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サウジアラビアの意匠制度概要

1. 登録要件(意匠登録の条件)

サウジアラビアで意匠として保護を受けるには、主に以下の要件を満たす必要があります。

  • 新規性: 意匠は世界的に新規であることが要求されます。他のいかなる場所でも、出願日前(または優先日前)までに公然と使用されたり公表された意匠は登録できません。つまり、国内外を問わず公知となっていないことが条件です。

  • 公序・モラル等: シャリア(イスラム法)に反する商業利用となる意匠は登録できません。また、人間や動植物の生命・健康を害したり、環境に有害となる恐れがある商品に関する意匠も登録が認められません。これは公序良俗や公共の安全に反する意匠を排除する趣旨です。

  • 工業上の意匠: 保護対象は「工業製品または伝統工芸品に独特の外観を与える二次元の線や色彩、または三次元の形状」と定義されています。したがって su純粋に機能のみで決まる形状(純粋に機能上の必然形状)のように美感を伴わないものは、意匠としては保護対象になりません(定義上、意匠は審美的特徴を有することが必要です)。また、意匠は何らかの製品に適用されるものである必要があり、単なる美術作品そのものは意匠制度の対象外です。

  • 意匠の一性: 一出願一意匠の原則が採られており、1件の出願で登録できる意匠は一つの独立した意匠のみです(後述の国際出願においても同様)。関連するバリエーション意匠などを一括して出願することはできません。なお、日本で認められている部分意匠、関連意匠、組物意匠、秘密意匠制度は、サウジアラビアには存在しません。

  • その他: 出願人が発明者(創作者)ではない場合は正当な承継であること(後述のとおり出願時に証明書類提出が必要)など、権利帰属に関する要件もあります。また意匠の内容が法令に反する場合(例えば国旗や公的紋章の模倣など)は登録が拒絶されます(これらは一般的に他国でも登録不可の対象です)。

以上の要件を満たし、方式面でも不備がなければ意匠登録を受けることが可能です。サウジアラビアの意匠制度では実体審査(新規性等の実質的審査)は行われず、方式要件を満たした出願は登録料の支払いによって登録される無審査登録主義が採用されています(詳細は後述の出願手続参照)。そのため、登録要件(新規性など)に反する意匠が登録されてしまった場合は、利害関係人による異議申立てや無効審判により登録が取り消される仕組みとなっています。

2. 出願手続(提出書類、言語、方式、オンライン手続の可否等)

管轄官庁: サウジアラビアにおける意匠出願はサウジ知的財産庁(Saudi Authority for Intellectual Property, SAIP)が管轄しています。出願から登録までの大まかな流れは次の通りです。

  • 提出言語: 出願は原則アラビア語で行う必要があります。ただし近年の運用では、英語で出願書類を提出することも可能で、その場合提出日から3か月以内に公式なアラビア語翻訳を補完することが求められます。英語提出を利用することで準備期間を確保できますが、期限内の翻訳提出を怠ると手続に不備が生じるため注意が必要です。

  • オンライン出願: SAIPはオンライン出願システムを整備しており、電子出願が可能です。出願人はSAIPの電子ポータル(旧KACSTのePatentシステム)から意匠の出願手続きを行えます。オンライン出願により手数料の減額措置(例:電子出願割引)が適用される場合もあります(後述)。

  • 現地代理人: 外国法人・外国人在住者がサウジアラビアに意匠出願する場合、現地の登録代理人(弁理士)の選任が必要です。代理人を通じて出願手続きを行い、官庁とのやりとりも代理人経由で行います。

必要書類: 意匠登録出願時には以下の書類・情報を提出します。

  • 願書(申請書): 出願人および創作者(デザイナー)の氏名・住所等の基本情報を記載した願書。出願人が複数いる場合は代表出願人を指定します。

  • 意匠の詳細情報: 意匠の名称(タイトル)、意匠の説明、ならびに国際意匠分類(ロカルノ分類)における区分等。意匠の属する製品の種類(用途や製品名)も明示します。

  • 図面または写真: 意匠を表す図面または写真。意匠の全ての部分が視認できるよう複数のビュー(視図)を提出することが推奨されます。提出された図面が意匠権の保護範囲を確定します。カラーについて特徴とする場合はカラー図面を提出し、逆に保護しない部分がある場合はその部分を破線で描くことで権利範囲外であることを示す必要があります。図面中に説明文や番号以外の文字を入れることはできません。一般的には3次元物品の意匠であれば前後左右上下など5~6方向の図、必要に応じて斜視図を用意します。2次元的な意匠(模様等)の場合は平面図で足りますが、いずれにせよ**「意匠の完全な形態」を視覚的に開示する**図面が求められます。

  • 優先権情報(任意): パリ条約に基づく優先権を主張する場合、先の出願の国・出願番号・出願日を願書に記載します。優先権主張を行うにはパリ条約上の6か月以内にサウジアラビアへ出願する必要があり、期限を徒過した場合の遡及的回復は認められていません。優先権書類の認証写し(Certified Copy)は出願から3か月以内に提出する必要があります。

  • 委任状(Power of Attorney): 代理人経由で出願する場合、出願人はSAIPに認められた形式の委任状を提出しなければなりません。外国在住の出願人の場合、出願日から3か月以内公証およびアポスティーユ認証を受けた原本を提出する必要があります(出願時はコピーの提出で仮に受理されます)。サウジアラビアは2022年12月にハーグ条約(認証不要の条約)に加入しており、現在は領事認証に代えてアポスティーユがあれば足りる運用です。委任状は一般委任状として包括的に作成することも可能で、適切に認証されたものであれば一度提出すれば以後の出願に再利用できます。

  • 譲渡証明書(アサインメント): 出願人が意匠創作者本人でない場合(例えば企業がデザイナーから権利承継して出願する場合)、出願時創作者から出願人への譲渡証書を提出することが求められます。譲渡証書は公証の上アポスティーユ認証されたものである必要があります。

  • 手数料: 所定の出願料の納付が必要です。電子出願システム上でクレジットカード等により支払います(手数料の額および減免制度については後述)。

審査・登録手続: 提出書類に不備がないか、必要事項が満たされているかについて方式審査が行われます。サウジアラビアでは実体審査は行われず、新規性などの判断は審査段階ではされません。方式的要件をクリアすると、SAIPから登録査定(登録許可)が通知され、登録料(最初の年分の維持年金)を納付することで意匠が登録されます。サウジアラビアの意匠制度には出願公告制度がなく、登録前に一般公開されることはありません。登録が完了すると公式公報(Official Gazette)に登録公示され、登録証が発行されます。

異議申立て: 登録公示後、第三者はその意匠登録に対して異議申立て(オポジション)を行うことができます。異議申立て期間は公報掲載日から90日間とされています(商標の異議期間は60日間ですが、意匠については90日とする情報があります)。異議が申し立てられた場合、SAIPが異議理由を検討し、必要に応じて登録の取消しや補正指示等の判断を行います。異議期間を経過し異議がなければ、登録は維持されます。なお異議期間後でも、利害関係人は無効審判を提起して登録を争うことが可能です。

処理期間: 出願から登録証発行までの標準的な処理期間は約10~12か月とされています。これは実体審査がない分、比較的迅速な手続となっています。ただし書類不備による補正、手数料の支払遅延、異議申立ての発生などにより期間は延びる場合があります。

3. 図面要件(形式要件、視図の数など)

サウジアラビアの意匠出願において提出する図面(または写真)には、法令および実務上次のような要件・注意事項があります。

  • 完全な開示: 図面または写真は、意匠の全ての部分を完全に表すものでなければなりません。少なくとも製品の主要な視点(正面、背面、左右側面、上面、下面)から見た図を揃え、必要に応じて斜視図や拡大図を追加します。提出図面が不十分で意匠の形態が不明確な場合、方式審査で補正を求められる可能性があります。

  • カラーとモノクロ: 提出図面は白黒でも可能ですが、もし色彩自体を保護対象としたい場合はカラー図面を提出する必要があります。カラー図面を提出した場合、その色彩も含めて権利範囲が定まります。逆に、特定の色を権利範囲に含めないのであれば白黒図面を用いることが推奨されます。

  • 破線による除外: 保護を求めない部分(意匠に含めない部分)がある場合、**破線(点線)**で描画することでその部分を意匠の権利範囲から除外できます。例えば製品の一部のみを意匠登録したい場合、残りの部分を破線で示します。ただしサウジアラビアには部分意匠制度がなく、破線による除外はあくまで製品全体の意匠権範囲の特定手段として用いるものです(製品全体としてひとつの意匠登録となる点に留意)。

  • 図面中の表示: 図面中には、図番号や向きを示す簡単な文字以外の文字情報(説明文等)を記載してはならないと定められています。説明は願書の「意匠の説明」欄に記載し、図面自体には視図番号(Fig.1, Fig.2, ...等)程度の表示に留めます。各図は用紙上、見やすい大きさ・解像度で提出し、複数の図を1ページにまとめて掲載することも可能です。図の番号は通し番号で図の下部に付記します。

  • 図面の形式: 電子出願の場合、図面ファイルはSAIPの指定するフォーマット(通常JPEGやPDF)でアップロードします。図面の寸法や解像度について明確な規定はありませんが、判別がつく鮮明さが必要です。立体物の写真でも受け付けられますが、可能な限り背景を単色にする、陰影をはっきりさせるなど製品の形状が明瞭に分かる画像が望まれます。

以上のように、図面は意匠権の内容を決定づける極めて重要な要素です。不適切な図面提出は権利範囲の不足や不明確さにつながるため、提出前に現地代理人と十分確認することが推奨されます。

4. 保護対象(何が意匠として保護されるか)

保護される意匠の範囲: サウジアラビアで意匠として保護されるのは、工業的に量産可能な製品や伝統工芸品の外観デザインです。具体的には、「二次元の線や色彩、または三次元の形状であって、工業製品または伝統工芸品に独特の外観を与えるもの」が意匠として定義されています。したがって以下のようなものが保護対象となり得ます。

  • 製品の形状デザイン: 製品本体の立体的形状(例: 家具、家電、容器、機械部品などの形状)。

  • 製品表面の模様・意匠: 製品の表面に施された模様や図案(例: 壁紙の模様、布地のパターン、食器の模様など)。平面的な模様であっても、それが製品に適用され製品の見た目を特徴づけるものであれば意匠登録可能です。

  • 色彩の配置: 形状や模様と組み合わさった色彩の配列も保護対象になります。例えば製品のカラーリングデザインも、単なる色の名称ではなく具体的な配置や組合せとして特徴付けられる場合は意匠に含められます。

要するに、商品の見た目(審美的特徴)に関わる創作であれば、それが商品の機能に直接関係しない限り意匠権で保護し得る対象です。ここで重要なのは、意匠権は製品の美観的な特徴を守るものであり、製品の構造や機能そのものは特許制度の領域であることです。従って、形状が純粋に機能上の理由だけで決まっている場合(例:部品同士の結合のためだけの形状など)は、意匠とは認められない可能性があります。「見た目」の創作性があることが意匠の前提となります。

保護されないもの: 上記定義に当てはまらないものは意匠保護の対象外です。例えば以下は意匠登録できません。

  • アイデア、概念: デザインのアイデアそのものやコンセプト段階のもの(製品に具体化されていないもの)は保護されません。

  • 機能そのもの: 物品の機能的側面(技術的効果をもたらす形状等)は意匠でなく特許等の領域です。意匠権では機能的特徴には及びません。

  • 著作物: 純粋な芸術作品や絵画、彫刻などは著作権の範疇であり、それ自体を意匠登録する制度はありません(ただしそれらを応用した製品デザインは意匠になり得ます)。

  • 商標的形状: 立体商標として機能するような立体的形状やロゴデザインは、商標制度の対象です。意匠で登録して独占することはできません(もっとも、同一デザインを意匠権と商標権の両面で保護すること自体は可能ですが、趣旨が異なります)。

部分意匠・関連意匠: 日本のように製品の一部のみを独立した意匠として保護したり、類似デザインを関連意匠として一括で保護するといった制度は存在しません。一つの製品ごとに単一の意匠登録を取得する形になります。また組物意匠(セット商品全体の統一デザイン)も制度上認められておらず、セットの各構成品ごとに個別に出願する必要があります。

以上より、サウジアラビアでは工業所有権としての意匠はあくまで「工業製品等の外観デザイン」に限定される点に留意が必要です。これは日本の意匠制度と大きく異なる部分はありませんが、部分意匠制度が無いことなど実務上の違いがあります。

5. 新規性喪失の例外(グレースピリオド)

サウジアラビアの意匠法でも、新規性の例外(グレースピリオド)が一定の場合に認められています。ただし、その範囲は限定的であり、一般的な自己公開について幅広く猶予されるものではありません。具体的には以下の場合、出願前の公表であっても新規性を喪失しないものと扱われます。

  • 公式の国際展示会への出品: 出願前6か月以内に、パリ条約同盟国で開催される公式に認められた国際展示会において当該意匠が展示公開された場合、その公開は新規性を害する公知とは見なされません。例えば、公的に認定された万国博覧会等で出願予定の製品デザインを公開した場合でも、6か月以内に出願すれば自らの公開で新規性喪失とはならないということです。

  • 不正な第三者による開示: 出願人(またはその前権利者)の意思に反して、第三者による不正な開示や流出があった場合も、新規性喪失の例外が適用されます。これも出願日前6か月以内に生じた不正開示に限られます。例えばデザインデータの盗用・流出や、契約違反による漏洩などが該当します。

上記2つのケース以外、出願人自身がウェブサイトや出版物でデザインを発表した場合など、通常の公表についてはサウジアラビア法上、新規性の例外は認められていません。したがって自己の発表であっても、公的展示会以外で広く公開してしまうと新規性喪失となり、後の出願は拒絶される恐れがあります。

グレースピリオドは6か月と短いため、サウジアラビアで意匠保護を得たい場合は極力出願前に公表しないことが重要です。やむを得ず展示会等で公表する必要がある場合は公式展示会かどうか確認し、かつ速やかに(6か月以内に)出願手続きをとる必要があります。

なお、2024年11月にリヤドで採択された意匠法条約(Design Law Treaty, DLT)では各国に12か月のグレースピリオド採用が提唱されています。今後サウジアラビアでも国内法を改正してグレースピリオド期間の拡大が行われる可能性はありますが、現時点(2025年)では上記のとおり6か月・限定事由のみとなっています。

6. 保護期間

サウジアラビアの意匠権の存続期間は出願日(または優先日)から15年間です。これは2023年9月の法改正(勅令M/45)により従来の10年から15年に延長されたものです。改正法は2023年10月3日から施行され、この日以降に存続期間が満了を迎える意匠については新たな満了日が延長適用されています。

  • 新法下の保護期間: 15年(無延長)が最大期間です。これは多くの国際基準(Hague加盟国の標準)と整合しています。15年経過後は更新や延長はできず、権利満了となります。

  • 旧法下の経過措置: 改正前(~2023年)に登録された意匠には10年満了のものも存在します。具体的には2013年1月1日より前に出願された意匠は従来通り10年保護で期間満了となっています。一方、2013年1月1日以降に出願された意匠は本来10年であった保護期間が15年に延長されましたが、延長部分(11年目以降)の年金を納付する必要があります。当局は既存意匠権者に対し、2024年5月23日までに11年目の維持年金を納付すれば存続期間を最大15年まで延長できる旨の措置を講じました。

  • 権利発生の時点: サウジアラビアでは意匠登録証の交付日=設定登録日が権利発生日となります。出願日から遡及して効力を主張するものではありません(不当競争防止など別法による保護は別途あり得ますが、意匠権としての効力は登録後です)。したがって、出願から登録までの間に生じた模倣行為に対しては、登録後に意匠権侵害として追及することは通常できません。

維持年金制度: サウジアラビアの意匠権には毎年の年金(維持料)支払制度があります。初年度は出願料に含まれていますが、登録の翌年から毎年、所定の維持料を納めなければ権利を存続させることができません。年金の支払期限は各年の1月1日から3月31日までとされており、その年の分を期日までに支払います。例えば2025年に登録された意匠であれば、2026年以降毎年この期間に年金を支払います。支払いが滞ると一定の猶予期間後に権利は失効します。年金額は経年で徐々に増加する設定となっている場合がありますが、2023年の改正で年金額体系にも変更が加えられたと報じられています。

ハーグ制度利用時の特例: 後述のとおりサウジアラビアはハーグ国際登録制度に加盟しましたが、ハーグ経由で国際登録された意匠については年金の支払は5年ごとの国際更新に従います。すなわち、国際登録の場合はWIPOへの5年ごとの更新料納付によってサウジでの効力も維持され、国内年金を毎年納める必要はありません。この点、国内出願と国際出願で維持手続が異なるので注意が必要です。

7. 手数料の減免制度(小規模事業者向け、学生向けなど)

サウジアラビア知的財産庁(SAIP)は手数料区分として、出願人の属性に応じた減額制度を設けています。具体的には、個人出願人(自然人)と法人出願人で公式手数料額に差異があります。個人による意匠出願の場合、公式の出願料・登録料が概ね半額に設定されています。一例を挙げると、意匠の出願料は法人の場合800サウジリヤル(約※円)ですが、個人出願人の場合は400サウジリヤルに割引されます(このように公表される料金表ではカッコ書きで減額後金額が示されています)。同様に登録料や年金についても個人には低廉な設定となっています。

現在のところ、公的には上記の「個人対法人」による減免が主な優遇措置であり、学生専用や中小企業専用のさらなる割引制度は発表されていません。ただし、サウジアラビア政府は知的財産推進策の一環として、国内の中小企業や若手起業家に対する知財取得支援を検討しているとも言われます。将来的に特定の条件を満たす出願人への手数料減免が拡充される可能性はあります。

また、サウジアラビアは近年各種の国際的な知財支援プログラムにも参加しています。例えば発明者支援プログラム(Inventor Assistance Program)への参画や、中東・北アフリカ地域知財庁間での料金減免制度の情報交換などが行われています。こうした流れから、国内出願人に対する手厚い減免措置が講じられる可能性もありますが、2025年現在では「個人出願人=半額」程度の簡素な区分に留まっています。

付言すると、電子出願を利用することで紙出願に比べ手数料が安くなる運用も存在する場合があります。サウジ知財庁が公式に発表しているわけではありませんが、オンライン手続の推奨に伴い何らかのインセンティブが設けられている可能性があります(出願手数料の括弧書きは電子出願割引を示唆するとの指摘もあります)。いずれにせよ、出願前に最新の手数料表をSAIPあるいは現地代理人に確認することが望ましいでしょう。

8. 委任状(提出の要否、認証の要否など)

提出の要否: サウジアラビアで意匠出願を行う際、出願人がサウジアラビア国内に居住していない場合は現地の代理人(弁理士等)の関与が必須です。代理人経由で手続を行う際には、代理人に対して与えた委任状(Power of Attorney)を知財庁に提出することが法律上要求されています。したがって外国企業・外国人在住者が出願人となるケースでは委任状提出は必要不可欠です。逆に、サウジアラビア国内居住の個人・法人が自己出願する場合は代理人不要なので委任状提出は生じません。

認証形式: 提出する委任状は正式な認証を経たものでなければなりません。具体的には:

  • 出願人が国内(サウジ在住)の場合: サウジアラビア国内の公証人が認証した委任状を用意します。国内発行の場合はそれで足ります。

  • 出願人が国外在住の場合: 出願人所在地の公証を受けた委任状について、出願人所在地のサウジアラビア大使館/領事館での認証が以前は必要でした。しかし、サウジアラビアはハーグの「外国公文書の認証を不要にする条約」(アポスティーユ条約)に加盟したため、現在は大使館での領事認証を省略でき、代わりにアポスティーユの付与で足りることになりました。つまり、出願人の本国で公証+アポスティーユを取得した委任状を提出すれば、有効な委任状と認められます。もっともサウジ知財庁が必要と判断した場合、追加でサウジ司法省による確認を求められる可能性も指摘されています。

提出期限: 委任状原本の提出期限は出願日から3か月以内です。出願時にはとりあえずコピーを提出し、後日原本を送付することが認められています。この期限は延長が認められないため、国外からの出願の場合は早めに委任状を準備・認証取得しておく必要があります。特に領事認証には時間を要することが多いため注意が必要ですが、アポスティーユのみでよくなったことで多少ハードルは下がりました。

包括委任状: サウジアラビアではGeneral Power of Attorney(一般委任状)の制度も認められています。一度包括委任状を作成・認証して代理人に預けておけば、その後の複数の出願を個別に委任状提出することなく進めることが可能です。大口の出願が見込まれる企業などは一般委任状を活用すると手間の削減になります。ただし一般委任状にも有効期限を設けることが望ましく、定期的に更新するようにします。

その他書類: 上述のとおり、出願人が創作者でない場合は譲渡証書(Assignment)の提出も必要です。この譲渡証書についても委任状と同様に公証・アポスティーユ認証を経た原本を出願時に提出することが求められます。委任状と譲渡証書は別物ですので混同に注意してください(譲渡証書は権利帰属の証明、委任状は手続代理権限の証明という違いがあります)。

9. 侵害訴訟(専属管轄、訴訟手続、立証責任など)

サウジアラビアにおける意匠権侵害の紛争処理は、近年大きな制度変更がありました。以前は特許・意匠については行政委員会(特許紛争委員会)が管轄していましたが、2020年2月より司法手続に移行し、商事裁判所(知的財産専門部)が専属的に扱う体制に変更されています。

  • 専属管轄: 商事裁判所(Commercial Court)の知的財産部門が意匠侵害訴訟を扱います。リヤド、ジッダ等主要都市の商事裁判所にIP訴訟を担当する部門が設置されており、通常3人の裁判官合議体で審理されます。それ以前はキングアブドルアジーズ科学技術都市(KACST)内の委員会に全件集約されていましたが、現在は司法裁判所に移ったことで、サウジ国内の各地から訴訟提起が可能となり利便性が向上しています。

  • 訴訟手続: 意匠侵害訴訟は民事訴訟手続に則って行われます。原告(意匠権者)は商事裁判所に訴状を提出して訴えを提起します。訴状では侵害事実(被告の製品が原告意匠に類似し無断で製造・販売されていること)や請求(差止めや損害賠償等)を明示します。裁判所は訴状受理後、被告に召喚状を発し、答弁書提出を命じます。その後、証拠提出や審理を経て判決に至ります。サウジの裁判実務では、当事者による書面提出と法廷での口頭弁論によって争点を整理し、数回の期日で審理を完了するケースが多いです。また、必要に応じて裁判所は技術的専門家の意見を求めたり、現場検証を行うこともできます。

  • 立証責任: 原告(意匠権者側)に侵害の立証責任があります。具体的には、自らの意匠権が有効に存在すること(登録証の提示)および被告製品がその意匠と実質的に同一またはきわめて類似であることを立証する必要があります。サウジアラビアの意匠権侵害の判断基準は、外観に与える全体的印象の類否で判断されると解されます。意匠の微細な差異でなく、一般消費者の視覚にとって同一範囲に属すると映るかがポイントとなります。被告側は、原告意匠との相違点を主張したり、原告意匠権の無効を反訴(もしくは無効審判請求)で主張することができます。実体審査が無い分、侵害訴訟において被告が「当該意匠は新規性がなく無効である」と争うことは想定され、裁判所は並行して意匠の有効性も判断します。

  • 救済(差止・賠償等): 原告が勝訴した場合、裁判所は差止命令(被告による当該製品の製造・販売の停止)や損害賠償命令を出します。サウジアラビアでは侵害による損害額の立証が難しいケースが多く、裁判所が相当と認める金額(逸失利益やライセンス料相当額など)を判断して賠償額を定めます。意匠権侵害で得た不当利得の返還や、故意の場合の懲罰的な評価も考慮されます。また、侵害品やその製造設備の差し押さえ・廃棄命令を出すことも可能です。

  • 刑事罰: サウジアラビアの特許・意匠法には、権利侵害に対する刑事罰の規定も設けられています。意匠権も含む特許法(意匠法を含む法律)第34条では、故意に有効な意匠権を侵害した者に対し最高で10万サウジリヤルの罰金および裁判官の裁量による拘禁刑を科すことができるとされています。商標に比べると罰金額は小さいですが(商標侵害は最大100万リヤルの罰金)、繰り返しの違反には厳罰が科される可能性があります。刑事訴追は被害申告を受け

    て検察が行いますが、実務上、意匠侵害で直ちに刑事告発される例は多くなく、まずは民事での差止・賠償救済が図られます。

  • 和解・代替手段: 訴訟外で当事者間の和解が成立すれば、裁判を取り下げて和解契約により紛争解決することもあります。SAIPや商工省の調停的な関与は特に制度化されていませんが、裁判前に内容証明郵便で警告したり交渉することも一般的です。

以上のように、サウジアラビアでは意匠侵害は民事上の不法行為として扱われ、専門化された商事裁判所によって迅速に処理される体制になっています。原告は有効な登録意匠に基づき、被告製品の外観が実質同一であることを示す証拠(製品写真の対比など)を用意することが重要です。また、訴訟リスクとして被告から無効主張される可能性も見据え、自身の意匠登録の新規性に疑義がないか事前に点検しておくことも求められます。

10. 行政摘発(税関などによる差止め制度)

税関での水際取締: サウジアラビアでは、税関(Zakat, Tax and Customs Authority, ZATCA)が知的財産侵害品の水際取締りを行っています。ただし、その主眼は主に商標著作権の侵害物品(偽ブランド品や海賊版)の差止めに置かれており、意匠権侵害品に特化した制度は確立されていません。意匠や特許といった技術的判断を要する権利については、税関職員が目視で識別することが困難なため、基本的に対象外となっています。

現行では、サウジ税関は商標権者が事前に商標を登録(レコーディング)しておく仕組みを運用し、登録された商標と同一・類似の偽ブランド商品を発見した際に通関停止・差止めを行っています。2023年現在、意匠について同様の税関登録制度は存在しないため、意匠権者が事前に税関に自社意匠を届け出て模倣品の輸入を監視してもらう、といった手段は利用できません。実務上も、税関が意匠侵害かどうかを判断するのは難しく、意匠侵害品の摘発は主に権利者による市場監視と訴訟に委ねられているのが実情です。

もっとも、税関が全く意匠侵害品を取り締まれないわけではありません。例えば極めて悪質な模倣製品(有名ブランド品の形状を丸ごとコピーした商品で、商標も付されているような場合)は、商標侵害品として摘発されるでしょう。また、意匠権者が裁判所の差止命令を取得し、それを税関に呈示することで特定の輸入品を止めることも理論上可能です(裁判所命令に基づく税関差止)。しかし、これには権利者側の能動的な働きかけと司法手続が前提となります。

国内市場での行政摘発: 税関以外に、サウジアラビア商務省の反商業詐欺局(Anti-Commercial Fraud Department)が国内市場での偽品取締を所管しています。こちらも主な対象は商標の偽造品であり、意匠の模倣品単独を取り締まる制度はありません。例えば、商標のない「形だけ模倣」製品が市場に出回っていても、商務省が詐欺商品と見なすかは微妙です。ただし消費者保護の観点から、著名な商品の模倣で消費者に混同を与えるようなケースでは、不正競争行為として是正指導がなされる可能性はあります。

今後の展望: サウジ税関はビジョン2030の下、知的財産侵害物品の水際排除を強化する姿勢を見せており、将来的には特許・意匠・著作物に関しても商標同様の通関警戒システムを導入する計画があります。例えば、意匠権についても税関への権利情報登録と通知システムを整備し、疑わしい輸入品があれば権利者にアラートを発して確認を求めるといった構想が検討されています。もっとも実現には技術的課題も多く、2025年時点ではまだ具体化されていません。

現状では、意匠権者自身による市場監視と権利行使が主軸であり、税関など行政機関は商標ほど積極的には動かないと心得るべきです。サウジアラビアで意匠模倣品の流通を発見した場合、まずは差止め仮処分や侵害訴訟を提起し、その判決や命令をもって行政(税関・警察)に協力を求める形が現実的です。SAIPも知財保護の啓蒙と調整役として動いていますが、直接取り締まる権限はなく、最終的には裁判所や税関との連携により対応します。

11. 国際出願との関係(ハーグ協定加盟の有無、国際出願の取扱い等)

ハーグ協定への加盟: サウジアラビアは近年国際意匠登録制度であるハーグ協定への加盟を果たしました。2025年1月7日付けでハーグ協定ジュネーブ改正協定の加入書をWIPOに寄託し、同年4月7日に発効しています。これによりサウジアラビアはハーグ協定の加盟国(第99加盟国)となり、国際意匠出願で同国を指定することが可能になりました。

サウジアラビアは加盟に際し、以下の宣言・通告を行っています。

  • 一意匠制限: 一出願一意匠の国内原則に基づき、サウジアラビアを指定国に含む国際意匠出願は一件につき一つの独立した意匠しか含むことができません。仮に複数意匠を含む国際出願がなされた場合、サウジ当局は余分な意匠について拒絶する権利を留保しています。実務的には、サウジを指定予定の場合は国際出願を意匠ごとに分割しておくことが望ましいです。

  • 公開の延期の不可: サウジアラビア国内法には意匠公表の延期制度がないため、ハーグ出願において公開延期(最大30か月)を指定してもサウジアラビアでは適用されません。国際登録上は延期されても、サウジ国内では直ちに(国際公開と同時に)効力を生じる形になります。

  • 保護期間: 国内法の保護期間に合わせ、最大保護期間15年であることを宣言しています。国際登録も5年ごとの更新を2回まで行うことで15年維持できます。

  • 拒絶猶予期間: 国際出願の拒絶通報期間について、デフォルトの6か月ではなく12か月への延長を宣言しています。これにより、SAIPは国際公表から1年以内に拒絶の有無を通知すればよいことになります。審査が混雑した場合でも十分対応できるようにするための措置です。

  • 名義人変更の効果: 国際登録簿上の名義変更の効力について、サウジアラビア国内で効力を及ぼすにはSAIPに直接所定の書類を提出する必要があると宣言しています。つまり、国際登録の名義変更があった場合でも、サウジ国内の意匠権者情報を変更するには追加の国内手続きを踏む必要があります。

国際出願の実務: ハーグ協定加盟により、外国企業にとってはサウジアラビアを国際出願で簡便に指定できるメリットがあります。これまではサウジ国内に直接出願(パリルート)する必要があり、アラビア語翻訳や現地代理人選任など手間がかかっていました。今後は、例えば日本企業がHague経由で日本語あるいは英語で一括出願し、サウジを指定して意匠登録を得ることが可能になります。国際登録出願の場合でも、サウジ側での審査は基本的に方式審査のみで、新規性など実体は審査しないと見られます。ただし提出図面の形式や一意匠要件を満たさない場合などには拒絶通知が来る可能性があります。

サウジアラビアはパリ条約およびWTO/TRIPS加盟国でもあるため、ハーグ協定加入前から外国からの意匠出願受入れ体制は整っていました。ハーグ未加盟時代(~2024年)は、パリ優先期間内に直接サウジ知財庁へ出願する必要がありましたが、加盟後は選択肢が広がったことになります。なお、かつて湾岸諸国で構想されていたGCC意匠制度は実現しておらず、サウジアラビアへの意匠保護はあくまでサウジ国内法(またはハーグ経由)で確保する形になります。

国際協調への取組: サウジアラビアは意匠制度の国際的調和にも積極的で、2024年11月にはリヤドでWIPO意匠法条約の外交会議を主催し、同条約採択に寄与しました。また、ハーグ及びマドリッド協定にアラビア語を追加言語とする提案を行うなど、国際的知財インフラへの貢献も強めています。ハーグ協定加盟によって国内制度も国際基準に合わせた改正が行われています(前述の15年保護期間への延長等)。今後さらに国際出願が増えることが見込まれ、SAIPでは英語による情報発信や審査官の国際研修など体制強化が進められています。

総じて、2025年現在サウジアラビアは国際意匠登録制度の一員となり、日本企業にとっても活用しやすい環境が整いました。ただし前述のように一出願一意匠や公開延期不可など独自の留意点がありますので、国際出願の際はサウジ指定の要件を踏まえておく必要があります。


まとめ:主要ポイントの一覧(比較表)

  • 登録要件: 世界的な新規性が必要、公序良俗(イスラム法)に反する意匠は不可。部分意匠や組物意匠制度はなく、一出願一意匠制。

  • 出願手続: 願書、図面、説明等をアラビア語で提出(英語提出後の3か月以内翻訳可)。オンライン出願対応。外国出願人は現地代理人必須。優先権主張は6か月以内。方式審査のみで、通知後に登録料支払い登録。登録後90日間の異議申立て期間あり。

  • 図面要件: 意匠の全体を示す図面/写真(複数視図)提出。カラー出願可、非保護部分は破線表示。図中に説明文不可。明瞭な画像が要求される。

  • 保護対象: 工業製品や伝統工芸品の外観デザイン(形状・模様・色彩)が対象。純粋に機能のみの形状や芸術作品そのもの等は対象外。商標的な立体は商標制度で扱う。部分的デザインのみの登録制度なし。

  • 新規性喪失の例外: 公開から6か月以内の公式国際展示会出品、または不正な第三者による漏洩に限り、新規性に影響しない。自己公開の一般例外は無し。グレースピリオドは限定的(6か月)。

  • 保護期間: 出願日から15年(2023年改正で延長)。延長制度なし。旧法下の10年登録も順次15年に延長適用中。毎年の年金支払い必要(2年目以降毎年)。

  • 減免制度: 手数料は個人出願人に対し約50%の軽減措置(出願料等、個人は半額)。学生・中小企業固有の減免策は現行なし。電子出願割引等も示唆されるが詳細不明。

  • 委任状: 外国出願人は代理人用の委任状提出必須。出願日から3か月以内に公証・アポスティーユ付の原本提出。2022年以降アポスティーユ受入れで領事認証不要。一般包括委任状の利用可。

  • 侵害訴訟: 2020年より商事裁判所(3人合議)が専属管轄。原告が登録意匠の存在と侵害(類似性)を立証。差止め・損害賠償等の民事救済が中心。悪質な場合、最大10万SARの罰金・拘禁など刑事罰規定もあり。

  • 行政摘発: 税関での知財侵害品差止めは主に商標・著作物対象で、意匠は現状対象外。今後拡充の計画あるも未整備。市場での摘発も商標偽造品中心。不正競争扱い等での行政介入は限定的。

  • 国際出願との関係: 2025年にハーグ協定ジュネーブ法加入。国際意匠出願でサウジ指定可能に。単一意匠のみ含める要件、公開延期不可。拒絶通報期間12ヶ月。保護期間15年。国際出願でのサウジ指定は今後有力な選択肢となった。

出典・参考:

  • サウジアラビア知的財産庁(SAIP)公式サイト

  • WIPO Lex: サウジアラビア意匠関連法令・規則

  • SABA IP Middle East News「サウジアラビア意匠法改正」

  • IP-Coster “Industrial Design in Saudi Arabia”

  • iPNOTE「Design Registration in Saudi Arabia」

  • Lawyerkhalid法律事務所ブログ「知財侵害の罰則(2024)」

  • Al Tamimi法律事務所「KSA Customs and Vision 2030」

  • JETRO中東知財ニュースレターVol.95「サウジの知財保護執行」
    (その他、WIPO・SAIP発表資料、現地法律事務所HP等)