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欧州連合(EUIPO)の意匠制度概要

1. 登録要件

EUTM(EU)における登録要件: 欧州連合の意匠制度(登録共同体意匠: RCD)は、意匠の登録要件として「新規性」と「独自性(個性)」の2点を挙げています。新規性とは、出願日(または優先日)以前にその意匠と同一のデザインが公然と知られていないことを意味します。一方、独自性とは、既存の意匠とは「異なる全体的印象」を需要者(情報に通じた使用者=Informed user)に与えることを指し、デザインにおける創作上の特徴が十分にあることを求める要件です。独自性の判断では、デザイナーの「創作の自由度」も考慮され、技術的機能に由来しない部分で全体印象に差異があるかが評価されます。さらにEUでは、公序良俗に反する意匠や、意匠の見た目が専ら製品の技術的機能によって決定される場合(純粋に機能のみで決まる形状)は登録を受けられません。また、他の製品と組み合わせる際に必然的に決まる「連結部品(must-fit)」の形状や、複合製品の通常使用時に外から見えない部品の形状も保護対象外です。EUの意匠は方式審査のみで登録されるため、願書や図面の形式要件・公序良俗違反などを満たせば迅速に登録されますが、実体要件(新規性・独自性)は審査されません。そのため、新規性・独自性に欠ける意匠でも一旦登録は可能ですが、後に第三者から無効審判(無効請求)を起こされて権利が無効になるリスクがあります。

日本の登録要件との比較: 日本の意匠法でも新規性が要求されますが、その基準は「世界的に見て公然知られていないこと(絶対的新規性)」という点でEUと共通です。また、日本では独自性に相当する要件として「創作非容易性(当業者にとって容易に創作できないこと)」が求められます。これは意匠法3条2項に規定され、当該意匠が属する分野の通常の知識を有する者が容易に思いつくような形状でないことを要求するものです。EUの「独自性(個性)」が需要者の視点からデザインの視覚的特徴を評価するのに対し、日本の「創作非容易性」は専門家(当業デザイナー)の視点から創作の困難性を評価する点が異なります。例えば、日本では登録意匠と類似する意匠であっても、本意匠との類似ゆえに創作非容易性は問わない(関連意匠制度、後述)という扱いがあります。一方、EUではたとえ類似する意匠同士であってもそれぞれが独自性を備える必要があり、全体印象が近似していれば後出の意匠は個性欠如と判断されます。実務上、日本は意匠登録前に審査官が先行意匠との類否や創作容易性を審査する「審査主義」であり、類似する先行意匠があると登録できません。一方、EUは上記の通り実質無審査で登録されますが、これら登録要件は権利有効性の判断基準として存続しています。

比較表: 登録要件の概要(EU vs 日本)

要件 EU(登録共同体意匠) 日本(意匠登録)
新規性 世界的新規性が必要(公然知られていないこと)。ただし12ヶ月のグレースピリオドあり。 世界的新規性が必要(公然知られていないこと)。12ヶ月の新規性喪失の例外あり(※従来6ヶ月から近年延長)。
創作上の非凡性 「独自性(個性)」:既存意匠と異なる全体的印象を与えること。評価基準は情報に通じた使用者の視点。 「創作非容易性」:当業者が容易に考案できないこと。評価基準は当業デザイナーの視点。
機能的形状 技術的機能のみで決まる形状は登録不可。代替デザインの有無に関わらず保護対象外。 機能的形状も保護可能(美感不要)。ただし実務上、美観がない純粋機能部品でも新規であれば登録されうる。
その他除外 公序良俗違反、他人の商標を含む意匠等は登録不可。一体不可欠な連結部品、通常使用で見えない部品も不可。 公序良俗違反は登録不可(意匠法5条)。他人の著名な肖像・商標等含む意匠も不登録(5条各号)。部品の視認性要件なし(極小部品も顕微鏡等で取引上認識できれば可)。

実務上の留意点: 日本企業にとって、EUでは審査がない分「とりあえず登録」が可能ですが、新規性・独自性の有無は後日に争われ得るため、出願前に先行意匠調査を十分行う必要があります。特に、自社で日本の関連意匠として登録したような類似デザインをEUでも出願する場合、本意匠との差異が小さいデザインは独自性欠如として無効理由になり得ることに注意が必要です。EU出願時には、必要に応じて図面上で差異を強調し、独自性を主張できるよう工夫すると良いでしょう。また、日本では特許庁の審査で拒絶される恐れがある模倣的デザインも、EUでは登録されてしまう場合があります。これは裏を返せば、他社の意匠をうっかり模倣した場合でもEUでは先に登録されてしまうリスクがあることを意味します。日本企業はEUで製品デザインを展開する際、自社のデザインが他者の登録共同体意匠と衝突しないか事前確認し、必要に応じて意匠権クリアランスを行うことが重要です。また、EUでは登録要件として創作の容易性は問われないため、比較的シンプルなデザインでも権利化され得ます。日本に比べて意匠権の取得ハードルが一見低い反面、権利化すべきでない先行デザインまで登録される恐れもあるため、業界動向のモニタリングや無効手続きの検討も必要となるでしょう。

2. 出願手続

EUTM(EU)における出願手続: 欧州共同体意匠の出願はEU知的財産庁(EUIPO)に対して行い、方式審査のみで迅速に登録されるのが特徴です。電子出願では書類不備などがなければ1週間以内、場合によっては数日で登録完了することもあります。言語はEUIPO公用語を使用でき(日本企業は英語での出願が一般的)、出願時に第二言語の指定も必要です。複数意匠一括出願も可能で、同一のロカルノ分類(サブクラス)に属する製品の意匠であれば、最大99意匠までを1件の出願にまとめることができます(※2024年現在、電子出願では99意匠まで。同一クラスなら類似していない別製品の意匠同士でもまとめられます)。まとめて出願された複数意匠は、それぞれ独立した意匠権として扱われ、権利行使も個別になされます。出願時には願書に意匠の名称(意匠に係る製品名)を記載しますが、EUではこの名称は権利範囲を限定する要素ではなく手続上の情報にすぎません。したがって、同一の形態であれば製品分野が異なっていても意匠権でカバーされる点に留意が必要です(例: EUでは「花瓶のデザイン」を登録すると、同じ形状がたとえ照明器具に施されても侵害となり得ます)。なお、EUIPOへの直接出願のほか、後述のハーグ国際出願経由でEUを指定することも可能です。手数料は基本額+意匠数に応じた追加額という体系で、例えば1件目〜10件目までは低額、以降は段階的に加算されます。公開の繰延べ(デferment)もEUでは認められており、出願と同時に請求することで最長30か月間、意匠を公表せずに登録を維持できます。製品発表までデザインを極秘にしたい場合、この公告延期制度が有用です。なお、EU意匠には商標のような登録後の異議申立て制度はありませんが、登録後は誰でもEUIPOに無効審判を請求して権利を争うことができます。

日本の出願手続との比較: 日本では2020年の法改正までは「一意匠一出願」が原則でしたが、令和3年(2021年)4月以降は一出願で複数意匠を出願可能となりました。日本の新しい「一括意匠出願」制度では、最大100意匠までを1件にまとめて出願できます(上限100意匠)。しかもEUのように物品の類似性や同一分類といった制限はなく、任意の複数意匠を含めることが可能です。ただし日本では実体審査があるため、まとめ出願した各意匠について審査が行われ、いずれかに拒絶理由があればその部分について意見書・補正や分割出願等の対応が必要になります。一方、EUは前述のとおり実体審査を行わないため、出願から登録までの期間が日本より圧倒的に短く(日本では平均して6か月~1年程度で一次審査通知が出ますが、EUでは数日~数週間で登録)、迅速な権利化が可能です。日本も早期審査制度を利用すれば数か月で登録できる場合がありますが、通常はEUほどスピード感はありません。公開の取扱いについては、日本には秘密意匠制度(登録後最大3年間、公報非公開)があり、EUの公告繰延(出願後最大30ヶ月非公開)と目的は似ています。違いは、日本では権利登録後に非公開期間を設定するのに対し、EUでは登録と同時に公表自体を先延ばしできる点です。また、日本出願では願書に記載した物品名が権利範囲に影響し得ます。日本の意匠権は登録意匠と「物品が同一または類似の範囲」でのみ効力が及ぶと解されています。したがって日本では登録時に特定した物品と大きくかけ離れた用途の製品にそのデザインが使われた場合、意匠権侵害と認められない可能性があります(物品非類似と判断されれば権利行使不可)。この点、EUは物品を問わず形態そのものを保護するため極めて広い効力を持ちます。なお、出願手数料・登録料は両者で体系が異なり、日本では出願時に印紙代、登録時に登録料(3年分一括納付、以降毎年年金)を課します。EUは出願時に基本料+デザイン数に応じた料を納付し、登録後は5年ごとの更新料を支払います(最大25年まで更新可)。

実務上の留意点: (複数意匠の出願戦略) 日本企業が多数の関連デザインを権利化したい場合、EUでは一括出願でコストを抑えつつ迅速に複数の意匠権を得ることができます。例えば色違いやごく僅かなバリエーションも含めて同時に登録可能ですが、前述のように各デザインが独自性を有していることが前提です。日本でも一括出願が可能になったとはいえ、実体審査に時間がかかるため、海外展開のスピードが求められる場合は先にEUで登録を済ませてから日本出願という選択肢も考えられます。ただしその際も、パリ条約の優先期間(意匠は6ヶ月)に留意し、日本出願の遅延による不利益がないよう計画を立てる必要があります(※意匠の優先期間は特許の1年より短い6ヶ月です)。(公開タイミング) 欧州では製品発表に合わせて権利公開時期を調整できるため、新製品のデザイン流出を防ぎやすいメリットがあります。日本の秘密意匠制度も同様の目的に使えますが、国内では権利化までに時間を要する点も考慮し、発表前にEUで早期に権利取得→日本は優先権主張という流れでグローバルに権利確保する戦略も有効です。(記載事項) 願書の記載に関しては、EUでは物品名が権利範囲に影響しないため、日本的な詳細記載は不要です。むしろ下手に記載すると翻訳や解釈の問題を生む恐れがあるため、欧州出願時にはシンプルな物品名に留めるのが通例です。一方、日本では物品名の選定が重要で、類似範囲の解釈に影響します。日EU双方で出願する場合、日本の物品名や意匠の説明をそのままEU出願に流用しない方がよいでしょう。このように各国の出願実務の違いを踏まえ、ケースによってはハーグ協定を利用した一括出願(後述)や、国ごとに手続を工夫することが重要です。

3. 保護対象

EUTM(EU)における保護対象: EU意匠制度が保護する「意匠(Design)」は**「製品の全体または一部の外観」と定義されています。ここでいう「製品」とは、工業的または手工業的に生産された物品そのものだけでなく、包装、グラフィックシンボル(アイコン等)、書体(フォント)といった無体物も含む広い概念です。したがって、EUでは部分意匠(製品の一部の形状)も当然に保護対象となるほか、企業のロゴマークやキャラクターの画像、GUI画面、ゲーム画面、スクリーンセーバー等、特定の物品に結び付かない純粋な画像デザインも登録可能です。例えば、日本では商標の範疇とされるロゴデザインでも、EUでは商品(物品)の種類を問わず意匠として登録できるため、新規性・独自性を満たす独創的なロゴであれば意匠権による保護を検討する価値があります。他にも建築物の外観や店舗の内装デザインもEUでは従来から保護されており、室内インテリア全体のコーディネートも意匠登録の対象になり得ます。ただし、EUでも保護されない対象があります。前述の通り、製品の機能上不可欠な形状は意匠とは認められません。また、自動車の交換部品のような複合製品の内部にあり通常使用で見えない部分も保護対象外です(ユーザーが通常視認しないエンジン内部部品などは登録不可)。これらは意匠としての視覚的重要性がないと考えられるためで、EUでは「見えること(Visible)」が保護要件の一つとなっています。

一方、EUには無登録意匠(UCD: Unregistered Community Design)による保護も存在します。無登録共同体意匠は、EU域内でデザインを公衆に公表することで出願なしに自動的に発生する権利**で、3年間という短期間ではありますが製品デザインを模倣から保護します。これはファッション業界など流行サイクルの短いデザインの保護に活用されており、日本の不正競争防止法2条1項3号(デッドコピー防止規定)に類似した制度です。無登録意匠も登録意匠と同じく新規性・独自性を満たすものでなければ権利行使できませんが、故意の模倣行為に対してのみ効力を有する点で登録意匠と異なります(第三者が独自に創作した場合は侵害にならない)。このように、EUでは登録・無登録の双方で幅広いデザインに対応する包括的な保護枠組みが整備されています。

日本の保護対象との比較: 日本の意匠法における「意匠」とは、「物品(部分を含む)の形状、模様若しくは色彩、またはこれらの結合であって視覚を通じて美感を起こさせるもの」と定義されています(意匠法2条1項)。この定義の下、長らく日本では「物品性」が重視され、意匠は有体物たる物品に付属するデザインに限られてきました。例えば、従来の日本法では画面に表示される画像であっても、それが物品の機能を発揮するための画像(操作画面等)であり、かつその画像が物品の一部とみなせる場合にのみ意匠として認められていました。しかし、2019年改正意匠法(2020年施行)により日本の保護対象は大幅に拡充されました。具体的には、(1)建築物の外観および内装のデザイン、(2)物品に記録されていない画像デザイン(クラウド経由の画面やプロジェクション映像等)、(3)画像そのものやアイコンそのもの(物品と切り離された画像)も新たに「物品」とみなして登録できるようになりました。これにより、日本でもEU同様に建築物・インテリアのデザインが保護可能となり、またスマートフォンアプリのUI画像やAR映像など従来は保護漏れだったデジタルデザインも意匠権でカバーできるようになっています。他方、依然として保護対象外のものもあり、日本では「美感を起こさせるもの」という文言があるため純粋に機能だけの形状は概念上は意匠と認められないとの解釈もあります(実務上は機能部品でも視覚的特徴があれば登録されています)。また、日本ではスクリーンセーバーのような単なる装飾画像やゲームのプレイ画面そのものは「物品の機能と関係ない画像」として今なお登録対象外とされています。ロゴマークや字体についても、日本では商標や著作物としての保護が念頭に置かれ、意匠としては物品に施された模様としてしか登録できません(単体のロゴ・キャラクターは意匠として認められていません)が、EUでは前述の通り単体で意匠登録し得ます。さらに、日本法は「物品と意匠の一体性」を要求する伝統から、物品に使用されない抽象的なデザイン(例:紙面上のグラフィックだけのデザイン)は保護しない姿勢が残ります。例えば、日本では図案そのものやキャラクターのデザイン自体は意匠になりませんが、EU・米国・中国などではそれらも意匠登録しうるケースがあります。部品の保護については、日本は部分意匠制度を1990年代から導入し、物品の一部のみを権利範囲とすることが可能です。EUでも部分は「製品の一部」として元々保護可能なので考え方は近いですが、表現方法は後述の図面要件に差があります(日本では部分以外を破線で描く慣行)。なお、日本にはEUの無登録意匠に相当する制度はありませんが、意匠登録されなかった製品デザインであっても他社に模倣された場合、不正競争防止法による救済(著名なデザインの模倣や、3年以内の形態模倣の禁止)を検討できる場合があります。

実務上の留意点: 保護対象の違いから生じる権利取得戦略の相違にも注意が必要です。例えば、日本企業の持つキャラクターロゴやUIデザインは、日本国内では意匠権で保護できなくてもEUでは意匠登録できる可能性があります。欧州でそれらを模倣された場合、商標や著作権だけでなく意匠権による保護も検討する価値があります。また、日本で意匠登録できない要素(例:モノクロ二次元の模様のみ等)でも、EU他国では意匠になり得るため、海外展開時には「各国で何が意匠として認められるか」を十分調査し、権利の取りこぼしが無いようにします。逆に、日本で取得した意匠権の範囲が海外では狭いケースもあります。例えば、日本では物品ごとに権利を取っていたが、EUでは製品を問わず同一デザインであれば一つの意匠権で網羅されてしまうため、競合他社が分野を変えてデザイン流用するリスクがあります。このため、日本企業はEUで意匠権を取得する際、自社製品と異なるカテゴリーでの無断使用にも対抗できることを認識し、必要に応じて早期に差止め等の対応を取るべきです。さらに、日本では保護対象外となる可能性が高い機能的デザイン(例えば消耗部品の形状など)も、EUでは他社に先んじて登録してしまえば有効な権利となる場合があります。こうした点から、グローバルには日本以上に柔軟かつ包括的な保護が可能である反面、同時に競合から自社デザインを守るには各国制度を踏まえた戦略が必要と言えます。

4. 新規性喪失の例外

EUTM(EU)における新規性喪失の例外: EUの共同体意匠制度には、日本の「新規性喪失の例外」に相当するグレースピリオド規定があります。具体的には、出願日前12ヶ月以内に意匠の創作者本人または承継人によってその意匠が公衆に開示された場合、たとえ厳密には新規性を喪失していても、その開示は無視して新規性・独自性を判断できるとされています。EUの場合、この例外適用のために特別な手続きを出願時にする必要はなく、もし第三者から無効理由として取り上げられた際に権利者側で証明すれば足りるという運用です。例えば、デザイナー自身が製品展示会で披露したデザインについて12ヶ月以内にEU出願すれば、その展示会公開は自動的に猶予され、自己の先公開によって拒絶・無効とされることはありません。なお、この例外は創作者やその同意を得た者の開示に限られ、競合他社など第三者による独立の公開には適用されません(第三者公開は即新規性喪失となります)。また無登録意匠(UCD)の場合も、公開から3年の保護期間内であれば創作者自身による開示は問題になりません(そもそも公開自体が権利発生要件)。この12ヶ月の猶予はパリ優先期間(6ヶ月)より長いため、優先権を利用しない場合でも一定期間は自己公開に対応できます。

日本の新規性喪失の例外との比較: 日本法でも創作者による新規性喪失の例外規定があり、近年の改正でその猶予期間は6ヶ月から12ヶ月に延長されました(2018年改正、2019年施行)。現在は出願日(または優先日)前1年以内であれば、出願人(創作者)による公開や公式行事への出展、公表行為など一定のものについて新規性を失わなかったものとみなすことができます。ただし日本では、出願時に例外適用を受ける旨の手続(書面提出)が必要であり、かつその公開事実を証明する書類(例えば展示会出品証明書など)を出願から30日以内に提出しなければなりません。この点、EUは後からの主張で対応でき柔軟ですが、日本は予め手続きをしていないと例外適用を受けられないので注意が必要です。なお、日本では特許と同様に公的機関が主催する展示会への出品等については例外適用の対象となりますが、個人的なWeb公開なども近年の改正で広く包含されるようになりました。一方、欧州も創作者によるあらゆる公開をカバーしますが、競合による盗用公開などには救済がありません(日本でも第三者による公開は例外になりません)。また、欧州では**登録要件の審査時には新規性喪失の例外をそもそも考慮しない(実体審査しない)**ため、例外で救われる場面があるとすれば無効審判や侵害訴訟の場面になります。日本では審査段階で例外適用が審理され、適用が認められれば拒絶されずに登録に至ります。

実務上の留意点: (国内外の例外適用) 日本で新規性喪失の例外の適用を受けて登録した意匠であっても、欧州で出願する際に同様の救済が利くか確認が必要です。幸いEUには上記の通り例外規定があり、米国や韓国など主要国も概ね1年のグレースピリオドを認めています。一方、中国などは適用条件が厳格なので要注意です。したがって国際的にデザインを公開・出願する際は、各国の例外期間(6ヶ月か12ヶ月か)や手続要件を事前に調べ、出願タイミングを逃さないことが大切です。(優先権との関係) パリ条約による優先権制度とは別枠の救済措置である点にも注意します。例えば、日本で公開→日本に出願(例外適用取得)→6ヶ月超えてEUに出願、というケースでは、優先期間は切れていますが12ヶ月以内であればEUのグレースピリオドで救われる、という活用も可能です。一方で優先期間内であれば優先権を主張する方が確実に有利なので、グレースピリオドはあくまで最終手段と考え、基本は事前未公開のまま各国に優先権を用いて出願するのがリスクの少ない戦略となります。(証拠の保存) 欧州で無効審判になった際に例外を主張する場合、創作者による開示日や態様を立証する必要があります。日本企業も海外展示会出展時のカタログや出品証明、日時の分かる記録など公開事実のエビデンスをしっかり保存しておくことが重要です。これは日本国内の例外適用の証明にも共通します。(他社によるフライング公開) なお、自社製品発売前に他社が似たデザインを先行発表してしまうような事態には例外規定では対処できません。機密保持と公開タイミングの管理が何よりの予防策であり、新製品発表前に関係者にNDAを徹底する、リーク対策を講じるなどの対応も不可欠です。

5. 図面要件

EUTM(EU)における図面(意匠の表現)要件: EUIPOに出願する意匠の図面(画像)には、提出枚数に制限があり最大7図面までと定められています。各図は意匠の異なる側面を示すもので、例えば正面図、背面図、平面図、側面図、断面図、使用状態図など、出願人が意匠を明確に開示するために適切と思う構成で提出します。EUIPOは特定の投影法や図面の種類を義務付けておらず、提出者の裁量で十分な開示ができる図面を選択してよいとされています。極端な話、意匠の本質が一つの画像で伝わるのであれば1図面だけでも出願可能ですが、立体物の場合は全方向からの図を網羅しないと保護範囲が限定されかねません。そのため実務上は複数の角度から合計7図を使って権利範囲を十分に開示するのが一般的です。またEUIPOでは、写真画像やCGレンダリングによる提出も認められており、図面の表現方法が比較的自由です。例えば、自動車の内装デザインなら実物写真をそのまま提出することも可能です。部分意匠を表現する場合、日本同様に破線を用いて非請求部分を示したり、着色やぼかしを用いて境界を示すことも許容されています(ただし図中に説明的文字を入れることや、矢印等の補助記号を入れることは基本認められません)。背景は単色でコントラストのはっきりしたものが望ましく、提出後EUIPOが図面をトリミングしたり補正を求めてくることもあります。なお、EUIPOでは「意匠の画像は公報掲載時に縮小され白黒印刷される」ため、細部がつぶれないよう高解像度でコントラストの高い図面提出が推奨されています(カラー提出は可能で、公報もカラーPDF版ではカラー表示されます)。

日本の図面要件との比較: 日本では意匠出願の図面(または写真、模型)について、原則として六面図(前後左右上下の正投影図)が必要と長年されてきました。立体的な物品であれば、少なくとも主要な六方向から見た図をすべて提出しないと、審査で「開示不十分」と判断される可能性があります。加えて、形状によっては斜視図(立体的に示す透視図)や断面図、展開図などを要求される場合もあります。これは日本の審査実務が、願書の図面によって権利範囲を明確に特定させる方針をとっているためで、審査官にとって不明瞭な部分が無いことが重要です。一方、近年の日本意匠制度では柔軟性も増しており、例えば画像意匠や建築物の内装意匠では必ずしも六面図は存在しないため、必要十分な図面を出せば足ります。日本でも写真やCG図面の提出自体は可能ですが、従来は線画による正確な表現が重視されてきました。写真の場合、影や背景があると詳細が判別しづらいとして補正指令が出ることもあります。そのため日本出願向けには可能な限り白背景に輪郭のはっきりした線図を用意し、陰影や質感は点線や網掛けなどルールに沿った表現で示すことが一般的です。部分意匠について日本は「非部分(その他の部分)は破線で描く」ことが明文化されており、破線部は権利範囲に含まれない扱いです。EUでも破線手法は使われますが、日本ほど厳密に規定されていません。なお、日本では図面中に「参考図」を設けて使用状態や変形例を示すことも可能ですが、審査基準上それら参考図は権利解釈に影響しないとされます(インドなど一部国では参考図提出が禁止されています)。

実務上の留意点: (各国で通用する図面作成) 日本企業が欧州と日本に同じ意匠を出願する際、図面要件の差異に注意が必要です。基本的には日本の要求水準に合わせて図面を作成すればEUでも受理されるため、日本向けに六面図+必要な追加図を用意し、それをそのままEU出願にも流用するのが安全策と言えます。逆にEU基準で最低限の図しか提出しないと、日本出願時に補正が必要になったり、不備扱いで拒絶されるリスクがあります。ただし、日本出願後に外国用に図面を修正すると意匠の同一性の問題から優先権主張が認められなくなる恐れもあります。従って、初めから各国共通で通用する図面セットを用意しておくことが理想です。(写真提出の是非) EUでは写真提出が許容されるため、素材感や質感も表現できますが、日本審査では同一性判断が形状重視のため、質感より輪郭形状を明確に示す方が重要です。可能であれば写真と線画の両方を用意し、EUには写真、JPには線画と使い分ける方法もあります(もっとも近年日本も写真出願を正式に認めています)。(図面枚数制限) EUでは7図までという枚数制限があるため、例えば日本で10図使って詳細に開示した意匠をEUに出す場合、どの図を省略するか工夫が要ります。省略した視点で相違点があると判断に影響する可能性があるため、重要度の低い図(例えば下面図など特徴が無い場合)を削るといった判断が必要です。(部分意匠の図面) 日本出願で部分を破線表示した図をそのままEUに流用すること自体は問題ありません。しかし中国のように部分意匠制度のない国に同じ図を出す場合、破線部分を実線に描き直す必要があるケースもあります。このように各国の図面規則は様々ですので、国際出願時には一番厳しい国に合わせるか、あるいは国ごとに図面を調整する戦略を検討すべきです。デザインごとに、どのアプローチが優先権維持と円滑な登録のバランスを取れるか、知財実務者の判断が求められます。

6. 保護期間

EUTM(EU)における意匠権の存続期間: 登録共同体意匠(RCD)の存続期間は、出願日から最初の5年間です。権利者は希望すれば5年ごとに更新料を支払って更新することができ、最大で出願日から25年が経過するまで更新可能です。したがってEUの登録意匠権は最長25年間保護されます。更新はEUIPOに対して5年目ごとに手続きを行い、更新料は経過年数によって漸増します。また、先述の無登録共同体意匠(UCD)は最初の公表から3年間だけ保護が与えられ、更新はできません。つまり、無登録意匠は発生から3年経過すると権利失効し、そのデザインはパブリックドメインとなります。なお、EU各加盟国にはそれぞれ国内意匠制度もありますが、RCD取得により全加盟国で効力が及ぶため、通常別途各国での存続期間を気にする必要はありません(全て統一して25年まで保護となります)。

日本の意匠権の存続期間との比較: 日本の意匠権の存続期間は、近年の法改正により出願日から25年に延長されました(2019年改正法施行前は登録日から20年)。現在は出願から25年経過で権利満了となります。日本の場合、登録時に設定登録料(初年度から3年分)を納付し、その後4年目以降毎年年金を払うことで権利を維持します。最長25年という保護期間はEUと同じ長さですが、日本は更新という概念がなく一度確定した期間を年次料納付で維持する仕組みです(期間延長は不可)。一方EUは5年区切りの更新制で、途中で更新をやめればそれ以上維持費は不要です。この違いから、例えば製品寿命が短い業界ではEUでは必要な期間だけ更新して早期に権利を放棄する選択が可能ですが、日本では当初から最大期間の費用を見据えておく必要があります。ただし日本でも不要になれば年金を途中で打ち切ればその時点で失効する点は同じです。なお、両者ともに存続期間の満了後はそのデザインは公共領域に入り、誰もが自由に利用可能となります。

実務上の留意点: (長期保護の計画) EUも日本も最長25年と十分長期の保護が得られます。製品のライフサイクルに合わせて保護期間を管理することが重要です。例えば、ファッション・雑貨のように流行サイクルが短い分野では、無登録意匠の3年保護や登録後5~10年で更新を打ち切る選択肢があります。一方、自動車の外装デザインやインフラ用品など長期にわたり使われるデザインは25年フルに維持することも検討すべきでしょう。(更新漏れ防止) EUでは更新忘れによる権利喪失を避けるため、更新期限管理が重要です。日本企業がEUの意匠を管理する際、5年ごとに全EU共通で期限が来る点に注意し、国内権利とは別にアラートを設定することが望まれます。(無登録意匠の活用) EU独自の無登録意匠権は短期商材の保護に有用ですが、期間が3年と限られるため、発売後3年以上ヒットしたデザインについては早めに登録出願しておくのも一案です(ただし一旦公開済みだと新規性要件上難しい場合が多いです)。(権利満了後の対応) 25年保護終了後は模倣品対策としては不正競争防止法など他法の検討が必要になります。また企業イメージに関わる意匠であれば商標登録(立体商標やTrade Dress的保護)への移行も視野に入れるべきです。日本企業にとって、海外で長期事業展開する場合は意匠権だけでなく商標・著作権も組み合わせたトータルなデザイン保護戦略が求められます。

7. 侵害訴訟

EUにおける意匠権侵害訴訟: 登録共同体意匠(RCD)はEU加盟国全域で有効な単一権利であり、その侵害訴訟は各加盟国に指定された共同体意匠裁判所が管轄します。権利者は任意の加盟国内で侵害訴訟を提起でき、裁判所の判断(例えば差止命令)は原則としてEU全域で効力を持ちます。侵害の判断基準は、被疑製品のデザインが登録意匠と「同一または異ならない全体的印象」を与えるかどうかです。具体的には、情報に通じた使用者(業界の通常のユーザー)の目に見て、被疑デザインが登録意匠と比べて異なる全体印象を与えない場合には侵害と判断されます。この基準は独自性(個性)の要件と表裏一体で、登録時に個性を認められた意匠と同じ範囲の類似デザインは、使用者に似ている印象を与えるため侵害とみなされるわけです。EU意匠権の大きな特徴は、保護範囲が製品分野を問わない点です。つまり登録意匠と異なる種類の製品にそのデザインが施されても、視覚的に同一・類似であれば侵害成立し得ます(※ただし製品分野があまりにも異なる場合、通常の使用者の観点が異なるため比較対象にならない可能性も議論されています)。共同体意匠権者は、侵害者に対し差止めや製品回収・破棄、損害賠償の請求が可能です。損害額の算定や立証は各国の民事手続法によりますが、EU指令により著作権・商標と同様、故意・過失に基づく損害賠償請求や逸失利益、ライセンスフィー相当額の請求が可能となっています。なお、無登録意匠(UCD)の場合も同じ裁判所で権利行使できますが、侵害行為が「模倣によるもの」であることを権利者が証明しなければなりません。すなわち、被告が自ら独立に創作したと主張した場合、それを覆すためには原告側が被告の意図的コピーであること(被告が原告デザインを知り得た蓋然性など)を示す必要があります。この点、登録意匠権にはコピーの意図を問わず客観的な類似性のみで侵害成立します。さらにEUでは、被告は無効理由があれば反訴または抗弁で意匠権の無効主張が可能です。共同体意匠は統一権なので、一度無効と判断されればEU全域で権利が失効します。こうした点で、一国の裁判で全EUをカバーできる反面、リスクも一元的です。

日本における意匠権侵害訴訟との比較: 日本の意匠権侵害の判断も「登録意匠と同一または類似の意匠」を無断で業として実施(製造・販売など)した場合に成立します(意匠法23条)。ここで「類似」とは需要者の注意を引いたときに両意匠を誤認混同する程度に共通の美感を起こさせる場合、と定義されています。基本的な視点はEUと同じくデザインの全体視覚印象の比較ですが、日本では物品の用途・機能が同一または類似であることも類否判断の前提とされています。すなわち、登録意匠に係る物品と被疑物品が全く別用途(需要者層も異なる)であれば、形状が似ていても「物品非類似」として侵害が否定される可能性が高いです。例えば、日本で「自動車用ヘッドライトの意匠」を登録していても、そのデザインを模した卓上ランプを他者が作った場合、用途・機能が異なるため意匠としては非類似物品となり侵害を問えない可能性があります。一方EUでは用途を問わないためこのようなケースでも権利行使できる余地があります。日本の意匠権者は侵害者に対し、差止請求、損害賠償請求、信用回復措置請求等が可能です(民事訴訟は各地方裁判所の知的財産高等裁判所管轄部に係属することが多いです)。損害賠償の計算は特許と同様、意匠法上推定規定があり、侵害品の販売数量に自社利益率を乗じた額等を請求できます。日本でも被告は無効審判を特許庁に請求し別途争うか、侵害訴訟を中止させることが可能ですが、審決確定までは裁判所の判断で訴訟は進行し得ます。また、日本における意匠侵害事件では刑事罰も規定されており、故意の営業上意匠権侵害には10年以下の懲役または1000万円以下の罰金(法人は3億円以下の罰金)が科せられる場合もあります(近年は悪質な模倣品業者に対し刑事告訴が行われる例もあります)。国際的に見ると、日本の意匠権の及ぶ範囲は物品の類似範囲に限定されている分、EUに比べてやや狭いとも言えます。ただその分、異業種でのデザイン流用には別途商標権や不競法で対処するなど住み分けがされています。

実務上の留意点: (物品の非類似によるすり抜け) 日本企業は、自社のデザインが海外で全く別製品に転用される恐れにも備える必要があります。特にEUでは物品非類似でも意匠権侵害となり得るため、権利範囲が広い反面、監視対象も広範になります。例えば自社の家具デザインが意匠登録されている場合、他社がそれをモチーフに照明器具を作って販売していればEUでは訴訟可能ですが、日本では難しいかもしれません。各国制度の違いを踏まえ、模倣品モニタリングを国ごとに行い、必要に応じて現地での差止訴訟や税関差止(EUではRCDを税関登録することでEU全域での水際差止も可能)を活用することが大切です。(無効リスクへの対策) EUの訴訟では被告が無効を主張するのは一般的ですから、権利者は自らの意匠の有効性を防御する準備も必要です。すなわち、登録意匠の新規性・独自性を支える先行意匠との差異点をあらかじめ分析し、無効審判への反論資料を用意しておくと安心です。逆に日本では侵害訴訟で無効の抗弁は認められず、別途特許庁で無効審判を起こす必要があります(無効審判の結果が確定すれば遡及的に権利は消滅)。このように権利行使の場面でも日EUで手続の違いがあるため、現地の専門家と連携して最適なエンforcement戦略を立てることが求められます。(模倣品への迅速対応) 意匠権侵害は製品ライフサイクルに直接響きます。EUでは仮処分(臨時措置)により迅速な差止めが可能な場合もありますし、日本でも仮処分制度はあります。自社デザインが侵害された場合、各国の制度を駆使して速やかに市場から排除することが肝要です。特に無登録意匠は期間が短いので、発見次第すぐに行動を起こす必要があります。(他法との併用) デザインによっては著作権や商標権も絡むケースがあります。例えばキャラクターの意匠を侵害された場合、EUでは意匠権で包括的に対処できますが、日本では意匠権ではカバーできず商標・著作で戦うことになるかもしれません。各国法域ごとに最適な法的手段を選択することが重要です。

8. 国際出願との関係

ハーグ協定による国際意匠出願(Hague System): 欧州連合(EUIPO)および日本国特許庁(JPO)はともに意匠の国際登録制度であるハーグ協定ジュネーブ Actの加盟官庁です。そのため、両者に出願する場合は個別出願の他にハーグ国際出願という選択肢があります。ハーグ協定に基づく国際出願では、出願人が世界知的所有権機関(WIPO)に対して1件の出願手続を行い、出願時に指定した加盟国それぞれで国内出願したのと同等の効果が得られます。例えば、日本の企業がEUと日本で意匠権を取りたい場合、ハーグを用いて「欧州共同体(EU)」と「日本」を指定すれば、一度の手続で両方への出願が完了します。国ごとに現地代理人を立てる必要もなく、WIPOが一括して手続を管理してくれます。言語も英語等で一本化でき、複数国分の出願料もまとめて支払うため事務効率・費用面でメリットがあります。ハーグ出願では、一出願に最大100意匠まで含めることが可能で(日本・EUとも上限100の国内制度に対応)、これもコスト削減に寄与します。もっとも、ハーグによって権利化された各指定国の意匠権は、それぞれ各国法に基づき審査・発生します。つまり、国際登録証がWIPOから発行されても、日本特許庁では実体審査が行われ、拒絶理由があれば意見書提出など国内と同様の対応が必要です。一方EUIPOは方式審査のみなので、ハーグ出願でEUを指定した場合、特段の問題がなければ速やかにEU意匠が登録される仕組みです。結果的に、日本については審査に時間を要しEUだけ先に登録成立、といったタイムラグが生じることもあります。ただ、日本の出願に関してはハーグ経由でもパリ優先権と同様に基礎出願日からの新規性判断となるため(優先権主張も可能)、その間に公開された自己意匠で不利益を被ることはありません。ハーグ出願の指定結果として得られる権利は、EUについては登録共同体意匠(RCD)そのものですし、日本については通常の意匠登録と何ら変わりありません。維持管理も各国ごと(更新や年金は各国ごとに納付)ですが、名義変更や期限管理は国際登録番号単位で一覧できるメリットがあります。

日本制度との関係・比較: 日本は2015年にハーグ協定に加盟して以来、多くの外国企業が日本を指定して国際出願しています。日本企業にとっても、欧州・米国・韓国・中国など主要マーケットの多くが加盟したことで、ハーグを活用した一括意匠出願が現実的な手段となりました。例えば、欧州・米国・日本を同時に指定して出願すれば、それぞれの官庁で審査が行われ、順次権利化されます。出願人はWIPOへの一括手続後、各国官庁から送られてくる通知に対応することになります。ただし注意すべきは、各国の図面要件や制度差に起因する対応です。ハーグ出願で一組の図面を提出すると、それが日本の基準に適合しない場合日本国特許庁から補正指令が出たり、逆に日本基準に合わせて図面を作成すると欧州では不要なビューが含まれることもあります。しかし国際出願出願後の図面補正は原則困難です。そのため国際出願前に各指定国の要件を満たす図面か十分検討する必要があります。特に日本を含む場合、日本の厳格な図面基準に合わせておけば他国でも受理される可能性が高いです。逆に日本を指定しないのであれば各国共通図面で簡素化する手もあります。ハーグ出願を利用するか、各国に個別出願するかの判断も悩ましい点です。欧州について言えば、EUIPOへの直接出願は迅速で費用も比較的廉価なため、EUだけなら直接出願が好まれることもあります。一方で複数国同時取得ならハーグの手間削減メリットが大きいです。費用面では、ハーグ出願の基本手数料+指定国手数料の合計と、各国直接出願(代理人費用含む)を比較検討する必要があります。日本企業の場合、自社で海外意匠部門を持たず外国代理人とのやり取りに不慣れであれば、ハーグを通じて日本語対応できる点も利点です。

実務上の留意点: (優先権との併用) ハーグ出願でもパリ優先権主張は可能です。日本で出願→6ヶ月以内にハーグで外国指定、といった使い方もできます。ただ6ヶ月を過ぎると優先権は使えないため、その場合はグレースピリオド頼みになる点に注意が必要です。(指定方式の選択) イギリスのようにEUを離脱した国や、台湾・タイのように非加盟国もまだあります。欧州地域ではEUを指定すれば加盟27カ国一括ですが、イギリスは別途指定できない(未加盟)ので個別出願が必要、といったケースもあります。保護したい国がハーグ非加盟なら、その国だけ個別に出願する必要があります。(国ごとの拒絶対応) ハーグ出願後、指定国官庁から拒絶理由通知を受け取ることがあります。日本企業がEUを指定した場合、EUIPOはまず拒絶することは稀ですが、日本指定分では審査結果に対応する必要があります。各国で拒絶理由が生じた場合、その国でのみ権利化が拒絶され、他国指定分には影響しません。ハーグ出願は一見一括処理に見えますが、中身は各国個別審査の集合体である点を理解しておくことが重要です。(国内代理人の活用) 原則としてハーグ出願では各国に代理人を置かず直接やり取りできますが、実際の拒絶対応では現地法に通じた弁理士の助言が不可欠です。例えば日本指定について外国企業は日本の代理人を後から選任するケースが多々あります。同様に、日本企業も欧州の拒絶理由(例えば意匠の公序良俗違反などが指摘された場合)に対処する際には、現地代理人と連携した方が的確です。(権利管理) 国際登録は5年経過後に各国国内権利に分離します(最初の5年以内に無効・拒絶にならなかった指定は確定)。更新手続きは基本的にWIPOに一括支払いできますが、日本や韓国は年金を国内納付する必要があり若干煩雑です。国際登録だからといって放置せず、各国ごとの管理台帳を整備しておくことが大切でしょう。


参考文献・情報源

  • 【特許庁】「各国における意匠制度の特徴の比較」審議会資料6(2011)他

  • 【特許庁】「意匠の登録要件と効力範囲の在り方について」産業構造審議会資料(2020)

  • 【山崎・森】「デザインを保護する意匠制度 日中欧米の制度比較と権利化時の留意点」情報の科学と技術 Vol.69, No.10 (2019)

  • 【特許業務法人オンダ国際特許事務所】「ヨーロッパ意匠法から見た日本の意匠法」特技懇 232号(2004)

  • 【HARAKENZO】「外国意匠出願の留意事項」(コラム, 2024年6月20日)他

  • 【HARAKENZO】「欧州連合の意匠制度」(コラム, 2024年6月14日)他

  • 【HARAKENZO】「フランス及び共同体における意匠制度と日本制度との比較」(日本弁理士会研修資料, 2019)

  • 【Yahoo知恵袋】「日本と欧州の意匠法の違い」に関するQA回答 (2025年6月15日)

  • 【EUIPO】Guidelines for Examination of Registered Community Designs (2023)

  • 【WIPO】Hague System Users Guide (2022) など