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インドの意匠制度概要

1. 制度概要(目的、主管庁、根拠法)

インドでは工業製品等のデザイン(意匠)を保護するために、2000年意匠法(Designs Act, 2000)が制定されています。同法は1911年制定の旧意匠法を全面改正したもので、2001年5月11日に施行されました。意匠法の目的は、製品の純粋に機能的な側面ではなく視覚的デザイン(美的外観)を保護することにあり、製品デザインの創作を奨励しその模倣を防止するものです。インドの意匠制度は「先願主義(first to file)」を採用しており、出願が早い者が権利を取得します。

本制度を所管するのは、商工省の産業・内部取引促進局(DPIIT)傘下にあるインド特許意匠商標総局(Controller General of Patents, Designs and Trade Marks, CGPDTM)です。意匠登録出願は特許庁(チェンナイ、ムンバイ、デリー、コルカタの各特許庁)で受け付けられますが、意匠の審査・登録事務の中心はコルカタ特許庁(意匠局)となっています。

インドは知的財産権の国際的枠組みにおいてパリ条約及びWTO/TRIPS協定に加盟しており、パリ条約に基づく意匠の優先権主張にも対応しています。一方でハーグ協定(意匠の国際登録制度)には未加盟のため、インドを指定国とする国際意匠出願は利用できません。意匠保護をインドで得るには、インド国内に直接出願(またはパリ優先権を用いた出願)する必要があります。

2. 保護対象となる意匠の定義と登録要件

意匠(Design)の定義: インド意匠法2条(d)において、「意匠」とは製品(物品)の表面に施される形状、輪郭、模様、装飾または配色の特徴であって、完成品において視覚によって美的に訴えるものを指します(二次元・三次元の別、手工芸・機械・化学的手段の別、物品への付加が一体か分離かは問わない)。言い換えれば、工業製品等の外観デザインそのものが保護対象です。なお、デザインは製品と切り離して存在できるものではなく、常に何らかの「物品」に適用された形態である必要があります。

登録要件: 登録を受ける意匠は以下の要件を満たさねばなりません。

  • 新規性・独自性(Novelty & Originality): 提出する意匠は新規かつ独創的なものであること。世界のいかなる国においても、それまでに公表・公開されたことのないデザインでなければなりません(絶対的新規性要件)。つまり、出願前にインド国内外で公然と公表・使用されていた意匠は登録できません。複数の既知意匠を単に組み合わせただけで従来の意匠と実質的に同一に見えるものも、新規性がないと判断されます。

  • 目に見える美感: 意匠は製品の完成品において視覚を通じて美的効果を生じさせるものである必要があります。通常の使用状態で外部から見えない部品の形状など、目に触れないデザインは保護対象になりません。また、純粋に機能上の形状・構造に過ぎないもの(製品の機能や構造自体を示す形状・原理)は意匠の範疇には入りません。意匠法上、デザインはあくまで審美的要素であり、製品の技術的・機能的特徴は保護対象外です。

  • 公序良俗: 意匠の内容が公序良俗や道徳観念に反しないことも要件です。例えば、社会的に攻撃的・猥褻な図柄など、公衆の倫理や感情を害する意匠は登録が拒絶されます。また、国家の安全や秩序に反するおそれがある意匠も認められません。

  • 産業上の利用可能性: インド意匠法では特に明記されていませんが、実質的には意匠は工業的に量産可能な製品に適用されるデザインであることが想定されています。したがって、実用品ではない純粋な芸術作品(美術品そのもの)は意匠ではなく著作権の範疇となり、意匠登録の対象外となります。

新規性喪失の例外: 原則として出願前の公表は禁止ですが、インド意匠法にも限定的な新規性喪失の例外規定があります。例えば、「特定の博覧会等で公開した場合」には公開から6か月以内に出願すれば新規性を失わないものとする救済措置があります。これは政府が認定する国際博覧会などでの展示公開に限られ、一般的な商業公開には適用されません。

3. 登録されない意匠(除外対象)

上記の登録要件を満たさないものは意匠登録を受けられません。インド意匠法4条では、以下のような登録不可の意匠を列挙しています。

  • 新規性・独創性の欠如: 既存の意匠と同一または実質的に類似し、新規または独自でないデザイン

  • 事前公知・公用: 出願前にインド国内外で公に公開・使用されていた意匠。

  • 既知意匠の単なる結合: 既知の意匠やその組み合わせから構成され、既存デザインと識別できない程度の意匠。

  • 醜悪・違法な図柄: わいせつ・不道徳・スキャンダラスな意匠、または公序良俗に反するデザイン。

さらに、意匠法の定義規定によりそもそも「意匠」に該当しないものも登録できません。具体的には以下が除外されています。

  • 構造・機能自体: 製品の構造の方式や原理そのもの、または単なる機械的装置(純粋に機能を果たすための形状)は意匠に含まれません。

  • 商標・識別標識: 商標法に定義される商標や、インド刑法上の所有権標(Property Mark)となるもの(例えば所有者識別のための商品表示)は意匠として登録不可。

  • 芸術的作品: 著作権法で定義される美術的著作物(artistic work)は意匠ではなく著作権の対象であり、意匠登録できません。絵画や彫刻、建築物のデザインそのものなどはこのカテゴリに該当します。

以上のように、機能面のみのデザインや法律上他の保護制度(商標・著作権等)の対象となるものはインドの意匠としては登録されない点に注意が必要です。

4. 出願手続き(必要書類、言語、形式、費用)

提出書類・情報: インドで意匠登録を出願するには、所定の書類(Form-1)に必要事項を記載し、以下の書類・情報を添付します。

  • 出願人情報: 出願人の氏名(または法人名)、住所、国籍等。インドでは発明者(創作者)本人だけでなく、その譲受人(会社など)も出願人になれます。代理人を通じて出願する場合、委任状(Power of Attorney)も提出します。

  • 意匠の名称: 登録を受けようとする製品(物品)の名称。できるだけ具体的に、そのデザインが適用される製品名を記載します(例:「スマートフォン用ケース」「椅子」等)。

  • 所属分類: 該当する意匠分類(ロカルノ分類)のクラス及びサブクラス。インドは2019年にロカルノ協定に加盟し、それ以降国際意匠分類(ロカルノ分類)を採用しています。出願時には最新版のロカルノ分類表に従って分類を特定します(1出願につき1分類)。なお、1つの出願で登録できる意匠は原則1意匠ですが、慣例的にセットとして販売される物品の組(例:カトラリーセット等)は「組物意匠」として一括出願が可能です。

  • 意匠の図面または写真: 意匠を表す図面または写真を提出します。通常、製品の6面図(正面・背面・上面・下面・左側面・右側面)および必要に応じて斜視図(立体図)を用意します。図面の場合は線の太さや陰影の付け方にも規定がありますが、写真提出も認められます。提出する図面・写真には「新規性の要旨(Statement of Novelty)」や必要ならディスクレーマー(権利に含まない部分の断り書き)を記載します。例えば、意匠にロゴや文字が含まれる場合、「文字部分は意匠として主張しない」旨の断りや、可動部分の機構は権利範囲に含まない等の明示が推奨されます。部分的な意匠を主張する場合は後述のとおり図面中で破線等により明確にします(後述「実務上の留意点」参照)。

  • 優先権書類(パリ条約): 先にパリ条約加盟国で出願を行っている場合、その優先権主張が可能です。優先権を主張する場合は、最初の出願日から6か月以内にインドに出願する必要があります(6か月を1日でも経過すると優先権の利益は受けられません)。出願時に優先権書類(最初の出願の公報や出願書の写し)およびその英文訳(原言語が英語以外の場合)を提出する必要があります。優先権書類は出願後でも3か月以内なら補充可能ですが、その際は所定の延長請求と手数料が必要です。また、米国出願を優先権基礎とする場合など、出願人が創作者と異なる場合には創作者からの譲渡証明書を求められることがあります。

  • 小規模企業・スタートアップ証明: インドでは小規模企業(Small Entity)やスタートアップに該当する出願人は手数料の軽減措置を受けられます。該当する場合、出願時に所定の宣誓書(Form-24等)を提出してその資格を証明する必要があります(未提出の場合、大企業扱いとなります)。

言語: 出願書類は英語またはヒンディー語で作成できます。もっとも、実務的には審査官とのやり取りや書類はほぼ英語で行われるため、英語で準備するのが一般的です。インド特許庁は書類の英訳対応も行いますが、円滑な手続のため英語書面が推奨されます。

形式要件: インド意匠出願はオンライン電子出願(e-filing)にも対応しています(2015年以降)。図面・写真は所定のA4用紙様式に配置し、図ごとに説明(ビューの名称)を付記します。部分意匠を表現する場合、保護しない部分を破線や点線で示し、保護を求める部分のみ実線で描く方法が認められています。出願は1案件につき1意匠(1物品)ですが、「組物意匠」の場合はセット全体で一意匠として出願可能です。また一出願一クラスの原則があり、異なる分類の物品は別々に出願しなければなりません。

手数料: 出願時には所定の官費を納付します。インドでは出願人の属性に応じて手数料が異なり、個人・小規模企業・スタートアップの場合は大企業の25%(75%減免)に抑えられています。例えば、新規意匠の出願料は個人/小規模企業等: 1,000ルピー、大企業: 4,000ルピーとなっています(電子出願の場合)。この他、優先権主張を伴う場合や、図面追加、期限延長、登録料、更新料などの局面でそれぞれ手数料が定められています。支払いはインド特許庁のオンライン決済システムまたは指定銀行を通じて行います。代理人に依頼する場合は別途代理人費用が必要ですが、官庁納付料自体は比較的低廉に設定されています。

5. 審査・登録までの流れ(方式審査、実体審査、拒絶理由通知等)

審査の種別: 出願後、まず方式審査(Formal Examination)が行われ、必要書類の不備や形式要件のチェックがなされます。図面の体裁、申請書の記載漏れ、適切な分類の付与、手数料の納付確認などがここで検査され、不備があれば補正指示が出ます。方式要件をクリアすると、続いて実体審査(Substantive Examination)に進みます。実体審査では、その意匠が意匠法上の定義と登録要件(新規性・独自性、公序良俗など)を満たしているかが審査官によって判断されます。インドの意匠出願では出願審査請求は不要であり、出願後自動的に審査に付されます。

審査結果と対応: 実体審査の結果、登録要件に問題がなければ登録査定となり、意匠が登録官(コントローラー)によって登録されます。一方、審査官が拒絶すべき理由を発見した場合、拒絶理由通知(First Examination Report, FER)が出願人に対して書面で送達されます。この通知には、登録できないと判断した理由(例えば「既存意匠と類似」「意匠の定義不該当」等)が具体的に示されます。

出願人は、通知受領後3か月以内に審査官の指摘に対する意見書や補正書を提出して、指摘事項を解消する必要があります。または同期間内に審尋(ヒアリング)の請求を行い、口頭で弁明する機会を求めることもできます。この3か月の応答期間は審査官の許可により最大3か月まで延長(猶予)できる場合があります。いずれにせよ、出願日から数えて6か月以内にその意匠が「登録可能な状態(acceptance)」に至らない場合、その出願は放棄(取下げ)されたものと見なされます。したがって、拒絶理由通知への対応は速やかに行う必要があります。もし出願人が期限内に何ら応答しない場合、その出願はみなし放棄(却下扱い)となり手続終了となります。

審尋を請求した場合、審査官(または上席審査官)とのヒアリングが設定され、口頭弁論の上で審査結果が再考されます。最終的に拒絶理由が解消されれば登録に進みますが、解消できない場合は拒絶査定(登録拒絶の決定)が下されます。この拒絶査定に不服がある出願人は、その決定の写し送達日から3か月以内に所定の高等裁判所(通常はコルカタ高等裁判所)へ上訴(審決取消訴訟)することが可能です。インドでは2021年に知的財産専門庁(IPAB)が廃止されたため、現在は拒絶不服審判のような行政救済はなく、司法救済(高等裁判所への直接提訴)となります。

審査期間: インド意匠出願の審査は比較的迅速で、平均して6~9か月程度で最初の審査結果が出るとされています。近年、インド知的財産庁は審査の迅速化に取り組んでおり、適切に対応すれば1年以内に登録に至るケースも少なくありません。もっとも、拒絶理由への対応状況や審査官の負担によっては時間を要する場合もあります。

6. 公告、異議申立、登録の仕組み

登録と公告: 審査を通過すると、その意匠は意匠登録簿に登録されます。登録と同時に当該意匠の情報が官報(意匠ジャーナル)で公告され、一般に公開されます。登録公告には意匠の図面/写真、出願人・登録日、物品の名称、分類などが掲載されます。登録が完了すると、意匠登録証(Certificate of Registration)が発行され、権利者(意匠権者)に交付されます。登録証には登録番号や登録日、存続期間などが記載され、以後の権利行使の証拠となります。登録意匠の詳細は公開後、誰でもインド特許庁のデータベース等で閲覧可能となり、意匠権の存在は公知となります。なお、インドの現行制度には日本のような秘密意匠制度(登録後非公開制度)はなく、登録された意匠はすべて直ちに公開されます。

異議申立制度: インドの意匠制度には登録前の「異議申立」制度は存在しません。つまり、特許のように登録前後一定期間に第三者が異議を申し立てる制度は用意されていません。その代わりに、登録後に無効審判(Cancellation)の制度が設けられています。

登録後の無効手続(Cancellation): 「利害関係人」(利害を有する第三者)は、登録意匠に対していつでもその登録の取消し(無効)を求めることができます。無効請求は意匠局に対し所定の様式(Form-8)で申立てを行います。無効申立ての審理管轄は意匠登録原簿を管理するコルカタ特許庁(意匠局)で行われます。

無効の申立て理由(無効事由)としては、意匠法19条に以下のようなものが規定されています。

  • その意匠はすでにインドで登録されている(新規性欠如)

  • その意匠は登録日前にインドまたは外国で公表・公衆使用されていた(公知・公用による新規性喪失)

  • その意匠は新規でも独創的でもない(創作性欠如)

  • その意匠は意匠法の定める登録要件を満たさない(例:機能のみの形状である、公序良俗違反である等)

  • そもそもそれは意匠法2条(d)の定義する「意匠」に該当しない(意匠ではないものの登録)

無効申立人は、申立てとともにこれらの理由を裏付ける証拠および自身が「利害関係人」であることを示す陳述書を提出します。意匠局(コントローラー)は申立てを受理すると意匠権者にその副本を送達し、意匠権者側はそれに対する反論書(カウンターステートメント)と証拠を一定期間内(通常1か月以内、必要に応じ最大3か月延長)に提出できます。その後、申立人による再反論書提出の機会が与えられ、書面審理または口頭審理を経て、コントローラーが登録維持か取消かの判断を下します。コントローラーの判断に不服がある場合、当事者はいずれも高等裁判所に上訴(控訴)することができます。

以上のように、インドでは意匠登録後に無効審判で権利を争う形となり、登録前には異議申立てによる第三者の介入はできない点が特徴です。このため、競合他社が問題のある意匠登録をした場合には、登録後に無効手続きをとることになります。なお、意匠登録公報を定期的に監視し、競業他社の登録動向をチェックすることが実務上望まれます。

7. 権利の存続期間と更新制度

インドの意匠権の存続期間は、原則として出願日(優先権主張がある場合は最優先日)から10年間と定められています(意匠法11条)。これは登録日(=出願日と同日と扱われます)から起算して10年後に満了することを意味します。存続期間をさらに維持したい場合、1回限り更新(延長)が可能であり、所定の手続きを行うことで追加5年間(通算15年まで)存続期間を延長できます。したがって、最大存続期間は出願日から計15年となります。インドでは日本や米国と異なり、それ以上の延長や更新は認められておらず、15年を超えると権利期間満了となります。

更新手続: 最初の10年の期限までに、更新申請(延長申請)を行い所定の更新料を納付することで、残り5年間の延長が認められます。延長申請は登録存続期間満了前ならいつでも可能ですが、通常は満了期が近づいてから行います。もっとも、登録直後に直ちに延長分の手数料を納付し、追加5年分を確保してしまうことも許容されています。更新料は出願人区分によって異なり、個人・小規模企業等で2,000ルピー、その他(大企業)で8,000ルピーです。

権利消滅と回復: 仮に10年の満了までに延長手続きを行わなかった場合、その意匠登録は期限到来とともに失効(権利消滅)します。しかし、失効後であっても1年以内であれば、回復申請(Restoration)を行って意匠権を復活させることが可能です。回復を求める際は、失効後1年以内に所定の回復申請書を提出し、未払いだった延長料に加え回復手数料を納付します。申請書には、期限までに更新できなかった理由を記載する必要があります。正当な理由が認められればコントローラーの裁量で回復が許可され、意匠権は途切れることなく存続していたものと見なされます(第三者の権利は生じません)。ただし回復が認められるか否かは保証されないため、できるだけ期限内の更新を確実に行うことが重要です。

8. 権利行使と侵害対応(救済措置、損害賠償、差止請求)

意匠権の効力: 登録意匠には意匠権(Design Copyright)が発生し、登録意匠に係るデザインを独占的に実施する権利が認められます。意匠権者は、登録意匠またはそれに類似する意匠を無断で製品に適用する行為を排他的に制限できます。具体的には、意匠権者の許諾なく以下のような行為を行うと意匠権の侵害(Piracy of a Registered Design)に該当します。

  • 登録意匠もしくはそれとほとんど同じ意匠を、製品(物品)に施して製造・販売すること。

  • 登録意匠(またはその模倣品)を施した製品を販売、販売目的の所持、輸出入すること。

  • その他、登録意匠を無断で業として利用する一切の行為。

インド意匠法21条では、上記のような無断使用行為は意匠権侵害と見なされ禁止されています。侵害が発生した場合、意匠権者は侵害者に対して民事上の差止めおよび損害賠償を請求することができます。

民事救済措置: インド意匠法22条に基づき、意匠権者は侵害者に対し以下の救済を求めることが可能です。

  • 差止請求: 裁判所に提訴して、侵害行為の即時停止や将来の侵害禁止を命ずる差止命令を求めることができます。裁判所が差止めを認めれば、侵害製品の製造・販売・輸入等を直ちに中止させることが可能です。

  • 損害賠償請求: 裁判を通じて侵害による金銭的損害の賠償を求めることができます。実際の損害額の立証が難しい場合もありますが、その場合でも裁判所が相当と認める損害額の賠償が命じられます。また意匠法では、損害額算定の推定規定等は特許ほど詳細ではありませんが、判例上、利益逸失等を考慮して賠償額が認定されます。

  • 法定損害賠償(金銭請求): インド独自の制度として、意匠権者は侵害者に対し、訴訟によらず一定額の罰金的賠償金(法定賠償)を請求することも可能です。具体的には、意匠権者は侵害行為1件ごとに最大25,000ルピーの金銭を侵害者から取り立てることができ、ただし1つの意匠について累計50,000ルピーまでという上限があります。この制度は、被害額の立証が困難な場合に法定額での解決を図る趣旨ですが、この金銭請求を選択した場合は別途損害賠償訴訟を提起することはできないと解されています(いわば簡易な和解的救済措置です)。

  • 付随措置: 差止命令を得た場合、裁判所は侵害品や製造設備の差押え・廃棄、侵害行為の公表命令など付加的な救済措置を命じることもあります(裁判所の裁量による)。

刑事罰: インドの意匠法には、日本のような刑事罰規定は設けられていません。意匠権侵害は基本的に民事上の紛争と位置付けられており、侵害者に対して刑事訴追(罰金刑・懲役刑等)を科す規定はありません※。したがって、権利行使は民事訴訟によって行うことになります。(*ただし意匠権者が取得した意匠を他人が意図的に無断コピーして製品展開する行為は、不正競争防止法理など他の法令で刑事罰に問われる可能性はありますが、意匠法自体には刑事条項がありません。)

管轄: 意匠権侵害訴訟は、侵害額などに応じて州の高等裁判所または下級の地方裁判所で提起されます。デリー高等裁判所をはじめ、主要都市の高等裁判所には知的財産専属部門があり、他国の企業間でもインド法廷で意匠侵害訴訟が争われた判例があります。登録証は有効な権利の一応の証拠(プリマファシーの証拠)となり、裁判において登録の有効性を裏付ける有力な要素となります。侵害訴訟では被告(侵害者)が「その意匠は登録に値しない(新規性がない等)」と無効を主張することができますが、その立証責任は基本的に被告側にあります。また、侵害の立証には、侵害品が登録意匠と「視覚上実質的に同一」であることを示す比較が行われます。小さな差異であって実質的に同じ印象を与える場合は侵害が認定される可能性があります。

9. 国際出願制度(ハーグ制度との関係、外国人出願人の取り扱い)

前述のとおり、インドはハーグ協定の締約国ではありません。そのため、ハーグ国際意匠出願によってインドで意匠権を直接取得することはできません。外国企業・デザイナーがインドで意匠保護を得たい場合、インド特許庁に直接国内出願を行う必要があります。ただしインドはパリ条約加盟国ですので、自国(外国)での最初の意匠出願日から6か月以内であれば、インド出願で優先権の主張が可能です。この場合、優先日を基準に新規性判断がなされ、母国出願後にその意匠が公表されていても不利にはなりません。したがって外国人出願人は、自国で出願後6か月以内にインドにも出願することでスムーズに権利取得できます。逆に6か月を過ぎると優先権の主張はできず、出願時点での新規性要件を単独で満たす必要があります。

外国人出願人の取扱い: 外国企業・個人であってもインド意匠を出願・登録することは問題なく可能です。インド法は内外無差別原則(TRIPS協定に基づく内国民待遇)を採っています。ただし、インド国内に住所を有しない出願人はインドにおける送達先住所(Address for Service)を指定する必要があります。通常はインドの代理人(弁理士・弁護士)がこれを兼ねます。また実務上、外国から直接インド特許庁に出願手続きをすることは困難なため、インドの特許代理人に依頼するのが一般的です。インドでは特許代理人資格を持つ者は意匠手続も代理できますし、商標代理人や法律事務所も意匠出願業務を取り扱っています。出願から登録、さらに侵害対応まで一貫して現地代理人と協力する体制を整えることが望ましいでしょう。なお、出願書類自体は外国人が作成しても差し支えありませんが、審査官からの通知等は英語で発行されるため、技術的な意思疎通の面でも現地専門家のサポートが有用です。

国際展示会への出品: 前述のように、インドではパリ条約の規定に準じ、特定の国際博覧会等で公表した意匠について6か月以内の出願であれば新規性を喪失しない例外があります。従って、日本企業などがインド市場参入前に国際展示会で新製品を展示する場合、可能であれば事前に意匠出願を済ませておくか、遅くとも展示から6か月以内にインド出願することが重要です。この例外は厳格に適用され、認められる展示会の範囲も限定されています。

国際協調: インドは近年、意匠制度の国際調和にも動きを見せており、2019年にロカルノ協定(意匠分類)に加盟し国際分類を導入しました。また、ハーグ協定への加盟も長年検討課題となっており、2024年にはUSPTOとハーグ制度に関する情報交換を行うなど準備が進められています。将来的にインドがハーグ協定に加盟すれば、国際出願によるインド指定も可能になる見込みですが、2025年現在では未加盟であるため注意が必要です。

10. 実務上の留意点(先行意匠調査、代理人の関与、ローカルプラクティス)

先行意匠調査の重要性: インド意匠出願では絶対的な新規性が要求され、世界中で一度も公表されていないことが必要です。そのため、出願前に国内外の先行意匠を十分に調査することが肝要です。インド特許庁は公開意匠をデータベースで検索できるサービスを提供しており、WIPOのグローバルデザインデータベースからもインド登録意匠を調べることができます。特に欧米や中国で既に公知となっているデザインがないか確認し、自社のデザインが新規性・独自性を備えているか事前に評価しておくことが推奨されます。また、インド出願に先立ち日本特許庁の意匠調査(海外意匠も含めた調査)を依頼する企業もあります。新規性を欠く場合、出願しても拒絶されるだけでなく、登録後に無効主張されるリスクもあるため、事前調査を怠らないことが重要です。

代理人の関与: 外国企業・個人がインドで意匠登録を目指す場合、現地の専門家(特許代理人・弁理士)のサポートはほぼ不可欠です。言語や手続面の問題だけでなく、インド特有の図面作成ルールや法的主張のノウハウが求められるためです。例えば図面への新規性記載や部分意匠の表示方法などは慣れが必要です。インドでは特許・意匠については特許代理人資格者のみが代理業務を行えます(商標・意匠のみ扱う代理人資格は特にありません)。外国出願人はインド国内に住所がない場合、先述の通り代理人を通じて送達先を確保する必要もあります。権利取得後も、万一侵害が発生した際の警告や訴訟対応で現地代理人の助力が重要となりますので、信頼できる知財事務所を選定しておくとよいでしょう。

ローカルプラクティスと留意点:

  • 部分意匠の取り扱い: インド意匠法には部分意匠に関する明文規定はありませんが、実務上は部分的なデザインを保護することも可能です。その際、図面上で保護を求める部分と求めない部分を明確に示す工夫が必要です。一般に、保護しない部分を破線(点線)や淡色で描き、保護したい部分を実線で描く方法が採用されています。出願書類には「破線部は意匠に含まれない」旨を注記し、必要に応じて該当部分の拡大図を添付します。例えば製品全体のうち特定の部品形状のみを権利化したい場合、製品全体図を提出した上で、権利化部分を矢印や囲みで強調し他は破線で示すといった対応が行われています。このように部分意匠そのものの制度は無くとも、図面表現とディスクレーマーによって実質的に部分意匠をカバーすることが可能です。

  • 秘密意匠制度なし: 日本のように登録後一定期間非公開とする秘密意匠の制度はインドにはありません。意匠登録されると即公開され誰でも閲覧可能となるため、公開タイミングを遅らせることはできません。製品発表時期との兼ね合いで出願を計画する必要があります。もし発売前に登録公報でデザインが公知化してしまうと競合に模倣の警戒を与えてしまうため、発売直前の出願~迅速登録など戦略的なスケジュール調整が求められます。

  • GUI・画面デザイン: インドでは伝統的に動的意匠(画面表示の変化など)について明示規定がなく、かつてはソフトウェア的要素の強いGUIは登録不可との見解もありました。しかし近年の実務では、電子機器の画面に表示されるGUIやアイコンも「物品(電子ディスプレイ装置)に適用された2次元の意匠」として登録可能と判断されています。実際、2023年のカルカタ高裁判決では「GUI(画面表示)は表示装置に組み込まれたソースコードにより産業上利用されており、電気的手段によって製品に適用され視覚に訴えるものである」として意匠性を肯定しました。したがって、アプリのアイコンやUI画面デザインも静止画像の形で表現し出願すれば登録を受けられる余地があります。ただし複数画面の遷移を一出願で保護することは難しく、画面ごとに出願する必要があります。また動きそのものではなく各画面の静止したレイアウトとして審査されます。

  • 先行意匠の引用: インド審査官は世界各国の公知意匠や文献を調査し、新規性・独自性を厳格に判断します。意匠公報、公知カタログ、インターネット上の画像などが拒絶理由として提示されることもあります。日本出願に比べ拒絶理由通知が来る割合も高い傾向が指摘されています。したがって、応答に備えて先行意匠との差異点を明確に説明できるよう準備しておくと良いでしょう。必要に応じて意匠の創作背景や利用態様を説明し、審査官の理解を助けることも有効です。

  • 意匠の名称と分類: インド出願では意匠を適切に分類し、名称を正確に記載することが重要です。もし名称が不適切(例えば分類と一致しない名称、漠然とし過ぎた名称など)の場合、審査官から補正を要求されます。ロカルノ分類表に掲載されている用語を参考に、できるだけ具体的かつ簡潔な物品名とすることが望まれます。また1出願1意匠・1分類の原則から外れる出願は分割を命じられる可能性がありますので、出願時に範囲を絞ることもポイントです。

  • 料金区分の活用: 前述のように個人や中小企業、スタートアップであれば手数料が大幅に軽減されます。該当する場合は必ず出願時にその資格を申告し、減免を受けましょう。例えば小規模企業がその申請をせず大企業扱いとなってしまうと、支払う費用が4倍になります。また、スタートアップ企業はインド政府の定める条件(設立一定年数内・年商一定以下等)を満たす必要があるため、事前に要件を確認してください。

  • 権利行使の実務: インドで意匠権侵害に直面した場合、まずは差止めの仮処分を迅速に取得し、侵害品の市場流通を止めることが肝心です。その上で民事訴訟で本格的な救済を図ります。インドの裁判所は意匠登録証を有効な権利の推定証拠とみなし、侵害者側に無効理由の立証責任を負わせます。もっとも意匠権者も、自社意匠が新規性・独自性を欠くとの反論に備え、登録前から先行デザイン調査をしっかり行っておくことが防御に繋がります。また、被害額算定が困難な場合には意匠法の規定する簡易賠償(前述の一律金銭請求)も検討しますが、上限額が5万ルピーと低いため、大きな被害が出ている場合は通常の損害賠償請求を選択します。

  • 海関措置: 商標や著作権と同様、意匠についても税関(カスタム)による輸入差止め制度の利用が可能です。インド税関に意匠権を登録(Recordation)しておけば、侵害が疑われる製品の輸入時に税関が察知し差し止めてくれる制度があります。ただし、実際に機能させるには侵害品の情報提供や現地でのフォローが必要です。外国企業がインド国外からの模倣品流入を阻止したい場合、現地代理人と協力して税関登録を活用することも視野に入れるとよいでしょう。

以上、インドの意匠制度についてその概要とポイントを網羅的に説明しました。インドは経済成長著しい市場であり、製品デザインの保護も年々重要性を増しています。日本とは異なる制度的特徴(例えば存続期間の短さや異議制度の不存在など)に留意しつつ、適切に権利を取得・活用することが求められます。本レポートがインドでの意匠権取得・行使の一助となれば幸いです。

参考情報源: インド意匠法原文および規則、インド特許意匠商標総局ガイドライン、日本特許庁・ジェトロ提供資料、現地法律事務所の解説等。必要に応じ関連法令(インド意匠法2000年、意匠規則2001年改正2021年)やインド知財庁公式サイトの情報も参照してください。