オーストラリア商標制度は、行政面ではIP Australia(オーストラリア特許庁)が運用し、根拠法は Trade Marks Act 1995 (Cth) を中心とします。一見すると先願主義的に見えますが、実務では「誰が真正な owner か」「出願時に真摯な使用意思があったか」「豪州における先使用があるか」が強く効くため、日本実務の感覚で単純に「先に出せばよい」と考えると危険です。本記事では、現役弁理士が豪州実務の核心を解説します。
本記事のポイント:豪州商標は「出願前の名義・指定・検索」と「登録後の使用証拠・監視」が成否を決める制度です。権利化段階だけ最適化しても、名義ミス・不使用・監視不足・ライセンス統制不足で後から崩れます。出願・登録・執行を一つのポートフォリオ管理として設計すべきです。
目次
オーストラリア商標制度の根幹は Trade Marks Act 1995 (Cth) です。同法は通常商標だけでなく、以下の特殊商標も扱います。
豪州で登録可能な標識は広く、以下が含まれます。ただし「どんな標識でもよい」わけではなく、識別力上または法令上の制約があります。
登録困難な標識:一般的説明語、地理的名称、ありふれた姓、通常の色彩・形状、商品写真、法令で保護・禁止された語や標章は、原則として識別力上または法令上の理由で問題化しやすいです。
出願人は、その商標の owner であると主張する者でなければならず、かつ、指定商品・役務について以下のいずれかの使用意思を有する必要があります。
つまり、豪州は「実使用主義」ではないものの、使用意思を欠く投機的出願は制度と相性が悪いのです。
商品・役務はニース分類45区分を採用し、1類〜34類が商品、35類〜45類が役務です。区分選択それ自体よりも重要なのは、各区分内の記載をどこまで具体化するかです。広すぎる指定は審査・非使用リスクの両面で不利になります。
ローマ字以外の文字や非英語語句を含む場合、翻訳・翻字の提出が必要です。これは方式面の小さな論点に見えて、のちの識別力評価・類否判断にも影響するため、初動で整えておくべきです。
出願・登録後の連絡先となる address for service は、オーストラリア又はニュージーランドの住所でなければなりません。私用住所を公開したくない場合は私書箱等も利用可能です。外国依頼者案件では、この点が最初の実務ボトルネックになることが多いポイントです。
| 項目 | 実務上の要点 |
|---|---|
| 出願人適格 | owner を主張する者。会社・個人・法人格ある/ない団体等を含むが、真正 owner であることが重要 |
| 使用要件 | 自己使用、使用許諾、設立予定会社への譲渡による使用意思。出願時の真摯な使用意思が必要 |
| 標識の種類 | 文字、図形、ロゴ、色、音、匂い、動き、包装、形状等。非伝統的商標も可能だが立証負担は重い |
| 記載要件 | 表示態様、商品・役務の記載、必要に応じ翻訳・翻字 |
| 区分 | ニース45区分(1–34類が商品、35–45類が役務) |
| Address for service | 豪州又はNZ住所(外国依頼者案件では要注意) |
| 識別力 | 説明的・地理的・ありふれた姓・通常形状等は弱い(使用証拠で補強可能な場合あり) |
実務上のヒント:日本語商標をそのまま豪州へ持ち込むより、英語表記・ロゴ・通称をどう切り分けて出すかが重要です。特にロゴに識別力の乏しい文字を入れる場合、文字商標とロゴ商標を分けて取る方が後工程で安定します。
| ルート | 政府手数料の目安 | 実務コメント |
|---|---|---|
| 国内通常出願 | 最低 AUD 250 | 詳細内訳は最新 price calculator で確認推奨 |
| TM Headstart | Step 1: AUD 200/類、最低総額 AUD 330/類、任意補正 AUD 150/類 | 早期にリスクを見たい案件で有用な事前評価制度 |
| マドリッド出願(豪州→海外) | 基本料 653 CHF(カラー 903 CHF)+指定国個別料 | 同一内容性と5年依存に注意 |
| 国際登録の豪州指定 | 217 CHF/類(2026年4月12日以降) | 豪州では18か月以内に provisional refusal の通知要否が決まる |
絶対に守るべき期限:優先権主張は、条約国出願から6か月以内に豪州出願を行う必要があり、優先権主張そのものは豪州出願時またはその後2営業日以内に行います。いずれも延長不可です。優先権主張案件は通常より速く審査に回されます。
| フェーズ | 期限・所要期間 | 実務上の意味 |
|---|---|---|
| 条約優先権主張 | 6か月/2営業日 | 延長不可 |
| 最短登録期間 | 少なくとも7か月 | 無応答・無異議の最短レンジ |
| adverse report 対応 | 15か月 | 使用証拠、補正、deferment、ヒアリング準備の本体期間 |
| 公告後の異議期間 | 2か月 | acceptance 後直ちに発生 |
| Registrar決定への不服 | 通常 21日 | Federal Court / FCFCOA Div 2 への appeal |
権利化のボトルネックは、大きく分けて以下の4つです。
s 41:識別力
説明的・地理的・ありふれた姓等。使用証拠で救済可能
s 44:先行商標との抵触
商品役務絞り込み、同意書、honest concurrent use 等で対応
s 60:他人のレピュテーション
豪州での周知性・混同のおそれを争う異議理由
s 62A:bad faith
悪意・冒認出願に対する強力な異議理由
日本実務との違い:オーストラリアには日本型の「審判」体系をそのまま対応させない方が安全です。実務上の争いは、IP Australia における opposition / non-use hearing / ex parte hearing と、そこからの court appeal / review に整理して理解します。
受理公告から2か月以内に、誰でも異議を提起できます。理由は以下のように広範です。
証拠段階の標準スケジュール:
豪州異議は「短期決戦」に見えて、実際には和解交渉を織り込んだ中期戦として運用されることが多いです。
非常に重要:誰でも non-use application を提起できます。2019年2月24日以降の出願では、登録簿記載から3年で s 92(4)(b) の対象になり得ます。出願時に真正な使用意思がなく、その後も所定期間まで使用がない場合は s 92(4)(a) も問題となります。豪州で broad filing をするなら、「この指定を3年後に守り切れるか」を最初から逆算すべきです。
| 手続 | 主要期限 | 政府手数料 |
|---|---|---|
| 登録異議 | 公告後2か月(証拠 3/3/2か月) | NIO AUD 250 |
| 不使用取消し | 登録簿記載後3年〜 | 申立 AUD 350 |
| 不使用申立てへの opposition | publication後 | hearing 費用別途 |
| rectification / cancellation | 主として court | 個別確認要 |
| Registrar決定への appeal | 通常21日 | 手続に応じる |
登録の基本期間は出願日から10年です。優先権主張案件であっても、更新計算の起点は豪州 filing date です。更新は満了前1年以内に可能で、満了後も6か月の grace period があります。
| 更新方法 | 費用 |
|---|---|
| オンライン | AUD 400/類 |
| その他の方法 | AUD 450/類 |
| Late renewal(遅延加算) | 1か月またはその端数ごとに AUD 100/類 |
譲渡は契約ベースで行い、その後、登録簿へ ownership change を反映させます。IP Australia は deed of assignment、sale agreement、merger certificate、probate 等の proof of title を提出して register を直す役割です。
ライセンスは「register しないと無効」という制度ではないものの、claimed interest / right の recordal をしておくと、IP Australia から一定の通知を受けられます。
Authorised Use の重要性:豪州では authorised use は owner の use として扱われます。ライセンス契約には少なくとも quality control、use sample の提出義務、証拠保存、territory、オンライン販売の管理 を入れておくべきです。不使用防御では、契約書だけでなく実際に統制下で使われていたことを示せるかが勝負になります。
市場監視は完全に権利者責任です。IP Australia も、侵害防止・監視・執行は権利者自身の役割と明言しています。以下を組み合わせます。
登録商標に基づく侵害紛争では、救済の中心は裁判所によるinjunction(差止め)と、原告選択によるdamages または account of profits です。さらに、侵害の悪質性、抑止の必要性、警告後の行動、侵害利益等を考慮してadditional damages(追加損害賠償)が認められ得ます。
無料の強力な手段:権利者は Australian Border Force に Notice of Objection を無料で提出でき、疑わしい輸入品の一時差止め・押収が可能です。同時に Deed of Undertaking を差し入れ、保管・輸送・廃棄等の費用負担に備えます。模倣品・並行流通対策に非常に有効です。
| 犯罪類型 | 罰則 |
|---|---|
| 登録商標の falsifying / removal | 5年以下の拘禁 又は 550 penalty units、又はその併科 |
| false trade marks が付された goods に関する行為 | 12か月以下の拘禁 又は 60 penalty units、又はその併科 |
豪州は「商標侵害=純民事」ではないものの、通常のブランド紛争ではまず civil + customs の設計が中心になります。
① Cantarella Bros v Modena Trading [2014] HCA 48
High Court は、外国語標章の識別力判断について、豪州の関連需要者にとってその語の ordinary signification がどう理解されるかを重視。「外国語で説明的だから当然拒絶」とはならず、豪州市場での通常理解の立証が重要です。
② Pham Global v Insight Clinical Imaging [2017] FCAFC 83
間違った owner 名義で出願した瑕疵は、後の assignment や amendment で簡単には cure できないと判示。豪州案件では、出願時の filing entity を corporate diagram と照合してから出すべき、という強いメッセージ。
③ E&J Gallo Winery v Lion Nathan Australia [2010] HCA 15
「use of a trade mark」と侵害判断を実務的・商流重視で捉える判例。BAREFOOT RADLER の使用が BAREFOOT ワイン商標を侵害すると扱われ、損害賠償/account of profits ルートが開かれた。クラスが違っても商品近接性と標識近似で危険。
④ Self Care IP Holdings v Allergan Australia [2023] HCA 8
deceptive similarity、consumer confusion、reputation の位置づけに関する近年の主要判例。侵害・類否判断は register と実際の使用態様に即して冷静に比較されることを示し、有名ブランド側でも reputation だけでは自動的に勝てない、という方向性。
★ 最新:Taylor v Killer Queen LLC [2026] HCA 5
2026年3月の High Court 事件で、IP Australia Manual もこの判例を踏まえて更新。s 60 の reputation は「特定の商品・役務についての trade mark reputation」であることが重要と整理。著名人・著名ブランドの fame が全商品への reputation になるわけではない、という近時実務の方向性を示す。
豪州実務で事故が起きやすい地点は、難解な法律論よりも名義・指定・証拠・監視の4点です。案件開始時に確認すべきチェック項目です。
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