商標登録時の色の扱いと法的枠組み...
台湾における色付き商標の使用と色違い使用の取扱い
台湾商標法における「登録商標の使用」と同一性の概念
台湾では商標権取得に際し使用実績は不要ですが、登録後3年以内に商標を使用しないと取消対象となります(商標法第63条)。ここで重要なのが、「登録商標の使用」と認められるためには、実際に使用する商標と登録商標が社会通念上同一であることです。台湾商標法第64条では、「たとえ実際に使用している商標が登録商標と多少異なっていても、一般消費者の認識において同一性を失っていなければ、登録商標の使用とみなす」と規定されています。つまり、商標権者は登録した商標の態様に従って使用する義務がありますが、サイズ・字体・配置・色彩などの細部に生じる軽微な差異は、商標の主要な識別性を損なわない限り許容されます。社会取引上一般的な範囲で消費者が同一の商標だと認識できる変化であれば、「登録商標の使用」に該当すると判断されるのです。
この「同一性」の判断はケースバイケースで行われ、商標の主要な識別特徴(識別力を支える本質的要素)が変わっていないかがポイントになります。例えば、文字商標で一部フォントを変えたり、大きさや縦横比を調整しても、文字列そのものが同じであれば同一性は維持されます。またロゴマークでも、デザインの基本的構成が同じであれば配色や細部のごく軽い変更は許容される場合があります。一方で、商標の主要部分を省略したり大幅に改変した場合は当然同一性が失われ、登録商標の使用とは認められません。したがって、商標権者としては登録商標と実際使用商標との同一性をできるだけ保つことが実務上重要です。
色付きロゴ商標の登録と色違いでの使用
色付きで登録したロゴ商標を、実際には黒一色など色違いで使用することは、同一性の判断上とくに注意が必要です。台湾知的財産局(TIPO)のガイドラインによれば、商標の登録時の色彩と異なる色で使用した場合、その使用商標が登録商標と同一性を有するか否かを個別に判断するとされています。具体的には、以下のような原則が示されています。
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登録商標が白黒または単一色であれば:実際の使用時に他の色を付していても、それが単なる形式上の違いに過ぎず商標の主要な識別特徴を実質的に変えないなら、登録商標の使用と認められます。例えば、白黒で登録したロゴを青色で表示しても、図形や文字の形状など識別上の要部が同じであれば、一般消費者は同じ商標と認識するため問題ないと判断されます。
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登録商標が特定の複数色の組合せで登録され、色彩自体が識別上の要部となっている場合:実際の使用時に黒一色や別の配色で使用すると、消費者に与える商標の印象が登録時と変わり、同一とはみなされない可能性が高いとされます。つまり、色彩が商標のブランドイメージを特徴づける要素である場合には、その色を変更してしまうと同一性が失われ、「登録商標の使用」と認められなくなるということです。
以上をまとめると、色付きで登録した商標を色違いで使用することが許容されるかは、変更された色彩が商標の識別力に与える影響次第です。色の変更がブランド識別力に与える影響が軽微であれば許容されますが、色そのものがブランドの印象を左右する場合には非常にリスキーと言えます。
色の変更に関するTIPOの審査基準と具体例
台湾TIPOは商標の色違い使用について明確な基準を示しています。前述のように、白黒登録 → カラー使用は原則同一と認められ、カラー登録 → 異なる色で使用は基本的に同一と認められない、という方針です。この基準は一般社会通念および消費者の認知を重視しており、要するに「色が変わっても消費者が同じ商標だと受け取るか」が判断基準になります。
具体的な審査例として、TIPOの「登録商標使用の注意事項」では図解付きで分かりやすい事例が示されています。例えば:
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事例A(同一性が認められる): 登録商標の態様=黒色の図形ロゴ、実際使用の態様=その図形を赤色で表示。図形そのものに変化はなく、色が異なるだけなので登録商標の使用とみなされる。
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事例B(同一性が認められない): 登録商標の態様=青と緑の二色で構成されたロゴ、実際使用の態様=ロゴをモノクロ(黒)で表示。登録時に色彩の組合せまで含めて識別力を認められた商標が、色を変えて使われたケースであり、元のカラーイメージが損なわれるため同一商標とはみなされない。この場合、その黒色ロゴでいくら使用実績を積んでも、青緑カラーで登録した商標の使用実績とは認められなくなります。
さらに、台湾には「色彩商標」(色そのものや色の組合せのみからなる商標)の制度もあります。色彩商標の場合、特定の色配置自体が権利の内容であるため、登録した色を変更して使用することは原則認められません。例えば、商品包装の特定位置に配置した二色のストライプを色彩商標として登録した場合、色を変えてしまうと全く別の標識になってしまうので、同一性は失われます。このように色彩そのものを本質とする商標では色の変更はNGですが、今回のテーマである「色付きロゴ商標」(図形や文字+色彩)についても、実務上は色彩の変更がどれだけブランド識別力に影響するかを基準に慎重に判断されているのです。
色違いで使用することの実務上のリスク
色付き商標を登録したのに実際には色違い(例:黒一色)で使用している場合、企業は以下のような実務上のリスクに直面します。
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不使用取消(使用義務違反)リスク: 登録から3年以上、登録商標と同一といえない態様で使用を続けると、第三者から不使用取消審判を請求される恐れがあります。実際に登録通りの色で一度も使っていないような場合は非常に危険です。取消請求が来た際に、黒一色の使用実績を提出しても「それは登録商標(カラー)の使用とはみなされない」と判断され、商標権を失う可能性があります。台湾実務では、白黒で登録しておけばカラー使用も使用と認められる一方、カラーで登録した商標を色違いで使用すると取消リスクが高まることが指摘されています。
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商標権の範囲が限定される/権利行使上の不利: 色付きで登録した商標は、その登録された特定の色彩に限定された権利と解釈されます。そのため、他者が色違いの類似商標を使っている場合に、こちらの権利で制止できるか微妙になる可能性があります。例えば、自社が青と緑のロゴを登録している間に、第三者が同じ形状でモノクロのロゴを使用していたとしても、色が異なることを理由に「非類似」と主張されるリスクがあります(もっとも、形状が同一であれば色違いでも類似判断されるケースは多いですが、争訟上、登録商標の色彩限定が仇となる可能性は否定できません)。
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不意の権利喪失リスク(他人の商標との抵触): 登録商標とは異なる態様で商標を使用することによって、逆に他人の先登録商標と類似してしまうケースもあります。この点、台湾商標法第63条第1項第1号は、商標権者が登録商標を変更して使用し、その結果他人の登録商標と同一・類似になり混同を生じさせる恐れがあるときは、当該商標の取消事由になると規定しています。実際に起きた例として、台湾で「FLYANT及び図形」という商標(蟻の図形を含むロゴ)を黒色で登録した権利者が、実際の使用時にその蟻の図形を赤色に変更しデザインも一部変えて使用したところ、先に他社が持っていた赤い蟻の商標と酷似する態様になってしまい、商標権の取消を招いた事件があります。このケースでは、登録商標と使用商標の不一致が第三者権利との抵触を生み、結果的に自らの商標権を失うという教訓的な結果となりました。したがって、登録内容と異なる色で商標を使う場合は、他社商標との紛争リスクも慎重に検討すべきです。
以上のように、登録した色と異なる態様で商標を使用することは、権利維持・行使の両面でリスクが高いことが分かります。特に中小企業やスタートアップでは、ブランドロゴのデザイン変更・カラーバリエーション展開もあり得るため、「登録したけれど使っていない」という事態にならないよう計画的な対応が必要です。
出願時に色彩を限定するか否かの戦略
上述のリスクを踏まえ、商標出願時に色彩を限定するかどうかは重要な戦略ポイントです。一般に、色彩を限定しない(白黒/モノクロの)商標で出願するメリットと、あえて色付きデザインで出願するメリットを比較検討する必要があります。
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色彩限定なし(白黒商標)で出願するメリット: 白黒(または特定単色)で商標登録しておけば、実際の使用時にどんな色で表示しても原則「登録商標の使用」と認められるため、将来的なデザイン変更や多色展開に柔軟に対応可能です。例えばロゴの色を季節や媒体によって変えるようなブランド戦略の場合でも、権利維持に影響が出にくくなります。また権利範囲も広く解釈されやすいため、他者が色違いで真似してきた場合でも対処しやすいという利点があります。実務的にも、「将来的に色彩を変更する可能性がある場合は、権利範囲が広く柔軟に運用できる白黒商標での出願が推奨される」とされています。
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色付き(カラー)商標で出願するメリット: デザインによっては、色を付すことで初めて識別力が高まる場合があります。台湾実務では、シンプルな図形で識別力が弱い場合には白黒出願だと拒絶されやすく、カラーで出願した方が登録査定を受けやすい傾向があると報告されています。つまり、ロゴそのものに独創性が乏しくても特定の色彩の組合せによってブランドイメージを形成しているようなケースでは、あえてそのカラーで出願することにより登録可能性が高まる利点があります。また、自社ブランドカラーが明確に定まっており、その色で市場に認知されている場合には、その色彩まで含めて権利化することで模倣品対策を強化できる面もあります。ただしこの場合でも、実際の使用は登録した色で統一する覚悟が求められます。ブランドイメージ維持のため常に同じ色でロゴを使う方針であれば問題ありませんが、もし状況に応じて色を変える可能性が少しでもあるなら、色を限定した出願は慎重に検討すべきです。
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複数バージョンでの出願も検討: 予算に余裕がある場合やブランド保護を万全にしたい場合、同一デザインで白黒版とカラーバージョンの両方を出願・登録しておくことも有効です。白黒版で広範な権利を確保しつつ、カラーバージョンも登録しておくことで、その特定色について第三者の登録を牽制できる利点があります。例えば、コカコーラ社は赤背景に白文字のロゴで知られていますが、白黒版のロゴ商標も同時に保有するといったケースです。もっとも、一般の中小企業にとっては費用対効果も考慮する必要があり、基本的には汎用性の高い白黒で登録し、どうしても色を権利に入れたい場合だけ併願するといった戦略が現実的でしょう。
まとめると、「色彩限定なし」の出願は柔軟性・安定性の観点から有利ですが、商標の識別力確保やブランド戦略によってはカラー出願が適する場合もあるということです。自社のロゴが色を変えても識別されやすい独自性を持つなら白黒出願で問題なく、一方色込みでブランドイメージが確立しているならその色で出願する価値があります。重要なのは、登録後の運用まで見据えて出願時に判断することです。
実務担当者へのアドバイスと参考情報
台湾で商標を運用する企業の実務担当者にとって、登録商標と実際の使用態様の一致は見落としがちなポイントです。日本など他国でも類似の概念はありますが、台湾では取消リスクなどが明文化されている分、特に注意が必要です。
実務上のアドバイスとしては:
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登録証に記載の商標態様を確認: 登録後にブランドロゴを変更・リニューアルした場合、必ず商標権の登録内容と照らし合わせてください。変更内容が軽微かどうか判断に迷う場合は、台湾の専門家に相談することをおすすめします。
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証拠保管と使用の一貫性: 商標の使用証拠(広告物、パッケージ、取引書類など)を日頃から蓄積し、できる限り登録商標と同じ態様で各商品・役務に使用するよう心がけてください。万一取消審判を請求されても、同一性に関する無用な争いを避けるため、登録商標そのものの使用実績を示すのが最善です。
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カラー商標登録の維持: 色付きで登録した商標は、登録と同じ色で使い続けることが大前提です。社内でデザイン変更の検討が出た際は、商標権への影響を評価し、必要なら新しい色で商標を追加出願するなど対応しましょう。使用色の変更を先に行い、後追いで登録変更はできない(※台湾では登録後の商標の変更は認められず、新規出願が必要)ため、計画的な権利取得が大切です。
最後に、参考情報として台湾知的財産局や台湾の知財専門事務所による解説にも目を通すと理解が深まります。TIPOの公式サイトでは商標の使用に関する注意事項が公開されており、日本語翻訳版も存在します。また、Wisdom国際法律事務所のニュース記事では、実際に使用する商標が登録商標と異なる場合の判例(活力ホールインワン事件)について詳しく解説されています。そこでは、「登録商標と社会通念上同一と認められる範囲で使用すべき」ことや、部分的な省略が同一性喪失と判断された事例が紹介されており、実務の参考になります。
台湾で商標管理を行う企業にとって、色彩の扱いは権利の死活に関わりうる重要事項です。商標出願時から使用に至るまで一貫して戦略を立て、柔軟かつ確実なブランド保護を図ることが肝要でしょう。上述したポイントを踏まえ、色付きロゴ商標を安心して運用できるよう万全の準備を整えてください。
参考文献・情報源: 台湾智慧財産局「登録商標使用の注意事項」(2008年制定・2012年改正)、JOU特許事務所Q&A、WPTO商標プロセス解説、Wisdom法律事務所ニュースほか.