この度、知的財産事務所エボリクスは、2021年8月で4年目を迎えました。
フィリピンの商標制度概要
1. 出願から登録までの手続きと流れ
フィリピンで商標を保護するには、基本的にフィリピン知的財産庁 (IPOPHL) に商標出願を行い、登録を受ける必要があります。商標権は登録によって発生する“先願主義”の制度であり(知的財産法第122条)、未登録商標には原則として権利が認められません(著名商標を除く。後述)。
出願手続の流れ: フィリピン商標出願から登録までの一般的な流れは以下のとおりです。
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(1) 願書の提出: 商標願書をオンラインで提出します(IPOPHLの電子出願システムeTMFileを使用)。願書には出願人情報、商標の表示、指定商品・役務(ニース分類に基づく)、優先権主張の有無などを記載します。外国出願人は現地代理人(フィリピン居住の商標弁護士)を任命する委任状(Power of Attorney)を添付する必要があります(詳細は後述)。言語は英語またはフィリピン語で行います(知的財産法第124条1項)。
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(2) 出願日と方式審査: 願書が提出され、基本要件(商標表示、申請人情報、指定商品役務の記載など)が整っていると、方式審査を経て出願日が付与されます。必要事項が欠けている場合は補正が求められ、指定期間内に補正しないと出願却下となります(知的財産法第132条)。
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(3) 実体審査: 出願が方式要件を満たすと、商標審査官による実体審査が行われます。審査官は商標が法律上登録可能か(識別力があるか、拒絶理由に該当しないか)を審査し、さらに先願商標との抵触(相対的拒絶理由)がないかも判断します。フィリピンでは出願商標と同一・類似の既登録商標や先願商標がある場合、同一または類似の商品・サービスについては登録できません(知的財産法第123条1項(d))。審査官は必要に応じて先行商標調査も行い、抵触する出願があれば拒絶の理由となります【26†L182 -L190】。
審査結果: 審査官が拒絶理由を発見した場合、拒絶理由通知(Office Action)が発送されます。申請人は通知受領後4か月以内に意見書や補正を提出して応答できます(知的財産法第133条3項)。応答後、審査が再開され、拒絶理由が解消されれば次の段階に進みます。応答しても拒絶理由が解消しない場合、最終拒絶となり、審判で争うことも可能です(審査官最終決定に対し商標局長→知財庁長官への不服申立てが認められます)。 -
(4) 出願公告と異議申立て: 実体審査をクリアすると、出願は商標公報(IPOPHL e-Gazette)で公告されます。公告後30日間が異議申立て期間で、第三者は当該商標の登録に異議を申し立てることができます(知的財産法第134条)。異議申立てがあった場合、IPO内の法務局(Bureau of Legal Affairs)が審理を行います。異議理由には先願・登録商標との混同のおそれや、商標自体の登録違反(例えば記述的すぎる等)を主張できます。異議期間は正当な理由があれば延長申請も可能ですが、法律上最大期間が定められています。異議が提出されなかった場合、あるいは異議申立てが却下・解決した場合は、登録手続へ移行します。
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(5) 登録査定・登録料納付: 異議期間満了後、商標は登録査定となり、申請人は所定の登録料(証書発行料)を納付します。登録料は通知から2か月以内に支払う必要があります。納付が完了すると登録証(Certificate of Registration)の発行となります。この時点で商標権が発生し効力を持ちます(知的財産法第136条)。フィリピンの商標登録は出願日ではなく登録証発行日を起点に効力が発生します。
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(6) 登録後の公告: 登録証発行後、その旨が再度IPOPHLの公報に掲載され、公衆に周知されます。
審査期間の目安: フィリピンでは通常、特段の拒絶理由や異議がない場合、出願から登録まで約5~12か月程度と比較的短期間で処理されます。早ければ3か月程度で登録証が発行されるケースもあります。審査期間が長引く主な要因としては、方式要件不備による補正、拒絶理由への対応、異議申立て手続などが挙げられます。
登録後の存続期間: 商標権の存続期間は登録日から10年間です。更新(Renewal)も10年ごとに可能で、更新申請は満了前6か月以内、遅れても6か月の猶予期間内であれば追加料金を支払って更新できます。更新手続時には後述の使用宣言書の提出義務もある点に注意が必要です。
2. 登録要件・審査基準(識別力と拒絶理由)
登録要件の概要: フィリピンで商標登録できるのは、「商品またはサービスに使用する視覚的に認識できる標識」(visible sign)です(知的財産法第121条1項)。したがって、原則として文字、図形、記号、ロゴ、図形的に表現された造形などが登録対象となります。近年の実務では立体商標、色彩商標(特定の形状との組合せに限る)、動き商標、位置商標、ホログラム商標なども規則で認められており、願書でその種別を明記します。ただし音商標や嗅覚商標のような非視覚的標識は現行法ではまだ保護対象外です(視覚性の要件があるため)。商標は自他の商品・サービスの出所を識別できる識別力を有していなければなりません。この識別力に関する基準および登録不可な商標の類型(拒絶理由)は知的財産法第123条に詳しく規定されています。主なポイントは以下のとおりです。
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絶対的拒絶理由(識別力に関するもの): 以下のような商標は識別力を欠くものとして登録できません。
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商品・サービスの一般名称(通称・慣用名)や普通名称をそのまま表した標章(例:「APPLE」をリンゴの商標として登録する場合など)。
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商品・サービスの産地・品質・効能・用途・数量・価値などを直接表示する表示(いわゆる記述的標章)(例:「SWEET」で菓子、「TOKYO」ブランドで東京都産の商品)。
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普通に使用されるありふれた標識や、取引上一般に慣用されている表示(例:業界で一般的に使われるマークなど)。
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単なる色彩のみからなる商標(形状等との組み合わせでない純粋な色だけの商標)。
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商品の機能上不可欠な形状や商品そのものの形状のみからなる立体的形状(機能的形状は保護不可)。
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公序良俗に反する標識(社会秩序や倫理に反するもの)。
これらは商標としての識別力や適法性に欠けるため、登録が拒絶されます。なお、上記の記述的商標・慣用商標などであっても、フィリピン国内での使用により識別力(二次的意味)を獲得した場合には登録が認められる余地があります(知的財産法第123条2項)。例えば5年以上の継続的独占的使用により周知性を得たことを証明できれば、例外的に登録が認められることがあります。
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相対的拒絶理由(他人の権利との抵触): 以下の場合、他人の商標権との抵触により登録できません。
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他人により既に登録済みの商標または先に出願され優先権がある商標と同一もしくは混同を生じる類似の商標であって、指定商品・サービスが同一または類似する場合。これは先願・先登録の商標権者との衝突を防ぐための規定です。フィリピンは先願主義のため、同一・類似の商標が既に出願・登録されていれば後から出願しても登録は拒絶されます。
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周知・著名商標と同一・類似の商標であって、同一または類似商品・サービスについて使用される場合。ここでいう周知商標とは、フィリピンまたは国際的に広く知られている他人の商標を指し、登録の有無を問いません。たとえ未登録であっても、周知な他人の商標と紛らわしい商標は不正出願とみなされ拒絶されます。
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著名商標の希釈化的使用: 他人の著名商標(フィリピンで登録され著名となっているもの)と同一・類似の商標が、異なる種類の商品・サービスに使用される場合でも、当該使用が著名商標の権利者の利益を害するおそれがあるときは登録が拒絶されます。これは著名商標の保護拡張規定で、非類似商品への著名商標の毀損的使用も排除します。
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その他の拒絶事由:
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公序良俗違反や他人の人格権侵害となる商標も拒絶されます。例えば国家の旗や紋章、各国政府機関の徽章は登録不可です。他人の氏名・肖像を本人(存命中)または遺族(亡き大統領の未亡人など)の同意なく含む商標も拒絶となります。
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誤認混同のおそれがある表示も拒絶されます。例えば品質や産地について誤認を招くような商標はこれに該当します。
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以上のような拒絶理由に該当しないこと、すなわち自他商品識別力を有し、公序良俗に反せず、他人の既得権と抵触しない商標であることが登録の要件です。なお、フィリピン審査実務では**商標の一部についてディスクレーム(権利主張の放棄)**を求められることがあります。例えば記述的な語句や商品名を含む場合、その部分は権利主張しない旨を出願時に明記することで全体として登録が許容されるケースがあります(知的財産法第126条)。
審査基準と運用: IPOPHLは上記法律に基づき審査を行いますが、具体的な審査基準は「商標規則(Trademark Regulations)」に定められています。2023年改正の商標規則では、多区分出願の扱いや新しいタイプの商標の取扱いなどが整備されました。フィリピンでは一出願で複数クラス指定(マルチクラス出願)が可能であり、出願料は指定クラス数に応じて増加します(1クラス目と同額の追加料金を各追加クラスに支払う)。これは日本と同様の運用です。審査時には、出願商標が識別力を欠く場合でも、先述のとおり5年間の使用による顕著性取得を主張して登録を求めることが可能です。また、引用商標との抵触がある場合でも、**権利者からの同意書(Letter of Consent)**を提出することで登録が認められる可能性があります。フィリピン知財庁は同意書を考慮してくれますが、それでも混同防止の観点からケースバイケースで判断され、同意書があっても登録が保証されるわけではありません。
3. 使用義務と不使用取消制度
フィリピン商標制度の大きな特徴として、商標の使用義務と不使用に基づく取消制度が挙げられます。これは日本企業にとって特に注意が必要な点です。
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使用宣言書 (Declaration of Actual Use, DAU) の提出義務: フィリピンでは、出願後一定期間以内に商標を実際に使用したことを宣言・証明する「使用宣言書(DAU)」の提出が義務付けられています。具体的には、出願日から3年以内に商標の使用を証明する書類(使用宣言書および写真や広告等の使用証拠)を提出しなければなりません。この3年期限内に正当な理由なくDAUを提出しない場合、出願は却下され登録に至りません。仮に既に登録されていた場合でも、登録商標が登録簿から抹消されます(知的財産法第124条2項)。実務上は、出願から数えて3年目の記念日までにDAUをオンライン提出します。どうしても使用開始が間に合わない場合、6か月の延長を申請することも可能ですが(期限内に要申請)、延長料が課されます。
加えて、登録後5年経過時にも使用宣言書の提出が義務付けられています。登録日から5年目が経過した日から1年以内に、その商標が引き続き使用されていることを証明するDAUを提出しなければなりません。この規定は米国の「使用証明制度」に似ていますが、フィリピンでは法定義務となっています。さらに更新時にも使用宣言書の提出が必要です。2017年の規則改正により、更新登録後1年以内および各更新から5年経過後の1年以内にも、それぞれDAU提出義務が追加されました。つまり、フィリピンでは**(a)出願後3年**, (b)登録5年経過後, (c)更新後, (d)更新5年経過後の各時点で継続的に商標の使用状況を申告する必要があります。これらの期限を一度でも怠ると、登録が取り消され商標権を維持できなくなるため注意が必要です。 -
不使用取消(第三者による取消請求): 上記のDAU制度とは別に、登録商標が一定期間使用されていない場合、第三者がその登録を取り消すことができます。フィリピン知的財産法第151条1項(c)に基づき、登録商標が正当な理由なく3年間連続してフィリピン国内で未使用であるときは、「不使用による取消」の請求が利害関係人(利害を有する第三者)から可能です。この3年の不使用期間は通常、登録日を起算点とします(登録後3年以上経過してから請求可能)。取消請求が認められると、その商標登録は取り消されます。フィリピンでは権利行使に際して商標の使用が重視されており、形式的に登録を維持して権利だけを保持し続けることは困難です。
もっとも、不使用に正当な理由(事情)がある場合は例外も認められます。例えば、輸入規制や不可抗力によって使用できなかった場合などは不使用が免責され得ます(知的財産法第152条)。また、使用形態が登録商標と多少異なっていても、その差異が商標の識別性を損なわない程度であれば使用と認められ(例えば字体の変更等)、一部の商品に使用していれば同一クラス内の他の商品についても使用と看做される規定もあります。したがって、実際に使用している場合はそれを立証することで取消を防ぐことが可能です。
日本との対比: 日本では出願時・登録時に商標の使用は要求されず、登録後もフィリピンのような定期的な使用宣言提出義務はありません。ただし、登録商標が3年以上継続して未使用の場合、何人も特許庁に対して不使用取消審判を請求できます(商標法第50条)。フィリピンと日本いずれの場合も、商標は実際に使用することで初めてその価値が発揮されるため、登録後は早期に使用を開始し、継続して使用することが重要です。フィリピンでは使用開始が遅れると3年目のDAU対応に支障をきたすため、現地での販売・営業計画に合わせて商標出願時期を検討すべきでしょう。
4. 権利侵害とその救済措置
商標権の効力: 登録商標の権利者(商標権者)は、その登録商標と同一または類似する標章を、登録された商品・サービス(またはこれらに類似する商品・サービス)について許可なく使用する第三者に対し、使用の差止めを求める排他権を有します(知的財産法第147条1項)。特に同一商標を同一商品に使用する行為については、混同のおそれが当然に推定されるため、権利侵害が認定されやすくなります。この権利範囲は日本の商標法とほぼ同様で、商標権者は登録商標の類似範囲まで保護を及ぼし、第三者の無断使用に対抗できます。
侵害の類型: フィリピン商標法上、商標侵害には大きく2種類があります。
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① 登録商標権の侵害: 登録された商標と同一または類似の標識(または商品包装)を、登録商標の指定商品・役務と同一または類似の商品・役務について使用する行為は、商標権の侵害となります。典型的には、登録商標の偽造品・模倣品の販売、商標を無断に付した商品の流通や広告などが該当します。商標権侵害の成立には、市場で需要者が商品の出所について混同するおそれがあれば足ります。フィリピンでは商標が登録されていないと商標侵害訴訟を提起できない点に留意が必要です(未登録商標の場合は後述の不正競争行為として扱われます)。
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② 著名商標の侵害: 他人の著名商標(well-known mark)に関して、その商標との連想を生じさせるような標識を使用する行為は、たとえ指定商品・役務が異なる場合でも侵害となり得ます。例えば、世界的に有名なブランドと紛らわしい商標を全く別分野の商品に付すようなケースです。これにより商標の希釈化や信望の毀損が生じ、著名商標権者の利益が害される場合、フィリピン法は侵害と認めています(知的財産法第147条2項)。このように著名商標には他類似群の商品にまで及ぶ広範な保護が与えられています。
救済措置: 商標権侵害が認められた場合、権利者は民事上の救済を求めることができます。主な救済手段は以下のとおりです。
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差止命令(仮処分を含む): 裁判所に対し、侵害行為の停止や侵害品の差し押さえを求めることができます。緊急の場合、差止の仮処分を申立て迅速な救済を図ることも可能です。判決では侵害品やその包装・広告物の廃棄命令も下すことができます(知的財産法第157条)。特に**偽造品(counterfeit goods)**については市場から除去し廃棄することが定められています。
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損害賠償: 権利者は侵害行為により被った損害の賠償を侵害者に請求できます。フィリピン法では損害額の算定方法として、(a)侵害がなければ権利者が得られたであろう利益相当額、(b)侵害者が得た利益額、(c)上記が困難な場合は侵害品の売上高等に基づく適切な料率による算定、が認められています(知的財産法第156条1項)。また、侵害行為に悪意や故意(意図的な欺瞞目的など)が認められる場合は、裁判所の裁量で認定損害額の最大2倍までの懲罰的賠償を命じることができます。例えば故意の信用棄損を狙った模倣商標使用には倍額賠償が科され得ます。もっとも、損害賠償を請求するには侵害者がその商標を登録商標であると知っていたこと(故意)の立証が必要であり、商標にⓇマークを付すなど登録表示していた場合はその立証が容易になります。
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その他: フィリピンには行政的な救済手段として、税関での輸入差止(Border Enforcement)も整備されています。偽ブランド品の輸入を差し止めるため、税関当局に商標を登録して監視してもらう制度もあります(知的財産法第166条~第169条等に規定)。さらに、悪質な侵害行為には刑事罰も科され得ます。知的財産法では、登録商標を冒用した意図的な商標権侵害や不正競争行為に対し、2~5年の懲役刑または5万~20万ペソの罰金(またはその両方)を科す規定があります。累犯の場合は更に重い刑が規定されており、特に営利目的の偽造品販売など悪質なケースでは刑事訴追されることがあります。日本でも商標法違反は10年以下の懲役などの刑事罰がありますが、フィリピンでも同様に刑事罰をもって侵害抑止を図っています。
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不正競争 (Unfair Competition): 登録商標でない標識を用いた営業活動であっても、他人の商品・営業と混同させる欺瞞行為は不正競争として禁止されています(知的財産法第168条)。例えば有名ブランドと紛らわしい表示で他人の商品になりすます行為は、仮に相手がフィリピンで未登録でも、不正競争罪として民事・刑事上の追及が可能です。これは日本の不正競争防止法に相当する規定で、フィリピンでも未登録の周知商標等はこの条文で保護される余地があります。もっとも、この場合でも立証責任が重いため、重要商標についてはやはり防御的に現地で商標登録しておくことが望ましいといえます。
以上のように、フィリピンで商標権侵害が発生した場合、日本と同様に民事訴訟による差止・賠償請求が主要な救済となります。権利者はまず内容証明による警告(警告状送付)や、必要に応じて仮処分申請を行い、交渉が不調なら本訴提起する流れになります。フィリピンには知財専門部門を持つ裁判所(知的財産特別法廷)が指定されており、知財訴訟に精通した裁判官が扱います。また、IPOPHLの法務局では当事者間の**調停(メディエーション)**制度も提供されており、紛争の早期解決を促進しています。いずれにせよ、フィリピンで事業展開する日本企業は、自社商標の侵害に対して迅速に対応できるよう、現地の法律制度や執行メカニズムを理解しておくことが重要です。
5. 国際出願(マドリッド制度)との関係
フィリピンは2012年にマドリッド協定議定書(マドリッドプロトコル)に加盟しており、国際商標出願制度を利用できます。日本企業にとって、マドリッドプロトコルを通じてフィリピンを指定国とすることで、直接現地に出願することなく商標保護を得ることが可能です。フィリピンの商標制度とマドリッド制度の関係で押さえておくべきポイントを以下にまとめます。
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フィリピンを指定する国際出願: 日本での基礎出願または登録をもとに、マドリッドプロトコル経由でフィリピンを指定国として国際出願することができます。この場合、出願手続き自体はWIPO経由で行われ、フィリピン知財庁(IPOPHL)にはWIPOから国際登録の通報が送付されます。IPOPHLは受領後、自国出願と同様に実体審査を行います。審査基準・手続は基本的に前述した国内出願と同一で、方式要件、絶対的・相対的拒絶理由の審査、必要に応じた拒絶通報、公告・異議申立てなど同じプロセスを経ます。
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拒絶通報と応答: フィリピン指定の国際登録について、IPOPHLが拒絶の理由を発見した場合、WIPO経由でプロビジョナルリフューザル(暫定拒絶通報)を発します。フィリピンはマドリッド加盟に際し拒絶通報期間を18か月に延長する宣言を行っており、通常18か月以内に何らかの通報がなされます。拒絶理由が通知された場合、国際登録名義人(日本企業)は2か月以内にIPOPHLに対して応答する必要があります。この応答(意見書・補正など)は英語で提出し、フィリピンの代理人を通じて行う必要があります。期限延長も状況によっては可能ですが基本的に短い期間での対応が求められます。適切な応答により拒絶理由が解消されれば、その旨の保護付与通報がWIPOに送付され、国際登録はフィリピンにおいて保護(登録)されたものとみなされます。
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異議申立て: マドリッド経由の場合でも、フィリピン国内で公告・異議申立ての手続きは同様に行われます。公告期間(30日間)内に異議が出された場合、IPOPHLはWIPOに対して異議に基づく拒絶の通報を送ります。異議の審理は国内出願と同じくBLAで行われ、最終的に異議が棄却されれば保護付与、認容されればその範囲で拒絶が確定しWIPOに通知されます。フィリピンの場合、異議に関する最終決定は18か月を過ぎてからでもWIPOに通報できる旨宣言しています。
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国際登録による権利発生: フィリピンを指定した国際登録は、IPOPHLが拒絶しない限り国内登録と同等の効力を生じます。18か月以内に拒絶通報がなく経過した場合、フィリピンでは指定商品・役務全てについて自動的に保護が認められます。その後に異議が出されなかった場合、最終的にフィリピン国内登録と同等の扱いとなり、商標登録簿に記録されます。国際登録に基づく保護期間は国際登録の日から10年で(国際登録自体の有効期間に依存)、以降は国際登録を更新すればフィリピンでの保護も自動的に更新されます。
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使用宣言書の提出(国際登録の場合): 注意すべきは、マドリッド経由でフィリピンの保護を得た場合でも、国内出願と同様に使用宣言書(DAU)の提出義務が課される点です。すなわち、フィリピンを指定した国際登録の名義人も、国際登録日(または後日のフィリピン指定日)から3年以内にフィリピン知財庁に直接DAUを提出しなければなりません。提出先はIPOPHLであり、WIPO経由では行えません。さらに、保護付与から5年経過後や更新後についても先述の国内登録と同様のタイミングでDAU提出義務があります。例えば、日本で基礎登録を取得→国際出願→フィリピン指定で国際登録日が2025年1月1日であれば、2028年1月1日までにフィリピンで使用を開始し、同日までにDAU提出が必要です。その後、フィリピンで2025年に保護付与されたとすれば2030年の5年目、2035年の更新後1年以内、2040年の5年後…と継続して提出義務が生じます。万一期限内にDAUを出し忘れると、フィリピン知財庁は当該商標の保護を登録簿から抹消し、WIPOにもフィリピンでの保護喪失を通知します。
このように、マドリッド経由であってもフィリピン国内法の使用要件は完全に適用されます。日本企業がマドリッド出願でフィリピンを指定する際は、現地代理人と連携してDAU期限管理をすることが極めて重要です。 -
フィリピンから海外への国際出願: 参考までに、フィリピン企業がマドリッドプロトコルを利用して日本など外国に出願することも可能です。フィリピンを原属官庁として英語で国際出願をし、外国を指定します。この場合、日本で拒絶された場合の応答期間は3か月以内など各国で異なりますが、フィリピン企業にとってもマドリッド制度加入により多国間の商標出願が容易になっています。
以上のように、フィリピンはマドリッド制度に対応しており、日本企業はマドリッド出願を活用してフィリピン商標を取得できます。ただし、現地審査・使用要件は国内出願と同じため、現地代理人との連携や期限管理が欠かせません。特に使用宣言書の存在は日本にはない制度なので、マドリッド経由でも確実にフォローする必要があります。
6. 外国出願人に特有の要件(現地代理人の必要性等)
外国企業・外国人在住者がフィリピンで商標出願・登録する際には、いくつか特有の要件や注意点があります。日本企業がフィリピンに商標出願する場合、主に以下の点に留意する必要があります。
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現地代理人(フィリピン商標弁護士)の選任: フィリピンでは、出願人がフィリピンに居所または営業所を有しない場合、現地在住者を代理人または送達先として指名することが法律で義務付けられています(知的財産法第124条1項(e)、第125条)。具体的には、現地の商標代理人(弁理士または弁護士)に手続を委任し、その者が出願・審査・登録・異議対応など一切の手続を現地で代行します。委任には委任状 (Power of Attorney) が必要ですが、公証や領事認証は不要で署名のみで足ります。出願書類提出から各種期限の管理まで現地代理人が行うため、信頼できる事務所を選任することが重要です。なお、日本と異なりフィリピンでは原則オンライン手続となったため、日本に居ながら電子委任で進めることも可能ですが、官庁とのやり取りやローカルルール対応には現地代理人が不可欠です。
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送達先住所 (Address for Service): 現地代理人とは別に、フィリピン非居住者はフィリピン国内の送達先住所を指定する必要があります(通常は代理人の住所がこれに該当)。これは知的財産法第125条に規定されており、万一代理人に通知が届かない場合でも、その住所に送達すれば有効とされます。実務的には代理人宛てに全ての通知が行くため、申請人自身が特別に用意する必要はありませんが、法律上定められた要件です。
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他国での登録状況: フィリピン知的財産法には特異な規定として、第131条2項に**「パリ条約に基づく外国出願に基づいてフィリピンで商標登録を受けようとする者は、自国(出願人の属する国)でその商標が登録されるまでフィリピンでは登録を受けられない」旨の条項があります。これはパリ条約の相互主義の文脈で設けられた旧来の規定で、現在の運用では厳格には適用されていないとも言われますが、日本企業が優先権主張などでフィリピン出願する際、自国での登録成功も念頭に置く必要があります。もっとも、日本で未登録でもフィリピンで先に登録査定となった場合、当該規定の適用は実務上稀であり、実際にはフィリピン登録が先行する場合もあります。しかし理論上はフィリピン庁が基礎出願国での登録証明**の提出を求める可能性がある点には注意が必要です。
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言語と書類: 出願・審査・異議など一切の手続は英語またはフィリピン語で行われます(実務上ほぼ英語)。日本企業は英文で願書を作成し、商品・役務名も英語表記で指定する必要があります。日本語の商標(例えばカタカナや漢字)を出願する場合、発音のローマ字表記(Transliteration)や意味の翻訳を願書に記載する義務があります。これは審査や公報で正確に読み方・意味を伝えるための要件です。英語への翻訳は現地代理人が対応できますが、意味合いを誤ると拒絶理由になる恐れもあるため注意しましょう。
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優先権主張: パリ条約に基づき、日本出願から6か月以内にフィリピンに出願すれば優先権主張が可能です。優先日から6か月以内に出願し願書で優先権を主張すれば、日本の出願日をもってフィリピンでも出願日として扱われます。優先権書類(日本出願公報の写し等)は、フィリピン庁からの要請後に英文翻訳付きで提出する必要があります(提出猶予も認められます)。優先権制度の運用は日本と同様なので、日本企業がまず日本に出願し、その後フィリピンを含む海外展開する際に活用できます。
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その他費用面: フィリピンの商標出願費用(官費)は1件1クラスで約5,800フィリピンペソ(大企業の場合、2025年時点)です。小規模企業には割引があり3,600ペソ程度となります。追加クラス毎に同額の費用がかかります。日本に比べると官費自体は安めですが、前述のDAU提出や更新時にも費用がかかる点に留意してください。また現地代理人費用も発生しますが、代理人によって異なります。総じて日本の商標登録費用と同程度か、クラス数によっては若干高くなることもあります。
以上が外国(日本)出願人がフィリピンで商標取得・維持する際の主な留意点です。特に現地代理人の起用と使用宣言書の期限管理は、日本にはない要素ですので慎重に対応する必要があります。なお、フィリピン知財庁は日本を含む諸外国との連携も深めており、日本企業向けの英語ガイドラインも整備されています。疑問があれば現地代理人や日本の弁理士に相談し、的確に対処してください。
7. フィリピンと日本の商標制度の比較
最後に、フィリピンと日本の商標制度の主な相違点・共通点を比較表にまとめます。日本企業がフィリピンで商標戦略を立てる際の参考としてご活用ください。
項目 | フィリピンの商標制度 | 日本の商標制度 |
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権利発生主義 | 登録主義(先願主義)。登録により権利発生。未登録では原則権利なし(周知商標保護あり) | 登録主義(先願主義)。未登録では権利なし(不正競争防止法で周知標識保護はあり)。 |
出願言語 | 英語またはフィリピン語(実務上英語)。日本語商標にはローマ字転写・翻訳が必要。 | 日本語(願書等は日本語)。 |
出願方式 | 電子出願(eTMFile)に一本化。紙面出願も可能だが原則オンライン。複数クラス指定一出願可。 | 電子出願または書面出願。複数クラス指定一出願可。 |
審査内容 | 方式審査+実体審査。絶対的拒絶理由(識別力欠如、公序良俗違反等)および相対的拒絶理由(先登録・先出願との抵触)あり。審査で類似商標調査を行い抵触あると拒絶。 | 同様に方式+実体審査。絶対的拒絶理由・相対的拒絶理由あり(周知商標や先願との抵触は拒絶理由)。J-PlatPat等で審査官が類似調査実施。 |
拒絶理由解消手段 | 意見書・補正で対応可(4か月以内)。先登録との抵触は同意書提出を考慮(ケースバイケース)。記述的商標は5年以上の使用で識別力取得主張可。 | 意見書・補正で対応。先登録との類似は基本登録不可(同意書提出は日本でも可能だが慎重判断)。識別力取得の主張可(3年以上の使用実績などで周知性立証)。 |
審査期間 | 平均5~12か月(順調なら3~5か月で登録査定も)。 | 平均6~10か月程度で一次審査結果。特許庁の目標は6か月以内。順調なら出願から8か月前後で登録。 |
異議申立て制度 | 公告後登録前異議制度。出願公告から30日以内に異議申立て可能(延長可)。異議成立で登録拒絶。異議なければ登録へ。 | 登録後異議制度。登録公報発行後2か月以内に誰でも異議申立て可能。異議成立で登録取消(無効に類似)。異議なければ権利確定。 (※2015年以降、日本は登録前の異議制度は廃止し登録後異議制度)。 |
存続期間・更新 | 登録日から10年。更新は10年毎、満了6か月前から受付(猶予6か月あり)。更新手数料必要。 | 同じく登録日から10年。更新10年毎、満了6か月前から(猶予6か月)可能。更新料必要(区分ごと)。 |
使用義務 | 使用宣言書(DAU)提出義務あり:出願後3年以内、登録5年経過時、更新後、更新5年経過時に使用実績の届け出必要。未提出で登録抹消。 | 使用宣言制度なし:出願・登録時に使用不要。更新時も使用証明不要。 |
不使用取消 | 登録後3年以上不使用で利害関係人が取消請求可。正当理由なければ登録取消。で正当理由規定。 | 登録後3年経過以降、不使用取消審判を何人も請求可(商標法50条)。正当理由なければ取消。 |
権利範囲 | 登録商標と同一・類似範囲で、同一・類似商品役務への使用を排除。著名商標は非類似商品にも及ぶ保護あり。 | 登録商標と同一・類似範囲で、同一・類似商品役務への使用を排除(商標法37条)。著名商標は他類商品でも希釈化行為に対し異議・無効主張可。 |
権利行使(民事) | 差止請求、損害賠償請求が可能。損害額算定方法や懲罰的賠償(2倍まで)規定あり。侵害品の廃棄請求可能。 | 差止請求、損害賠償請求可能。損害額は逸失利益・侵害者利益等から算定(民法+特許法105条の2準用)。懲罰的賠償の制度はない(実損賠償のみ)。偽造品の廃棄命令等可能。 |
権利行使(刑事) | 悪質な侵害は刑事罰対象:2~5年懲役・5万~20万ペソ罰金等。不正競争も刑事罰あり。 | 悪質侵害は10年以下懲役・1000万円以下罰金(商標法78条)。両国とも模倣品の刑事取締りあり。 |
国際条約加盟 | パリ条約加盟、WTO/TRIPS加盟。マドリッドプロトコル加盟(2012年~)。ニース分類を採用(ニース協定自体は未加盟)。商標法条約(TLT)未加盟。 | パリ条約、WTO/TRIPS加盟。マドリッドプロトコル加盟(2000年~)。ニース協定加盟。商標法条約加盟。 |
マドリッド制度対応 | 国際出願の指定受入れ可(拒絶通報期間18ヶ月)。国際登録にもDAU提出義務あり。現地代理人なく直接IR可能だが、拒絶応答やDAU時に代理人必要。 | 指定受入れ可(拒絶通報期間12ヶ月)。日本は原属庁として国際出願提出可。IR指定国でも使用義務なしだが、不使用取消はあり。IRホルダーの国内代理人は拒絶応答等で必要。 |
現地代理人 | 外国出願人は要代理人。委任状必要(署名のみ)。 | 外国人は日本の弁理士等要代理人。委任状は通常不要(特例時のみ)。 |
注: 上記は2025年時点の情報に基づきます。フィリピンの商標制度は改正が行われる場合がありますので、最新情報はフィリピン知的財産庁(IPOPHL)の公式発表や現地代理人から入手してください。
おわりに: フィリピンの商標制度は、基本的な枠組みは日本と共通する部分が多いものの、「使用宣言書」の制度など独自の運用も存在します。日本企業がフィリピンで商標を取得・維持する際は、これらの制度上のポイントを十分理解し、期限管理や現地実務への対応を怠らないことが重要です。特に、商標の早期使用開始と適時の使用宣言書提出は権利維持の要です。また、万一侵害が生じた場合の法的措置や、国際出願制度の活用についても本レポートを参考に検討してください。フィリピン知財庁は日本語窓口こそありませんが、英語での情報発信も充実していますので、現地代理人と連携しつつ最新の実務情報を入手するよう努めましょう。以上、フィリピンの商標制度について実務的観点から解説しました。日本企業の海外知財戦略の一助となれば幸いです。