1. 登録要件(意匠登録の条件) サウジアラビアで意匠として保護を受けるには、主に以下の要件を満たす必要があります。
イタリアの意匠制度概要
登録要件
新規性および独自性(創作性): イタリアで意匠登録を受けるには、その意匠が新規であり、かつ独自の性格(individual character)を有することが必要です。新規性とは、出願前にその意匠と同一のデザインが公衆に公開されていないことを意味します。独自性とは、当該意匠が「情報を受けた利用者 (informed user)」に与える全体的印象が、それ以前に公表された意匠の印象と異なることを指します。要するに、既存のデザインに比べて十分に異なる外観上の特徴を持っていなければなりません。
不登録事由: 上記要件を満たさない意匠は登録できません。また、法令で定める特定の意匠は登録が認められません。例えば、純粋に機能上の目的のみで決まる形状(デザインの美的特徴がすべて製品の技術的機能に由来する場合)や、**他の製品との結合部分(いわゆる「マストマッチ」)**の形状は保護対象外です。さらに、公序良俗に反する意匠、他人の著作物や商標を無断で取り入れた意匠、国や自治体の紋章・徽章等を含む意匠も登録が拒絶されます。これらの除外規定に該当しないことも登録要件の一部といえます。
保護対象
意匠の定義: イタリア意匠法における「意匠」とは、製品の全体または一部の外観を指し、その外観は線状・輪郭、色彩、形状、質感、材料、および模様等の視覚的特徴によって構成されます。製品の装飾も含め、視覚で認識できるデザインが保護対象です。ここでいう「製品」には工業製品だけでなく手工業製品も含まれます。
バーチャルデザインの保護: イタリアでは、デザインが物理的な物品に具現化されていない場合でも保護可能です。例えば、コンピュータやスマートフォンの画面上に表示されるGUI(画面レイアウトやアイコン等)やアニメーションする画像など、スクリーン上のデザインも意匠として登録しうる旨が明示されています。これは近年のデジタル分野の発展を受けた柔軟な保護対象の拡大と言えます。
部分意匠: 製品の一部分のデザインも独立した意匠として保護可能です。例えば、自動車のテールライト部分のデザインや、衣服のポケット部分のデザインなど、製品全体ではなく一部に特徴がある場合に、その部分のみを意匠として出願できます。ただし複合製品の部品について部分意匠登録する場合、その部品が製品の通常使用時に消費者から視認できること、かつ当該部分自体が新規性・独自性を有することが条件です。
具体例: 登録できる意匠の範囲は非常に広く、2次元・3次元のあらゆる製品のデザインが含まれます。具体例として、包装や容器のデザイン、商品陳列(トレードドレス)的なデザイン、グラフィックシンボルやタイポグラフィ(書体)、ウェブ画面やアイコンのデザイン、布地の模様や縫製のステッチのデザイン、衣服のポケットなど部分的なデザイン等が挙げられます。一時的に使用する標章(例えば期間限定の装飾ロゴ)なども、商標としては登録できなくても意匠として保護可能な場合があります。
保護されないもの: 前述のとおり、技術的機能のみで決まる形状や、他製品との結合のために必要不可欠な形状(例えばレゴブロックの結合部分のようなもの)は意匠登録できません。また、自動車などの複合製品のスペアパーツ(修理目的で元の外観を復元するための部品)の形状も、交換部品市場の競争確保の観点から保護対象外とされています。その他、公序良俗違反や他人の権利を害するデザインも除外されます。
出願手続
所管官庁と言語: イタリアの意匠出願は、イタリア特許商標庁(UIBM)に対して行います。出願はオンラインでも紙でも可能で、商工会議所経由での提出も認められています。出願書類はイタリア語で作成する必要があります。出願人が外国企業・個人であっても、出願言語の要件は原則イタリア語です。
願書に含める内容: 願書には出願人の情報(氏名・住所等)、意匠の名称や製品名、必要書類の添付などが含まれます。最低限、出願人情報・意匠の図面(または写真)・所定の手数料の支払い証明が提出されれば出願日が認められます。また、パリ条約に基づく優先権を主張する場合は、その旨と先の出願情報を記載し、6か月以内に優先証明書を提出します(証明書が外国語の場合はイタリア語訳を2か月以内に提出)。
複数意匠一括出願: イタリアでは1件の願書で最大50意匠までまとめて出願することが可能です。しかも、それらの意匠がすべて同一のロカルノ分類に属している必要はなく、製品の分野が異なる意匠でも一括出願できます(追加の意匠ごとに手数料加算あり)。これは、例えば統一感のあるシリーズ商品のデザイン群をまとめて出願するといった柔軟な手続を可能にしています。ただし国際意匠出願(ハーグ)経由では、指定国の要件による分類制限がある点に注意が必要です(後述)。
出願公開と秘密意匠: イタリアには日本のような出願後の早期公開制度はありません。通常、意匠出願は登録が完了した時点で公告されます。もっとも、出願から登録までの間にも第三者は願書を閲覧できます。また、出願人は出願時に請求することで最大30か月、意匠出願の内容を非公開(秘密意匠)とすることができます。この公開繰延制度により、マーケット投入時期に合わせて意匠を秘匿し、後から公開・保護するといった戦略も可能です。繰延期間が経過するか出願人が早期公開を希望した場合に公告されます。
方式審査と登録: 出願された意匠は、まずイタリア特許商標庁による方式審査を受けます。方式審査では、願書の記載要件の充足や提出図面の適合性、意匠の定義に合致するか、公序良俗違反がないか等が確認されます。新規性や独自性といった実体要件についての審査(新規性審査)は行われません。これはEU諸国で一般的な登録意匠制度と同様で、審査の迅速化・簡素化のために行われています。そのため、例えば過去に類似意匠が存在しても庁の審査段階では指摘されずに登録されることがあります(後述のとおり、そのような意匠は利害関係人から無効主張される可能性があります)。
登録・発行: 方式審査に適合し、必要な手数料が納付されると、特許商標庁は意匠を登録し登録証を発行します。出願から登録までの期間は数か月程度とされており比較的迅速です。なお、意匠権(専用権)は登録によって発生し、公報に公告されます。ただしイタリア法では、出願から登録までの間であっても、出願が公開され第三者がデザインを閲覧可能な状態であれば、出願人はその意匠を他人に無断使用されることを差し止める権利を有すると解されています。つまり、秘密意匠でない限り出願日以降、公にされた時点で暫定的な保護が始まるとされています。
出願費用: 出願料は電子出願の場合50ユーロと紙出願の100ユーロに区分されており、オンライン手続による割引があります(複数意匠を一括出願する場合は若干高い設定)。登録料や初年度費用は不要ですが、5年目以降の存続期間更新の際に更新費用が発生します(後述)。
代理人と現地住所: 出願人がイタリア国内またはEEA(欧州経済領域)内に住所を持たない場合、現地代理人を通じて手続きを行うのが実務上必須です。代理人はイタリアの産業財産コンサルタント(弁理士)または弁護士で、所定の資格登録を有する者でなければなりません。日本企業が直接出願する場合は、通常イタリアの代理人に依頼し手続きを進めることになります(委任状の要否については後述)。
異議申立て: イタリアの意匠登録には異議申立制度がありません。したがって、登録後に第三者がその意匠の無効を求めたい場合は、後述のように裁判所に無効訴訟(取消訴訟)を提起する必要があります。
新規性喪失の例外(グレースピリオド)
イタリアにも意匠の新規性喪失の例外規定(グレースピリオド)があります。意匠の創作者本人(または承継人)が、自身のデザインを出願前に公開してしまった場合であっても、その公開日から12か月以内に意匠出願をすれば新規性が失われたものとは見なされません。例えば、国際見本市や展示会でデザインを発表した後でも1年以内であれば自己公開を理由に拒絶されることはない、ということです。これは欧州連合の意匠制度に共通する扱いで、日本の新規性喪失例外(6か月※日本法では2020年改正で1年に延長)と同様の期間が設けられています。
グレースピリオドの適用対象となるのは、創作者またはその承継人による公開、もしくは創作者らに対する不正行為(濫用)に起因する公開です。後者には、デザインを盗用されたり無断で第三者に公開された場合などが該当します。これらの場合、公開から12か月以内の出願であれば新規性喪失の例外が認められます。
なお、「専門界や利害関係者が通常入手できない形での公開」も新規性に影響しないと定められています。例えば、ごく限定された範囲での発表で市場で認識されないような場合には、厳密には公知とはみなされない旨が規定されています。もっとも実務上は、意匠の公開があった場合はできるだけ早く出願するのが安全です。
※グレースピリオドの適用を受けるには、その旨を願書で申告したり証拠資料を提出する必要があるかについて、イタリアでは明文の手続規定はありません。しかし、後日争いになった際に公開日や公開態様を証明できる書類(例えば展示会の公式カタログや出展証明など)を準備しておくことが推奨されます。
減免制度
手数料の減免: イタリアの意匠制度には、小規模事業者や大学等に対する官費の減免措置は特に設けられていません。全ての出願人が同一の手数料を支払う必要があります。ただし前述のとおり、電子出願に限って出願料が半額になる優遇措置があります。また複数意匠を一括出願した場合、個別に出願するよりも割安に済むメリットがあります。
※過去には一時的に特許・意匠の料金を無料化する政策(2006年)や、翌年に料金を復活させて体系を変更する措置が採られたこともありましたが、現在は通常の料金体系に戻っています。
委任状の要否・形式
代理人の要否: 上述のとおり、EEA域外の企業・個人が直接イタリアに出願する場合、通常は現地代理人を選任します。出願手続を代理人に依頼する際には、出願人から代理人への委任状(Power of Attorney) が必要です。イタリアでは代理人を通じて出願する場合に委任状の提出が求められており、これは出願と同時に提出するか、遅くとも出願後2か月以内に提出すれば足ります。
委任状の形式: イタリアの委任状は特に定型の用紙があるわけではありませんが、代理人(弁理士等)が用意する書式に出願人が署名する形で作成されます。公証人認証や領事認証は不要で、署名のみで有効です。電子出願の場合はスキャンしたPDF等で提出することになります。なお、一部の国では出願ごとに原本提出を要求する場合もありますが、イタリアでは署名済み委任状を一度提出すれば原則として追加提出は不要です(同一代理人による後続手続ではコピーで足りる場合があります)。
言語と記載内容: 委任状は通常イタリア語で作成されますが、出願人が日本企業の場合でも代理人が英語併記のフォーマット等を提供してくれるため問題ありません。記載内容は出願人・代理人の氏名住所、出願人が代理人に手続きを委任する旨、意匠出願に関する権限範囲などです。署名は出願人企業の代表者など権限者が行います。社印の押印は必須ではありません。
図面要件(視覚的表現)
図面(意匠の視覚的表現)の提出: 意匠出願には、保護を求めるデザインを示す図面または写真を添付する必要があります。イタリアでは願書に**製品の外観を示す画像データ(JPEG形式等)**を添付します。この画像がそのまま登録公報に掲載され、権利範囲の基礎となります。従って、提出する図面・写真は意匠の特徴を余すところなく明確に表現したものにする必要があります。
提出図面の種類と点数: 立体物の意匠であれば、通常は6面図(正面・背面・左右側面・上面・底面)を提出するのが望ましいとされています。これによりあらゆる方向から見たデザインを開示できます。必要に応じて斜視図(パース図)や拡大図、断面図等を追加して特徴部分を強調することもあります。一方、平面的な意匠(模様や画面デザイン等)の場合は主要な図面1枚で足りることもありますが、バリエーションや使用状態を示す図を補足することも可能です。
図面作成上の留意点: イタリアの意匠図面には細かな形式基準はありませんが、一般的に以下の点に留意します。(1) 背景や不要な物を写り込ませず、デザインの形状が明瞭に判別できる画像とすること、(2) 写真でも線図でも提出可能だが、一貫性のため同一出願内では様式を統一すること、(3) 色彩も保護したい場合はカラー画像で提出すること(白黒画像で提出するとその色彩は権利範囲に含まれない恐れがあります)、(4) 部分意匠の場合は、保護を求めない部分を点線や破線で描くか、またはその部分を描かず余白にすることで非対象部分であることを示す手法が用いられます(日本の部分意匠図面と類似の考え方です)。これらの工夫により、権利範囲を的確に表現します。
簡易な説明: イタリアでは意匠出願時に**意匠の簡単な説明(簡易説明書)**を添付する項目があります。これはデザインの特徴点などを文章で説明するものですが、提出は任意とされています。説明を付けることで図面では伝わりにくい意匠の特徴を補足できますが、説明に記載のない部分でも図面に現れていれば権利範囲に含まれます(説明は解釈の補助にすぎません)。そのため、日本の実務では意匠の説明は付さず図面で全て表現することも多いですが、イタリア代理人と相談の上で適切に対応します。
保護期間と更新
存続期間: 登録された意匠権の存続期間は、出願日から5年間です。この5年の登録期間は4回まで更新(延長)が可能であり、最長25年間存続させることができます。更新は5年ごとに行う仕組みで、25年経過後は意匠権は満了し、そのデザインは公有(パブリックドメイン)となります。
更新手続と費用: 存続期間を延長(更新)するには、各5年ごとに更新料を所定期限までに納付する必要があります。更新料は期間が後になるほど高く設定されており、例えば2期間目(出願から5~10年目)で30ユーロ、3期間目で50ユーロ、4期間目で70ユーロ、5期間目で80ユーロ(25年目まで)といった金額になっています。更新料は各期の開始前に前払いする必要があります。期限までに支払わない場合は6か月以内であれば追加料(現在100ユーロ)を支払って延滞納付する救済もあります。
権利維持の条件: イタリアの意匠権は、更新料の納付によって最長期間まで維持できます。不使用による権利取消制度はありません(意匠権には商標と異なり使用義務が課されていません)。したがって登録後は使用の有無にかかわらず更新さえすれば25年まで権利を存続できます。ただし、意匠と類似するデザインを他者が継続して公然使用している場合、長期間放置すると権利行使時に信義則上の制限を受ける可能性も考えられるため、権利者は適切な権利行使を検討することが望まれます。
侵害訴訟(訴訟の流れ・可能な救済措置)
侵害の判断基準: イタリアにおける意匠権侵害の判断は、「被疑製品のデザインが、登録意匠と情報を受けた利用者にとって異なる全体的印象を与えるか否か」に基づきます。異なる印象を与えない(つまり実質的に同じと評価される)場合は意匠権の侵害となります。これは日本の意匠の類似概念とほぼ同義ですが、欧州では**「情報を受けた利用者 (informed user)」**という基準が用いられ、一般消費者と専門家の中間に位置する知識を持つ仮想的なユーザーを前提に判断されます。
裁判管轄: 意匠侵害訴訟は、主要都市に設置された知的財産権専門部(専門部門)を有する民事裁判所が管轄します。イタリアでは約21か所に知財専門部があり、原告または被告の所在地や侵害行為地に応じて管轄裁判所が決まります。日本企業が関与するケースでは、ミラノやローマなど主要都市の裁判所が扱うことが多いです。裁判所には工業所有権法やEUデザイン規則に精通した裁判官が配置されており、専門性の高い審理が行われます。
訴訟の流れ: 権利者は侵害を見つけた場合、まず侵害者に警告書(警告状)を送付し任意の差止め・交渉を試みることが一般的です。それでも解決しない場合に民事訴訟を提起します。訴訟では差止め(販売等の禁止)や損害賠償を請求します。イタリアの裁判実務では、訴訟提起と同時にあるいは提起前に**仮処分(暫定的救済)を申し立てることが少なくありません。仮処分としては、仮差止命令(暫定的な差止の指示)や証拠保全(「描述 (descrizione)」と呼ばれる証拠収集手続)、および仮差押え(侵害品の一時的な押収)**等が利用可能です。
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仮の差止命令: 裁判所が発令する一時的な命令で、被告による侵害製品の製造・販売・広告を速やかに停止させるものです。必要に応じ、流通済みの在庫製品や宣伝物の回収も命じられることがあります。
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証拠の描述(証拠保全): 裁判所の命令により執行官が被疑侵害品や生産現場を立入り調査し、その状況を詳細に記録・撮影する手続です。帳簿や販売記録を確保することも含まれ、将来の本訴で証拠として用いるための資料を収集します。日本でいう文書提出命令や証拠保全に近い制度です。
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仮差押え(製品の押収): 侵害と証拠が明白な場合には、侵害製品や関連資料をその場で差し押さえる仮処分も可能です。特に展示会場などでは、警察官立会いの下で侵害品を押収し陳列を即時中止させることができます。
これらの仮処分は非公開かつ迅速に行われる点が特徴です。相手方に予告なく執行されるため、証拠隠滅や被害拡大を防止できます。裁判所は申立から平均して1~2か月以内に仮処分の可否を判断することが多く、権利者にとっては早期解決の有力な手段となります。仮処分が認められるためには、本案で権利が有効で勝訴の見込みが高いこと (fumus boni iuris) と 放置すれば権利者に回復困難な損害が生じる切迫性 (periculum in mora) を権利者が疎明する必要があります。仮処分命令が出れば、多くの場合当事者間で和解交渉が行われ、侵害者が権利者に一定の譲歩(製品の撤去や損害賠償金の支払い等)をして紛争が解決することもあります。
本訴及び救済: 仮処分で解決しない場合は、通常の訴訟手続(本案訴訟)に移行します。被告(侵害が疑われる側)は、抗弁として意匠権の無効主張を行うことができます。イタリアでは特許庁での無効審判制度がないため、意匠の有効性(新規性・独自性の有無)は裁判所で争うことになります。裁判所は必要に応じて過去の意匠を調査・参照し、登録意匠が無効事由に該当しないかを判断します。
最終的に裁判所が侵害ありと判断し、かつ意匠権が有効と認められれば、以下のような救済措置が命じられます。
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差止命令: 被告に対し、侵害行為の恒久的な停止を命じます(製造・販売・輸出入・広告の禁止)。必要に応じ、市場に出回った侵害品の**回収(リコール)**や破棄も命じられます。
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損害賠償または利益の返還: 被告の故意過失に基づく侵害で権利者に損害が発生している場合、損害賠償金が認定されます。または、侵害者がその侵害行為で得た利益相当額を権利者に移転させる「不当利得返還」の形がとられる場合もあります。賠償額の算定は、日本と同様に権利者の逸失利益、侵害者の得た利益、または実施料相当額等に基づきます。
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物品の廃棄・差押解除: 裁判所は侵害品や製造用具の廃棄を命じたり、権利者にその買受権を与えることがあります。また差押えしていた物品について正式な処分(没収等)を決定します。
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判決の公表: 権利者の求めに応じて、判決内容を新聞等に掲載するよう被告に命じることができます。侵害抑止と社会的信用回復を図る措置です。
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訴訟費用の賠償: 勝訴した権利者には、弁護士費用を含む一定の訴訟費用の支払いが被告に命じられます(イタリアでは原則として敗訴者が費用負担します)。
イタリアの通常の意匠侵害訴訟の審理期間は平均して約3年程度と言われています。もっとも、上記のように仮処分で早期に争点が整理・解決するケースも多く、実務的にはまず暫定的な救済を確保しつつ本格的な係争に備える戦略が取られます。
刑事罰の可能性: 注目すべき点として、イタリアでは悪質な意匠権侵害(特に意図的な偽造品の製造・販売)に対して刑事罰が科される場合があります。商標の偽造と同様、意匠権も産業財産権として刑法上の保護対象となっており、故意犯には6か月以上4年以下の懲役および3,500~35,000ユーロの罰金が規定されています。このように民事と刑事の両面から侵害抑止を図る枠組みがある点は、日本との大きな相違点と言えます(日本では意匠権侵害に刑事罰規定あり:10年以下の懲役等。ただし実際の適用は商標に比べ稀)。刑事手続については次項でも触れます。
行政摘発・税関差止め等
税関における水際措置: イタリアはEU共通の制度として、税関での知的財産権侵害品の差止め制度が整備されています。意匠権者は税関当局に申請を行い、自社の登録意匠を侵害する疑いのある物品の輸出入を発見した際に差し止め(拘留)してもらうことができます。この制度はEU規則(※現行はEU規則608/2013号)に基づいて運用されており、イタリア税関は欧州内でも非常に積極的かつ効率的に模倣品の摘発を行っていることで知られています。権利者は税関に対し侵害物品の特徴情報や真正品との識別ポイントを提供しておくことで、発見率を高めることができます。
税関が意匠権侵害の疑いがある貨物を発見すると、その貨物は一時留保(差止め)され、権利者に通知が来ます。権利者は一定期間内にその貨物が自分の意匠権を侵害しているかを判断し、侵害であれば没収・廃棄の手続を進めます。侵害が明らかでかつ相手方(貨物所有者)が同意すれば、裁判を経ずに廃棄処分する簡易手続も可能です。そうでない場合は、権利者は差止め維持のために民事訴訟や刑事告発を行う必要があります。税関差止めの利点は、模倣品が市場に出回る前に封じ込められる点にあります。
国内市場での行政・刑事措置: 税関以外にも、イタリアでは金融警察(Guardia di Finanza)を始めとする行政・警察機関が国内市場での模倣品摘発に注力しています。知的財産権者が被害申告を行った場合、警察が市場や倉庫の捜索を行い、侵害品を押収することがあります。特に悪質なケースでは、そのまま刑事事件として立件されることもあります。
前述のとおり、意匠権侵害には刑事罰が定められており、実際に大量の偽造品を販売していた業者が摘発され、懲役刑や高額の罰金を科せられる判決が出た例もあります。イタリア刑法では、商標・意匠・特許の侵害行為について厳しい罰則規定(2009年法改正で強化)が置かれており、組織的な偽造品ビジネスに対しては最高で6年の禁錮刑まで科し得る重罰主義をとっています。他方で、少量の違法コピー商品を販売していた程度であれば**行政罰(罰金)**に留まる場合もあり、悪質性に応じた運用がなされています。
知的財産権者は、民事訴訟による救済に加えて、こうした行政摘発や刑事告発の手段も活用できます。ただし刑事手続は明白な海賊版・偽造品の場合に限定される傾向があり、単なるデザインの類似・模倣(いわゆる「緩やかなコピー」)程度では警察が動かないこともあります。権利者としては、ケースに応じて民事と刑事の両面から戦略を検討するとよいでしょう。総じてイタリアは行政・司法が一体となって知財侵害品の排除に積極的な国であり、日本企業にとっても安心材料となります。
国際出願との関係(ハーグ制度等)
ハーグ協定による国際意匠出願: イタリアはハーグ協定(ジュネーブ改正協定)の締約国であり、日本も同協定加盟国であることから、ハーグ国際意匠制度を利用してイタリアにおける意匠保護を得ることが可能です。日本企業が国際出願を行う場合、指定締約国として「イタリア」を選択すれば、国際公表後に国際登録の写しがイタリア特許商標庁(UIBM)に送付されます。イタリアは実体審査を行わないため、提出図面など方式要件に問題がなければ原則拒絶理由が通知されることなく保護が発生します。つまり、ハーグ出願経由でも国内出願とほぼ同様の手続・効果で意匠権を取得できます。
ハーグ出願では一出願で複数意匠(最大100意匠)を含めることが可能ですが、同一のロカルノ分類内に限るという要件があります。他方、イタリアの国内出願は前述のとおり分類を問わず50意匠まで包含可能です。したがって複数意匠の出願戦略として、異なる分野のデザインをまとめて保護したい場合はイタリアに直接出願した方が有利なケースもあります。もっとも、多数意匠を含む場合の費用や各国審査の観点から、実務上は同種製品ごとに分けて出願することが多いです。
欧州共同体意匠制度: イタリア国内でデザインを保護する方法としては、イタリア国際出願のほかにEUの意匠制度(登録共同体意匠:RCD)を利用するルートも重要です。イタリアはEU加盟国ですので、アリカンテの欧州連合知的財産庁(EUIPO)に意匠登録(RCD)すればイタリアを含む全加盟国で効力を有する意匠権が得られます。EUIPOでの共同体意匠も保護要件(新規性・独自性)はイタリアと同じで、存続期間も5年×5期(25年)と共通しています。違いとしては、一出願で提出できる意匠は同一分類内に限られる点(例えば家具のデザインと靴のデザインは分けて出願)や、手数料体系などが挙げられます。
イタリア企業や欧州で広く展開する企業は、最初からEUIPOで共同体意匠を取得することが一般的です。一方、日本企業が特定国(例えばイタリアとドイツだけ等)でしか事業をしない場合、各国に個別に出願した方が費用を抑えられることもあります。ハーグ協定を使えば一度の国際出願でイタリアおよびEUを同時指定することも可能です(EUを指定すればEU全域で保護獲得)。
未登録意匠制度: EUには登録を要しない未登録共同体意匠という制度もあり、初公開から3年間、模倣行為に対してデザインを保護できます。イタリア国内でデザインを公開すれば自動的にEU全域で未登録意匠権が発生するため、短期間の商品などに対して活用される場合があります。ただし未登録意匠権は故意に模倣した場合にのみ効力が及ぶなど権利範囲が限定的であり、期間も3年と短いため、重要なデザインはやはり登録による25年保護を確保することが推奨されます。
以上より、イタリアでデザイン保護を図るには、(1)イタリアに直接出願して登録意匠を得る、(2)ハーグ国際出願でイタリアを指定する、(3)EUIPOで共同体意匠を登録するといった選択肢があります。保護範囲の広さやコスト、手続の簡便さを考慮して、自社のニーズに合ったルートを選択すると良いでしょう。
イタリア意匠制度の要点比較表
以下に、上述したイタリアの意匠制度の主要ポイントを表にまとめます。
項目 | イタリアの意匠制度 |
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登録要件 | 新規性(世界的に新しいこと)および独自性(既存デザインと異なる全体印象)が必要。不登録事由あり(公序良俗違反、純粋に機能形状、結合部品などは登録不可)。実体審査では新規性・独自性は審査されない。 |
保護対象 | 製品の外観デザイン(全体または一部)が対象。2D・3D問わず、画面上のアイコン等無形のデザインも保護可能。部分意匠制度あり(通常使用時に見える部品なら可)。機能のみで決まる形状やスペアパーツ等は保護対象外。 |
新規性喪失の例外 | グレースピリオド:12か月。創作者等による公開または不正な公開から12ヶ月以内の出願は新規性喪失と見なさない。EUで通常入手し得ない公開も例外扱い。期間経過後は自己公開でも拒絶理由となる。 |
出願手続 | 出願先はイタリア特許商標庁(UIBM)。オンライン出願可(手数料割引有)。願書はイタリア語。一出願で最大50意匠まで包含可能(Locarno分類問わず)。出願時に最大30か月公開繰延請求可。方式審査のみで数ヶ月で登録。異議制度なし。 |
図面(意匠の表現) | 出願時に図面または写真を提出(JPEG等)。立体物は6面図推奨。部分意匠は非該当部分を破線等で表示可。カラーも可。簡単な説明の添付任意(図面の補足説明)。提出図面が権利範囲を決定。 |
委任状 | 代理人経由で出願する場合委任状(Power of Attorney)が必要。署名のみで有効(認証不要)。出願後2か月以内まで提出可。EEA域外出願人には現地代理人選任が実質必須。 |
手数料減免 | 減免制度なし(小企業向けの官費減免等は無し)。オンライン出願は手数料半額。追加意匠ごとに加算料あり。維持年金は5年毎に必要。 |
存続期間・更新 | 登録日(=出願日)から5年間有効。以後5年毎に更新可能で最長25年。更新料は期ごとに漸増(例:2期目30€→5期目80€)。25年経過後は延長不可。 |
侵害に対する措置 | 民事訴訟: 専門部付き裁判所で扱う。差止め・損害賠償等請求。仮処分制度が充実(仮差止め・証拠収集・侵害品押収)。平均審理期間3年。裁判で無効主張可(無効審判は無し)。救済措置:恒久差止、賠償、侵害品廃棄、判決公表等。刑事措置: 悪質な偽造には刑事罰適用あり(1~4年の懲役+罰金)。警察・検察による差押えや起訴も可能。 |
行政摘発(税関含む) | 税関差止め: EU規則に基づき税関で模倣品を水際差止め可能。権利者申請により輸入品を監視・拘留し、侵害品は廃棄処分へ。行政取締: 国内でも金融警察等が市場で偽造品を摘発。見本市での即時押収例も。軽微な場合は行政罰、悪質な場合は刑事訴追され厳罰(懲役刑)になり得る。 |
国際出願との関係 | ハーグ協定加盟: 国際意匠出願でイタリア指定可(実体審査なしで国内登録と同等効力)。EU意匠: EUIPOで登録した共同体意匠はイタリアを含むEU全域をカバー。未登録共同体意匠による3年保護も利用可。ニーズに応じ直接出願・ハーグ・EUIPOを使い分け可能。 |
※表中の【】内は出典参照先を示しています。
参考文献・出典
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【27】 Società Italiana Brevetti (SIB), “Protecting designs in Italy: filing and registration with the Italian Patent and Trademark Office” (2023年)(イタリアの大手特許事務所による意匠制度解説記事)
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【5】【6】 日本特許庁『各国産業財産権制度概要 イタリア』(2023年版)(意匠制度の主要事項を網羅的に解説した日本語資料)
-
【9】 IP Coster, “Industrial Design registration in Italy – IP Guide” (国際特許事務所ネットワークによる各国意匠出願ガイド)
-
【15】 页之码(Yezhimaip)「イタリアの意匠出願書類の要件は何ですか」(中国語サイト日本語版、意匠出願に必要な図面点数等のQA)
-
【20】 GLP Intellectual Property Office, “In brief: design enforcement in Italy” (Lexology, 1 Nov 2022) (イタリアにおける意匠権行使の実務に関する解説)
-
【23】 Cesare Galli, “Italy: Stronger enforcement dovetails with augmented border control and harsher punishments” (World Trademark Review, 29 Sep 2023) (模倣品取締の強化策と刑事罰に関する報告)
以上の資料の情報に基づき、イタリアの意匠制度について正確にまとめました。