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トルコの商標制度概要

日本企業のクライアント向けに、トルコの商標制度について出願から登録、維持管理、紛争処理までのポイントをまとめます。トルコでは2017年に新しい産業財産法(工業所有権法第6769号)が施行され、商標の出願手続や異議申立制度、取消手続などが大きく変更されました。以下、各トピックごとに実務上知っておくべき事項を解説します。

出願から登録までの流れ

出願要件と代理人:トルコでは日本企業を含む外国企業・非居住者は、現地の弁理士(商標代理人)による代理が必要です。出願時に代理人への委任状(Power of Attorney)を提出する義務はありませんが、代理人はクライアントから署名済み委任状を保持しておく必要があります(庁から要求があれば原本や認証副本の提出が求められます)。トルコはニース分類に加盟しておりマルチクラス出願も可能です。願書には、出願人情報、代理人情報、商標の描写(図形商標の場合は画像ファイル等)、指定商品・役務のリスト(ニース国際分類に基づく)などを記載します。必要であれば優先権の主張も可能で、優先権証明書は出願日から3か月以内に提出します。電子オンライン出願にも対応しており、日本からも電子的に手続可能です。

審査手続:出願後、まず方式審査が行われ、書類の不備や手数料の納付状況、商品分類の適切性などがチェックされます。不備があれば通知され、通常2か月以内に補正する機会が与えられます。方式要件を満たすと、審査官による実体審査(絶対的登録要件の審査)に進みます。トルコ特許商標庁(TÜRKPATENT)は絶対的拒絶理由として、商標の識別力欠如や記述的な表示、商品・役務の品質誤認惹起のおそれ、公序良俗違反などを審査します。またトルコの審査実務では、同一またはほぼ同一の先願商標(同一または同種の商品・役務に関するもの)が存在する場合も絶対的拒絶理由として拒絶され得ます。これは日本でいう相対的拒絶理由に近いですが、トルコ法では審査段階で明白に抵触する商標は職権拒絶される仕組みです。ただし類似の先商標による混同のおそれについては職権では判断されず、後述の異議申立てがなければ登録される点に留意が必要です。

審査の結果、拒絶理由が通知された場合、出願人は通知日から2か月以内に意見書を提出して拒絶に対する不服を主張できます。意見書により審査段階での拒絶決定が覆った場合、出願はそのまま公告手続に進みます。部分的拒絶の場合(指定商品等の一部のみ拒絶)、拒絶されなかった範囲でいったん公告されますが、意見書により拒絶部分が覆れば再度全体が公告されます。審査で問題がなく通過した場合も同様に官報公告となります。

公告・登録査定:審査をクリアした商標出願は商標公報に2か月間公告され、異議申立てを受け付けます。この公告期間に異議がなく経過するか、異議があっても最終的に出願人側が勝訴した場合、庁は出願人(代理人)に対し登録料の納付通知を送ります。出願人は通知から2か月以内に所定の登録料を支払う必要があります。期限内に支払えば商標は登録され、登録証が発行されます。登録料を期日までに支払わない場合、登録されず権利化はされませんので注意が必要です。

出願から登録までの期間:手続が順調に進み、拒絶理由通知や異議申立てがないケースでは、出願から登録完了まで概ね8~10か月程度です。ただし異議や不服審判が生じれば期間は長引きます。またマドリッド協定議定書経由の国際出願の場合、国際事務局から通知を経て審査されるため、一般に純粋な国内出願より処理期間が長くなる傾向があります(詳細は後述)。

異議申立て制度

異議申立ての概要:トルコでは、商標出願の官報公告後2か月以内に利害関係人が異議申立てを行えます。※2017年1月の新法施行以前は3か月間でしたが、現在は2か月に短縮されています。異議申立てを行うことで、登録前に出願を拒絶させるチャンスがあります。異議の根拠は絶対的拒絶理由相対的拒絶理由のいずれも主張可能であり、悪意による出願も異議理由となり得ます。例えば「出願商標が記述的である」「出願商標が登録済み周知商標と類似し混同のおそれがある」「他人の周知未登録商標の権利を害する」「出願人に悪意がある」等、多様な理由で異議申立てができます。異議を申し立てられるのは利害関係人のみと規定されていますが、絶対的理由の場合は市場の競業者なども利害関係を主張して異議を出すケースがあります。相対的理由(先願権利との抵触など)の場合は通常、先に権利を持つ商標権者や使用者が異議申立人となります。

異議申立て手続き:異議申立ては特許商標庁(TPTO)に対して行います。代理人経由で異議を出す場合、提出時に委任状を添付しないと方式不備で却下されるので注意が必要です。異議が受理されると、国内出願の場合は庁から出願人に対し異議理由の通知が送付されます。出願人(申請人)は通知受領後1か月程度の期限で意見書(答弁書)を提出し、異議理由に反論する機会が与えられます。この期間内に答弁書を提出しなくとも手続きは進行しますが、提出しない場合でも庁は職権で異議理由を検討し判断を下します。国際出願(マドプロ指定)の場合は庁から直接異議通知が出願人に送達されない点に注意が必要です。国際登録の名義人にはWIPO経由で暫定拒絶通知が届くことになりますが、見落としのないよう管理することが重要です(マドプロ出願の注意点は後述)。

異議理由について庁は書面審理を行い、必要に応じ追加情報の提出を求めることもあります。なお、異議申立ての審理中、異議の根拠とした登録商標が5年以上前から登録されている場合、出願人は異議申立人に対しその登録商標の使用証拠を提出するよう求めることができます。これは不使用防御制度と呼ばれ、異議で引用された商標が長期間未使用である場合にその異議を退けるための仕組みです。異議申立人が正当な使用を過去5年以内に行っていたことを証明できない場合、異議は却下されるか、証明できた商品・役務の範囲に限定して検討されます。このため、他国で登録から5年超の商標に基づき異議を行う際は、トルコ国内での使用実績を事前に準備しておく必要がありますし、逆に出願人側としては相手の不使用を突いて異議を無効化できる可能性があります。

審理の結果、庁は異議を認めて出願を全部または一部拒絶するか、異議を退けて出願を維持する決定を行います。決定までの標準的な審理期間は約6~8か月とされています。異議決定に不服な当事者(出願人・異議申立人の双方)は、決定の通知日から2か月以内に特許商標庁内の再審査審判部(Re-examination and Evaluation Board)に対し審査の再評価を求める不服申立て(審判)を行うことができます。不服申立ても書面審理で行われ、当事者双方に1か月程度の追加意見提出の機会が与えられます。審判部による判断にもなお不服な場合、最終的にはアンカラ知的財産裁判所に対し、決定の取消訴訟を提起することができます。訴訟の提起期限は審判決定通知から2か月以内です。裁判では特許商標庁および異議の相手方を被告として指名し、裁判所が審理を行います。裁判所の判断まで含めると異議段階から解決まで数年規模になることもありますので、異議申立てを受けた場合は早期に専門家と相談して適切な対応策を取ることが重要です。

無効・取消制度

商標登録後でも、一定の理由があればその登録を無効または取消にする手段が用意されています。トルコ法では**「無効(invalidity)」「取消(cancellation)」**が区別されていますが、ここでは概略を説明します。

無効審判(登録無効):登録商標が、本来登録されるべきでなかった場合には、無効とすることができます。無効理由として主張できるのは、出願時に遡って存在していた絶対的拒絶理由または相対的拒絶理由です。例えば、「その商標が記述的で本来登録できないものであった」「他人の先願商標と紛らわしいものであった」「出願人に悪意があった」等が無効理由になります。無効請求(無効訴訟)は登録日から5年以内に提起する必要があります。ただし出願人の悪意に基づく無効主張は時限なく行えます。この5年の制限は、権利安定の観点から、善意の登録から長期間経過した後には相対的理由に基づく無効主張を制限する趣旨です。また、登録から5年以上経過した商標でも、権利者が後発的にその類似商標の使用を知りつつ5年間異議や差止をしなかった場合、権利不行使(黙示の容認)とみなされ、それ以上その商標に対して無効主張や差止請求をできなくなる規定もあります。したがって、他社による類似商標の使用を把握した際には放置せず、適時に法的措置を検討することが求められます。

無効の手続は、基本的には知的財産裁判所への訴訟によって行われます。無効となった場合、その商標登録は遡及的に効力を失い、初めから登録されていなかったものとみなされます。なお未登録の周知商標の使用者は、自らの使用に基づいて他人の登録を無効にできる場合があります(先使用権・周知商標による無効)。無効理由の立証責任は請求人側にありますので、証拠(例えば先行商標の存在や周知性を示す資料など)を十分準備する必要があります。

取消(不使用取消・商標権の消滅):登録後、商標が適切に使用されていなかったり、商標としての機能を喪失した場合には、取消(権利の消滅)を請求できます。代表的なのが不使用取消で、登録から5年経過後にその商標がトルコ国内で継続して使用されていない場合、利害関係人は取消を求めることができます。取消請求された場合、商標権者は請求の通知から1か月以内に使用の証拠を提出しなければなりません(正当な理由がある場合を除き不使用は権利維持に致命的です)。一度だけ追加で1か月の延長が認められることもあります。この不使用期間算定にあたっては、取消請求直前の駆け込み使用(請求前3か月以内の使用)は考慮されません。正当な使用の証拠提出がなければ、商標は取消されます。2017年施行の現行法では、本来特許商標庁(TPTO)が不使用取消の審理権限を持つと規定されましたが、移行措置により2024年1月10日からTPTOでの取消審理が開始されました。それ以前は裁判所で扱われていたため手続きに時間と費用が掛かりましたが、現在は行政的な取消審判手続でより迅速かつ低コストに不使用取消を行えるようになっています。この法改正により、不使用取消請求は今後増加すると予想されています。商標権者は取り消しを防ぐため積極的な使用使用証拠の蓄積に努めることが実務上重要です。特にトルコではライセンス供与先での使用も自らの使用と認められるため(後述)、ライセンシーによる使用実績も証拠になります。

不使用以外にも取消理由がいくつかあります。典型例として「商標がその普通名称(一般名称)化してしまった場合」や「商標の使用が登録商品・役務の品質等について誤認を生じさせるようになった場合」には、その登録は取消対象となります。例えば、商標が登録後に特定商品分野で一般名となってしまった場合(例:エスカレーターのように商標が普通名称化)、また登録商標を権利者自身または許諾を受けた第三者が不適切に使用した結果、公衆を誤認させるようになった場合などです。さらに、団体商標や保証標章(認証標)の場合で、その使用が定められた規約に反したときも取消し得るとされています。これらの取消事由についても、2024年からはTPTOが第一次的な審理権限を持つことになりました。取消の効果は、非使用取消や普通名称化など事後的事情に基づく取消は請求日以降将来に向かって生じますが、請求前にその事情(例:普通名称化した日)がある場合は遡及効を持たせることも可能です。一方、絶対的・相対的理由による無効は前述のとおり登録時に遡って効力を失わせます。

実務上の留意点:無効・取消を検討する際は、まずどの理由に該当するかを見極め、手続の管轄(TPTOか裁判所か)を確認します。不使用取消・普通名称化等は現在TPTOへの申立てで比較的容易になりましたが、無効(先願権に基づく取消等)は引き続き裁判所での訴訟提起が必要です。また、日本企業が現地で長年商標を使用していない場合、知らぬ間に第三者から取消請求をされるリスクが高まっています。5年未使用であれば誰でも取消請求を起こしうるため、防衛策として5年以内ごとに新規出願し直すことも検討されます(実務上、古い登録を更新するより新規出願して権利期間をリフレッシュする戦略もあります)。さらに、他社の登録商標が未使用で放置されている場合は、逆に取消請求を行って市場から障害となる登録を排除することも可能です。このようにトルコでは商標の使用実績が権利維持と争訟上で極めて重視される点に注意が必要です。実際、商標権者が侵害訴訟を提起しても、自身の商標が5年以上登録されながら未使用であれば被告から不使用の抗弁を主張され、立証できない場合は請求が斥けられます。したがって、商標権取得後は放置せず、トルコ市場での継続的な使用または少なくとも販売実績の確保・証拠化が推奨されます。

商標の使用要件・更新制度・ライセンス登録制度

商標の使用要件

トルコでは出願や登録時に使用宣誓書等を提出する必要はありません。アメリカのように登録維持のための使用宣誓や使用証拠提出制度はなく、また更新時にも使用状況の報告義務はありません。しかし前述のとおり、登録後5年以内にトルコ国内で商標の真正な使用を行わないと、以降は不使用取消の対象になります。この「使用」には商標権者自身による使用だけでなく、許諾を受けたライセンシーによる使用も含まれます(許諾者の同意のもとでの使用は権利者による使用と見なされます)。実務上は、販売実績、広告資料、取引書類などを日付入りで保存し、いざという時に5年以内の使用を立証できるよう備えることが望ましいでしょう。また、異議申立てや無効・侵害訴訟においても、他人の古い登録商標に対しその不使用を指摘して権利行使を退ける場面があるため、自社商標の使用だけでなく他社商標の使用状況の把握も重要です。

登録の更新制度

トルコの商標権の存続期間は出願日から10年間です。これは日本の登録日基準とは異なり、出願日基準で計算される点に注意してください(例えば出願から登録まで1年かかった場合、登録時点で残存期間9年となります)。商標権は何度でも10年ごとに更新可能で、更新回数に上限はありません。更新手続は有効期限満了前6か月から受付可能で、期限後でも6か月の猶予期間内であれば追加料金を支払って更新が可能です。具体的には、有効期限満了日の6か月前から更新申請でき、満了後6か月以内は延滞料とともに更新申請できます。猶予期間を過ぎると権利は失効し復活できません。更新には所定の更新料の納付と更新申請書の提出が必要です。更新時に使用実績の提出義務はありませんが、未使用の権利は上述のように常に取消リスクがあるため、惰性的な更新は避け、必要な権利のみ更新することも検討すべきです。

ライセンス(使用許諾)登録制度

トルコでは商標権の使用許諾(ライセンス)契約を締結し、第三者に商標の使用を許すことができます。ライセンス契約自体は特許商標庁への登録をしなくても法的に有効ですが、第三者への対抗力を持たせるには契約を庁に登録する必要があります。すなわち、ライセンス契約を登録しない場合、善意の第三者(例えば商標権の譲受人など)にそのライセンスを主張できない恐れがあります。したがって、重要なライセンス契約は速やかに庁への登録手続きを行うことが実務上推奨されます。ライセンス登録を申請するには、契約書を公証し提出する必要があります。特に国外で締結した契約書はトルコで公証の上、追加で領事認証(アポスティーユ等)を受ける必要があります。契約書には商標の登録番号・商標名、許諾する商品・役務の範囲、ライセンスの種類(通常か独占か)や期間などを明記し、当事者署名済みであることが求められます。

ライセンスには独占的ライセンス非独占的ライセンスがあり、契約で特に定めない場合は非独占とみなされます。独占的ライセンスの場合、ライセンシー(被許諾者)は原則として第三者の侵害に対して権利者と同様に差止や損害賠償請求を行うことができます(契約で別段の定めがない限り)。一方、非独占ライセンスでは通常、許諾者が権利行使を行います。ライセンス供与した場合でも、前述のようにライセンシーによる使用は権利者自身の使用とみなされます。ただし契約未登録の場合、ライセンシーの使用実績をもって第三者に対抗する際に不利になる可能性もありますので、やはり契約の登録をしておくに越したことはありません。

権利侵害に対する救済手段

トルコ国内で自社商標権を侵害する競合他社が現れた場合、民事刑事・行政(税関)の各側面から権利救済措置を講じることが可能です。以下、それぞれの手段についてポイントを説明します。

民事上の救済(差止め・損害賠償請求など)

第三者が商標権を侵害している場合、商標権者は民事訴訟(侵害差止め・損害賠償請求訴訟)を提起できます。専門の知的財産裁判所(主要都市に設置)において、侵害の有無や損害額が争われます。民事上請求できる主な救済として、差止命令(侵害行為の差止・予防)侵害品の差押・廃棄商標表示の削除インターネット上の侵害コンテンツ削除判決の公示、そして損害賠償が挙げられます。差止めについては、訴訟前あるいは訴訟係属中に仮処分(暫定的な差止命令)を裁判所から得ることも可能です。偽造品の流通停止など迅速な対応が必要な場合、証拠保全を兼ねて出訴前の仮処分申立てを行う実務もあります。なお、仮処分命令を得た場合でも2週間以内に本訴を提起しないと効力が失われる規定があるため注意が必要です。

損害賠償について、トルコ法には法定の損害賠償額の上下限はありません。実損額(侵害による売上減少等)やライセンスロイヤリティ相当額、さらに侵害者の得た利益などを基礎に裁判所が個別に算定します。精神的損害(ブランドイメージ毀損など)についても認められる場合があり、これも裁判官の裁量で金額が判断されます。ただし、トルコでは2019年から民事事件の損害賠償請求に関しては訴訟提起前の調停手続(メディエーション)が義務付けられており、まず公的調停を経ないと損害賠償の訴えが却下されることになっています。そのため、侵害者に損害賠償を請求する場合は、まず弁護士を通じて調停を申立てる必要があります。調停が不成立の場合に初めて裁判に進む流れです。

侵害訴訟の時効期間にも留意が必要です。一般に、権利者が侵害の事実と侵害者を知ってから2年以内に民事訴訟を提起する必要があり、侵害行為が行われた時点から最長10年が経過すると請求権は消滅するとされています。時効を過ぎてしまうと救済が困難になりますので、侵害を発見したら速やかに法的措置に移ることが重要です。

刑事罰・刑事手続(模倣品対策)

トルコでは、商標権侵害は刑事罰の対象となり得ます。特に、登録商標と同一もしくは類似の標章を無断で商品やサービスに使用し、混同を生じさせる行為や、有名商標の信用にただ乗りしたり希釈化させるような行為は、刑法上の犯罪とみなされます。悪質な商標権侵害(模倣品の製造・販売など)が疑われる場合、権利者は刑事告訴を行い、捜査当局による措置を求めることが可能です。具体的には、商標権者からの告訴を受けた検察官が調査を行い、必要に応じて刑事裁判所(治安法院)に捜索差押令状を申請します。令状が発行されれば警察が倉庫や店舗などに踏み込み、侵害商品の差押(押収)を行います。その後、押収品が真正品か模倣品か鑑定が行われ、侵害が裏付けられれば検察官は刑事訴追に踏み切ります。

刑事手続ではまず当事者間の和解の機会が与えられます。これは侵害者が被害弁償などを申し出て示談が成立すれば、公判を開始せず事件を終結させられる制度です。和解が成立しない場合、公判に進み、有罪となれば侵害者には罰金または懲役刑(またはその双方)が科されます。懲役刑の上限は4年と規定されており、悪質なケースでは実刑判決もあり得ます。押収された侵害品は、最終的に裁判所の判断で没収・廃棄されます。なお、刑事手続では被害者である商標権者に対する損害賠償は行われません(損害賠償は別途民事訴訟で請求する必要があります)。

行政的措置(税関差止め等)

行政的な救済策として、税関における輸入差止め制度が挙げられます。トルコに商標権を有する企業は、その商標を税関に登録(Recordation)しておくことで、模倣品が輸出入される際に税関当局が差止めてくれる制度を利用できます。税関への商標登録を行うと、当局が監視を強化し、疑わしい貨物が発見されれば通関を保留して権利者に通報します。権利者は一定期間内に差止め申立てや司法手続を取る必要がありますが、これにより模倣品の国内流通を水際で阻止できます。特にトルコは欧州と中東を結ぶ物流拠点であり、模倣品経由地となるリスクもあるため、主要ブランドの場合は税関登録を検討すべきです。

また、悪質な模倣品販売が蔓延している場合には、行政当局(例えば市場監督機関や地方の執行機関)と協力し、店舗や市場での抜き打ち検査を実施してもらうことも可能です。もっとも、これらの措置も最終的には押収品の処分などで裁判所の関与が必要になるため、完全に行政だけで完結するものではありません。しかし行政段階での圧力や指導は違反抑止に有効です。権利者自身も市場調査を行い、侵害の兆候があれば早めに当局に相談することが望まれます。

マドリッド協定議定書との関係

日本企業がトルコで商標権を取得する方法として、マドリッド協定議定書(いわゆるマドリッドプロトコル)に基づく国際商標出願(国際登録)の利用があります。トルコは1999年にマドプロ加盟国となっており、日本の商標を基礎に国際出願し、指定国にトルコを加えることで、トルコ国内への出願と同等の効果を得ることができます。国際出願の場合、現地代理人を直接立てずとも出願手続自体は完了しますが、その後の審査・異議対応は基本的に国内出願と同様に行われます。

マドプロ出願の留意点

  • 審査・異議対応:国際出願を通じてトルコを指定した場合でも、トルコ特許商標庁は国内出願と同じ基準で審査を行い、拒絶理由や異議申立てがあれば暫定拒絶通知を発します。この通知は一旦WIPO(国際事務局)経由で日本の出願人に送付されます。そのため、異議申立て期間内(公告後2か月)に異議が出された場合でも、出願人への直接の通知はなく、暫定拒絶(Oppositionによるprovisional refusal)という形でWIPO経由の通知となります。通知を見落とすと反論期限を徒過し、最悪の場合トルコでの権利獲得ができなくなります。実務上は、マドプロ出願でトルコを指定した際には現地代理人を任命して監視・対応してもらうことが望ましいです。特に異議申立てへの答弁や拒絶理由に対する意見書提出はトルコ国内で行う必要があり、現地代理人による対応が不可欠です。その際、代理人への委任状提出が必要になる点は国内出願の場合と同様です。

  • 処理期間:マドプロ経由の場合、トルコ庁は審査結果を原則18か月以内に通知することになっています。しかし異議が出た場合などはこの期間が延長されることもあり、国内直接出願より処理が長期化する傾向があります。早期に権利化したい場合や、出願戦略上時間を読みたい場合には、このタイムラグを考慮すべきです。

  • 指定商品・分類:国際出願では日本語で指定商品を記載しても最終的に英語等に翻訳されトルコ庁に送付されます。トルコはニース分類を採用しているため、日本出願と同じ区分・商品であれば基本的に問題なく受理されます。ただし、ロカルクラス(独自の類似群コード等)は存在せず、指定商品範囲の解釈はトルコ法に委ねられます。日本で広範な指定をしている場合でも、トルコ審査官が不明確と判断すれば補正指令が出る可能性があります。できるだけ明確な商品記載にすることが望ましいでしょう。

  • 言語・表示:商標の表示が日本語など非ラテン文字の場合、国際出願の際にローマ字表記(翻字)や意味の英訳を添付することが推奨されます。トルコ庁も非ラテン文字の商標に対してはラテン文字への翻字データを要求することがあります。WIPO経由で提出していれば通常問題ありませんが、出願前に適切な英字表記を決めておくとよいでしょう。

  • 費用:マドプロ出願ではWIPOへの基本手数料に加え、トルコ指定の個別手数料を支払います。これは国内出願の出願料・登録料に相当する費用で、国際登録時に一括納付します。追加費用がなければ、登録時にトルコ国内で別途費用を払う必要はありません(国内出願なら登録料支払いが必要でしたが、マドプロではその分を事前に支払う形です)。ただし、現地代理人を後で起用した場合の代理人費用は別途発生します。

  • 権利維持:マドプロ経由で得たトルコ商標権も効力や存続期間は国内登録と同じです。有効期間は出願日(国際登録日)から10年で、更新もWIPO経由で行えます。更新料を払い忘れると保護が途切れてしまう点も同じです。また、使用要件も全く同様で、5年以内にトルコ国内で使用しないと不使用取消のリスクがあります(国際登録であっても国内登録と同様に扱われます)。本国(日本)の登録が5年以内に消滅した場合のセントラルアタックにも注意が必要です。発行後5年以内に基礎となる日本商標が取り消されると、トルコ指定部分も失効します。ただしその場合、トルコでの保護を維持するにはマドプロから国内出願への転換(トランスフォーメーション)手続きを3か月以内に行うことができます。この点も万一の際の救済策として認識しておくと良いでしょう。

以上が、日本企業のためのトルコ商標制度に関する概要と実務上の留意点です。トルコは欧州・中東市場への重要拠点であり、商標制度もEUに近い体系を持ちながら独自の運用もあります。本ガイドを参考に、適切な権利取得と保護対策を講じてください。