スマート農業、アグリテックという言葉を聞く機会が増えました。収穫ロボット、AIによる生育判断、自動選別機——では、そうした技術は誰が、どんな形で特許にしているのでしょうか。
特許庁のデータベースを開くと、意外な顔ぶれと意外な中身が見えてきます。滋賀県の計量器メーカーが「請求項1つだけ」で取った選別機の特許。摘果の前と後の写真の「差分」をそのままAIの教師データにするという発想を権利化した中小のIT企業。そして、自動車部品大手が農業に参入して取得し、登録からわずか数年で手放した特許。本記事では、実在する農業テック関連の登録特許5件を、特許庁のJ-PlatPatで請求項の原文まで確認したうえで、弁理士が解説します。
💡 現場DX×特許シリーズ:農業用ドローン(ナイルワークスの「飛ばさない条件」の特許など)はドローンの特許で解説しています。あわせてご覧ください。
目次
| 特許 | 特許権者 | 守っている仕組み | 登録 |
|---|---|---|---|
| 特許6964316(B1) | アドイン研究所 | 摘果の前後写真の差分をAIの教師データにする | 2021-10-21 |
| 特許7223977(B2) | パナソニックIPマネジメント | 画像と条件から「収穫すべきエリア」をサーバーが決める | 2023-02-09 |
| 特許7184016(B2) ※現在は消滅 | デンソー | 環状の刃に実を通し、茎に沿って傾けて果柄を切る | 2022-11-28 |
| 特許7345776(B2) 請求項は1つだけ | 近江度量衡 | 農産物を置いた「投入位置」が品質ラベルになる選別機 | 2023-09-08 |
| 特許6466122(B2) | クボタ | 農機の作業実績と収穫後の品質データをつなぐ | 2019-01-18 |
| 特許番号 | 特許第6964316号(公報種別 B1) |
| 発明の名称 | 人工知能(AI)による推定システム、学習データ生成装置、学習装置、摘果対象物推定装置、学習システム、及び、プログラム |
| 特許権者 | 株式会社アドイン研究所 |
| 出願/審査請求/登録 | 2021年1月26日 / 2021年1月26日(出願と同日) / 2021年10月21日 |
| 早期審査/請求項数 | あり / 9項(全38頁) |
摘果(てきか)とは、良い実を大きく育てるために、余分な実を摘み取る作業です。どれを残し、どれを摘むか——この判断は熟練者の勘に支えられており、AIに教えようにも「正解データ」を作ること自体が大変です。誰かが何万枚もの写真に「これは摘む」「これは残す」と印を付けるのでしょうか。
この特許の答えは鮮やかです。熟練者が摘果する前の写真と、した後の写真を撮る。両者の「差分」こそが、熟練者が摘んだ実である——つまり、正解ラベルを人手で付けるのではなく、作業の前後を記録するだけで教師データが生まれるという設計です。
特許第6964316号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
(前略)前記学習データ生成装置は、摘果前の農作物を示す画像データである第1入力画像データ、及び、摘果後の前記農作物を示す画像データである第2入力画像データを入力する画像データ入力部と、前記農作物の実、花、葉、又は、これらの組み合わせである対象物体のうち、前記第1入力画像データ、及び、前記第2入力画像データの差異となる対象物体を摘果対象物として抽出する抽出部と、(中略)を備える推定システム。
請求項1は、学習データ生成装置・学習装置・推定装置の3段構えで書かれています。生成部と識別部を対にして学習させる構成で、従属請求項6では敵対的生成ネットワーク(GAN)まで具体化されています。技術要素だけ見れば画像認識の定石ですが、権利の核心はそこではありません。「摘果前」と「摘果後」という、農作業の現場にしか存在しない2枚組の画像を学習の起点に据えたことです。
手続面も注目に値します。この出願は出願と同じ日に審査請求し、早期審査を経て約9か月で登録。公開公報が出る前に特許公報が発行されるB1です。中小のIT企業が、スピードを設計して権利を取りにいった案件だと読み取れます。
| 特許番号 | 特許第7223977号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 収穫ロボットシステム |
| 特許権者 | パナソニックIPマネジメント株式会社 |
| 出願/審査請求/登録 | 2019年9月13日 / 2022年7月8日 / 2023年2月9日 |
| 請求項数 | 16項(全29頁) |
収穫ロボットというと、実をつかむアームの器用さに目が行きがちです。しかしこの特許が権利にしているのは、その手前の判断——広い農園のどこから収穫すべきか——です。
特許第7223977号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用)
農園内で対象物を収穫する収穫ロボットと、前記収穫ロボットと通信可能に構成されたサーバーと、を含む収穫ロボットシステムであって、前記サーバーは、前記農園の農園マップ情報及び前記対象物の収穫時期を判定するための収穫判定基準情報を含む収穫与条件の入力を受け付ける入出力部と、前記収穫ロボットにより前記農園内の単位収穫エリア毎に撮影された前記対象物の画像と、前記収穫与条件と、に基づき、収穫対象エリアを決定する判断部と、前記収穫対象エリアの位置情報を含む収穫指示情報を、前記収穫ロボットへ送信する第1送受信部と、を備える、収穫ロボットシステム。
ロボット自身が実を見て判断するのではなく、エリアごとの画像をサーバーに集め、サーバーが収穫対象エリアを決めて指示を出す——農園全体を俯瞰する運営システムとして書かれているのが特徴です。従属請求項を追うと、その発想は徹底しています。色から収穫量を推定し(請求項6)、成熟度ランクの分布図を作り(請求項8)、収穫スケジュールを立て(請求項11)、ツール交換や充電を行うホームステーションまで組み込み(請求項3)、極めつきは請求項16——他農園のロボットの稼働計画までふまえて自農園の稼働計画を作る。1台のロボットではなく、複数農園にまたがる収穫オペレーションを見据えた権利設計です。
| 特許番号 | 特許第7184016号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 農作物収穫システム |
| 特許権者 | 株式会社デンソー |
| 出願/審査請求/登録 | 2019年11月6日 / 2022年2月16日 / 2022年11月28日 |
| 請求項数 | 10項(全57頁) |
| 現在の状況 | 消滅(年金不納による特許権の消滅) |
トマトのような果菜を機械で収穫する難しさは、実そのものを握れないことにあります。強くつかめば傷むし、実の位置や向きは一つひとつ違う。この特許は、その問題を「つかまない」ことで解いています。
特許第7184016号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
(前略)前記第1部材及び前記第2部材のいずれか一方又は両方は、前記切断刃を含んで環状に構成されてその環状の内側に前記収穫対象物を通すことが可能な通過部を形成し、(中略)前記農作物収穫用エンドエフェクタを前記先端位置の外方から前記基端位置側へ向かって移動させて前記通過部に前記収穫対象物を通す移動処理を実行可能な移動処理部と、前記農作物収穫用エンドエフェクタを前記主茎や枝に沿うように傾けて前記通過部が前記収穫対象物を前記基端位置の外方へ通過した状態にする傾け処理を実行可能な傾け処理部と、前記農作物収穫用エンドエフェクタを動作させて前記通過部を縮小させることで前記通過部の内側に通された前記果柄を切断する切断処理を実行可能な切断処理部と、を備えている農作物収穫システム。
環状の刃の内側に実をくぐらせ、茎に沿うように傾けて実を輪の向こう側へ抜き、果柄(実と枝をつなぐ柄)だけが輪の中に残った状態で輪を縮めて挟み切る。接近→通す→傾ける→切るという一連の動作が、そのまま構成要件として書かれています。実に触れるのは輪だけで、握力の制御は要りません。自動車部品で培った機構設計の思想が、農作物という「規格化できない対象」に向けられた好例です。
しかし、この特許は登録から短期間で「消滅」した
J-PlatPatのステータスは「特許 消滅(年金不納による特許権の消滅)」。2022年11月に登録された権利が、特許料の納付を止めたことで既に失効しています。全57頁の充実した明細書と10項の請求項——決して手を抜いた出願ではありません。それでも、事業としての優先度が変われば、権利は手放される。異業種からの参入は、撤退の判断も早い。大企業の特許ポートフォリオが常に「攻め」だけでできているわけではないことを示す、生きた実例です。
| 特許番号 | 特許第7345776号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 農産物の選別装置 |
| 特許権者 | 近江度量衡株式会社(滋賀県) |
| 出願/審査請求/登録 | 2019年6月11日 / 2022年5月17日 / 2023年9月8日 |
| 請求項数 | 1項(全10頁) |
AI選別機を導入するとき、最初にぶつかる壁も、やはり教師データです。「秀」「優」「良」——等級の判断基準は産地や品目ごとに違い、汎用の学習済みモデルでは現場に合いません。かといって、農家に何千枚もの写真へラベル付けを頼めるでしょうか。
計量器を作り続けてきた滋賀県のメーカーが出した答えは、こうです。ベルトコンベアのどこに置くかを、等級ごとに決めておく。作業者は、ふだんどおり目で見て等級を判断し、決められた位置に農産物を置くだけ。カメラがその画像を撮り、「置かれた位置」がそのまま品質の正解ラベルになる。
特許第7345776号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・全文)
農産物を搬送する搬送部と、前記搬送部の搬送経路に設けられた撮像部と、前記撮像部により生成された画像を取得し、学習済みモデルに基づいて当該画像中の農産物の外観品質を判定する判定部と、前記判定された外観品質毎に前記農産物を排出する排出部と、を備え、前記学習済みモデルは、前記搬送部における前記農産物の投入位置に基づいて特定された前記農産物の外観品質と前記撮像部によって生成された農産物の画像に基づいて生成可能である、ことを特徴とする農産物の選別装置。
全10頁・請求項1つ。今回の5件で最も小さな出願です。しかし、その1つの請求項の末尾——「学習済みモデルは、投入位置に基づいて特定された外観品質と画像に基づいて生成可能である」——に、発明のすべてが凝縮されています。選別装置の構成(搬送・撮像・判定・排出)自体はありふれたものです。決め手は、教師データの作り方を装置の日常運用に埋め込んだ一点。アドイン研究所の摘果特許と同じ思想が、まったく別の会社・別の工程で、独立に権利化されています。
「請求項がたくさんないと強い特許にならない」と思われがちですが、守りたい工夫が一点に絞れているなら、請求項1つでも特許は成立します。出願の規模は、発明の明確さで決まります。
| 特許番号 | 特許第6466122号(公報種別 B2) |
| 発明の名称 | 農業管理システム |
| 特許権者 | 株式会社クボタ |
| 出願/審査請求/登録 | 2014年9月25日 / 2016年12月23日 / 2019年1月18日(出願から約4年4か月) |
| 審査経過/請求項数 | 前置審査を経て登録 / 5項(全30頁) |
米づくりでは、収穫した籾(もみ)はカントリーエレベーターなどの処理設備で乾燥・調製され、そこで初めて品質が数字になります。一方、田んぼでの作業記録——いつ、どの田で、どの農機がどう動いたか——は農機側に蓄積されます。問題は、この2つのデータが別々の場所に、別々の管理で存在してきたことです。
特許第6466122号 特許請求の範囲 請求項1(原文引用・抜粋)
穀物の生産に関する生産管理情報であって、前記穀物の収穫前における生産時に用いられた農業機械の農業実績を含む生産管理情報を前記農業機械から取得して記憶すると共に前記生産管理情報を出力可能な生産管理コンピュータと、前記穀物の品質に関する品質情報であって、前記穀物の収穫後に穀物の処理設備で処理された穀物の品質情報を記憶すると共に前記品質情報を出力可能な作物管理コンピュータと、前記生産管理コンピュータから前記農業実績と、前記作物管理コンピュータから前記穀物の収穫後の品質情報を取得可能な情報取得コンピュータと、を備え、前記作物管理コンピュータは、前記収穫後の穀物に対して前記処理設備に設けられた乾燥機で乾燥を行った後に調製した調製情報を、前記品質情報として取得し(後略)
権利の中身は、畑の作業実績(原因)と、乾燥調製後の品質(結果)を突き合わせられるようにするデータ連携の枠組みです。今なら「営農データプラットフォーム」と呼ばれる発想を、2014年の時点で出願しています。
この特許の書誌には【前置審査】の記載があります。前置審査とは、審査官の拒絶査定に対して出願人が拒絶査定不服審判を請求し、同時に補正をした場合に、審判に先立ってもう一度審査官が審査する手続です。つまりこの出願は一度は拒絶査定を受けています。それでも補正と主張を重ねて登録に至った。出願から4年4か月という時間は、その粘りの跡です。①のアドイン研究所(9か月・B1)と並べると、同じ「登録特許」でも、そこへ至る道はまったく違うことがわかります。
アドイン研究所は摘果の前後写真の差分を、近江度量衡はコンベアへの投入位置を、それぞれ正解ラベルに変えました。共通するのは、ラベル付けという追加作業を発生させず、ふだんの農作業そのものからデータを取るという思想です。AI農業の実用化のボトルネックが「モデルの性能」ではなく「教師データの調達」にあることを、現場に近い会社ほどよく知っている——そのことが特許の形になって表れています。
デンソーの「茎に沿うように傾ける」、パナソニックの「単位収穫エリア毎に撮影」、クボタの「乾燥機で乾燥を行った後に調製した調製情報」。決め手になっている文言は、AIやロボットの汎用語ではなく、摘果・果柄・調製といった農業の言葉です。ガチャ・ドローンの記事でも同じ結論に至りましたが、この分野でも現場を知る人にしか書けない限定が、権利の強さを決めています。
| 特許権者 | 経過 | 出願〜登録 | 現況 |
|---|---|---|---|
| アドイン研究所 | 出願日に審査請求+早期審査(B1) | 約9か月 | 有効 |
| デンソー | 出願から約2年3か月で審査請求 | 約3年 | 消滅(年金不納) |
| パナソニックIPマネジメント | 出願から約2年10か月で審査請求 | 約3年5か月 | 有効 |
| 近江度量衡 | 出願から約2年11か月で審査請求 | 約4年3か月 | 有効 |
| クボタ | 拒絶査定→不服審判+補正→前置審査 | 約4年4か月 | 有効 |
スピード重視で同日審査請求する道もあれば、期限(出願から3年)近くまで事業の様子を見てから審査請求する道もあり、一度拒絶されてから前置審査で巻き返す道もあります。そして登録後に維持をやめるという判断も、現実のポートフォリオ運用の一部です。
本記事の執筆過程で、実際にあったことをそのまま書きます。デンソーの特許第7184016号は、海外の特許データベース(Google Patents)では「Active(有効)」と表示されていました。しかし特許庁のJ-PlatPatで確認すると、「特許 消滅(年金不納による特許権の消滅)」。すでに権利は失効していたのです。
海外データベースは検索性に優れており、調査の入口としては非常に有用です。しかし日本特許の年金納付状況の反映は遅れることがあります。「この特許があるから、うちの製品は出せない」と判断する前に、あるいは「競合のこの特許は生きている」と前提を置く前に、必ずJ-PlatPatの経過情報で最新のステータスを確認してください。権利が消滅していれば、その技術は(他の権利に触れない限り)自由に実施できます。逆に、消滅を当てにする場合も、追納による回復の可能性が残る期間には注意が必要です。
農業分野の知的財産は、特許だけではありません。むしろ「何を守りたいか」によって使う制度が変わる、棲み分けの整理が重要な分野です。
| 守りたいもの | 主な制度 |
|---|---|
| 新しい品種(種苗) | 種苗法による品種登録が中心。特許とは別の制度です |
| 栽培装置・選別機・管理システム | 特許(本記事の5件はここ)。構造が単純な道具は実用新案も選択肢 |
| 産地ブランド名 | 商標(地域団体商標)や地理的表示(GI)保護制度 |
| 栽培ノウハウ・配合・データ | 公開したくないなら営業秘密として管理する道も。特許は公開と引き換えの独占です |
特に注意したいのは最後の行です。特許出願した内容は原則1年6か月で公開されます。公開されても模倣を検出できる発明(装置・機構・画面)は特許向き、外から見えない工夫(土づくりの配合、栽培条件の細部)は秘匿向きという大枠で考え、個別には専門家と検討することをおすすめします。
AIモデルの精度競争は激しく、モデル自体で差別化し続けるのは困難です。しかし現場から教師データを無理なく集める仕組みは、その現場を知る者にしか設計できません。アドイン研究所と近江度量衡の2件は、まさにそこを権利にしました。自社サービスに「ユーザーの日常操作がデータを生む」設計があるなら、それは出願候補です。
「エリアごとに撮る」「等級ごとに置く」「傾けてから切る」。今回の5件の決め手は、いずれも運用ルールや動作手順のレベルにあります。マニュアルや作業手順書に書かれている「決めごと」の中に、権利化できる工夫が埋まっていないか、棚卸ししてみてください。
デンソーの例が示すとおり、登録済みの特許でも維持されているとは限りません。参入時の障壁調査では、特許の存在だけでなく、J-PlatPatの経過情報で年金納付状況まで確認してください。他社特許との関係を製品リリース前に整理する進め方はFTO調査とは?特許侵害を予防する進め方と実施時期にまとめています。
アドイン研究所は出願と同日に審査請求し、早期審査で約9か月で登録しました。補助金申請・資金調達・展示会など「登録済み」の肩書が効く場面が見えているなら、出願時点でスケジュールから逆算するのが定石です。制度の詳細はスーパー早期審査の活用|要件とリスクをご覧ください。
「うちの仕組みでも特許は取れますか」というご相談について
本記事の5件には、請求項1つ・全10頁で登録された特許もあります。出願の規模や会社の規模は、特許を取れるかどうかとは関係がありません。分かれ目は、現場のどんな課題を、どんな工夫で解いたかを具体的に説明できるかどうかです。エボリクス(evorix.jp)では、中小企業・個人事業主向けの減免制度の活用もふまえてご提案しています。まずはお問い合わせフォームより、ご相談の流れとあわせてお気軽にどうぞ。
Q. 新しい品種や栽培方法も特許になりますか?
A. 新品種の保護は、特許ではなく種苗法の品種登録が中心的な制度です。一方、栽培「方法」や栽培に使う装置・システムは、要件を満たせば特許の対象になり得ます。守りたいものが品種なのか、方法なのか、装置なのかで使う制度が変わるため、最初に切り分けの整理をすることをおすすめします。
Q. 似た機能の選別機や収穫ロボットを使うと、特許侵害になりますか?
A. 似た機能があるだけでは侵害にはなりません。特許権の効力は、請求項に書かれた構成要件をすべて満たす実施にのみ及びます。たとえば近江度量衡の特許第7345776号は「投入位置に基づいて特定された外観品質」から学習済みモデルを生成できることが要件で、別の方法でラベル付けしたモデルを使う装置は、原則としてこの請求項を充足しません。1つでも要件が欠ければ、その請求項の侵害にはなりません。
Q. 消滅した特許の技術は、自由に使えますか?
A. その特許権に基づく権利行使は受けません。ただし、年金不納による消滅には追納・回復の制度があり、一定期間は権利が復活する可能性があります。また、同じ会社が関連する別の特許(分割出願など)を維持していることもあります。実施の判断をする際は、その時点の経過情報をJ-PlatPatで必ず確認し、周辺の権利もあわせて調査してください。
Q. 「B1」の特許とは何ですか?
A. 公開公報が発行される前に登録された特許を指します。日本の出願は原則1年6か月後に公開されますが、審査がそれより速く進むとこの形になります。登録後の権利としての効力は通常の特許(B2)と同じです。アドイン研究所の特許第6964316号は、出願と同日の審査請求+早期審査により約9か月で登録され、B1として発行されました。
Q. 栽培ノウハウは、特許と営業秘密のどちらで守るべきですか?
A. 特許は内容の公開と引き換えに一定期間の独占を得る制度です。出願内容は原則1年6か月で公開されるため、外から見ても真似したことが分からない類のノウハウ(配合・条件設定など)は、公開せず営業秘密として管理する方が適する場合があります。逆に、装置や画面のように市場に出れば見えてしまうものは、特許で守るのが基本です。守りたい対象ごとに使い分けます。
Q. 農業法人や地方の中小メーカーでも、本当に特許が取れますか?
A. 本記事の5件のうち2件は、中小規模の会社(IT企業と計量器メーカー)による特許です。うち1件は請求項1つ・全10頁という小さな出願で登録されています。特許法は出願人の規模を問いませんし、中小企業・農業法人・個人事業主には審査請求料・特許料の減免制度もあります。分かれ目は規模ではなく、解決した課題と手段が具体的に説明できるかどうかです。
農業テックの特許5件を、請求項の原文まで読んでみました。浮かび上がったのは、権利の決め手はAIやロボットの汎用技術ではなく、農作業の解像度だということです。摘果の前後、コンベアへの置き方、茎に沿った傾け、乾燥調製後の品質——畑と選果場を知っている人にしか書けない一文が、それぞれの特許の芯になっていました。
中でも「現場の日常作業が、そのままAIの教師データになる」という設計思想が、業種も規模も違う2社で独立に権利化されていたことは示唆的です。AI導入の本当のボトルネックである教師データの調達を、現場の運用で解く——この型は、農業に限らず、あらゆる現場産業のDXに応用が利きます。
同時に、大手の参入案件が年金不納で消滅し、海外データベースには「Active」と表示されたままだった事実は、権利は生き物であり、生死の確認は一次情報で行うべきことを教えてくれます。農業テックに取り組む方は、攻め(現場発の工夫の権利化)・守り(競合特許の生死まで含めた調査)・使い分け(特許と営業秘密と種苗法)の3つを、事業の設計に組み込んでいただければと思います。
知的財産事務所エボリクスへのご相談
エボリクス(evorix.jp)では、農業テック・IoT・AI分野の特許出願と、他社特許のクリアランス調査を承っております。「この仕組みは権利にできるか」「競合の特許が生きているか確認したい」「補助金のスケジュールに間に合わせたい」といったご相談に、事業の実情を踏まえて対応いたします。まずはお問い合わせフォームより、ご相談の流れとあわせてお気軽にどうぞ。
本記事の注意事項:本記事は2026年8月時点の公開特許情報(特許庁J-PlatPat)に基づく一般的な解説です。引用した請求項は公報の記載に基づきますが、一部は紙幅の都合により抜粋であり、権利範囲は最終的に公報の正本と出願経過により定まります。権利の存続状況は特許料の納付状況等により変動します(本記事の特許第7184016号は執筆時点で消滅しています)。公報には製品名の記載がないため、特定の製品・サービスに当該技術が使われているかを断定するものではありません。本記事の説明は理解を助けるための要約であり、権利範囲を画定するものではありません。種苗法・農薬取締法その他の法令への適合性について本記事は何ら判断を示すものではなく、実施にあたっては別途専門家の検討が必要です。侵害の成否について本記事は何ら断定するものではなく、個別事案の結論を保証するものでもありません。
AUTHOR / 執筆者
杉浦 健文 (SUGIURA Takefumi)
知的財産事務所エボリクス(EVORIX) 代表弁理士
特許・商標・意匠・著作権の出願から審判・侵害訴訟まで、IT・製造・スタートアップ・ファッション・医療など幅広い業種のクライアントを支援。AI・IoT・Web3・FinTech等の先端分野の知財戦略にも精通。日本弁理士会/アジア弁理士協会(APAA)/日本商標協会(JTA)等 複数団体所属。