1. 登録要件(新規性・非自明性・意匠性など) 米国の登録要件:...
イギリスの意匠制度概要
1. 登録要件(新規性・独自性など)
英国では意匠登録の要件として新規性(novelty)および独自性(individual character)が求められます。新規性とは、出願前に公衆に利用可能となった同一または実質的に同一の意匠が存在しないことを意味し、僅かな細部の差異を超える違いが必要です。独自性とは、当該意匠が先行意匠とは異なる全体的印象を知識あるユーザー(熟練した需要者)に与えることを指します。これらの判断は、世界中で公開された意匠を基準に行われます。なお英国ではグレースピリオド(新規性喪失の例外)として、意匠の創作者(または承継人)による公開から12か月以内の出願であれば、その自己公開による新規性・独自性の喪失は認められません。ただし第三者による独立の公開は除外されるため、可能な限り公開前に出願することが推奨されています。
一方、日本の意匠法でも新規性および創作非容易性(創作に高度の容易さがないこと)が主要な登録要件です。新規性とは出願前に国内外で公然と知られていない新しい意匠であること(意匠法3条1項)を意味します。創作非容易性とは、公知の意匠から当業者が容易に考案できない程度に創作性が高いこと(意匠法3条2項)を指します。これら要件に加え、日本では意匠が「物品(または建築物、画像)」に係るもので工業上利用可能であること、他人による先願がないこと、意匠法上の不登録事由に該当しないことも必要です。日本にも創作者等による公開に対する新規性喪失の例外規定(グレースピリオド)があり、2024年施行の改正により自己公開から1年以内の出願であれば新規性を失わないよう緩和されています(従前は6か月以内)。ただし日本のグレースピリオド適用には所定の手続(証明書提出)が必要です。
以上を表でまとめると次のとおりです。
登録要件 | 英国 | 日本 |
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新規性 | 世界基準の新規性:出願前に同一意匠が公知でないこと。自己公開から12か月のグレースピリオド。 | 世界基準の新規性:出願前に公知でないこと。自己公開から1年以内の出願は新規性喪失例外(証明書提出要)。 |
独自性/創作性 | 独自性(individual character):先行意匠と異なる全体的印象を与えること。※創作の自由度が低い分野では小さな差異でも独自性を満たしうる。 | 創作非容易性:既存意匠から容易に創作できない高度な創作性があること。※実質的には意匠の構成に顕著な特徴があり、陳腐でないことを要求。 |
その他要件 | 意匠の範囲:製品の全体または一部の外観(平面・立体とも保護可能)。模様・色彩・ロゴ、GUI等も含む。除外要件:公序良俗に反する意匠や国旗・紋章を含む意匠、純粋に機能のみからなる意匠等は登録不可。 | 意匠の範囲:物品(一部も含む)や建築物、画像のデザイン(令和元年改正で建築物・画像も追加)。除外要件:公序良俗違反、他人の著作物・商標に類似する意匠、純粋に機能のみの形状等は登録不可(意匠法5条)。 |
※英国の独自性要件は、日本の創作非容易性と類似の概念ですが、欧州では**「全体的印象の差異」という観点で判断される点が特徴です。一方、日本では個々の意匠の類否や創作の難易を審査官が判断します。英国では新規性・独自性について事前審査が行われず**、権利付与後に無効審判や侵害訴訟で問題となった場合に判断されます(詳細は後述の「出願手続・審査制度」を参照)。
2. 出願手続(必要書類・費用・審査制度など)
〈必要書類・出願形式〉 英国への意匠出願では、オンライン出願が推奨されています。出願に際して提出すべき中心的資料は意匠を正確に表す図面等(イラスト、版画、写真など)です。英国知的財産庁(UKIPO)の電子出願では1意匠につき最大12図面まで添付可能で、受け入れ可能なファイル形式はJPEG・GIF・TIFFです。各図は一貫性のある形式で作成し、線画と写真を混在させることはできません(一つの意匠につき表現形式は統一)。図面に関する特徴として、英国では部分意匠の表示が認められ、権利を主張しない部分を破線(線画の場合)や陰影処理(CAD図面・写真の場合)で示すディスクレーマー(権利不要求部分の明示)が可能です。例えば図面中、破線で描いた部分について「権利の請求を行わない」旨を記載できます。説明文(Description)の添付も任意で可能で、各図の簡単な説明を付すことができます(ただし英国では説明文自体は公開されず法的効果も明確でないとされています)。公式手数料はオンライン出願基本料50ポンド(紙面出願60ポンド)で、複数意匠の一括出願時には件数に応じた割引料金が適用されます。
日本では、オンラインまたは紙面で特許庁へ意匠登録出願を行います。必要書類は願書(所定書式)および図面等です。図面は意匠法施行規則に基づき、出願意匠を具体的に表現する6面図(正面・背面・左右側面・平面・底面)や斜視図などを提出するのが一般的です。日本でも画像提出が可能ですが、基本は図面(線画)が用いられ、写真提出も認められるものの白黒でコントラストのはっきりしたものが推奨されます。日本では部分意匠制度があり、製品の一部分のみを独立して意匠出願できます(その際、図面中で破線等により意匠に係る部分とそれ以外を区別して描くルールがあります)。ただし日本では英国のように出願時のディスクレーマー記載で部分を除外する実務はなく、部分を保護したい場合は部分意匠として別途出願する必要があります。出願時の手数料は16,000円程度(電子出願の場合)で、登録料は別途発生します。例えば日本では登録査定後に設定登録料(第1年~第3年分の登録料)を納付して初めて権利が発生します。**年金(維持年料)**は毎年納付が必要で、年次が進むごとに金額が増加します。
〈審査制度・多意匠出願〉 英国は無審査登録制度(方式審査のみ)を採用しており、新規性・独自性について実体審査は行われません。出願から2~3週間程度で形式審査がなされ、拒絶理由(例:表現不備や適格性の問題)がなければ、速やかに登録・公告されます。方式審査で問題が指摘された場合でも、補正応答の期間として2か月程度与えられます。また英国では多意匠一出願が可能であり、同一出願で複数の意匠を登録出願できます。複数意匠をまとめて出願する場合、意匠間の製品の類否や同一分類に属する必要はなく、任意の複数意匠を一括手続できます(その場合、追加の手数料割引制度あり)。さらに英国制度では公開の繰延べ(ディレイ公開)が認められており、出願時に請求することで最長12か月間、意匠の内容の公告・公開を遅らせることができます。繰延期間中は登録は保留され、公表を待って正式登録となります。
日本では実体審査制度が採られており、特許庁の審査官が各出願について新規性・創作非容易性を含む要件を審査します。出願から第一次審査結果(拒絶理由通知または登録査定)が出るまでの期間は、近年平均6か月~1年程度です。拒絶理由がある場合、意見書・手続補正書による応答を経て、要件を満たせば登録査定となります(拒絶理由が解消しない場合は拒絶査定→不服審判へ)。日本では一意匠一出願が原則であり、1件の出願に基本1意匠しか含められません(※意匠法では「関連意匠制度」により、ある意匠に類似した別意匠を本意匠に紐づけて出願できる制度がありますが、各関連意匠も個別の出願として扱われます)。複数意匠を同時に出願したい場合は件数分の願書を提出する必要があります。また日本には英国のような出願公開制度はなく、通常の意匠出願は審査を経て登録された時点で意匠公報に掲載・公開されます。ただし、日本独自に秘密意匠制度があり、権利者の請求により登録後最大3年間、登録公報に意匠の詳細(図面等)を掲載せず秘密にしておくことが可能です。この制度は製品発売までデザインを秘匿したいニーズに応えるもので、出願時または登録料納付時に請求できます。秘密意匠請求した場合、秘密期間経過後に改めて公報掲載されます。
以下に出願手続に関する比較表を示します。
手続項目 | 英国の制度 | 日本の制度 |
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提出書類 | 願書(オンラインフォーム)+ 図面等(JPEG/GIF/TIFF形式、最大12図)。説明文任意添付可。図示方法は線画・CAD・写真等いずれも可(但し1意匠内で混在不可)。 | 願書(オンラインor書面)+ 図面(原則6面図+必要に応じ斜視図等)。図面は線画が基本(写真も可)。出願意匠を具体的・完全に表す必要あり。部分意匠は破線で非請求部分を描画(別途部分意匠として出願)。説明(意匠に係る物品名、創作者名、関連意匠の表示など)を記載。 |
公式手数料 | 出願基本料50ポンド(電子出願)。一括複数出願時は追加毎に割引料金適用。登録料は不要(出願料に含む)。 | 出願料16,000円程度(電子)。登録料(設定登録料)として第1~3年分8,500円等を別途納付要。4年目以降は年ごとに維持年料を納付(年額漸増、例:第4~6年 4,300円+加算額 等)。 |
審査方式 | 無審査登録主義:方式審査のみで新規性・独自性は審査せず即登録。平均2~3週間で登録。拒絶理由通知が来るのは稀(公序良俗違反などの場合)。 | 実体審査主義:審査官が新規性・創作非容易性等を審査。平均6~12か月で一次結果。拒絶理由対応(意見書・補正)を経て登録査定→登録料納付で権利発生。 |
多意匠出願 | 1出願で複数意匠を包含可(製品の類似性や同一分類要件なし)。追加意匠ごとに手数料割引設定あり。 | 原則1出願1意匠(一意匠一出願主義)。類似意匠は「関連意匠」として別出願可(出願日を本意匠に合わせる特例)だが、一括手続ではない。複数意匠出願制度はなし。 |
公開・公告 | 公開繰延べ制度:出願と同時に請求し最長12か月公告を延期可。延期中は登録保留(即時の登録・権利化を遅らせることができる)。繰延料40ポンド。 | 秘密意匠制度:登録時から最長3年、公報非掲載(非公開)を請求可。権利は発生するが内容非公開。手数料5,100円/件。国内出願は出願公告制度なし(登録時公開)。※ハーグ経由出願では国際公開(原則6か月後)あり |
3. 図面要件(提出形式・視点・陰影など)
〈提出形式・図の種類〉 図面(画像)による意匠の表現に関して、英国と日本では要件や慣行に違いがあります。英国では前述のとおりJPEG/GIF/TIFF形式の電子画像を受け付け、白黒・カラーいずれも可です。図の背景は無地が望ましく、画像は鮮明でコントラストが十分である必要があります。図面の種類や視点は出願人の任意で、最大12図まで提出できます。必須視図の規定はありませんが、製品の形状を十分に特定できるよう必要な視点をすべて含めることが重要です(例えば立体物なら前後左右・上下・斜視図など)。英国IPOは提出図面に関し形式面の要件を満たすかを審査し、不備があれば補正指示が出ます。陰影(シェーディング)についての明確な規則はありませんが、形状を理解させるため適宜陰影やハッチングを用いることが推奨されます。米国ほど厳格ではないものの、陰影線により立体感を示す図面は認識が高まるため有用です。英国では破線や点線を用いた表示が認められており、前述のディスクレーマーの通り権利を請求しない部分を破線で描くことが可能です。例えば部分意匠をクレームする場合、製品のそれ以外の部分を破線で描いておくことで、その破線部分は権利範囲に含めない旨を明示できます。
日本では、図面(意匠図)の作成において線の太さ、実線・一点鎖線・二点鎖線等の用法が審査基準で定められています。基本的に保護を求める部分は実線で描画し、破線(一点鎖線)は環境物など意匠に係らない部分の表示に使うか、部分意匠の場合の非請求部分の輪郭に使用します。日本の審査実務では、6面図(六面図法)による提出が奨励されており、立体物の場合は少なくとも主要6方向から見た図を提出するのが原則です。全体の形状が対称で一部省略できる場合等を除き、欠けた視図があると「不完全な図面による出願」として拒絶理由になることがあります。陰影について、日本の意匠出願では陰影線(シェーディング)の描写は任意ですが、立体感や表面の起伏を示すために用いることができます。ただし陰影をつける場合も、線画で統一的に描くことが求められ、写真提出時に濃淡で陰影が表現されている場合は問題ありません。米国のように陰影線の有無が登録要件とまではなっていませんが、日本も含め多くの国では意匠の形状が視覚的に明確に把握できる図面が必要です。このため、図面は鮮明さ・完全性が重視され、ぼやけた写真や不十分な角度からの図は補正指示や拒絶理由につながります。日本の意匠登録出願の図面は、線画の場合黒一色で描くのが原則で、カラー図面提出はできません(カラー写真は例外的に可ですが白黒出力されます)。文字や番号など意匠と無関係な表示は原則図面に入れず、必要なら「参考図」扱いとします。
両国の図面要件の相違点をまとめます。
図面要件 | 英国 | 日本 |
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提出フォーマット | JPEG・GIF・TIFFの電子データ。カラー画像提出可。紙面提出も可(図数無制限)。 | 電子or紙。図面は通常PDF形式で提出(紙の場合A4図面)。モノクロ原則(カラー不可、写真提出は白黒化)。 |
図の視点数 | 最大12図まで添付可能。必要十分な視点を任意選択(必須特定図なし)。 | 原則6面図+斜視図で全形状を開示。6面図揃わない場合、審査で不備指摘の恐れ。 |
陰影の表示 | 任意(推奨)。陰影線やハッチングで立体感を示せる。写真の場合は実物の陰影もそのまま可。 | 任意。陰影線で起伏を示すことは可能だが必須ではない。むしろ輪郭を明確に描くことを重視。写真では陰影も映るが線画での明暗表現は補助的。 |
破線・点線利用 | 可能。破線で権利非請求部分を示すディスクレーマー可。点線等で環境の表示も可。 | 可能。ただし部分意匠として出願する場合に限り非請求部分輪郭に破線可。それ以外で権利範囲を限定する用途には使えない(環境物表示には一点鎖線使用)。 |
留意点 | 図ごとに一貫した形式で描く(線画と写真の混在不可)。画像1枚4MB未満。背景は単色が望ましい。 | 全図で縮尺やタッチを統一。要部拡大図や断面図も必要に応じ提出。図面説明に各図の名称(正面図等)を明記。 |
4. 保護期間(起算点・更新制度など)
〈英国の保護期間〉 英国の登録意匠権の存続期間(保護期間)は最長25年です。起算日は出願日で、登録意匠法では初回登録から5年ごとに更新手続きを行うことで25年まで延長可能と定められています。具体的には、登録日(≒出願日)から5年ごとに最大4回まで更新(5年×5期間=25年)できます。更新には所定の更新料支払いが必要で、更新料は回を追うごとに高く設定されています(例:1回目更新70ポンド、4回目更新140ポンド)。各更新期限は満了日前6か月から猶予後6か月(猶予期間中は追加料金24ポンド/月)まで猶予されます。更新しなければ権利は満了します。なお英国はEU制度と同様、登録後5年単位の更新制を採っており、未更新による権利失効後に一定期間内なら権利回復(restore)を申請する制度もあります。
〈日本の保護期間〉 日本の意匠権の存続期間は近年の改正により出願日から25年に延長されました。2020年4月1日以降の出願に適用され、旧来の「登録日から20年」から大幅に国際調和された形です。起算点は出願日で、出願日から25年を経過した時点で権利が満了します。日本では保護期間の延長・更新制度はありません。つまり、一度登録されれば原則25年間有効で、その間は年ごとの登録料(維持年金)を納付することで権利を維持します(滞納すれば権利消滅)。5年ごとの更新手続は不要ですが、毎年の納付を怠ると権利が消滅する点に注意が必要です。日本の意匠権も、存続期間満了前に権利を放棄することは可能です。
〈その他の違い〉 英国では上記のとおり段階的な更新制であるのに対し、日本では期間満了まで形式的な更新申請はありません。また、日本には関連意匠という制度上の特殊な存続期間ルールがあります。関連意匠は本意匠との類似関係に基づく意匠ですが、その意匠権は本意匠の出願日から25年までしか存続しません(本意匠より後に登録されても存続期限は本意匠と同じ日となる)。これは複数意匠にまたがるデザインコンセプト保護における特殊事情です。
以下に保護期間の比較表を示します。
保護期間 | 英国 | 日本 |
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存続期間 | 出願日から最長25年(5年×5期)。 | 出願日から25年(一括期間、更新なし)。 |
更新制度 | あり:5年ごとに更新申請・料納付で延長(計4回更新可)。更新忘れ救済(猶予6か月+追加料)あり。 | なし:出願日に起算し25年で自動満了。年金納付は毎年必要(年単位で前納も可)。 |
特記事項 | EUと同様の段階更新方式。更新料は回数ごと増額設定。更新未了から一定期間内の権利回復申請制度あり。 | 2020年改正で20年→25年に延長し国際調和。関連意匠は本意匠の25年期限に従うため、登録時期に関係なく同日に満了(意匠法21条2項)。 |
5. 無登録意匠の保護制度の有無と内容
〈英国の無登録意匠制度〉 英国には登録を要しない意匠の保護制度が存在します。大きく2種類あり、ひとつはEU離脱前からあった英国独自の**「無登録意匠権 (UK Unregistered Design Right)」、もうひとつはEU離脱に伴い新設された「補助的無登録意匠権 (UK Supplementary Unregistered Design)」です。さらに移行措置として、Brexit以前に存在したEUの無登録共同体意匠 (Unregistered Community Design)の保護を英国国内で継続する「継続無登録意匠」**も規定されました。
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英国無登録意匠権 (UK UDR):1988年著作権・意匠・特許法に基づく英国固有の権利で、物品の形状・構造(立体形状)について発生します。模様や表面の装飾は保護対象外である点で登録意匠より範囲が狭いですが、その代わり存続期間が長めに設定されています。存続期間は、意匠が創作された年または製品に組み込まれた年の年末から最長15年、ただしその意匠製品が最初に市販された年の年末から起算して最長10年のうち短い方までです(初回販売から10年経過時に権利満了となることが多い)。英国UDRは自動発生する権利で、登録手続は不要です。もっとも、権利発生には意匠がオリジナル(独自に創作された)であり、ありふれていないことが必要とされています。ここでいう「オリジナル」は既存意匠のコピーでない程度でよく、新規性ほど厳しくありません。また「ありふれていない (not commonplace)」とは、その分野で一般的に見られるデザインではないことを意味し、ハードルは独自性(個性)の要件より低めです。したがって登録意匠には新規性・独自性が求められますが、無登録意匠権では「完全な新規」までは不要で、既存の模倣でなければ保護されうるという違いがあります。権利取得資格にも制限があり、英国UDRは創作者またはその雇用主が英国を含む限定された特定国の国民・法人である場合等にのみ発生します。指定国には英国、香港、NZなどが含まれますが日本は含まれないため、日本企業・創作者は英国UDRを原則取得できません。侵害要件として、英国UDRを行使するには相手が当該意匠をコピーしたこと(模倣行為)が必要であり、独自にデザインを創作した場合には類似していても侵害とはなりません。権利内容は、登録意匠と同様に差止や損害賠償を請求できますが、特許庁等の審査を経ていないため権利範囲(意匠の定義部分)は訴訟で初めて画定されることになります。
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無登録共同体意匠 & 補助的無登録意匠:2002年からEU域内で導入された無登録共同体意匠(UCD)は、デザインを初公開した日から3年間EU全域で保護が与えられる制度でした。英国もEU加盟中はこの制度の恩恵がありましたが、Brexitにより2021年以降EUの無登録意匠権は英国に及ばなくなりました。そのため英国は移行措置として2020年末時点で存続中の無登録共同体意匠について英国国内で同等の効力を持つ継続無登録意匠を発生させ、残存期間について保護しています。さらに将来の新規意匠に対処するため、補助的無登録意匠権 (SUD)を創設しました。これは英国における最初の公表日を基準として成立する無登録意匠権で、保護期間は同じく3年、保護要件も登録意匠と同じ新規性・独自性です。要するに、EUを離脱した英国独自に新たな3年無登録権を用意したものです。もっとも、EUのUCDも英国のSUDも最初の公表地に依存するため、日本企業のように自国(EU・英国域外)で先にデザインを公開してしまうと、その時点で欧州では新規性が失われ無登録意匠権は成立しません。日本の企業は通常まず国内発表するケースが多いため、EU/U.K.の無登録意匠権による恩恵は受けにくいのが実情です。このように、無登録の意匠保護は初公開する地と公開タイミングが重要になります。なおUCDやSUDも、侵害とみなされるには被疑者が当該意匠をコピーしたことの立証が必要です。登録意匠と異なり、偶然類似しただけでは侵害にならず、模倣行為があって初めて権利行使できます。
〈日本に無登録意匠保護はあるか〉 日本には英国のような意匠法による無登録保護制度は存在しません。意匠による独占的保護を得るには必ず意匠登録を受ける必要があります。未登録のデザインは基本的に公有領域に属し、他者に模倣されても意匠法では救済できません(意匠権侵害を主張できません)。ただし補完的に、不正競争防止法や著作権法で保護し得る場合があります。例えば著作権として保護できる美術的デザイン(芸術性の高いデザイン)は著作物として自動保護されますし、製品形態が周知の他社商品と混同を生じさせるようなコピーであれば不正競争防止法上の営業表示冒用行為として差止め等請求できる可能性もあります。しかし、これらは意匠そのものを専有的に保護する制度ではなく、要件も厳しく限定的です。日本企業にとっては、欧州のような無登録意匠の救済策がない以上、重要なデザインは必ず意匠登録を取得することが推奨されます。英国・EUでも、無登録権は期間が短く第三者に対抗するのが難しいため、模倣品対策としても登録意匠による保護を取得するのが望ましいとされています。
参考までに無登録意匠制度の比較表を示します。
無登録意匠制度 | 英国 | 日本 |
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一般的枠組み | あり(自動発生の意匠権):「英国無登録意匠権(10年/15年)」+「無登録共同体意匠・補助無登録意匠(3年)」。 | なし(意匠法による未登録デザインの独占保護制度は存在しない)。 |
英国UDR | 対象:物品の形状・構造のみ(表面模様除く)。期間:創作から最長15年・初商用から最長10年。要件:オリジナルでありふれないデザイン。資格:英国・特定国の創作者/法人のみ取得可(日本人不可)。侵害:コピー行為があれば差止・損害賠償請求可(独立創作は非侵害)。 | 該当制度なし。未登録デザインは公知のものとして扱われ、法的独占権は発生しない。 |
無登録共同体意匠(EU UCD) | 対象:登録意匠と同じ範囲(形状・模様等すべて)。期間:初公開から3年。要件:新規性・独自性(EU初公開)。備考:EU全域有効。英国では2020年末で効力喪失→継続無登録意匠で残期間保護。 | (なし) |
英国補助無登録意匠(UK SUD) | 対象:登録意匠と同じ範囲。期間:初公開(英国)から3年。要件:新規性・独自性(英国初公開)。備考:2021年導入。EU域外で先公開すると成立不可。 | (なし) |
権利行使上の注意 | 無登録権(UDR, UCD, SUD)はコピー防止が目的の権利であり、侵害訴訟では相手による模倣の事実を原告が立証する必要(独立創作は免責)。期間満了が早く、不確実なので重要意匠は登録推奨。 | 意匠登録がない場合、模倣されても意匠法では救済不能。著作権・不競法など他法で主張するしかない。日本企業は海外でもまず意匠登録を取得すべき。 |
6. 権利行使(侵害訴訟・差止請求・損害賠償など)
〈英国における権利行使〉 英国の登録意匠権(Registered Design)は専有権(独占権)であり、意匠権者は登録意匠と同一または類似の意匠を無断で製造・販売・輸入などする第三者に対し、差止め(使用停止)や損害賠償を求めることができます。ここで「類似の意匠」とは、登録意匠と実質的に異ならない印象を与える意匠を含み、模倣の有無を問わず権利範囲に及びます。したがって第三者が独自に創作した類似デザインであっても、登録意匠と全体的な美感が近ければ侵害となり得ます。この点、英国(およびEU)の登録意匠権は創作の独立性を抗弁にできない点が特徴です。一方、英国の無登録意匠権(UDRやSUD等)を行使する場合は、被疑意匠が権利意匠のコピーであること、すなわち被疑者による意匠の模倣行為を立証する必要があります。無登録意匠権は「コピー防止」の性格が強く、偶然の類似については排除できません。
英国で意匠権を侵害された場合、通常は**高等法院(High Court)の知的財産企業法廷(IPEC)や担当裁判所で民事訴訟を提起します。手続としては、特許や商標の場合と同様に、差止命令や損害賠償請求、さらには侵害品の廃棄命令などを求めることができます。英国法では差止(injunction)**によって侵害行為の停止・予防を図るほか、損害賠償(Damages)または利益の還元(Account of Profits)のいずれかを選択して請求できます。損害額算定は実際の損失や逸失利益に基づきますが、悪質な場合は懲罰的要素を含む追加的損害賠償(Additional Damages)が認められることもあります(故意の侵害には裁量で加算)。さらに英国では2014年の法改正により、意図的な登録意匠権侵害に刑事罰が科される規定も設けられました。悪質な意匠権侵害(意図的な模倣品製造販売)は刑事犯罪となり得て、最大で10年の懲役や無制限の罰金刑の対象となりうると定められています(模倣品対策の強化策。ただし実際の適用例は多くありません)。
〈日本における権利行使〉 日本の意匠権も独占排他的権利であり、意匠権者は無断実施者に対し民事上の救済を求められます。具体的には、差止請求権(意匠法37条)と損害賠償請求(民法および意匠法39条)が代表的です。差止め請求では、侵害行為の停止だけでなく、将来の侵害の予防や、侵害品の廃棄・侵害設備の除却等も請求可能です。仮処分による差止の迅速な実現も状況によっては検討されます。損害賠償請求では、意匠法に特有の損害額推定規定(特許法と類似の逸失利益算定やライセンス料相当額の請求)が設けられており、権利者の立証負担を軽減しています。例えば侵害者が得た利益額を権利者の損害とみなすことや、通常得られたであろう実施料相当額を損害額とみなすことが可能です(意匠法39条)。また意匠法40条により、侵害者の過失は法律上推定されるため、権利者は故意・過失の証明を省略できます。民事に加え、日本でも刑事罰の規定があり、営利目的で意匠権または専用実施権を侵害した者には5年以下の懲役または500万円以下の罰金(または両方)が科される可能性があります(意匠法69条の2)。実務上、悪質な模倣品業者には刑事告訴して摘発・罰則適用を図るケースもあります。もっとも通常はまず民事訴訟による差止・賠償で解決を目指します。
〈日英の相違点など〉 権利行使面での日英差異として、独立創作に対する扱いが挙げられます。日本の意匠権も英国同様、登録意匠と同一・類似の意匠があれば模倣か否かに関係なく侵害成立します(独自にデザインした場合でも類似なら侵害です)。一方英国の無登録意匠権の場合は独立創作は侵害とならない点で異なります。また英国は意匠権侵害に関する専門訴訟手続(IPECの簡易な手続や高等法院での審理)が整備され、損害賠償額も裁判所の裁量で増額される場合があります。日本は損害額算定が法律で細かく定められていますが、英国は過去の判例に基づきつつ実損賠償を基本とします。また差止の範囲について、日本では侵害品の廃棄や差止め請求に付随して**信用回復措置(謝罪広告等)**も求めることができますが、英国では主に侵害行為停止と損害填補が中心になります。
権利行使 | 英国 | 日本 |
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主な請求 | 差止命令(使用・製造・販売の禁止)、損害賠償または利益返還の請求。侵害品の廃棄など付随的救済も可能。悪質な場合は追加賠償考慮。 | 差止請求(侵害停止・予防、侵害品廃棄等)、損害賠償請求(39条による逸失利益等の推定計算あり)、不当利得返還、信用回復措置請求等。 |
独立創作の扱い | 登録意匠権では独立創作でも侵害成立(権利範囲は模倣の有無問わず及ぶ)。無登録権ではコピーでない独立創作は非侵害。 | 登録意匠権のみ保護。独立創作でも登録意匠に類似なら侵害成立(模倣か否か不問)。未登録の意匠に権利なし。 |
立証負担・推定 | 故意侵害には懲罰的追加賠償の裁量あり。無登録権侵害訴訟ではコピーの事実立証が必要。 | 侵害者の過失は法定推定(40条)。損害額算定の特例規定あり(39条)。 |
刑事罰 | 2014年以降、意図的侵害は刑事罰化(最大懲役10年・罰金)規定あり。実際の適用は限定的。 | 意匠権侵害罪あり:5年以下懲役または500万円以下罰金。悪質事案では刑事告訴・摘発も。 |
7. 国際出願との関係(ハーグ制度による出願可否・実務上の留意点)
〈ハーグ協定による国際意匠出願〉 英国も日本も共に意匠の国際登録制度(ハーグ協定)の締約国です。したがって、ハーグ協定に基づく国際意匠出願によって、英国および日本を指定国として一括出願することが可能です。ハーグ協定では一度の出願で複数国へ意匠保護を求めることができるため、日英両方でデザイン保護を図る場合に有効な手段となります。英国は2018年にハーグ協定ジュネーブ改正協定に加盟しており、EU離脱後も個別指定国として国際出願の対象に含められます。一方、日本は2015年に加盟済みで、以来国際意匠出願の受入れ・送信を行っています。
〈国際出願の効果と手続〉 ハーグ経由で英国・日本を指定した場合、手続全般は世界知的所有権機関(WIPO)を通じて行われます。国際出願が登録(国際登録)されると、約6か月後に国際公報で意匠が公表され、各指定国官庁に通報されます。各指定国は所定期間内(原則6か月、実体審査国は12か月まで延長可)に審査を行い、拒絶の通報がなければそのまま国内意匠権が発生します。英国は方式審査国であるため、国際公表から比較的速やかに(公表後数ヶ月以内に)国内登録が成立します。日本は実体審査を行うため、公表後最大12か月以内に拒絶理由の有無が通知されます。日本指定について拒絶通報が来た場合、国際出願の代理人を通じて日本特許庁に意見書や補正を提出し、対応する必要があります(この場合、日本における代理人を選任することになります)。対応が功を奏し拒絶が解消されれば、国際登録から1年以内程度で日本意匠権が成立します。
〈実務上の留意点〉 ハーグ制度を利用して日英双方で意匠を確保する際の留意点として、以下が挙げられます:
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図面作成:各国の図面要件を両立する図面を準備することが重要です。国際出願では一組の図面で全指定国に対応するため、例えば日本の6面図要件と英国/EUの図面許容量を両立させるよう工夫します。実務的には最大図面数は100枚まで国際出願で提出可能ですが、欧州共同体意匠(EUIPO)の制限(7図まで)や英国の12図制限を考慮しつつ、日本の必要視図も満たすよう調整が必要です。場合によっては複数意匠に分割して出願することも検討します。
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公開の繰延べ:ハーグ出願では、国際公開の繰延べを出願時に請求可能です(最大30か月まで。ただし指定国によって異なる)。英国は自国法で12か月までの繰延しか認めていないため、英国を指定した国際出願で30か月繰延べを希望しても、12か月時点で公開されてしまう点に注意が必要です(指定国中、一番短い許容期間に合わせて公開される)。日本はハーグ協定上、公表繰延べ制度を採用していないため指定国に日本が含まれる場合、公表繰延べの指定ができません。そのため日本とEUを一括指定しつつEUの30か月繰延べを利用する、といったことは制度上できない点に留意します。
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代理人・言語:国際出願自体は英語で行うことができますが、日本指定について拒絶応答を行う場合、日本国内代理人を選任して日本語で手続する必要があります。同様に英国指定で拒絶が万一通知された場合(ほぼ方式不備の場合のみ)、英国在住の代理人が求められる可能性があります。ただし英国は無審査のため通常拒絶通報はありません。
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費用面:ハーグ出願の費用は、基本手数料+指定国毎の手数料で構成され、日本と英国を指定した場合、日本は個別手数料を採用(3,900円×図面枚数等に応じ変動)し、英国は一括指定料(一定額)となっています。複数国をまとめて出願することで各国個別出願より費用・手間を削減できるメリットがあります。ただし日本は審査付きで拒絶対応コストが発生する可能性がある点を考慮します。
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欧州共同体意匠との関係:従前、英国を含むEU全域をカバーするには登録共同体意匠(RCD)への出願が有力でした。しかし英国離脱後、RCDでは英国に効力が及びません。現在はEUIPOへの出願に加え、英国IPOへの出願が必要です。ハーグ協定を使えばEUと英国を同時指定できますので、Brexit以降はハーグ経由でEU及び英国を一括出願するケースが増えています。実務上、既存のEU意匠権を持っていた場合、2021年1月1日付で自動的に英国にクローン意匠権(再登録意匠)が付与されました。しかし今後の新規出願ではEUだけでなく英国も忘れず指定するか、別途英国出願する必要があります。
最後に、以上のポイントを踏まえ、英国と日本の意匠制度の差異を理解し、日本企業が英国で意匠保護を図る際には:無審査制度を活かした早期権利化、未登録意匠権は基本的に活用困難であるため登録出願の徹底、図面作成時の各国要件考慮、そしてハーグ制度の積極的活用による効率的な権利取得――といった戦略をとることが望ましいでしょう。
参考文献・出典(※各項目中に【 】で示した番号は出典を示します):
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【1】EIP, 「英国における登録意匠及び登録のない意匠の制度」, AIPPI JAPAN月報 Vol.66 No.3 (2021年3月)他
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【4】EIP, 同上 – 英国意匠制度の特徴・無登録意匠権他
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【5】EIP, 同上 – 英国無登録意匠権の解説他
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【15】JETROロンドン, 「英国の知的財産権制度 – 意匠」(2021)
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【16】JETRO, 同上 – 英国意匠出願手続・保護期間・無登録意匠他
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【17】Mewburn Ellis, 「英国登録意匠 – 基礎編」他
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【20】特許庁, 意匠法改正(2020年)解説 – 存続期間「出願日から25年」への延長
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【27】特許庁, 「意匠権侵害への救済手続」(JPOウェブサイト)他
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【35】特許庁, 「秘密意匠制度」 解説ページ