オランダは人口約1,810万人、GDPが約1兆2,000億米ドルに達する欧州有数の経済国で、ロッテルダム港とスキポール空港を擁する欧州物流の玄関口です。日本からの輸出は2025年に約122億米ドルで、一般機械・電気機器・輸送用機器が中心です。約700の日本企業拠点があり、欧州統括会社や物流拠点を置く企業も少なくありません。こうした背景から、オランダでの商標保護に関する相談は、欧州進出の初期段階から寄せられます。
ただし、オランダには「オランダ商標」という国内制度がありません。オランダ・ベルギー・ルクセンブルクの3か国は1971年から商標法を統一しており、現在はベネルクス知的財産条約(BCIP)に基づきベネルクス知的財産庁(BOIP)が3か国に一体で効力を持つ「ベネルクス商標」を登録します。日本企業は、このベネルクス商標、EU全域をカバーするEU商標(EUTM)、そしてマドリッド協定議定書(マドプロ)によるベネルクス指定の3つから選ぶことになります。BOIPは先行商標との抵触を職権では審査せず、公告から2か月の異議申立で権利者が自ら守る仕組みで、存続期間は出願日から10年、不使用取消は5年です。本記事では、BCIPの条文、BOIPの公式手数料表と年次報告、ハーグ地方裁判所の指標料金、オランダ税関の統計、外務省・JETROのデータを一次資料として、出願から異議・取消・権利行使・EUTMとの使い分けまでを弁理士が実務目線で整理します。
この記事のポイント
目次
オランダの商標制度の最大の特徴は、国内商標が存在しないことです。オランダ・ベルギー・ルクセンブルクは1971年に統一ベネルクス商標法を施行し、2006年からは商標と意匠を一本化したベネルクス知的財産条約(Benelux Convention on Intellectual Property、BCIP)が根拠法になっています。条約2.2条は、商標権は「ベネルクス域内で出願された商標の登録」または「ベネルクスを指定する国際登録」によって取得すると定めており、登録主義です。登録の効力は3か国に不可分に及び、オランダだけを対象にした登録はできません。
登録官庁はベネルクス知的財産庁(Benelux Office for Intellectual Property、BOIP)で、本部はハーグにあります。BOIPは出願の方式審査と絶対的拒絶理由の審査、異議申立、そして2018年6月から取消・無効の行政手続を担い、BOIPの決定に対する不服はベネルクス司法裁判所(Benelux Court of Justice、ルクセンブルク)の第二部に2か月以内に申し立てます。同裁判所は3か国の最高裁判事で構成され、2025年11月時点で370件の判決のうち137件がBOIPの決定に対する不服事件です。侵害訴訟は各国の裁判所が扱い、オランダではハーグ地方裁判所が知財の中心的な裁判所です。
オランダはEU加盟国ですから、EU商標(EUTM)もオランダで効力を持ちます。BCIPはEU商標指令2015/2436を実施するため2018年から2019年にかけて改正され、図で表せない商標の登録、証明商標の導入、悪意の出願の無効理由化、著名商標を根拠とする異議、BOIPでの取消手続などが加わりました。日本企業から見ると、オランダ1か国だけを守りたい場合でもベネルクス3か国分の登録になる一方、費用はEUTMの3分の1以下で済むという構造を押さえておくことが出発点です。
BOIPへのベネルクス商標出願は、2023年に20,407件で、2019年から2023年の5年間は毎年約1万9,000〜2万4,000件で推移しています。2024年の年次報告によれば、商標・意匠出願は前年比1%減とほぼ横ばい、更新は3%増、アイデアの日付証明サービス「i-DEPOT」は10%増でした。BOIPは、代理人を介さない本人出願の増加に伴って暫定拒絶の比率が上がったとして、名称チェックツールや簡易出願フォームの整備を進めています。
オランダ企業の商標活動は国内にとどまりません。WIPOの統計プロファイルによれば、2024年のオランダ出願人による商標出願は区分数ベースで82,735区分(世界22位)で、そのうち国外出願が32,924区分(世界16位)を占め、国外出願の65.7%がマドプロ経由です。フィリップス、シグニファイ、ASML、ユニリーバなどが上位出願人で、オランダ市場で日本企業が競合するのは、こうしたグローバル企業のブランドポートフォリオです。
| 指標 | 数値 | 出所 |
|---|---|---|
| ベネルクス商標出願(2023年) | 20,407件(意匠706件、i-DEPOT 4,834件) | BOIP年次報告2023 |
| 2024年の動向 | 商標・意匠出願−1%、更新+3%、i-DEPOT+10% | BOIP年次報告2024 |
| 登録率(2019〜2023年平均) | 約91%(出願107,947件に対し登録98,126件) | Trama(2025年5月) |
| オランダ出願人の商標出願(2024年) | 82,735区分(世界22位)。国内49,811・国外32,924。マドプロ国際出願1,408件(世界14位) | WIPO統計プロファイル |
| 人口/GDP | 約1,813万人(2026年1月)/約1兆2,271億米ドル(2024年) | 外務省・JETRO |
| 対日貿易(2025年、米ドル) | 日本→オランダ122.0億ドル(一般機械29.7%・電気機器20.7%・輸送用機器17.0%)/オランダ→日本39.4億ドル | JETRO(財務省貿易統計) |
| 日本企業拠点/在留邦人 | 701拠点/10,656人(2024年)。対オランダ直接投資残高約23.7兆円 | 外務省 |
BCIP 2.1条は、文字、人名、図形、数字、色彩、商品や包装の形状、音など、自他商品識別力があり、登録簿上で明確かつ正確に表示できるあらゆる標識を商標として認めています。2019年の改正で「図で表せること」の要件が外れ、音商標は音声ファイル、動き商標やマルチメディア商標は動画ファイルで出願できます。個別商標のほか、団体商標と証明商標(2019年導入)があり、証明商標の出願人は証明対象の商品・役務を自ら供給していないことが必要です。
BOIPが職権で審査するのは、2.2bis条の絶対的拒絶理由だけです。識別力の欠如、記述的な標章、慣用化した標章、商品の性質や技術的効果に由来する形状、公序良俗違反、誤認を生じる標章、国章や地理的表示との抵触、そして悪意による出願が主な内容です。BOIPが拒絶の意向を通知した場合、出願人は所定の期間内に反論でき、最終的な拒絶にはベネルクス司法裁判所への不服申立が認められています(2.11条)。
先行商標との抵触は審査されません。BCIP 2.2ter条の相対的理由(先行する同一・類似商標との混同のおそれ、著名商標の希釈化など)は、BOIPの職権審査の対象外で、先行権利者が異議申立または取消・無効手続で主張して初めて問題になります。EUIPOと同じ仕組みですが、日本の特許庁が先行商標を職権で審査するのとは対照的です。日本企業にとっては、自社の出願が先行商標を理由に拒絶される心配は少ない一方、他社の類似出願は自分で監視して異議を出さなければ登録されてしまうことを意味します。BOIPは出願前の調査として商標登録簿の検索とTMviewの利用を推奨しています。
ベネルクス商標の権利範囲は広めです。2.20条2項は、同一・類似の商品役務での混同のおそれに加えて、ベネルクス域内で名声を持つ商標については非類似の商品役務での使用も、さらに同項(d)号では商品役務を識別する目的以外での使用(社名や商号、批判的なパロディなど)であっても、正当な理由なく識別力や名声を害する場合は禁止できると定めています。この(d)号は日本にもEU商標規則にもない規定で、後述する2026年のEU司法裁判所判決でも争点になりました。
出願はBOIPのオンラインシステム「My BOIP」から行うのが標準で、オランダ語・フランス語に加えて英語で出願できます。多区分出願が可能で、区分ごとに加算料金がかかります。委任状は原則として不要で、日本企業が直接出願する場合も公証や認証の手間はありません。ただし、BOIPからの通知を確実に受け取り、期限を管理するため、実務ではEEA域内の代理人を置くのが通常です。パリ条約の優先権は日本の出願日から6か月以内に主張できます。
| 段階 | 内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 出願・方式審査 | 出願日の付与要件を確認し、区分の分類が確定すると出願を公告(2.5条) | 数日〜数週間 |
| 絶対的理由の審査 | 識別力・記述性・公序などを審査。暫定拒絶には反論可能(2.11条) | 公告と並行 |
| 異議期間 | 出願公告から2か月(2.14条)。延長不可 | 2か月 |
| 登録 | 拒絶も異議もなければ登録し、権利者に通知(2.8条1項) | 出願から約3〜4か月 |
| 迅速登録(任意) | 出願人の請求で直ちに登録し、絶対的理由の審査と異議は登録後に行う(2.8条2項)。追加料金196ユーロ | 数日 |
迅速登録はベネルクス特有の便利な制度です。出願と同時に登録が行われるため、輸出の直前や税関登録、模倣品への警告状の送付に間に合わせたいときに使えます。ただし、登録後に絶対的理由で拒絶されたり異議が認められたりすると登録は取り消されるので、権利が「確定」する時期は通常の出願と変わりません。BOIPは2024年に簡易オンライン出願フォームを導入し、出願人の40%超が利用しています。
BOIPの手数料は2019年から1区分目を含む基本料金に2区分目、3区分目以降を加算する方式です。以下はBOIP公式手数料表(オンライン出願)の主な項目で、円換算は1ユーロ≒175円の概算です。
| 項目 | 庁費用(ユーロ) | 円換算の目安 |
|---|---|---|
| 出願(個別商標、1区分を含む) | 244。2区分目27、3区分目以降81/区分 | 約4.3万円(3区分で約6.2万円) |
| 出願(団体・証明商標) | 379。2区分目42、3区分目以降126 | 約6.6万円 |
| 迅速登録の追加料金 | 196。2区分目21、3区分目以降63 | 約3.4万円 |
| 識別的特徴の説明の記載 | 41 | 約7,000円 |
| 更新(個別商標、1区分を含む) | 263。2区分目29、3区分目以降87。満了後6か月の猶予期間は135を加算 | 約4.6万円 |
| 異議申立 | 1,045。根拠とする権利が4件目以降は1件105を加算 | 約18.3万円 |
| 取消・無効手続(BOIP) | 1,420。理由または権利が4件目以降は1件142を加算 | 約24.9万円 |
| 移転・ライセンスの記録 | 56(1件目)、28(2〜5件目)、6件目以降無料 | 約1万円 |
| 指定商品役務の減縮 | 46/商標 | 約8,000円 |
比較対象として、EUTMのオンライン出願料は1区分850ユーロ、2区分目50ユーロ、3区分目以降150ユーロ/区分です。マドプロでベネルクス(BX)を指定する場合の個別手数料は1区分CHF 224、2区分目CHF 25、3区分目以降CHF 75(更新はCHF 243/27/82)で、1CHF≒185円とすると1区分約4.1万円と直接出願とほぼ同水準です。ベネルクス商標はEUTMの3分の1以下の費用で3か国をカバーでき、オランダを含む数か国だけが対象の場合は費用面で有利です。代理人費用は別途必要で、日本の特許事務所を通じた直接出願では、庁費用と合わせて1区分あたりおおむね20〜35万円が相場です。
中小企業にはINPITの外国出願補助金が利用でき、ベネルクス出願やマドプロ指定の費用の2分の1が補助対象になります。
異議申立は、出願公告から2か月以内にBOIPへ書面で行います(BCIP 2.14条)。申立ての根拠は2.2ter条の相対的理由で、先行するベネルクス商標・EU商標・国際登録、ベネルクスで名声を持つ商標、パリ条約6条の2の周知商標、代理人による無断出願、地理的表示などが含まれます。申立てができるのは先行商標の権利者と、権利者が認めたライセンシーです。異議の手数料が納付されるまで申立ては有効になりません。
手続はEUIPOの異議と似ており、申立て後に2か月のクーリングオフ期間が置かれ、当事者の合意で和解交渉のために延長できます。その後、申立人が理由と証拠を提出し、出願人が反論します。出願人は、先行商標の登録から5年が経過している場合、申立人に過去5年間の真正な使用の証明を求めることができ(2.16bis条)、証明がなければ異議は退けられます。出願人が全く応答しなければ、出願は効力を失います(2.16条3項)。
費用は敗者負担です。BCIP 2.16条5項は、異議の費用を敗れた当事者が負担し、BOIPの費用決定は執行力を持つと定めています。一部認容の場合は費用負担が生じません。BOIPの決定への不服は、ベネルクス司法裁判所に2か月以内に申し立てます。日本の特許庁の異議申立が「登録後」に「誰でも」できるのに対し、ベネルクスの異議は「登録前」に「先行権利者だけ」ができ、期間は2か月と短く延長もできないため、公告の監視体制が不可欠です。
登録商標は、登録手続の完了から5年以内にベネルクス域内で真正な使用を開始しないか、5年間継続して使用を中断すると、正当な理由がない限り取消の対象になります(BCIP 2.23bis条・2.27条2項)。登録された形と識別力を変えない範囲での変形使用や、輸出専用に域内で商標を付す行為も使用に含まれ、権利者の同意を得た第三者の使用も権利者の使用とみなされます。使用は3か国のうち1か国でも「真正な使用」と評価されうるという実務が確立しており、オランダだけで使っていれば足りるのが一般的な理解です。
取消と無効は、2018年6月からBOIPの行政手続でも請求できるようになりました(2.30bis条)。絶対的理由による無効と不使用等による取消は誰でも、相対的理由による無効は先行権利者が請求できます。手数料は1,420ユーロで、異議と同様に敗者負担、名義人が応答しなければ登録は取り消され、決定への不服はベネルクス司法裁判所に申し立てます。従来どおり各国の裁判所に無効・取消の訴えを起こすこともでき(2.28条)、侵害訴訟の反訴として無効を主張する場面では裁判所ルートが使われます。
無効を封じる規定にも注意が必要です。先行商標の権利者が後行の登録商標の使用を知りながら5年間黙認すると、悪意の出願でない限り無効を請求できなくなります(2.30septies条)。また、取消請求の前に使用を再開すれば取消を免れますが、請求が予想されると知った後の3か月以内の再開は考慮されません(2.27条3項)。
ベネルクス商標の存続期間は出願日から10年で、10年ごとに何度でも更新できます(BCIP 2.9条)。更新の手数料は満了前6か月間に納付し、遅れた場合も満了後6か月以内なら追加料金(135ユーロ)を払って更新できます。一部の商品役務についてだけ更新することも可能です。BOIPは満了の6か月前に権利者へ通知を送りますが、通知が届かなくても更新義務は免除されず、その点を裁判所やBOIPに対して主張することもできません(2.9条6項)。登録簿上の連絡先を最新に保つことが重要で、名義・住所の変更の記録は無料です。
登録後に使用宣誓や使用証拠を提出する義務はなく、更新時にも使用の証明は不要です。使用が問題になるのは、第三者が取消を請求したとき、異議や無効の相手方が使用証明を求めたとき、そして侵害訴訟で被告が不使用の抗弁(2.23ter条)を出したときです。各国の登録後の維持義務は主要国の商標維持義務の比較記事で整理しています。
オランダでの侵害訴訟は、ハーグ地方裁判所が中心です。同裁判所は特許、EU商標、共同体意匠について国内で唯一の管轄裁判所であり、ベネルクス商標や商号、不正競争の事件も専門部(Sectie IE)が扱います。ベネルクス商標については他の地方裁判所にも管轄がありますが、EU商標の本案訴訟はハーグ地裁だけが扱います。仮処分(kort geding)については、EU司法裁判所が2019年11月21日のSpin Master事件(C-678/18)で、EU商標・共同体意匠に関する暫定措置はすべての国内裁判所が命じられると判断しました。ただし、EU全域に効力が及ぶ差止命令を出せるのはハーグ地裁だけなので、実務では引き続きハーグ地裁が選ばれます。
オランダの民事手続は迅速さで知られます。仮処分は申立てからおおむね2週間程度で判断され、緊急性があれば相手方の意見を聞かずに差止を命じるex parte命令も認められています。本案訴訟は6〜12か月程度が目安です。救済としては差止(違反時の制裁金付き)、損害賠償または侵害者の利益の引渡し、侵害品の回収・廃棄、流通経路の情報開示、判決の公表などがBCIP 2.21条・2.22条で認められています。
勝訴側は弁護士費用を回収できます。民事訴訟法1019h条は、知財事件で敗訴した当事者に相手方の合理的かつ相当な訴訟費用の全額負担を命じることを認めています。予見可能性を確保するため、裁判所は指標料金(Indicatietarieven)を公表しており、2026年2月1日版では仮処分が「簡易」7,200ユーロ、「通常」1万8,000ユーロ、「複雑」3万ユーロまで、本案が9,600ユーロ、2万1,000ユーロ、4万2,000ユーロまで(追加書面後はそれぞれ2万4,000・4万8,000ユーロ)を上限の目安としています。2026年の改定で約20%引き上げられました。日本の商標訴訟では弁護士費用の回収がごく限定的ですから、オランダでは敗訴のコストが日本より大きい反面、勝ち筋の事件では費用面の負担が軽くなります。
オランダ刑法337条は、偽造・模造した商標や、他人の商標・商号を無断で付した商品を故意に輸入・通過・輸出・販売・販売の申出・引渡し・配布・所持する行為を、1年以下の拘禁刑または第5類の罰金で処罰します。業として、または営業として行った場合は4年以下の拘禁刑に加重されます。一方、少量の物品を専ら自己使用のために所持する行為は処罰されません。刑事手続は模倣品の組織的な取引に対して使われ、ブランド保護の実務ではまず民事と税関を組み合わせるのが一般的です。
オランダはロッテルダム港とスキポール空港を通じてEUに入る物流の集積地であるため、税関での水際対策が特に重要です。EU規則608/2013に基づく税関申立(AFA)を提出すると、オランダ税関は疑わしい貨物を差し止めて権利者に通知し、簡易手続で廃棄できます。オランダ税関は2025年に約120万点、市場価値にして約1億200万ユーロ相当の模倣品を差し止め、2026年のサッカー・ワールドカップに向けた偽ユニフォームなどのスポーツ用品だけでも2025年に4万2,000点(約360万ユーロ相当)を押収しています。EU商標とベネルクス商標のいずれでも申立てができますが、EU全域の税関で一括して使えるEU商標のほうが水際対策では有利です。
ベルギーの政党が移民政策のプラン「IKEA-PLAN」の発表にIKEAの商標や組立説明書風のキャラクターを模したイラストを使った事件で、ベルギーの裁判所からの付託を受けたEU司法裁判所大法廷は、名声のある商標の保護に対する「正当な理由」の有無を判断する際、商標権者の財産権と表現の自由のいずれも絶対ではないとして両者を衡量しなければならず、政治的意見や政治的パロディも一定の条件の下では正当な理由になりうると判示しました。ただし、政治的メッセージを強めるためだけに商標の名声を利用する使用は、権利者の利益に優先するとはいえないとも述べています。識別目的以外の使用を規制するBCIP 2.20条2項(d)号の解釈にも関わる論点で、ベネルクス域内で名声を持つブランドを持つ企業の権利行使に影響します。
通販サイト「123inkt.nl」が、返品・回収品などから集めた純正HPカートリッジを外箱なしで「環境製品」として販売した事件です。HPは商標権の消尽の例外である「正当な理由」を主張しましたが、控訴審は、商標が製品自体に表示されており出所表示機能は害されず、事務用消耗品であるカートリッジの包装がブランドイメージに寄与するとの立証もないとして商標権侵害を否定し、最高裁も2026年7月にこの判断を維持しました。一方、製造から10年以上経過した製品を新品同様の価格で販売した点は不公正な商取引と認められ、製造時期の明示が命じられています。並行輸入品や再包装品の対策は、商標法だけでなく不公正取引の規制と組み合わせて設計する必要があることを示す判決です。
BOIPは2024年に新長官の下で2025〜2030年の戦略計画を策定し、EUIPOの画像検索ツールの試験導入、オランダ商工会議所と共同の名称チェックツール、簡易出願フォームなどを進めています。異議・取消・拒絶の決定の質について代理人業界と対話するパイロットも始まり、毎年実施する方針です。
オランダで商標を守る手段は3つあります。オランダはマドプロの加盟国で、国際登録ではベネルクス(BX)として指定します。各ルートの特徴は次のとおりです。
| 項目 | ベネルクス商標(BOIP直接出願) | マドプロでBX指定 | EU商標(EUTM) |
|---|---|---|---|
| 効力の範囲 | オランダ・ベルギー・ルクセンブルク | 同左 | EU27か国 |
| 庁費用(1区分) | 244ユーロ(約4.3万円) | CHF 224(約4.1万円)+基本手数料 | 850ユーロ(約14.9万円) |
| 登録までの期間 | 約3〜4か月(迅速登録なら数日) | 拒絶通報期限まで最長18か月 | 約4〜6か月 |
| 先行商標の影響 | 職権審査なし。異議のみ | 同左 | 職権審査なし。ただし27か国のどこか1か国の先行商標で全体が拒絶されうる |
| 使用義務 | 5年。3か国のうち1か国での使用で足りるのが通例 | 同左 | 5年。EU域内での真正な使用(1か国でも足りうる) |
| 向いている場面 | ベネルクスが主市場、急ぎで登録が必要、EUTMが先行商標で難しい | 他国とまとめて出願・管理したい | 欧州全域で展開、税関対策を重視 |
欧州全域を対象にする場合はEUTMが基本ですが、EUTMは1か国の先行商標との抵触で全体が拒絶されるリスクがあるため、ベネルクスに迅速登録で先に確実な権利を作り、EUTMやマドプロを並行して進める設計が有効です。ドイツやフランスの国内商標と組み合わせて、主要市場だけを国別に固める方法もあります。
| 項目 | オランダ(ベネルクス商標) | 日本 |
|---|---|---|
| 根拠法・官庁 | ベネルクス知的財産条約(BCIP)・BOIP(ハーグ) | 商標法・特許庁 |
| 効力の範囲 | 3か国に一体で効力 | 日本国内 |
| 先行商標の審査 | 職権審査なし(絶対的理由のみ) | 職権で審査(4条1項11号) |
| 異議申立 | 登録前、公告から2か月、先行権利者のみ、敗者負担 | 登録後、公報から2か月、何人も可 |
| 登録までの期間 | 約3〜4か月(迅速登録は数日) | 約6〜10か月(早期審査あり) |
| 存続期間 | 出願日から10年 | 登録日から10年 |
| 不使用取消 | 5年。BOIPまたは裁判所 | 3年。特許庁の審判 |
| 弁護士費用の回収 | 指標料金の範囲で全額(1019h条) | 損害の一部として限定的に認められるのみ |
| 刑事罰 | 1年以下(業として4年以下)または第5類の罰金 | 10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金(78条) |
できません。オランダ・ベルギー・ルクセンブルクは商標法を統一しており、BOIPに出願するベネルクス商標は3か国に一体で効力を持ちます。オランダだけを対象にした登録や、オランダ分だけの放棄はできません。逆にいえば、オランダ向けの1件の出願でベルギーとルクセンブルクも自動的にカバーされます。
拒絶も異議もなければ、出願公告と2か月の異議期間を経て、おおむね3〜4か月で登録されます。追加料金を払う迅速登録を使えば数日で登録され、絶対的理由の審査と異議は登録後に行われます。マドプロでベネルクスを指定した場合は、拒絶通報の期限が18か月なので、権利が確定するまでの期間は直接出願より長くなります。
調べません。BOIPが職権で審査するのは識別力や公序などの絶対的拒絶理由だけで、先行する類似商標があっても出願はそのまま公告・登録されます。先行権利者が公告から2か月以内に異議を申し立てるか、登録後に取消・無効を請求して初めて問題になります。出願前の調査と登録後の監視は出願人自身の責任です。
EUTMはオランダを含むEU全域で効力を持つので、通常はEUTMだけで足ります。ただし、EUTMが他国の先行商標を理由に拒絶や無効のリスクを抱えている場合、ベネルクスで確実に使う商標について迅速登録で権利を確保しておく価値があります。また、EUTMがEU域内で真正に使用されていないと5年で取消の対象になる点は、ベネルクス商標でも同じです。
EU規則608/2013に基づく税関申立を提出し、輸入段階で差し止める体制を作るのが第一です。オランダ税関は2025年に約120万点の模倣品を差し止めています。国内で流通している模倣品には、警告状の後、ハーグ地方裁判所などで仮処分を申し立てます。仮処分は約2週間で判断され、勝訴すれば弁護士費用も指標料金の範囲で回収できます。組織的な取引には刑法337条による刑事告発も選択肢です。
必要ありません。BCIPは「ベネルクス域内での真正な使用」を求めており、オランダだけでの使用でも通常は足りると解されています。ただし、使用の規模や態様が「真正」といえるかは事案ごとに判断されるため、請求書や広告など、ベネルクス市場向けの使用を示す証拠を継続的に保存しておくことが重要です。
オランダの商標保護は、ベネルクス知的財産条約に基づきBOIPが登録するベネルクス商標が基本で、EUTMとマドプロが選択肢に加わります。BOIPは先行商標を審査せず、公告から2か月の異議と、BOIPまたは裁判所での取消・無効で先行権利者が自ら権利を守る制度です。出願244ユーロ、3〜4か月で登録、迅速登録なら数日、存続期間は出願日から10年、不使用取消は5年で、費用は敗者負担、訴訟は仮処分約2週間と迅速で弁護士費用の回収もできます。ロッテルダムとスキポールを抱えるオランダでは税関対策の重要性が高く、EU全域で使えるEUTMに基づく税関申立と、拒絶リスクの少ないベネルクス商標を組み合わせるのが日本企業にとって現実的な設計です。
各国の商標制度は世界の商標制度ガイドをご覧ください。
ベネルクス商標・EUTM・マドプロの使い分け、迅速登録の活用、先行商標調査と公告監視、異議・取消・無効への対応、税関申立と模倣品対策、INPIT外国出願補助金の申請まで、知的財産事務所エボリクスが一貫してサポートします。初回相談は無料です。
本記事は、以下の一次資料および専門家による解説を基に作成しています(いずれも2026年9月閲覧)。各項目に、本文のどの記述の根拠としたかを付記しています。
※本記事は上記の資料を基に、2026年9月時点の情報で一般的な情報提供を目的として作成しています。手数料(円換算額)・運用・判例は変更されることがあります。オランダ語・フランス語の条約原文と英訳の間に差異がある場合は原文が優先されます。個別案件の具体的判断には、専門家へのご相談を推奨します。