1. 商標の定義と保護対象...
香港の意匠制度概要
1. 登録要件(定義・登録基準・拒絶理由等)
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意匠の定義・保護対象: 香港の意匠は「工業的方法により物品に適用される形状、輪郭、模様又は装飾の特徴であって、完成物品において視覚に訴えるもの」と定義されています。機能にのみ依存する形状や、完成品で見えない部分のデザインは意匠に含まれません。これに対し、日本の意匠法では「物品(物品の部分を含む。)、建築物(建築物の部分を含む。)または画像の形状・模様・色彩(結合を含む)であって、視覚を通じて美感を起こさせるもの」と定義され、物品の部分デザイン(部分意匠)や建築物・画像デザインも保護対象です。香港では部分意匠制度がなく、製品の一部分だけを独立して登録することはできません。一方、日本では部分意匠制度が確立されており、製品の一部の形状等についても意匠登録が可能です。また日本は近年法改正により建築物の外観や内装、画面上の画像デザインまで保護範囲を拡大しています。香港では建築物自体は「物品」と見なされず対象外となり、画像デザイン単体も保護対象になりません。
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新規性・創作性要件: 両国とも意匠登録には新規性が必要です。香港では登録出願日時点で世界中で公表されていない新しい意匠であることが求められ、先行意匠と細部以外で実質的に異なることが必要です。僅かな慣用的変更しかないデザインは「新規」と認められず登録不可となります。日本でも世界的に新規な意匠であること(絶対的新規性)が要件ですが、加えて創作非容易性(当業者が容易に考案できないこと)も要求されます。つまり、日本は先行意匠に対するデザインの創作上の進歩性も審査され、近似する既存意匠から容易に創作できるデザインは登録が拒絶されます。香港法には創作容易性の明文規定はありませんが、新規性判断の中で慣用的な変形のみの意匠は排除される点で実質的に似た効果があります。
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登録不可の意匠・拒絶理由: 共通して公序良俗に反するデザインは登録できません。香港では前述のとおり純粋に機能のみで決まる形状や通常視認できない部分の意匠は保護対象外であり、出願しても拒絶されます。また他人の意匠を無断で出願した場合(冒認出願)も無効理由となります。日本でも美感を起こさせない純粋機能形状は意匠ではなく、他人の創作を盗用した出願は拒絶理由(不正意匠)になります。さらに日本では自他の先願に類似する意匠(先願に係る意匠に類似する意匠)は登録不可とする先願主義の規定があります(香港も先願の意匠と同一または実質的に同じ意匠は新規性欠如と判断されます)。総じて、両国とも新規性欠如・公序良俗違反・他人の権利侵害のおそれ等が拒絶・無効理由ですが、日本は実体審査でこれらをチェックし、香港は基本方式審査のみで事後的な無効手続で対処する点が異なります。
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審査方式: 日本の意匠出願は方式審査と実体審査(新規性・創作性の審査)を経て、要件を満たす場合のみ登録されます。一方、香港では方式審査のみで実質的要件の審査は行われません。出願書類の形式要件さえ整っていれば、新規性などに関する審査なく登録されます(ただし明らかに登録不適格と判明する場合は審査官が拒絶する権限あり)。そのため香港では迅速に登録できますが、登録後に第三者が2か月以内に異議申立て(無効審判に相当)をする制度があります。日本では出願から登録まで審査に時間を要しますが、権利の安定性は高く、無効審判で争われる前に不登録となるケースが多いという違いがあります。
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新規性喪失の例外(グレースピリオド): 両国とも出願前に自社デザインを開示してしまった場合の救済措置があります。香港では、意匠権者(出願人)自身が悪意なく第三者に開示した場合や第三者による無断開示の場合など一定の状況では、その開示から6ヶ月以内の出願であれば新規性喪失と見なされません。特に公式な国際博覧会で公開した意匠については6ヶ月以内の出願で不利益を受けない旨が定められています。日本でも意匠法第4条により、創作者等による公表から 1年以内に出願すれば新規性喪失の例外適用を受けられます(2018年改正で6ヶ月から1年に延長)。したがって自社展示会やウェブ掲載で公開してしまった場合でも、日本では1年、香港では6ヶ月以内なら所定の手続きを踏むことで不利益なく出願可能です。
≪登録要件の主な相違点≫
項目 | 香港:登録意匠制度 | 日本:意匠制度 |
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保護対象 | 物品の外観デザイン(部分意匠制度なし)※機能形状・見えない部分は対象外 | 物品のデザイン+物品の一部分、建築物・画像デザインも含む(近年拡張) |
新規性要件 | 絶対的新規性:出願時に世界未公表であること※慣用的な細部の違いのみでは新規と認めず | 絶対的新規性+創作非容易性:世界未公表かつ従来デザインから容易に創作できないこと |
審査の仕組み | 方式審査のみ。新規性等は審査しない(異議・無効で事後チェック) | 実体審査あり。審査官が新規性・創作性・先願衝突等を審査 |
部分意匠 | 不可(物品全体のみ登録可能) | 可(物品の一部形状等も登録可) |
関連意匠 | 制度なし(同一または類似意匠は先に出願された方のみ有効) | 関連意匠制度あり(類似デザインも別出願で保護可能) |
新規性喪失例外 | 開示後6ヶ月以内(博覧会出品等) | 開示後1年以内(自己・第三者の公表問わず) |
2. 出願手続(出願方法・必要書類・審査体制・費用 等)
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出願管轄・言語: 香港では出願先は香港特別行政区政府 知識産権署(Knowledge产权署)内の意匠登録局です。英語または中国語での手続が可能で、公用語のいずれでも出願できます。日本では特許庁に対し日本語で出願するのが原則です(外国語で出願した場合は別途日本語訳の提出が必要)。実務上、日本企業は弁理士を通じ電子出願するのが一般的です。香港も電子出願制度が整備されており、オンラインで出願手続き可能です。両国とも代理人(弁理士・特許代理人)による代理手続が認められますが、香港では海外企業は現地代理人を指定するのが通常です。
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必要書類・情報: 香港意匠出願には所定の書式(フォームD1)に以下の情報を記載・添付します:
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(1)意匠の名称、(2)画像(写真や図面)※6面図など複数画像、(3)ロカルノ分類(国際意匠分類)項目, (4)出願人の氏名・住所,(5)パリ優先権を主張する場合はその詳細と証明書(英語または中国語訳付), (6)創作者から権利を承継した出願人である場合は譲渡証明書などです。
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日本の意匠出願でも願書に(1)意匠の名称(物品名)、(2)図面または写真(6面図等)を添付し、(3)出願人・創作者情報、(4)必要に応じて優先権書類(日本は優先権主張時も証明書添付は義務ではなく後日提出可)等を提出します。
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日本では意匠分類は特許庁側で付与しますが、香港では出願時にロカルノ分類の表示が必要です。また香港は一出願で複数意匠を含めることが可能です(ただし全て同一のロカルノ分類に属する意匠に限る)。例えば同じ分類内でデザインの異なる製品複数点を一括出願できます。日本は一意匠一出願が原則で、類似する複数デザインを一括登録することはできません(関連意匠制度で別出願の上、紐付ける必要があります)。
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セット物品・動的意匠: 香港では組物(セット)の意匠登録が認められており、一組の物品(例:カトラリーセット等)を一意匠として出願できます。さらに動的意匠のバリエーション登録も可能で、製品の形状変化や可動部分を含む意匠に対応できます(※具体的運用は審査基準によるが、可変形玩具の変形前後などを一件の登録意匠内で扱うことが可能とされています)。日本では可動する形状変化は各状態ごとに個別の意匠出願が必要になる場合が多く、組物意匠も認められていません(各物品ごとに出願が必要で、統一感あるシリーズデザインは関連意匠で保護)。この点も手続上の相違点です。
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審査体制・期間: 前述のように香港では実体審査を行わないため、方式要件に問題がなければ比較的短期間で登録されます。出願から概ね6ヶ月~1年程度で登録証が発行され、公報に公告されます。方式不備があれば補正指令が出て、申請人は3ヶ月以内に対応する必要があります。登録官の判断に不服がある場合、裁判所に上訴(審査官判断への異議申立てのようなもの)も可能です。日本では出願後、特許庁で審査官が実体審査を行うため、標準的な審査期間は6~12ヶ月前後で一次審査結果(拒絶理由通知または登録査定)が出ます。拒絶理由への意見書・補正対応などプロセスを経て、順調でも出願から登録まで1年強は要するのが一般的です。迅速な権利化では香港に分がありますが、日本の実体審査により権利の安定性・信頼性が担保されるメリットもあります。
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公式手数料: 費用面では香港は出願時に比較的低額です。香港知識産権署の料金表によれば、意匠出願基本料はHK$735程度(電子出願は割引あり)と公告料HK$68を出願時に納付します。実体審査がないため審査請求料は不要です。登録料も不要で、登録証発行まで追加官費は基本かかりません。その代わり存続期間の延長時に更新料が課され、5年ごとの更新料は回を追うごとに高額になります(例:第1回更新HK$790、第4回更新はHK$2,690)。一方、日本の特許庁料金は出願料16,000円(電子出願の場合)を出願時に納付し、登録時に登録料を納めます。日本では登録料は最初の数年分をまとめて支払う制度で、現在は1~3年目までの登録料が年あたり8,500円×3年分=25,500円を一括納付する形です(※4年目以降は年ごとに追納)。したがって出願から登録までに官費合計約4万円ほど必要です(※別途、審査請求料は不要。意匠は出願と同時に審査されます)。香港は登録までの官費が安く、維持費用は後年にかかる設計、日本は出願~登録時にある程度まとまった費用が発生し、その後も毎年年金を支払う形です。
≪出願手続の主な違い≫
項目 | 香港 | 日本 |
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言語・方式 | 英語または中国語で出願可能電子出願対応 | 日本語で出願、電子出願対応 |
必要書類 | 願書(デザイン名称、図面/写真、出願人情報、ロカルノ分類等)※優先権主張の場合は証明書提出要 | 願書(物品名、図面等、出願人情報)※優先権主張は6ヶ月以内申告(証明書後提出可) |
一出願範囲 | 同一分類内なら複数意匠を1件で可セット意匠・動的意匠も登録可 | 一出願一意匠(関連意匠は別出願)セット物品・動的変化は個別出願が必要 |
審査 | 方式審査のみ(迅速登録) | 実体審査あり(新規性等審査) |
出願~登録期間 | 約6ヶ月~1年で登録 | 約1年前後~(審査状況による) |
出願・登録費用 | 出願料約HK$735 + 公告料HK$68更新料: 5年毎増額(最大HK$2,690) | 出願料16,000円登録料: 初期3年分25,500円年金: 毎年支払い(年ごとに漸増) |
3. 保護期間(初期期間・更新可能性・最大期間)
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初期存続期間: 香港の登録意匠権の存続期間は登録出願日(優先日)から最初5年間です。登録時点で自動的に5年の権利期間が付与されます。日本の意匠権の存続期間は近年の改正により出願日から25年と定められています(従来は登録日から20年でしたが、2020年施行の改正で延長されました)。日本では登録時に一括で付与される期間ではなく、出願日を起点として最大25年まで存続しうるという形です。したがって、審査に時間がかかった場合その期間も含めて25年で満了しますが、香港は登録から5年経過時点で区切られるため、早期登録=早期カウント開始となります(もっとも香港も起点は出願日なので、結果的に出願日基準で最大25年は同じです)。
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更新・延長制度: 香港では初期5年満了前に所定の更新手続きを行うことで5年ずつ権利を延長できます。更新は4回まで可能で、最長25年(5年×5期間)まで存続させることができます。更新手続は満了前に知識産権署へ更新届(様式D11)を提出し、更新料を納付して行います。更新料は回を追うごとに高く設定されています(例:1回目HK$790、2回目$1,200…4回目$2,690)。期限までに更新しなければ権利は満了しますが、香港では猶予期間として満了後6ヶ月以内であれば追加料金を伴い延長申請が可能です(※特許と同様の救済措置と推測されます)。一方、日本の意匠権は更新制度はなく途中での権利延長手続は不要です。意匠権は出願日から25年経過により自動的に消滅します。その代わり日本では年金(登録料)の年次納付制度があり、毎年所定の登録料を納めることで権利を維持します。例えば登録時に1~3年目分をまとめて払い、以降4年目以降は年ごとに追納します。年金を滞納すると猶予期間(6ヶ月)が過ぎた時点で失効します。つまり、日本では形式的な「更新申請」はありませんが、実質的には年金納付をもって毎年権利維持している点で類似しています。
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最長存続期間と近年の動向: 両制度とも結果的に意匠権の最大存続期間は25年で同じです。日本は近年の国際調和の流れで25年に延長され、香港も旧英国法にならい一貫して25年を採用しています。なお、日本では意匠法改正前の古い意匠(例えば2019年以前出願のもの)は従来通り「登録日から20年」で存続期間満了となるケースがありますが、現行制度下では新規出願は一律25年です。一方香港では1997年の中国返還前は英国での登録を条件に香港保護が与えられていましたが、2012年施行の現行意匠条例で独自制度に移行して以降は常に5年×5=25年となっています。いずれの国/地域でも25年を超えて意匠権を延長する制度はなく、保護期間満了後は意匠は公有(パブリックドメイン)となります。
4. 侵害訴訟(権利行使・侵害要件・訴訟手続・救済措置 等)
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権利の内容(専用権): 登録意匠権者は、その意匠に係る製品について独占的に実施(使用)できる権利を有します。香港の登録意匠は登録された物品およびその意匠(または実質的に異ならない意匠)が適用されたあらゆる物品に対し、意匠権者だけが次の行為を行う権利を専有します:
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製造:香港域内でその意匠を施した物品を製造すること
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輸入:販売または賃貸の目的で香港にその意匠物品を輸入すること
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販売等:香港でその意匠物品を販売・賃貸、販売や賃貸の申出・展示をすること
日本の意匠権も本質的に同じ内容で、業として登録意匠またはそれに類似する意匠を登録物品(またはこれに類似する物品)に施して以下の行為をする権利を独占します。すなわち製造(使用)、譲渡(販売)・貸渡し、輸入、譲渡等の申出が独占権に含まれます。例えば日本では意匠権者の許可なく登録意匠と同一・類似のデザイン製品を業務上製造販売すれば侵害となります。両制度の違いとしては、香港では権利範囲の条文上物品の種類を限定していない点が挙げられます。登録意匠と実質同じデザインが別カテゴリの製品に施されても侵害になり得る解釈です。一方、日本では意匠権の効力は登録された物品及びそれに類似する物品に限定されます。例えば日本では椅子の意匠権は椅子(類似範囲は家具類など)に及ぶだけで、全く異なる分野の製品に同じデザインが使われても直ちに侵害とはなりません(意匠の類似範囲に属しない場合)。香港では法律上明確に他分野を除外しておらず、実務上も同一デザインであれば製品分野を問わず保護される可能性が高く、日本に比べ権利範囲が広いと言えます。
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侵害の要件・判断: 侵害成立の基本要件は第三者が権利者の許諾なく上記の独占行為を行うことです。香港では登録意匠と「同一または実質的に異ならない意匠」が対象製品に施されていれば侵害とみなされます。日本でも登録意匠またはそれに類似する意匠が対象物品(同種・類似物品)に施された場合に侵害が成立します。「類似」か否かの判断は両国とも全体的な美感の観察によりますが、日本では意匠法上・審査基準上の豊富な類似判断の蓄積があり、香港も旧英国法の影響で「目測による同一又は異なる印象」基準が用いられます(実質的に異ならない=見た目で区別できない程度の差異という趣旨)。いずれにせよ模倣か独自創作かは問われず、結果的に権利意匠と形態が近ければ侵害となる点で共通しています。
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侵害行為の例外: 両国とも私人の個人的・非商業的な使用や実験・研究目的での実施などは権利範囲に含まれず、侵害とはなりません(香港意匠条例・日本意匠法とも明文で定義)。また日本では登録意匠と類似関係にある自己の先後願意匠(関連意匠や一意匠一出願の例外である「一意匠類似意匠」)同士は互いに侵害にならないよう救済措置がありますが、香港では類似意匠を別件で登録すると先願との新規性衝突を起こす可能性があるため注意が必要です。
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訴訟手続と救済: 意匠権侵害は民事訴訟によって救済が図られます。香港では高等法院に訴えを提起して差止めや損害賠償を求めるのが一般的です。日本でも地方裁判所(東京や大阪の専門部)に訴訟提起し、民事救済(差止請求・損害賠償請求等)を図ります。**救済措置(民事)**は両国ほぼ共通で、権利者は以下のような救済を請求できます:
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差止命令:被告による侵害行為の停止・再発防止を命じる裁判所の命令。製造販売の差止めや、将来の侵害禁止が含まれます。
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損害賠償:侵害により被った営業上の損失の賠償金。日本では逸失利益や実施料相当額の算定について特有の規定がありますが(意匠法第39条等)、香港でも基本的には権利者の利益減少分や侵害者の不当利得を賠償額の基準とします。
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利得の吐出(アカウント):香港法では侵害者が侵害行為で得た利益の返還(不当利得返還)も求めることができます。日本でも損害賠償請求の一形態として侵害者の得た利益を賠償額とみなすことが認められています。
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差押え・廃棄:香港では侵害品の引渡し命令(納差し)も救済として規定されています。日本でも民事訴訟上、侵害物品や製造設備の廃棄を求めることが可能で、裁判所は必要に応じて侵害品の廃棄を命じます(意匠法第37条)。
香港独自の制度として、根拠のない侵害訴訟の警告に対する救済があります。第三者に不当に「お前は意匠権侵害だ」と警告を発した場合、警告された側は差止めや損害賠償を求めて反訴できる規定が置かれています(いわゆるGroundless Threatの救済制度)。日本にはこのような警告行為自体を争う制度は明確にありませんが、香港では権利者が過度に威嚇的な警告を発した場合に訴追され得る点に留意が必要です。もっとも、製造者や輸入者に対する警告は適法とされ、正当な権利行使の範囲であれば問題ありません。
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行政・刑事手段: 日本では意匠権侵害は故意犯に対し刑事罰の対象ともなり得ます(意匠法第69条等に罰則規定があり、侵害行為者は訴追されれば懲役刑や罰金刑を科される可能性があります)。もっとも実務上、意匠侵害で刑事告訴が行われる例は少なく、大半は民事上の解決です。香港では意匠権侵害それ自体に刑事罰は科されません。商標や著作権と異なり、意匠侵害品は香港税関による差止めの対象にもなっていません(税関は商標偽造品や海賊版の取締りは積極的ですが、特許・意匠の侵害物については関与しない)。したがって香港企業との紛争では民事訴訟による私的救済が唯一の手段となります。この点、日本では税関による水際措置制度が商標・著作権にありますが、意匠については水際差止め制度が明確でなく(実質的に商標権等で対処するケースが多い)、両国とも意匠侵害対策は民事訴訟が中心といえます。
5. 国際出願との関係(ハーグ制度・外国優先権 等)
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ハーグ国際意匠登録: 日本はハーグ協定の加盟国(ジュネーブ改正協定締約国)であり、2015年以降、日本を指定して国際意匠登録出願することが可能です。また日本企業はHague制度を利用して一度の出願で複数国の意匠出願を行えます。これに対し香港はハーグ協定の対象外です。中国が2022年にハーグ協定に加入しましたが、その際に香港およびマカオには本協定を適用しないと明確に留保されており、国際登録出願で香港を直接指定することはできません。つまり日本企業が香港で意匠権を取得するには香港に直接出願する必要があります。これは中国本土や英国で登録があっても香港には自動的には及ばないことを意味します(商標と同様、香港は独自の知財管轄区域)。返還前は英国意匠登録を香港に延長できる再登録制度が存在しましたが、現在は再登録制度はありません。従って日本企業は自社製品デザインを守るには香港にも直接出願して権利化しておく必要があります。逆に香港企業が日本や他国で意匠保護を得る場合もハーグが使えないため、各国ごとにパリ優先権を用いて直接出願するのが一般的です。
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パリ条約に基づく優先権: 両地域ともパリ条約加盟地域(香港は中国の条約適用により)ですので、外国出願から6ヶ月以内に出願すれば優先権主張が可能です。例えば日本で出願した意匠を6ヶ月以内に香港に出願すれば、日本の出願日を基準に新規性を判断してもらえます。香港出願時に優先権書類(日本特許庁発行の証明書と翻訳)を提出する必要があります(後日提出可)。日本でも同様に香港での先願から6ヶ月以内に出願し優先権を主張することができます。優先期間は意匠の場合6ヶ月であり、これは万国共通です。したがって海外展開を念頭に置く日本企業は、国内出願から半年以内に主要市場(香港含む)への出願を検討する必要があります。なお、日本は商標・意匠についてはパリ優先期間を6ヶ月としていますが、特許(発明)は12ヶ月ですので混同に注意が必要です。
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その他国際的連携: 香港知識産権署と日本特許庁の間で特許分野では審査ハイウェイ等の協力がありますが、意匠分野では審査自体が香港に無いためそうした枠組みはありません。しかし香港は英語運用であり、出願書類(願書や図面)も英語で作成できるため、日本企業にとって手続のハードルは比較的低いと言えます。日本は意匠の国際分類(ロカルノ分類)を参考情報としていますが必須ではなく、自国分類を用いてきました。一方香港は完全にロカルノ分類に依拠しています。この違いから、国際出願(ハーグ)で日本を指定する場合、日本独自の要件(例えば画像の書面提出方式や願書記載要件)があり注意が必要と指摘されています。もっとも近年日本も制度調和に努めており、外国出願との整合性は高まりつつあります。総じて、日本企業にとって香港での意匠保護は、ハーグが使えない点を除けば手続自体は平易であり、公用語の英語対応や審査なし制度により権利取得しやすい反面、権利行使時には日本以上に注意(無効化リスクや警告の出し方など)が必要、といった点が挙げられます。香港は模倣品対策マニュアル等でも日本企業に重要市場として紹介されており、上記の制度差を理解した上で戦略的に活用することが望まれます。
≪国際出願制度の比較≫
項目 | 香港 | 日本 |
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ハーグ協定加入 | 未加入(国際出願で指定不可)※中国加入も香港には不適用 | 加入国(2015~)。Hague出願で指定可能 |
外国優先権 | パリ優先権を6ヶ月認容 | 同左(パリ優先6ヶ月) |
再登録制度 | なし(中国本土・英国とは別個に要出願) | なし(意匠ごと各国出願が必要) |
言語・書式 | 英語 or 中国語。ロカルノ分類必須 | 日本語。図面要件や願書項目は独自(国際出願時は注意) |
審査協力 | (審査なしのため特になし) | ハーグ経由での他国指定可。審査ハイウェイ等は意匠では未展開 |
参考情報・出典Sources
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香港知識産権署(Intellectual Property Department, HK)公式サイト
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日本特許庁「香港知的財産保護マニュアル」(ジェトロ香港事務所 知的財産部 編)2021改訂版
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日本弁理士会 パテント誌「香港における工業製品の意匠保護:著作権と登録意匠」Andrea Fong(2014)
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INPIT海外知的財産プロデュースデータベース「香港における意匠制度の概要」「日本と香港の意匠出願における審査制度の比較」
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ジェトロ「香港 - 技術・知的財産権制度」関連ページ
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香港・コミュニティ法情報センター(CLIC)意匠Q&A