 調停前置:民事訴訟の提起前に法定の調停(mediación prejudicial obligatoria)を経る必要があり、実務では警告書のやり取りが先行します
  • 仮処分・保全:侵害品の差押、口座の凍結、販売差止めなどの保全措置が利用でき、証拠保全のための措置も認められます
  • 損害賠償:実損害と侵害者の利益の返還を請求でき、勝訴側の弁護士費用は敗訴側の負担です。侵害品の没収・売却、標識の除去・廃棄も命じられます。時効は侵害行為から3年、または侵害を知ってから1年です(36条)
  • 刑事:登録商標の偽造・詐欺的模倣、偽造商標の使用・販売・輸入は、商標法31条により3か月〜2年の拘禁刑と罰金の対象です。権利者は告訴人として手続に参加できます

税関の「アラート登録制度(Sistema de Asientos de Alerta)」

税関当局(ARCA、旧AFIPの税関総局)には、登録商標を様式OM 2270で登録する「アラート登録制度」があります。登録すると、その商標を付した輸入・輸出貨物は税関で自動的に3日間留置され、権利者(または代理人)が真贋を確認して差止め・刑事告訴につなげます。登録の有効期間は2年で、満了前30日以内に更新します。模倣品の多い分野でアルゼンチンに輸出する日本企業は、商標登録と同時にアラート登録を行うのが定石です。

10. 最近の判例:最高裁Veraz事件(2024年12月)

Organización Veraz v. Open Discovery(最高裁 2024年12月19日):著名商標でも混同の立証が必要

信用情報会社Organización Verazが、競合するOpen Discoveryによる「VERAZ」「ORGANIZACIÓN VERAZ」や類似語「Veras」「Beraz」のGoogle広告キーワードとしての使用を商標権侵害・不正競争として訴え、下級審は著名商標の侵害を認めて約333万ペソの損害賠償を命じました。最高裁はこれを破棄し、商標が著名であることは認めつつ、著名商標の保護は絶対的ではなく、無断使用が消費者の混同または両ブランド間の不当な関連付けを生じさせることの立証が必要だと判示しました。検索連動広告や比較広告は、混同や名声への不当な便乗がなければ許容されるという判断で、下級審には広告の表示態様と実際の混同の有無を厳密に審理することを求めています。

日本企業への示唆は2つあります。第一に、アルゼンチンで著名性を主張しても、キーワード広告や類似語の使用を止めるには混同・関連付けの具体的証拠(消費者調査、広告の文言・表示位置の分析)が必要になること。第二に、逆に自社が競合ブランド名をキーワードに使う場合も、混同を生じない表示にしておけば違法とされにくいことです。

そのほかの動向

  • 2023年6月12日:不使用による部分取消の運用開始。指定商品の一部だけを取り消せるようになった
  • 2026年1月1日:ニース分類第13版を新規出願に適用
  • 2026年:外国出願人の委任状について領事認証・アポスティーユの要件を撤廃
  • 2026年5月〜:手数料のUMAPI化により、毎月の物価連動改定が定着

11. マドプロ非加盟国での出願戦略:中南米との組み合わせ

アルゼンチンはマドリッド議定書に加盟していないため、日本の基礎出願からの国際登録で指定することはできません。中南米を面で押さえる場合は、マドプロ加盟国(ブラジル・メキシコ・コロンビア・チリなど)はマドプロで、アルゼンチン・ペルー・ウルグアイ・パラグアイなどの非加盟国は直接出願でという二本立てになります。

観点 アルゼンチン(直接出願のみ) ブラジル(マドプロ加盟)との違い
出願ルート現地代理人経由の直接出願のみマドプロ指定または直接出願
区分1出願1区分(区分ごとに出願・手数料・代理人費用)多区分可(2020年〜)
審査絶対的理由のみ(2025年12月〜)相対的理由も職権審査
異議公報掲載から30日、INPIが行政決定公告から60日
使用宣誓登録5〜6年目のDJU+更新時の宣誓宣誓制度なし(不使用取消のみ)
存続期間登録から10年登録から10年
手数料UMAPI建て・毎月改定レアル建て(2025年改定)

スペイン語ブランドの語感は国ごとに異なるため、スペインやメキシコで問題のない語でもアルゼンチンで俗語的な意味を持つことがあります。隣国の制度はブラジル商標制度の実務ガイドで解説しています。

12. 日本の商標制度との比較

項目 アルゼンチン(INPI) 日本(特許庁)
先行商標との類似の審査職権審査なし(同一商標・同一商品のみ拒絶。2025年12月〜)職権審査あり
区分1出願1区分多区分可
異議登録前・公報掲載から30日・3か月の交渉期間・INPIが決定登録後・公報から2か月・書面審理
無効・取消の窓口INPI(悪意の無効は連邦裁判所)。上訴は連邦控訴裁判所へ直接特許庁の審判
使用宣誓登録5〜6年目のDJUと更新時の宣誓が必要なし
不使用取消の猶予5年(部分取消可)3年
存続期間登録日から10年登録日から10年
出願庁費用(1区分)100UMAPI(2026年9月:40,569ペソ)出願12,000円+8,600円、登録料32,900円
マドプロ非加盟加盟
出願件数(2024年)89,116区分(+17.4%)約13万件前後

13. 日本企業がアルゼンチン出願で押さえるべき実務ポイント

  1. 中南米の出願計画で「マドプロ組」と「直接出願組」を分ける:アルゼンチンは直接出願のみ。区分ごとに出願が必要なので、本当に必要な区分に絞る。
  2. 指定商品は20項目以内に収める:21項目目から追加手数料。TMclassの用語を使うと審査が速い。
  3. 出願前調査は自社で行う:INPIは類似商標を止めない。同一商標・同一商品でなければ登録されてしまうため、調査で先行商標を見つけたら異議・取消の準備をしてから出願する。
  4. 公報監視と30日の異議体制を契約する:公報掲載は1日、異議は30暦日で延長不可。意見書制度は廃止済み。
  5. 登録証受領時にDJU期限(登録+5〜6年)を管理表に入れる:未提出は不使用推定と更新不能につながる。使用がなくても提出しておく。
  6. 使用証拠を商品ごとに保存する:部分取消が可能になったため、使っていない商品は取り消される前提で証拠を整える。
  7. 先取り登録には手段を選ぶ:法律違反の無効・不使用取消はINPIへ(事前通知が必須)、悪意の無効は連邦裁判所へ。
  8. 輸出開始と同時に税関アラート登録(OM 2270)を行う:2年ごとの更新も忘れずに。
  9. 著名性だけに頼らない:2024年最高裁判決により、混同・関連付けの具体的証拠がなければ著名商標でも差止めは認められにくい。

よくある質問(FAQ)

Q1. マドプロでアルゼンチンを指定できますか?

できません。アルゼンチンはマドリッド議定書に加盟していないため、現地の産業財産代理人または弁護士に委任して直接出願します。2026年からは委任状の領事認証・アポスティーユが不要になり、署名だけで足ります。

Q2. 登録までどのくらいかかりますか?

2026年3月以降の出願は、出願直後に審査され、公報に1日掲載された後30日の異議期間を経て登録されます。改革前は異議・拒絶理由がなければ4〜6か月、あれば12〜14か月が目安でしたが、改革により異議のない案件はさらに短くなる見込みです。異議を受けると、3か月の交渉期間と行政解決手続で1年前後かかることがあります。

Q3. 費用はいくらかかりますか?

庁費用は1区分100UMAPI(2026年9月で40,569ペソ)で、20項目までの指定商品を含みます。UMAPIは毎月物価連動で改定されます。外貨換算では低額ですが、区分ごとに出願が分かれ、現地代理人費用が費用の大半を占めます。中小企業はINPIT外国出願補助金で費用の1/2の助成を受けられる場合があります。

Q4. 中間使用宣誓(DJU)を出し忘れました。

遅れて提出できます。通常の44UMAPIに加えて、遅れた年数ごとに22UMAPIの追加手数料を納付します。未提出のままだと不使用が推定され、10年目の更新申請が受理されないため、気付いた時点で直ちに提出してください。使用していない場合もその旨を宣誓して提出できます。

Q5. 日本ブランドをアルゼンチンで先取り登録されました。

公報掲載から30日以内なら異議が可能です。登録後は、相手が5年以上使っていなければINPIに不使用取消を、先行権利との抵触など法律違反があればINPIに無効を請求します(いずれも666UMAPI、請求前の書面通知が必要)。相手が日本ブランドと知りながら出願した「悪意」を理由とする無効は、連邦裁判所に提訴します。日本での知名度をアルゼンチンの需要者の認識として立証できれば、パリ条約6条の2の周知商標としての保護も検討できます。

Q6. 模倣品がアルゼンチンに輸入されています。

税関のアラート登録制度(様式OM 2270)に商標を登録すると、該当する貨物は3日間自動的に留置され、権利者が確認して差止めや刑事告訴(商標法31条、3か月〜2年の拘禁刑)につなげられます。国内流通品には、調停前置を経て連邦民事商事裁判所に差止め・損害賠償を求めます。

まとめ

アルゼンチンの商標制度は、2018年の法改正と2025〜2026年のINPI決議によって、「裁判所中心・審査主義」から「INPI中心・登録前異議型」へと短期間で転換しました。登録は速くなりましたが、INPIが類似商標を止めなくなったため、公報監視と30日以内の異議、そして無効・取消の行政手続を使いこなすことが権利者に求められます。マドプロ非加盟・1出願1区分・中間使用宣誓・UMAPI建て手数料という独自ルールは、日本企業の管理システムから抜け落ちやすい点です。中南米の出願計画でアルゼンチンを「直接出願組」として位置付け、DJU期限と税関アラート登録を含めた運用を組み込むことが、アルゼンチンでのブランド保護の要諦です。

各国の商標制度は世界の商標制度ガイドをご覧ください。

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出典・参考文献

本記事は、以下の一次資料および専門家による解説を基に作成しています(いずれも2026年9月閲覧)。各項目に、本文のどの記述の根拠としたかを付記しています。

法令・公的機関の資料

  1. 商標・名称法(Ley 22.362 de Marcas y Designaciones)(InfoLEG・法務省)/登録対象と禁止事項(1条〜3条)、登録による権利発生(4条)、存続期間10年と更新時の使用要件(5条)、公報掲載と30日の異議(12条)、無効事由(24条)、不使用取消と中間使用宣誓(26条)、刑事罰(31条)、時効(36条)の根拠。
    https://servicios.infoleg.gob.ar/infolegInternet/verNorma.do?id=18803
  2. INPI決議583/2025(官報2025年12月11日)/職権審査を絶対的理由と公序事項に限定、審査→公報1日→30日異議→登録の手続順序(2026年3月1日から)の根拠。
    https://www.boletinoficial.gob.ar/detalleAviso/primera/335945/20251211
  3. INPI「El INPI actualiza el procedimiento de examen de marcas para agilizar los trámites」(政府公式サイト)/決議583/2025の目的(手続の簡素化・期間短縮・予見可能性)と手続の流れの根拠。
    https://www.argentina.gob.ar/noticias/el-inpi-actualiza-el-procedimiento-de-examen-de-marcas-para-agilizar-los-tramites
  4. INPI決議75/2026(官報2026年3月20日)およびINPI「Aranceles INPI」/2026年4月1日の手数料改定とUMAPI(2026年5月1日〜、消費者物価指数連動)の根拠。
    https://www.boletinoficial.gob.ar/detalleAviso/primera/339726/20260320
    https://www.argentina.gob.ar/inpi/aranceles-inpi
  5. INPI決議215/2026(官報2026年7月6日)/無効・取消手続規則の全面改定(請求人適格、事前通知と60暦日の立証、電子的記録開示、上訴)の根拠。
    https://www.boletinoficial.gob.ar/detalleAviso/primera/344040/20260706
  6. INPI「Presentar la declaración jurada de uso de medio término de una marca」(政府公式サイト)/中間使用宣誓の対象期間(登録後5年間の使用)、遅延年ごとの追加手数料、更新申請の受理要件、手続コード181000の根拠。
    https://www.argentina.gob.ar/servicio/presentar-la-declaracion-jurada-de-uso-de-medio-termino-de-una-marca
  7. 税関総局 様式OM 2270「Sistema de Asientos de Alerta」(AFIP/ARCA)/税関アラート登録制度の申請様式、対象貨物、模倣品対策の目的の根拠。
    https://serviciosweb.afip.gob.ar/genericos/formularios/pdf/OM2270.pdf
  8. WIPO「World Intellectual Property Indicators 2025 – Trademarks highlights」/2024年のアルゼンチンの商標出願89,116区分(+17.4%)と国内出願人主導の増加の根拠。
    https://www.wipo.int/web-publications/world-intellectual-property-indicators-2025-highlights/en/trademarks-highlights.html
  9. WIPO マドリッド制度「Members of the Madrid Union」/アルゼンチンがマドリッド議定書に加盟していないこと、ブラジル・メキシコ・コロンビア・チリの加盟の根拠。
    https://www.wipo.int/en/web/madrid-system/members/index

実務ガイド・専門家による解説

  1. Chambers and Partners「Trade Marks & Copyright 2026 – Argentina」/保護対象(非伝統的商標、人名の同意)、1出願1区分と20項目、改革前の登録期間(4〜6か月・12〜14か月)、異議手続の各段階(3か月交渉・15営業日・40日・10営業日・30日停止)、更新の期間と制限、連邦裁判所の管轄、調停前置、保全措置、損害賠償、税関アラート(3日間の留置)、時効(3年・1年)、ニース分類第13版の根拠。
    https://practiceguides.chambers.com/practice-guides/trade-marks-copyright-2026/argentina
  2. Lerman & Szlak「Changes in INPI's 2026 fees: fee increase and new fee adjustment system (UMAPI)」および決議75/2026 別表(手数料表)/UMAPI建ての各手数料(出願100・追加項目4・更新200・異議100・維持500・出願人50・無効/取消666/333・DJU 44・遅延22・延長50・不服78・追認35)と2026年4月時点のペソ換算額の根拠。
    https://lermanszlak.com/changes-in-inpis-2026-fees-fee-increase-and-new-fee-adjustment-system-umapi/
    https://lermanszlak.com/wp-content/uploads/docs/anexo_7602607_1.pdf
  3. Una Marca「Aranceles del INPI」(2026年9月)/2026年9月のUMAPI換算額(1UMAPI=405.69ペソ、出願40,569ペソなど)の根拠。
    https://unamarca.com.ar/aranceles-inpi/
  4. Noetinger & Armando「Trademark registration in Argentina: what changed in the examination, oppositions and notifications before the INPI」/決議583/2025の審査範囲、2026年3月1日以降の手続順序、決議63/2026の電子通知、公報監視の推奨の根拠。
    https://noetingeryarmando.com/en/trademark-registration-in-argentina-what-changed-in-the-examination-oppositions-and-notifications-before-the-inpi/
  5. Lerman & Szlak「Trademark proceeding changes in Argentina: INPI eliminates informal 'third parties' observations'」/決議139/2026(2026年5月6日公布)による意見書制度の廃止、15営業日以内の維持手数料未納で異議放棄とみなす扱いの根拠。
    https://lermanszlak.com/trademark-proceeding-changes-in-argentina-inpi-eliminates-informal-third-parties-observations/
  6. Lerman & Szlak「Legal Digest – IP Argentina 2026」/2025〜2026年の決議の整理と、外国出願人の委任状について領事認証・アポスティーユが不要になった点の根拠。
    https://lermanszlak.com/legal-digest-ip-argentina-2026/
  7. H&A「Argentina. Trademarks. A simplified examination promises faster registration times」/決議583/2025による審査簡素化の内容と権利者のリスク(公告の早期化・監視の必要性)の根拠。
    https://hyaip.com/en/argentina-trademarks-a-simplified-examination-promises-faster-registration-times/
  8. H&A「Cambios en el procedimiento para las nulidades y caducidades de marcas en Argentina」/2018年改正と決議279/2019に基づく無効・取消の行政手続、INPIで扱う無効事由(24条a号)と裁判所に残る事由、15営業日の答弁、部分取消の開始(2023年6月12日)、連邦控訴裁判所への直接上訴の根拠。
    https://www.hyaip.com/es/espacio/cambios-en-el-procedimiento-para-las-nulidades-y-caducidades-de-marcas-en-argentina/
  9. Abogados.com.ar「El INPI reescribe las reglas del juego: qué cambia (de verdad) en la nulidad y la caducidad de marcas」/決議215/2026の内容(請求人適格の拡大、60暦日の事前通知、取消の4要件、DJUの5〜6年目の期限と不使用推定、部分取消、30営業日の上訴)の根拠。
    https://abogados.com.ar/el-inpi-reescribe-las-reglas-del-juego-que-cambia-de-verdad-en-la-nulidad-y-la-caducidad-de-marcas/39593
  10. 税関業者センター(CDA)「Inscripción en el Sistema de Asientos de Alerta」/税関アラート登録の有効期間2年と満了前30日以内の更新、商標詐欺課への集約の根拠。
    https://www.cda.org.ar/detalle_noticia.php?id=36874

判例・実務動向

  1. マックス・プランク研究所 SIPLA「Argentina. Corte Suprema de Justicia. Derecho de marcas y competencia desleal. Marca notoria y usos por terceros」/最高裁2024年12月19日判決(Organización Veraz v. Open Discovery)の事案、約333万ペソの下級審賠償額、判旨(著名商標の保護は絶対的でなく混同・不当な関連付けの立証が必要)の根拠。
    https://sipla.ip.mpg.de/en/news/details/argentina-corte-suprema-de-justicia-derecho-de-marcas-y-competencia-desleal-marca-notoria-y-usos-por-terceros.html
  2. 日本貿易振興機構(JETRO)「アルゼンチン」国・地域情報および「2025年度 海外進出日系企業実態調査(中南米編)」/2025年のGDP成長率4.4%、進出日系企業の6割超が事業拡大を見込むという冒頭の背景情報の根拠。
    https://www.jetro.go.jp/world/cs_america/ar/
    https://www.jetro.go.jp/news/releases/2025/90227a4f55ecbd8d.html

※本記事は上記の資料を基に、2026年9月時点の情報で一般的な情報提供を目的として作成しています。手数料(UMAPI換算額)・運用・判例は変更されることがあり、スペイン語原文と英訳の間に差異がある場合はスペイン語原文が優先されます。個別案件の具体的判断には、専門家へのご相談を推奨します。