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メキシコの意匠制度概要

登録要件

メキシコで意匠として登録を受けるには、新規性および産業上の利用可能性という2つの主な要件を満たす必要があります。意匠は世界中で新規であること(既知のデザインと比較して独自で明確に異なる外観を有すること)が求められ、既存のデザインの組み合わせや周知の意匠と実質的に同一とみなされる場合は登録できません。また、その意匠が実際に工業的または手工業的に製品化し得ること(産業上の利用可能性)も条件となっています。さらに、意匠の保護対象は製品の美観(装飾的特徴)に限られ、形状等が純粋に機能上の理由で定まっている場合(すなわち機能にのみ依存する形状)は意匠として保護を受けることができません。例えば、製品の技術的機能を果たすためだけの構造や形状部分は意匠権で保護できず、そのような発明的要素は特許や実用新案で検討すべきものとされています。

出願手続

メキシコの意匠出願手続は概ね特許出願のプロセスに準じており、以下の流れで進行します:

  • 願書の提出: 出願人はメキシコ産業財産庁(IMPI)に意匠登録出願を行います。願書には、出願人および創作者(デザイナー)の氏名・住所、意匠の名称(例:「ハンドバッグ用パターン」等)、意匠の属するロカルノ分類などを記載します。願書には図面または写真による意匠の表現(詳細は後述)および簡単な説明文も含まれます。代理人を通じて出願する場合は委任状(Power of Attorney)の提出が必要です。また、他国での先の出願に基づき優先権を主張する場合は、その旨を出願時に申告します(詳細は「優先権」節を参照)。

  • 方式審査: 願書提出後、まずIMPIによる方式要件の審査が行われます。願書の記載事項や必要書類に不備がないかがチェックされ、不備がある場合は通知が出され補正の機会が与えられます(通知日から2か月以内に対応)。方式審査に適合すれば、次の段階に進みます。

  • 出願公開: メキシコでは出願の早期公開制度が導入されており、方式審査通過後できるだけ速やかに意匠出願が官報に公開されます。公開は出願から概ね数か月~1年程度以内に行われ(実務的には約1年で公開されることが多いようです)、出願人による公開の延期(非公開請求)制度は存在しません

  • 異議申立て: 公開後、第三者はその意匠出願に対して異議を申し立てることができます。現在の制度では公開後3か月間が意匠出願に対する異議申立て期間となっており、利害関係人はその期間内に当該出願が登録要件を満たさない旨の意見書や情報提供を行うことが可能です。異議が提出された場合、IMPIから出願人に通知され、出願人は通知受領から2か月以内に意見書を提出して反論する機会が与えられます。異議申立て制度は2020年施行の新法で導入されたものであり、これにより出願段階で第三者の意見を考慮した審査が行われるようになっています。

  • 実体審査: 公開および異議期間経過後、IMPIによる実体審査が行われます。審査官は当該意匠が前述の登録要件(新規性・産業上の利用可能性、非機能性など)を満たすかどうか、提出図面が意匠を十分に開示しているか等をチェックします。メキシコでは意匠について審査請求制度は採用されておらず、出願は自動的に実体審査へと付されます(追加の審査請求や審査料の納付は不要です)。審査官は必要に応じて最大2回まで意匠登録出願に対し拒絶理由(意見)通知を発しうることとされており、出願人は各通知に対して通知日から2か月以内(プラス2か月の延長可)に応答することで意見を解消する機会が与えられます。審査の結果、新規性の欠如や意匠の要件不備(例えば先行意匠に類似しすぎている統一性要件違反図面不十分等)が認められれば拒絶査定となります。一方、審査で要件を満たすと判断されれば登録査定となります。

  • 登録(設定登録): 審査を通過した意匠出願は登録が認められ、IMPIから登録査定の通知があります。出願人は所定の登録料を納付することで意匠権が発生し、登録証(certificate)が発行されます。初回の登録料で最初の5年間の権利維持が行われ、その後も意匠権を維持する場合は所定期間ごとに更新料を支払います(詳細は「保護期間」を参照)。登録された意匠は官報に登録公告され、意匠公報にも掲載されます。

※以上の手続全体を通じた出願から登録までの所要期間は、順調なケースで約1年半〜2年程度とされています(案件の複雑さや異議申立ての有無によって変動します)。近年、電子出願の導入により手続効率が向上しており、方式審査の迅速化や手続全般の電子化も進められています。

保護対象

メキシコの意匠制度における**保護対象(意匠の定義)**は法律上明確に規定されています。メキシコ連邦産業財産保護法(Ley Federal de Protección a la Propiedad Industrial)では、意匠(工業デザイン)として保護されるものを以下の2種類に分類しています:

  • 意匠図面 (dibujo industrial): 工業製品または手工業製品に組み込まれる、装飾を目的とした図形・線・色彩の組み合わせを指します。それによって製品に独特で適切な外観を与えるものが該当します。いわゆる二次元的な意匠(例えば製品の表面に施された模様やパターン、プリント、生地の模様など)がこれにあたります。

  • 意匠モデル (modelo industrial): 工業製品または手工業製品の製造用の型またはパターンとなる立体的形状を指します。ただし、その形状が何らかの技術的機能を果たすことを意味しない限りにおいて、製品に特別な外観を与えるものをいいます。こちらは三次元的な意匠(製品自体の形状デザイン)に相当し、家具や容器、車両の外観デザインなどが典型例です。定義に「技術的効果を意味しない限り」とあるとおり、形状に製品の機能上の必然性が伴う場合には意匠ではなく発明(特許)や実用新案の範疇となります。

以上のように、メキシコでは製品の美観に関わるデザインが意匠権の対象となります。保護対象となりうるのは登録された意匠のみであり、欧州共同体意匠制度に見られるような未登録意匠に対する保護制度はメキシコには存在しません。意匠権を取得すると、登録意匠を許諾なく製造・使用・販売・輸入する他者に対し差止めや損害賠償を求める独占的権利が付与されます。一方で、意匠権によって保護される範囲はあくまで意匠の外観上の特徴に限られ、機能面や技術的アイデア自体は含まれません。また、意匠権と他の知的財産権との重畳も可能であり、場合によっては著作権商標による保護と並行して検討することもできます。(例えば、美術的なデザインは著作権保護され得ますし、製品の形状自体が識別力を有する場合には立体商標として保護される可能性もあります。ただしこれらはそれぞれ要件や効果が異なるため、どの権利で保護を図るか戦略的判断が必要です。)

新規性喪失の例外(グレースピリオド)

メキシコの意匠法には、出願前にデザインが公表された場合でも一定の条件下で新規性を喪失しないとみなす新規性喪失の例外規定(グレースピリオド)が設けられています。具体的には、出願日(優先権主張がある場合は優先日)から遡って12か月以内に、意匠の創作者(デザイナー)本人またはその承継人がその意匠を公知にした場合(公表・公開、実施、展示会への出品など)、当該公知の事実はその意匠の新規性を害さないものとされています。たとえば、デザイナー自身が製品を発表会や見本市で公開したり、インターネット上にデザインを掲載したりしていても、その日から1年以内にメキシコで意匠出願すれば自己公開による新規性喪失が猶予されるということです。

この例外規定により、デザイナーや企業は一定期間内であれば自ら公表したデザインについて出願可能ですが、適用を受けるには公開の主体が権利者側であることが条件です(第三者による無断公表や漏洩について明文規定はありませんが、通常は不正競争的行為による漏洩も保護対象となりうると解されています)。実務上は、グレースピリオドに頼らず公開前に出願を済ませることが安全策ではありますが、やむを得ず先行発表してしまった場合でも1年以内なら救済可能です。なお、グレースピリオドの適用を受けるための手続的要件についてメキシコ法は明確に定めていませんが、出願時に公開事実を申告する欄等があるわけではなく、必要に応じ審査過程で実質的に判断されるものと考えられます(※国際意匠出願においてはこの点の情報伝達が不明確で課題と指摘されています)。

図面の要件

意匠出願において提出する図面(または写真)にも一定の要件・実務上の注意点があります。

  • 図面・写真の形式: メキシコでは、意匠を示す図として線画(図面)でも写真でも受理されます。多くの場合、CAD等で作成した描画(レンダリング図)が利用されていますが、デザインの性質上、線画では特徴を十分示せない場合には写真を提出することも推奨されています。図面・写真は白黒でもカラーでも提出可能ですが、提出した図面のとおりに公開・登録されるため、意匠の特徴を最もよく表せる形式を選択します。

  • 視図の数と内容: 意匠を完全に開示するために、出願人は必要な複数の視図を提出します。法令上、提出すべき最小限の視図数に関する明確な規定はなく、出願人の判断で意匠の形状・模様を十分に特定できるだけの図面を用意します。通常は立体物であれば正面・背面・側面・上面・底面・斜視図など、平面模様であれば模様全体がわかる展開図やパターン図などを提出します。仮に図面が不十分で意匠の全体が特定できない場合、審査過程で補正を求められたり、最悪の場合拒絶理由となる可能性があります。したがって意匠の要部が全て開示された図面を提出することが重要です。

  • 意匠の説明: 出願には提出図面を補足する説明書(Descripcion)を付記することができます。説明には提出した各図の簡単な説明(例:「図1は製品の正面図、図2は右側面図・・・」等)や、意匠の特徴についての補足を記載します。特に、図面中に破線や点線で描かれた部分がある場合、それらは意匠としてクレーム(請求)しない部分であることを説明に明記するのが一般的です。メキシコの実務では、請求項(クレーム)は「添付図面および説明に示されたとおりの○○の意匠」といった形式で記載され、提出図面と説明によりクレームの範囲が画定します。そのため、説明において破線部等は意匠権の範囲に含まれない旨を明示しておくことで、後の権利範囲が不明確にならないようにします。例えば「破線で示す部分は説明のためのもので、登録を受けようとする意匠には含まれない」等と記載する方法が取られます。

  • その他図面の留意点: 図面は原則として寸法線や尺度、説明文字等のないクリーンな画像であることが求められます。写真の場合も背景が写り込まないよう留意します。また、メキシコでは電子出願システムが整備されており、オンライン出願時には図面データを電子的にアップロードします。電子出願の場合、優先権書類や委任状など本来原本提出が必要な書類もPDFで提出でき、手続効率が向上しています。

保護期間

メキシコの意匠権の存続期間は、出願日を起点として計算されます。意匠登録が認められると、その登録日はさかのぼって出願日から起算して5年間の保護期間が与えられます。この5年の存続期間は出願日に自動的に発生しているため、登録時には最初の5年分の権利が確保された状態です。以後も権利を維持したい場合、登録から5年毎に更新(存続期間の延長)手続きを行うことができます。更新は4回まで可能であり、最大で出願日から通算25年まで意匠権を存続させることが可能です。各更新時には所定の更新料をIMPIに支払い、更新登録の手続きを行います。25年経過後は意匠権は満了し、デザインは公有(パブリックドメイン)となります。

旧来のメキシコ法では意匠の存続期間は15年(非更新)でしたが、2018年の法改正および2020年施行の新産業財産法により期間延長が実現しました。これにより欧米諸国や国際ハーグ制度に足並みを揃えた形で最長25年の保護が可能となっています。更新手続については、各5年の満了前に更新料を支払えばよく、もし期限を失念した場合にも一定の猶予期間(グレース期間)が認められる場合があります(通常6か月以内の遅延納付は割増料を添えて受理されます)。更新登録が完了すると官報にその旨公告され、意匠権者は引き続き権利を行使できます。

その他関連制度

優先権

メキシコはパリ条約締約国であり、日本を含む外国での最先の意匠出願日から6か月以内にメキシコで出願することで優先権主張が可能です。優先権を主張する場合、メキシコ出願時に優先日・優先出願国を申告し、その後3か月以内に優先出願の公的な証明書(優先権書類。出願国の特許庁による認証コピー)を提出する必要があります。優先権書類がスペイン語以外の場合、スペイン語訳の添付も求められます。また、優先権主張毎に所定の手数料をIMPIに支払う必要があります。これらの要件を期限内に満たさない場合、優先権の認容を受けられず、新規性判断において不利になる可能性があるため注意が必要です。

出願公開

前述の通り、メキシコでは意匠出願について早期の出願公開制度が採用されています。方式審査通過後ただちに官報(産業財産公報)に出願内容が掲載され、原則として非公開のまま存続させる制度はありません。公開から起算して所定期間内(現行法では3か月)に異議申立てが可能であり、意匠の内容は早期に一般に知られることになります。そのため、出願前に商標出願や著作物の発表を予定している場合は、そうした公開行為が意匠の新規性を損なうリスクに留意し、意匠出願を先行させる戦略が推奨されています。

意匠の補正・変更

意匠出願後にその内容を変更・修正(補正)することは、原則として出願時に開示した内容の範囲内に限られます。新たな図面を追加したり意匠の形状を変更することは、出願内容の要旨変更となるため認められません。一方、方式審査や実体審査で指摘を受けた場合には、軽微な誤記の訂正や明確化のための説明補足など、実質的に意匠の範囲を変えない補正は許容されます。例えば、図面中の誤った参照番号の訂正や、説明文で破線部の意味を補う追記などが典型です。また、審査官から統一性要件に反すると指摘された場合には、出願を分割して一部の意匠を別出願に移行させることができます(後述「複数意匠の出願可否」参照)。なお、メキシコでは願書に記載する意匠名称や出願人情報の変更も可能ですが、出願後の名義変更(出願人の変更)は原則として譲渡による場合に限られ、IMPIへの登録が必要です。

部分意匠

日本の「部分意匠」のような制度上の区別はメキシコにはありませんが、製品の一部分のみを保護する意匠出願も実務上可能です。その場合、製品全体を描いた図面の中で、権利を主張する部分のみを実線で描き、その他を破線等で描く手法が用いられます。破線部は意匠登録を受けようとする部分ではないことを説明に明記することで、実線で示した部分だけについて権利を取得することができます。例えば、スマートフォンの画面アイコンのデザインのみを保護したい場合、スマートフォン本体の輪郭を破線で示し、アイコン部分をカラーで実線描写して出願する、といった形です。このように部分的なデザイン要素であっても、図面の工夫によって実質的に保護を得ることが可能です。ただし制度上区別された「部分意匠」ではないため、他国(日本など)で部分意匠として出願したものをメキシコで優先権主張して出願する場合も、図面表現に注意し同様の実線・破線の使い分けで対応する必要があります。

複数意匠の一出願可否

メキシコでは1件の意匠出願に複数のデザイン(態様)を含めることが可能です。ただし条件として、それら複数の意匠が互いに密接に関連し単一のデザインコンセプトを構成すると認められる場合に限られます。審査官は出願に含まれる各デザインの共通点(新規性を有する特徴が共有されているか等)を検討し、統一性(単一性)の要件を満たすか判断します。例えば、同一コンセプトに基づく椅子のバリエーション違い(肘掛の有無など)であれば一出願にまとめることが許容され得ます。統一性要件を満たさない組合せ(全く異なる意匠同士など)で出願した場合、審査過程で分割出願が求められます。その際、出願人は指示に従って追加の分割出願を行い、不適切な組合せを解消する必要があります(分割出願には新たな出願番号や手数料が発生します)。なお、メキシコでは日本の関連意匠制度のようにデザインごとに別出願で紐付ける制度はありません。複数態様を一度に出願し統一性が認められれば一つの登録として扱われますし、分割された出願同士に公式な関連付けは行われません。それぞれ独立の権利になります。

意匠権の侵害と執行

メキシコにおける意匠権侵害の救済は、主に行政上の手続によって行われます。産業財産庁(IMPI)は知的財産権の保護を管轄する機関であり、意匠権侵害について違反(行政上の不服従行為)の有無を認定し差止め等の命令を下す権限を有します。メキシコ産業財産法第213条XV号において、「登録意匠を権利者の同意なく複製・模倣する行為」は産業財産権の侵害行為であると規定されています。そのため、登録意匠に酷似した製品を製造販売する行為は、仮に多少デザインに差異があっても模倣と判断されれば侵害に該当します。意匠権者は、侵害している疑いのある製品を発見した場合、IMPIに対して行政的な差止め申立て(侵害の申告)を行うことができます。IMPIは調査のうえ侵害が認められれば、侵害者に対し製造・販売の停止や差止命令を発し、場合によっては製品の差し押さえ・没収や過料(罰金)などの措置を課すことができます。行政手続による侵害判断はケースにもよりますが概ね1年程度で結論が出るのが一般的です。

IMPIによる行政的救済に加えて、意匠権者は民事訴訟による差止命令の強制執行や損害賠償請求を提起することも可能です。ただしメキシコではまずIMPIが行政上の侵害有無を判断し、その結果をもって民事上の賠償請求に反映させる形がとられることが多く、他国と比べ行政によるエンフォースメントが中心となっている点が特徴的です。なお意匠権侵害行為については通常刑事罰の対象とはなりません(商標の海賊版・模倣品に関しては刑事摘発もありますが、意匠は主に民事・行政上の救済手段が講じられます)。また税関(関税当局)はIMPIの補助機関として、IMPIからの要請に基づき模倣品の差止めに協力します。したがって意匠権者は必要に応じIMPIを通じて税関での輸入差止めを申し立てることも可能です。

まとめると、メキシコでは行政救済を軸に据えつつ、最終的には司法救済(裁判)も利用して権利行使を図る二段構えの仕組みになっています。権利者はまずIMPIに侵害申し立てを行い、その結果に不服があれば行政不服審査や連邦裁判所への提訴によって争うことになります。実務上、迅速な権利行使のためには早期に侵害製品の証拠保全を行い、IMPIへの申立てを適切に行うことが重要です。また模倣品対策として、現地の警察や税関と連携した差し止めも検討するとよいでしょう。

国際出願(ハーグ協定)との関係

メキシコは近年、国際的な意匠登録制度であるハーグ協定(ジュネーブ改正協定1999年)に加盟しました。2020年3月6日に加盟受諾書をWIPOに寄託し、同年6月6日付でメキシコについてハーグ協定が発効しています。これにより、日本を含むハーグ協定加盟国の出願人は、ハーグ国際出願でメキシコを指定することが可能となりました。すなわち、WIPOを通じた一括の国際意匠出願によってメキシコでの意匠保護を得られる道が開けています。メキシコを指定した国際登録出願が公開されWIPO経由でIMPIに送付されると、IMPIは自国の出願と同様にその内容を審査します。

メキシコはハーグ協定への加盟に際し、いくつかの宣言・付表を定めています。その主なポイントは以下のとおりです。

  • 一意匠一出願(単一性)の要件: メキシコ国内法上、前述したように複数意匠を一出願に含める場合は単一のデザインコンセプトに限るという要件があります。この要件は国際意匠登録出願にもそのまま適用されます。そのため、例えば100件までの意匠をまとめて出願できるハーグ制度の利点を活かして複数意匠を一括出願した場合でも、メキシコを指定するとIMPIから分割を求められる可能性があります。実際、メキシコ指定の国際出願についてIMPIは各意匠の関連性を審査し、統一性が認められない場合には国内出願と同様に出願の分割を命じています。分割手続きはIMPIに直接問い合わせて行い、分割後の各出願は従来の国内出願と同様の審査プロセスを辿ることになります。

  • 公開のタイミング: ハーグ協定では国際登録の公開を最大30か月遅らせる公表の延期を指定できますが、メキシコはこの遅延オプションを認めない宣言を行っています。したがって、メキシコを指定した国際意匠出願についてはWIPOによる公開が行われ次第メキシコでも審査が開始され、国内出願と同様に早期公開・早期審査のスケジュールに乗ります。出願人にとっては、メキシコ指定の有無に関わらず国際公開は原則非延期となる点に留意が必要です。

  • 審査・通報手続: IMPIは国際意匠出願に対しても国内出願と同様の実体審査を行い、新規性・産業上利用可能性・非機能性などの基準を満たさない場合には拒絶通報(Refusal)を発します。ハーグ協定の規定により、この拒絶通報はメキシコについて出願の公布があってから12か月以内に行われる必要があります。12か月以内にIMPIから何の通報も行われなければ、その国際登録はメキシコにおいてそのまま保護付与が確定します。拒絶通報が出された場合、出願人(またはWIPOに手続代理人として登録された者)は2か月以内(+2か月延長可)にIMPIへ応答する必要があります。この応答や補正手続は基本的にスペイン語で行う必要があり、WIPO経由で行われるため若干の煩雑さがあると指摘されています(例えば、国際代理人と現地代理人の連携ミスにより期間内に応答できず放棄とみなされるケースが起きているとの報告があります)。IMPIは国際出願に対して1回の拒絶通報しか行わない運用であり、応答後になお拒絶理由が解消しない場合はそのまま拒絶確定となります。ただし、応答により拒絶理由が解消されればIMPIは拒絶通報を**撤回(withdraw)**し、国際登録はメキシコ国内で有効な意匠権として認められます。

  • 最終登録と更新: IMPIが保護付与と判断した国際意匠については、その旨の通知がWIPO経由で送付され、最終登録料の支払いが求められます。出願人は2か月以内に所定の登録料をIMPIに直接(ペソ建て)支払うか、WIPOを通じてスイスフランで支払うことができます。期限内に支払わない場合、IMPIはWIPOに通知して当該国際登録のメキシコにおける効力を無効化させることができます。登録後の意匠権の存続期間および更新手続は国内出願の場合と同様で、国際登録日を起点に5年ごとの更新で最長25年まで保護可能です。更新手続きはWIPOを通じて行うこともでき、その際WIPOがIMPIに対し更新情報を伝達します。また国際登録についてもメキシコ官報での公告が行われます。

以上より、メキシコはハーグ協定加盟国として国際意匠出願による権利取得が可能ですが、同国特有の要件(単一性など)があるため留意が必要です。日本企業がメキシコで意匠保護を図る場合、(1) 直接出願(現地代理人を通じてIMPIに出願)する方法と、(2) ハーグ国際出願でメキシコを指定する方法があります。後者の場合、手続の一元化や英語出願の利点がありますが、通知応答の煩雑さや分割対応などの点で専門家のサポートが望ましいでしょう。いずれにせよ、自社製品のデザインをメキシコ市場でも守るため、同国の意匠制度を正しく理解し戦略的に活用することが重要です。

主要事項の比較表

以下に、メキシコの意匠制度に関する主要な項目をまとめた表を示します。

項目 概要(メキシコの意匠制度)
保護対象 工業製品または手工業製品の装飾的外観。2次元(意匠図面)および3次元(意匠モデル)のデザインが対象。純粋に機能上の形状は保護対象外。
登録要件 新規性(公知のデザインと明確に異なること)および産業上の利用可能性が必要。形状・模様が既存デザインに酷似していないこと。機能にのみ依拠する特徴は登録不可。
新規性喪失の例外 創作者(権利者)による公開から12か月以内の出願であれば、その公開は新規性を害さない(グレースピリオド)。展示会出品や自社Web掲載等が対象。第三者による無断公開への適用は明確でないが、不正公開も救済され得る。
出願手続 IMPIに願書提出後、方式審査出願公開(方式適合後すみやかに公開)→異議申立期間(公開後3か月)→実体審査(新規性等を審査)→登録査定・登録料納付で権利発生。審査で要件不備なら拒絶通知が出され、出願人に応答機会。順調な場合、出願から約1年半~2年で登録。
図面の要件 図面または写真による意匠の詳細な表現を提出。製品の全体形状・模様を十分示すため必要な複数視図を含める(最低視図数の規定なし)。図面の説明を付し、破線で示した部分など請求しない部分を明確化できる。
保護期間 出願日から5年間有効。以後5年毎に更新可能で最長25年まで延長可。更新は4回まで(通算25年)。期限経過後は権利消滅。
優先権 パリ条約に基づき、日本など外国での先願日から6か月以内に出願することで優先権主張可。出願時に国・日付を申告し、3か月以内に**優先証明書(スペイン語訳付)**を提出する必要。
部分意匠 部分意匠制度は明文化なし。しかし図面上、製品の保護したい部分のみを実線描写し他部分を破線等にすることで部分的デザインの権利化が可能。破線部は権利範囲に含まない旨を説明に記載する運用。
複数意匠一出願 可能(複数態様出願可)。ただし単一のデザインコンセプトに属する意匠のみ。統一性要件を満たさない場合は分割出願が指示され、各出願ごとに審査継続。関連意匠制度は無し。
侵害・エンフォースメント 行政措置が中心。IMPIが侵害(模倣)か否かを判断し、侵害と認定されれば製造・販売停止や差止命令・過料を科す。通常申立てから約1年で判断。IMPI決定に不服なら行政審判や裁判で争う。税関はIMPIと連携し模倣品の差止めを実施。
国際出願(ハーグ) 加盟済(2020年6月発効)。日本からハーグ出願でメキシコを指定可能。IMPIによる審査基準・手続は国内出願と同様。統一性要件は国際出願にも適用(複数意匠を一括指定すると分割必要な場合あり)。公開延期不可。IMPIは12か月以内に拒絶通報を発しなければ自動的に保護承認となる。

参考文献

  • 【9】 World Trademark Review - Octavio Espejo Hinojosa, “Protecting and enforcing design rights: Mexico” (2019年11月14日)

  • 【19】 JETRO(日本貿易振興機構)『中南米における模倣品対策の制度および運用状況に関する調査報告書』(2022年3月) - 「メキシコ合衆国」章

  • 【4】【6】 Chambers and Partners - Janett Lumbreras, “Prosecution of International Designs in Mexico” (2023年9月28日)

  • 【11】【14】 World Trademark Review - Octavio Espejo Hinojosa, 同上記事 (上記【9】の続き)

  • 【12】 WIPO Magazine - “A new provision of the 2018 Industrial Property Law reform...” (WTR記事中の一節)

  • 【23】 独立行政法人 工業所有権情報・研修館(INPIT)海外産業財産権情報

  • 【29】 iPNOTEブログ - Patricio Gonzalez, “Navigating the Design Registration Process in Mexico: Tips for Success” (2024年10月16日)

  • 【6】 Chambers and Partners - 同上記事 (上記【4】の続き)

  • その他: Ley Federal de Protección a la Propiedad Industrial(メキシコ連邦産業財産保護法), WIPO Hague System資料, 他. (適宜本文中に引用)