意匠の定義と保護対象...
韓国の商標制度概要
韓国の商標出願手続
韓国で商標登録を受ける手続は、出願から登録まで以下の流れで進みます(日本の特許庁における商標手続と概ね類似しています)。主要なステップは次のとおりです。
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商標出願の提出 – 出願書を韓国特許庁(KIPO)に提出します(電子出願が一般的)。外国企業が直接出願する場合、韓国の弁理士等の現地代理人による手続が必要です(詳細後述)。出願言語は原則として韓国語で行います。出願時には出願人の氏名・住所等を記載し、商標の見本および指定商品・役務を明示します。韓国では1出願で複数区分を指定できる多区分制を採用しており、指定商品・役務はニース分類に基づきます。出願時点で使用していない商品を含んでも構いませんが、指定範囲が過度に広い場合には使用意思の有無について確認を求められることがあります(使用の有無自体は登録要件ではありません)。
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方式審査(形式審査) – 提出書類の形式不備や手数料納付の確認などを行います。願書の記載事項に欠落がないか、指定商品表示が適切かなどがチェックされ、不備があれば補正命令が出されます。例えば指定商品が基準に合致しない場合、補正(商品名の言い換え等)を求められることがあります。方式審査にパスすると、次の実体審査へ進みます。
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実体審査 – 商標の登録要件を満たすか審査官が判断します。絶対的要件(識別力の有無や公序良俗違反など)および相対的要件(先願商標との抵触の有無)が審査されます。具体的には後述するように、商標が識別力を欠く記述的な表示・普通名称ではないか、公序良俗に反しないか、他人の先行商標と同一・類似でないか等がチェックされます。韓国は日本と同様先願主義(先に出願した者を権利者とする原則)を採用しており、出願前に存在する他人の商標権との抵触も審査されます。
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審査期間: 標準的な審査期間は約1年前後です。近年の統計では一次審査結果まで平均13~14か月程度を要しています。なお、早期審査制度も2009年から導入されており、一定の要件(出願商標を既に使用中、他国で優先権主張基礎となっている、先行商標権者から警告を受けている等)を満たせば、先行調査報告書の提出等により審査を早めることが可能です。早期審査が認められると、審査着手までの期間が通常約7か月→約2か月程度に短縮されます。
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出願公告(公開公告) – 実体審査の結果、登録適格と判断されると出願公告がなされます。これは日本でいう「公報掲載・異議の機会」に相当します(※日本では登録査定後、登録料納付を経て登録された商標が公開され、そこで異議申立てが可能なのに対し、韓国では登録前に公告して異議申立てを受け付ける点が異なります)。公告は官報に商標および指定商品等の内容が掲載される形で行われ、公告日から2か月間は何人でも異議申立てをすることが可能です。異議申立制度により、第三者は公告商標が登録要件に違反すると考える場合に登録前に異議を申し立てることができます。異議が申し立てられた場合、特許庁がその理由を審理し、妥当と認めれば出願を拒絶します。
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異議申立期間の短縮: なお、2023年改正により異議期間の見直しも予定されています。2025年7月以降、異議申立て可能期間が公告後30日間に短縮される見込みです。日本では異議期間は登録公報発行後2か月間(登録後の異議)ですが、韓国では今後さらに迅速化が図られる点に留意が必要です。
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登録査定と登録料納付 – 異議申立てがなく(または棄却され)公告期間を経過すると、審査官は登録査定(登録を認める決定)を行います。登録査定後、出願人は所定の登録料を納付することで商標権が発生します(日本と同様、登録料の納付をもって設定登録が完了する仕組みです)。韓国では登録料は一括前納が基本で、納付期限内に支払わないと権利は成立しません。不備なく登録料が納付されると、商標登録簿に登録事項が記録され、登録証が発行されます。この時点で商標権が成立し、以降10年間の権利存続期間が認められます。
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登録公告 – 登録成立後、その商標登録の情報が官報に掲載され公告されます(登録公告)。この段階で一般に商標の登録内容が公開されます。
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拒絶査定・不服申立て – 一方、実体審査の結果、拒絶理由がある場合は審査官から拒絶理由通知が発せられ、出願人は一定期間内に意見書や補正書を提出して応答できます。それでも拒絶理由が解消されないと拒絶査定となります。拒絶査定に不服な場合、出願人は通知送達日から3か月以内に特許審判院(韓国特許庁の審判部門)へ拒絶査定不服審判を請求できます。審判で審決が覆れば出願は登録へ進み、棄却された場合はさらに知的財産高等法院(特許法院)へ審決取消訴訟を提起することが可能です。この一連の不服申立て手続は日本の審判制度・知財高裁への訴訟とほぼ同様です。
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部分拒絶制度と再審査請求: 2023年の法改正で導入された新制度として、部分拒絶制度および再審査請求制度があります。部分拒絶制度とは、出願商標の指定商品中一部にのみ拒絶理由がある場合、当該部分のみを拒絶とし、他の指定商品については出願人が特に補正しなくても登録を受けられるようにする仕組みです。これにより、拒絶理由のある商品を削除補正しなくても、拒絶理由のない商品について後日登録が認められるケースが可能になりました(※もっとも、拒絶査定確定までは処分保留となるため、早期に一部商品を登録したい場合は分割出願や拒絶対象商品の補正・削除を検討すべきとされています)。また再審査請求制度とは、拒絶査定後に新たな補正等で拒絶理由を容易に解消できる場合に、審判に行かず審査官に再審査を求める手続きを指します。これらは2023年2月に施行され、出願人の負担軽減や審査迅速化を目的とした制度です。
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以上が韓国で商標登録を取得するまでの大まかな手順です。商標権の存続期間は登録日から10年間で、満了前に更新手続きを行うことで10年ごとの更新が可能です(更新手続きについては後述)。
商標の定義と保護対象・識別力の要件
商標の定義と保護対象
韓国商標法では、「商標」を**「自己の商品と他人の商品を識別するために使用する標章」と包括的に定義しています。ここでいう「標章」とは、商品の出所表示に用いられるあらゆる視覚的・非視覚的表示**を指し、その構成や表現方法を問わず広く含まれます。例えば、記号・文字・図形・立体的形状・色彩(単色およびその組合せ)・ホログラム・**動き(モーション)といった視覚的に認識できる標識だけでなく、音や匂い(におい)**等の非視覚的要素であっても、それを五感で認識できる形で表現したもの(例えば音符や化学式等で視覚化)であれば商標として保護対象となり得ます。要するに、「商品・サービスの出所を示す表示」であれば、従来型・非伝統的標識を問わず幅広く商標として認められるのが韓国法の特徴です。
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サービスマーク: 韓国でも役務(サービス)について商標登録が可能であり、日本と同様、商品商標とサービス商標の区別なく商標法で保護されます。ニース分類の第35類以降のサービス区分に該当する役務も指定できます。
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商標の種類(非伝統的商標): 上記定義のとおり、韓国は早くから非伝統的商標の保護に取り組んでいます。立体商標は1998年、色彩のみからなる商標・ホログラム商標・動き商標・位置商標などは2007年改正で保護対象に加えられました。さらに音商標・**嗅覚商標(匂い)も2012年頃までに出願受入れが開始され、現在ではほぼ全てのタイプの商標が登録可能です。もっとも、非視覚的商標(音・匂い等)は原則としてそのままでは識別力がないものと扱われ、登録を受けるには使用による識別力の取得(Secondary Meaning)**を証明する必要があるとされます。例えば韓国では音商標について、使用実績により需要者が特定人の商品・サービスを想起できるようになった場合に限り登録が認められる運用です(初期の審査実務では音商標23件が公告された例があります)。
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保護対象となる標章の種別: 韓国商標法上は、通常の商標(商品・役務商標)の他、団体商標・業務標章・証明標章・地理的表示なども保護されています。団体商標は組合や法人がその構成員の業務に関する商品・役務に使用する標章で、日本の団体商標に相当します。業務標章とは営利を目的としない団体(例:赤十字社、YMCA等)が自己の業務を表示するために使用する標章で、韓国固有の制度です。証明標章(いわゆる認証マーク)は、商品・サービスの品質や原産地等を証明するために使用される標章で、2016年改正で導入されました。一方、日本に特徴的な地域団体商標(地名+商品名のブランド保護制度)や、防護標章(著名商標の希釈化防止制度)は、韓国には明示的な規定がありません。その代わり韓国では地理的表示や証明標章で地名ブランドを保護したり、著名商標については不正競争防止法等で保護する仕組みが取られています。
識別力要件と拒絶理由(登録要件)
韓国で商標登録を受けるためには、基本的に自他商品・役務の識別力を有することが必要です。識別力(顕著性)がない標章は絶対的拒絶理由に該当し登録できません。例えば以下のような標章は韓国商標法第33条で登録不可と定められています。
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普通名称・慣用標章: 商品やサービスの一般的名称そのものや、慣習的に使用されている表示(例:「Apple」をリンゴの商標として出願する場合など)。
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記述的標章: 商品・サービスの品質、効能、用途、産地などを直接表示するにすぎない標章(例:「甘い」「東京産」など商品特徴を表す語)。
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極めて簡単・ありふれた標章: ごく単純な図形や、一文字だけのアルファベットなど、誰でも使うようなありふれた標識。
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需要者に認識されないもの: 商品の形状そのものや、その他識別機能を果たさない形態のみからなる標章。
以上は日本の商標法第3条に規定する不登録事由とほぼ同様です。例えば韓国でも、「チョコレート」をお菓子に使う、「快速」を輸送サービスに使う等、商品・役務の性質表示のみからなる商標は識別力なしとして拒絶されます。一方、これらの識別力欠如商標でも、使用による識別力取得(周知・著名性の獲得)を証明できれば登録が認められる可能性があります。韓国商標審査基準では、一定期間の独占的な使用実績により需要者がその標章を特定の出所のものと認識するに至った場合、二次的識別力を認定し登録を許容すると定めています。なお2024年改正で、従来は法文上列挙された類型(性質表示、ありふれた氏名など)に限られていた使用による識別力の救済対象が、「その他一切の識別力のない商標」まで明確に含まれることとなり、あらゆる非識別的商標について使用証明による登録が可能である旨が明示されました。これは実務上従前から主張可能ではありましたが、法律上より明確化されたものです。
相対的拒絶理由についても、日本と同様に厳格です。他人の先行する商標(出願・登録)と同一もしくは類似の商標であって、指定商品・役務も同一類似の範囲に属する場合、後願商標は登録を受けることができません。韓国は先願主義ですので、先に出願された商標権者との抵触関係(商標の類否・商品類似関係)を審査官が審理し、抵触があれば拒絶理由となります。これは日本の商標法第4条第1項第11号に相当する規定です。
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先行商標との類否判断: 基本的な類否判断基準(外観・称呼・観念の比較、商品・役務の類似群コードによる類否判断など)は日本と共通する部分が多いとされています。ただし運用上一点注意が必要なのは、商標の分離観察です。韓国審査では、例えば識別力の弱い語と強い図形から成る複合商標の場合、日本以上に要部を抽出して判断する傾向があるとの指摘があります。そのため、日本で問題ないと判断した構成でも韓国では一部構成が類似とみなされ拒絶されるケースがあるため、出願前に現地代理人と十分協議し類否リスクを検討すると良いでしょう。
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先使用の未登録周知商標への配慮: 韓国は基本的に登録主義(先に登録を得た者を保護)ですが、例外的に周知・著名商標の無断出願は不正目的の出願とみなされ拒絶されます。韓国商標法第34条には、公序良俗に反する商標の一類型として「他人の業務上の信用を不当に害するおそれがある商標」を不登録事由とする規定があり、国内外で一定の周知性を獲得した未登録商標の冒認出願はこの規定により排除されています。したがって、正当な権利者に成りすますような模倣的出願は審査段階で拒絶される可能性が高い点は日本と同様です(むしろ日本以上に未登録周知表示への配慮規定が明文化されています)。
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拒絶理由の解消方法: 先行商標との抵触による拒絶理由について、韓国では分割出願や指定商品の削除補正により一部解消する戦略が取られます。前述の部分拒絶制度の導入により、拒絶理由のない商品だけでも登録可能となったため、敢えて拒絶理由部分を削除して早期登録を図る選択肢もあります。一方で、日本では認められていない同意書(商標権者の同意)による拒絶解消が、韓国では近年認められるようになりました。2024年5月施行の改正法で、先に出願・登録している商標権者から書面による同意(商標の共存許諾)を得た場合には、例外的に後願商標の登録を許容する規定が新設されています。ただし完全に同一の商標・指定商品関係の場合は適用除外であり、また需要者の混同防止の観点から、共存同意に基づき登録された商標について不正使用による登録後の取消事由も新設されました。具体的には、共存する商標権者同士の一方が、相手方の商標と同一・類似の標章を不正競争の目的で使用し需要者の混同を生じさせた場合には、その商標登録を取り消すことができる規定です(除斥期間:事実消滅から3年)。このように韓国では実務上、権利者同士の合意による柔軟な解決を一定容認しつつ、不正な権利行使は抑止する制度設計がされています。
以上が主な拒絶理由・登録要件です。なお、その他公序良俗に反する商標(例えば国旗・勲章と紛らわしい標章、差別的・卑猥な表示など)や、他人の肖像・著名な名称を含む商標も日本と同様に不登録事由となります。総じて、登録可能性の判断基準は日本の制度とほぼ共通しており、実務上も日本での出願経験があれば理解しやすいでしょう。
使用義務と不使用取消制度
韓国も商標登録後の使用義務を定めており、正当な理由なく一定期間商標を使用していない場合には、第三者から登録取消を請求される可能性があります。具体的には、登録から3年経過後に、その商標が継続して3年以上韓国国内で使用されていないときは、何人も不使用取消審判を請求できます。この不使用取消制度の概略は日本と同じです(日本も登録後3年不使用で取消審判請求可)。以下、韓国特有の点を補足します。
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不使用期間と取消請求の要件: 「継続して3年以上未使用」とは、取消請求日までの直近3年間に一度も正当な使用がなされなかった場合を指します。過去に使用実績があっても、その後3年以上使用していなければ取消対象となり得ます。取消審判請求には利害関係の有無を問わず誰でも請求可能であり(2016年改正で請求人適格が「利害関係人」から「何人も」に拡大されました)、商標権者に立証責任があります。審判手続では、権利者側が指定商品ごとに使用の事実(または正当な不使用理由)があることを証明しなければなりません。立証できない場合、その指定商品について商標権は取消しとなります。
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取消しの効果と再出願制限: 不使用取消審決が確定すると、その商標権は出願日に遡って消滅します。また韓国法では、取消された商標と同一・類似の商標について、当の権利者(元の商標権者)は取消確定日から3年間は再登録を受けられないという再出願禁止規定があります(商標法第7条第5項第3号)。つまり、一度不使用で取り消された商標を権利者がすぐに再出願して権利を復活させることは防止されています。この点は日本にはない韓国独自の規定です。一方で、第三者による再出願については2014年改正で制限が緩和され、以前存在した「権利消滅後1年間は他人も登録不可」という規定は削除されました。そのため、取消や権利放棄で商標権が消滅した場合でも、日本企業は1年待つことなく速やかに同一商標を自社名義で出願し直すことが可能です。
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使用の範囲: 登録商標と社会通念上同一と認められる範囲での使用(例えば字体の些細な変更、ロゴ配置のわずかな変更など)は使用とみなされます。また、指定商品と類似の商品に使用していた場合でも、指定商品自体への使用実績が無いと取消しは免れない点も日本と同様です。近年は韓国でも不使用取消審判の請求件数が増加傾向にあり、商標権の棚ざらしにはリスクが伴います。権利維持には自社の商標の継続使用や商標管理(ライセンス提供による使用含む)に留意が必要です。
商標権の存続期間と更新手続き
韓国の商標権の存続期間は、設定登録日(登録料納付日)から10年間です。この10年の有効期間満了ごとに、手続きを行えば何度でも更新登録することができます。商標の半永久的な保護が可能な点は日本と同じです。
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更新出願の時期: 更新登録を申請できる期間は、存続期間満了日の1年前から満了日までです。例えば登録日が2030年7月1日なら、2039年7月1日から2040年6月30日までが更新出願期間となります。仮にこの期間内に更新手続をしそびれた場合でも、満了後6か月以内であれば猶予期間内出願が可能です(ただしその場合は追加料金が発生します)。この猶予期間や追加料金の制度も日本と同様です。
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更新手続の要件: 更新申請に際し、韓国では使用証拠の提出義務はありません。つまり、更新時に実際に商標を使っているか否かは問われず、所定の書類提出と料金納付のみで更新できます(日本も同様に使用実績の有無に関わらず更新可)。したがって、例えば10年間全く使用していない商標であっても、取消審判を請求されていない限りは更新可能です。ただし上述のとおり、長期未使用商標は第三者から取消し攻撃を受け得るので注意が必要です。
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手続上の注意: 更新申請では、出願人(権利者)の名義や住所が登録簿記載と一致していない場合、先に名義変更の手続を行う必要があります。例えば権利者の住所表示が変わっている場合、「登録名義人表示変更」の届出をしてから更新願を提出します。この点も日本の商標更新手続と類似しています。更新料については韓国では区分数に応じた設定で、日本と同程度の水準です。
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登録料の返還規定: 2024年改正では、更新申請後に権利を放棄した場合の登録料返還が認められるよう制度が改善されました。具体的には、更新登録が効力発生する前(旧存続期間満了前)に商標権を放棄または消滅させた場合、納付済みの更新登録料が返還される規定が追加されています。従来は一旦納付した更新料は戻らなかったため、例えば更新料を払った直後にブランド変更で権利放棄…という場合にコスト回収できなかった問題が解消されています。
商標権侵害と救済措置
韓国において商標権を侵害された場合、権利者は日本と同様に民事・刑事上の救済手段をとることができます。以下、主な救済措置を実務的観点から解説します。
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差止請求(民事差止): 商標権者および専用使用権者は、侵害者に対して差止め(使用中止)を求めることができます。これは地方裁判所における民事訴訟として提起され、侵害行為の禁止や予防を図るものです。必要に応じて仮処分により迅速な差止めを求めることも可能です。裁判所が商標権侵害を認めれば、被告に対し違法使用の禁止や商標が付された商品の廃棄などを命じる判決が下されます。判決確定後に従わない場合は強制執行の対象となります。
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損害賠償請求: 商標権侵害により損害が発生した場合、権利者は侵害者に対し損害賠償を請求できます。損害額の立証方法や算定基準は日本と概ね同様で、韓国特許法に準じた推定規定があります(侵害者の得た利益額、ライセンス料相当額の推定等)。近年の改正で、韓国では懲罰的損害賠償制度が導入されました。2025年7月より、故意による商標権侵害について裁判所は認定損害額の最大5倍までの賠償を命じることが可能となります。これは特許・不正競争防止法に既に導入済みの規定に倣うもので、主要国でも中国と韓国のみが上限5倍の懲罰賠償を認める厳しい制度です。悪質な模倣品業者に対して強い抑止効果を期待できる反面、通常の侵害案件では2倍程度までの賠償に留まるとの見方もあります。
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信用回復措置: 民事訴訟では差止め・賠償の他、必要に応じて信用回復措置(謝罪広告等)を求めることも可能です。例えば、偽ブランド品の流通で権利者のブランドイメージが毀損された場合、新聞への謝罪広告掲載等により信用回復を図る命令を出すことが裁判所に認められています。
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税関差止め(行政救済): 模倣品の輸出入を水際で阻止するため、税関における輸出入差止申立ても有効な手段です。韓国関税庁に商標権をあらかじめ登録しておき、疑わしい輸入貨物に対する差止めを申請することで、偽ブランド品の国内流通を未然に防ぐことができます。日本企業も、自社商標を韓国税関に登録し、現地代理人を通じて水際取締の協力を得るケースが増えています。行政当局による市場監視や是正指導(例えば模倣品業者への是正勧告)も行われており、必要に応じ韓国特許庁の模倣取締りホットライン等を活用することができます。
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刑事罰: 商標権侵害は韓国では刑事犯罪でもあります。故意に他人の登録商標権を侵害した者は、最大で7年以下の懲役または1億ウォン以下の罰金が科せられ得ます(韓国商標法第93条)。捜査当局は権利者の告訴に基づき捜査・起訴を行います(親告罪)。悪質な偽ブランド品販売業者などは摘発され有罪判決となる例も少なくありません。日本と比べても罰則水準は同程度ですが、近年は先述の懲罰的賠償制度の導入もあり、民事・刑事の両面から侵害抑止が図られています。
以上のように、韓国でも商標権侵害に対して民事上の差止め・賠償、税関措置、刑事罰といった多層的な救済が可能です。日本企業が韓国で商標権を取得した後、万一侵害に遭遇した場合は、まず現地代理人や法務専門家に相談し、上記の手段を組み合わせて適切に権利行使することが実務上重要です。
国際出願(マドリッド協定議定書)との関係
韓国はマドリッド協定議定書(Madrid Protocol)の加盟国(2003年加入)であり、国際商標出願制度を利用できます。日本企業にとって、韓国で商標権を得る方法としては、これまで説明した韓国への直接出願に加えて、マドプロ出願による韓国指定があります。
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マドプロ経由の韓国指定: 日本の商標出願または登録を基礎として国際出願し、韓国を指定国に含めることで、韓国国内での保護を得るルートです。国際出願は日本特許庁経由で英語等で行い、国際登録後、WIPO経由で韓国特許庁に送達されます。韓国特許庁では、国際登録の通報を受けてから原則12か月以内に拒絶の通知を行うことになっています(遅くとも18か月以内に最終決定)。審査基準や手続の流れ自体は国内出願と同様で、方式・実体審査が行われ、拒絶理由がなければ出願公告→登録となります。国際出願の場合も、韓国で拒絶理由通知を受けたら直接現地代理人を通じて意見書・補正書を提出し応答します(言語は韓国語)。最終的に保護が認められれば国際登録と結合して効力を発生し、以後の管理(更新手続等)はWIPO経由で行う形になります。
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言語・翻訳: マドプロ指定の場合、願書は英語等で提出できるため、出願段階で韓国語翻訳は不要です。ただし審査段階で提出する補正書や意見書は韓国語で準備する必要があります。また指定商品について、韓国審査官に理解できる適切な用語であることが求められます。国際出願時に指定商品を記載する際は、できるだけニース国際分類の標準的表現を用いるか、WIPOのGoods & Services Managerで推奨表示を確認することが望ましいでしょう。
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直接出願との比較: マドプロ経由は、複数国をまとめて管理できるメリットがありますが、韓国単独で見た場合、手続き上の優位性は大きくありません。審査官や異議申立人から見れば国内出願と全く同じ扱いであり、拒絶理由や異議への対応も結局は現地代理人を通じて行う必要があります。費用面では、指定国が韓国のみの場合は逆に割高になるケースもあります。ただし指定商品が多区分にまたがる場合や、他のアジア諸国も同時に出願したい場合にはコストメリットが出ることがあります。
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国際出願に関する最近の改正: 2024年施行の改正商標法では、国際登録出願の分割および部分的代替(サブスティテューション)に関する規制緩和が行われます。従来、マドプロ指定による韓国での国際商標出願については分割出願が許されない扱いでしたが、改正により国内出願と同様に分割が可能となります。例えば国際出願で韓国を指定し一括審査を受けていた場合でも、一部商品について拒絶理由があればその部分のみを切り離して分割し、残りを先に登録させることができるようになります。また逆に、韓国を基礎登録とした国際出願についても、基礎となる韓国出願・登録を分割することが可能になります。さらに部分代替制度の導入も重要です。従来、国際登録による国内権利の代替(既存の国内登録と国際登録指定による権利の統合)は「指定商品が全て包含する場合」にしか認められませんでした。改正後は一部の商品が重複する場合でも、その重複部分について代替が認められるようになります。これらの改正は、国際出願を活用する出願人にとって利便性を高めるもので、日本企業も戦略に応じて国内出願と国際出願を使い分けるとよいでしょう。
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パリ優先権: なお、日本から韓国へ直接出願する場合で、パリ条約に基づく優先権主張を行うケースもあります(日本出願日から6か月以内に韓国出願)。韓国はパリ条約加盟国であり優先権制度を認めています。優先権証明書類は出願から3か月以内に提出する必要があります。韓国審査では、優先権主張がある場合に基礎出願が登録に至ったかを照会されることがあります。もし基礎出願が拒絶などで未登録の場合、優先権不成立とみなされ審査されることがある点に注意が必要です。
外国出願人特有の要件(現地代理人・書類など)
韓国に外国企業・外国人が商標出願する場合、日本企業として知っておくべき特有の要件・手続があります。
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現地代理人(弁理士)の選任: 韓国に居所・営業所を持たない外国人・外国法人は、韓国の代理人(弁理士資格者)による手続代理が必要です。これは日本でも外国企業が出願する際に国内代理人を通じる必要があるのと同様です。日本企業は通常、日本の特許事務所に依頼すれば、その提携先の韓国現地代理人(弁理士)が手続きを代行します。直接韓国の代理人に依頼することも可能ですが、言語や手続の煩雑さから日本側窓口を通すケースが多いです。
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委任状(Power of Attorney)の提出: 外国出願人による出願では、委任状の提出が求められます。出願そのものは委任状無しでも受理されますが、出願日から委任状提出期限(出願日から約2か月程度)までに署名済みの委任状を現地代理人経由で提出する必要があります。韓国では包括委任状制度があり、一通の包括委任状で複数の案件を網羅することも可能です。通常は日本企業の社判・社印の入った英文もしくは和文の委任状をPDF提出するだけで足ります(公証や領事認証は不要)。日本では審査段階では委任状提出義務がない点と異なり、韓国では正式な代理権証明が要求される点に注意してください。
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出願人名義・住所表示: 願書には出願人の氏名名称および住所を韓国語で記載します。ただし外国法人の場合、英語表記もしくは現地文字転写が求められます。例えば日本企業名はカタカナではなく英字での表記を併記し、住所も英語で記載します(これらはKIPOのデータベース上での管理に使われます)。また、日本語の商標を出願する場合、読みのローマ字綴りや意味の英訳等の提出が求められることがあります。例えば日本語の造語商標ならその英語訳なし旨の宣誓書を添付する等、審査官が把握できるよう配慮します。このあたりの書類準備も代理人が案内してくれるため、実務上はそれに従えば問題ありません。
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その他提出書類: 商標出願自体には基本的に願書と商標見本で足りますが、優先権証明書や各種証明書(団体商標の場合の定款、証明標章の場合の使用許諾規則など)が必要なケースがあります。外国語書類を提出する際には韓国語訳の添付が求められることもあります。例えば米国の商標登録証明を証拠提出する場合、翻訳を付ける必要があります。
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1商標1出願主義: 韓国でも1つの出願には1商標のみを記載するのが原則です。例えば異なるデザインのロゴ2種類を一括して1件で出願することはできません。これは日本と同じ原則ですが、韓国では法第10条で明文化されています。複数の商標を保護したい場合、それぞれ別個に出願を行う必要があります。ただし同一または類似の商標について商品範囲を後から追加する指定商品追加登録制度がある点は前述のとおり特殊です(日本にはない制度ですので韓国独自事項として押さえてください)。
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費用・印紙税: 出願時には所定の手数料(電子出願割引あり)を納付します。区分数に応じて加算される体系で、日本の出願料と同程度かやや安価です。審判請求料や更新料も区分毎の設定です。韓国では費用納付に印紙を用いる文化があり、オンライン手続でも電子印紙購入で納付します。日本企業が代理人経由で依頼する場合、代理人から見積りに各費用が明示されますので、予め区分数や商品数を伝えておくと良いでしょう。
以上が外国出願人(日本企業)が韓国で商標出願・権利維持する際に留意すべきポイントです。総じて、現地弁理士に委任して手続きを進めることが前提となりますので、日本の窓口代理人と密に連携し、期限管理・書類不備の防止に努めることが実務上重要です。
日本と韓国の商標制度の比較一覧
最後に、韓国と日本の商標制度の主な相違点・共通点を表形式でまとめます(読者の実務での参考用)。日韓それぞれの制度特徴を比較することで、両国で商標出願・管理する際の注意点が明確になるでしょう。
項目・制度 | 韓国の商標制度 | 日本の商標制度 |
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主な関連条約加盟 | パリ条約、マドリッド協定議定書、ニース協定(国際優先権・国際登録◎) | パリ条約、マドリッド協定議定書、ニース協定(同左) |
権利付与の原則 | 先願主義(出願日基準で最先の者に権利付与) | 先願主義(同左) |
出願から登録まで | 出願→方式審査→実体審査→公告(異議期間2ヶ月)→登録査定→登録 | 出願→方式審査→実体審査→登録査定→登録(登録後異議期間2ヶ月) |
出願公開のタイミング | 登録前に公告(異議申立て受付) | 登録後に公開(異議申立て受付) |
異議申立制度 | 公告日から2ヶ月以内(登録前に誰でも提起可)※2025年7月以降は30日間に短縮 | 登録公告(公報発行日)から2ヶ月以内(登録後に誰でも提起可) |
拒絶理由 – 絶対的 | 識別力のない標章は登録不可(普通名称・記述的標章等)公益秩序に反する標章、他人の著名標識の無断出願等も拒絶 | 同様(日本も商標法第3条・第4条に類似規定) |
拒絶理由 – 相対的 | 他人の先行商標と同一・類似(同一類似商品/役務)なら登録不可 | 同様(商標法4条1項11号) |
同意書による登録 | 可(2024年改正で先行権者の同意書提出により例外的に登録可) | 不可(同意書では原則登録不可:権利譲渡等で対応) |
部分的登録許容 | 可(2023年施行の部分拒絶制度:一部商品に拒絶理由があっても他の商品は登録可能) | 不可(拒絶理由がある場合、原則全指定商品が拒絶) |
再審査請求制度 | あり(拒絶決定後、審査官による再審査を請求可) | なし(拒絶不服は審判請求のみ) |
分割出願制度 | あり(出願中および異議係属中に指定商品単位で分割可) | あり(同様) |
指定商品追加登録 | あり(登録後または出願後に商品・役務を追加出願し、原権利に結合可) | なし(新たな商品は別途新規出願が必要) |
商標の種別(非伝統的含む) | 広い:文字・図形・記号・立体・色彩(単色含む)・音・動き・ホログラム・匂い等ほぼ全て | 広いが匂いは不可:文字・図形・記号・立体・色彩・音・動き・ホログラム等(匂い商標は未導入) |
保護対象カテゴリ | 商品商標・役務商標・団体商標・業務標章・証明標章・地理的表示 | 商品商標・役務商標・団体商標・地域団体商標・防護標章(証明標章制度は未導入) |
多区分出願 | 可(1出願で複数区分指定可) | 可(同左) |
1商標1出願主義 | あり(1件の出願に複数商標は不可) | あり(同左) |
現地代理人の要否 | 必要(在外者は韓国弁理士を通じ手続) | 必要(在外者は日本代理人を通じ手続) |
委任状提出 | 必要(出願後提出可、包括委任状制度あり) | 通常不要(審判以上では必要) |
審査期間目安 | 約12~14か月(通常審査)※早期審査で約2か月 | 約6~12か月(案件により変動、早期審査制度はなし) |
存続期間 | 登録日より10年(以後10年ごとに更新可) | 登録日より10年(同左) |
更新時の使用証明 | 不要(使用実績なくとも更新可) | 不要(同左) |
不使用取消制度 | あり(登録後3年不使用で取消審判、誰でも請求可) | あり(同左) |
取消審判請求適格 | 何人も請求可(2016年改正) | 何人も請求可 |
取消確定後の制限 | 権利者による同一類似商標の再出願禁止(取消確定から3年間) | 特になし(いつでも再出願可) |
侵害に対する民事救済 | 差止請求、損害賠償請求、信用回復措置等 | 差止請求、損害賠償請求、信用回復措置等(同様) |
懲罰的賠償 | あり(故意侵害に最大5倍賠償、2025年施行) | なし(法定賠償や惹起利益の賠償はあり) |
刑事罰 | あり(7年以下の懲役または1億ウォン以下の罰金) | あり(5年以下の懲役または500万円以下の罰金) |
(注)上記は2025年7月時点での情報に基づきます。法改正や運用変更により要件が変わる可能性があるため、最新情報は韓国特許庁公表資料や現地代理人の確認を推奨します。
おわりに
韓国の商標制度は基本的な枠組みこそ日本と共通する部分が多いものの、部分拒絶の容認や同意書制度の導入、指定商品追加登録制度など独自の制度も存在します。また近年の法改正で国際出願への対応強化や権利行使面での懲罰的賠償導入など、保護強化の動きも見られます。日本企業にとって韓国は重要な市場であり、模倣被害も起こり得るため、制度の違いを正確に理解した上で早めの商標戦略を講じることが肝要です。本稿が実務の一助となれば幸いです。
参考文献・出典:
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弁理士法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK 「大韓民国(韓国)の商標制度」 (2024年6月6日公開)
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プライムワークス国際特許商標事務所 「韓国で商標登録するとは?韓国で商標登録するポイントを解説」 (2023年7月13日更新)
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金・張法律事務所 (Kim & Chang) 「商標共存同意制度導入など改正商標法、2024年5月1日から施行」 (知的財産ニュースレター 2023年11月14日)
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日本貿易振興機構(JETRO)ソウル事務所 「商標の部分拒絶および再審査請求制度の施行」 (知的財産ニュース 2023年2月2日)
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newpon特許商標事務所 「韓国における商標保護」 (2014年改正商標法の解説)
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弁理士法人 三枝国際特許事務所 「韓国の商標制度」(世界の商標制度ナビ)
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JETRO・INPIT 新興国等知財情報データバンク 「韓国における商標出願制度概要」
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その他:韓国商標法、日本商標法 各条文、韓国特許庁プレスリリース、特許庁『模倣対策マニュアル 韓国編』など.