シンガポールの商標制度概要
商標の登録要件
登録可能な商標と識別力: シンガポール商標法上、「商標」とは他人の商品やサービスと区別するための標識であり、文字・図形・色彩・形状・包装などの「サイン(sign)」で視覚的に表示できるものと定義されています。したがって、商標登録を受けるためには、商標がグラフィカルに表示可能であり、他者の商品・サービスと識別できることが必要です。具体的には、記号や図形のみで構成された商標であっても、取引上自己の商品・サービスを他人と識別しうる独自の識別力(顕著性)を有している必要があります。この要件は、商標法第2条および第7条で定められています。
絶対的拒絶理由: 商標は、公益上または商標制度上望ましくない特徴を有する場合には登録が認められません(絶対的拒絶理由)。例えば、以下のような商標は登録できません:
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商品・サービスの品質・効能・用途・産地などを直接表示する記述的な標章のみからなる商標(例:「BEST」「CHEAP」など品質や宣伝を表す語)。
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当該商品・サービス分野で**慣用されている標章(普通名称・慣用商標)**のみからなる商標(例:「エスカレーター」※本来商標でしたが一般名称化した例)。
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識別力を欠く商標(例えば平凡な図形のみなど)。
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商品の性質上不可欠な形状や機能を有する立体的形状のみからなる商標(機能的形状商標)。
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公序良俗に反する商標、消費者を欺くおそれのある商標(例えば品質について誤認を生じさせるおそれのある商標)。
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国旗・国章や政府間機関の紋章など、法律で使用が禁止されている標章。
商標法第7条第1項にこれら絶対的拒絶理由が規定されており、該当する商標は登録されません。ただし、記述的・識別力欠如の商標でも、使用によって識別力を獲得した場合(secondary meaning)は登録が認められる余地があります(商標法7条但書に相当する規定)。
相対的拒絶理由: 他人の権利との関係で登録が認められないケースもあります。既に他人が保有する商標権や周知・著名商標と同一もしくは類似しており、指定商品・役務が同一・類似で混同を生じるおそれがある商標は登録できません。具体的には、以下のような場合が該当します。
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他人の先願・先登録商標と同一で、かつ指定商品・サービスも同一の場合(商標法8条1項)。この場合は当然に混同が推定されます。
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他人の先願・先登録商標と商標が同一または類似で、指定商品・サービスも同一または類似の場合で、出所の混同のおそれがある場合(商標法8条2項)。
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他人の著名商標(Well-Known Mark)と同一・類似で、たとえ指定商品・サービスが異なる場合でも、商標の使用が出所混同を生じたり、著名商標の所有者の利益が害されるおそれがある場合(商標法8条4項)。著名商標に関しては、シンガポールはパリ条約やTRIPS協定に基づき広範な保護を与えており、公衆に広く認識された商標については非類似商品への使用も拒絶され得ます。
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他人の未登録周知商標や営業上の標識(商号や商号的一部など)の権利に基づき、当該商標の使用が**不正競争(パッシングオフ)**などの不法行為によって差し止められる場合(商標法8条7項)。すなわち、その商標の使用が法律上禁止されるような他人の先行権利(未登録商標の周知性、著作権、人格権など)と抵触する場合も登録が拒絶されます。
以上の相対的拒絶理由は商標法第8条に定められており、審査において他人の既存権利との抵触が判断されます。特にシンガポールでは審査段階で他人の登録商標との類否をチェックし、抵触する場合には拒絶査定となります。もっとも、抵触する先行商標の権利者から同意書を取得して提出すれば、例外的に登録が認められる場合もあります。
商標出願手続
出願の方式: シンガポールでは商標出願はオンラインで行うことが推奨されており、知的財産庁(IPOS)の電子ポータル「IPOS Digital Hub」を通じて電子出願します。出願時には出願人の氏名・住所、商標の表示(文字商標の場合は文字、図形商標の場合は画像ファイル等)、指定商品・サービスおよび区分、および所定の出願料をフォームTM4で提出する必要があります。シンガポールはニース分類第12版に基づく商品・サービス区分制度を採用しており、1件の出願で複数区分を指定すること(マルチクラス出願)も可能です。指定商品・サービスの記載にはIPOSが提供する所定の用語データベースを利用すると、審査が迅速になり、オンライン出願の場合は区分ごとの手数料が割安になります。
出願人の要件: シンガポールでは外国企業・外国人であっても、IPOSに直接商標出願することができます。ただし、**シンガポール国内の送達先住所(Address for Service)**を有していることが必要であり、また電子出願システムにアクセスするためのシングパス(Singpass)またはコープパス(Corppass)が求められます。海外の出願人がこれらを持たない場合や現地住所を用意できない場合は、シンガポールの代理人(商標代理業者や法律事務所)を任命して手続きを行うのが一般的です。
出願時の留意事項: 出願に際しては以下の点に注意が必要です。
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類似商標の事前調査: 出願前に、既存の商標登録を検索し、類似する商標がないか確認することが推奨されます。IPOSの電子サービス上で類似商標検索が可能です。もし同一または類似の商標が同一・類似の商品について既に登録されている場合、出願後に拒絶の可能性が高いため、事前調査によりリスクを把握します。
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優先権の主張: パリ条約加盟国またはWTO加盟国で最初の商標出願を行った場合、その出願日から6ヶ月以内にシンガポール出願を行うことで優先権主張が可能です。優先権を主張すると、シンガポール出願日は先の外国出願日と同日とみなされ、期間内に他者が出願した類似商標より自らの出願が優先されます。優先権を主張する場合、出願時に先の出願国・出願日・出願番号等を申告し、必要に応じて証明書類を提出します。
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言語・翻訳: 出願手続は英語で行われます。商標に漢字や他の言語の文字を含む場合、英語への翻字・翻訳を提出することが求められることがあります。特に中国語等の文字商標は、発音のローマ字表記および意味の英訳を願書に記載する必要があります。
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出願料: オンライン出願の場合、1区分あたり通常S$340の出願料がかかります。ただし、指定商品・サービスの記載にIPOSの定型文言データベースのみを用いた場合は**割引料金(S$280/区分)**が適用されます。これは出願後に審査での補正を減らす効果があります。出願料は出願時にオンラインで納付します。
方式審査(フォームチェック): 出願が行われるとまずIPOSにより方式要件の審査が行われます。出願書類に必要事項が欠けていないか、適切な形式で商標が表示されているか、指定商品・区分が明示されているか等を確認し、要件を満たしていれば出願日(filing date)の確定がなされます。この出願日が商標登録後の保護期間起算日となります。一方、方式不備がある場合は補正指令が出され、定められた期間内に補正・対応しないと出願が却下されることがあります。
商標の審査
実体審査の概要: シンガポールでは商標の実体審査が行われ、商標が前述の登録要件(絶対的・相対的拒絶理由)を満たすかが審査官により判断されます。IPOSは出願から概ね4〜6か月以内に最初の審査結果(第一次審査通知)を出す傾向にあり、全体として順調に進めば出願から約9〜12か月で登録査定に至ることが多いとされています。もっとも実際の期間は出願件数や審査状況によって変動し、また出願人が期限延長を請求した場合などは長引く可能性があります。
審査結果と対応: 審査の結果、登録要件をすべて満たしていると判断されれば受理(acceptance)となり、次の公告手続に進みます。一方、何らかの拒絶理由がある場合、IPOSは審査報告書(Examination Report)を発行し、拒絶の理由と対象商品区分などを詳細に示します。出願人には報告書送付日から4ヶ月の回答期間が与えられ(必要に応じて【Form CM5】提出により延長可能)、以下の対応が選択肢となります:
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意見書提出: 拒絶理由に反論する意見書や必要な証拠(例えば使用による識別力獲得を主張する証拠など)を提出する。
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出願の補正: 商標表示や指定商品を一部削除・限定する補正を行う(【Form TM27】提出)ことで拒絶理由を解消できる場合があります。例えば、類似する先行商標が存在する商品を削除する、記述的意味を持つ一部要素を不請求にする等の措置です。
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審尋の請求: 書面でのやり取りで解消できない場合、審査官との口頭審理(ヒアリング)を請求することも可能です(【Form HC4】提出)。ヒアリングでは出願人または代理人が審査官に直接口頭で主張を述べ、審査官の判断に再考を求める場となります。
出願人が審査報告に期限内に応答しない場合、従来は出願が却下(取下扱い)となっていました。しかし2022年5月26日以降に出願された案件については、応答がない場合でも拒絶理由の対象となった商品・サービスのみが自動的に出願から削除され、その他の拒絶理由がない商品については手続が継続される制度に変更されました。これは部分的な拒絶に柔軟に対処するための措置であり、出願人が一部の商品について登録を諦める選択も可能になっています。
審査における留意点: シンガポール審査は、先行商標のサーチと絶対的理由の審査の両方を行います。他国(例: 欧州連合知的財産庁など)のように相対的理由による拒絶を審査段階では行わない制度もありますが、シンガポールは英国法の流れを汲み相対的拒絶理由も審査で考慮します。そのため、出願前の類否調査と、場合によっては利害調整(同意書取得など)の戦略が重要です。また、識別力に疑義がある場合は、使用実績の提出によって登録可能となる場合があります。5年以上の使用で市場で周知となったと示せれば、記述的標章であっても登録が認められることがあります(商標法7条3項・23条2項)。必要に応じ、審査段階で審査官から過去の使用期間・売上・広告実績等の立証を求められることがあります。
審査官との応答を経て、最終的に拒絶理由が解消され受理となれば、次の公告(publication)段階に移行します。なお、審査官が拒絶を維持し、ヒアリングでも覆らなかった場合は拒絶査定が確定し、出願は不登録に終わります。この場合、出願人は所定期間内に高等裁判所(General Division of the High Court)へ審査官の判断に対する**不服申立(司法審査)**を提起することも可能です。
商標の公告・異議申立制度
公告と異議申立期間: 審査をパスした商標出願は、登録に先立ち**商標公報(Trade Marks Journal)に掲載され、2ヶ月間の異議申立受付期間に入ります。この公告期間中は誰でもその商標登録に対する異議申立(Opposition)を行うことができます。シンガポールでは異議申立期間は原則2ヶ月ですが、異議申立希望者(第三者)は期間満了前に【Form HC3】を提出することで最大でさらに2ヶ月(合計4ヶ月まで)**延長を申請できます。この延長申請が認められれば、異議申立書(Notice of Opposition)の提出期限が延びる仕組みです。
異議申立の手続: 異議申立を行う場合、まず**異議申立通知(Notice of Opposition)**を所定のフォーム(TM11)で提出しなければなりません。異議申立人(Opposer)は、公告日から2ヶ月以内(延長が認められた場合は最長4ヶ月以内)に、異議の理由を記載した異議申立書面および所定の手数料(クラス数×S$420)をIPOSに提出するとともに、その写しを出願人にも送付します。異議申立の理由は主に以下のようなものです(商標法第7条・第8条・第23条が法的根拠となります):
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出願商標が商標法上の絶対的拒絶理由に該当する(識別力欠如や公序良俗違反など)
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出願商標が異議申立人の先行商標権や周知商標と抵触し、混同のおそれがある
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その他、出願が悪意でなされた、または出願経過に不正があった 等
異議申立が提起されると、出願人には2ヶ月以内にそれに対する答弁書(カウンターステートメント)を提出する必要があります。出願人が期間内に答弁書(Form HC6)を提出しない場合、出願は放棄されたものとみなされます。このように、異議手続ではまず申立人と出願人がそれぞれ主張書面を提出し、その後証拠提出期間に入ります。証拠手続では、まず異議申立人が主張を裏付ける証拠(宣誓供述書)を提出し、次に出願人が反証を提出し、最後に異議申立人が必要に応じて追加反論の証拠を提出します。各段階で期限延長(通常2ヶ月程度)の申請は1回認められる運用ですが、審判全体の迅速化のため延長には慎重な審査があります。
IPOSは異議当事者に対し、証拠手続の途中で和解や調停の機会について案内を行っています。IPOSの「仲裁調停センター」は**調停(Mediation)**を奨励しており、政府による調停費用補助制度(Revised Enhanced Mediation Promotion Scheme)も用意されています。両当事者が調停に合意した場合、一定期間異議手続が中断され、調停が実施されます。調停でも解決しなかった場合、異議手続が再開されます。
異議の審理と決定: 全ての主張書面・証拠が提出されると、IPOSの審判部(Registries of Hearings and Mediation)によって口頭審理(オーラルヒアリング)が開かれる場合があります。多くの場合、当事者代理人による口頭弁論が行われ、その後審判官が双方の主張・証拠に基づき判断を下します。最終的な決定は書面で通知されます。異議申立が認められた場合(申立人勝訴)、出願商標は登録拒絶となり、逆に異議が棄却された場合(出願人勝訴)、商標はそのまま登録査定へと進みます。異議決定に不服がある当事者は、高等裁判所への上訴(審決取消訴訟)を提起することも可能です。
登録査定と商標登録
登録査定から証明書発行まで: 異議申立期間中に異議がなされず(または異議が却下され)、最終的に登録が認められた場合、IPOSは登録料の請求を経て商標を登録(Registration)します。登録時には登録証(Certificate of Registration)が電子的に発行され、出願人(登録名義人)に送付されます。商標権は商標登録簿に記録され、登録の詳細(商標の内容、登録番号、登録日、指定商品・サービスなど)が公開されます。
登録日と存続期間: シンガポールでは、商標の登録日は原則として出願日に遡って付与されます(商標法15条2項)。したがって、権利の存続期間も出願日から起算されます。登録された商標権の存続期間は出願日から10年間で、以後10年ごとの更新が可能です。この10年という期間は国際標準に沿ったもので、日本や欧州等と同様です。
使用意思の要件: シンガポールでは、使用意思のない商標出願も受理されます。すなわち、実際に使用を開始する前であっても、将来の使用意思があれば出願可能です。ただし、登録後に全く使用しない場合は後述の不使用取消のリスクがあるため、早期に使用を開始するか、必要に応じ第三者にライセンスするなどして商標の使用状態を維持することが推奨されます。
商標権の効果: 登録された商標(Registered Trade Mark)は、指定商品・サービスについて商標権者に独占的使用権を付与します。登録商標には記号「®」を付して使用することができ(登録前は「™」で表示可能)、他人による無断使用を排除できる強力な権利となります。登録商標権者は以下のような権利行使や活用が可能です:
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自社の商品・サービスに独占的にその商標を付し、市場でのブランドとして活用できる。
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許可なく他人が同一・類似の商標を使用した場合に侵害差止めや損害賠償請求を行うことができる。
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商標権を第三者にライセンスして使用許諾料(ロイヤルティ)収入を得ることができる。
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商標権そのものを譲渡または売却することができ、また事業上の資産(知的財産)として融資の担保に供することも可能。
使用義務と不使用による取り消し
使用義務と猶予期間: シンガポールを含む多くの国では、登録商標に対し「使用義務」が課されています。商標は登録されただけではなく、実際に商取引で使用されて初めてその意義があります。そこで、シンガポール商標法では、登録商標が一定期間使用されていない場合に利害関係人がその登録を取り消す(取消審判)ことを求めることができる制度を設けています。この期間は登録成立後5年間と定められており、登録商標が登録完了日から5年以内にシンガポール国内で真正かつ継続的に使用されない場合、正当な理由がなければ取消しの対象となります(商標法第22条第1項(a))。また、一度使用していてもその後5年間連続して使用を中断した場合も同様です(同条1項(b))。
具体的には、商標権者または許諾を受けた被許諾者(ライセンシー)によるシンガポールでの商標の使用が、登録から5年間連続して全くなされなかった場合、第三者はその商標登録の取消を請求できます。この5年の不使用期間は、登録査定日(異議等なければ出願日と同じ日)から起算されます。IPOS自身も「登録商標がシンガポールで連続5年間実際に使用されていない場合、不使用による取消しのリスクがある」と注意喚起しています。
取消審判の請求手続: 不使用取消(Revocation for Non-use)は誰でも請求可能であり、IPOS(商標庁)または高等裁判所に対して申立てを行えます。通常はIPOSの商標庁への申立て(行政的取消審判)が選択されますが、その商標についてすでに裁判所で争われている場合は裁判所で行う必要があります。取消請求がなされると、商標権者は指定期間内に当該商標の使用実績や不使用についての正当理由を提出して防御することになります。IPOSは提出された証拠に基づき、本当に5年間未使用か、正当な理由(例: 輸入規制等で使用できなかった等)があるかを判断します。正当な理由なく未使用と判断されれば、その商標の登録は取り消されます。
使用の認定基準: 「使用」には、登録商標と細部で異なる態様での使用であっても、商標の同一性を損なわない範囲の変形であれば認められます(商標法22条2項)。またシンガポール国内における使用には、輸出目的で商品の包装等に商標を付す行為も含まれます。したがって、現地市場で販売していなくても、シンガポールで製造し全量輸出している場合なども「シンガポールにおける使用」として扱われます。
取消の効果と回避: 不使用取消が認められると、その商標権は取消請求日または裁判所・庁が定める適切な日に遡って消滅します(商標法22条(8))。ただし、取消請求がなされる前に使用を開始または再開していれば、取消しは回避できる場合があります。具体的には、5年経過後でも取消請求前に商標の使用を開始(再開)していれば取消しはできません。ただし、取消請求が予見された後になって慌てて使用を再開した場合は考慮されず、取消請求前3ヶ月以内に開始した使用は、請求を知らなかった場合を除き無視されます。要するに、5年の不使用期間を過ぎた後に権利維持のため形式的に使用しても遅く、第三者が動きを見せる前に継続的な使用を確保することが重要です。
その他の取消事由: 不使用以外にも、商標登録後に発生した事情により商標が取り消される場合があります。商標法22条1項(c)・(d)は、商標が普通名称化してしまった場合(商標が商品名・一般名化)や、商標の使用が商品・サービスの品質や産地について誤認を生じさせるようになった場合にも、利害関係人が取消を請求できると定めています。例えば、商標権者の不作為により消費者の間で商標が商品の一般名称と化してしまった(エレベーターが「Otisさん」と呼ばれるようなケース)場合や、商標の使い方が不適切で品質について公衆を欺くに至った場合です。これらも広い意味で商標の機能喪失とみなされ、取消の対象となります。
登録の無効(争訟・無効審判制度)
無効審判制度の概要: 登録査定後であっても、当該商標が本来登録されるべきでなかった場合には、その登録を無効化(Invalidation)することが可能です。異議申立が登録前の審判制度であるのに対し、無効の申立(無効審判)は登録後に遡って登録を取り消す手続です。利害関係人(既存の商標権者や業者など)は、商標法23条に基づき登録商標の無効をIPOSまたは裁判所に申立てできます。無効理由は主に以下のとおりです。
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絶対的登録要件違反: 登録商標が商標法7条の規定(絶対的拒絶理由)に反して登録された場合。例えば、識別力がないのに誤って登録された場合や、公序良俗に反する商標が見逃されて登録された場合などです。ただし、その商標が登録後の使用によって識別力を獲得した場合は無効とならない場合があります(商標法23条2項)。
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相対的登録要件違反: 登録商標が他人の先行商標と抵触していたのに登録された場合。具体的には、商標法8条1項・2項(先行登録商標との同一・類似)や8条4項(著名商標との混同・希釈)に該当していたケースです。また商標法8条7項(他人の未登録権利との抵触、パッシングオフ)に該当する場合も無効理由となります。先行権利者が登録に同意していた場合は無効理由とならない点に注意が必要です。
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出願手続の不正: 商標の出願・登録が詐欺や不正な目的でなされた場合(商標法23条4項)。例えば、他人の周知商標を盗み取る目的で代理人が無断で出願したケース(悪意の出願)や、重要な事実を偽って登録を受けた場合です。
無効の申立ては誰でも行うことができますが、通常は何らかの利害関係を有する者(例えば先行商標権者)が行います。申立て先はIPOSか高等裁判所で、特に係争中でない限りIPOSでの無効審判として扱われます。無効審判手続では、異議と同様に当事者間で主張書面・証拠の提出が行われ、最終的にIPOSの審判官が登録維持か抹消かを判断します。無効が認められた場合、その商標登録は初めから無効だったものとみなされ(初日に遡って無効)、商標権は消滅します。ただし、無効決定は既に確定した侵害訴訟の判決や既得の損害賠償請求権には影響しないなど、第三者の取引安全に配慮した規定もあります。
無効申立ての期間制限: 無効理由によっては、申立て可能な期間に制限があります。例えば、商標法23条6項は悪意のない先行使用者が5年以上経過後に無効を申し立てることを制限しています。具体的には、ある登録商標について、登録から5年以上、公衆にその使用が認識されるまで先行権利者(例えば周知商標権者)が異議も無く放置していた場合、後になって無効を主張できなくなる「黙示的な同意(黙認)」の規定があります(商標法24条に相当)。ただし、出願時に悪意があった場合(権利者を出し抜く意図で出願した等)はこの限りでなく、5年経過後でも無効を主張できます。いずれにせよ、権利者は他人の登録商標に気付いたら迅速に対応する(異議や無効主張)ことが求められ、長期間放置すると権利行使が制限される可能性があります。
商標権の更新と存続期間の管理
更新手続: 登録商標の保護期間は初回登録日から10年間であり、満了前に所定の手続きを行うことで何度でも更新が可能です。更新は商標権存続期間の満了前6ヶ月以内から受付けられます。例えば出願日(=登録日)が2025年7月1日の場合、2035年6月30日が満了日となり、その6ヶ月前の2035年1月1日から更新手続が可能となります。更新には【Form TM19】の提出と更新料の納付が必要であり、オンラインでの更新申請が推奨されます。
更新料と期限経過: 更新料は1区分あたり通常S$380(オンライン申請の場合)程度です。満了日までに更新申請が行われない場合、その商標は一旦「期限切れ(Expired)」のステータスになりますが、猶予期間として6ヶ月間は遅延更新(Late Renewal)が認められています。遅延更新期間中(満了日後6ヶ月以内)に更新する場合は追加料金が発生します。それでも更新されなかった場合、商標は登録簿から一旦抹消(Removed)されます。ただし抹消後もさらに6ヶ月間は回復(Restoration)手続が可能で、この期間内にForm TM19の提出と所定の復活料を支払えば登録を回復できます。最終的に満了日から1年経過しても更新・回復されなかった商標は完全に権利消滅となり、同一商標を第三者が改めて出願・登録することも可能になります。
登録維持の実務: IPOSは満了の6ヶ月前に更新案内を送付するe-Alertサービスを提供しており、商標権者はデジタルハブ上で通知を受け取ることができます。権利者は住所や担当者が変更になった場合には速やかにIPOSに届け出て、更新通知を確実に受領できるようにする必要があります。更新手続に期限延長は認められていないため(商標規則77(6)(e),(f))、期限管理が重要です。また、更新時には特に書類提出は不要で、オンラインフォームで登録番号を指定して料金を支払うだけの簡便な手続です。更新が完了すると登録簿上の商標の有効期限が新たに10年延長されます。
ライセンスと譲渡 (権利の譲渡・利用許諾)
商標権の譲渡(Assignment): シンガポールの商標権は財産権として扱われ、他の動産と同様に譲渡や相続が可能です(商標法第38条)。商標権の譲渡は、事業上の営業と共に移転することも(営業譲渡に付随)、営業と切り離して商標単独で移転することもできます。譲渡は権利の一部について行うこと(指定商品の一部のみを譲渡する部分譲渡)も可能です。譲渡契約は書面で行い、譲渡人(元の権利者)が署名することが有効要件とされています(商標法38条3項)。これは、口頭の合意だけでは第三者対抗要件を満たさないことを意味します。
譲渡が行われた場合、IPOSへの登録簿上の権利者名義変更(登録名義人の変更登録)手続きを行うことが推奨されます。商標法39条では、譲渡など商標に関する権利移転の事実を登録簿に記録する制度を定めています。譲受人はForm CM2(またはCM8等、状況に応じたフォーム)を提出して登録簿の名義を書き換えることができます。6ヶ月以内の名義変更登録が推奨されるのは、もし未登録のまま第三者がその商標権をさらに譲り受けたり担保権を設定した場合、後から譲受人になったことを対抗できなくなる恐れがあるためです。実際、商標法39条3項は、譲渡が登録簿に記録されるまでの間に善意の第三者が競合する利害(例: 別の譲渡や差押えなど)を取得した場合、未記録の譲渡はその第三者に対抗できないと定めています。また、名義変更が未了の間に発生した侵害について、譲受人は損害賠償等を請求できないとの規定もあります。したがって、商標の譲渡を受けた際は速やかにIPOSへの登録手続きを行うことが重要です。
商標のライセンス(使用許諾): 商標権者は、自身の登録商標を第三者に使用許諾(ライセンス)することができます(商標法42条)。ライセンスは専用使用権(Exclusive Licence)と非専用使用権(Non-Exclusive Licence)に大別されます。専用使用権とは、商標権者自身を含め他の誰にも使用させない独占的な許諾であり、その許諾を受けた被許諾者(専用ライセンシー)のみがその商標を使用できます。非専用ライセンスは、商標権者が複数の相手に同時に使用を許諾できる一般的なライセンスです。ライセンス契約は基本的に書面で締結され、許諾範囲(商品・地域・期間など)を明確に定めます。部分的な許諾(特定の商品・地域に限る等)も可能です。
シンガポール商標法では、ライセンス契約自体はIPOSへの登録が無くても有効であるとされています。したがって、ライセンス未登録であっても契約当事者間では効力を持ちます。しかし、第三者への対抗や証拠の点で、ライセンスの登録簿への記録が推奨されます。IPOSにライセンスを登録(Form CM6提出)しておけば、その事実が公開されるため第三者がその商標を無断使用する抑止効果が期待できますし、万一争いになった際にもその記録が取引の公示および推定的証拠となります。もっとも、商標法39条の規定上、ライセンス契約については未登録であっても第三者対抗要件の制限は課されない(譲渡とは異なり、未登録でも第三者に対抗可能)と明記されています。それでもライセンシー保護の観点からは登録が望ましいでしょう。
ライセンシーの権利と義務: 専用ライセンスを付与された者(専用実施権者)は、法律上、商標権者とほぼ同等にその商標を保護する権利を持ちます。例えば、商標侵害が発生した場合、専用ライセンシーは自ら商標権侵害訴訟を提起することができます(商標法43条(6)等)。もっとも、専用ライセンシーが単独で訴訟を起こすには、契約上その権限が制限されていないことや、商標権者に訴訟提起の意思がないことを確認する必要があります。他方、非専用ライセンシーは原則として自ら侵害訴訟を提起することはできませんが、商標権者に侵害対応を促す権利があります。ライセンシーはいずれの場合も、契約で定められた品質管理義務を遵守し、商標の信用を維持する責任があります。品質管理を怠ると商標の識別力が損なわれ、ひいては商標が普通名称化するリスクもあります。
商標権の行使と保護 (侵害対応)
商標権侵害の概念: シンガポールで登録された商標と同一もしくは類似の商標が、商標権者の許諾なく、指定商品・類似商品またはサービスについて使用された場合、それは商標権の侵害(Infringement)となります(商標法27条)。典型的な侵害行為は以下のとおりです。
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二重的同一侵害: 登録商標と同一の標章を、その指定商品・サービスと同一の商品・サービスに使用する行為。これは混同の可能性を問うまでもなく侵害とみなされます。
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類似商標の使用: 登録商標と同一または類似の標章を、指定商品・サービスと同一または類似の商品・サービスに使用し、出所の混同のおそれを生じさせる行為。例えば、権利者の商標「ABC」(食品)に対し、第三者が「ABC」もしくは「ABB」など類似の標章を食品類に使用し、一般消費者が系列・関連企業の商品と誤認するような場合です。
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著名商標の希釈的侵害: 登録商標がシンガポールで著名な場合には、非類似の商品・サービスにおいて同一・類似の標章を使用し、商標の識別力や名声を不当に利用・希釈化する行為も侵害と見做され得ます(商標法27条3項)。例えば、高級ブランドの著名商標を全く関係ない商品に付して、そのブランドイメージを毀損するケースです。
侵害行為の具体例: 商標法27条4項では、侵害となる具体的な商標「使用」行為を列挙しています。これには、商品やその包装に商標を付す行為、商標を付した商品を販売申し出・広告・在庫保管する行為、サービスに商標を付して提供する行為、商標を営業書類や広告に用いる行為などが含まれます。また他人の商標をインターネット上のメタタグやキーワード広告で無断使用する行為も、状況によっては商標の使用とみなされ侵害に該当し得ます。
商標権侵害に対する民事措置: 商標権者は、自身の登録商標権を侵害する行為に対し民事訴訟を提起できます。シンガポールでは民事訴訟は高等裁判所で起こすのが一般的です(知的財産専門の裁判所制度も整備されています)。権利者が勝訴した場合、主に以下の救済を裁判所から得ることができます。
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差止命令(差止措置): 被告(侵害者)に対し、今後の商標の使用を禁止する恒久的差止命令が発令されます。必要に応じて訴訟提起と同時に**仮差止(暫定的な使用禁止命令)**を求めることも可能です。
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損害賠償(Damages): 侵害により権利者が被った営業上の損害について賠償金が認められます。これには売上減少による利益の逸失、ブランド毀損による無形損害などが含まれます。算定が難しい場合もありますが、裁判所は合理的な推計に基づき損害額を判断します。
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利益の帳簿開示と利益償還(Account of Profits): 損害賠償の代わりに、侵害者がその侵害行為で得た利益相当額を権利者に差し出させる救済も選択できます。これは権利者の被害ではなく侵害者の不当利得に着目した救済です。
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法定損害賠償(Statutory Damages): シンガポール商標法独自の制度として、悪質な侵害(意図的商標偽造など)の場合、権利者は実損額を証明せずとも一定額の賠償を請求できます。裁判所は商品・サービスの種類ごとに最大10万シンガポールドル、全体で最大100万シンガポールドルまでの法定損害賠償額を認定できます。この金額は侵害の悪質性(例えば意図的かつ反復的な偽造品販売)に応じて決定されます。法定損害賠償は権利者が通常の損害証明を省略できるメリットがあります。
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偽造品等の廃棄: 裁判所は、侵害品(違法に商標を付した商品)やその製造に用いた型板・印刷物等の引渡し命令・廃棄命令を出すことができます。市場に残存する偽造品を除去し、将来的な侵害再発を防止するための措置です。
シンガポールでは侵害行為が悪質な営業上の策略による場合、すなわち故意に他人の商標の信用に便乗したり偽造品を流通させたような場合には、裁判所は厳格な姿勢で損害賠償額を算定します。一方で、侵害者が善意であった(自分の商標だと思って使っていた等)場合には、救済内容が制限されることもあります。ただし登録商標制度では基本的に善意の侵害であっても免責されない(過失責任ではなく無過失責任に近い)ため、他人の登録商標を使用するリスクは非常に高いと言えます。
権利不行使(黙示の同意)の効果: 前述のとおり、権利者が自分の商標権と紛らわしい他人の商標の使用を知りながら5年以上放置した場合、後から差止請求等を行うことが制限される場合があります(商標法24条の黙示の同意の規定)。これは権利行使上の一種の信義則で、長期間黙認された第三者の商標使用を、後から突然禁止することは許されないという考えに基づきます。従って、侵害に気付いたら速やかに対応することが肝要です。
刑事罰による保護: 商標の無断使用、とりわけ偽造商標を商品に付して販売する行為等は、民事上の侵害であるだけでなく刑事犯罪として処罰される可能性があります。シンガポール商標法は第46条〜第49条で商標犯罪を規定しており、例えば意図的に登録商標を偽造(counterfeit)した者は、1類型の商品・サービスにつき最大10万シンガポールドルの罰金(総額で100万ドル上限)または5年以下の懲役、またはその両方に処され得ます。第47条は商品やサービスに他人の登録商標を無断で付す行為を扱っており、これも同様に最大10万ドルの罰金または5年以下の懲役が定められています。さらに、第49条では偽造商標を付した商品を輸入・販売する行為も犯罪とされています。
これら刑事規定に基づき、悪質な侵害者(特に模倣品の業者など)に対してはシンガポール税関や警察による摘発・起訴が行われることがあります。刑事事件となった場合、侵害者は公訴を提起され、有罪となれば上記の罰則が科されます。実務上、商標権者が警察や税関に情報提供を行い、捜査当局が捜査・押収・起訴する流れです。刑事訴追は抑止効果が大きく、悪質な模倣品業者を市場から排除する有効な手段です。
税関による水際取締制度
制度概要: シンガポールには、商標権者が税関当局に依頼して、**国境(輸出入)における侵害物品の差止め(Border Enforcement)**を行う制度があります。商標権者(または登録ライセンシー)は、**シンガポール税関長(Director-General of Customs)に対し所定の書面通知を行うことで、侵害の疑いのある商品がシンガポールに輸入または輸出される際に、その差押え(Seizure)**を求めることができます。この制度は商標法第10部に定められており、国境での知的財産権侵害品の流通を防止するTRIPS協定上の義務に対応するものです。
任意差止の申請: 商標権者が差止めを希望する場合、税関長に対して「侵害物品の差止通知(Notice for Seizure on Request)」を提出します。通知には、対象商標の登録証明や更新状況、侵害と疑われる商品の詳細(名称・特徴)、それらが輸入または輸出される予定の日時・経路等の情報を記載し、侵害物品であると疑うに足る理由を示す必要があります。さらに、商標権者(申立人)は、誤って合法な荷物を差し止めた場合に生じる損害に備え、政府の費用や被疑者(貨物の輸入業者等)の損害を賠償できる担保(金銭保証または銀行保証)を提供する必要があります。担保額はケースによりますが、一回の出荷のみカバーするものと年間包括のものがあり、最大5件の未解決案件を同時にカバーする年間保証も認められています。申立人はまた、税関に対し差止めによる保管・廃棄費用等を負担する旨の誓約書(Letter of Undertaking)**を提出します。
通知が受理されると、その提出日から60日間(提出日当日+59日)にわたり有効となります。この期間中、税関は通知に記載された商標・商品に合致する輸出入貨物を監視し、もし発見された場合は差押え(Seizure)を行います。差し止めが実行されると、税関当局は速やかに商標権者(申立人)および貨物の輸入業者または輸出業者に対し、当該貨物を差し押さえた旨の通知を発します。
差押え後の手続: 税関から差押えの通知を受け取った商標権者は、通知の日から10営業日以内(土日祝日を除く)に、商標権侵害訴訟(民事訴訟)を提起しなければなりません。この期間内に訴訟を提起し、税関長にその旨を知らせない場合、差し押さえた貨物は解放(リリース)されてしまいます。なお申立人の要請により、この訴訟提起期限はさらに10営業日延長することが一度だけ可能です。訴訟が提起されると、差押え物品は裁判所の判断が下されるまで税関により留め置かれます。裁判所がそれら物品を商標権侵害品(模倣品)と認定すれば、没収・廃棄命令が出され、正式に**没収(Forfeiture)**されます。一方、商標権者が期限内に訴訟を起こさなかったり、訴訟で敗訴した場合、貨物は所有者に返還されます。権利者が訴訟を起こさなかった場合、提供していた担保から相手方への補償金が支払われる可能性もあります。
職権による差止め(Ex-officio): 2018年の法改正により、シンガポール税関は職権で商標侵害が疑われる輸出入貨物を発見した場合に、自主的に差押えする権限も有しています。税関が職権差押えを行った場合、速やかに商標権者(または専用ライセンシー)に通知が行われます。通知を受けた商標権者は、その日から48時間以内に税関に対し差止め継続要請を行い、先述の申立て手続(Notice Form TM2提出や担保提供等)を開始する必要があります。その後の訴訟提起期限や手順は、任意申立ての場合と同様に扱われます。
実務上の留意点: 税関差止め制度を有効に活用するには、商標権者が自社ブランドの偽造品がどのような経路で流通しているか把握し、税関に提供する情報をできる限り具体的にすることが重要です。申立通知には貨物のコンテナ番号や積載船、到着日などを特定できればより確実です。また税関当局との事前連携も有用で、定期的に模倣品の情報を提供しておくことで職権差押えにつながる場合もあります。なお、正規品と偽物の判別資料(例えば正規品の写真・特徴一覧)を税関に提供して教育することも効果的です。商標権者は、税関と協力しつつ、自社のブランド保護を国境でも図っていく必要があります。
マドリッド制度による国際出願
マドリッドプロトコル加盟: シンガポールはマドリッド協定議定書(Madrid Protocol)の加盟国であり、国際商標出願制度を利用できます。これにより、シンガポールを拠点とする出願人は、一度の国際出願で複数の加盟国に商標保護を求めることができます。また、外国の出願人が国際登録でシンガポールを指定することも可能で、その場合シンガポールでの保護がマドリッド経由で付与されます。
シンガポールから国際出願する場合: シンガポール在住者・法人などがマドリッド出願をする場合、まずシンガポールに基礎となる商標出願または登録が必要です(ベースとなる国内出願/登録)。さらに出願人は以下の資格要件のいずれかを満たす必要があります:
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シンガポールの国民であること(個人・法人を問わず)。
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シンガポールに**居所(住所)**を有すること。
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シンガポールにおいて真のかつ効果的な事業所(実営業所)を有すること。
上記のいずれかを満たせば、シンガポール知的財産庁(IPOS)を経由して国際出願(Form MM2(E))を提出できます。IPOSは国際出願の方式審査を行い、要件が整っていれば2ヶ月以内に世界知的所有権機関(WIPO)国際事務局へ送付します。この送付が間に合えば、国際登録日はシンガポールでの出願日と同一の日となります(これはパリ優先権の期間内であれば優先権主張も考慮されます)。国際事務局での形式審査後、国際登録証が発行され、指定した各国官庁(締約国)へ通知されます。
シンガポール経由の国際出願では、願書は英語で作成し、IPOSへの手数料(送付手数料S$250)とWIPOへの基本手数料・指定国手数料(スイスフラン建て)を支払います。その後の手続は、各指定国の商標庁がそれぞれ自国法に基づき審査を行います。シンガポールで基礎出願が拒絶・取下げ・無効となった場合、国際登録も範囲に応じて取消となるリスクがあるため(セントラルアタック制度、5年ルール)、基礎出願の維持管理も重要です。
国際登録でシンガポールを指定する場合: 外国の出願人がマドリッド制度を通じてシンガポールでの保護を求める場合、国際登録出願時にシンガポールを指定国に含めます。WIPO国際事務局からシンガポール知的財産庁(IPOS)に対し指定通報が送られると、IPOSはそれを国内出願とみなして審査を行います。審査手順・基準は通常のシンガポール国内出願と同じく、方式審査と実体審査(絶対的・相対的要件のチェック)が行われます。IPOSは18ヶ月以内に拒絶通報を発するかどうか決定する義務があります。拒絶理由がなければ、国際登録に基づくシンガポール保護は**自動的に認証(保護付与)されます。拒絶理由があった場合、IPOSは国際事務局を通じて暫定拒絶通報(provisional refusal)**を送り、国際登録名義人(出願人)はシンガポール国内代理人を選任して異議申立や審判手続で対応することになります。これは実質的にシンガポール国内出願が拒絶になった場合と同様の手続です。
シンガポール指定の国際登録がIPOSで最終的に認められた場合、国際登録日を基準にシンガポールでの保護が発生し、国内登録と同等の効力を持ちます。更新もマドリッド経由で行うため、シンガポール独自の更新手続は不要です。
実務上のメリット・デメリット: マドリッド制度を利用することで、多国への出願を一括して管理できる利点があります。一つの言語(英語)と一通の出願で多国保護を得られ、費用・事務負担の軽減になります。他方、先述のようにセントラルアタックのリスク(基礎出願・登録が5年以内に崩れると全部影響)や、一部指定国で拒絶があった場合の各国ごとの対応(結局現地代理人費用が発生)などの課題もあります。そのため、シンガポール企業が海外展開する際には、マドリッド出願が有利か、各国に直接出願すべきかは、指定国数や商標戦略に応じて判断されます。
いずれにせよ、シンガポールはマドリッドプロトコル加盟国としてその枠組みを国内法に実装しており(商標法54条以下および規則に規定)、国内出願人・外国出願人ともに国際出願制度を活用した商標のグローバルな保護が可能となっています。シンガポール知的財産庁もマドリッド制度に関するガイドラインやサポート情報を提供しており、円滑な国際出願手続きを支援しています。