1. 制度概要(目的、主管庁、根拠法) インドでは工業製品等のデザイン(意匠)を保護するために、2000年意匠法(Designs Act,...
ブラジルの意匠制度概要
はじめに
ブラジル連邦共和国における意匠制度は、日本の意匠制度と異なる点が多く、現地でデザインを保護・活用するには最新の制度理解と戦略が必要です。本稿では、ブラジルの意匠登録制度について、出願から登録までの手続、審査や存続期間、国際出願(ハーグ制度)との関係、権利行使方法、ならびに日本企業が留意すべき実務ポイント・戦略をまとめます。
出願要件(必要書類・条件)
ブラジルで意匠登録出願をする際には、出願書類をポルトガル語で作成する必要があります。主な必要書類は以下の通りです。
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願書(願人および創作者の氏名・住所・国籍等の基本情報、意匠の名称、ロカルノ分類の区分等)
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図面または写真(意匠を視覚的に十分に表したもの。立体物の場合は前後左右・上下および斜視図など6面図以上を提出することが推奨されています)
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明細書(意匠の形状や模様の説明)およびクレーム(意匠権の保護対象を特定する請求項)
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委任状(POA)(代理人を通じて出願する場合に必要。外国企業が出願人の場合は国内居住の代理人を選任する義務があり、その代理人に行政・司法手続の権限を委任する委任状を提出する必要があります。なお委任状の公証・認証は不要です)
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譲渡証(出願人が創作者本人でない場合、創作者から出願人への権利譲渡を証明する書面。公式には発明者(創作者)の承諾書などと称され、出願時または後日提出可能です)
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優先権証明書(他国での先の出願の優先権を主張する場合に提出。ブラジルはパリ条約加盟国であり、日本出願から6か月以内に優先権主張出願が可能です。その際、日本特許庁発行の優先権証明書を90日以内に提出し、ポルトガル語訳および内容が一致する旨の宣言が必要です。ただしデジタルアクセスサービス(DAS)経由でコードを提供すれば書類提出を省略可能です)
補足:出願人の資格 – ブラジルでは自然人・法人を問わず居住者・非居住者ともに意匠出願が可能です。出願時には創作者(デザイナー)の氏名等を明示し、出願人が創作者と異なる場合は譲渡済みである旨を記載します。また、同一の用途に係り同一の特徴を有する複数の意匠変形は一つの出願でまとめて登録出願できます(最大20件まで)。例えば色や寸法などの細部のみ異なるバリエーションは1件の出願に20案まで含めることが認められています。これにより関連するバリエーションをまとめて保護できますが、用途やデザインコンセプトの異なる複数意匠を1件に含めることはできません。もし不適切な複数意匠を含めた場合は、ブラジル知財庁(INPI)からの拒絶理由通知に対し60日以内に一つの意匠に絞るか分割出願を行う必要があります。
出願から登録までの手続
電子出願(オンライン)で書類を提出すると、まず形式的要件について方式審査が行われます。方式審査では、願書や図面・必要情報の欠落、単一性要件(一出願一意匠、ただし許容される変形は最大20まで)の遵守等が確認されます。方式面で問題がなければ、登録査定と同時に意匠が公報発行されます。一方、書類不備や単一性要件違反などの問題がある場合、拒絶理由通知(Office Action)が出され、通知公報掲載から60日以内に補正・意見書を提出して対応する機会が与えられます。適切に対応すれば登録に進みますが、期間内に応答しない場合は出願が却下(放棄扱い)となるため注意が必要です。近年は審査効率が向上しており、順調なケースでは出願から4~6か月程度で登録される傾向です(方式不備による手続応答が発生した場合でも、数か月程度処理が延びるのみです)。なお、ブラジルでは登録時に特別な登録料は課されません。
公開制度として、ブラジルの意匠出願は原則として登録と同時に公開されます。特許のような出願後一定期間での中間公開はなく、出願中は非公開です。ただし出願人の希望により、**出願から180日間の秘匿(審査の一時延期)**を申請できます。この場合、提出後すぐには処理が行われず最大180日間公開を遅らせることができ、秘匿期間終了後に審査手続が再開されます。製品発表のタイミングに合わせ公開を遅らせたい場合などに活用できる制度です。
審査制度(無審査主義と実体審査請求)
ブラジルの意匠制度の大きな特徴は**「無審査主義」です。新規性や独創性といった実体的要件について、登録前には審査を行わず形式要件を満たせば即登録されます(言い換えれば、出願時点では公的な新規性の判断が行われない登録制**です)。そのため迅速な権利化が可能ですが、登録後の実体的な権利有効性については注意が必要です。
登録後、意匠権者(出願人)自身の請求により、特許庁に実体審査(新規性・独創性の審査)を依頼することができます。これは任意の制度であり、請求がなければ期間満了まで審査なく権利が維持されます。審査請求には所定の手数料(2023年現在355レアル)が必要です。実体審査の結果、もし登録意匠が公知のデザインである等新規性・独創性に欠けると判断された場合、職権により無効審判が開始され、登録が取り消される可能性があります。したがって権利行使(侵害警告や訴訟提起)の前に実体審査請求を行い、肯定的な結果(特許庁のお墨付き)を得ておくことが望ましいとされています。実体審査で新規性・独創性が認められれば、侵害紛争時に相手方から無効を主張されても防御しやすくなり、権利の安定性が増すでしょう。
なお、2023年10月施行の新しい意匠審査基準では、「部分意匠」的なクレーム手法が認められるようになりました。従来ブラジルには部分意匠の制度はなく、意匠登録で製品の一部のみを保護対象とすることはできないと解釈されていました。しかし現在は、破線(点線)による描写で製品の一部を「参考部分」として除外表示し、実質的に部分のみの意匠をクレームすることが可能です。破線箇所は権利範囲に含まない旨のディスクレーム(非包含声明)を明細書に記載する必要があります。この変更により、日本の部分意匠制度に近い形で、製品全体ではなく特徴部分のみのデザインをブラジルでも権利化できるようになった点は注目されます。
存続期間と更新(維持手続)
ブラジルの意匠権の存続期間は、出願日から10年間です。さらに、5年ごとの延長を最大3回まで行うことができ、最長で出願日から25年間保護されます。すなわち10年経過後も所定の更新料支払いにより、5年×3回の延長(計15年延長)が可能です。
実務上は、登録後5年目に最初の維持年金の支払い期限が訪れます。初回の維持料を期限内(出願から5年以内)に納付すれば当初の10年保護期間が維持され、以降は10年目・15年目・20年目にそれぞれ更新料を支払うことで保護期間を延長できます。更新料の支払期限は各保護期間満了前年までで、期限を過ぎても6か月以内であれば追加料金を添えての遅延納付も認められます。なお、登録時に発生する登録料はありません(初回5年分は出願時費用に含まれているイメージです)。また、延長手続は最大3回まで(通算25年)であり、25年経過後は意匠権の更新はできません。
権利行使(侵害への対応)
ブラジルで意匠権を取得した後、模倣品や侵害行為に対してどのように権利行使できるかを押さえておきましょう。
民事上の侵害訴訟:意匠権侵害が疑われる場合、州裁判所に民事訴訟を提起して権利行使します。管轄は原告(権利者)の所在地または侵害地の裁判所となります。救済措置として、差止命令(仮処分による差止めおよび本案判決での恒久的差止め)や損害賠償請求が可能です。仮処分(仮差止)を得るには、勝訴の蓋然性や差し迫った無効の恐れなど一般的な要件を満たすことを立証する必要があります。裁判手続は管轄裁判所の混雑状況等によりますが、提訴から判決まで2~3年程度を要するケースが一般的です。なお、被告は訴訟において登録意匠の無効(新規性欠如等)を抗弁として主張することが認められています。侵害訴訟と無効判断は本来別手続ですが、一体的に扱われる場合もあり、裁判所が権利の有効性を事前判断して訴訟手続を一時停止(無効判断が出るまで中止)することも可能です。
刑事手続:意匠権侵害はブラジル法において犯罪行為とみなされる場合があります。具体的には、登録意匠を許可なく製造・販売・輸出入する行為や、その模倣品を営利目的で販売・所持する行為などが刑事罰の対象です。権利者(および専用実施権者)は警察への刑事告訴を行うことができ、有罪と認められれば侵害者に対し罰金や懲役刑が科される可能性があります。もっとも、刑事手続を進めるには高い証明責任や手続コストが伴うため、実務上はまず民事上の対応(警告や差止請求)を行い、悪質な場合に刑事も検討する形が一般的です。
税関差止(Border Measures):ブラジル税関当局は、意匠権者からの要請に基づき輸出入時に模倣品を差し止める制度を有しています。権利者は侵害が疑われる物品の詳細情報と自身の意匠登録情報を税関に提供し、監視を依頼します。税関が登録意匠に酷似した物品の輸出入を発見した場合、当該貨物を一時留保し、権利者に通知します。権利者は通知を受けたら迅速に司法手続きで正式な差止め・押収命令を求める必要があります。処理期間はケースバイケースですが、税関措置は模倣品の流通を未然に防ぐ有効な手段となります。
以上のように、ブラジルでは民事・刑事・行政(税関)の各ルートで意匠権侵害に対応可能です。なおブラジルには無登録意匠に対する保護制度はなく、未登録のデザインが模倣された場合は著作権や不正競争防止法に基づく救済を検討する必要があります。したがって、デザイン保護には事前の意匠登録が不可欠です。
更新手続と料金体系
前述の通り、意匠権を維持するためには所定の時期(5年目以降)に維持年金・更新料を納付する必要があります。ここでは料金体系の概略を説明します。
公式手数料:出願から最長25年まで意匠権を維持するために必要な公式手数料総額は、おおよそ2,200ブラジルレアル(BRL、約390米ドル)と見積もられています。この金額には初回登録から更新3回分までの官費が含まれており、各更新料も概ね低廉です(個人出願人の場合はさらに減免措置があります)。出願時には願書や図面提出と同時に所定の出願料を納付します。また優先権主張を伴う場合には別途料金が発生します。
維持年金・更新料:ブラジルでは5年目に維持年金を支払い10年目までの権利を維持し、以降、10年目・15年目・20年目に更新料を納付して権利期間を延長する仕組みです。例えば企業が25年間フルに権利を維持する場合、合計4回(5年目、10年目、15年目、20年目)の納付が必要です(トータル額が前述のBRL 2,200程度となります)。更新料の正確な額は法律改定等で変動する可能性がありますので、都度INPIの料金表を確認することが重要です。延長手続きを怠ると権利が失効しますが、6か月以内であれば追納が可能です。
代理人費用:上記は官公庁への手数料であり、実際の出願・維持管理には現地代理人への代理手数料も発生します。代理人費用は各事務所により異なりますが、概してブラジルの物価水準に照らして日本よりやや低め~同程度の水準と言われます。日本企業の場合、日本の特許事務所を通じて現地代理人に依頼する形が多く、その際は日本側と現地側の双方に費用が発生する点を念頭に置いてください。
国際出願制度(ハーグ協定)への対応
ブラジルは2023年8月1日付で意匠の国際登録制度(ハーグ協定ジュネーブ改正協定)に加盟しました。これにより、日本の企業はハーグ国際出願を通じてブラジルを指定し、ブラジル国内の意匠権を取得するルートが利用可能です。国際出願を活用することで、複数国へのデザイン保護を一括管理できる利点がありますが、ブラジル固有の要件にも注意が必要です。
ブラジル指定時の留意点:国際出願(DM出願)でブラジルを指定する場合、出願人(名義人)が創作者本人であることが要求されます。創作者以外の法人名義で出願する場合は、フォーム上で「創作者から譲渡を受けた」旨の声明を付す必要があります。この点は国際出願手続(eHagueシステム)上で対応可能です。また、優先権書類の提出について、ブラジル指定では優先権主張時にDASコードの記載が推奨されます。DASコードがない場合、国際公報掲載日から90日以内にブラジル知財庁に対し優先権書類(翻訳付き)を現地代理人経由で提出する必要があります。
単一性要件と分割:ハーグ国際出願では複数デザインを一件に含めることも可能ですが、ブラジル側では前述のとおり1件の意匠出願に認められるのは変形を含め最大20デザインまでであり、しかも同一用途・同一特徴に限定されます。そのため、国際出願で例えば異なる製品のデザインをまとめて出願した場合、ブラジル審査官は「デザインの単一性要件違反」としてブラジル指定部分を拒絶する可能性があります。拒絶された場合でも、ブラジル知財庁からの通知後60日以内であれば、維持する一つのデザインを指定して残りについて現地に分割出願することが認められています。分割出願には各々国内の出願に移行するため所定の国内料金をブラジル特許庁に直接納付する必要があります。したがって、あらかじめブラジルの単一意匠要件を満たす形で国際出願のデザイン構成を工夫する(必要に応じデザインごとに分割して別々の国際出願にする等)か、拒絶後の分割対応を念頭に入れておくことが重要です。
審査・応答:ハーグ経由であっても、ブラジル特許庁で行われる審査内容・基準は国内出願と同様です。方式不備や要件不充足があれば拒絶通報(通称「A通知」)がWIPO経由で送られます。その場合、現地代理人を通じて60日以内に応答書を提出しなければ、ブラジル指定部分は最終的に拒絶確定となります。つまり、国際出願を利用しても現地語での応答や代理人手配は必要になる点に注意してください(逆に言えば、国際出願にブラジルを指定する場合でも、信頼できるブラジル現地代理人と連携しておくことが望まれます)。
現地代理人の必要性
外国企業・非居住者がブラジルに意匠出願する際は、現地の弁理士・代理人の関与が必須です。ブラジル法では、国外に住所を有する者は、ブラジル国内に居所を持つ適格代理人を恒常的に選任しなければならないと定められています。選任された代理人は、特許庁からの通知受領や、手続・審判における申請人の代理権限を持ちます。出願時に委任状(POA)を提出しない場合でも、出願後60日以内に提出すれば手続上有効です(期限内に提出しないと出願が却下されます)。委任状には出願人(企業)の署名が必要ですが、公証人認証や領事確認は不要であり、手続き上の負担は比較的軽微です。日本企業の場合、通常は日本国内の特許事務所が現地代理人と連携して手続きを代行しますが、POA上は現地代理人を直接指名する形となります。
なお、権利取得後の権利行使(訴訟)においても現地弁護士が必要です。ブラジルでは弁護士資格を持つ者のみが法廷で代理人となれます。日本企業が現地で差止命令や損害賠償を求める場合、ブラジル弁護士による訴訟提起が不可欠です。したがって、権利取得から行使まで一貫して信頼できる現地代理人・法律事務所を選定しておくことが重要な実務ポイントとなります。
拒絶理由と補正機会
ブラジル意匠出願の主な拒絶理由と、出願人に与えられる対応機会を整理します。
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方式要件違反・単一性違反:必須書類の欠落、願書記載不備、一出願に複数異なる意匠を含めた場合などは、まず方式審査で指摘されます。これらは補正可能な場合が多く、拒絶ではなく是正要求(Office Action)という形で通知されます。出願人は60日以内に不足資料提出や分割出願などの対応を行えば、審査を継続できます。期限内に対応しない場合、出願は却下(放棄)とみなされます。
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登録不適格な意匠:意匠法上保護対象外のデザインは初めから拒絶されます。具体的には、純粋に美術的な作品(産業上の利用に供しないもの)は意匠にならず、また公序良俗に反するデザイン、他人の名誉や肖像を害するもの、宗教的信条を冒涜するものなどは登録不可です。さらに、物品のありふれた形状や必然的な形状(例:球体・立方体など純幾何学形状、ネジ・歯車等の機能上定型化された形状)は「装飾性がない」とみなされ意匠登録できません。同様に純粋に機能を確保するためだけの形状(機能により形状が決まってしまうもの)も登録不可です。このような場合は補正による救済は困難であり、審査段階で拒絶処分となります。
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補正の範囲:方式不備に対する補正は認められますが、出願後の図面変更は厳格に制限されます。特に優先権を主張している場合、優先出願の図面と完全に一致しない変更は新規事項の追加と見なされ、補正却下や優先権喪失のリスクがあります。ブラジル意匠審査基準では「優先出願と同一の図面」であることを求めており、後から図面を差し替えて優先出願と整合させることも許されません。したがって出願時に提出する図面は慎重に検討し、必要であれば出願後早期に自発補正を行うなど戦略が求められます。
以上のように、ブラジルでは基本的に補正の機会は方式面に限られ、実体的要件に関する欠陥(公序良俗違反や非装飾性など)は致命的となります。ただし**拒絶決定に対しては不服申立て(審判)**が可能です。拒絶の官報通知日から60日以内に異議理由を述べた審判請求を提出でき、内部審査官による再検討が行われます。審判手続では第三者が意見提出する期間が設けられるほか、審査官が改めて所見を出し、それに対し出願人が再反論する機会も与えられます。審判の結果、拒絶が覆ればそのまま登録に進み、維持されれば司法救済(訴訟)も検討されます。
第三者による異議申立・無効手続
ブラジルの意匠制度には出願段階での異議申立制度はありません。したがって、第三者がある意匠出願に異議を唱えたい場合でも、登録前に公式に介入する手段はないことになります。競合他社の意匠出願を発見した場合は、まずその意匠が登録されるか動向を注視し、登録後に対応を検討する形になります。
登録後の無効手続:意匠が一旦登録されると、無効審判(行政的な登録無効手続)を請求することができます。請求権者は何人でも(利害関係人であれば足りる)可能で、ブラジル特許庁(INPI)が職権で開始することもあります。無効審判請求は登録公告日から5年以内に行う必要があります。5年を過ぎるとINPIでの無効手続は原則受け付けられません。ただし裁判所(連邦裁判所)での無効訴訟提起はこの期間後も可能と解されています。無効理由として主張できるのは、形式要件の不備(単一性違反など)や実体要件の欠如(新規性・独創性がない等)です。無効手続では特許庁に対し登録の取消しを求め、特許庁判断に不服なら最終的に司法審査に持ち込むこともできます。
無効の抗弁:前述の通り、侵害訴訟において被告は防御方法として登録意匠の無効を主張できます。この場合、当該訴訟の当事者間でのみ有効性が否定される(インターパーテズ効果)判決が出されうる点が特徴です。つまり連邦裁判所での正式な無効審理を経ずとも、侵害訴訟の文脈で当該意匠権は原告に対して行使できないとの判断が下される可能性があります。ただしこの判断は他の第三者には直接影響しません。他者も無効を確定させたい場合は、別途無効審判や無効訴訟を起こす必要があります。
総じて、ブラジルでは権利付与後5年間が無効化リスクの高い期間と言えます。他人の登録意匠に異議を唱える場合はこの期間内に無効審判を請求するのが望ましく、権利者側としては登録後5年を経過すると行政的無効化のリスクが低減する点を覚えておくと良いでしょう(もっとも裁判で争われる可能性は残ります)。
日本企業向け実務上のポイントと戦略アドバイス
最後に、日本企業がブラジルで意匠を保護・活用する際に留意すべきポイントや戦略をまとめます。
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早期の権利化と国際優先権の活用:ブラジルは無審査登録主義のため、他国に比べ出願から登録までの時間が短い傾向にあります。製品発売に合わせて迅速に権利を取得したい場合、ブラジル出願は有効な選択肢です。日本での意匠出願から6か月以内であればパリ優先権を主張してブラジルに出願できますし、2023年以降はハーグ国際出願も利用可能です。日本出願後、製品展開国としてブラジル市場を視野に入れる場合は早めにブラジルにも出願する(もしくは国際出願でブラジルを指定する)ことを検討しましょう。なおブラジル法には新規性のグレースピリオド(猶予期間)が180日認められており、出願前6か月以内の自己開示であれば新規性喪失と見なされません。万一日本企業が製品発表等でデザインを公表してしまった場合でも、半年以内であればブラジル出願により保護機会が残されています。ただし優先権期間(6か月)を過ぎると原則として保護できなくなるため注意してください。
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変形意匠の一括出願:日本では関連意匠制度等がありますが、基本1出願1意匠が原則です。一方ブラジルでは同一コンセプトのバリエーションを最大20パターンまで1件で出願可能です。色違いや細部変更など複数の派生デザインを持つ製品の場合、できるだけまとめて一括出願する方がコスト面でも効率的です。ただし無関係なデザインを混ぜると拒絶されるため、グループ化の範囲は代理人と相談して決めましょう。また、日本では最初の意匠出願に含まれなかった類似デザインを後から関連意匠で追加出願する戦略がありますが、ブラジルでは公開後に類似意匠を別出願すると自己の先願が阻害要因となる可能性があります。従って、最初の出願時に保護したい変形バリエーションは可能な限り網羅しておくことが望ましいでしょう。
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部分意匠への対応:上述のように2023年からブラジルでも破線による部分クレームが可能になりました。しかし日本の部分意匠のような独立した制度ではなく、手続実績もまだ少ない状況です。日本企業が製品の一部分だけをブラジルで保護したい場合、図面で巧みに破線を使って権利範囲を限定する必要があります。この際、明細書に破線部分は権利に含まない旨の記載を忘れないようにしてください。部分的なデザイン保護は模倣品対策に有効ですが、審査官が当該部分を「ありふれた形状」と判断すれば登録拒絶となる可能性もあります(特に単体では独創性に欠ける部品形状など)。部分的でも視覚的特徴として顕著な場合に有効な戦略と言えます。
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現地代理人・言語対応:ブラジルは公用語がポルトガル語であり、特許庁への提出書類や公報はポルトガル語です。日本企業が直接やり取りするのは難しいため、信頼できる現地代理人の選任が不可欠です。幸いブラジル出願では委任状に公証は不要なため手続きは円滑ですが、日系企業案件に実績のある代理人を選ぶことで、文化や商習慣の違いによるミスを防ぐことができます。特にハーグ経由で拒絶対応が必要になった場合、WIPOからの通報後60日以内という短期間でポルトガル語応答を書く必要があるため、あらかじめ現地代理人との連絡体制を構築しておくべきです。
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権利行使と実体審査の活用:ブラジルでは意匠権侵害に対し差止・損害賠償請求が認められ、悪質な場合には刑事訴追も視野に入ります。模倣品が市場に出回った場合にはまず内容証明郵便による警告状(Cease & Desist レター)を送り、自発的な中止を促すのが一般的です。それでも侵害が続く場合は民事訴訟を提起し、必要に応じ税関差止も併用します。ここでポイントとなるのが、権利の安定性(有効性)です。無審査で得た権利は迅速ですが、侵害者から無効を突かれるリスクも抱えます。前述の実体審査請求を活用し、自社権利の新規性・独創性にお墨付きを得ておくことは、訴訟戦略上強い武器となります。特にブラジルでは審査官の審査結果次第で職権無効審判が起こり得るため、逆に言えば審査官が認めた権利には信頼性が生まれると言えます。したがって、日本企業がブラジルで意匠権を取得した際は、重要度の高いデザインについては積極的に実体審査を請求し、万全を期しておくことをお勧めします。
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コスト管理:ブラジルの意匠公式費用は比較的低廉で、複数変形をまとめて出願できる利点もあるため、コストパフォーマンス良く広範囲な保護を図ることが可能です。しかし、為替変動や現地代理人費用も踏まえて総コストを見積もり、優先度の高いデザインから順に検討することが大切です。例えば現地市場規模がそれほど大きくない製品については、出願費用対効果を検討し、意匠よりも商標や著作権でカバーできないか等、総合的な知財戦略の中で判断します。重要なコアデザインについては迷わず出願し、周辺デザインは必要に応じて出願するといったメリハリが求められます。
以上、ブラジル意匠制度の概要と実務上のポイントを網羅的に解説しました。ブラジルは2023年のハーグ協定加入や新審査基準施行により、国際水準に歩み寄りつつある一方で、無審査主義や独自の手続も残るユニークな法域です。日本企業としては最新動向を注視しつつ、現地専門家と連携して適切な権利取得・活用を図ることが重要と言えるでしょう。ブラジル市場で自社デザインを確実に守るため、本稿の内容がお役に立てば幸いです。
参考文献・情報源:ブラジル産業財産法(Law No.9,279/96)、INPI意匠マニュアル第2版(2023年改訂)、ICLG “Designs 2025 – Brazil”、HARAKENZO「ブラジルの意匠制度」コラム、他.