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プロダクトデザインと著作権

プロダクトデザイン

[目次]

  1. 純粋美術との関係
  2. TRIP TRAP事件判決がもたらしたもの
  3. TRIP TRAP判決後の動向
  4. 直近の知財高裁判決
  5. まとめ
  6. この記事へのお問い合わせ

 前回、プロダクトデザインの保護を著作権に頼ることは緊急避難的な考え方で好ましくないとお話しました。では具体的にどのような問題があるのでしょうか。

 なお、事情を明らかにするため少々複雑な内容となります。もし結論のみを知りたいということでしたら文末のまとめをご覧ください。

 著作権法で保護されるには、前提として制作物が著作物である必要があります。著作物であるための条件は、法律上、以下のように規定されています。

思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの
(著作権法2条1項1号)

 具体的にこのようなものが著作物に該当しますよ、という例示として、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物(同法10条1項4号)」という条文が、また、「美術の著作物には美術工芸品を含む(同法2条2項)」という条文が存在します。

 以前、量産品であるプロダクトデザインは著作権法上、応用美術として扱われるというお話をしました。ですから上記の規定の他に応用美術に関する規定があると思うのが普通ですが、応用美術の文言は条文のどこを探しても出てきません。

 この点、著作権関連の基本条約であるベルヌ条約においては著作物の保護範囲にworks of applied art(応用美術)を含むことは明示されているのですが適用範囲などは各加盟国に委ねられている状況です。それにもかかわらず著作権法には応用美術の定義は規定されていません。このような状況が関係して、応用美術の著作物性は紛争のタネになるわけです。

 応用”美術”と称するぐらいですから、美術の著作物に該当すると察しがつきそうです。制作物が一品しかなく、明らかに鑑賞目的で作られたものであれば議論の余地は少ないでしょう。そもそも2条2項の美術工芸品について、立法者は一品制作物に限定したかったようではあります。

 しかし、現実には量産品あっても美術の著作物と認められる傾向にあり、実際、昭和48年の博多人形赤とんぼ事件以降は、量産品であっても著作物性が認められた例がたくさんあります。つまり、法律に明確な規定はないものの、原則としてプロダクトデザイン=応用美術は著作権法のもとで保護され得るものであるといえますが、なんでもかんでもその著作物性が認められる訳ではなく、一定の要件のもとで著作物性を認定されたものだけが、応用美術の著作物として著作権で保護されることとなります。この一定の要件の判断基準厳しいために、裁判で著作物性が認めらない事案が殆どです。

 実際上はどのように判断されているのか、変遷を踏まえて説明します。

 

純粋美術との関係

 長い間、応用美術については、純粋美術(fine art)としての性質を有するかどうか、純粋美術と同視できるかどうかに注目して著作物であるか否かの判断がなされてきました。

 純粋美術とは一目見ただけで絵画、彫刻等とわかるようなものと考えて下さい。つまりプロダクトデザインが彫刻などと同じ程度に「高度な芸術性」をもっているかどうか、プロダクトが美的鑑賞の目的で制作されたかどうか、等という視点で判断されてきました。世の中に溢れるプロダクトデザインに彫刻並みの芸術性があるか?と問われれば、そこまではない、と思わざる得ないでしょう。

TRIP TRAP事件判決がもたらしたもの

 このような流れの中で革新的な判例が出ました。それがTRIP TRAP事件判決です。この判決では、純粋美術と応用美術との関係を問わず、一般的な著作物と同様に個別具体的に製作者の個性が発揮されているか否かをもって判断するとしました(美術の著作物に該当するか否かも当然判断される)。


 純粋美術であるか応用美術であるか、つまり高度な芸術性(創作性)を有するか否かを区別をせずに、一律に著作物に当たるかどうかを創作性の有無によって判断するという手法です(従前の説を区別説、本判決を非区別説と言います。純粋美術と応用美術を区別しないで判断するという意味合いです)。

TRIP TRAP判決後の動向

 TRIP TRAP事件判決後、他の応用美術に関する事件が非区別説によって判断されたかと言えばそうではありません。例えば幼児用箸事件判決では美術の著作物として創作性を認める上での最低限の要件として、何らかの形で美的鑑賞となり得る特性を有することを求めて、鑑賞対象となり得る工夫に関して創作性を問うという方針を取りました。ただ、TRIP TRAP事件判決以降は純粋美術との同視可能性を明示的に求める判決は無くなりました。

 地裁レベルでは、実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えている場合には、美術の著作物として保護の対象となる、ことを明示する判決が多くありました。この判断基準は、TRIP TRAP事件判決の直前に出たファッションショー事件判決の影響を受けています。

直近の知財高裁判決

 令和3年12月8日タコ滑り台事件判決では、応用美術のうち、美術工芸品以外のものであっても実用目的から分離し、美的鑑賞の対象となり得る美的特性としての創作的表現を備えている部分把握できるものについては、当該部分を含む創作全体が美術の著作物として保護され得ると解する。と判断されました。

 TRIP TRAP事件判決以降に続き、純粋美術と同程度の高度な芸術性や創作性は問われていません。応用美術のうち、美術工芸品に属するものは問題なく保護されること、美術工芸品以外のものであっても諸要件を満たせば美術の著作物として保護される旨が整理されています。

 

 そして、「このように,タコの頭部を模した部分は,本件原告滑り台の中でも最 高い箇所に設置されており,同部分に設置された上記各開口部は,滑り降りるためのスライダー等を同部分に接続するために不可欠な構造であって,滑り台としての実用目的を達成するために必要な構成であるといえる。また,上記空洞は,同部分に上った利用者が,上記各開口部及 びスライダーに移動するために必要な構造である上,開口部を除く周囲が囲まれた構造であることによって,高い箇所にある踊り場様の床から利用者が落下することを防止する機能を有するといえる。他方で,上記空洞のうち,スライダーが接続された開口部の上部に,これを覆うように配置された略半球状の天蓋部分については,利用者の落下を防止するなどの滑り台としての実用目的を達成するために必要な構成とまではいえない。 そうすると,本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分のうち,上記天蓋部分については,滑り台としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるものであるといえる。」とした上で、「・・・上記天蓋部分の形状は,別紙1のとおり,頭頂部から後部に向かってやや傾いた略半球状であり,タコの頭部をも連想させるものではあるが,その形状自体は単純なものであり,タコの頭部の形状としても,ありふれたものである。」として、著作物性を否定しました。

(美術の著作物であるか否かに加え、建築の著作物であるか否かの判断もなされ、建築の著作物に該当しないとして著作物性を否定し、原告の敗訴となりました)

 

まとめ

 結論として、応用美術であるプロダクトデザインについて著作物性が認められる余地はあるものの限定的であるといえます。

 具体的には、直近の知財高裁判決を参考にして、応用美術が著作物として認められるかどうかは、その制作物が①実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,②美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えているかどうかで判断することになります。

 実用目的を達成するために必要な機能にかかる構成は無視するため、その制作物・素材の効能・機能のために必要な表現、言い換えれば技術的・機械的な創作表現は著作権ではほとんど保護されないということです。一般にプロダクトデザインが有する美とは、機能美によるところが多いものです。

 機能を発揮するための外観から生じる美である機能美は、実用目的を達成するために必要な機能にかかる構成ですから著作権の保護の範囲ではないということになります。このような外観は技術的な思想が表現されたものであって、審美的な要素はないから美的鑑賞足り得ないと捉えることもできるでしょう。

 つまり、技術的な思想を表現したものが、機能を発揮すると同時にたまたま美的であっただけでは著作物ではないということです。

 また、技術的・機械的表現はある程度制限があり、その表現を具体化すると大体似た外観になることが予想されます。そうなると、発揮される個性も限定的になるでしょうから、美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備える創作的表現と言えるかどうかは怪しくなります(基盤の規則的な配列が幾何学模様となって美しいからといって、それが鑑賞対象の対象となり得る美的特性とはいわないという意味合いです)。

 加えて、世の中でよく見る創作表現も保護されません(タコ滑り台事件では、タコをモチーフとした滑り台が相当数あることも考慮されています)。

 では、美的特性を備える創作的表現の判断はどのように行われるでしょうか。この判断の参考になる事件として、地裁判決ではありますがBAOBAO事件判決を確認しておきましょう。

 ISSEI MIYAKEのBAOBAOの形状はかなり特徴的です(https://www.baobaoisseymiyake.com ※サイト記載のバッグは現行モデルです)。

 しかし、あれほどの特徴がある装飾(スタイリング)であっても、判決では、三角形のピースからなる鞄の外観が荷物によって立体的に変形することは、物を持ち運ぶという鞄としての実用目的に応じた構成そのものである、と判断されていることから見ると、美的鑑賞の対象性の判断基準も相当厳しいといえるでしょう。「美」という客観視し難い基準であることも相まって事態を難しくさせています。

 プロダクトデザインの保護を著作権法に頼るのは、非常に危ない橋を渡ることになることがわかって頂けたかと思います。

 なお、本件はあくまでプロダクトデザインは著作物で保護され難いというお話です。プロダクトデザインは、意匠法の守備範囲ですから、意匠出願をすることで保護することが可能です。重要なプロダクトの外観のデザインについては意匠権などを活用するなどしてください。

ご紹介した事件:

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