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中国の商標制度解説(日本企業向けガイド)
中国における商標制度について、日本の知財担当者・弁理士の視点から包括的に解説します。商標出願から登録までの手続の流れ、登録要件や分類制度、異議申立・無効審判制度、権利の存続期間と更新、不使用取消制度、日本(主に日本)との制度比較、そして実務上の注意点(悪意の出願対策、先取り防止策、マドリッドプロトコルの活用、現地語商標の検討など)を順に説明します。
1. 商標登録の流れ(出願から登録まで)
中国では先願主義(先願主義:早い者勝ち)が採用されており、日本と同様に使用しているか否かに関わらず最初に出願した者が原則として商標権を取得します。そのため、他者に先取りされないよう早めの出願が重要です。中国商標の出願から登録までの一般的なフローは以下の通りです。
中国商標出願~登録までの標準的な手続フロー(出願・審査・公告・登録)を示すフローチャート。日本の制度との相違点として、審査後に直ちに登録とはならず3か月の公告・異議申立期間が存在する点に注意。
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出願(提出・受理):商標出願書を中国国家知識産権局商標局(CNIPA)に提出します。願書は中国語で作成し、出願人の氏名・住所も中国語表記が必要です。提出後、形式要件の確認が行われ、問題なければ受理通知書が発行されます。この受理まで通常1~2か月程度です。中国では出願書類が商標局に到達した日が「出願日」となります(到達主義;日本は発信主義)。
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方式審査(形式審査):願書の記載形式や書類不備の有無を審査します。書類に欠陥がある場合は補正通知が出され、通常30日以内(オンライン出願なら+15日)の補正期間内に訂正します。不備がなければ出願料納付通知が発行され、所定の費用を納付すると正式受理されます。
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実体審査:形式要件をクリアすると、商標の登録要件(識別力があるか、先行商標と抵触しないか等)について審査官が審査します。中国商標法では出願受理から9か月以内に審査を完了すべきと規定されていますが、現在は平均で約4か月程度で一次審査結果が通知される傾向があります(審査の迅速化が進んでいますが、日本のような早期審査制度はありません)。実体審査の結果、登録要件を満たすと判断されれば「初歩登録査定(予備査定)」に進みます。一方、拒絶理由がある場合、従来は直ちに拒絶査定となっていましたが、2014年改正以降は審査官の判断で「説明又は補正の要求」が出されることがあります。これは日本の意見書提出・補正の機会に相当し、15日以内に反論や補正が可能です。それでも解消しない場合は拒絶査定(拒絶の通知)が出されます。
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審査結果への対応:拒絶査定が出た場合、出願人は通知受領日から15日以内に不服審判(審査の再審)を請求できます。この不服審判請求後、3か月以内に具体的な主張・証拠を提出することも可能です。審判(再審)では商標評審委員会が審理し、結論が出るまで6~8か月程度要することがあります(ケースによります)。それでも登録できない場合、さらに**北京知識産権法院(北京の知的財産法院)**へ提訴して司法判断を仰ぐことになります。
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公告(出願公告):審査で拒絶理由がなく登録適格と判断されると、直ちに登録とはならず出願公告という形で官報に商標が公開されます。この公告期間は3か月間で、利害関係人による異議申立を受け付ける期間です。日本には出願公告制度がなく、登録査定後に即登録料納付という流れですが、中国では公告期間が設けられている点に注意が必要です。公告から3か月以内に異議が申し立てられなかった場合、または異議が申し立てられても最終的に**不成立(退けられた)**となった場合にのみ、商標は正式に登録されます。
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登録・証明書発行:異議申立期間を経て問題がなければ、商標登録が認められ登録公告が出されます。日本と異なり、中国では登録査定後の登録料納付制度がありません(出願時に支払った官費のみで登録証が発行されます)。最終的に**「商標登録証」が交付され、登録日(=権利発生日)から10年間の商標権が発生します。初めて出願から登録証受領までの期間は、順調なケースでも15か月~18か月程度**は見込むのが一般的です。日本は平均約1年前後で登録に至るのに対し、中国は審査件数の多さや公告期間の存在によりやや長めになります。
補足: マドリッド協定議定書に基づく国際商標登録出願(マドプロ出願)の場合も、基本的な流れは同じですが、出願データがWIPOから中国商標局に通報されて審査が開始されます。中国はWIPO通報から18か月以内に拒絶の通報をしないときは、そのまま保護が認められたものとみなされます(※詳細は後述)。
2. 登録要件と分類制度(ニース分類 等)
登録要件:中国でも商標登録には識別力のある商標であること、そして既存の他人の商標権と抵触しないことが主要な要件です。具体的には、記号・文字・図形・立体形状・色彩の組合せ・音声など視覚または聴覚で識別できる標識が登録対象です。2014年5月の法改正で音商標も登録可能になりました。一方で、日本で認められている色彩のみからなる商標や動き(動画)商標、ホログラム、そして香り(嗅覚)商標などは中国では登録できません。また、商品自体の機能形状のみからなる立体商標や、公序良俗に反する商標、一般的な慣用名称・記述的な標章、他人の著名商標を不正に模倣・翻訳したもの、他人の肖像・氏名を無断で含むもの、国旗・国章など公的シンボルに関するものも、日本と同様に登録禁止です(中国商標法第10条・第11条などに規定)。
識別力に欠ける商標(例えば極めてシンプルな地形図形のみ、商品説明的な語句のみなど)は原則拒絶されます。ただし、長年の使用により著名となり識別力を後天的に獲得した場合は「取得的識別力(secondary meaning)」を主張して登録が認められることもあります(著名商標の保護規定あり)。また、他人の周知・有名商標と同一または類似で、不正目的で出願された商標も拒絶や無効の対象です。例えば他人の著名商標のコピーや翻訳で混同を生じるもの、産地誤認を生じる地理的表示を含む商標などは登録できません。
分類制度(ニース分類):中国は国際的なニース分類(第1類~第45類)に基づき商品・サービスを分類しています。2014年改正で一出願で複数区分(多区分出願)が可能となりました。したがって一つの願書で複数クラスの指定商品・役務を網羅できます。ただし、中国では出願後の分割が原則認められない点に注意が必要です(部分的に拒絶された場合のみ例外的に分割出願が可能)。
出願にあたっては、指定商品・役務を具体的に記載する必要があります。包括的表示(例えば「第25類 被服類一切」等)は認められず、個々の具体的名称で記載しなければなりません。中国商標局は毎年「類似商品及び役務区分表」を公表しており、これは中国版のエクセントリックな商品役務リストです。可能な限りこのリストに掲載されている表記に合わせて指定することが推奨されています。リスト掲載の用語を使うことで審査が円滑になり、用語不備による補正要求を避けられます。
なお、指定商品/役務の点数が11件以上になる場合、11件目から1件追加毎に追加費用が発生します。例えば、10商品までは基本料で出願できますが、11商品目からは1件ごとに官費が加算されます(そのため出願コストとの兼ね合いで指定項目を取捨選択する必要があります)。この点、日本では区分ごとに一律料金ですが、中国では点数ベースで費用が増える点も特徴です。
日本との分類の違い:特に注意すべきは、同じ漢字名称でも日本と中国では含意する範囲(類似範囲)が異なる場合が多いことです。例えば、日本で「第25類 被服」と指定すれば衣服全般(帽子など含む)をカバーできますが、中国で「被服」と指定しても帽子は含まれません。中国では「被服」は上半身・下半身にまとう衣類を指し、頭にかぶる「帽子」は別扱いのため、「被服」で商標権を取得しても帽子には及ばないのです。また日本では「界面活性剤」と「工業用化学品」は同じ類似群コード(01A01)が付され類似商品と見なされますが、中国ではこれらは非類似の商品と判断されます。つまり、日本で「界面活性剤」のみ商標登録しておけば「工業用化学品」に同一商標を他人が登録するのを阻止できますが、中国では「界面活性剤」で登録しても他人が「工業用化学品」で同じ商標を取ることを止められません。実際に中国の裁判例でも、審査基準上非類似と扱われた商品でも訴訟では類似と判断されるケースがあり、一筋縄ではいかない部分があります。このように類似商品の基準・分類コード体系が日本と中国で異なるため、中国に出願する際は単に日本出願の指定を翻訳して伝えるだけでは不十分です。現地で実際に扱う商品・サービスに基づき、改めて中国での区分類や指定範囲を専門家と検討することが重要です。
類似群コード:中国にも審査用の「類似群コード」(商品・役務の類否を判断するコード)が存在します。日本では5桁(数字+アルファベット)の類似群コードですが、中国は3~4桁の数字コードで管理されています。審査段階では類似群コードが同一なら類似商品と判断される傾向があります。ただし裁判所では類似群コードに縛られず判断する場合もあり、例えば審査で非類似とされた商品でも裁判では類似と判断されることがあります。実務上は審査基準と司法判断のズレも念頭に置きつつ、できるだけリスクのない広めの指定を検討すべきでしょう。
その他の注意:中国には日本のような標準文字制度がありません。文字商標を出願する場合でも、一律なフォント形式で権利を取るという考え方がなく、提出した書体・デザイン通りに登録されます。もっとも、アルファベットや漢字の場合、特段装飾性のない書体で出願すれば実質的に文字そのものの商標として保護されます。一方、ひらがな・カタカナなど中国にない文字で出願すると、審査上図形商標(ロゴ)扱いになる点に注意が必要です。例えばカタカナの商標を提出すると、それは言語というより図案として認識されるため、同じ読みでも字体が違えば別商標と判断される可能性があります。現地での呼称なども考慮しつつ、必要に応じて漢字表記の商標も併願するなどの戦略が考えられます(※中国語商標については後述)。
3. 異議申立制度と無効審判制度
中国でも商標登録前後に異議申立(オポジション)や無効の制度が用意されています。自社商標を守るため、他人の不適切な商標登録に対抗する手段として知っておきましょう。
異議申立制度(異議申請)
前述のように、中国では商標登録前(初歩査定後)に出願公告がなされ、公告日から3か月以内であれば第三者が異議申立(異議申請)を行うことができます。この制度は「権利付与前の異議制度」と呼ばれ、日本の登録後異議とはタイミングが異なります。異議申立があると、商標局が申立人・出願人双方の主張や証拠を考慮して審理し、登録すべきか否かを判断します。
異議申立の主体(申立適格):2014年の商標法改正により、異議申立を行うことのできる者には一定の資格要件が設けられました。改正前は「何人も」異議申立できましたが、改正後は出願商標が他人の先行権利と抵触する場合(相対的理由)に異議を提起できるのは、その先行権利者または利害関係人に限るとされています。これは無関係な第三者が嫌がらせ目的で異議を乱発することを防ぐための措置です。一方、商標そのものに公益上の問題がある場合(絶対的拒絶理由に該当)には、利害関係を問わず異議できるとも解されています(例えば、公序良俗違反などは誰でも異議可能とも言われます)。実務上は、多くの異議は先行商標権者が行っています。
異議申立の結果とその後:異議が認められた場合、当該商標出願は登録されず却下となります。異議不成立(異議棄却)の場合は、そのまま商標が登録となります。日本では、異議申立に対する決定に不服がある場合、異議申立人・商標権者双方が知財高裁に訴えることができます。一方、中国では異議申立人側が負けた場合(=商標が登録になった場合)、その決定自体を不服として直接上訴する制度はありません。その代わり、登録後に無効審判を請求する形で争いを続行することになります。つまり**「異議→無効」の二段構え**で対応するわけです(反対に、異議が認められて出願が拒絶された場合、出願人は不服審判を請求できます)。
異議申立は、近年件数が増大しています。2021年には中国で17.6万件もの異議申立があったとの統計もあり(前年比31.1%増)、商標出願の競合・紛争が激化していることが窺えます。日本では年間数十件程度(2020年で46件の取消)と比べ桁違いです。これは中国で他人の商標を先取りするケースが多発しており、それに対抗する異議が多数出されている状況を反映しています。
無効審判制度(無効宣告)
**無効審判(無効宣告請求)**は、日本でいう登録無効審判に相当し、登録査定後に発生した商標権を消滅させる手続です。利害関係人はもちろん、一定の場合には誰でも無効を請求できます。中国商標法では、無効理由(請求事由)により請求期限や要件が異なります。
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絶対的無効理由(商標法第44条に規定):商標自体が法律に違反して登録された場合(例えば第10条・第11条違反:国旗・国章、記述的名称、公序良俗違反など)、請求期限の制限はありません。いつでも無効申立可能です。また、詐欺的又はその他不正な手段で登録を得た場合(例えば虚偽の書類提出等)も絶対的無効理由となり、期間制限なく無効を主張できます。
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相対的無効理由(商標法第45条に規定):他人の先行権利と抵触して登録された場合(例えば先に同一・類似商標が他人により登録されていた、他人の著名商標を不正に登録した等)は、原則として登録日から5年以内に無効申立(争議申請)をしなければなりません。これを過ぎると争うことができなくなる除斥期間が設けられています(日本でも商標登録から5年経過すると先行商標に基づく無効審判は請求できなくなる規定があります)。ただし悪意で出願・登録された商標に対しては例外があります。具体的には他人の著名商標を横取り登録した場合、真の権利者(著名商標所有者)は5年経過後でも無効を請求可能とされています。つまり著名商標に関する悪意の登録には期間制限の適用が除外されるわけです(※2023年時点でも「著名商標」でない悪意登録の救済は難しく、この点を更に改善すべきとの議論があります)。
無効審判は、まず商標局または商標評審部門(旧商標評審委員会)に申立てを行い審理されます。決定に不服がある場合、関係当事者は**裁判所(北京知識産権法院)に提訴して取消訴訟を起こすことが可能です。無効理由が認められれば当該商標登録は初日に遡って無効(抹消)**となります。
日本との比較:日本も2015年改正で、悪意の商標登録に対し5年経過後でも無効主張を許す規定(不正目的の商標登録の無効理由)が追加されました。中国も同様に近年制度整備が進んでいます。重要なのは、他人に先に登録されてしまうと、短期間(5年)で対処しないと権利が固まってしまうことです。5年を過ぎてしまった場合、相手商標が全く使われていないなら後述の不使用取消で消すことを検討しますが、相手が実際に使用しているとそれも難しいため、泣き寝入りとなりかねません。したがって、もし第三者に自社ブランドを先取り登録されてしまった場合は早期に異議申立や無効審判を検討する必要があります。
4. 商標の保護期間と更新制度
中国の商標権の存続期間(有効期間)は登録日から10年間です。この10年は日本と同じですが、更新制度にも共通点があります。登録商標は10年ごとに何度でも更新可能であり、更新回数に上限はありません。権利を維持したい限り、10年ごとに更新手続きを行うことで半永久的に保護を継続できます。
更新手続き:商標権の有効期間が満了する前に、満了前12か月以内に更新申請を行う必要があります。例えば2025年5月1日が満了日であれば、2024年5月1日~2025年4月30日の間に更新申請を提出します。うっかり期限までに更新できなかった場合でも、6か月間の猶予期間(延長期間)が設けられており、この期間内であれば遅延追加料金を支払って更新が可能です。猶予期間は自動的に適用され、別途の延長申請手続きは不要です。ただし猶予期間(満了後6か月)を過ぎてしまうと商標は**失効(登録抹消)**となり復活できません。その場合、改めて一から商標出願し直す必要がありますが、その間に第三者に取られるリスクも生じます。
費用:中国の商標更新にかかる官費用は1区分あたり約500元(2023年現在、約7,500~8,000円相当)です。2019年7月に値下げされ、それ以前は約1,000元だったものが半額程度になりました。この金額は日本の更新料(1区分あたり43,600円)と比べて非常に安価です。中国では初回登録時に登録料の納付が不要(出願時費用のみ)であるのに対し、日本では審査合格後に別途登録料(区分毎17,200円、10年一括なら28,200円)を納める必要があります。トータルコストで見ると、中国の商標権維持費用は日本よりかなり低廉と言えるでしょう。
その他:更新手続きの際、中国では使用証拠の提出義務はありません(日本も同様、米国のような使用宣誓制度はない)。したがって、使っていない商標でも形式上は更新申請さえすれば権利を維持できます。ただし、使っていない商標は第三者から不使用取消を請求されるリスクがあります(後述)ので、闇雲に維持することが得策とは限りません。また国際登録(マドプロ)の場合、更新はWIPO経由で行います。国際登録は基準日が国際登録日から10年である点に注意が必要です(例えば日本基づきで中国を指定していたら、日本登録日ではなく国際登録日から10年)。更新しても、中国側では「国際登録更新通知」を受けて内部的に更新処理が行われるため、国内出願と同様に継続されます。
5. 不使用取消制度
中国には、登録商標が一定期間使用されていない場合にその登録を取り消す制度があります。これは日本の「不使用取消審判」に相当します。具体的には、登録商標が連続して3年以上中国国内で使用されていないと信じるに足る場合、誰でも商標局に対し不使用による取消(登録取消)を請求できます。日本では不使用取消は利害関係人(例えば同一商標を使いたい事業者など)しか請求できませんが、中国では利用関係のない第三者でも請求可能です。そのため、防御的に大量の商標を保持していても、使っていなければ第三者から取消攻撃されるリスクがあります。
手続の概要:不使用取消請求が提出されると、商標局は当該商標権者に通知を出し、通知受領日から2か月以内にその商標の「使用証拠」または不使用についての正当な理由を提出するよう求めます。権利者は、この期間内に例えば過去3年間の商品の販売実績資料、広告資料、取引証拠(請求書・出荷伝票など)、ライセンス供与先での使用状況などを証拠として提出します。もし期限内に使用証拠が提出されないか、提出されても商標局が「使用」または正当理由と認めない場合、当該商標は登録取消となります。商標局は請求日から原則9か月以内に取消の可否を決定するとされています。
取消決定後の流れ:取消決定に不服がある商標権者は、通知受領日から15日以内に商標評審委員会(現CNIPA内の救済部門)に対し再審査請求を行えます。さらに再審決にも不服なら、30日以内に北京中級人民法院(知財法院)に提訴し司法判断を求めることが可能です。このように段階的救済手段はありますが、基本的に3年以上使っていない商標を維持するのは難しいと考えるべきです。
「使用」の範囲:ここで言う「使用」とは、商標法上**「商品(又はサービス)の出所表示のため商標を使用する行為」と定義されています。ポイントは、単に登録商標と同じ文字列を使っていれば何でも良いわけではない点です。例えば、製品を中国から海外へ輸出するだけでは中国国内での商標使用とは見なされません**。このため、日本企業が中国工場で製造した商品に商標を付して日本などに輸出している場合、「中国市場で販売していない=中国では未使用」と判定される恐れがあります。同様に、展示会に出品した程度では不十分で、実際の販売・取引が重要です。また登録と異なる形態で使用している場合(例:登録は文字商標だが実際はロゴ化して使用)は、登録商標そのものの使用とは見なされない可能性があります。多少の字体差異は許されますが、別商標と評価されるほど変えて使っていると危険です。
不使用取消リスクへの対策:商標を取得したら、できるだけ早期に中国国内での使用実績を作り、使用証拠を蓄積しておくことが肝要です。例えば販売計画のない分類でも少量生産してECサイトで販売する、ライセンス先を見つけて使ってもらう等の工夫が考えられます。また、商標権侵害で損害賠償請求を行う際にも、過去3年以内に中国でその商標を使用していないと、被告に「不使用による抗弁」を許すことになります。実際、中国では権利者が使っていない商標で訴訟を起こしても、相手に「その商標は使われていないから無効だ」と反論され、権利行使が認められないケースがあります。従って、商標権を取得したら定期的に使用状況をチェックし、エビデンスを保存しておくことが大切です。逆に、他社の登録商標が死蔵されている場合は、この不使用取消を活用して整理させることが可能です。なお、取消請求によって商標が抹消された後、その商標を自社で使いたい場合は速やかに自社名義で出願することも忘れてはなりません。取消で消えた商標は再度だれでも出願できる状態になるため、第三者に横取り再出願されるリスクがあるからです。
6. 日本との制度比較
最後に、中国商標制度と日本商標制度の主な相違点を整理します。基本的な枠組み(先願主義、登録まで審査があること、保護期間10年等)は共通していますが、細部で運用や手続が異なります。日本の制度に慣れた知財担当者が注意すべきポイントを挙げます。
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審査と拒絶通知の扱い:日本では審査で拒絶理由が見つかった場合、まず「拒絶理由通知」が送られ意見書・補正の機会が与えられます。しかし中国では、拒絶理由があると即「拒絶査定(最終拒絶)」が通知される場合があります。2014年以降、簡易な補正要求制度は導入されましたが、依然として審査段階での応答機会は限定的です。審査官から見て明確な先行抵触や識別力欠如があれば直ちに拒絶となるケースが多く、日本の感覚で「まずは出してみて、不備なら応答しよう」という姿勢は通用しません。事前調査を入念に行い、確実に登録できる見込みを立てて出願することが重要です。拒絶査定後の不服審判請求期間も15日と非常に短いため、中国出願ではスピーディーな判断と現地代理人との連携が求められます。
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部分的登録と分割:日本では、出願した指定商品・役務の一部にでも拒絶理由があると、全体が拒絶査定となります(出願人自ら不要部分を削除補正しない限り、全部不登録)。一方、中国では拒絶理由のある部分のみを拒絶し、残りはそのまま登録手続に進めるという運用が可能です。つまり、仮に10商品のうち1商品が類似衝突していても、出願人が特に対応しなければその1商品だけが拒絶され、残り9商品について登録査定・公告へ進みます。これを部分拒絶・部分登録の制度と呼びます。2014年改正で、この部分拒絶通知を受け取った場合に限り出願の分割も認められるようになりました(拒絶部分を分割独立させて審査継続し、問題ない部分を先に登録させることができる)。日本では分割出願制度は出願中であれば自由に可能ですが、中国では部分拒絶時のみと限定的です。したがって、拒絶理由通知への対応方針も異なり、中国では問題ない部分だけでも早期に権利化する戦略が取りやすいとも言えます。
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異議申立のタイミング:上述のように、中国では登録前に3か月の異議申立期間があります。対して日本は登録後(発行公報から2か月以内)の異議申立制度です。中国では異議がなければそのまま登録になる反面、公告待ち期間が発生するため登録まで時間が延びる傾向があります。日本は審査に通れば速やかに登録料納付・設定登録となるので、出願から登録まで平均8~12か月ほどですが、中国では平均15か月以上を要します。ビジネス上、権利化まで時間がかかる点は織り込んでおく必要があります。一方、異議が起きた場合の対処も異なり、日本では審決・判決まで含め長期化する場合がありますが、中国では前述の通り一旦登録してから無効審判に移行するプロセスにより権利確定を急ぐ仕組みになっています。
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登録料と維持費:日本では査定後に登録料(10年分一括または5年分×2期)を納付して初めて権利発生します。これが滞ると権利は成立しません。中国では登録料納付の手続きが無く、審査に通れば自動的に登録・証書発行されます(出願時に既に官費は支払済み)。維持のための更新料も、中国は非常に安価(1区分あたり約¥7,000台)で、日本(¥43,600/区分)より大幅に低コストです。このため、中国では多区分・広範囲の出願も費用的ハードルが低く、逆に言えば不用意に広く出願して権利を塩漬けするケースも散見されます。しかし維持費が安い分、冒認出願や投機的商標の大量出願も起きやすく、審査官の負担増にも繋がっています。
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商標の種類(保護対象)の違い:中国では音商標は登録できますが、色彩のみ、動き(アニメーション)、ホログラム、香り等は認められていません。日本は2015年に非伝統的商標(色彩、動き、ホログラム、音、位置商標など)を解禁し、現在では匂い以外はほぼ登録可能です。したがって、日本で登録できても中国ではできないタイプの商標があります。例えば日本で色彩のみの商標権を持っていても、中国では同様には保護できません。こうした場合、ロゴやパッケージデザインとして図形商標で保護を図るなどの工夫が必要です。また日本の「標準文字」制度が中国にはなく、登録証には出願時の字体・図形がそのまま掲載されます。日本感覚で「文字商標=どんな書体でもカバー」と思うと落とし穴があります。
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先使用権・周知商標の保護:日本では、未登録でも著名な商標は不正競争防止法などで保護されたり、商標法上も外国で著名な商標の無断出願は拒絶理由になります(商標法4条1項19号:外国周知商標の保護規定)。中国でも**「未登録の著名商標」に一定の保護規定はありますが(中国商標法13条)、適用ハードルが高く、特に過去は有名でない外国商標が第三者に先取り登録される例が多発しました。2019年の改正で、中国も「使用の目的のない悪意の出願は拒絶しなければならない」(商標法第4条)との条文を追加し、周知・未周知を問わず悪質な出願を排除する姿勢を強めました。実際、改正施行前後で16,000件以上の悪意商標出願がこの規定により拒絶されています。一方、日本では周知・著名でない他人商標を先に出願されても原則防ぐ手段はなく、改めて自社が出願しても登録主義に阻まれます。この点では日本より中国の方が厳格に悪意出願を取り締まろうとしている**とも言えます。ただ、現実には悪意出願は依然多く、中国政府も対策強化中という状況です。
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不使用取消請求の主体:先述のように、中国では誰でも不使用取消を請求できます。日本は利害関係人のみ(商標法50条)であり、全く無関係の第三者が興味本位で請求することはできません。この違いから、中国では商標クリアランス目的で代理人が依頼して取消請求をかけるケースも頻繁にあります。また中国は取消審理が行政手続(商標局~評審委員会~法院)で行われ、日本は特許庁の審判~知財高裁という流れになります。
以上のように、審査・異議の運用、手続費用、登録可能範囲などで両国に違いがあります。総じて言えば、中国では「スピード感を持った対応」「広めの権利取得」「早期の防衛策」が重要となります。一方で「費用が安い」「部分登録可能」などメリットもあります。次章では、これらを踏まえた上で実務上特に留意すべき点を解説します。
7. 中国商標実務上の注意点
最後に、中国で商標権を取得・維持する際の実務ポイントを紹介します。日本企業が中国で商標展開する場合に直面しがちな課題と、その対策・留意事項です。
悪意の出願・先取りへの対策
中国では他人のブランドを先取り出願(横取り登録)するケースが後を絶ちません。有名な観光地名や商品名が第三者によって商標登録される事例もあり、例えば「天橋立」(京都の景勝地)や**「無印良品」(日本の有名ブランド)が中国で第三者に商標登録され問題となりました。また、中国では人気の出そうな海外ブランドをブローカーが大量出願して権利を押さえ、後で正規ブランド側に高額で売りつけるビジネスも横行してきました。こうした悪意の商標出願から自社ブランドを守るには、「攻め」と「守り」の両面**から戦略が必要です。
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早期出願(先手必勝):自社の商品・サービスを中国で展開する可能性があるなら、売り出す前から商標出願をしておくことが鉄則です。「ヒットしてから考える」のでは遅く、人気が出てから出願しようとしても既に他人に取られている例が多数あります。先述のように中国は先願主義ですので、とにかく早く出すことが最大の防御です。特に中国市場参入を公表したり国際展示会に出品する際は、その前に必ず商標を押さえておきましょう。出願が間に合わない場合でも、**パリ条約の優先権(6か月以内)**を活用するなど、手を打っておくことが重要です。
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現地代理人との連携・モニタリング:中国では外国企業・個人が直接商標出願することはできず、中国政府認可の商標代理機構(代理人)を通じて手続きする必要があります。信頼できる現地代理人を選定し、定期的に商標公報を監視してもらうことが有用です。他人による類似商標の出願を早期に発見できれば、公告段階で異議申立を行って阻止できます。また、すでに登録されてしまった場合も無効審判や不正競争防止法による訴えなど対応策の検討を迅速に行えます。現地代理人とのスムーズなコミュニケーション体制を整えておきましょう。
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悪意出願への法改正活用:2019年の商標法改正で、「使用の目的ではない悪意の商標出願」は拒絶されることが明文化されました。さらに、悪意出願へのペナルティや、代理機関がそうした出願を引き受けた場合の処罰規定も整備されています。これらを根拠に、明らかに投機的・嫌がらせ的な商標については審査段階で拒絶を主張したり、異議・無効で第4条違反を理由に取り消すことが可能になりました。例えば一人の出願人が何百件も出願しているケースなどは、この改正規定により排除されやすくなっています。実務上も、異議申立書や無効審判請求書で「相手は商標ブローカーであり、使用の意図なく出願している」と主張することで、当局の心証を得る戦術がとられています。ただし、悪意の立証には相手の出願状況や業務実態の証拠が求められるので、専門家の支援が不可欠です。
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契約による防衛:中国のビジネスパートナー(代理店・販売店・生産委託先など)に自社商標を勝手に出願・登録されるトラブルも起こりがちです(中国商標法第15条で代理人や取引関係者による不正出願は禁止されていますが、実際には紛争が多い条項です)。これを防ぐため、現地企業と契約を結ぶ際には商標等知的財産の権利帰属を明記し、相手方による商標出願を禁じる条項を入れておくべきです。万一契約先に先に出願されても、この条項を根拠に無効主張できる場合があります。また、合弁会社を設立する場合も商標の帰属や使用許諾範囲を明確に取り決め、共同出資会社名義で商標を取得するのか本社名義にするのか等、予め戦略を立てておく必要があります。
マドリッドプロトコル(国際商標出願)の活用
中国で商標を取得する方法としては、現地に直接出願する以外に、マドリッド協定議定書(Madrid Protocol)に基づく国際登録出願があります。日本も中国もこの制度加盟国であり、日本の商標を基礎にWIPO経由で中国を指定することが可能です。マドプロの活用に関するポイントを整理します。
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メリット:マドプロ出願では、一度の出願で複数国の保護を同時に求められます。個別に各国代理人に依頼するより手続が簡素で、費用もまとめて管理できます。特に10項目を超える指定がある場合、中国に直接出願すると追加費用が嵩みますが、国際出願なら10項目超でも追加官費なしで指定できます。また、中国国内出願では登録まで平均3年近くかかる場合もありますが、マドプロの場合18か月以内に拒絶通知がなければ自動的に保護が発生するため、結果的に早期に登録効果を得られる可能性があります(※ただし後述のとおり、18か月後でも異議申立の可能性は残ります)。
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デメリット・注意点:国際登録は日本で出願・登録している内容が基礎となるため、日本の指定商品がそのまま中国にも適用されます。前述の通り、日本と中国では商品の類似範囲や表記が異なるため、日本での指定だけでは中国で保護に漏れが生じる恐れがあります。例えば日本で「被服」としか指定していない場合、中国指定時に帽子類がカバーされない問題などが起こり得ます。国際出願では各国ごとに指定内容を変更できないため、中国に合わせた指定にするためには日本側の出願時から工夫が必要です。場合によっては、敢えて日本の基礎出願を広めにしておき、中国保護に対応させる戦略も考えられます。逆にそれが難しい場合は、中国だけ別途直接出願することも検討すべきです。国際登録出願だと書類不備の補正なども直接出願に比べ柔軟性が低く、中国審査官とのやり取りもWIPO経由でタイムラグがあります。
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拒絶・異議対応:マドプロ経由でも、中国商標局が拒絶理由を発見すれば拒絶通報がWIPO経由で送られてきます。その場合、現地代理人を手配して対応する必要があり、最終的な負担は直接出願時と変わりません。また18か月を経過して登録効果が発生した後でも、公告・異議申立は別途行われる可能性がある点にも注意が必要です。つまり「18か月ノーニュース=安心」ではなく、その後3か月の公告期間に利害関係人から異議が出れば、結局争いになります。さらに、国際登録は基礎となる日本商標が5年以内に消滅すると連動して効力を失うリスク(セントラルアタック)があります。中国以外もまとめて管理できる利点と、自国商標に何かあったときのリスクを勘案し、ケースバイケースで利用を検討してください。
中国語訳・現地語商標の検討
日本企業が中国でブランド展開する際に見落としがちなのが、中国語のブランド名称です。英字や日本語(かな・漢字)ブランドをそのまま使うケースもありますが、中国の消費者やメディアは往々にして現地で発音しやすい中国語名を当てて呼称します。もし企業側で適切な中国語ブランド名を用意していないと、第三者が勝手に名前を付けて広めたり、商標登録されてしまったりする可能性があります。以下にポイントを示します。
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中国語名の重要性:中国市場では、現地語の名前が商品のイメージや浸透に大きく影響します。例えば「可口可乐(コーク)」はコカ・コーラの中国語名で、「とても美味しく楽しい」という意味を持ちブランドイメージ向上に寄与しました。また**Starbucks(スターバックス)は「星巴克(シンバク)」という漢字商標を採用し、音と意味(星=スター)を巧妙に組み合わせています。これらは企業自ら現地名を考案し、英字商標と同時に中国語商標も登録した好例です。一方、外国企業が中国語名を気にせずビジネスを始めてしまうと、消費者やメディアが独自にニックネームをつけ、それを第三者が商標登録してしまう事例があります。「苹果」(アップル)や「耐克」(ナイキ)**などは企業側で早期に押さえましたが、遅れるとトラブルになります。
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漢字商標の先取り:日本企業の場合、ブランド名がアルファベットやカタカナであることが多いですが、それを漢字に翻訳・音訳した商標を他人に取られるケースが見られます。例えば、日本の衣料品ブランド「無印良品」は自社でも漢字ロゴを使いますが、中国国内では別企業が「無印良品」漢字商標を一部商品分類で先に登録してしまい、後に紛争となりました(寝具類などで無印良品が商標権侵害を訴えられ敗訴した事例)。このように漢字表記が同じでも権利者が異なるという混乱が起きかねません。対策として、自社ブランドの中国語名を早めに決め、主要なカテゴリーで漢字商標を登録しておくことが重要です。漢字名の決め方としては、①発音重視の音訳(例:「トヨタ」→「豊田/丰田」)、②意味重視の意訳(例:「可口可乐」= Coca-Cola)、③音と意味の組合せ(例:「耐克」= Nike、音は「ナイキ」に近く意味は「耐久力」的なポジティブさ)など戦略があります。現地のマーケティング担当者とも相談し、最適な名前を選びましょう。
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周辺商標の確保:模倣者は、ブランド名そのものだけでなくちょっと変えた漢字や読みが似た別の字で商標を取ってくる場合もあります。スターバックスやコカ・コーラは主要な類似名称もことごとく登録して防衛しています。リソースが許せば、自社ブランドの異字体・略称・俗称になり得るものも調査し、可能な限りブロックしておくと安心です。特に中国語は発音が同じでも字体が異なるケース(いわゆる同音異字)が多いため、主要な同音異字も検討対象です(例:可口可乐 vs. 口可口楽 等)。もっとも、無闇に広範囲を押さえると不使用取消のリスクも増しますので、5年以内に使用予定がある名称に絞るなどバランスが必要です。
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商標以外の対応:中国ではドメイン名(例えば.cnドメイン)やソーシャルメディアのアカウント名などもブランド保護上問題になります。商標と併せて、主要なドメイン・SNSアカウントも早めに確保するのが望ましいです。こうした総合的なブランド保護戦略を、中国展開の初期段階から検討しておくことが成功の鍵となります。
以上、中国の商標制度について網羅的に説明しました。中国は出願件数が膨大で競争も激しい市場ですが、制度のポイントを押さえ適切に対応すれば自社ブランドをしっかり守ることができます。早めの権利取得と継続的な管理を行い、ぜひ中国ビジネスに役立ててください。必要に応じて現地の専門家とも連携し、最新の法改正動向や判例にもアンテナを張っておきましょう。!