ドイツはEU最大の経済圏であり、日本企業の欧州拠点が最も多く置かれている国です。「EUTM(欧州連合商標)を取っていればドイツも守れる」のは事実ですが、実務ではドイツ国内商標(DPMA登録)を併用する企業が少なくありません。ドイツ特許商標庁(DPMA)への商標出願は2025年に93,291件(前年比+21%)と急増しており、中国・米国からの出願が倍増するなど、ドイツ市場をめぐる商標の競争は激しくなっています。
ドイツの制度は、DPMAが先行商標との抵触を審査しない「登録後異議型」、不使用取消・無効をDPMAの行政手続で請求できる2020年以降の仕組み、警告書(Abmahnung)と仮処分を軸にした迅速な権利行使など、日本と大きく異なる点が多くあります。本記事では、DPMAの公式手数料・2025年統計・商標法(MarkenG)・2025年の連邦通常裁判所(BGH)判決を一次資料として、出願から登録・異議・取消・権利行使・EUTMとの使い分けまでを弁理士が実務目線で整理します。
この記事のポイント
目次
LEGAL FRAMEWORK
商標法(MarkenG)+商標法現代化法(MaMoG、2019年1月14日施行・2020年5月1日第2段階)+商標令+DPMA審査ガイドライン。EU商標指令を国内法化し、EUTMR は直接適用
ドイツの商標は商標法(Markengesetz、MarkenG)で規律され、所管はドイツ特許商標庁(DPMA、ミュンヘン)です。EU商標指令(2015/2436)を国内法化した商標法現代化法(MaMoG)が2019年1月14日に施行され、図形的表現要件の撤廃、保証商標の導入、異議での不使用抗弁の整備、存続期間の出願日起算などが実現しました。2020年5月1日にはその第2段階として、先行権利に基づく無効をDPMAで請求できる行政手続が始まっています。
DPMAの統計によると、2025年の国内商標出願は93,291件(2024年77,224件、2023年69,577件)で、2年連続の2桁増です。DPMAの年次報告書は、中国からの出願がほぼ3倍、米国からが2倍になったことを増加の主因に挙げています。登録は55,863件、年末時点で有効な国内商標は909,659件、マドプロ経由でドイツを指定した国際登録は3,037件でした。登録簿が混み合っているうえ、DPMAが先行商標を審査しないため、日本企業にとっては「出願前の調査」と「登録後の監視」が制度の要になります。
外国出願人の要件
ドイツに住所・営業所を持たない出願人は、DPMAでの手続にドイツ国内の弁理士・弁護士(EEA域内の代理人)を選任する必要があります。手続言語はドイツ語で、DPMAdirektWebによる電子出願が標準です。優先権はパリ条約に基づき日本出願から6か月以内に主張できます。
ドイツはEU加盟国なので、欧州連合商標(EUTM)を取得すればドイツでも保護されます。それでも国内商標が年間9万件以上出願されるのには理由があります。
| 観点 | EUTM(EUIPO) | ドイツ国内商標(DPMA) |
|---|---|---|
| 保護範囲 | EU27か国一括 | ドイツのみ |
| 庁費用(3区分) | EUR 1,050(1区分850+2区分目50+3区分目150) | EUR 290(電子出願・3区分込み) |
| 拒絶・無効のリスク | 27か国いずれかの言語で記述的なら全体が拒絶。1か国の先行権利で全体が無効になりうる | ドイツ語での識別力とドイツの先行権利だけを考えればよい |
| 使用義務 | EU域内での真正な使用(1か国での使用で足りる場合あり) | ドイツ国内での使用が必要 |
| 向いているケース | 複数のEU加盟国で展開する主力ブランド | ドイツ市場中心の商品名、EUTMが取れない記述的な語、ドイツ国内商標を先行権利として異議・警告に使いたい場合、EUTMの「保険」 |
実務上は「主力ブランドはEUTM、ドイツ固有の商品名やEUTMで拒絶されそうな語はDPMA、重要ブランドは両方」という組み合わせが一般的です。ドイツ国内商標はEUTMより先に登録されることが多く、後から出願されたEUTMに対して異議を申し立てる先行権利としても機能します。
文字・図形・立体・色彩・音・動き・ホログラムなど、登録簿上で明確に特定できる標識は商標として登録できます。団体商標に加え、2019年から保証商標(Gewährleistungsmarke)も認められています。
一方、先行する登録商標との類似・混同のおそれ(相対的拒絶理由、MarkenG 9条)はDPMAが職権で審査しません。既存の登録商標とそっくりな商標でも、絶対的拒絶理由がなければ登録・公告されます。先行権利者は登録後3か月の異議申立で争うことになるため、出願人は事前のクリアランス調査を、権利者は登録公告の監視を自ら行う必要があります。日本のように同意書(コンセント)で拒絶を回避する場面はなく、代わりに当事者間の共存合意が実務上の解決手段です。
「登録できた=使える」ではない:DPMAは先行商標を見ないので、登録証が届いた後に先行権利者から警告書(Abmahnung)が届くことがあります。ドイツの警告書は相手方の弁護士費用の負担を伴うため、出願前の調査を省くと登録後に高くつきます。
PROCEDURE
出願・納付 → 方式・絶対的拒絶理由の審査 → 登録 → 登録公告 → 3か月の異議期間。通常7〜8か月、加速審査なら最短数営業日
DPMAの庁費用はユーロ建てで、欧州の主要庁の中では最も低廉な部類です(1EUR≒170〜175円で換算すると電子出願3区分で約5万円)。
| 項目 | 庁費用(EUR) | 備考 |
|---|---|---|
| 出願(3区分まで) | 290(電子)/300(紙) | 10年分の保護を含む。出願から3か月以内に納付 |
| 追加区分 | 100/区分 | 4区分目から |
| 加速審査 | 200 | 最短数営業日・遅くとも6か月以内 |
| 団体商標・保証商標の出願 | 900 | — |
| 異議申立 | 250 | 同一権利者の追加の先行標識は+50 |
| 取消請求(不使用・普通名称化等) | 100 | 権利者が争えば継続手数料300 |
| 無効請求(絶対的理由) | 400 | — |
| 無効請求(先行権利) | 400 | 追加の先行権利は+100 |
| 更新(3区分まで) | 750 | 追加区分260、満了後の猶予期間は+50 |
| DPMA経由の国際出願(MM2) | 180 | 事後指定(MM4)は120 |
これに現地代理人費用が加わります。日本からマドプロでドイツを指定する場合はDPMAの個別手数料をWIPOに納付し、金額はWIPOの手数料計算ツールで確認できます。複数国出願の費用比較はマドプロの費用とメリットをご覧ください。
補助金の活用:中小企業のドイツへの商標出願費用は、INPIT外国出願補助金(費用の1/2、商標1出願あたり上限60万円)の対象になります。
監視が必須:年間9万件超の出願があり、DPMAは類似商標を止めません。ドイツを重要市場とする企業は、DPMA登録簿とEUIPO・WIPOの公告を対象にした商標ウォッチングを組み込み、3か月の異議期間内に動ける体制が必要です。期間を過ぎても、2020年からはDPMAへの無効請求(EUR 400)で争えます。
MaMoGの第2段階として、2020年5月1日から先行権利に基づく無効請求もDPMAの行政手続で行えるようになりました。従来は民事裁判所への提訴が必要だったため、費用と時間の負担が大きく下がっています。裁判所ルートも引き続き選択できます。
| 手続 | 理由 | 手数料・流れ |
|---|---|---|
| 取消(Verfall) | 登録から5年間の不使用、普通名称化、誤認惹起 | EUR 100。DPMAが権利者に通知し、2か月以内に反論がなければそのまま抹消。反論があれば請求人がEUR 300を納めてDPMAで審理(または裁判所へ) |
| 無効(絶対的理由) | 識別力欠如・記述性・悪意など登録時の瑕疵 | EUR 400。誰でも請求可 |
| 無効(先行権利) | 先行商標・営業上の表示・その他の先行権利との抵触 | EUR 400(追加の先行権利+100)。先行権利者が請求。DPMAまたは民事裁判所を選択 |
取消・無効のDPMA決定に対しては連邦特許裁判所に抗告できます。特に不使用取消は「権利者が2か月以内に反論しなければ自動的に抹消」という設計のため、他社の休眠商標を低コストで整理できる一方、自社の登録に届いた通知を見落とすと権利を失います。DPMAからの通知は現地代理人に届くので、代理人との連絡体制を整えておくことが重要です。
出願・登録・更新のいずれでも使用宣誓や使用証拠は不要ですが、登録から5年以内にドイツ国内で指定商品・役務について真正な使用(ernsthafte Benutzung)を開始しなければ、以後は取消の対象となり、異議や侵害訴訟でも不使用の抗弁を受けます。使用は権利者本人のほか、同意を得たライセンシーによるものでも足り、登録商標の識別力を変えない範囲での変更使用や輸出専用商品への使用も認められます。
スイスとの関係で注意すべき点として、1892年のスイス・ドイツ相互保護条約が2022年5月31日に失効し、ドイツでの使用がスイス商標の使用として認められなくなりました(逆も同様)。ドイツとスイスの両方で商標を持つ企業は、それぞれの国内で使用実績を作る必要があります。各国の使用義務は商標の登録後の維持義務 世界比較で整理しています。
ドイツの商標権行使は、まず弁護士名義の警告書(Abmahnung)で侵害の中止と違約金付き停止宣言(Unterlassungserklärung)の提出を求めるのが定石です。警告書は法律上の義務ではありませんが、これを省いて提訴すると相手が直ちに認諾した場合に訴訟費用を原告が負担するリスクがあるため、実務ではほぼ必ず先行します。警告書の弁護士費用は侵害者が負担するのが原則です。
相手が応じなければ仮処分(einstweilige Verfügung)を申し立てます。ドイツの仮処分は速く、担保の提供も不要ですが、侵害を知ってから概ね4週間以内に申し立てないと緊急性が否定されるのが多くの裁判所の運用です。侵害を発見したら、証拠固めと並行して直ちに動く必要があります。
商標侵害訴訟は各州が指定する地方裁判所(Landgericht)の商標専門部が専属管轄で、控訴は高等地方裁判所(OLG)、上告は法律問題に限りBGHです。第一審は6〜12か月、上告審はさらに18〜24か月が目安です。差止め・損害賠償(実損、合理的ライセンス料、侵害者利益から選択)・廃棄・情報提供・判決公示が認められ、敗訴者が勝訴者の法定弁護士費用と訴訟費用を負担します。EU税関規則に基づき税関に申請しておけば、ドイツおよびEU域内への侵害疑義品の輸出入を差し止められます。
| 観点 | マドプロでドイツ指定 | DPMAへ直接出願 |
|---|---|---|
| 向いているケース | スイス・英国・ノルウェーなど非EU国とあわせて出願する場合(EU加盟国はEUTM指定でまとめる選択肢もある) | ドイツのみ、加速審査を使いたい、ドイツ語の商品表示を精緻に設計したい場合 |
| DPMAの審査期限 | 指定通知から12か月以内に暫定拒絶を通報(18か月宣言をしていない) | 通常7〜8か月、加速審査で最短数営業日 |
| 現地代理人 | 暫定拒絶・異議への対応時に必要 | 出願時から必要 |
| 異議の通知 | WIPO経由の暫定拒絶として届く。見落としに注意 | 代理人に直接届く |
| セントラルアタック | 5年間、日本の基礎商標に連動 | なし |
ドイツはマドプロの拒絶通報期限が12か月と短いため、マドプロ指定でも比較的早く結果が分かります。ただしDPMAは先行商標を審査しないので、「暫定拒絶が来なかった=安全」ではなく、異議期間の経過まで確認が必要です。
| 項目 | ドイツ(DPMA) | 日本(特許庁) |
|---|---|---|
| 先行商標との類似の審査 | 職権審査なし(異議・無効で争う) | 職権審査あり |
| 登録と異議の順序 | 登録→公告→異議3か月・EUR 250 | 登録→公報→異議2か月 |
| 審査期間の目安 | 7〜8か月(加速審査で数営業日〜6か月) | 6〜8か月程度 |
| 不使用取消の猶予 | 5年(DPMA行政手続EUR 100、反論なければ自動抹消) | 3年(審判) |
| 存続期間 | 出願日から10年 | 登録日から10年 |
| 出願庁費用(3区分) | EUR 290(10年分込み) | 出願12,000円+8,600円×3、登録料は別途 |
| 権利行使の初動 | 警告書→仮処分(4週間以内) | 警告書→交渉→訴訟が中心 |
| 出願件数(2025年) | 約9.3万件 | 約13万件前後 |
保護の範囲としては不要です。ただし、EUTMが一部の加盟国の言語で記述的と判断されて拒絶・無効になるリスクの保険、ドイツ市場固有の商品名の保護、後願EUTMへの異議に使う先行権利としての価値から、併用する企業が多くあります。庁費用がEUR 290と安いことも理由です。
通常7〜8か月です。EUR 200の加速審査を使えば、要件を満たす出願は数営業日で、遅くとも出願から6か月以内に登録されます。登録公告後に3か月の異議期間があります。
庁費用は電子出願でEUR 290(3区分まで、10年分含む)、4区分目からEUR 100です。更新はEUR 750。これに現地代理人費用が加わります。中小企業はINPIT外国出願補助金で費用の1/2の助成を受けられる場合があります。
DPMAは先行商標を審査しないため、登録済みでも侵害になりえます。停止宣言書の提出期限が短く設定されているのが通常なので、署名する前に現地代理人に内容(特に違約金条項と対象範囲)を確認してもらい、相手商標の不使用や非類似を反論できるか検討してください。
登録から5年以上不使用なら、DPMAにEUR 100で取消を請求できます。権利者が2か月以内に反論しなければそのまま抹消され、反論があればEUR 300を追加してDPMAで審理を続けます。裁判所より大幅に低コストです。
公告から3か月以内なら、ドイツやEUでの先行権利(使用による周知性を含む)に基づく異議が可能です。期間経過後はDPMAへの無効請求(先行権利EUR 400、悪意など絶対的理由EUR 400)を検討します。悪意を主張する場合は、2025年のBGH判決により妨害・加害の意図まで示す必要があるため、取引経緯や相手の行動を示す証拠を集めてください。
ドイツの商標制度は、庁費用が安く手続も速い一方で、DPMAが先行商標を審査しないため「調査・監視・使用証拠」を出願人と権利者が自ら管理する必要があります。2020年からDPMAで取消・無効を低コストで請求できるようになり、権利の整理も攻撃も行政手続で完結しやすくなりました。EUTMとの役割分担を決め、出願前調査と登録後の監視、侵害発見から4週間以内の初動を運用に組み込むことが、ドイツでのブランド保護の要諦です。
ドイツの特許制度はドイツ特許制度の実務ガイド、意匠制度はドイツの意匠制度概要で解説しています。各国の商標制度は世界の商標制度ガイドをご覧ください。
EUTMとドイツ国内商標の使い分け、出願前調査、警告書への対応、INPIT外国出願補助金の申請まで、知的財産事務所エボリクスが一貫してサポートします。初回相談は無料です。
※本記事はドイツ特許商標庁(DPMA)の公式サイト(商標手数料一覧・出願案内・異議と取消の案内・商標統計)およびDPMA年次報告書2025、ドイツ商標法(MarkenG)と商標法現代化法(MaMoG)、Chambers「Trade Marks & Copyright 2026 – Germany」、Boehmert & Boehmert等の法律事務所による2020年行政無効手続の解説、連邦通常裁判所2025年9月11日決定(I ZB 6/25「Testarossa」)に関する各解説、WIPOのマドリッド制度資料を基に、2026年9月時点の情報で一般的な情報提供を目的として作成しています。手数料・運用は変更されることがあります。個別案件の具体的判断には、専門家へのご相談を推奨します。